〈流れる虹のマインドフルネス〉 潜在意識の活用で待ち望んだ飛躍を

潜在意識を科学的に活用する    〈流れる虹のマインドフルネス〉で         人生に待ち望んだ飛躍を創り出す 〈変性意識〉と〈ゲシュタルト療法〉で、     あなたのビジネス、アート、コーチング、カウンセリング、NLPに         本物のつきぬけた魔法(効果)をもたらします

潜在意識を科学的に活用する
   〈流れる虹のマインドフルネス〉で
        人生に待ち望んだ飛躍を創り出す
〈変性意識〉と〈ゲシュタルト療法〉で、
    あなたのビジネス、アート、コーチング、カウンセリング、NLPに
        本物のつきぬけた魔法(効果)をもたらします

フリー・ゲシュタルト・ワークスは、
「実践的心理学」―ゲシュタルト療法―
をベースに、
・目標達成による願望実現
・卓越したパフォーマンスの発揮
・他人への影響力の増大
・抜きんでたアウトプット(成果、結果)の創出
・自信や意欲の増進・人間関係や心の葛藤解決
・能力と創造性(天才性)の開発
・めざましい直観力の伸長
・意識や知覚力の拡張(変性意識技法の習得)
など、
心の能力を育て、増大するための、
セッションや方法論を、
ご提供しているスクールです。
コーチング・スペース、
セラピー&カウンセリング・スペース、
また、能力・創造性開発の、
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変性意識状態(ASC)と、ゲシュタルト療法)を、
方法論として、
優れたアウトプットを生み出すための、
自由で、創造的なスキルの獲得をサポートしています。
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トランスパーソナル

新刊案内『ゲシュタルト療法ガイドブック:自由と創造のための変容技法』


ここでは、新刊書籍の
ご案内をしたいと思います。

本書は、
「ゲシュタルト療法」について、
基本的な理論・原理から、
その具体的実践までを、
あつかったものとなっています。

ゲシュタルト療法の実践につながる、
核になる原理は、網羅されていますので、
実際にゲシュタルト療法を体験されていなくとも、
その効力(作用)のイメージが、
つかめるものと思われます。

また、カウンセリングの延長として、
ゲシュタルト療法を習った場合に、
通常あまりきちんと説明されない、
ゲシュタルト療法の内的原理(仕組み)が、
解説されていますので、
その面でも参考にしていただける形になっております。

ぜひ、一読していただき、
ご自身の能力向上やゲシュタルト・スキルに、
お役立ていただければと思います。

 
【目次】

はじめに 人生の新しい地平と風景

第一部 ゲシュタルト療法 基礎編

第一章 ゲシュタルト療法の向かうところ(ゴール)
第二章 ゲシュタルト療法とは
第三章 気づきの力と3つの領域
第四章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル
第五章 「やり残した仕事」
第六章 複数の自我状態
第七章 葛藤状態
第八章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
◆ライヒとボディワーク系心理療法

第二部 ゲシュタルト療法 実践編

第一章 セッションの原理・過程・効果
第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
第三章 心身一元論的アプローチ
第四章 夢をあつかうワーク
第五章 心理的統合の姿
(補遺1)
◆セッションにおける通過儀礼の構造
(コラム)
◆アウトプットとゲシュタルト療法
◆存在力について

第三部 人生の地平を拡大するゲシュタルト

第一章 ワーク(セッション)の実際
第二章 エンプティ・チェアの技法 自習エクササイズ
第三章 葛藤解決の方法
第四章 自由と創造のためのゲシュタルト・アプローチ
第五章 変容技法としてのゲシュタルト

