フリー・ゲシュタルトな気づき 流れる虹のマインドフルネス

心理学と変性意識(ASC)を身につけて、 自由さ、創造性、アウトプットを獲得する  …フリー・ゲシュタルト・ワークス 〈流れる虹のマインドフルネス〉で、 あなたのコーチング、カウンセリング、NLP、アート活動に、 プラスαアルファの魔法(技法)を

心理学と変性意識(ASC)を身につけて、
 自由さ、創造性、アウトプットを獲得する
  …フリー・ゲシュタルト・ワークス
〈ゲシュタルト〉と〈流れる虹のマインドフルネス〉で、
 あなたのコーチング・NLP・カウンセリング・アート活動に、
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フリー・ゲシュタルト・ワークスは、
「実践的心理学」―ゲシュタルト療法―
をベースに、
・目標達成による願望実現
・卓越したパフォーマンスの発揮
・他人への影響力の増大
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『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』(電子版/書籍版)
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ブリージング・セラピー

書籍新刊『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』のご案内

ここでは、拙著の紹介をしたいと思います。

※現在、特価中です。

 

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

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本書の内容やテーマは、

サイトの記載と一部重なるものですが、

その目的(狙い)において、

もう少し、遠大なものとなっています。

 

本書においては、

意識拡張のさまざまな形態や、

心身の多様な可能性の、

その全体像を示すことが、

目的となっているのです。

 

そのため、

各種の方法論や変性意識体験

(ゲシュタルト療法、人生回顧体験、クンダリニー体験、

聖地体験の事例、夢見の技法、行きて帰りし旅等)、

について、筆者の実体験を踏まえて、

さまざまな考察が、

めぐらされているのです。
 

一般に知られるものよりも、

もう少しリアルな、深いレベルで、

変性意識の実態や、人格変容のプロセス、

存在の未知の状態(エクスタシィ)について、

知見を深めたいという方にとっては、

それらを展望いただける内容と、

なってている思われます。

 

また、実際問題(利点)として、

癒し(心理的統合)や、

創造的なアウトプット(成果)を、

目的とするにしても、

心の全体性や潜在能力を、

覚醒させる手段を知っておくことは、

ゴールへの近道ではあるのです。

 

本書は、

意識の謎を解いていきたい方にとっては、

おそらく、生涯に渡って、

役立てていただけるような、

内容となっていると思われます。

 

以下は、本文からの抜粋です。

 

 

 

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』 


はじめに

 本書は、心理療法や変性意識状態を素材として、私たちの心が持つ、多様な可能性について考察を行なったものである。副題の「現代的エクスタシィの技法」とは、エリアーデの著書『シャーマニズム』の副題『エクスタシィの古代的技法』より来ている。本書に、心理学的なアプローチによる、エクスタシィ(意識拡張)の技法を見出そうという目論見があるからである。そのため、本書においては、意識の変異した状態や、無意識の自律的な機能を中心に、私たちの心が持つさまざまな能力について検討が行なわれている。そして、自然的な創造性が、私たちを導いていく精神の諸領域についても、その展望を見ている。本書を貫く主題は、気づき、変性意識状態(ASC)、心身の拡充的な統合といったものである。

 第一部と第二部では、「気づきの技法」と題して、心理療法の一流派であるゲシュタルト療法を取り上げている。ゲシュタルト療法は、現在では人間性心理学に分類される、心理療法の流派であるが、その原理や効果の実態を見ると、治療目的の心理療法だけに限定されない多様な要素を持つものだからである。また、その実際のセッション体験は、私たちの心の持つ能力や可能性について、さまざまな事柄を教えてくれるものだからである。ゲシュタルト療法は、健康な人が、自己の心を探索し、創造力や才能を発掘する技法として、効果を望める面が強いのである。それゆえ、流派の創始者パールズは、ゲシュタルト療法の原理が持つ普遍性を強調するために、自身をゲシュタルト療法の創始者ではなく、再発見者にすぎないと表現したが、それも、あながち言い過ぎともいえない面があるのである。ゲシュタルト療法の実践が持つ原理は、禅をはじめ、世界の瞑想技法とも多くの共通点を持つものなのである。また特に、実践のなかで育って来る、気づきawarenessの能力は、重要な要素となっているものである。その能力は、精神を探求する諸流派の方法論と呼応しつつ、治癒効果にとどまらない、意識拡張の可能性について、さまざまな事柄を、私たちに教えてくれるのである。実際のところ、ゲシュタルト療法を、古今東西にある気づきの技法に、心理学的技法を加えた方法論として見るという、別の見方をすることも可能なのである。そのように見ると、さまざまな介入技法を持つ、ゲシュタルト療法の利点も見えやすくなって来るのである。そのため、本書のゲシュタルト療法についての記述は、必ずしも、教科書的な解説に準じない面や、心理療法としての注意点を省いている面もあるが、それは、そのような本書の狙いのためである。本書では、意識や心身の能力を拡大する、気づきの技法として、ゲシュタルト療法の可能性を検討しているのである。

 第三部では、変性意識状態Altered States of Consciousnessを取り上げて、その体験のさまざまな様相を見ている。変性意識状態とは、意識の変異した状態であるが、それは、普段の日常意識では、あまり知ることのできない、さまざまな体験領域について教えてくれるものである。ここでは、具体的な事例を交えつつ、そのような意識状態の諸相について見ている。

 第四部では、夢見の技法と題して、夢を取り扱う、さまざまな方法を取り上げている。夢は、無意識(潜在意識)の自律的な智慧であり、私たちの意識に、必要な情報をもたらす生体機能である。また、その夢に対して、相応しい表現を、生活の中で与えていくことは、私たちの心身に拡充をもたらす、重要な方法論となっているのである。

 第五部では、私たちの自然的な(野生的な)能力を回復するという観点から、さまざまな具体的技法を、取り上げている。それらは、潜在能力の開拓や、生きる力の獲得という面からも、有効な実践技法となっているのである。

 第六部では、以上のまとめとして、心理学的な人格変容を通した、私たちの意識拡張の内実について見ている。神話的なモデルなどを参照しつつ、私たちに、存在の拡充をもたらす実践のあり方を検討している。
 

目次

はじめに

第一部 気づきの技法Ⅰ ゲシュタルト療法 基礎編

第一章 ゲシュタルト療法とは 
第二章 気づきの3つの領域
第三章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル 
第四章 未完了の体験
第五章 複数の自我
第六章 葛藤
第七章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
・ライヒとボディワーク系心理療法

第二部 気づきの技法Ⅱ ゲシュタルト療法 実践編

第一章 セッションの原理・過程・効果 
第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
第三章 心身一元論的アプローチ
第四章 夢をあつかうワーク
第五章 心理的統合の姿

(補遺)

・セッションにおける通過儀礼とコミュニタス
(コラム)
・アウトプットとゲシュタルト療法
・存在力について

第三部 変性意識状態の諸相

第一章 変性意識状態とは
第二章 呼吸法を使った変性意識状態
第三章 人生回顧体験
第四章 蛇の火について
第五章 大地の共振
(コラム)
・残像としての世界 映画『マトリックス』の暗喩

第四部 夢見の技法

 

・夢見とは
・気づきと夢見
・心理療法と夢見
・夢見における集中状態
・創作的形式の利用
・創作過程とシャーマニズム的構造
・創作の体験過程
・体験の増幅と凝集
・明晰夢の利用

 

第五部 野生と自然

第一章 シャーマニズム的な姿勢
第二章 野生の気づき
第三章 狩猟的感覚
第四章 裸足の歩み
第五章 底うち体験と潜在力の発現
第六章 戦士の道と平和の道
第七章 伝統的シャーマニズムについて
第八章 道化の創造性
第九章 アウトサイダー・アートと永遠なる回帰

第六部 行きて帰りし旅

第一章 心理学的に見た変容のプロセス
第二章 英雄の旅
第三章 野生的エクスタシィの技法

参考文献

 