おわりに

(補遺2)
◆変性意識状態(ASC)とは
参考文献


~~~~~~本文より~~~~~~~~


はじめに 人生の新しい地平と風景

本書は、ゲシュタルト療法の理論と実践技法についてまとめた、入門的なガイドブックです。ゲシュタルト療法は、心理療法の一流派であり、日本でも、セラピーやカウンセリング、コーチングの現場で、そのテクニックが徐々に広まってきているものです。しかし、本当のゲシュタルト療法が持っている可能性や作用(効果)は、普通の人がカウンセリングやセラピーの効果としてイメージするような、簡易で部分的なリラクゼーションとは随分違っているものです。本書では、そのような点を含めて、ゲシュタルト療法について丁寧に解説を行なっています。
ゲシュタルト療法は、私たちの心身のあり方を深く変容させ、内奥の感情をダイナミックに解放していくものです。
それは、私たちのエネルギーを増大させ、生きる意欲を高め、意識を拡大します。
行動力や実際的能力を高めます。
私たちの感情生活を豊かにし、幸福の感覚を強めます。
つまりは、人生の見える風景を、色彩豊かなものに、まばゆく一変させるものなのです。
そして、それが恒久的な変化として残っていくのです。

また、特に治療目的というわけでなくとも、健康な人が体験をする中で、心理的葛藤や心理的制限を取り除いていくものでもあります。ゲシュタルト療法が初期に広まる背景は、そのような使われ方でした。心の活力と積極性、開放と自信をつくり出すのに、とても有効な方法論だったのです。それは今でも同様で、その方面でこそ、より能力を発揮するものといっていいでしょう。
・自分の内なる能力や創造力を掘り起こし、解放したい
・自分の能力やパフォーマンスを高めたい
・優れたアウトプット(結果)を出していきたい
・自分にもっと自信を持ちたい
・人間関係の悩みを解決したい
・自分自身の限界を超えたい
・もっと楽に、楽しく生きていきたい
・広く社会に働きかけたい
・人生の果てにあるものを探求してみたい
 このようなことへの解決やヒントが、ゲシュタルト療法の中では、もたらされていくのです。

また、日本では、「自分はそこまで病気というわけではない」「自分は患者というわけではない」ということで、カウンセリングやセラピーを受けることに抵抗を持つ方が多くいます。また、そのような社会風潮もあります。これは、情報の少なさや社会的な固定観念なので、残念なことではありますが、(ゲシュタルト療法を含む)体験的心理療法に関しては大変もったいないことであるのです。これらの体験的方法論は、潜在能力を解放する作用(原理)においては、人を選ばないし、そのような人にも大きな効果を発揮するものであるからです。むしろ、ゲシュタルト療法は、そのような健康な自覚を持つくらいの人に、爆発的な効果を発揮するものでもあるのです。
ゲシュタルト療法は、技法的には、きわめて自由で創造的、遊戯的で即興的なものです。
遊びと実験の中で、いろいろ試していく中で、自分の制限を超えて、体験する世界を拡大していくということが起こってくるのです。
自分のインスピレーション(霊感)と好奇心にしたがって、感覚と感情の流れにしたがって、自分の世界がひろげられていきます。
それは、従来の自分が、まったく想像していなかったような新しい世界です。
人生にこのような世界が存在しているとは、思いもしなかったような、みずみずしい世界なのです。
あたかも初めてカラーフィルムを見る人のように、世界をカラフルなまばゆいものとして、経験するようになるのです。
そのような世界が、実際に存在しているのです。
本書を読んで、興味を持たれた方は、ぜひ実際のゲシュタルト療法を体験されてみることをおすすめします。人生のまったく新しい可能性、想像もしていなかった可能性が、自分の人生にあることに気づき、驚かれると思います。
 

◆過去の体験と自我状態の編集

さて、私たちの存在というものは、「過去の体験」から成り立っています。
ある意味、私たちは「過去の体験」の集積物です。
 過去の出来事の性質、その体験が良かったか悪かったか、楽しかったか苦痛だったか、好きになったか嫌いになったか、そのような体験の結果が感覚情報(感情価値)となり、現在の行動選択の指針となっています。そして、日々楽しそうなことを選び、苦痛そうなことを避けているわけです。
 また、私たちは、過去の体験の「偶然的な寄せ集め」ともいえます。
 「あの時」の、過去の体験の結果が少しだけ違っていたら、現在、全然違った行動をとっていただろうことが沢山あります。
 子どもの頃の、ほんのわずかなつまずきの体験が、その後の人生の流れ(選択肢の傾向)を変えてしまったということが沢山あります。
 そして、重要なことは、過去の体験というものは、それを体験した「自我状態ego state」として、今も、現在の私たちの中にそのまま残っているということなのです。
私たちの中には、過去に体験をした、無数の当時の自分(自我状態)が、そのまま生きているのです。
そのため、過去の自分(私)が、現在の自分(私)の行動に影響を与えることができるのです。それらは、過去に消えてしまったわけではなく、無時間的な者(実体)として、今もここに存在しているのです。

ゲシュタルト療法では、そのような過去の自我状態ego stateを、意図的に編集することを行なっていきます。
 通常、私たちの自我状態とその感情は、過去に偶然、起こったままに放置されています。そのため、私たちは、その自我状態(過去の体験)に影響されるがままになっているわけです。
 ゲシュタルト療法では、その野ざらしの自我状態(過去の体験)に手入れをして、水と陽光を与えて、それを望む形に変化させていきます。感情を癒し、命の泉を甦らします。その体験からの悪しき影響を取り除いていきます。
 その結果、私たちは、過去の偶然的な出来事に影響されることなく(そこから離れて)、主体的・統合的・より自由に、生きていくことができるようになるのです。

 また一方、ゲシュタルト療法では、ネガティブな体験の改変(排除)だけでなく、快や喜びの感情を増幅したり、人生で経験されなかったために、生きられることもなかった自我(欲求)状態を創り出すことも行なっていきます。
新たな体験領域を創り出すことによって、新しい自我(欲求)状態も生まれてくることになるのです。
そのようにゲシュタルト療法では、人生の体験そのものを生成的に変えていく(蘇生させていく)ということも可能になっているわけです。
その結果、私たちは過去の体験の、無力な産物であった従来の人生を超え、可能性の彼方にある人生を生きられるようにもなるのです。


◆ゲシュタルト療法が開くトランスパーソナル(超個的)な領域

ところで、次世代(七〇年代)のトランスパーソナル(超個的)心理学の理論家ケン・ウィルバーは、その「意識のスペクトル論」の中で、ゲシュタルト療法を、ケンタウロスの領域にある心理療法と位置づけました。その詳細は、本文に譲りますが、ここでは一点だけ重要な点について、さきに触れておきたいと思います。
ウィルバーの図式では、ケンタウロスの領域とは、通常の自我主体の体験領域と、トランスパーソナル(超個的)的な体験領域との間に位置している、心身一元論的な体験領域という意味合いです。
実際、ゲシュタルト療法を充分にこなしていくと、心身一元論的なアプローチによって、私たちの心身の深いエネルギーが解放されていくことになってくるわけです。意識や心身が豊かに流動化をはじめるのです。その結果、心身をまるごとのひとつの存在として、感じ取れるようになっていくのです。自らを、ケンタウロス(半人半馬)のように、精神と野生が結合として感じられるようになるのです。しかし、それに付随して、もう一段階加えた効果も出てくることになるのです。つまり、ケンタウロスの条件が満たされると、隣接していたトランスパーソナル(超個的)な体験領域も自然に開いていくということが起こってくることになるのです。このことは、ゲシュタルト療法の理論にはありませんが(そういう世界観がないので)、実践上は、よく見受けられる現象でもあるのです。
このような点への注目は、ゲシュタルト療法を停滞・マンネリ化させずに、次なる形態へと進化させるためにも欠かせない視点でもあるのです。そして、ゲシュタルト療法の姿勢と、トランスパーソナル(超個的)な体験領域を統合することで、私たちの意識や創造力は、より豊かなものに変容していくことにもなるのです。本書では、このような点についてもフォローを行なっております。

 第一部、第二部では、ゲシュタルト療法の基本的な理論と実践についてまとめています。こちらは拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』で、ゲシュタルト療法を扱った部分をベースにして、内容がわかりやすくなるように、加筆修正・リライトを行なったものとなっています。
第三部は、「人生の地平を拡大するゲシュタルト」と題して、ゲシュタルト療法の具体的な実践場面や応用場面を扱っています。また、ゲシュタルト的アプローチを実人生の中で多様に使っていく、創造的な在り方についてもまとめたものとなっています。


スライド7


【電子書籍】1000x1600



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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サイケデリック(意識拡張)体験とは何か

さて、「サイケデリック」という言葉は、
音楽やデザインのイメージとして、
その言葉が、よく知られていますが、
それが、実際に、
「どのような体験内容を指しているのか」
という点については、日本では、
一般にはあまり理解されていません。

ところで、変性意識状態(ASC)の研究も、
トランスパーソナル心理学の出現も、
その時代的な背景として、
向精神性物質(ドラッグ)を使った、
サイケデリック(意識拡張)体験の研究があってこそ、
リアルで、厚みのあるものになっていった、
という経緯(前提)があります。

日本の中では、
変性意識状態(ASC)の話や、
トランスパーソナル心理学が、
理論ばかりで、いまひとつ、
実感的・実践的な印象を持たれないのも、
そのあたりの事情に関係があるのかも
しれません。

特に、時代に先駆けた先駆的な業績としては、
英作家オルダス・ハクスリーが、
「サイケデリック」という造語を考えついた、
ハンフリー・オズモンド博士のもとで、
メスカリンの服用体験を記した、
『知覚の扉』という書物があります。
(この書名The Doors of Perceptionは、
米ロック・バンド、ドアーズの名前の元となりました)

メスカリンは、
ネイティブ・アメリカンの或る部族が、
儀式でつかうサボテン(ペヨーテ)に、
含まれている物質でした。

ここで記された哲学的洞察などは、
後の諸流派への、
決定的な指針になったことがうかがえるような、
大変興味深いものとなっているのです。

変性意識状態(ASC)や、
トランスパーソナル心理学が、
そもそも何(どんな状態)を前提として、
何を目指しているのかを、
考えるのに際して、
とてもヒントになるものでもあるのです。

ハクスリーは、
その体験を記しています。

「…私が眼にしていたもの、
それはアダムが自分の創造の朝に見たもの―
裸の実在が
一瞬一瞬目の前に開示していく
奇蹟であった。

イスティヒカイト。
存在そのもの―
エクハルトが好んで使ったのは、
この言葉ではなかったか?
イズネス、存在そのもの。

プラトン哲学の実在―
ただし、プラトンは、
実在と生成を区別し、
その実在を
数学的抽象観念イデアと同一視するという、
途方もなく大きな、奇怪な誤りを
犯したように思われる。

だから、可哀想な男プラトンには、
花々が
それ自身の内部から放つ自らの光で輝き、
その身に背負った意味深さの重みに
ほとんど震えるばかりになっている
この花束のような存在は、
絶対に眼にすることができなかったに
相違ない。

また彼は、
これほど強く意味深さを付与されたバラ、
アイリス、カーネーションが、
彼らがそこに存在するもの、
彼らが彼らであるもの以上のものでも、
以下のものでもないということを
知ることも、
絶対にできなかったに相違ない。

彼らが彼らであるもの、
花々の存在そのものとは―
はかなさ、
だがそれがまた永遠の生命であり、
間断なき衰凋、
だがそれは同時に純粋実在の姿であり、
小さな個々の特殊の束、
だがその中にこそある表現を超えた、
しかし、
自明のパラドックスとして
全ての存在の聖なる源泉が見られる…
というものであった。

…私は花々を見つめ続けた。
そして花々の生命を持った光の中に、
呼吸と同じ性質のものが
存在しているのを看たように思った―
だが、その呼吸は、
満ち干を繰返して、
もとのところにもどることのある呼吸では
なかった。

その呼吸は、
美からより高められた美へ、
意味深さから
より深い意味深さへと向かってだけ
間断なく流れ続けていた。

グレイス(神の恩寵)、
トランスフィギュレーション
(変貌、とくに事物が神々しく変貌すること)
といったような言葉が、
私の心に浮かんできた。

むろん、これらの言葉は、
私が眼にする外界の事物に
顕わされて顕われていたのである。

バラからカーネーションへ、
羽毛のような灼熱の輝きから
生命をもった紫水晶の装飾模様―
それがアイリスであった―
へと私の眼は少しずつ渉っていった。

神の示現、至福の自覚―
私は生まれて初めて、
これらの言葉の意味するものを
理解した。

…仏陀の悟りが
奥庭の生垣であることは、
いうまでもないことなのであった。

そして同時にまた、
私が眼にしていた花々も、
私―いや『私』という名の
ノドを締め付けるような束縛から
解放されていたこの時の『私でない私―』が
見つめようとするものは、
どれもこれも
仏陀の悟りなのであった。

…宗教上の言葉で
“この世”と呼ばれている世界が、
すなわちこの世界であり、
その世界では
濾過されて残った意識内容だけが
言葉によって表現される世界、
そしてさらにいえば、
言葉によって生命を失って
石化されてしまっている世界である。

ほとんどの人々は、
その人生のほとんどの時において、
減量バルブを通して減量された意識内容で、
方言にすぎない人間の言語が
本当に真実のものだという
お墨付けを付けたものだけしか
知ることがない。

減量バルブの表街道に対して、
これを出し抜く
一種のバイパスというべき裏街道が
存在する。
そしてある種の人々は、
このバイパスを
生まれつき持っているように思われる。」
ハックスレー『知覚の扉』今村光一訳、河出書房新社


(※実際のサイケデリック〔意識拡張〕体験とは
グロフ博士のLSD体験と時代背景 インタビュー動画↓)




【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
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動画解説「トランスパーソナル心理学・変性意識(ASC)・ゲシュタルト療法」


この動画では、
「トランスパーソナル心理学・変性意識・ゲシュタルト療法」
と題して、
実践的な切り口から、
トランスパーソナル的アプローチの中での
ゲシュタルト療法について
解説しています。



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

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動画解説「フロー体験 flow experience」


この動画では、
一般には、ZONE体験として知られる、
チクセントミハイ博士の、
「フロー体験 flow experience」について
解説しています。




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動画解説「拡張された知覚力と意識状態」


この動画では、
私たちがたどり着く、
知覚力や意識の拡張状態について、
解説しています。

私たちは、
トレーニングの中で、
心身を深い部分で解放していくことにより、
ある種、心身が流動化する状態を、
獲得していくことになります。

それらは、流れる虹のようにまばゆく、
素晴らしい状態です。

ある種、時空や因果を超えるような、
魔法的な状態です。

そして、これらの特徴は、
私たちの知覚力や意識が、
元来持っている性質とも、
いえるのです。

 



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
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ゲシュタルト療法【応用編】
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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
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NLP 普及・効果・課題
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動画解説『伝統的なシャーマニズムの世界観について』


この動画では、
伝統的なシャーマニズムの世界観について
お話しています。




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気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

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動画解説『サイケデリック(意識拡張)体験とメタ・プログラミング』

この動画では、
別動画「映画『攻殻機動隊』ゴーストの変性意識」の
続編・補足編として、
私たちの意識や心の、
階層構造や可能性について、
解説しています。

ジョン・C・リリー博士の仮説モデルをもとに、
意識のプログラミングや、
メタ・プログラミングについて考えています。




スライド6



スライド9

スライド10


スライド11


スライド14



動画解説「総合サイト案内 フリー・ゲシュタルト・ワークス」


この動画では、
当スペース
「フリー・ゲシュタルト・ワークス」の
サイト案内や方法論について
説明しています。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
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ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
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【PART3 Advanced】
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セッションで得られる効果
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動画解説 【図解】心の構造モデルと変容のポイント

この動画では、
当スペース、
フリー・ゲシュタルト・ワークスが採用している、
心の構造モデルについて解説しています。

加えて、
当スペースの方法論的な位置づけについても
解説しています。