 ~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


1.玉ねぎの皮むき

 ………………………………………………

 さて、オーセンティック・セルフ(本来の自己)とは、ゲシュタルト療法の中では、自己表現に関する階層モデルの中で使われている概念(仮説)である。それは、きわめてシンプルな仮説である。モデルの図柄としては、同心円状の輪(層)が、ひとつの核を中心にひろがっている円形図表である(五層一核)。その中心の核にあるのが、オーセンティック・セルフと言われるものである。五つの層(レイヤー) の外側には、決まり文句の層、役割演技の層といったような、私たちの、日常的で表面的な、自己表現の階層があるのである。その下に若干葛藤を含んだ層(行き詰まりの層)が存在し、五層の一番内側(奥)の層には、爆発の層というものがあり、これが、真正な自己表現の階層となっているのである。そして、その下に、原初的で、情動的な、オーセンティック・セルフ(本来の自己)というものがあるのである。つまり、オーセンティック・セルフとは、そこに潜在していると仮定される、自律的で生なエネルギー、感情エネルギーを指しているだけなのである。そして、この奥深い核のエネルギーから、自発的な奔流として、充分表現的に生きられることを、ゲシュタルト療法では目指すのである。一番深い心情から、統合的に生きられている充実的な在り方を目指すのである。そして、人が、自己一致して、肚の底から湧いてくる自分の本心を表明できている時、また、それを味わいつつ、その感情(欲求)で、他者と関わることができている時、人は本来の自分(オーセンティック・セルフ)を生きているといえるのである。
また、実感レベルでいうと、葛藤や、未完了の体験によって被われている心というものは、奥底にある深い感情(欲求)に、自分でも充分接触できていないし、自由に表現もできないという、不全な感覚を持っているものである。そのため、ワーク(セッション)によって、この外皮のような防壁が薄くなり、葛藤がなくなっていくと、私たちの、本来の感情(欲求)が、心の底から、湧き水のよう速やかに、直接流れ出すようになって来るのである。それは、生きる上での大いなる歓び、エクスタシィ(生の充溢)とも感じられるのである。そのため、その状態を獲得するために、人格システムの硬化をなくし、人格の肯定的・積極的能力を高めていくことが、ゲシュタルト療法の、日々の取り組みとなるのである。
 

 ところで、長年、ゲシュタルト療法を続けていくと、人生の大きな妨げ(制限・苦痛)となっていたような、葛藤や人格の外皮は、消失していくものである。ゲシュタルト療法においては、未完了の体験がなくなると、それらに妨げられることなく、「今ここを十全に体験できるようになる」と言われる。つまり、感情的なノイズや、歪んだ自意識に妨げられることなく、今ここの体験(感覚、感情、欲求)をありのままに体験できるようになるというのである。そして実際、そのような状態は、おおよそ達成されて来るのである。

(つづく)
 
~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~
 


◆人生回顧体験

 民間伝承などではよく、人は死ぬ直前に、「自分の全人生を、走馬燈のように回顧する」といわれる。人生回顧(ライフ・レビュー)体験とは、そのような体験のことである。この現象は、臨死体験者の事例報告が収集されるようになってから、そのような現象が、比較的高い頻度で起こっていることが、確認されるようになったことでもある。臨死体験研究のケネス・リング博士によって作られた測定指標の中でも、臨死体験を構成する特徴的な要素として、一項目が採られているものである。

 さて、過去に見られたさまざまな事例からすると、この体験は、突発的な事故などの、何かしらの生命危機に際して、遭遇しがちな体験となっているものである。しかし、実際に瀕死状態にならずとも、その危機を判断することの中でも起こるようなので、緊急時における、何らかのリミッター解除が原因となっているのかもしれないのである。筆者の場合は、特に急な事故でもなく、普段の生活の中で、この変性意識状態に入っていったのである。しかし、多くの事例を仔細に見ると、危機的状況による過度な内的圧力(ストレス)が、そのきっかけになることが考えられたので、筆者にあっても、何らかの過度な圧力が、その原因になったと類推されたのである。


◆体験内容

 さて、その体験は、普通に街を歩く中で、突然、訪れたものであった。当然そのような出来事が、自分の身に起こることなど予期していなかったのである。そして、起こった後も、それをどうとらえてよいのか、苦慮したのである。その体験が起きた時は、気分の悪さを抱えながらも、普段どおりに市街を歩いていただけであった。

…………………………………
…………………………………………

重苦しい気分で、通りを歩いている。
暗い感情が波のように、心身の内を行き来するのがわかる。
煮つまるような息苦しさ。
あてどない、先の見えない苦痛に、想いをめぐらせていた、とある瞬間、
ある絶望感が、ひときわ大きく、
塊のようにこみ上げて来たのである。
内部で苦痛が昂まり、過度に凝集し、限界に迫るかのようである。
自分の内側で、何かが、完全にいき詰まり、
行き場を失ったのを感じたのである。
その時、
固形のような感情の塊が、たどり着いた、
後頭部の底で、
「砕け散る」のを、
感じたのである。
物体で打たれたような衝撃を感じ、
視像の中を、
透明なベールが、左右に開いていく姿を、
知覚したのである。
内的な視覚の層が、
ひらいていく姿だったのかもしれない。
奇妙な知覚状態に、
入っていったのである…

見ると、
随分と下方に、
遠くに(数十メートル先に)、
「何か」があるのが見えたのである。
何かクシャッと、
縮れたもののようである。
よく見てみると、
そこにあったのは、
(いたのは)

数日前の「私」であった。
 
正確にいうと、
「私」という、
その瞬間の自意識の塊、
その風景とともに、
その瞬間の人生を、
「生きている私」
がいたのである。

たとえば、
今、私たちは、
この瞬間に、
この人生を生きている。

この瞬間に見える風景。
この瞬間に近くにいる人々。
この瞬間に聞こえる音たち。
この瞬間に嗅ぐ匂い。
この瞬間に感じている肉体の感覚。
この瞬間の気分。
この瞬間の心配や希望や思惑。
この瞬間の「私」という自意識。
これらすべての出来事が融け合って、
固有のゲシュタルトとして、
この瞬間の「私」という経験となっている。

さて、その時、
そこに見たものは、
それまでの過去の人生、
過去の出来事とともにある、
そのような、
瞬間の「私」の、
つらなりであった

各瞬間の、
無数の「私」たちの、
膨大なつらなりである。
それらが時系列にそって、
そこに存在していたのである。

瞬間とは、
微分的な区分によって、
無限に存在しうるものである。
そのため、そこにあったのも、
瞬間瞬間の膨大な「私」たちが、
紐のように、
無数につらなっている姿であった。

それは、
遠くから見ると、
出来事の瞬間ごとのフィルム、
もしくはファイルが、
時系列にそって、
映画のシーンように、
沢山並んでいる光景であった。

そして、
そのフィルムの中に入っていくと、
映画の場面の中に入り込むように、
その時の「私」そのものに、
なってしまうのであった。

その時の「現在」、
その瞬間を生きている「私」自身に、
戻ってしまうのであった。
その瞬間の「私」を、
ふたたび体験できるのである。

主観として得られた、
過去の「私」の情報のすべてが、
そこにあったのである。

………………………

そして、それを見ているこちら側の意識は、透視的な気づきをもって、言葉にならない、無数の洞察を、閃光のように得ていたのであった。そして、この時即座に言語化されて、理解されたわけではなかったが、この風景の姿から、直観的に把握されたものとして、いくつかのアイディアを得たのであった。
その内容を論点によって切り分けると、おおよそ以下のようなものになる。これは後に、体験を反芻する中で、言語化され、整理された要素である。

(つづく)

 
~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~

 
第四章 蛇の火について
 
……………………………………

 
◆白光


「…」

「……」

「…………」

「やって来る」

「やって来る」

「やって来る」

「噴出の」

「来襲の」

「白色の」

「閃光」


「ロケット噴射のよう」

「凄まじい速度で」

「白熱し」

「貫き」

「横ぎる」

「未知の」

「まばゆさ」


…………………………………………
……………………………
………………………


「凄まじい閃光が」

「一瞬に」

「走破する」


「宇宙的な」

「超自然の」

「火柱のよう」

「巨大な」

「白の」

「延焼」

……………………………
………………………
………………


「霊肉を」

「物心を」

「昼夜を」

「透過し」

「貫き」

「蹂躙する」


「急襲する」

「謎の」

「まぶしい」

「獰猛」


「存在の」

「芯を」

「焼きはらい」

「彗星のよう」

「彼方へ」

「拉し去る」

「まばゆさの」

「弾道」

 
「けばだつよう」

「遥かに」

「恍惚する」

「白の」

「君臨」


………………
……………
…………
………

(中略)

 それは、一種のエネルギー的体験であり、俗にヨーガでいう、クンダリニー体験と呼ばれるものに分類されるであろう出来事であった。尾骶骨あたりにつながるどこかの亜空間からか、物質と精神を透過する、凄まじくまばゆいエネルギーが噴出して来たのである。謎めいた、稲妻のような白色のエネルギーである。それが肉体と意識を透きとおし、未知の宇宙的状態をもたらす、ある種の極限意識的・変性意識的な様相を呈したのである。
 後になって思い返してみると、たしかに予兆となる現象はいくつかあったのである。しかし、当然ながら、このような事態につながるとは、予期していなかったのである。そして、体験直後のしばらくは、あたかも放射能に焼かれたかのように、奇妙な熱感が、心身にこびりつき、とれない状態であった。そこには何かしら、物質と意識の両域をひとつにしたような、変性意識的で、微細なエネルギーの余燼があったのである。
 しかし、実際のところ、この体験がより怖ろしい影響を持ちだすのは、この体験より後の、長い歳月を通してであった。その影響とは、日々の生活の中で、間歇的に訪れてくる、奇妙なエネルギーの浸潤ともいうべき体験であった。ゴーピ・クリシュナの著作にあるような、苦痛きわまる、困難な体験だったのである。