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

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動画解説 ゲシュタルト療法 概論/目次


この動画では、当スペースの考える
ゲシュタルト療法の文脈や位置づけ、
当スペースの方法論的な位置づけなどを
解説しています。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
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サイケデリック体験と、チベットの死者の書

さて、以前、
心理学的に見た「チベットの死者の書」
ということで、
チベットの死者の書から類推される、
私たちの心の、
構造的モデルについて
考えてみました。
心理学的に見た「チベットの死者の書」

そして、その際、
ティモシー・リアリー博士らが記した、
『サイケデリック体験 The Psychedelic Experience』
(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅靖彦訳、八幡書店)
を参照としました。

ところで、
そもそも、
リアリー博士らは、
向精神性物質を用いることで現れて来る、
サイケデリック(意識拡大的)体験、
つまり、変性意識状態の諸相を理解する、
有効な、心の構造モデルとして、
または、サイケデリック体験をうまく導いてくれる、
ガイドブック(指南書)として、
「チベット死者の書」を、
持って来たわけでした。

さて、前回は、
そのような、心の「構造的側面」を、
テーマにして、
諸々を検討してみましたが、
今回は、
リアリー博士らが、把握した、
サイケデリック体験の、
「体験的側面」、
変性意識状態そのものに焦点化して、
諸々を見ていきたいと思います。

ところで、
前回の振り返りですが、
チベットの死者の書の中では、
死者は、
3つの中有、
つまりバルドゥ(バルド)と呼ばれる、
時空を経由して、
人は再生(心理的再生)してしまうとされています。

①チカエ・バルドゥ(チカイ・バルド)
②チョエニ・バルドゥ(チョエニ・バルド)
③シパ・バルドゥ(シドパ・バルド)
の3つがそれらです。

①のチカエ・バルドゥは、
もっとも空なる、
超越的な体験領域であり、
私たちは、そこで、
すべてから解放された時空、
空なる意識状態を、
達成することが、
可能とされています。

②のチョエニ・バルドゥは、
非常に深い、
深層次元の心が現れる時期であり、
そこで、私たちは、
私たちを構成する、
心自体である、
深部の元型的素材に直面すると、
されています。

③のシパ・バルドゥでは、
これは再生の時期にあたりますが、
私たちの自我に近いレベルが、
回帰して来るとされています。


では、実際に、
リアリー博士らの言葉を、
見てみましょう。

「チベット・モデルにしたがい、
われわれはサイケデリック体験を
三つの局面にわけている。
第一期(チカイ・バルド)は、
言葉、〔空間-時間〕、自己を超えた
完全な超越の時期である。
そこには、
いかなるヴィジョンも、
自己感覚も、
思考も存在しない。
あるのは、ただ、
純粋意識と
あらゆるゲームや生物学的なかかわりからの
法悦的な自由だけである。
第二の長い時期は、
自己、あるいは
外部のゲーム的現実(チョエニ・バルド)を
非常に鮮明な形か、
幻覚(カルマ的幻影)の形で
包含する。
最後の時期は(シドパ・バルド)は、
日常的なゲーム的現実や
自己への回帰に
かかわっている。
たいていの人の場合、
第二(審美的ないし幻覚的)段階が
もっとも長く続く。
新参者の場合には、
最初の光明の段階が長くつづく」
(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅靖彦訳、八幡書店)

ところで、博士らは、
私たちが囚われ、落ち込む、
自我の「ゲーム」から、
離れることを、進めます。

サイケデリック体験が弱まり、
バルドゥを進むに従い、
私たちは、
自我の「ゲーム」に、
より、とらわれていってしまうと
いうわけです。

「『ゲーム』とは、
役割、規則、儀式、
目標、戦略、価値、言語、
特徴的な空間-時間の位置づけ、
特徴的な動きのパターンによって
規定されている一連の行動である。
これら九つの特徴を持たない
一切の行動は
ゲームではない。
それには、生理学的な反射、
自発的な遊び、
超越意識などが含まれる。」
(前掲書)

このような、
ゲームにとらわれることなく、
ゲームを回避し、
空なる体験-意識領域に、
同一化できた時、
私たちは、いわば、
解脱(真の解放)できるというわけなのです。

第一のチカエ・バルドゥでは、
(サイケデリック体験が一番強烈な時間では)
そのチャンスが一番あると、
されているのです。

「もし参加者が、
空(くう)の心を
ガイドが明らかにしたとたん、
その観念を見、
把握することができれば、
つまり、
意識的に死ぬ力をもち、
自我を離れる至高の瞬間に、
近づいてくるエクスタシーを認識し、
それとひとつになることができれば、
幻想のあらゆるゲームの絆は
即こなごなに砕け散る。
夢見る人は
すばらしい認識を獲得すると同時に、
リアリティに目覚めるのだ。」
(前掲書)

「解放とは、
〔心的-概念的〕な活動を欠いた
神経系である。
条件づけられた状態、
つまり、
言葉と自我のゲームに限定された心は
たえず思考の形成活動を
おこなっている。
静かで注意が行き届き、
覚醒してはいるが
活動はしていない状態にある神経系は、
仏教徒が
もっとも高い「禅定」の状態(深い瞑想状態)と
よぶものに比較することができる。
そのとき、
身体とのつながりは
依然として保たれている。
光明(クリアーライト)の意識的な自覚は、
西洋の聖者や神秘家が
啓示とよんできた法悦的な意識状態を
誘発する。
最初の徴候は、
『リアリティの光明』
の一瞥であり、
『純粋な神秘的状態としての絶対に誤らない心』
である。
これは
いかなる心の範疇のおしつけもない
エネルギー変容の自覚である。」
(前掲書) 

そして、
サイケデリック体験が一番強烈な時に、
解放や覚醒が得られない場合でも、
その次の時間帯で、
チョエニ・バルドゥ的な解放や覚醒が、
可能だともいうのです。

「最初の光明(クリアーライト)が
認識されない場合、
第二の光明を維持する可能性が
残されている。
それが失われると、
カルマ的な幻想
あるいはゲーム的リアリティの
強烈な幻覚の混合期である
チョエニ・バルドが訪れる。
ここで教訓を思い出すことが
きわめて重要である。
多大な影響や効果を
およぼしうるからである。
この時期、
微細にわたって鮮明な意識の流れは、
断続的に合理化や
解釈を試みる努力によって妨げられる。
だが、
通常のゲームを演じる自我は
効果的に機能していない。
したがって、
流れに身をまかせていれば、
まったく新しい歓喜をともなう
官能的、知的、感情的な体験をする可能性が
無限にある。
だが、その一方で、
体験に自らの意志をおしつけようとすると、
混乱や恐怖の恐ろしい待ち伏せに
遭遇することになる。」
(前掲書)

「経験を積んだ人は、
すべての知覚が
内部からやってくるという自覚を保ち、
静かに坐って、
幻影をつぎつぎに映しだす
多次元的なテレビ受像機のように
拡大した意識を
制御することができるだろう。
非常に敏感な幻覚
―視覚的、聴覚的、触覚的、臭覚的、物理的、身体的―
と絶妙な反応、
そして自己や世界への
思いやりのある洞察。
鍵はなにもしないこと、
すなわち、
周囲で起こっているすべてとの
受動的な合体である。
もし意志をおしつけたり、
心を働かせたり、
合理化したり、
解釈を求めたりしたら、
幻覚の渦にまきこまれるだろう」
(前掲書)

ところで、
リアリー博士らは、
このチョエニ・バルドゥ的な、
サイケデリック体験が、とりがちな、
体験の諸相を、
死者の書に合わせつつ、
いくつかに分類しています。

自己の内的体験に、沈潜する場合や、
外部の知覚的世界に、没入する場合など、
類型的なパターンに分けて、
解説を加えています。

①源泉あるいは創造者のヴィジョン(目を閉じ外部の刺激は無視)、
②元型的プロセスの内的な流れ(目を閉じ、外部の刺激を無視。知的側面)
③内的な統一性の火の流れ(目を閉じ、外部の刺激を無視。感情的側面)
④外的形態の波動構造(目を開くあるいは外部の刺激に没頭する。知的側面)
⑤外部の一体性の振動波(目を開くあるいは外部の刺激に没頭する。感情的側面)
⑥「網膜のサーカス」
⑦「魔法劇場」
(前掲書)

これなども、
私たちの心や神経、
知覚を考える上で、
大変に示唆に富む指摘と、
なっているのです。

以下に、いくつか、
その描写を見てみましょう。

②の元型的プロセスの内的な流れ
(目を閉じ、外部の刺激を無視。知的側面)
については…

「第一のバルド
あるいは源のエネルギーの、
分化していない光が失われると、
明るい分化した形態の波が
意識の中にあふれだす。
人の心はこれらの形に
同一化しはじめる。
つまり、
それらにラベルを貼り、
生命プロセスについての啓示を
体験しはじめるのである。
特に被験者は、
色のついた形態、
微生物的な形、
細胞の曲芸、
渦巻く細い管の際限のない流れに
とらわれる。
大脳皮質はまったく新しくて
不思議な分子のプロセスに、
チューン・インするのだ。
抽象的デザインの
ナイアガラや生命の流れを
体験するのである。」
(前掲書)


③の内的な統一性の火の流れ
(目を閉じ、外部の刺激を無視。感情的側面)
については…

「純粋なエネルギーが
その白い空の性質を失い、
強烈な感情として感じられる。
感情のゲームがおしつけられる。
信じられないほど真新しい身体感覚が
身体を貫いて脈打つ。
生命の白熱光が
動脈にそってあふれるのが
感じられる。
人は
オルガスム的な流体電気の大海、
共有された生命と
愛の無限の流れに
溶け込む。」
(前掲書)

「進化の河を
流れ下っていくあいだ、
際限のない無自己の力の感覚が
生まれる。
流れる宇宙的な帰属感の喜び。
意識は
無限の有機的レベルに
チューニングできるのだ
という驚くべき発見。
身体には
何十億という
細胞のプロセスがあり、
そのそれぞれが
独自の体験的宇宙―無限のエクスタシー―を
もっているのだ。
あなたの自我の
単純な喜び、苦痛、荷物は
一つの体験の組み合わせ、
反復的で
ほこりにまみれた組み合わせを
表している。
生物学的なエネルギーの
火の流れのなかにすべりこむと、
一連の体験的組み合わせが
つぎつぎと通りすぎていく。
あなたはもはや
自我と種族の構造に
包み込まれてはいない。」
(前掲書)


④の外的形態の波動構造
(目を開くあるいは外部の刺激に没頭する。知的側面)
については…

「被験者の意識は突然、
外部からの刺激に侵入される。
彼の注意は奪われるが、
古い概念的な心は働いていない。
けれども、
他の感受性は働いている。
彼は直接的な感覚を体験する。
生の『存在性』。
彼は物体ではなく、
波のパターンを見る。
『音楽』や『意味のある』音ではなく、
音響的な波を聞く。
そして、
あらゆる感覚や知覚が
波の振動にもとづいているという
突然の啓示にうたれる。
それまで
幻想のかたさをもっていた
周囲の世界が、
物理的な波動の戯れに
ほかならないという
啓示にうたれる。
テレビ画面のイメージと同様に
実質性をもたない
宇宙的なテレビ・ショーに
まきこまれているのだという
啓示をうける。
もちろん、
物質の原子構造を
われわれは知的に知っているが、
強烈な変性意識の状態以外では、
けっして体験されることはない。
物理学の教科書によって
物質の波動構造を学ぶことは一つ、
それを体験し(そのなかに入りこみ)、
古い、馴染のある粗野な、
「堅固な」物体という
幻覚的な慰めが消え去り、
通用しなくなるということは、
まったく別のことなのである。
もし
これらの超リアルなヴィジョンが
波の現象をふくんでいれば、
外部の世界はびっくりするほど
鮮明な輝きと啓示を帯びる。
現象世界が波動という
電子的イメージの形で
存在しているという体験的な洞察は、
光明の力の感覚を
生みだすことができる。
万物が意識として
体験されるのである」
(前掲書)


さて、以上、
リアリー博士らの言葉によって、
サイケデリック体験が見出す、
リアリティの変貌について、
見てみました。
いかがだったでしょうか。

ところで、当然、
このようなリアリティの諸相は、
サイケデリック体験に限らず、
その他の変性意識状態においても、
現れて来るものであります。

そのような意味においても、
このチベット・モデルや、
リアリティの質性の特性は、
私たちにとって、
変性意識状態の探索や、
意識拡大のための、
示唆に富んだ手引きと、
なっているのです。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的な方法論は、 拙著

入門ガイド

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧ください。

 



↓サイケデリック体験と、チベットの死者の書についても解説しています。


 



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
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気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
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明晰夢の効力 2 映画『マトリックス』の世界へ


さて、以前、
映画『マトリックス』について、
取り上げてみました。

そこにおいて、
物語の中で描かれている、
(マトリックスのつくり出す)
仮想世界というものが、
私たちが今生きている、
この現実世界と、
非常に近いものであることについて、
考えてみました。
マトリックスの暗喩(メタファー) 残像としての世界

つまり、
マトリックスの世界とは、
決して、
絵空事とばかりは、
いえないものである
ということについてです。

今回は、
そのような、
マトリックスの世界観と、
特異な夢の一種である、
「明晰夢」との関連性について
少し考えみたいと思います。

ところで、
明晰夢 lucid dream についても、
以前、少し取り上げて、
みたことがあります。
「明晰夢」の効力 夢の中で掌を見る

また、
拙著『砂絵Ⅰ』においても、
夢見の技法のひとつとして、
この明晰夢を、
重要な実践として、
取り上げました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

明晰夢とは、
夢の中で、
人が、
自分が夢を見ていることに気づいて、
その上で、
行動しているような夢のことです。

現在では、
心理学的にも、
研究が進んでいますが、
歴史的には、
チベット密教や、
シャーマニズムの中で、
その存在が、
知られていたものでした。

さて、
ところで、
明晰夢の世界とは、
大変、興味深い世界です。

そこでは、
自分の、
見て、
聞いて、
感じている、
まわりの世界すべてが、
自分のつくり出した仮想世界だと
理解しながら、
その感覚を味わっている、
そんな世界です。

それは、
奇妙な世界です。

たとえば、
明晰夢のなかでは、
今はもう、
物理的には存在しない、
昔の家や部屋にいることが、
あります。

「この部屋は、
もう存在していない」
ということは、
夢の中でも、
分かっています。

目の前に、
存在している物や風景が、
「夢がつくり出している」
ということを分かって、
それらを見たり、
感じたりしているのです。

しかし、
それらはありありと、
存在しています。

夢特有の、
多少感覚のぼやけた感じはありますが、
それでも、
それらの物に触れると、
現実で触れるのと、
同じような感覚が、
得られるのです。

それは、
不思議な感覚です。

たとえば、
それは、
昔、懐かしい部屋だったりします。

そこには、
今ではすっかり、
忘れてしまっていたような、
風景や物の細部が、
再現されています。

「そういえば、
こんな物が、
部屋の片隅に、
いつもあったなぁ」

とか、

「そういえば、
ここには、
こんな感じで、
よく、埃が積もっていたなぁ」
と、
現実に存在しない、
物や風景が、
そこには、
今も、在るのです。

そして、
それらの物に、
実際に触れてみると、
とても懐かしい触感が、
得られたりするのです。

それは、
深い感慨と、
愛惜の世界と、
いえるものでもあります…


さて、
このように、
明晰夢は、
体験それ自体においても、
充分に、
感銘的なものであるのですが、
その影響力は、
さらに、
より深い作用を、
私たちに、
もたらして来るものでも、
あるのです。

つまりは、
興味深いことに、
このような、
明晰夢の感覚は、
普段の、
日常生活に、
影響を与えて来る、
ということなのです。

というのも、
明晰夢の中では、
まわりの風景のすべてが、
「自分の感覚情報が、
創り出したものだ」
と、わかっています。

そのうえで、
さまざまな行動を、
とることを、
試してみたりしているです。

しかしながら、
「自分の感覚情報が、
すべて創り出している」
ということにおいては、
実は、
この普段の日常的現実、
日常意識の見る風景においても、
事情は、
まったく同じなのです。

この覚醒時の、
まわりの風景や物にしろ、
皆、
脳や感覚がつくり出した、
情報の世界、
任意の構成風景であることは、
まったく同じで、
あるからです。

そして、
そのようなことが、
明晰夢での知覚的実感から、
まざまざと、
納得できるわけなのです。

その感覚(世界表象)の任意性を、
否定することが、
できないのです。

「この風景も、
自分で創り出している、
感覚情報である」
ことが、
実感的に、
気づかれawarenessてしまうのです。

そして、
それは、
映画『マトリックス』において、
主人公ネオたちが、
マトリックスのつくり出す、
仮想世界のなかで、
その仮想性を意識して、
行動しているのと、
同じような感覚でも、
あるのです。

私たちも、
この現実世界においても、
任意の感覚情報(世界表象)の中を、
生きている、
というわけなのです。

それらを理解しつつ、
行動していくように、
なっていくというわけです。

そして、
それは、
生きる上で、
私たちに、
新しい種類の自由度を、
もたらすことにも、
つながっていくのです。

チベット密教においては、
おそらく、
世界の空性を、
実感的に理解するために、
夢ヨーガを行なうのでしょうが、
そのように、
私たちは、
明晰夢の眼差し(光線)を通して、
目の前の世界を、
より流動的で、
非実体的なものとして、
とらえるように、
なっていくのです。

映画『マトリックス』の世界を
地で行くような事態が、
実際に起こって来ることに、
なってくるわけなのです。

そのような点で、
この明晰夢の実践(実験)は、
私たちの、
意識拡張の探求において、
とても興味深いものとして、
位置づけることが、
できるわけなのです。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的な方法論は、 拙著

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および、