(つづく)
 
~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


◆大地の共振

 古来より聖地と呼ばれる場所があり、人々の生活になんらかの意味を持っていたことは、歴史的な遺跡や文献などからも、うかがい知れるところである。近年でも、俗にパワースポットなどと呼ばれる場所があり、かつての聖地の通俗版として機能していることがうかがえるのである。これらの事柄から考えると、場所や土地に関連づいた、何らかの効能が、昔から存在していたことが類推されるのである。
 その原理は、よくわからないが、仮に推論すると、ひとつには、催眠的な効果などがある。たとえば、その場所が、伝承や信仰などと関連した象徴(トリガー)となっており、人がその場所を訪れると、一種の催眠的効果が惹き起こされる可能性などである。身体に聖痕が顕れる信徒などがいるが、そのような原理に基づいた、変性意識状態である。ただ、その場合は、その場所にまつわる何らかの信念に、当人が影響を受けていたり、惹起される効能(体験)に関する情報が、事前に当人にプログラムされていることが必要である。
 また、別の可能性としては、純粋に物理的なエネルギー作用である。何らかの磁気的・エネルギー的作用が、そこに存在しているのである。現代の科学では、まだ検出されていないが、未知の成分が存在しており、それらが作用しているというわけである。気功の思想領域などで想定されている内容であり、将来的には、何かの検知が得られる可能性もあるのである。

 さて、筆者は、ある見知らぬはじめての土地で、まったく予備知識もなかったにもかかわらず、ある種の変性意識状態、エネルギー的な体験を持つことになったのである。ここでは、その事例について見ていきたい。
 ちなみに何らかの事前的なプログラムの有無についていえば、その土地は、情報もなく、突然行くことになった土地であった。かつ、その特定の場所についていえば、旅の途中で偶然知り、行き当たった場所であった。つまり、事前の情報は、皆無だったのである。さて、その時は、ほとんど観光として、そのあたりの土地土地をめぐっていたのであるが、ある場所を訪れた帰り道に、とある古い史跡のことを耳にしたのである。その周辺に来て、そのような場所があることを、偶然知ったのであった。


………………………………………………………………
その場所は、予想に反して、小さな山であり、樹林も少しある静かな所であった。
古く長い石段を登り、小高い史跡のあたり一帯を、散策してみることにしたのである。
とある高台のような場所にたどり着いた時、普段はそんなことをしないのだが、何気なく手をかざして、その場を肉体的に感じてみようとしたのである。するとその時、かすかにチクリと、何かの感覚が一瞬よぎったのである。
普段そのようなことはしないので、気のせいだと思い、あまり気にもとめずに、散策をそのままつづけたのであった。ひと通り、あたりも見終わり、帰り際にすることもなくなったのであるが、その時、ふとさっきの感覚が何であったのかが気になったのである。そのため、さきほどの場所に戻り、その感覚をたしかめることにしたのである。最初の場所に行き、そのあたりの方向に、(目立たぬよう)掌を向けてみたのである。その正確な方向と位置をさぐってみたのである。
 
すると、
見知らぬ若い女性に、声をかけられたのである。

向こうの方に、旧来の祠があるのだという。
いまの祠は、後の時代につくられたものだという。
こちらだと、その女性が早足に行ってしまった方向に、慌ててついていくと、
案内してくれた、その樹々の葉繁みの向こうに、
たしかに、古い巨石群(磐座)があったのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


二、気づきと夢見

 まず、はじめに、ここでは、「意識的に夢を見る」ということについて考えてみたい。意識的に夢を見ることは、夢の力を取り出し、外在化させるために、最も直接的な方法のひとつだからである。しかし、意識的に夢を見ることは、常識的に考えてみても分かるように、そんなに簡単なことではないのである。その状態は、白日夢と近似した状態ではあるものの、逆説的な要素を含んでいるからである。そもそも、日常意識とは、夢を見ていない状態のことを指しているからである。そのため、その状態は、ある面、日常意識と夢とを、同時に(多重的に)実現することを意味するのである。その点で、これは、心理学的に考えられた幻視の技法ともいえるものである。

 さて、夢はそもそも、自律的に奔流する野生の心の機能である。その表現も、日常的現実から見ると、非論理的、非因果的なものである。一方、日常意識は、無意識の奔流する情報を濾過・組織化し、因果的に、秩序づける働きである。夢の表現は、象徴的で暗示的、暗喩的で重層的である。一方、日常意識は、明確で明示的、論理的で単線的である。両者はある面、対極的なあり様をしているのである。そのため、両者を同時に働かせるようにするためには、両者の力が相殺しないように、両者の情報の流れを、上手く均衡させる(メタ的な)気づきawarenessの機能が、重要となるのである。気づきの力が、夢見の状態をつくり出し、保持・統御するための要となるのである。つまり、具体的には、気づきの中で、意識の焦点を緩め(拡げ)、夢の流入を導き、調節を行なっていくのである。普段でも、私たちは意識のふと緩んだ瞬間に、さまざまな空想や夢を見ているものである。それをより組織的に行なうということなのである。そのため、これは喩えると、夢の湧出と意識の集中とが、均衡(共振)する心の状態を意図的つくり出すことともいえるのである。その状態を、気づきのフレーム枠の中で、堅固に統制・保持することなのである。特に日常意識は、合意的現実を基盤として、心に自在に閃くものにフィルターをかけて、抑圧しがちである。日常意識と夢の湧出を均衡させるためには、変性意識状態を取り入れつつも、日常意識が、ある種の可動域(許容量)を柔軟に拡げていくことが求められるのである。これは慣れと訓練的な事柄であると同時に、習熟が可能な事柄でもあるのである。瞑想のように、心をじっくり注視する中でも修練が可能であるし、また、心理療法のセッションの中でも、鍛えることが可能な事柄である。また、この後に見るように、競技的な身体技法や、創作的プロセスの中でも磨いていくことが、可能な技能となっているのである。そして、この夢見の統制状態に慣れて来ると、外部領域と交わる、生活のあらゆる場面で、そのエッセンスを、知覚的霊感(創造性)として活かすことができるようになっていくのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


第二章 野生の気づき

 ここでは、「野生の気づき」のあり方について考えてみたい。さて、通常、現代の私たちが、A地点からB地点に行くという場合、B地点に何らかの目的があって移動するのが普通である。そして、そのあいだの移動距離(時間)というものは、目的地に較べて、不要な行程(過程)とされており、価値のないものと見なされているものである。そのため、この行程を省略するための交通手段が、高い価値を有しているのである。たとえば、速度のはやい飛行機や特急車両などが高額である理由である。そこでは、行程にかかる距離と時間が、金で買われているのである。これが、私たちの、普段の価値観における、目的地(目的)志向であり、過程(プロセス)や時間に対する考え方である。

 ところで一方、野生の自然の世界とは、忍びあいの世界である。動物たちは、いつ自分が、天敵や捕食者に襲われるか分からない世界で生きている。一瞬たりとも、気(気づき)の抜けない世界である。また逆に、いつ食べ物や獲物が、目の前に現れる(チャンス)か分からない世界でもある。その意味でも、一瞬たりとも、気の抜けない世界である。自分が、捕食者として獲物を狩った瞬間に、今度は自分が獲物として捕食者に狩られてしまうという、そんな容赦ない世界である。生き延びていくためには、無際限な、瞬間瞬間の気づきが、必要な世界である。気づきの欠如は、すなわち、自らの死につながるからである。つまり、野生の世界では、気づきの持続が、イコール生きることなのである。たとえ、A地点からB地点に移動するにしても、省略してよい無駄な時間などは、一瞬も存在しないのである。すべての瞬間が、可能性であり、危険であり、魅惑であり、在ることのかけがえのない目的なのである。すべての瞬間が、生命の充満した時間なのである。

 さて、現代の私たちの(人間)世界と野生の世界との、過程のとらえ方、気づきの働かせ方を記したが、いったいどちらが、生きることの豊かさの近くにいるであろうか。生命の深さと濃密さに通じているであろうか。それは、過酷ではあるが、野生の世界であろう。
私たちの現代社会においても、危機的なサバイバル状況では、動物のような野生の気づきが必要となるのである。現に今でも、世界では、厳しい政治状況などによって、野生の気づきをもって、生きざるをえない人々がいるのである。

 さて、本書では、このような野生の気づきのあり方に、ありうべき気づきの働かせ方、過程と時間のとらえ方を、生を透徹させる可能性を見ているのである。瞬間瞬間、サバイバル的に、野生の気づきをもって、未知の経験に開かれてあること。瞬間瞬間、能動的に、創造的体験に開かれてあること。できあいの言葉や観念で世界に膜をかけて、ものを見ないようにするのではなく、そのような人間的ゲームの外に出て、俊敏な気づきの力で、野生の創造過程を垣間見ること。そこに、私たちが、自然本来の創造性を生きる鍵があると考えているのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