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧ください。

Sleep-Patterns-Lucid-Dreaming-Part-1-Dr.-terry-Willard

↓動画「変性意識 『マトリックス』のメタファー 残像としての世界」
 

↓動画「変性意識状態 心理学的に見た、チベットの死者の書」
 

↓動画「変性意識状態(ASC)とは」


↓明晰夢の入り方は エクササイズ 『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』



↓明晰夢がもたらすもの 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』










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気づき・自己想起・至高体験 目標とプロセス


さて、当サイトでは、右寄せ
人間の意識や存在の、
さまざまな拡張された体験領域を、
取り扱っています。

最近では、
マインドフルネス的な気づきと、
グルジェフの自己想起について、
扱いました。
気づきawarenessと自己想起self-remembering
自己想起self-rememberingの効能

また、マズローの
至高体験や自己実現の考えについても、
見てみました。
「至高体験」の効能と、自己実現
アイデンティティの極致としての至高体験
「完全なる体験」の因子と、マズロー

関連領域としては、
登山における山頂体験について、
卓越した登山家、
ラインホルト・メスナーの洞察を、
参考にしてみました。
登山体験 その意識拡張と変容

これらが示す、
数々の体験領域は、
私たちの生Beingの、
より拡張された次元を、
垣間見せてくれる、
貴重な領域ともいえます。

私たちの生には、
現代社会が、通常了解している以上の、
さまざまな潜在能力があり、
創造性、意識拡張の領域においても、
より大きなひろがりの可能性を、
持っているからです。
その一端は、
拙著の中でも、
多くの考察をめぐらせました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

ところで、一方、
私たちは、
日々の生活を生きつつ、
それほど特別な達成を持たなくとも
さまざまに閃光的で、
刺激的な、
強度の体験を得ながら、
日々を成長、生成Becomingしているとも、
いえます。

今回は、
人生の中における、
そのような大きな目標と、
日々のプロセスとの関係を、
どうとらえるかについて、
少し考えてみたいと思います。

そこでは、
マズローの言葉が、
ヒントとなります。

ところで、
マズローは、
欲求の五段階仮説で、
有名でもありますが、
その下位の
「基本的欲求」
「基本的価値」
を追求することが、
必ずしも、
途中経過としての価値しか、
持たないのというわけではないことを、
至高体験との関係で、
指摘しています。

目標とプロセスとの、
生命Beingと生成Becomingとの、
多様な姿を語ります。

「…かれに関するかぎり、
特定の期間中
階層のうちの
どのような欲求に支配されていようとも、
生命lifeそのものと同じ意味の
絶対的、究極的な価値なのである。
だからして、
これらの基本的欲求
あるいは基本的価値というものは、
目標としても、
また単独の終局目標に達する階梯としても、
とり扱われるのである。」

「なるほど単一の究極的価値
あるいは人生目標といったものの
あることはたしかであるが、
われわれは複雑に連関しあった
価値の階層的、発達的体系をもつこともまた、
たしかに正しいのである。」

「これはまた、
生命Beingと生成Becomingとの間の
明らかに対照的な逆説を解くのに
役立つ。
なるほど、
人間は絶えず究極に向かって精進しており、
それはいずれにしても
別種の生成であり、
成長であるといえる。
まるで、われわれは
つねに到達できない状況に
達しようと努めなければならない宿命に
あるかのようである。
だが、幸い、
こんにちではこれが正しくないこと、
あるいは少なくとも唯一の真理でないことを、
知っている。」

「それを統一する別の真理があるのである。
われわれは一時的な絶対的生命によって、
つまり、至高経験peak-experienceによって、
よい生成が再三、再四報いられるのである。
基本的欲求の満足が達せられることが、
われわれに多くの至高経験を与えてくれる。
しかもその一つ一つが無限の喜びであり、
それ自体完全なものであり、
みずから生き甲斐を感ずる以外
なにも求めようとしない。」

「これは天上が
どこか生涯のはるか彼岸にあるとの考え方を
否定しているようなものである。
いわば天上は生涯にわたり
われわれを待っていて、
一時的にいつでも入りこみ、
われわれが日常の努力の生活に帰るまで
楽しもうと身構えているようである。
そしてひとたびわれわれがそれにひたると、
絶えず思いを新たにし、
この記憶を大切にして、
逆境の際には
心の支えともなるのである。」

「そればかりでない。
刻一刻の成長の過程が、
それ自体完全な意味において、
本質的に報いられる喜ばしいものである。
それらは山頂の至高体験でなくとも、
少なくとも山麓の経験であり、
まったくの自己正当性をもつ喜びの曙光であり、
生命の一瞬である。
生命Beingと生成Becomingとは
矛盾するものでも、
たがいに排反するものでもない。
接近と到達とは
ともにそれ自体報酬なのである。」
(『完全なる人間』
上田吉一訳、誠信書房)

さて、
マズローの言葉を見てみましたが、
探求のプロセス自体の中に、
達成の至福が、
すでにいくらかは含まれている、
というわけなのです。

そうではないと、
たしかに人は、
動機を失いがちになってしまう
ともいえます。

しかし、
筆者が見た多くの事例からも、
実際のところは、
至高体験を含有する、
さまざまな強度な体験が、
人生には、
侵入して来るものなのです。

それとはわかりにくい、
多様な姿や形態で、
至高体験は、
私たちの生のうちに、
含まれているものなのです。
「山頂」にいなくとも、
それに連なる「山麓の経験」は、
非常に多くあるのです。

要は、
気づきawarenessを、
磨いていくことで、
それらを掘り起こし、
育てていくことなのです。

そのようなヴィジョンや熱意、
体験に開かれている姿勢が、
心身の探求を進める上でも、
とても重要なことであるといえるです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
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変性意識状態(ASC)とは
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体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
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登山体験 その意識拡張と変容 メスナーの言葉


さて、以前、
方法論として極めて重要な、
気づきと自己想起について、
取り上げました。
気づきawarenessと自己想起self-remembering

また、その流れで、
即興表現と自己想起との関係についても、
考えてみました。
キース・ジャレットの、覚醒と熱望

今回は、その関連として、
登山体験というものを通して垣間見られる、
意識拡張や気づき、
変容の諸相について、
見てみたいと思います。
登山と瞑想は、
さまざまなレベルで、
元来、近似した要素を持っていますが、
登山と瞑想
ここでは、特に、
その覚醒体験や至高体験の側面について、
考えてみたいと思います。

ところで、
イタリアの登山家、
ラインホルト・メスナーといえば、
人類史上初めて、
八千メートル峰14座すべてに、
単独無酸素で登頂した登山家として、
知られています。

今回は、
彼の著書『死の地帯』(尾崎鋻治訳、山と渓谷社)から、
その興味深い言葉をいくつか、
拾っていってみたいと思います。

というのも、メスナーは、
優れた登山家であるばかりでなく、
体験を通した、生の哲学者といった面持もあり、
その体験や洞察を言葉にする、
卓越した才能を、
持ってもいるからです。
そのため、拙著『砂絵Ⅰ』でも、
彼の言葉を何度か引きました。
内容紹介 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

さて、ところで、
メスナーは、
この本の前半で、
登山家が遭遇する、
極限的体験(滑落、臨死、瀕死等)の中で経験した、
さまざまな意識拡張的な体験報告を、
取り上げています。

彼自身が、
その経験者でもあるのですが、
そのような体験領域の中では、
私たちは、
日常意識から離れ、
フロー体験や、
臨死体験で報告されるような、
不思議な意識拡張的体験を、
経験しがちとなっているからです。

それらは、
私たちが元来持っている、
潜在能力が、
危機的状況の中で、
不意に現れたものとも、
いえるものです。

メスナーは、
そのような広大な潜在能力が、
私たちのうちに在ることに、
注意を促していくのです。

そして、
困難で苛烈な登山体験が、
人を惹きつけていく、
その核心部分に、
私たちの存在や意識を、
深いレベルで覚醒させ、
解放していく秘密があることを、
示唆していくのです。

実際に、彼の言葉を、
見てみましょう。

「私は今でも
八千メートル峰登頂への究極の動機が
何であるのか、
自分でもわからない。
ただ、一度頂上へ登ってしまうと、
また降りるのがとてもいやになるのだ。
面倒だからというだけではない。
私にとっては、
下降によって
私の中に
虚しさがひろがるからである
―失楽園―
それは成功の意識によって
満たされることはない。
頂上に到達したときに
すでにまったく別種の虚しさ、
私の全存在をとらえる
解放的な虚しさを
私は何度も経験した。」
(前掲書)

メスナーは、
山頂において、
ある種の意識拡張を、
経験していたのです。

「私はエベレストの頂上から
下山しようとしたとき、
なかなか降りる気になれなかった。
(中略)
どうしてかはわからないが、
もっと長くいられるものならいたい、
永久にだってそこにいたいと思った。」

「八千メートル峰の上に
そのまま座りつづけたら
どうなんだろうなと、
私はときどき考えた。
登頂の隠された意味は
頂上にとどまることではないだろうか。」

「無限の、
なにもない空間の中心である頂に
私は座っていた。
はるか他の谷々に
乳色の靄が沈んでいた。
私のまわりの地平線が、
私の中にある空虚さと
同じように膨らんできた。
すると私の深い呼吸が
自然に凝縮して、
純粋の幻視的な輪となった。
なんともいいようのない
ほがらかな放下感とともに
私のこの調和状態、
一種のニルワナ―
涅槃から目覚めた。」
(前掲書)

そして、
彼は、山頂体験そのものが、
至高体験peak-experienceのように、
ある種の変容を、
人にもたらすことに、
思いをめぐらせます。

「ヘルマン・ブールが
ナンガ・パルバードの山頂から
生還したのは、
登頂したからである。
もしも最高点を目前に失敗していたなら、
あのように超人的な下山は
できなかったろう。
だから私にいわせれば、
彼が生還したことこそが、
彼が登頂した証拠なのである。
彼はあの夢の点に触れたからこそ、
時期を失せず、
その点から離れることができたのである。」

「人に踏まれることのなかったこの世界で、
私を支配するものは、
一方では雲や谷、
深さや広がりの現実的知覚であるが、
他方では、
自然が演出するその劇とは
一見ほとんど関係がないような、
精神的感銘と内的照明(悟り)である。
私は八千メートル峰から
再び低地にもどったとき、
精神的に
生まれ変わったように思ったことが
何度もあった。
だから私が
高所での体験から得た認識を、
私は錯乱や幻覚ではなく、
深い真実だと思っている。」
(前掲書)

そして、
つまりは、

「高く登れば登るほど、
ますます自分が透明に、
くっきりと見えてくる。
感覚が研ぎ澄まされる。
彼があれほど情熱を寄せた頂が、
具体的な形で彼のものとなる。
彼は一種の光明点の中へ入り、
涅槃の中に
消え去ることができる。」

「初めてのいくつかの大きな遠征の後で、
私は自分の人生がひろがったのを感じたが、
同時により思慮深くもなった。
三つ目の八千メートル峰である
ヒドゥン・ピークが私に鎮静作用を与えた後、
涅槃とは何であるかが
ようやくわかりかけてきたと思った。
つまり私は
生を超えるものの息吹を
吸ったのである。
エベレストの頂上では
一種の精神的オルガスムを体験した。
それは時間と空間のない全有意識における
感情的振動である。
そのとき私の理性は
完全にシャットアウトされていた。」
(前掲書)

さて、
ところで、
メスナーは、
彼自身のさまざまな極限状態における、
実体験から、
このようなことを引き起こす、
私たちの存在の、
秘められた組成について、
仮説を考えていきます。

「まもなく三十年になる
私の登山家生活で体験した数々の幻視は、
私の自己理解に本質的に寄与した。
あるときは
私は意識点としてだけ存在したり、
またあるときは
強い充実感にあふれたりした。
そういうときには、
悟性が特にそんなふうに働きかけなくても、
知が認識になるのである。
悟性はその認識を記録する。
すると一瞬その認識は
合理的に把握できるように見えるが、
それは一瞬だけのことであって、
二度と呼び戻すことはできない。」

「私の経験によれば、
人間は、外的人間と内的人間とからなっている。
外的人間―身体的・知的領域―は
誰にでもかなりよくわかる部分である。
しかし内的人間―精神的領域、
それは意識下であり、
まだよく解明されていない次元である
(私はこれを精密素材領域と呼んでいる)―は、
そこへ通じる方法を知らない限り、
誰にもわからない。
(中略)
どの肉体も、
すべてがそれからできている
元の素材を自分の中に持っている。
だからどの人間も万有を分け持っている。
万有は無限だから、
人間は無限を分け持っている。
道具としての感覚器官と、
記録装置としての意識の助けを借りて、
人間は意識的に明確に
自分自身を経験する(知る)ことができる。
(中略)
精神的な、
私のいう精密素材的な人間には
限界がないから、
精神的人間の経験能力には限界がない。」

「死の地帯の体験は
―いろいろと議論された死の経験と同じく―
新しい意識領域へいたる階梯の
重要なステップのひとつであろう。」
(前掲書)


さて、以上、
登山にまつわる、
ラインホルト・メスナーの言葉を見て来ましたが、
これらの言葉は、
登山に限定されない、
さまざまな生の場面に、
適用可能な洞察となっていることが、
類推できると思われます。

このような至高体験や、
体験領域を持つものは、
私たちの人生の中で、
多様に存在するからです。

そのような意味において、
メスナーの洞察や示唆は、
私たちの人生で、
さまざまに役立っていく、
刺激的(覚醒的)なものと、
なっているのです。

最後に、彼が、
本の冒頭に記した言葉を、
引いておきましょう。

これなども、
この「登山」の言葉を、
各人の取り組み事項に置き換えることで、
その野生的創造の可能性を、
引き出す枠組みに、
なっていくものです。


登山―それはひとつの可能性
登山―それは冒険
登山―それは積極的な自然体験
登山―それは創造的にして遊技的なスポーツ
登山―それは行為において存在を意識化する
登山―それは死の挑戦に抵抗するなかでの悟り
登山―それは天から地上への移行
登山―それは此岸と彼岸との架け橋
登山―それはより高い意識段階を求めること
登山―それはひとつの可能性
(前掲書)


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。



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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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アイデンティティの極致としての至高体験

さて、前回、
自己実現に影響する、
至高体験peak-experienceの
さまざまな特性について、
見てみました。
「至高経験」の効能と、自己実現

今回は、
アイデンティティ(自己同一性)の、
極致として現れる、
至高体験の姿について、
見てみたいと思います。

通常、私たちは、
「自分とは、誰であるのか」と、
自己の存在/体験について、
つねに、確信と不確信の間を、
揺れ動いています。

それは、
私たちの日常意識や自我が、
構造的に持っている不十分さを、
反映しているためと、
考えられます。

しかし、
至高体験(至高経験)peak-experienceにおいては、
その構造的欠陥が、
いっとき、消し去られます。

マズローは述べています。

「人びとが至高経験におかれているとき、
最も同一性identityを経験し、
現実の自己に近づいており、
最も個有の状態である
というのがわたくしの感じなので、
これは純粋、無垢のデータを提供してくれる
とくに重要な源泉であると思われるのである。」
(『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)

それらを描写する、
マズローの言葉を、
いくつかまた、
拾っていってみましょう。

「至高経験にある人は、
他の場合以上に精神の統一
(合一、全体、一体)を感ずる。
かれはまた(観察者から見ても)
いろいろのかたちで
(以下に述べるように)
一段と統合しているようにみえる。
たとえば、分離分裂が少なく、
自分に対して闘うことよりも
むしろ平和な状態にあり、
経験する自己と
観る自己との間にずれが少なく、
かれのすべての部分的機能が
たがいに巧妙に、
齟齬なく体制化せられ、
それが集中的、調和的、効率的である、など。
以下、統合および
その基礎となる条件について、
違った観点から述べてゆきたい。」

「かれが一段と純粋で
単一の存在になるにつれ、
世界と渾然一体と
深くつながることができるようになり、
以前には自己でないものとも
融合するようになる。
たとえば、愛人は、
たがいに緊密になって、
二人の人間というよりはむしろ一体となり、
我―汝の一元論は可能になり、
創造者は創造している作品と一つになる。(中略)
つまり、同一性identity、自立性autonomy、
自我性selffoodの最高度の到達は、
同時にみずからそれ自体を超越し、
自己を超えてすすむのである。
その際、個人は
比較的無我になることができる。」

「至高経験における個人は、
普通、自分がその力の絶頂にいると
感じられるのであって、
すべてのかれの能力は、
最善かつ最高度に
発揮せられているのである。
ロジャーズはいみじくもいっている。
かれは『完全に機能するfull-functioning』のを感ずると。
かれは、他のときと比べて、
知性を感じ、認知力に優れ、
才気に富み、力強く、
好意的であることを感ずる。
かれは最善の状態にあり、
調子をかため、
最高の状態におかれている。(中略)
かれはもはや自分と闘い、
自分を抑えようとして