第一章 心理学的に見た変容のプロセス

………………………………………………………………

 ところで、禅については、青原禅師の有名な話が、一般にも知られている。禅の深化のプロセスを説いた話である。禅をはじめる前は、人が見るのは「山は山である」という、ただの普段の風景である。しかし、禅のプロセスが深化すると、風景の自明性は失われ、「山は山ではない」となる。世界は流動化し、確かなものはなくなるのである。意味から解放された空なる世界である。そして、さらに、禅が深化すると、ふたたび「山は山である」となると言われる。世界は、経過したプロセスのすべてを統合濃縮して、それ自身に回帰していくのである。宇宙の重層的な濃密であると同時に、何の変哲もない、今ここの、乾いた風景に回帰するのである。ゴミはゴミであり、糞は糞である。それは、すべてを含むもの(場所)であり、完璧であり、それはそれで良いのである。


 さて、体験的心理療法の変容プロセスも、ほぼ似たプロセスをたどっていくのである。フェーズ3においては、その最後に、旅のプロセスのすべてが重層的に反芻され、今ここに回帰して来ることとなる。旅をはじめる前の、苦悩の風景がふたたび戻って来るのである。そして、レンズの焦点が合うかのように、数十年前の風景と感覚が、今ここの透徹した風景と重なり合うのである。すると、風景はそれ自身となることによって(ゲシュタルトが完了するかのように)、すべての意味と内実が、流砂のように脱落していくのである。軽い枠だけを残して、風景は、中空になっていくのである。存在は解放され、抜け出され、無がやって来るのである。後には、今ここに渦巻く息吹と、笑いだけが残るのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~

 
第二章 英雄の旅

 …………………………………………………

…通常、自分を完全に善(天使)と見なす者は、他者を完全に悪(悪魔)と見なすものである。善悪が、逆の場合も同様である。また、抑圧が強いと、他者に投影される姿形も、激しくなりがちである。ポイントは、主体の抑圧内容と分裂の程度なのである。そして、私たち(英雄)を殺すほどのパワーを、悪しき力が持っている場合、そのパワーは、私たち(英雄)の抑圧と分裂がつくり出した力なのである。心理学的に見れば、その悪しき力と交流するプロセスは、自我主体がその分裂した力を回復(再統合)するプロセスだと見なせるのである。そのことは、旧来の自我の危機や解体(死)と引き換えにしたとしても、最終的には望ましいことなのである。その悪しき力(自己の半面)を統合できた時に、私たちは、いくらか心の全体性を回復し、自我の刷新と、異界的な新しい力を、我が物とすることになるからである。

 ところで、昭和の時代、テレビのヒーロー番組では、主人公の出自が、悪の組織であるという設定がよくあったものである。ヒーローが持っている並外れた力の由来は、悪の獰猛な力なのである。これは、悪の力が、私たちの日常的現実を超えた、超人間的な、過剰な力であることを神話的に示しているのである。またこれは、普段、私たちが、反社会的な、アウトロー的な力に魅惑される理由でもある。そこには、日常的現実に収まらない、生の過剰的な力が表象されているからである。悪の神話学の法則である。そして、その悪の力の中で、さらに目覚めて、その力を奪い返す(盗み取る)というトリックスター的な、超出的な飛躍(変換)が、英雄の方程式なのである。ヒーローたちが、悪の組織から裏切り者と呼ばれていた理由である。また、単なる凡庸な善の世界にも同化できない理由である。しかし、その変換プロセスを通して、英雄(私たち)は、善悪を含み超えた、自己の深い全体性を育てていくのである。そして、孤絶した、自由で軽やかな個的超越を獲得していくのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


◆変容の原理

 では、生の変容過程(行きて帰りし旅)とは、どのような原理や構造を、その深層に持っているのであろうか。それを見ていきたい。前章では、英雄の旅とゲシュタルト療法のセッションが、類似した体験過程を持つことについて見てみた。また、第三部においては、ブレスワークとゲシュタルト療法のセッションが、深層において、共通の体験過程を持っていることについて触れた。ここからも類推されるように、生の全体性を指向する変容プロセスには、根っこのところで、同種の体験過程があるようなのである。それは、何度か引いた、次のようなプロセスである。

「たいていの場合、ホロトロピック(※全体指向的)な体験は、オルガスム曲線を描き、感情のもり上がりとともに、身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、突如の解決に導くといった経路をたどる」 (グロフ、前掲書 ※引用者)

 中心にある原理は、生体の、絶頂へと向かう自律的な解放運動と、本然性回復のプロセスなのである。それは、短期的にも長期的にも、未完了のゲシュタルトの表出(充足)のプロセスとなっているのである。その絶頂を目指す運動にともなって、エネルギーの緊張と解放が生じ、未全なゲシュタルトに対する意識化のプロセスが起こって来るのである。

 そして、この過程については、どのような視点(意識と無意識、時間的長短)から、プロセス全体を見るかによって、見えるモデルが違って来るのである。無意識の力の浮上と、意識への浸食を中心にプロセスを見ると、ブレスワーク(短期的過程)や、心理的変容のフェーズ(長期的過程)が見えて来る。一方、無意識と格闘する意識の統合過程を中心に、プロセスを見ると、ゲシュタルト療法のセッション(短期的過程)や、英雄の旅(長期的過程)の形態が見えて来るのである。どこに視点を置いて、プロセス全体を見るかによって、参照する変容モデルも変わって来るのである。しかし、全体としての運動の姿を見てみると、絶頂を目指すオルガスム曲線のようなベクトルが見えて来るのである。それは、前にも触れたように、自発的な異物解消と本然性回復の、生命生理的プロセスなのである。

 特に、このオルガスム曲線のプロセスは、行きて帰りし旅の「行き」の部分、つまり異界的彼方へ向かう局面においてよく当てはまるのである。グロフ博士は、次のような観察を、各所で指摘している。つまり、ブレスワークの体験過程においては、生体の中で、あたかも自動的にスキャン(走査)がはじまり、不具合箇所が見つけ出され、その問題が自然に解消されていくようであると。おそらく、これと同様の形で、人生の長期的なプロセスにおいても、私たちの無意識の力は、未完了のゲシュタルトを、意識の前景(図)に押し出して来て、それらを解消するようにと、私たちに促して来るのである。そのことで、より自由な生命の流動性を獲得できるようにと、未完了な心理課題を解消する絶頂的表出(意識化)へと、私たちを追い込んで来るのである。ただし、このオルガスムのプロセスは、たった一回の絶頂で、すべてが解放されてしまうほど、単純な構造にはなっていない。そのため、終局的な解放を目指して、異物のような未完のゲシュタルトを解除する小さな絶頂を、人生で幾度も繰り返していくこととなるのである。

  また、ブレスワークのセッションの中では、さまざまな身体症状や激しい情動が溢れて来て、私たちの意識を圧倒して来るものである。それと同じように、人生の長い過程においても、無意識の力は、私たちの意識の前面に、ときどきの解消すべきテーマ(障害、課題)を現わして来るのである。心理的な投影を介して、実在の人物や事件の姿を借りて、それらを現わして来たりするのである。そして、私たちを怖れさせたり戦わせたり、魅惑したり愛させたりしながらも、終局的なゴールへ向かって追い込んで来ることになるのである。無意識が活性化すると、私たちは、それらの像たちにも感応(感染)しやすくなるからである。そのようにして、普段の人生の、長期的なプロセスにおいても、私たちは、悲喜交々や激しい愛憎体験を通して、解放へのオルガスム曲線を、その果てまで辿ることになるのである。

 さてまた、オルガスム曲線モデルにおいては焦点が当たらない、旅の「帰り」の部分、往還の「還」の部分を含めて考えると、この行きて帰りし旅には、さらに、どのようなプロセス(モデル)が見えてくるだろうか。そこにおいては、(オルガスム曲線と重なって)生命における成長と結実、拡張と収縮のサイクルが見えて来るのである。つまり「食と性の宇宙リズム」(三木成夫)である。このリズムにおいては、拡張(成長繁茂・春夏)と収縮(開花結実・秋冬)のサイクルが、繰りかえし反復されている。「行き」である拡張においては、成長繁茂のプロセスが、若さのようにオルガスム的解放を求めて、果てまで行くことを目指すのである。生命が、潜在力の十全な解放をめざして、冒険のよう果てまで行くことを目指すのである。一方、「帰り」である収縮においては、開花結実のプロセスが、世界との交感・交合を、収穫や果実として、凝集・凝固することを目指すのである。これは、普段から、私たちがよく目にする、自然界の原理的な姿なのである。

 さて、このようにして見ると、私たちの人生に現れる変容過程が、オルガスム曲線を描きつつも、拡張と収縮、成長と結実を、季節のように繰りかえす、生命の普遍的な相貌と重なって来るのである。
ところで、この探索における実践上のポイントについていえば、ここでもまた、主体的な姿勢として肝要なのは、気づきと好奇心を持ちつつ、このプロセスを「果てまで」行ききってみようと試みることなのである。その生長を、果てまで展開し尽くしてみようとすることなのである。そのことで、私たちは、神話英雄のように、生命の未踏の領域に到達し、焼尽するような変容を通して、こちら側に還って来ることができるのである。
 そして、また、そのように見ると、この旅の果てにあるものが、食と性の接点、個と類をつなぐ点としての絶頂、つまり、愛と交換の地点であるというのは、興味深い事柄でもある。そこにおいて、私たちは自らを超出しつつ、存在を二重化し、自己と他者、生と死、昼と夜とがひとつになるような存在に変貌するからである。

(つづく)


~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~



◆気づきの未来

……………………………

 ところで、ゲシュタルト療法の解説の中では、私たちが普段、心身や内的なものを投影して、外部の現実を見ていることについて触れた。その意味で、私たちの「現実」とは、自身の心が映し出したものであるともいえるのである。つまり、この点においても、私たちは、昼間の生活の中で、一種の夢を見ている状態にあるということなのである。ただ、この夢は、他者の夢とも混じりあった、集合的で混濁した夢(悪夢)でもある。その中で、私たちは、日々、人生のさまざまな判断を行ない、行動を起こしているのである。しかし、自分の夢に対して、より鋭い気づきが働かせられるようになると、この昼間の夢の中においても、より醒めた気づきの力を働かせられるようになるのである。昼の混濁した夢のただ中で「これは夢(悪夢)だ」と感じ取れるようになるのである。昼夜を超えた気づきの修練は、私たちの洞察力を、より透徹したものに変えてくれるのである。
 ところで、昼間の生活の中で飛び交い、入り混じっている夢の力は、集合的なものの陰画や、抑圧された欲求の投影ばかりとはかぎらないのである。また合意的現実の内容ばかりでもないのである。私たちの魂の奥処からは、宇宙的な創造の大波が、狂気の智慧が、稲妻(トリックスター)のように、時々に寄せて来ているのである。そして、それらに対しても、習熟により、すばやい気づきを働かせて、その流れに乗り込むことができるようになるのである。喩えると、夜の夢の中で、自分の掌を見つけだすように、昼間の生活においても、時々に必要な「掌」を見つけだし、そこにひそむ夢の来訪や、渦巻く振動性のエネルギーを、相応しい在り方(音色)で活かせるようになっていくのである。いわば夢見のトラッキングである。そして、そのことを通じて、あたかも緩やかになった瞬間に入り込むように、痕跡と残像の向こう側にある、より奔放な生の戯れに、忍び寄りつつ、生きられるようになるのである。それは、私たちのこのざらついた現実を、砂絵のように極彩色な、創造性の息吹に変えてくれるのである。

(つづく)





 

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

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【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト


 


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なぜ、ゲシュタルトなのか 出会いと選択

さて、クライアントの方に、
日本では、まだマイナーな(?)、ゲシュタルト療法を、
筆者自身が、どのように見出し、
主たる方法論に、

「フリーゲシュタルト」として、

すえたのかと、
たまに聞かれることがあります。

 

数ある方法論の中から、

ゲシュタルト的アプローチ(ゲシュタルト療法)を、

選んだ、いきさつについてです。


そのような時、そこに至った経緯を、

いろいろとお話をするのですが、
その話が、ゲシュタルト療法の特質をよく伝え、
クライアントの方の、
取り組み方の参考になるということが、
わかって来ました。
 
そのため、
ここでは、筆者自身が、
どのようにゲシュタルト療法を、

見出し、位置づけ、

どこにメリットを感じたのか、
また、それを、どのように、

応用的に活用することで、
自分の能力を拡大し、
人生を変えていくことになったのか、

また、他の方々に、

ご提供する方法論とするに至ったのか、

そのことについて、
少し書いてみたいと思います。
 
 
①人生の変化(突破口)を求めて

さて、ゲシュタルト療法との出会いは、
その昔、自分の能力や創造力を拡張する、
効果的で明確な方法論がないかと、
体験的心理療法の領域を、
色々と探している中で起こりました。

その当時、
仕事面においても、

生活面(ライフワーク)においても、
自分の能力・創造力に、

非常な行き詰まりを感じて、
変化の突破口を探している時期でした。
 
会社の配置転換なども不如意で、
仕事では、毎日、人生の時間を無駄にしていると、
焦っている状況でした。
このまま毎日、同じようなことを繰り返していても、
人生が変化しない、

突破口がないと感じていたのでした。
 
ただ、他人や会社を当てにしていては、
状況を打開できないこともわかっていました。
自分で状況をなんとかするしかなかったのです。
そのために、自分の能力や創造力自体を、

もう一段、ブレイクスルーさせる必要を、

どこかで感じてもいたのでした。
 
また、同時に、
当時は、時代の変化の時期、
インターネットが急速にひろまっていく、

時期でもありました。
社会インフラとしてのネット普及が起こり
情報コミュニケーションの形態が、

変わり始めていました。

そんな中で、
自分がそれまで働いていた既存の業界、

既存の事業、既存の仕事のスキルが、

皆、急速に陳腐化し、

無価値になることが予測されました。
 
自分が、長年苦労して得た、
わずかばかりのスキルでさえ、
さきの世の中では、

もうなんの役にも立たなくなる。

寄りどころとすべきスキルも、
藻屑のように消えてしまうということが、

わかっていたのでした。
 
そのような、重い閉塞感の中で、
技術の進歩や、社会環境の変化に左右されずに、

普遍的な価値を持つ、
原理的なスキル、能力とは何だろうか。
そういうものを得られないかと、
考えていたのでした。
 
まったく先の見えない、

行き詰った状況の中で、
あてどない焦燥感に、

駆られていたのでした。

また一方、多少、知見や、

変性意識状態(ASC)の経験もあったので、
頭で考えるだけの方法論(知識学習、資格取得など)では、

付け焼き刃にすぎなく、
能力・創造力や人生を、

根本的な深いレベルでは変えられない、
飛躍を起こせない、

ということもわかっていました。

(実利的な知識だけの学習は、

後からでも、充分、間に合うものでした。

優先順位の後に来ると考えました)

 

まずは、

能力や創造力を生み出す基盤である、
自分の感覚や感情、意識や心(性格)に、
直接的に介入(作用)し、
その構造やプログラムを変えていくような、
心理学(心理療法)に近い方法こそが、
抜本的な変化を起こせるものだろうと、
当たりをつけていたのでした。

内的な能力の開発や、それへの自信・確信こそが、

優先されたのです。

それを、一秒でも早く(齢が少しでも若く)、

可塑性の高いうちに手に入れ、

心の基盤に、変化を起こしたいと考えたのでした。

 

 
②心理学・心理療法に関して
 
さて、後に、

ゲシュタルト療法を発見するわけですが、
そもそも、心理学自体には、

十代の頃から関心があり、
フロイトらの精神分析や、精神医学の書物などは、
早くから読み漁っていました。
自分の心に響くものがあったのでした。

大学の学部選択としても、考えたことがありました。
実際、大学の教授の中には、
精神分析の対象関係論やメラニー・クラインについて、
非常に深いレベルで語れる先生などもいて、
そこでは、さまざまな恩恵を、

得ることにもなりました。
 
しかし、その時、すでに感じていたのは、

解釈を主とする心理学というものは、
心の実体に解離した言葉をつむぐだけであり、
解離を深めこそすれ、
心に触れたり、心を変えたりすること自体には、
ほとんど役に立たないということでした。

理論のお話は、物語でしかなかったのでした。

 

心を変えるには、

もっと直接的に、心(心身)に作用するような、

実践的(実在的)な方法論が、
必要だと理解されたのでした。
 
 
③体験的心理療法周辺の探索
 
さて、そのような、
行き詰まりと焦燥感の中で、
能力を拡張する、実効的な心理学として、
さまざまな体験的心理療法の周辺を、
探索することになったのでした。
また、NLP(神経言語プログラミング)やコーチングなども、
発見していくことになったのでした。
 
そして、そのうちに、
さまざまな実体験を通して、
その方法論的世界(業界)の、
色々な実態が、マップ(地図)のように、

わかって来ることになりました。

「心理的変容の技法 見取り図」

「【PART1 Basic】ゲシュタルト療法」

 
体験的心理療法の中には、たしかに、
ブリージング・セラピーのように、
非常に強力に、心身に作用し、

強度な変性意識状態(ASC)をつくり出すことで、
プログラミングを、
書き換えるものがあります。

たしかに、その体験は、

筆者の人生を、一変させました。

→拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』参照
 
しかし、その効果を、
仕事(日常生活)での能力や、創造性として、
実際的にどう活用するかというと、
それは縁遠いものでした。
効果の領域が、
深すぎた(基盤的すぎた)のでした。