無駄な努力を重ねようとはしない。(中略)
普通の状態では、
われわれの能力の一部は行為に用いられ、
また一部は、この能力を抑えるために費やされる。
ところがいまや、
浪費するところがないのである。」
(前掲書)

ちなみに、
このような葛藤の消滅感などは、
ゲシュタルト療法のセッション後に
私たちが、しばしば感じる、
強烈な高揚感の、
重要な原理・構造的理由でもあるのです。

続けて、
彼の言葉を見ていくと…

「完全に機能するfull-functioningという状態を、
わずかばかり違った面から見ると、
人が最善の状態にあるときは、
労せずに容易にはたらくということである。
他日努力し、緊張し、苦闘したことがらも、
その場合、なんの努力も、骨折りも、
苦労もなしに
『おのずと生ずるcomes of itself 』のである。
それとともに、
すべてのことが『ぴったりとclicks 』と、
あるいは『整然is in the groove 』と、
あるいは『力いっぱい in overdrive 』に
おこなわれるとき、
よどみなく、易々と、労せずして、
完全にはたらく状態は、
往々優美感や洗練された外観を
呈するといっても
過言ではないのである。」

「ある人は、至高経験においては、
他の場合以上に、自分を
活動や認知の責任ある能動的、
創造的主体であると感ずるのである。
かれは、
(人に動かされたり、決定されたりする
無力で、依存的、受動的で、弱々しく、
隷属的であるよりは)
根本的に運動の主体であり、
自己決定者であると感ずる。
自分は自制して、
責任を完全にはたし、
断固とした決意と、
他の場合にみられないような
『自由な意志 free will 』でもって、
自己の運命を開拓している、
と感ずるのである。

「かれはいまや次の状態から
極めて自由な立場におかれている。
つまり、障害、抑制、
警戒心、恐怖、疑惑、
統制、遠慮、自己批判、制止である。」

「かれは自発的で、表現に富み、
天真爛漫に振舞う。
(悪意がなく、純朴で、正直、率直、
純真で、あどけなく、飾り気もなく、
開放的で、気どらない)
また自然で(単純で、滑脱、敏活で、
素直、誠実で、とり繕わず、
特定の意味からいっても素朴で、実直)
こだわりがなく、
自己を自由に表出する
(自動的で、直情的、反射的、
『本能的』で、天衣無縫、
自己意識がなく、虚心、無自覚)
のである。」

「かれは、したがって、
特定の意味からして『創造的』である。
かれの認識や行為は、
強い自信や確信に支えられて、
その本質が問題性をもった場面、
あるいは問題でない場面に対し、
『彼岸out there』の立場乃至要請から、(中略)
つくりあげてゆくことが
できるのである。(中略)
当意即妙、
無より生ずるもので、
予想できるものでなく、
新奇で斬新な、
陳腐でも通り一ぺんでもない、
教わることのない
非慣習的のものである。」

「このことはすべて、
独自性、個性、特異性の極致にある
ということができる。(中略)
至高経験の際には
ことさら純粋に異るのである。(中略)
至高経験においては、
かれらのひととなりは
一層顕著になるのである。」

「至高経験においては、
個人は最もいまここhere-nowの存在であり、
いろいろの意味からして、
過去や未来から最も自由であり、
経験に対して最も
『開かれているall there』。」

「いまや、人はより一段と
純粋に精神的なものとなり、
世界の法則のもとに生きる
世界内存在の意味は薄れるのである。
つまり、かれは相違があるかぎりでは、
非精神的な法則よりも、
精神内法則によって
決定される点が多くなるのである。」

「至高経験において、
人は動機をもたなくなる。
(あるいは欲しないようになる)
とりわけ、欠乏動機の見地から見て
そうである。
この同じ理論領域において、
最高の、最もまともな同一性identityを、
無為、無欲、無私として、換言すれば、
普通の欲求や衝動を超越したものとしてとらえても、
同様である。
かれはまさにかれである。
喜びは達せられたのであり、
喜びを求める努力は一時的な終わりを
とげているのである。」

「至高経験を伝える表現方法や伝達方法は、
詩的、神秘的、叙事詩的になりやすい。」

「すべての至高経験は、
デーヴィド・エム・レヴィの意味における
『行為の完了 completions-of-the-act 』として、
あるいはゲシタルト心理学者のいう閉鎖closureとして、
ライヒ学派の例でいえば、完全なるオーガズムの型として、
あるいはまた全体的解発、カタルシス、
カルミネーション、クライマックス、
成就、空虚、終結として、
効果的に理解できるかもしれない。」

「ある種の遊戯性は、
B価値をもっていると
わたくしは非常に強く感ずるのである。(中略)
重要なことは、それが至高経験に際して
最も多く報告されていることであり、
(人の内面からも、外界から見られるところからも)
また、報告している人以外の研究者によっても
見られることである。(中略)
このB遊戯性を述べることは非常にむずかしいが、
たしかになんらかの敵意を超えた、
宇宙的で神のような、
よいユーモアの特性をもつものである。
これは容易に、幸福の喜び、
みち溢れる陽気さ、
あるいは愉しさと呼ぶことができよう。」

「人びとは、至高経験の間およびその後で、
著しく幸福、幸運、恩寵を感ずる。
『わたくしは分不相応だ』というのが
珍しくない反応である。
至高経験は企図せられるものでも、
計画にしたがってもたらされるものでもでもない。
それらは偶然におこるものである。
われわれは
『喜びでもっておどろく surprise by joy 』
のである。
思いもよらないという不意の驚きの反応、
快よい『知ることのショック shock of recognition』は
非常に多いのである。」
(前掲書)


…………………………………………

さて、
アイデンティティの極致としての、
至高体験の姿について、
さまざまに見てみましたが、
この姿は、
個を超出する要素を持ち、
自己同一性(アイデンティティ)ということを、
考える中では、
ある意味、
両義的な要素ともなるわけです。

マズローは、
それを「逆説」と呼び、
以下のように語っています。

「同一性identityの目標とするところ
(自己実現、自立性、個性化、
ホルネイの現実自己、真実性等)は、
同時に、それ自体究極の目標であるとともに、
また、過渡的な目標、経路のならわし、
同一性identityの超越にいたる行路の一段階
であるように思われる。
このことは、
そのはたらきがそれ自体を消してゆく、
ということもできる。」

このような洞察が、
後に、マズローの研究を、
自己実現のテーマから、
自己超越のテーマへと、
移させたことがわかります。

つまり、
私たちは、
究極の自己を求めるがゆえに、
図らずも、
自己を失っていく(超え出ていく)
というプロセスを、
たどっていくことになるのです。

そして、しかし、
その結果、
自己を失う(超え出る)がゆえに、
私たちは、
再び、真の自己を発見(逢着)していく、
といったことにも、
なっていくわけなのです。

そして、その点が、
至高体験が、
私たちの自己同一性identityが持つ、
不確実感を、
克服する要素にも、
なっているわけなのです。

そして、
このあたりの事情は、
変性意識状態(ASC)をめぐる、
さまざまな体験領域においても、
同様に、
重要な問題となって来る事柄でも、
あるのです。

変性意識状態(ASC)においては、
私たちの見知った日常意識が、
さまざまに相対化されて(超え出られて)いくからです。

そのため、
心理変容と変性意識状態(ASC)を扱った、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』においても、
これらの事柄は、
重要なテーマ(行きて帰りし旅)として、
焦点化されて来ることになったのでした。



※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

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Abraham-Maslow


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「至高体験」の効能と、自己実現


さて、前回、
いささか使い古された感のある、
マズローの自己実現self-actualization
という概念を取り上げ、
それが、
下位の欲求実現のあとにのみ、
ピラミッドの頂点のように、
現れるわけではないことについて、
見てみました。
「完全なる体験」の因子と、マズロー

今回は、
マズローの、別の有名な概念である、
至高体験peak-experience
について取り上げ、
その瞬間的な体験が、
自己実現に作用する、その構造的関係を、
見ていきたいと思います。


◆自己実現の再定義

ところで、
マズロー自身は、
通俗的なイメージにあるような、
「自己実現のモデル」が、
積み木のような静的なモデルとして、
とらえられてしまうことを、
危惧してもいました。

そして、
さまざまな形で、
人生に現れる、
至高体験(至高経験)peak-experienceの体験が、
人の自己実現を、
促進していく要素を持つことについて、
自己実現の再定義として、
記しています。

「換言すると、
だれでも何らかの至高経験においては、
自己実現する個人に見られる特徴を
多く示すのである。
つまり、しばらくの間、
かれらは自己実現者になるのである。
われわれは望むなら、
一過性の性格変化と考えてよいのであって、
情緒―認識―表現状態はまるで違う。
これらは
かれの最も幸福で感動的な瞬間であるばかりでなく、
また最高の成熟、個性化、充実の瞬間―
一言でいえば、
かれのもっとも健康な瞬間―でもある。」

「このことは、
われわれがその静的、類型学的欠陥を一掃し、
極くわずかの人びとが六〇歳になって入ることのできる
悉無律all-or-noneの神殿としないように、
自己実現を再規定することを可能にする。
われわれはこれを挿話として、
あるいは人を奮起させる事柄として、
規定することができるのである。
そこでは、人の力はとくに有効に、
また非常に快的なかたちでもって結集されるだろうし、
かれは一層統合せられ、分裂が少なく、
経験に開かれ、特異的で、
まったくのところ表現豊かで、
自発的で、完全に機能し、
創造に富み、ユーモラスで自我超越的で、
自己の低次欲求より独立する
等々になるのである。
かれはこれらの挿話において、
真に自己自身になり、
完全にかれの可能性を実現し、
かれの生命の核心に接するようになるのである。」

「われわれが
自己実現する人びとと呼んで区別するものは、
平均人よりもはるかに何度も、
又強く、完全に、
これらの挿話的事態が生ずると
みられることである。
このことは、
自己実現が悉無律的な事柄ではなく、
むしろ程度や頻度の問題であり、
したがって、適当な研究手段に乗せ得ることを
示すのである。
われわれはもはや、
大部分の時間、自己を充実できる極くわずかの被験者を
研究することに限られる必要はない。
理論的にいって、少なくとも、
自己実現の挿話としてどのような生活歴を
研究してもよいのである。」
(『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)

ここでは、
至高体験(至高経験)と、
自己実現との関係、
また、至高体験が、
自己実現に作用するあり様が、
語られています。


◆マズローの狙うところ

ところで、
マズローは、今では、
自己実現や至高体験などの概念で、
知られていますが、
彼の研究の元々の来歴は、
精神分析のような、
欠乏deficiencyした欲求(動機)によってのみ、
構成される人間像というものに、
彼が違和感を感じたからでした。
そこからでは、
創造的な人間像が、
まったく描けないからでした。

人間の存在状態の、
多様な帯域を網羅するには、
観察される、
肯定的で、創造的な要素も、
加えることが必要だと考えたからでした。

そこで、彼は、
欠乏deficiencyを軸とした、
D動機 D-motivation だけで構成される人間像ではなく、
生命 being や生成 becoming の成長欲求を核とした、
B動機 B-motivationというものを、
考えていくようになったのでした。

誰の人生においても、
挿話的に現れる、
創造的で肯定的な体験領域―至高体験や、
また、それらを含む体系として
より包括的な心理学を、
構想するようになったのでした。

彼は語ります。

「これは、
『積極的心理学』あるいは
未来の『予防心理学』に関する一章であって、
完全に機能する健康な人間を取り扱い、
ただ通常の病気である人のみを
取り扱おうとするのではない。
したがって、
「平均人の精神病理学」としての心理学に
対立するものではなく、
それを超え、原理的にいって、
病気も健康も、
また、欠乏も生成も生命も
ともに含める総括的、包括的な体系の中で、
すべてその発見を具体化できるのである。
わたくしは
それを生命心理学Being-psychologyと呼んでいる。
というのは、
それが手段よりもむしろ目的に関係しているからである。
すなわち、最終経験、最終価値、最終認識、
達人people as endsというものに
関与しているためである。
ところがこんにちの心理学の研究するところは、
大抵、所有することよりも所有しないことに、
成就よりも努力に、
満足よりも欲求不満に、
喜びに達したことよりも喜びを求めることに、
そこにあることよりもそこに達しようと努めることに
おかれているのである」
(前掲書)


◆至高体験peak-experienceの諸相

さて、次に、
彼が注目し、事例を収集した、
至高体験(至高経験)peak-experienceについて、
見てみましょう。

通常訳語に使われている、
「至高」という言葉は、
何か宗教的で特別な感じがありますが、
実際は、
身近にあるハイな体験の中でも、
特にその強度が強いものといったものです。

「B愛情B-loveの経験、親としての経験、
神秘的、大洋的、自然的経験、美的認知、創造的瞬間、
治療的あるいは知的洞察、オーガズム経験、
特定の身体運動の成就などにおける
これら基本的な認識事態を、
単一の記述でもって
概括しようとこころみるものである。
これらの、
あるいはこれ以外の最高の幸福と充実の瞬間について、
わたくしは『至高経験』と呼ぼうと思う」(前掲書)

彼が、
至高体験のものとして挙げる、
さまざまな特徴を、
ひろってみましょう。

「B認識B-cognitionでは、
経験乃至対象は、
関係からもあるべき有用性からも、
便宜からも、目的から離れた全体として、
完全な一体として見られやすい。
あたかも宇宙におけるすべてであるかのように、
宇宙と同じ意味での生命のすべてであるかのように
見られるのである。
これは、
大部分の人間の認識経験である
D認識とは対照的である。」

「B認識のあるところ、
認識の対象にはもっぱら、
またすっかり傾倒される。
これは「全体的注意」
―シャハテルもまたそうみている―
と呼んでもよいかもしれない。
ここでわたくしが言おうとしていることは、
魅惑せられること、
あるいはすっかり没頭することの意味に
非常に近いのである。
このような熱中においては、
図は図ばかりになり、
地は事実上消えてしまうか、
少なくとも重視はされない。
それはまるで、当分の間、
図は他のものすべてから切り離されたようであり、
世界が忘れ去られたようでもあり、
暫くの間、認識の対象が
生命のすべてになったかのようである。」

「そのときには、かれは直ちに、
自然がそのまま、
それ自体のために存在するように見ることができ、
決して人間の目的の遊戯場としては
見ないのである」

「わたしが見出したところでは、
自己実現する人間の正常な知覚や、
平均人の時折の至高経験にあっては、
認知はどちらかといえば、
自我超越的、自己滅却的で、
無我であり得ることなのである。
それは、不動、非人格的、無欲、無私で、
求めずして超然たるものである。
自我中心的ではなく、対象中心である。
つまり認知的な経験は、
自我にもとづいているのではなく、
中心点を対象におき
その周辺に形作っていくことができるのである。
それはみずからとかけはなれ、
観察者に頼らない
なんらかの実在を見ているかのようである。
美的経験や愛情経験では、
対象に極度にまで没入し、
『集中する』ので、
まったく実際のところ、
自己は消えてしまうばかりである。」

「至高経験は自己合法性、
自己正当性の瞬間として感ぜられる。
それとともに個有の本質的価値を荷うものである。
つまり、至高経験はそれ自体目的であり、
手段の経験よりも
むしろ目的の経験と呼べるものである。
それは、非常に価値の高い経験であり、
啓発されることが大きいので、
これを正当化しようとすることさえ
その品位と価値を傷つけると
感ぜられるのである。」

「わたくしの研究してきた普通の至高経験では、
すべて時間や空間について
非常に著しい混乱が見られる。
これらの瞬間には、
人は主観的に時間や空間の外に
おかれているというのが正しいであろう」

「至高経験は、
善であり、望ましいばかりで、
決して悪だとか、望ましくないものとしては
経験せられないのである。
経験は本質的に正当なものである。
経験は完全で完成したものであり、
それ以外をなんら必要としない。
経験はそれ自体充分のものである。
本質的に、必然的で不可避のものである。
それはまさにあるべく姿である。
それは畏怖と驚嘆と驚愕と卑下、
それに敬服と高揚と敬虔でもってさえ
反応させれるのである。
この経験に対する人の反応を述べるのに、
神聖ということばも時折使われている。
それは生命の意味からして
喜ばしく、『痛快なものamusing 』である。」

「至高経験においては、
現実そのものの性格をさらに明確に見ることができ、
またその本質が
より深く見透されるものだとの命題を認めたい。」

「至高経験は、
この観点から見ると、
絶対性が強く、それほど相対的ではない。
(中略)それは比較的達観し、
人の利害を超越しているというだけではない。
それらはまた、
みずからは『彼岸』にあるかのように、
人間臭を脱し、
自己の人生を超えて
永続する現実を見つめているかのように、
認知し、反応するのである。」

「至高経験は、純粋の満足、
純粋の表現、純粋の高揚
あるいは喜びと考えてよい。
だがやはり
それは『世上における』ことであるから、
フロイトの『快楽原理』と『現実性原理』の
一種の融合を示すのである。
したがって、それはさらに、
心的機能の高い水準において、
普通の二分法的考え方を
解決した一例ともいえるものである。
したがって、われわれは、
このような経験をもつ人びとには
無意識に対する親近性と開放性、
無意識を比較的おそれないことといった
ある種の『浸透性』が
共通に見出される、と考えてよい。」
(前掲書)


◆至高体験の効能

さて、上記のような、
至高体験が、
人の心理的側面に、
大きな影響を与えることは、
容易に想像することができると思います。

マズローは、
その人格変容(転換)への影響を、
以下のように記します。

「1 至高経験は、厳密な意味で、
徴候symptomsを取り除くという
治療的効果を持つことができ、
また事実もっている。
わたくしは少なくとも、
神秘的経験あるいは大洋的経験をもつ二つの報告
―ひとつは心理学者から、いま一つは人類学者から―
手にしているが、
それらは非常に深いもので、
ある種の神経症的徴候を
その後永久にとり除くほどである。
このような転換経験は、
もちろん人間の歴史においては
数多く記録せられているが、
わたくしの知るかぎりでは
決して心理学者あるいは精神医学者の
注目のまととなってはいないのである。

2 人の自分についての見解を、
健康な方向に変えることができる。

3 他人についての見解や、かれらとの関係を、
さまざまに変えることができる。

4 多少永続的に、世界観なり、その一面なり、
あるいはその部分なりを変えることができる。

5 人間を解放して、
創造性、自発性、表現力、個性を
高めることができる。

6 人は、その経験を
非常に重要で望ましい出来事として記憶し、
それを繰り返そうとする。

7 人は、たとえそれが
冴えない平凡な苦痛の多いものであったり、
不満にみちたものであったりしても、
美、興奮、正直、遊興、善、真、有意義といったものの存在が
示されている以上、
人生は一般に
価値あるものと感じられることが多いのである。」
(前掲書)


……………………………

さて、以上、
マズローの言葉を通して、
自己実現と、
それに影響する至高体験の関係を、
見てみましたが、
その構造的関連が、
理解されたかと思います。

ところで、実際、
至高体験とは、
誰においても、
起こって来るものです。
ここで挙げているような、
極端な形ではなくとも、
もっと穏やかな形で、
多様な姿で存在しています。

そして、
その可能な因子としての心理特性は、
頂点的な体験だけでなく、
日々のさまざまな感覚体験の中に、
混じりこんでいるものなのです。

私たちは、
心理的投影を通して、
ちょっと事件や生活の出来事の中に、
芸術体験やスポーツ体験の中に、
それらの萌芽を、
日々感じ取っているものでもあります。

また、心理療法やその他の、
直に心身を取り扱う実践を重ねていくと、
心身の流動化が、
段々と増していき、
至高体験なども、
より経験しやすくなっていくのです。

拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』においては、
心身の流動化や、
変性意識状態(ASC)が、
私たちを導く、
さまざまな生の肯定的様相について、
とり扱ってみました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

そして、
実際のところ、
このような創造性が、
自己のうちに、
潜在的に在るものとして、
知っておくことは、
人生の取り組みの中で、
私たちを、
より大きな可能性の中に、
置いていくことでもあるのです。

そのような意味においても、
マズローの視点は、
現在でも、
未だ示唆の多いものと、
いえるのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。



 

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気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

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「完全なる体験」の因子と、マズロー


さて、以前より、
フロー体験という、
高度に能力化された心の状態、
拡張された意識状態について、
何回か取り上げています。
フロー体験について

また、私たちの心の、
知られざる階層構造の可能性についても、
たびたび、取り上げて来ました。
そして、
変性意識状態(ASC)の中などで現れる、
それらのシステムが、
私たちを高度に統合してしまう事例などについても、
触れました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識
「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル

さて、今回は、
そのような潜在的な心が照らし出す、
「存在の肯定的な状態(エクスタシィ)」について、
マズローなどを素材に、
少し考えてみたいと思います。

というのも、
古典的な心理療法が、
しばしば陥りがちな誤りなのですが、
症状や苦痛などの否定的状態を、
自明化(実体化)しすぎることで、
(クライアントの方が焦点化しすぎることで)
かえって、
心理療法的なゲームに、はまり込んで、
悪循環のループから、
出られなくなってしまうというのは、
よくあることだからです。

苦しみを、
反復的に確認していく、
心理療法ごっこが、
目的化してしまうのです。

一方、
微かなものであっても、
核となる肯定的な状態に、
きちんとフォーカスしていくと、
その心の状態が、
だんだんと育っていって、
症状として現れていた苦痛を、
消滅させていくということも、
よくあることだからです。

その意味で、
私たちのうちにある、
力強い、存在の肯定的状態(エクスタシィ)について、
知っておくことは、
あらゆる面で、
役立つことでもあるからです。
この関係の詳細については、
内容紹介 拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

さて、
アブラハム・マズローといえば、
現在では、
「欲求の五段階説」
「自己実現」
「至高体験 peak-experience 」などの用語で、
ビジネス的な場面で、
ひろく知られる存在となっています。

ところで、
欲求の五段階説というのは、
・生理的欲求
・安全欲求
・社会的欲求
・承認欲求
・自己実現欲求
というように、
下位のレベルから、
人間の欲求が、
だんだんと満たされていって、
自己実現が達成されるような、
ピラミッド型のイメージに、
なっています。

ところで、
このようなイメージを見た際、
クライアントの方の中には、
下位の欲求が満たされていないと、
上位の階層に進めないような、
昇段試験のようなハードルを、
感じられる人たちがいます。

特に、
否定的なものに焦点化しがちな人たちは、
下位の(過去の)不足物が、
自分たちを、
永遠に、
上位に進ませないかのように、
とらえたりもします。

しかしながら、
さまざまな人の、
さまざまな心理的変容を、
見て来た経験からすると、
これらの欲求や成長は、
(大枠ではそうかもしれませんが)
必ずしも、
そんなに限定的・制限的ではなく、
積み木のような、
積み上げ方式には、
なっていないようなのです。

たとえば、
マズロー自身、
学習や人格変容について、
次のように語っています。

「人格転換は、
習慣や連合を一つづつ獲得することによるより、
全人格の全体的変化によって生ずる
という方がふさわしい。
すなわち、
外にあるものを新しく所有する場合のように、
なにがしかの習慣をつけ加えた同じ人
というのではなく、
新しいひとになるのである。
このような性格転換学習は、
非常にこみ入ってはいるが、
高度に統合せられた、
全体的有機体の転換を意味する。」

「わたくしの被験者の報告によると、
最も重要な学習経験は、
悲劇的な事件、死、心的外傷、転向、
急激な洞察のような単一の生活経験であることが、
最も多数を占めた。
これらの経験は、その当人の生活展望に対し、
無理やりに転換を迫り、結果的には
かれのあらゆる行動に変化をもたらすのである。」

「成長が抑制や拘束をはがし、
人をして『自己自身たらしめ』、
行動をくり返すというよりむしろ
それを放たしめ―いわば『放射能のように』―
その精神的本性が
そのまま表現されるのを認めるならば、
それだけ自己実現者の行動は、
獲得されたものというより、
むしろ、学習されないで創造され、
解き放たれたものとなり、
対応的のものではなく、
表現的のものとなるのである。」
(『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)

ここでは、
人間の自己実現的衝動や、
心理的変容(成長)が、
学習的につけ加えられるのではなく、
むしろ内的な表現のように、
内から発現して来る様子が、
描写されています。

また、事例的には、
強度な単一の人生経験が、
人格を変える「学習経験」「転換」になることが、
多いことも指摘されています。

そして、また、
ここで挙げられている、
「急激な洞察」体験などが、
彼がいう「至高体験」などと、
通ずるものであろうということは、
充分類推されることでもあるのです。

さて、
そのように見てみると、
自己実現的なものの発現や、
高度な人格変容とは、
必ずしも、
ピラミッドを登りきったところだけに、
限定されるものではなく、
人生のさまざまな体験領域の中にも、
存在しうることが
推察されるのです。

事実、そのような経験談は、
事例的も、
非常によく聞くところでも、
あるのです。

そのため、
現状、どのような状態にあっても、
思わぬ形で、
変容がやって来るかもしれない可能性や、
それにつながる肯定的状態に対して、
開かれた姿勢を持つことが、
重要でもあるのです。

たとえば、
フロー体験や、至高体験は、
主観的には、
あたかも「完全なる体験」といった様相を、
持ちます。

また、
そこまで行かなくとも、
肯定的な状態の要素は、
普通の体験の奥にある、
「完全なる体験」の因子として、
日々さまざまに、
感じ取られるものでもあります。

それらは当然、
実在的というより、
感覚的なものですが、
しかし、
その類いの感覚の中には、
気のせいでは終わらない、
変容を導く、
創造的な因子、
高い階層の潜在領域(能力)が、
存在しているのです。

そして、
それら存在の肯定的状態の要素は、
実際、訓練次第で、
さまざまな場面で、
呼び起こしていくことが、
可能なものでもあるのです。

その肯定的感覚の因子を、
心のどこかで保持し、
未知の可能性に開かれた取り組みを、
日々、続けていくことが、
それらをだんだんと確固としたものに変え、
結果として、
飛躍的な事態(転換)をもたらすことに、
つながっていくのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
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「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル ジョン・C・リリーの冒険から

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
未知の階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究や、アイソレーション・タンクの開発者である、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
過去2回、検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー
「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量

今回は、第3弾として、
そのような心(意識)の階層構造の仮説として、
博士の著作『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)の中の、
「意識の振動レベル」という、
階層図式について、
取り上げてみたいと思います。

ところで、
意識の「振動レベル」とは、
リリー博士が、
南米の秘教的スクールであるアリカ研究所で、
創設者のオスカー・イチャーソから、
教示されたものです。
それを、博士が、
自己の体験と照合して、
自著の中で、
解説しているものとなります。

イチャーソ自身は、
スーフィー系、グルジェフ系の教えをもとに、
さまざまな思想をミックスさせて、
自分独自の訓練システムを編み出し、
アリカ・システムとして、
60年代に展開しはじめました。

ところで、
(ついでに記すと)
結果的に、
彼の思想の中で、
一番有名になり、
普及したものといえば、
今では、
性格タイプの分類体系として知られる、
「エニアグラム」でした。

これは、元々、
イチャーソのシステムの元では、
原分析(プロトアナリシス)と呼ばれており、
私たちの自我(エゴ)の偏向を正すために、
利用するツールでした。

「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有率でも、
触れたように、
アリカ研究所では、
自己(セルフ)の中における、
自我(エゴ)と、
本質(エッセンス)の占有率というものを、
重視したのでした。

そして、
自我(エゴ)の占有率が減れば減るほど、
その分、ノイズがなくなり、
私たちの内(外)なる、
本質(エッセンス)が輝き出る、
働くようになると考えていたようです。
これは、シャーマニズム的な見地からも、
ある意味、妥当だと思われます。

そのために、
サトリの妨げとなっている、
自我(エゴ)の歪みを正すことが、
本質(エッセンス)、つまり、
存在の肯定的状態をより得るために、
必要だったわけです。

そのために、
個人の自我(性格)の偏向を捉えるために、
原分析(プロトアナリシス)ということを、
行なっていたわけです。

この原分析(プロトアナリシス)が、
エニアグラムとして広まった理由は、
リリー博士の知り合いで、
同時期に、アリカ研究所で訓練を受けた、
(本書にも登場する)
精神科医クラウディオ・ナランホ博士が、
自分の元々の、
心理学的な性格分類研究と合わせて、
エニアグラムを、一部の人々に、
教授しはじめたことがきっかけでした。

ところで、性格分類は、
上記、訓練システムの一部のものなので、
教授した対象者にも、
決して口外しないようにと、
守秘義務の約定書などをとっていたようですが、
受講者が、勝手に流布し、
結果的に爆発的にひろまってしまったので、
ナランホ博士やイチャーソも、
状況を、追認せざるえなくなったのが、
実情のようです。

ところで、
チリ出身のナランホ博士は、
フリッツ・パールズ直弟子の、
ゲシュタルト療法家であり、
向精神性植物の研究や、
チベット密教、スーフィーの実践者としても、
知られている人物です。
ナランホによるゲシュタルトの基本姿勢

さて、
話をもとに戻しますと、
「意識の振動レベル」とは、
そのオスカー・イチャーソが、
グルジェフ系のものとして、
提示している、
意識の階層モデルです。

それぞれの、
高低の階層を、
振動レベルの違いと呼んで、
数字で区分けしています。

(意識の振動レベルなどというと、
何か仰々しい感じがしますが、
あまり気にせず、
変性意識状態(ASC)の質性の違い程度に、
とらえておいて、
問題ないと思われます)

そして、
各振動レベルによる、
各意識状態があり、
私たちの通常の意識状態から、
移行する形で、
それら高次、もしくは低次とされた、
意識状態に、移っていくというわけです。

高次のレベルへの移行が、
攻殻機動隊のセリフにいう、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
状態であるわけです。

また当然、同時に、
複数の振動レベルを持つことも可能であり、
リリー博士は、
日常生活(地上生活)における、
ひとつの統合状態として、
そのようなものを目指して、
努力していくこととなります。

リリー博士は、
それらの各意識状態を、
アリカに倣って、象徴的表現を交えつつ、
以下のように記しています。

「振動レベル48」が、
ニュートラルな状態で、
より肯定的なプラスの状態と、
より否定的なマイナスの状態に、
上下対称的に、
分かれています。

①振動レベル+3
 古典的なサトリ。救世主になる。宇宙的な心との融合。神との合一。

②振動レベル+6
 仏陀になる。意識、エネルギー、光、愛の点―源。
 透視の旅。透聴の旅。頭の心的センター。

③振動レベル+12
 至福状態。キリストになる。宇宙的愛。宇宙的エネルギー。
 高められた身体的自覚。身体的意識と地球意識の最高の働き。
 胸にある感情センター。

④振動レベル+24
 専門家的サトリあるいは基本的サトリのレベル。
 必要なプログラムのすべてが生命コンピュータの無意識内にあり、
 円滑に機能している状態。下腹部の運動センター。

⑤振動レベル48
 中立的な生命コンピュータの状態。新しい観念の吸収と伝達の状態。
 肯定的で否定的でもない中立的な状態で、
 教えることや学ぶことを最大限に促進すること。
 地上。

⑥振動レベル-24
 否定的状態。苦痛。罪の意識。恐怖。
 しなければならないことを、苦痛、罪の意識、恐怖の状態ですること。

⑦振動レベル-12
 極端に否定的な身体的状態。人はまだ身体内にいるが、
 意識は委縮し、禁じられ、自覚は苦痛を感じるためにのみ存在する。

⑧振動レベル-6
 極端に否定的であるということを除けば、+6に似ている。
 煉獄に似た状況で、人は意識やエネルギーの点―源にしかすぎなくなる。

⑨振動レベル-3
 宇宙らに遍在する他の実体に融合するという点では+3に似ているが、
 それらは最悪である。自己は悪で、意味をもたない。
 これは悪の典型であり、想像しうる最深部の地獄である。
 (リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)


さて、
リリー博士は、本の中で、
過去のさまざまな変性意識状態(LSD体験等)を、
これらの各振動レベルでの体験として、
割り付けていきます。

そして、
自己の探求の足取りを、
各意識の振動レベルの、
さまざまな体験として、
整理していくのです。

そして、
アリカでの、
実際のトレーニングの中で、
意識の各振動レベルを、
上昇していく様子が、
(上部構造にシフトする様子が)
具体的な風景描写として、
描かれていくこととなります。

また、
さまざまな意識の振動レベルが、
同時的に働いていく様子も、
実際的に、
細かく描かれていくこととなるのです。

その結果、
本書における、
これらの記述は、
実際に、
さまざまな変性意識状態(ASC)を体験し、
それらをどう位置づけたらよいか、
苦慮している人々にとって、
大変参考となるものに、
なっていったのです。

…………………

さて、以上、
リリー博士による、
「意識の振動レベル」について、
概観してみましたが、
博士の実体験として、
本の中で描いている、
各種の変性意識状態(拡張された意識状態)は、
他の精神的探求の伝統に見られる、
さまざまな体系と呼応して、
大変興味深い記録とも、
なっているのです。

そして、また、
これらが、
具体的な方法論の描写を伴う、
(科学者の)実験レポートのような体裁になっている点が、
本書を資料的にも、
より貴重なものにしているともいえます。

この手の体験領域を、
記述しているものの多くは、
前提として、
任意の価値観や思想を、
はじめから含んでいるものが多く、
結果として、
探求としての中立性(明晰性)に、
曇りや歪みが、
生じてしまっているからです。

そして、実際のところ、
本書での図式は、
世界中の、
各種の風変わりな、
変性意識状態(ASC)の事例や、
意識拡張的な事例を、
分析・検討していくに際しても、
さまざまに役立っていくものでも、
あるのです。


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「セッション(ワーク)の実際」