また、コーチングやNLP(神経言語プログラミング)は、
体験的心理療法に較べると、
心のプログラミング変更を起こす点では、
威力の弱いもの(浅すぎたの)でした。
その場でその気になるだけ、
といった物足りないものでした。
筆者が欲していたのは、
能力を拡張するために、
心理プログラミングを、
真に恒久的に書き換える方法論だったのです。
 
つまり、どのような方法論も、
筆者が当時、欲していたような、
現実的に効果を出し、
能力・創造力を拡張するための変化の技法としては、
充分ではなかったのでした。

もっと適切なバランスや 強度をもった方法論が、

求められたのでした。


 
④人生を加速・拡張する方法論としてのゲシュタルト療法
 
そのような試行錯誤の中で、
「ゲシュタルト療法」に、

出会うことになったのでした。
 
ゲシュタルト療法も、
心理療法の世界では、
有名な(古典的な)ものなので、
名前だけなら、非常に早い時期に知っていました。
しかし、

何を行なうかは、それとなく分かっていても、

いまひとつ、

「効果のイメージ」がつかなかったため、
後回しにしていたのでした。

(効果がないと思っていたのでした)

 
しかし、機会があって、
それを体験した時に、
(予想とは大きく違って)
これこそが、自分が探していた方法論に、
最も近いのではないかと、

感じられたのでした。

ここに、人生を変える鍵があるのではないかと、

直観したのでした。

それくらい、

その場で分かる、

速効的な効果があったのでした。

 

自分のプログラムが、

書き換わる変化を、

その場で、体感できたのでした。

また、

その軽微な変性意識状態についても、

強い感銘を受けたのでした。

 

変性意識のせいで、

普段は、気づけないようなことに、

気づけたり、

普段は決して(恥ずかしくて)、

表現しないようなことを、

表現することができたのでした。


そして、

それは実際、結果的に、
当時、筆者が感じていた人生の行き詰まり、
能力や創造力、意識や感情、

心の限界に対する、
〈突破口〉となっていったのでした。
 
いざ集中して取り組んでみると、
それは、「まるで魔法のように」

効果を発揮し、
自己の能力を根本的なレベルで、
拡張する方法論だとわかりました。

最初の一年の取り組みが終わった時、
自分で振り返り、

「能力前年比300%」と評価し、

ノートに記しました。
そのくらいに、
爆発的な変化があったわけでした。
 
また、前段で書いた、
社会の環境変化に左右されずに価値を持つ、
普遍的なスキル、能力という側面についても、
ゲシュタルト療法は、
そのような人間の基底的な能力・創造性を、
深く解放、覚醒させ、

利用可能なものにする方法論であることが、
わかったのでした。

(変性意識状態を経由して)

心の底から、

潜在能力を引き出す技法や、

セッション形式を、

具体的に持っていたからでした。

そして、その結果として、

自分の思考力、想像力、感情の自由、統合力、集中力、

心身エネルギーのすべてが、

バージョンアップしたことが、

わかったのでした。


ゲシュタルト療法の、
表現を主とした気づきの手法は、
単に治癒的な心理療法というだけでなく、
より普遍的な能力開発技法、

創造力開発技法としても、
応用可能な本質を持っていたのでした。

(また実際、後に、

人類学などとのさまざまな類縁性にも、

気づくことにもなったのです)


そのため、
このゲシュタルト療法に、
意図的に習熟することは、
あらゆる仕事を行なう中でも役立つだろう、
自分の地力としての才能や創造力を、
高めるのに役立つだろう、
と確信できたのでした。


そして、実際、

そのようなことになったのでした。

ところで、

筆者自身は、ゲシュタルト療法以外にも、

さまざまな体験的心理療法、プロセスワーク、

NLP(神経言語プログラミング)、コーチング、

シャーマニズム、野生の気づきの技法(訓練)、

各種の瞑想技法など、

多岐に渡る方法論を学びました。

 

また、その他にも、

多様で、深遠な変性意識状態(ASC)を、

数多く体験、遍歴してきました。

(ゲシュタルト・アプローチで、

心身が大きく流動化したせいでもありました)

その内容や「行きて帰りし旅」については、

拙著『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

にも、記しました。


しかし、

最終的なレベルで、
普通の日常生活にフォーカスし、
そこで創造的な成果(アウトプット)を出していくという
現実的、着実な効果の観点(操作性)からすると、
ゲシュタルト・アプローチは、
クライアントの方に、

習得(獲得)していただく方法論としては、
最適な性格を持っていると、

考えられたのでした。

また、心の流動性と解放を高める、

シンプルな原理のゆえに、

広大な意識拡張(変性意識)の方法論としても、

使用いただける点も、

魅力的な(重要な)ポイントであったのでした。

つまりは、

そのように、ゲシュタルト・アプローチは、

クライアントの方のニーズに合わせて、

対応できる自由度や、

方向性・焦点化が、

きわめて幅広く、かつ深いものであったのでした。

 

以上見てきたような、

紆余曲折を経て、

このような結果として、

最終的に、

「人生のマスター・キー」
としてのゲシュタルト・アプローチを、

「フリーゲシュタルト」として、
自分の主たる方法論として、

すえることにしたのでした。

また、クライアントの方に、

ご提供することにしたのでした。

 

さて、では、

ゲシュタルト的なアプローチは、
世の中の、他の方法論と較べて、
どのような点で、
自由で、効果的であるのかを、

挙げてみたいと思います。


◆変化作用(強弱・深浅)のバランスのよさ
 
ゲシュタルト的アプローチは、
通常のコーチングやカウンセリングと較べると、
「格段に深く」心理的変化を起こし、
また、プログラミング修正できる方法論です。
しかし、同時に、
その変化の度合いを、クライアントの方が、
ご自分で調節できるものです。
「やりたいことのみをやる」ことで、
強弱を、調節していけるのです。
無理のない安全な範囲で、
確実に変化をつくり出すことができる方法論と、
なっているのです。


◆変化の進捗をコントロールできる

また、そのように、
個々の変化の量を調節できるため、
長い期間に渡って、取り組む場合でも、
自分が変化していく量を、
自分でコントロールできるのです。
あまり急がずに、できる範囲内で、
変化を定着させながら、
プロセスを進めていけるのです。
その継続的な変化の推移を、
管理していけるのです。

 

 

◆自分で「体験の意味」を決められる

 

多くの心理療法他は、

セッションで、クライアントの方が、

体験した内容を、

教科書に合わせて、解釈しがちとなります。

これが、しばしば、

退屈で、抑制的なものになることもあります。

 

しかし、ゲシュタルト的アプローチでは、

クライアントの方自身が、

ご自分で、自己の体験の意味を、

納得的に、決めていけることになります。

 

そのことで、

ご自分の進化の里程標を、

ご自身で、創造的かつ統合的に、

区切っていけることになるのです。

 

例えば、筆者自身も、

クライアントの時代、

多様な変性意識状態(ASC)の体験を、

すでに持っていたので、

(ゲシュタルト療法の教科書とは関係ないところで)

その関連で、自己のセッション体験を、

自分で、さまざまに意味づけ、

再構成していきました。

そのことで、自分の中に、

統合感を生むことができたのでした。
 

 

◆ケンタウロスの領域としてのバランスのよさ

 

別のページ「【PART1 Basic】ゲシュタルト療法」で、

触れましたが、

ゲシュタルト療法は、

心身一元論的なアプローチなので、

心とからだを総合的にあつかっていくことが、

できるのです。

このことが、パワフルで、

エネルギーに溢れた統合状態を、

つくり出すことに、

最適なバランスを持つことになるのです。

 

 

◆日常生活や仕事に、直接的に役立つ
 
ゲシュタルト的アプローチは、
知覚力、集中力、想像力、思考力、
心身の感度の向上、
他者とのコミュニケーション能力等、
人間の基盤的な能力を高めます。
そのため、
実利的な仕事を行なう上での、
基礎力全般が高まることになるのです。
また、その一方で、
さまざまな生活上の課題に対して、
的確にテーマを絞って、
そこに解決のヒントを得ることができるのです。
その意味での、大変、
実利的な効果を持っているのです。

また、

セッション(ワーク)に習熟するに従い、

変性意識状態(ASC)にコンタクトできるスキルも、

上がっていきます。

これは、創造力開発に、

決定的に役立つ要素となるのです。

潜在能力を引き出すコツが、

つかめて来るからです。

 

このような特性を持っているがゆえに、
変化の方法論としては、
最適なものとなっているわけなのです。

      