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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
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「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量 ジョン・C・リリーの冒険から

 

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究者、アイソレーション・タンクの開発者であり、
映画『アルタード・ステーツ』のモデルにもなった科学者、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

今回は、その続編として、
博士の探求事例の中の、
興味深い点をもう少し、
細かく見てみたいと思います。

ところで、リリー博士は、
純然たる科学者であり、
そもそもは、神経生理学の研究から、
意識の研究をはじめました。

私たちの「脳」や「意識」というのは、
一切の知覚・感覚を遮断しても、
(外部情報の入力なしに)
自律的に、存在するものなのだろうか、
というような切り口から、
意識の研究をはじめたわけです。

博士の当初の考え(仮説)では、
脳のソフトウェアでしかない意識などは
外部情報の入力なしには、
独立存在しないだろう、
ということだったわけです。
その実験のために作ったのが、
アイソレーション・タンクだったわけです。
そこから、
イルカの研究にもつながっていくわけです。

ところが、
さまざまな実験を繰り返す中で、
感覚情報なしにも、
意識は存在することや、
加えて、
感覚遮断した意識状態に、
興味深い現象が現れることに、
気づいていくこととなったのです。

もともと、博士は、
精神分析の訓練などは、
受けていたわけですが、
さらに、当時発見され、
精神医学の領域で使われはじめていた、
LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)を用いて、
意識についての解明を、
試みることにしたわけです。

さて、
そのような博士の著作に、
『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)という、
自伝的な体裁をとった本があります。

博士自身が、
結論部分で、最終的な解答を見出してないと、
言っているように、
探求の途中経過と、素材として仮説を、
年代記風に示した著作です。

ところで、その本(や前著)の中に、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」と、
名付けられた図式があります。

人間の生命システムが、
どういうプログラミングの、
階層構造になっているかを、
示したものです。

上位にあるものが、その下位にあるものを、
プログラミングし、
制御しているという構造です。

10―未知なるもの
9 ―本質のメタプログラミング
8 ―自己のメタプログラミング
7 ―自我のメタプログラミング
6 ―(制御システムとは関係のない)メタプログラミング全般
5 ―プログラミング
4 ―脳の諸活動
3 ―物質的構造としての脳
2 ―物質的構造としての身体
1 ―(身体と脳を含む)すべての側面をもった外的現実
(リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)

「自我(エゴ)のメタプログラミング」あたりが、
通常の私たちの日常意識のレベル、
つまり、諸々のつまらないことに囚われ、
翻弄されている、普段のレベルとなっています。

「自己(セルフ)のメタプログラミング」は、
高度な気づきAwarenessの状態や、
統合の水準であり、
下位のものが統制され(妨げられることなく)、
自己の全体が、
滑らかに作動している状態とされています。

「本質(エッセンス)のメタプログラミング」は、
さらなる上部構造システムの働きです。
「本質とは、人間、個人、身体、生命コンピュータに適用される、
宇宙的法則の最高の表現である」(前掲書)
仮説として、
抽象的に置かれた(措定された)ものといえますが、
博士自身によると、
LSD実験による、体験と検証の中で、
仮定されたものとなっています。
最上位の階層が、
「未知のなるもの」となっているのは、
そのような意味合いからでしょう。

ところで、
『意識(サイクロン)の中心』において、
多くの紙数を占める、
スーフィー的スクール(アリカ研究所)の訓練体験の中では、
このような階層構造を、
上がって(上昇して)いく様子が、
さまざまに描かれています。
化学的なグラフでも示されています。

そこにおいては、
「自己(セルフ)」の中における、
「自我(エゴ)」の含有量が減っていくと、
反対に「本質(エッセンス)」の含有量が増えていくと、
描写されています。

ノイズが減り、
純粋な自発性が、
輝くように現れて来るわけです。
それは、
素晴らしく肯定的な状態、
ハイな意識状態(エクスタシィ)として、
描かれています。

一方、
「自己(セルフ)」において、
「自我(エゴ)」の含有量が増えていくと、
ノイズや落ち込みが増え、
「本質(エッセンス)」の含有量が、
無くなってしまうものとして、
描かれています。

苦痛や葛藤の多い、
ローな状態に、
なってしまうわけです。

さて、
ところで、上に見た、
含有量の構造などは、
実は、
心理療法(ゲシュタルト療法)の世界においても、
同様に、普通に見られる現象だとも、
いえるのです。

ゲシュタルト療法においても、
セッションを数多くこなす中で、
自我の分裂や葛藤が減り、
自己が、より全体性として、
働く感覚が生まれて来ると、
自己の奥底にある、
より自由で、自発的な自己(オーセンティック・セルフ)が、
生きられるようになる、
という構造です。

そして、
私たちは、
より肯定的な意識状態に、
長く留まれるようになる、
という事態(構造)です。

そして、
それはまた、
シャーマニズムにおいて言われることと、
同様の事柄でもあるのです。

シャーマンが、
自我の詰り(ノイズ)を取り去り、
自己をパイプのように
空洞にすればするほど、
未知のメディスン・パワーがそこを流れ、
働きやすくなるという構造と、
似通ったものなのです。

それは、聖なる息吹に充ちた、
パワフルな状態であるというわけです。
そのために、
シャーマンにおいては、
戦士的な空無の状態であることを、
重視することとなっているわけです。

そして、
それはまた、
元ネタの、攻殻機動隊にならって、
新約聖書を引用するとするならば、
ガラテヤ書にある、
パウロの言葉、
「最早われ生くるにあらず、
キリスト我が内に在りて生くるなり」
(生きているのは、もはや、わたしではない。
キリストが、わたしのうちに生きておられるのである)
という体験領域なども、
聖霊に満たされた信徒たちと同様、
「本質」の含有量の、
極めつけに高まった状態だと、
類推することもできるわけなのです。


このように、
興味深いことに、
数々の事例から知られることは、
自己が「全体として」働けば働くほど、
やがて、そこから、
自己を超えた要素が、
「本質(エッセンス)」的な要素が、
フロー体験のように現れて来る、
ということでもあるのです。

リリー博士の、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」は、
そのように、
さまざまな視点とも響きあう、
普遍的な構造を持った図式として、
参考になるものでもあるのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
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「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

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気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
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カスタネダと「世界を止める」


さて、前回、
攻殻機動隊に出て来る、
「疑似体験の迷路」
という言葉を素材に、
私たちの日常的現実について、
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系

そして、
私たちの日常的現実や、
日常意識も、
疑似体験の迷路と、
そんなに違うものでもない、
ということについて、
考えてみました。

加えて、そのような、
日常意識の中身を、
見抜くのに、
変性意識状態(ASC)からの視線が、
有効であることについても、
見てみました。

さて、今回は、
そのような、
疑似体験の迷路としての、
日常意識に、介入するための、
より身近な視点について、
考えてみたいと思います。


◆カスタネダと「世界を止める」

カルロス・カスタネダといえば、
人類学者として出発し、
インディアンのシャーマンに、
弟子入りすることで、
そのサイケデリックな世界観を、
内側から報告する作家として、
有名になりました。

その後、
作品の語り口は、
さまざまに変貌し、
途中からは、
南米の古代的なシャーマニズムや、
その独特の世界観や方法論を、
伝える作家となりました。

カスタネダの師匠であった、
ドン・ファンの実在性そのものが、
創作であると疑われているように、
カスタネダの語っていることが、
本当に、伝統的なシャーマニズムの、
ものであるか否かは、分かりません。
(本人は、事実であると明言していますが)

ところで、
そのようなカスタネダの、
有名になった言葉のひとつに、
「世界を止める」
という言葉があります。

私たちの「世界」とは、
私たちの内的なおしゃべり、
内的な対話によって、
作り出されている、
という事柄に由来する、
言い回しです。

私たちは、いつもいつも、
「世界とは、こういうものだ」
「世界とは、かくかくしかじかのものだ」
と、自分自身に向かって、
言い聞かせることで、
この「世界」を維持していると、
カスタネダは指摘するわけです。

そして、
その内的対話を止め、
世界を止める、ということが、
真のリアリティへの道である、
というわけなのです。

この内的対話は、
信念体系(ビリーフ・システム)の、
働きとも、連動して、
私たちの知覚・認知する世界を、
保持しているのです。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

「その点に関する
ドン・ファンの説明はこうだった。
われわれは
みずからに語りかけることによって、
世界にたいする自分の知覚を強化し、
それをある一定レベルの効率と機能に
保っておけるのである。
『全人類が、
内的対話によって確固たるレベルの
機能と効率を保っているのだよ』
いつだったか彼が私にいったことがある。
『内的対話は、集合点を全人類が
共有する一点へ固定しておくための鍵なのだ。
その一点とは、肩甲骨の広さの、
腕をいっぱいに背後へ伸ばしたところにある。
内的対話とは正反対のもの、
すなわち″内的沈黙″を達成することによって、
実践者は集合点の固定した状態を
打破することができ、
知覚の驚くべき流動性を
獲得することができるのだ」
カスタネダ『呪術の実践』(結城山和夫訳、二見書房)

ここでは、
「集合点」という、
知覚を編集するエネルギー・ポイントが、
言及されていますが、
この興味深い内容については、
別の機会に譲りましょう。

この集合点云々の説明を、
抜きにしても、
また、暗喩として、とらえたとしても、
ここで、語られている事態の、
意味合いや妥当性は、
理解されるかと思われます。

私たちが、
内的対話を続けることで、
世界体験を、反復的に、
自己産出しつづけていることは、
明らかなことと、
思われるのです。

私たちの内面を、
冷静に振り返ってみても、
自分がいつもいつも、
自分の中で、おしゃべりを、
し続けている(止められない)ことに、
気づかれるかと思います。

私たちは、
このような、
おしゃべりを止められないのです。

このような、
おしゃべり自体が、
偏向的な性格によって、
自動的に反復されている、
「疑似体験の迷路」
ともいえるものなのです。

これらの内的対話を止めることで、
私たちは、
妨げられることなく、
より直接的に、
世界というものを、
体験していくことが、
出来ることにもなるのです。

その世界とは、
おしゃべりに曇らされることなく、
生き生きと、
陽光にみちた、
より色鮮やかな世界でも、
あるのです。


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「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー ジョン・C・リリーの冒険から

さて、今回は、
私たちの内で働いている、
心的システムの、高次の学習階層について、
考えてみたいと思います。
これらは、
変性意識状態(ASC)の中などでは、
しばしば出遭うことになる、
自己システムの隠された側面とも、
いえるものかもしれません。


◆フロー体験で働く機構

ところで、
以前、取り上げた、
フロー体験flow experienceにおいては、
私たちは、高度な集中状態の中で、
特殊な意識(心身)状態に、
入り込むこととなります。

そこにおいては、
私たちは、その行動(行為)を、
圧倒的で、没我的な集中状態で、
行なっているわけですが、
そこでは、

自分で完全にコントロールしているという、

感覚と同時に、あたかも二重写しのように、
「自分でないものの力」によって、
それらの行動が為されているかのような、
不思議な感覚を得ることになります。



その状態においては、
まるで、何かの自動化によって、
高速的に、最適な判断と選択、
迅速で的確なアクションが、
取られていくかのようです。

おそらく、
この状態においては、
ベイトソンのいう、
二次学習の機能の成果が
並外れた状態で働いているとも、
言えるのかもしれません。

また、この状態における、
閃光のようなフリキシブルな創造性からすると
三次学習の要素も、いくらか、
含まれているのかもしれません。

いずれにせよ、
非常にひろい幅の、
学習階層で、
心身の創造性が、
発揮されている状態であると、
推察されるわけです。


◆心身のメタ・プログラマー

さて、ところで、
ベイトソンの友人で、
イルカの研究者や、
アイソレーション・タンクの発明者としても、
著名な、ジョン・C・リリー博士は、
合法時代のLSDを使った、
心理・意識機能の探求者、研究者でもありました。

人間心理における作動のシステムを、
プログラミングや、
そのメタプログラミングとして記述する、
『バイオコンピュータとLSD』(リブロポート)は、
自らをLSDセッションの被験者として、
(精神分析的な知見も含め)
人の心理機能を、
システムの制御体系として、
抽象度高く表現した書物です。

また、その後の、
『意識(サイクロン)の中心』(平河出版社)においては、
前著の体系を引き継ぎつつ、
心身(意識)システムの制御における、
プログラムとメタプログラミングの階層構造を、
各種の実践体験の中で、実験(確認)していくという、
興味深い書物となっています。

そこにおいては、
私たちの日常意識(プログラム)を制御する、
高次のシステム(メタ・プログラマー)についても、
さまざまな考察がめぐらされています。

そして、
フロー的な体験や、それ以上の体験のように、
極度に潜在能力が解放された、
特殊な存在状態においては、
メタ・プログラマー自身が、
私たちの存在を制御し、
操縦していくかのような事態が、
興味深い実体験(事例)とともに、
数多く紹介されています。

そのような事例などは、
例えば、フロー体験の中で、
どのような超越的なシステムが、
私たちの内で作動しているのかを考える際の、
ヒントになるものと思われるのです。

また、その際の、
仮説としての、心の階層モデルなどは、
世界の諸伝統などとも響きあう、
共通性を持ったモデルでもあり、
そのさまざまな比較検討が、
可能なものともなっているのです。


◆「聖霊」の働く階層

ところで、以前、
映画『攻殻機動隊』と、
そのゴーストGhostの変性意識状態(ASC)について、
考えてみた際、
初期のキリスト教徒に見られた、
「聖霊体験」について、
それらを一種の変性意識状態の事例として、
取り上げてみました。

つまりは、
聖書にある、
「聖霊にみたされる」体験を、
システム的に、
意識が、
未知なる心身の「上部構造」とつながる体験として、

とらえてみる可能性について、
考えてみたわけです。

そして、
上部構造とつながるシステムな体験であるがゆえに、
情報が整列されることにより、
私たちの日常意識(下位構造のプログラム)を、
整理・改変する力、
つまりは統合(治癒)する力が、
生まれるのではないかと、
比喩的に、考えてみたわけです。

ところで、
そのように考えてみると、
この、心の階層システム的な仮説が、
先に見た、
リリー博士のいう、
「私たちのプログラム(日常意識)を、
制御するメタ・プログラマー」という仮説と、
近しい姿を取っていることに、
あらためて気づかされるわけです。

そして、実のところ、
筆者自身、
拙著『砂絵Ⅰ 現代エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

に記したように、
風変わりな変性意識状態(ASC)を、
さまざまな経験として持ったわけですが、
判然とはわからないものの、
それらの事象の背後に、
何らかのシステム的なつながりがあることは、
類推(予感)できたのでした。

そのようなことからも、
これら心的システムの、
プログラミングにまつわる領域には、
世の事例の多さを考えてみても、
探査検討すべき領域が、
まだ沢山あると感じられるのです。


◆この人生の背後にあるもの

私たちの人生には、
何らかのきっかけで、
日常意識を超える要素が、
変性意識状態の片鱗として、
やって来ることがあります。

それらは、
ひょっとしたら、
私たちの日常意識の背後で働いている、
メタ・プログラマーの、
何らかの調整作用の影響であるとも、
考えることができるのかもしれないのです。

日常生活で、
ふと舞い込む、
覚醒感や、感覚の拡張、

偶然や運として、
それらは姿を現わしているのかも、
しれないのです。

そのため、
当スペースでは
X意識状態などと呼んで、
それらに感覚的に焦点化することなども、
行なっているわけです。

それらに、
意図的に気づき、意識化していくことにより、
私たちの、
高次の学習機能も、
少しずつ高まっていくからです。
そして、おそらくは、
メタ・プログラマーの創造的な影響を、
呼び込むことも、
可能になると考えられるからなのです。



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モビルスーツと拡張された未来的身体

さて、拙著
の中では、
意識拡張の実践である「夢見の技法」を語る際に、
私たちの心理的投影と、身体性が、
どうかかわるのかについて、
紙数を割きました。

メルロ=ポンティのいう、
「画家は、
その身体を世界に貸すことによって、