特に現代社会のように、

技術的・経済的・メディア的に環境変化や変動が多い時代に、

自分の中から、

ぶれない創造力を引き出す、

明確なスキルを持っていることは、

とても重要ようなことと思われるのです。


現代では多くの人が、

現れてくる技術的進歩や機器、

メディアに右往左往して、

周りに流されている状況です。


そのようなことでは、

自分の中から、

真の創造力を引き出すことなど、

できないのです。


そのような環境の中で、

「自分の中心」や「自分の場所」を

持っていることは、

とても重要ようなことと思われるのです。

このような、ゲシュタルト・アプローチの在り方を、

筆者は、よく、

登山のベースキャンプに喩えています。

ベースキャンプは、

日常的な生活の場よりも、

高い場所にあり、

かつ、山頂を狙える場所にあります。

 

ゲシュタルト・スキルを、

身につけることは、

自分の心身の中に、

このようなベースキャンプを、

つくることになります。

 

人生の中で、

そのようなベースキャンプ(基地)を持っておくことは、

人生に、新たな中心(センター)の感覚をもたらします。

日々の生活で、

創造性の高いアヴェレージ(平均点)を、

保っていられるのです。

 

日常的な雑事を離れて、

自分の中心(センター)にいつでも触れられる居場所が、

確保できるからです。

そして、その気になった際は、

いつでも、冒険的なピーク(山頂)に行くことで、

自分の限界を超え、

新たな成長を、獲得することができるからです。



さて、以上、
筆者自身が、

ゲシュタルト的アプローチ(ゲシュタルト療法)を、
どのように発見し、その効果の特性を見出し、
「フリーゲシュタルト」として、

現在の主たる方法論にすえたのかの由来となります。

 

ぜひ、ゲシュタルト・アプローチを利用して、

ご自身の大きな変化・変容を、

経験していただければと思います。

 

 

 

※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への、

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↓動画「ゲシュタルト療法と、生きる力の増大」

 

 

↓ゲシュタルト療法の基本は、第一部、第二部の解説を、ご参照ください

 

 

※ゲシュタルト療法技法の、応用的活用は、コチラ↓

変性意識状態の治癒効果

さて、

変性意識状態(ASC)について、

興味深い点は

変性意識状態それ自体が、

大きな治癒(癒し)効果を、

持っているという点です。

 

それは、

変性意識状態においては、

普段、顕在化していなかった、

エネルギー、深い感情、微細な情報が、

活性化・流動化して、

意識でも、とらえられるようになります。

意識とそれら情報の間に、

交流が可能となるためです。
 

その結果、

通常の日常意識状態においては、

硬化し、滞っていた、

エネルギーや、深い感情、生命情報が、

滑らか、かつ、速やかに、

流れるようになるのも一因です。

 

その状態は、同時にまた、

心と肉体の潜在能力が、

深いレベルから解放された状態です。

 

その状態の中では、

心身をきちんと整えようという、

生体の自律的なプロセス、

自然治癒プロセスが、

活性化して来て、

私たちを、再編成していきます。

それが故に、

変性意識状態(ASC)が、

治癒作用を持つものとなるのです。

 

例えば、

「ブリージング・セラピー」などは、

呼吸法を利用した、

心身の深いプロセスを活性化するだけの、

方法論ですが、

強い変性意識状態(ASC)の作用によって、

大きな治癒効果を発揮することとなるのです。

ブリージング・セラピー参照

 

そのため、

意図的に、

変性意識状態(ASC)に入るスキルを、

身につけることは、

心理的な治癒においても、

能力・創造力開発面においても、

ともに効果的な事柄と、

なっているわけです。

 

当スペースでは、

クライアントの方が、

自在に、変性意識状態(ASC)と、

日常意識を往還できるようになるスキルを、

獲得してもらうことを、

重視しているわけです。

 


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

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ブリージング・セラピー(呼吸法) BPM

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H.R.ギーガー


ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰでは、

スタニスラフ・グロフ博士の、

「ホロトロピック・ブレスワーク」の

実際のセッション体験について記しましたが、

この理論の前提となっている、

「分娩前後マトリックス」について、

ここでは少しご紹介しましょう。

 

※S・グロフ博士の『脳を超えて』

(吉福伸逸他訳 春秋社)という大著があります。最下部の一覧表は、同書からの引用です。

 

 

◆「出生外傷(バース・トラウマ)」の発見

―「分娩前後マトリックス」

 

博士は、当初、LSDを使った心理療法を行なっていましたが、

クライアントとの、数千回にわたる、LSDセッションを行なう中で、

人間の深層に、「出生外傷(バース・トラウマ)」が、

存在することを発見しました(そう判断しました)。

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof

 

人間が、

「胎児として、子宮から、膣道を通って、出産される」

という強烈な体験過程の記憶です。

それがLSDセッションでは、

回帰(再体験)して来ることになります。

 

これを、グロフ博士は、

これを、基本的分娩前後マトリックス

BPM Basic Perinatal Matrix)として、

体験のフェーズごとに、

BPMⅠ~ BPMⅣまで、

4つに分けて、詳説しています。

 

そして、それらが。

「原トラウマ」として、

その後の人生に大きな影響を与えていることと、

考えたのです。

それらは、

精神障害で現れるタイプ・傾向から、

日常生活での好み嗜好/強迫観念、

性的な好み嗜好まで、

その人を貫く大きな要素として、

存在しているという仮説です。

 

 

BPMⅠ 母親との原初の融合

 

最初のフェーズです。

これは、胎児が、母親の子宮の中に、

たゆたっている状態です。

子宮内が、良好な状態であれば、

これは、安逸の体験です。

子宮内が、胎児にとって、

不愉快な状態であれば、最悪の体験です。

胎児にとっては、子宮内が、

宇宙そのものであるからです。

 

 

BPMⅡ 母親との拮抗作用

 

やがて、出生の時期を迎えます。

胎児は、子宮口に吸い込まれていく体験に入ります。

胎児にとっては、危機的な状況です。

窒息や吸引など、様々な脅威が、

この体験過程の表象となっています。

 

 

BPMⅢ 母親との相助作用

 

産道・膣道を通って、出産される場面です。

胎児は、膣道の万力のような圧倒的な力に、

自己が、押し潰されそうになる脅威を感じます。

膨大なエネルギーが、発散・放出されます。

同時に、ぞっとするような性的でもある、

火山的エクスタシーを体験することもあります。

 

 

BPMⅣ 母親からの分離

 

実際に、出産されて、

母親の外に出る体験です。

恐ろしい苦難の後の、

突然の解放体験となります。

 

 

さて、以上のような4つのフェーズが、

原型的な体験となって、

私たちの心身の底に巣食い、

その後の人生に与えるというのが、

この仮説です。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的な方法論は、 拙著

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ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰ


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グロフ『脳を超えて』(春秋社)より
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BPMs3
BPMs4


 

ブリージング・セラピー(呼吸法)事例

ここでは、
「体験的心理療法」の典型として、
「ホロトロピック・ブレスワーク」と、
その事例を紹介したいと思います。
その治癒的な効果と、
変性意識状態(ASC)の現れ方のあり様が、
よく分かると思われます。

ブリージング(呼吸法)を使ったセラピーは
各種あります。
呼吸は、私たちの意識と無意識をつなぐ、
とても重要な媒体(要素)であり、
そのため、古今東西の瞑想技法でも、
重視されているものです。

たとえば、私たちは、日頃よく、
「呼吸」を止めることで、
「感情」を抑制しようとします。
思わず「息を止める」という行為です。

現代人にとって、これは、
子供の頃からの習い癖となっていて、
そのため、肉体自体(肺や横隔膜)が硬化して、
呼吸が深くできないという人がいます。

しかし、そのことによって、
その人は、
「生々しい感情」から、
守られていることにもなります。
その一方で、
生き生きとした生命力の不足に、
悩まされたりもします。

そのため、
呼吸をなめらかに滞りなく流すこと自体、
自分の感情を、なめらかに流していくことにつながります。
(各種のボディワーク・セラピーにおいては、
身体の硬化したブロックを、
直接的に、ほぐしていくことで、
このプロセスを促進していきます)

自分の感情を抑えたり、コントロールすることを
習い癖にしている人は、
感情を深く体験することにはじめ恐怖を感じます。
また、呼吸の開放によって、
感情のコントロールを失うんじゃないかと
恐れを抱きます。

しかし、心配は不要です。
コントロールは、自然に働くものです。
また、そういう人は、
穏やかな呼吸法を使った瞑想法を、
まず実践してみるといいのです。
感情の開放と、呼吸のコントロールとの、
自然で統合的なつながり(流れ)を見出し、
自分自身の新たな在り方(可能性)に、
気づくことができるでしょう。

さて、ブリージング・セラピーでは、
このような呼吸の特質を使って、
心の深層の次元に、アクセスしていく、
力強い方法論なのです。


◆ホロトロピック・ブレスワーク

「ホロトロピック・ブレスワーク」とは、
スタニスラフ・グロフ博士が、開発した、
ブリージング・セラピーです。
グロフ・ブリージング、ホロトロピック・ブリージングとも、
呼ばれたりします。

(↓グロフ博士のインタビュー
http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof)

博士は、当初、
合法だったLSDを使った心理療法を行なっていましたが、
LSDに法的規制が加わった後、

ブリージング・セラピーでも、
同様の内的プロセスを促進できることを発見し、
その方法論を体系化したものです。
詳しくは、
S・グロフ博士の『自己発見の冒険』
(吉福伸逸他訳 春秋社)などに、
詳しい記述がありますで、そちらをご覧下さい。
ここでは、ポイントだけを記してみいきます。
 

①セッションの方法

1セッションで、
1時間から数時間かけて行ないます。
 
セッションは、二人一組になり、
中心のクライアント(ブリーザー)と、
サポートする「シッター」と役割を決めて、
行ないます。

クライアント(ブリーザー)が、行なうことは、
セッションの間の数時間、
大音響で、音楽が流れる中、
ただ、「過呼吸」を行ない、
生起して来る内的プロセスに、気づきをもって、
身を委ねるだけです。
プロセスは、自然に生起してきます。
その中で、
起承転結が、自然に起こるのです。

 
②内的プロセス セッションの経過

グロフ博士は言います。

「たいていの場合、ホロトロピックな体験は、
オルガスム曲線を描き、感情のもの上がりとともに、
身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、
突如の解決に導くといった経路をたどる」(前掲書)

この内的・現象的・症状的な経過は、
とても自然な流れで起こり、
私たちの内部の〈自然〉の圧倒的な自律性(知恵)を
感じさせる類いのものです。

セッションの間は、
主観的には、この体験が、
どこに向かうのか、何が起こるのか、
まったく予測がつかない状態ですが
症状や体験過程が、ある程度、進行して来ると、
そのプロセスに無理がなく、
私たちの経験的な体感覚とマッチしていることもあり、
とりあえずは、その過程の行く末に、
任せてみようという気になってきます。


◆「出生外傷(バース・トラウマ)」

「分娩前後マトリックス」

「出生外傷(バース・トラウマ)」は、
フロイトや弟子のオットー・ランクらが、
人間の深層にあるトラウマとして、指摘していたものです。
しかし、その指摘は、どこか暗喩的なニュアンスがありました。

グロフ博士は、
クライアントとの、数千回にわたる、
LSDセッションを行なう中で、人間の深層に、
文字通りの物理的・体験的記憶として、
「出生外傷(バース・トラウマ)」が、
実際に存在することを発見(判断)しました。

クライアントの、
「胎児として、子宮から、膣道を通って、出産される」
という物理的な体験の記憶です。

これを、グロフ博士は、
基本的分娩前後マトリックス
BPM (Basic Perinatal Matrix)として、
BPMⅠ~ BPMⅣまで、
4つのフェーズに分けて、詳説しています。

実際の、「産道体験」である同時に、
その、それぞれのフェーズに、
特徴的な存在状態の解説となっており、
そして、どのフェーズで、
トラウマな固着をもった場合に、
人生で、どのような傾向の問題(妄想)を
引き起こすかを、体系化したのです。


◆体験例                   

ここでは、
筆者の体験を引用しておきましょう。
ブリージング自体は、
過去に何回も、行なっていますが、
ここでは、はじめて、
顕著な体験をした時のものを、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
より引用しておきます。

この時点で、既に何回か、ブリージングは、
行なっていましたが、
これといって、
特別な体験は何も起こっていなかったので、

この時も、さしたる期待もなく、
セッションを始めたのでした。

「……………………………
………………………
…………………

いつものように、
音楽に気を紛らわし、
過換気呼吸に、
集中していく…

過換気自体は、
不快なだけ、
苦しいだけ、
といってもいい…

探索するよう、
手さぐりするよう、
感覚と手がかりを求め…
呼吸を続けていく…

…………
………………
熱気が高まってきて…
顔や皮膚に、
ちりちりと、
蟻が這うよう、
痒さが走る…

茫漠とした不安に、
さきの見えない、
不快感が、
つのっていく…

呼吸に集中し…
気づきを凝らし…
内側から、
深層のプロセスが、
生起して来るのを、
見つめている…

光の斑点が、
眼の裏に、
交錯し、
輪舞する…

どのくらい、
経ったのか…
汗ばむ熱気の中、
苦しさは薄まり…
痺れとともに、
遠いところから、
満ちて来る、
生理の、
深いざわめきに、
気づく…

呼吸を続け、
その波を、
増幅し、
持続させることに、
集中する…

いつものよう、
手足のさきが、
痺れはじめ…
熱気の中、
斑らに現れる、
奇妙な汗ばみ…
冷たさの感覚… 

とりとめのない、
記憶や映像が、
夢の破片ように、
去来する…

どこへ向かっているのか、
予想もつかない…
しかし、
何かが、
満ちて来る気配…

内側の遥かな底に、
荒れ騒ぐよう、
何かが高まり、
生起する感覚…

呼吸を続け…
意識が、
途切れがちになる…
呼吸を保ち…
意識をただし…
気づきを凝らし…

………………………
………………
…………

どのくらい、
時間が経ったのか…
明滅する意識の向こうに、
ふと気づくと、
そこに、

「胎児である自分」

がいたのである…

それは、
記憶の想起ではなく、 
今現在、
今ここで、
「胎児である自分」
なのであった… 

感じとられる、
肉体の形姿が、
からだの輪郭が、
いつもの自分とは、
完全に違っている…

巨大な頭部に、
石化したよう、
屈曲した姿勢…
激しく硬直する、
腕や指たち…

手足のさきが、
堅く曲がり、
樹木のよう、
奇妙な形に、
ねじくれている…

からだ全体が、
胎児の形姿、
姿勢である…

そして、
気づくのは、
今ここに、
自分と重なって、
「その存在がいる」
という、
圧倒的な、
臨在の感覚である…
その存在の、
息吹である…

それは、
自分自身である、
と同時に、
かつて、
そうあったであろう、
「胎児である自分」
との二重感覚、
だったのである…

「いつもの自分」
の意識と、
「胎児である自分」
の感覚(意識)とが、
二重化され、
同時に、
今ここに、
在ったのである…

分身のよう、
多重化された、
肉体の、
感覚の、
意識の、
圧倒的に、
奇妙な現前が、
在ったのである…

そして、
ふと気づくと、
手足は、
異様なまでの、
硬直の激しさである…

その筋肉の凝縮は、
普段の人生の中では、
決して経験しない類いの、
岩のような硬直と、
巨大な圧力である…

自分の内部から、
このように、
途方もないエネルギーが、
発現している事態に、
驚いたのである…

肉体の深い層から、
生物学的で、
火山的なエネルギーが、
顕れていたのである…

………………
…………

何の感覚か…
まとわり、
ぬめるよう密閉感… 
粘膜のよう、
煩わしい、
冷たい汗ばみ…
奇妙な匂い…

内奥に、
深く凝集し、
細胞的に遅延する、
時間の感覚…
生理的な、
生物的な、
渇き…

胚のよう、
種子のよう、
濃密に凝縮する、
発熱の、
震え…

暗闇に、
ぼうと浮かぶ、
輝くような、
始源の感覚…
宇宙的な、
未明の、
けはい…

肉と骨の奥処に、
岩のよう、
苛烈な硬直の、
軋み…

烈火のよう、
力のエネルギーが、
尽きることない、
火力が、
終わることなく、
滾々と、
放出されていたのである…

………………………………
………………………」


さて、このセッションは、
「胎児のとしての自分を見出し、体験する」
ということを体験の絶頂として、
身体の猛烈な硬直も、それ以上には進まず、
終息に向かっていきました。

主観的には、
この胎児との遭遇は、
大きな感情的なインパクトを持ちました。
生命の自律性に対する畏怖の感覚や、
その原初の輝きを、
目撃し、同一化する体験となったのです。
 

◆体験の後

さて、このセッションの目覚しい効果は、
その翌日に、すぐ現れました。
 
肉体の深層に埋め込まれていた、
硬化した緊張感が、忽然と無くなり、
膨大な量のエネルギーが、
解放されていたのでした。

からだが、信じられないくらい、

軽くなっていたのでした。


そして、逆算的に、

過去を振り返ってみて、
昨日まで、そのような膨大なエネルギーの、
重圧感を抱えて生きていたことに、
その朝、気づいたのでした。

普段、そのようなことは、
気づきもしていませんでしたが、
膨大な緊張感が無くなってみてはじめて、
心身の深層に、
そのような苦しく圧迫的なプログラムが、
埋め込まれていたのに、
あらためて気づいたわけでした。

そして、自分がすでに、
「解放された存在」になってしまったことに、
その朝、気づいたわけでした。

 



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