世界を絵に変える」
『眼と精神』木田元他訳(みすず書房)
という言葉などを素材に、
私たちが、世界を、
投影した身体性を通して、
理解するその仕方について、
分析をしてみました。

そして、そのことが、
夢見の技法として、
どのように利用可能なのかについて、
考察してみました。

さて、ここでは、
そのような文脈で、
拡張された(投影的な)身体性と、
意識拡張との関係について、
考えてみたいと思います。


◆モビルスーツの身体領域

「モビルスーツ」とは、
一時代を画したアニメ作品、
『機動戦士ガンダム』の中に登場する、
戦闘用の機体(ロボット)のことです。

アニメ作品『機動戦士ガンダム』は、
初回作品と、その玩具(プラモデル)が、
一世代の熱狂を引き起こし、
シリーズ化されていったものです。

また、その作品の物語設定についても、
独特の仕掛けが、さまざまあり、
セカイ観を売り物にする、
その後のアニメ作品群の先駆けになったとも、
いえるかもしれません。

しかし、筆者が、
ここで、特にテーマとしたいのは、
「モビルスーツ」というロボット(機体)の、
拡張された身体性としての意味合いなのです。

ところで、
モビルスーツは、
それまであったアニメ作品、
『マジンガーZ』のような、
偶発的なロボットとは、趣を異にし、
未来国家の量産型の軍事兵器として登場します。

元々は、番組から玩具をつくり出す、
マーケティング上の必要性があったわけですが、
物語の設定上でも、
高度に発達した未来社会の戦争においても、
なぜ、ロボット同士の白兵戦が必要であるのかという、
納得性(設定)を形成することで、
高機能化し、進化していくモビルスーツの、
必然性をつくり出すことになったわけでした。

ところで、一方、
実際、後に、玩具としてヒットするわけですが、
モビルスーツの、
あの美的で、不思議なデザインがなければ、
時代の(その後の)熱狂を、
つくり出すこともなかったとも思われるのです。

特に、玩具商品のラインナップの大部分であった、
ジオン軍のモビルスーツの持つ異形性・新奇性、
ガウディの作品のような、曲線を多用した、
あの有機的なデザインが無ければ、
そこまでの支持は得られなかったとも類推されるわけです。

また、玩具自体について言えば、
それまでのプラモデルにあまりなかった、
関節の「可動性」を高めた点も、重要なポイントでしょう。
子どもたちは、自らの身体性を、人形に投影するので、
人形の可動性の高さは、
そのまま、子どもたちの感覚の自由度を、
高めることにもなるからです。

現在でも、フィギュア商品の、
可動域の広さが商品の売りとなるのは、
そのような意味合いだとも考えられるのです。


◆拡張する未来的身体と、意識の拡大

さて、物語の展開にしたがって、
軍事兵器としてのモビルスーツは、
次々と高機能化し、
進化していくわけですが、
興味深いことは、
その進化にともなって、
物語の終盤には、
進化したパイロット(ニュータイプ/超能力者)も、
現れて来るということです。

ストーリー的には、
偶然、特殊進化(超能力化)したパイロットに合わせて、
進化させたモビルスーツが、
作られたようにも見えます。
物語的には、
宇宙空間に出た人類が、
自然に進化していくというイメージです。

しかし、通常、
このような生物の能力進化とは、
環境と生体との相互作用の結果であり、
どちらかが原因であるとは、
一概に特定できないものなのです。

フロー体験に見られるように、
環境と、表出(表現)と、内容(生体)との、
ギリギリの極限的な相互フィードバックの中で、
生成して来るものなのです。

つまり、
物語の設定でいえば、
宇宙における戦争・戦闘という極限状態の中での、
拡張された表出身体(モビルスーツ)と、
内容(パイロットの知覚力・意識)との、
高度的な相互フィードバックの中で、
生成して来るものなのです。

モビルスーツがなければ、
ニュータイプも生まれなかった。
こう考える方が、
面白いと思います。

宇宙空間を、高速で稼働する、
機械の身体があったからこそ、
知覚能力の進化が、
加速されたというわけです。

フロー体験について分析されるように、
通常、私たちは、
挑戦的な、困難な状況の中での、
的確な(拡張された)身体活動によって、
知覚力や意識が拡張されていくわけです。

そのような事柄が、
この物語作品の中では、
一定の納得性をもって描かれたために、
一見無理やりで荒唐無稽にも見える、
ニュータイプの設定が、
表現としての強度を持ちえたのでした。
事実は、
そんなにニュータイプな事柄ではなかったのです。
むしろ、古典的(神話的)ともいえる事象だったわけです。


◆日常生活におけるモビルスーツ(拡張する先導的身体)

さて、ここで、
焦点化したい事柄は、
モビルスーツのような、
宇宙空間において、高速で稼働する、
疑似身体(拡張された)が、
ニュータイプ的能力を覚醒させ、
拡張させていったという事柄です。

新奇で、一歩先を行く表現活動(形態)が、
私たちの拡張された知覚力や意識形態を
引き出していくという点です。

そして、
この能力の特性は、決して、
SF的な事柄に限定されるものでは、
ないのです。
この日常的現実で、
普通に起こっている事柄なのです。

さて、私たちは、
身体という場で、
世界と出遭っています。

そして、この身体は、
肉体に限定されるだけでなく、
モビルスーツにように、
投影的で、創造的な活動領域全般に、
延長されているものなのです。

そのため、
私たちが、
自分の知覚力や意識を、より拡張し、
能力をより高めていきたいと考える場合には、
活動しているフィールド(場)を、
私たちの能力が、
引き出され(拡張され)やすいように、
焦点化して、
設定してしなければならないのです。

宇宙(人生)を高速で横切るかのように、
自分に課す日々の活動内容や、
人生の目標など、
自分の限界を超えるかのように、
全身全霊で取り組まざるを得ないように、
場や標的を創り、
急襲していく必要があるのです。

それには、
戦闘のような、
つねに、気づきawarenessが求められる、
強度をはらんだ持続性が必要です。

徹底的に追い求めることにより、
能力というのは、
一線を超えた力を、
発揮はじめるのです。

そして、
そのような強度の果てに、
困難や既知の自己を、
超えはじめた時に、
私たちは、
人生の新しい次元(宇宙)を、
見出しはじめることができるのです。


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書籍新刊『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』のご案内

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本書では、より密教的な側面までも含めて、

多次元的なリアリティが、

書き記されています。


各種の方法論(ゲシュタルト療法、夢見の技法、野生の(気づきの)技法、英雄の旅、人格変容の行きて帰りし旅等)や、

変性意識体験(人生回顧体験、クンダリニー体験、聖地体験の事例等)について、

実体験を踏まえた考察がめぐらされています。


現代の世間一般に知られるものより、

深くリアルなレベルで、

変性意識や意識拡張の実態、

トランスパーソナル(超個)的な次元の様相、

人格変容のプロセス、

存在の未知の状態(エクスタシィ)について、

知りたい方にとっては、

参考いただける内容となっています。


日本語で書かれたもので、

ここまで実体験に即して、

精緻に探求を深めたものもないので、

真摯に、この人生の謎を解いていきたいと、

考えられている方にとっては、

生涯に渡って、役立てていただける内容と、

なってます。

以下は、本文からの抜粋です。


 

 

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』 


はじめに

 本書は、心理療法や変性意識状態を素材として、私たちの心が持つ、多様な可能性について考察を行なったものである。副題の「現代的エクスタシィの技法」とは、エリアーデの著書『シャーマニズム』の副題『エクスタシィの古代的技法』より来ている。本書に、心理学的なアプローチによる、エクスタシィ(意識拡張)の技法を見出そうという目論見があるからである。そのため、本書においては、意識の変異した状態や、無意識の自律的な機能を中心に、私たちの心が持つさまざまな能力について検討が行なわれている。そして、自然的な創造性が、私たちを導いていく精神の諸領域についても、その展望を見ている。本書を貫く主題は、気づき、変性意識状態(ASC)、心身の拡充的な統合といったものである。

 第一部と第二部では、「気づきの技法」と題して、心理療法の一流派であるゲシュタルト療法を取り上げている。ゲシュタルト療法は、現在では人間性心理学に分類される、心理療法の流派であるが、その原理や効果の実態を見ると、治療目的の心理療法だけに限定されない多様な要素を持つものだからである。また、その実際のセッション体験は、私たちの心の持つ能力や可能性について、さまざまな事柄を教えてくれるものだからである。ゲシュタルト療法は、健康な人が、自己の心を探索し、創造力や才能を発掘する技法として、効果を望める面が強いのである。それゆえ、流派の創始者パールズは、ゲシュタルト療法の原理が持つ普遍性を強調するために、自身をゲシュタルト療法の創始者ではなく、再発見者にすぎないと表現したが、それも、あながち言い過ぎともいえない面があるのである。ゲシュタルト療法の実践が持つ原理は、禅をはじめ、世界の瞑想技法とも多くの共通点を持つものなのである。また特に、実践のなかで育って来る、気づきawarenessの能力は、重要な要素となっているものである。その能力は、精神を探求する諸流派の方法論と呼応しつつ、治癒効果にとどまらない、意識拡張の可能性について、さまざまな事柄を、私たちに教えてくれるのである。実際のところ、ゲシュタルト療法を、古今東西にある気づきの技法に、心理学的技法を加えた方法論として見るという、別の見方をすることも可能なのである。そのように見ると、さまざまな介入技法を持つ、ゲシュタルト療法の利点も見えやすくなって来るのである。そのため、本書のゲシュタルト療法についての記述は、必ずしも、教科書的な解説に準じない面や、心理療法としての注意点を省いている面もあるが、それは、そのような本書の狙いのためである。本書では、意識や心身の能力を拡大する、気づきの技法として、ゲシュタルト療法の可能性を検討しているのである。

 第三部では、変性意識状態Altered States of Consciousnessを取り上げて、その体験のさまざまな様相を見ている。変性意識状態とは、意識の変異した状態であるが、それは、普段の日常意識では、あまり知ることのできない、さまざまな体験領域について教えてくれるものである。ここでは、具体的な事例を交えつつ、そのような意識状態の諸相について見ている。

 第四部では、夢見の技法と題して、夢を取り扱う、さまざまな方法を取り上げている。夢は、無意識(潜在意識)の自律的な智慧であり、私たちの意識に、必要な情報をもたらす生体機能である。また、その夢に対して、相応しい表現を、生活の中で与えていくことは、私たちの心身に拡充をもたらす、重要な方法論となっているのである。

 第五部では、私たちの自然的な(野生的な)能力を回復するという観点から、さまざまな具体的技法を、取り上げている。それらは、潜在能力の開拓や、生きる力の獲得という面からも、有効な実践技法となっているのである。

 第六部では、以上のまとめとして、心理学的な人格変容を通した、私たちの意識拡張の内実について見ている。神話的なモデルなどを参照しつつ、私たちに、存在の拡充をもたらす実践のあり方を検討している。
 

目次

はじめに

第一部 気づきの技法Ⅰ ゲシュタルト療法 基礎編

第一章 ゲシュタルト療法とは 
第二章 気づきの3つの領域
第三章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル 
第四章 未完了の体験
第五章 複数の自我
第六章 葛藤
第七章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
・ライヒとボディワーク系心理療法

第二部 気づきの技法Ⅱ ゲシュタルト療法 実践編

第一章 セッションの原理・過程・効果 
第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
第三章 心身一元論的アプローチ
第四章 夢をあつかうワーク
第五章 心理的統合の姿

(補遺)

・セッションにおける通過儀礼とコミュニタス
(コラム)
・アウトプットとゲシュタルト療法
・存在力について

第三部 変性意識状態の諸相

第一章 変性意識状態とは
第二章 呼吸法を使った変性意識状態
第三章 人生回顧体験
第四章 蛇の火について
第五章 大地の共振
(コラム)
・残像としての世界 映画『マトリックス』の暗喩

第四部 夢見の技法

 

・夢見とは
・気づきと夢見
・心理療法と夢見
・夢見における集中状態
・創作的形式の利用
・創作過程とシャーマニズム的構造
・創作の体験過程
・体験の増幅と凝集
・明晰夢の利用

 

第五部 野生と自然

第一章 シャーマニズム的な姿勢
第二章 野生の気づき
第三章 狩猟的感覚
第四章 裸足の歩み
第五章 底うち体験と潜在力の発現
第六章 戦士の道と平和の道
第七章 伝統的シャーマニズムについて
第八章 道化の創造性
第九章 アウトサイダー・アートと永遠なる回帰

第六部 行きて帰りし旅

第一章 心理学的に見た変容のプロセス
第二章 英雄の旅
第三章 野生的エクスタシィの技法

参考文献

 


 ~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


1.玉ねぎの皮むき

 ………………………………………………

 さて、オーセンティック・セルフ(本来の自己)とは、ゲシュタルト療法の中では、自己表現に関する階層モデルの中で使われている概念(仮説)である。それは、きわめてシンプルな仮説である。モデルの図柄としては、同心円状の輪(層)が、ひとつの核を中心にひろがっている円形図表である(五層一核)。その中心の核にあるのが、オーセンティック・セルフと言われるものである。五つの層(レイヤー) の外側には、決まり文句の層、役割演技の層といったような、私たちの、日常的で表面的な、自己表現の階層があるのである。その下に若干葛藤を含んだ層(行き詰まりの層)が存在し、五層の一番内側(奥)の層には、爆発の層というものがあり、これが、真正な自己表現の階層となっているのである。そして、その下に、原初的で、情動的な、オーセンティック・セルフ(本来の自己)というものがあるのである。つまり、オーセンティック・セルフとは、そこに潜在していると仮定される、自律的で生なエネルギー、感情エネルギーを指しているだけなのである。そして、この奥深い核のエネルギーから、自発的な奔流として、充分表現的に生きられることを、ゲシュタルト療法では目指すのである。一番深い心情から、統合的に生きられている充実的な在り方を目指すのである。そして、人が、自己一致して、肚の底から湧いてくる自分の本心を表明できている時、また、それを味わいつつ、その感情(欲求)で、他者と関わることができている時、人は本来の自分(オーセンティック・セルフ)を生きているといえるのである。
また、実感レベルでいうと、葛藤や、未完了の体験によって被われている心というものは、奥底にある深い感情(欲求)に、自分でも充分接触できていないし、自由に表現もできないという、不全な感覚を持っているものである。そのため、ワーク(セッション)によって、この外皮のような防壁が薄くなり、葛藤がなくなっていくと、私たちの、本来の感情(欲求)が、心の底から、湧き水のよう速やかに、直接流れ出すようになって来るのである。それは、生きる上での大いなる歓び、エクスタシィ(生の充溢)とも感じられるのである。そのため、その状態を獲得するために、人格システムの硬化をなくし、人格の肯定的・積極的能力を高めていくことが、ゲシュタルト療法の、日々の取り組みとなるのである。
 

 ところで、長年、ゲシュタルト療法を続けていくと、人生の大きな妨げ(制限・苦痛)となっていたような、葛藤や人格の外皮は、消失していくものである。ゲシュタルト療法においては、未完了の体験がなくなると、それらに妨げられることなく、「今ここを十全に体験できるようになる」と言われる。つまり、感情的なノイズや、歪んだ自意識に妨げられることなく、今ここの体験(感覚、感情、欲求)をありのままに体験できるようになるというのである。そして実際、そのような状態は、おおよそ達成されて来るのである。

(つづく)
 
~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~
 


◆人生回顧体験

 民間伝承などではよく、人は死ぬ直前に、「自分の全人生を、走馬燈のように回顧する」といわれる。人生回顧(ライフ・レビュー)体験とは、そのような体験のことである。この現象は、臨死体験者の事例報告が収集されるようになってから、そのような現象が、比較的高い頻度で起こっていることが、確認されるようになったことでもある。臨死体験研究のケネス・リング博士によって作られた測定指標の中でも、臨死体験を構成する特徴的な要素として、一項目が採られているものである。

 さて、過去に見られたさまざまな事例からすると、この体験は、突発的な事故などの、何かしらの生命危機に際して、遭遇しがちな体験となっているものである。しかし、実際に瀕死状態にならずとも、その危機を判断することの中でも起こるようなので、緊急時における、何らかのリミッター解除が原因となっているのかもしれないのである。筆者の場合は、特に急な事故でもなく、普段の生活の中で、この変性意識状態に入っていったのである。しかし、多くの事例を仔細に見ると、危機的状況による過度な内的圧力(ストレス)が、そのきっかけになることが考えられたので、筆者にあっても、何らかの過度な圧力が、その原因になったと類推されたのである。


◆体験内容

 さて、その体験は、普通に街を歩く中で、突然、訪れたものであった。当然そのような出来事が、自分の身に起こることなど予期していなかったのである。そして、起こった後も、それをどうとらえてよいのか、苦慮したのである。その体験が起きた時は、気分の悪さを抱えながらも、普段どおりに市街を歩いていただけであった。

…………………………………
…………………………………………

重苦しい気分で、通りを歩いている。
暗い感情が波のように、心身の内を行き来するのがわかる。
煮つまるような息苦しさ。
あてどない、先の見えない苦痛に、想いをめぐらせていた、とある瞬間、
ある絶望感が、ひときわ大きく、
塊のようにこみ上げて来たのである。
内部で苦痛が昂まり、過度に凝集し、限界に迫るかのようである。
自分の内側で、何かが、完全にいき詰まり、
行き場を失ったのを感じたのである。
その時、
固形のような感情の塊が、たどり着いた、
後頭部の底で、
「砕け散る」のを、
感じたのである。
物体で打たれたような衝撃を感じ、
視像の中を、
透明なベールが、左右に開いていく姿を、
知覚したのである。
内的な視覚の層が、
ひらいていく姿だったのかもしれない。
奇妙な知覚状態に、
入っていったのである…

見ると、
随分と下方に、
遠くに(数十メートル先に)、
「何か」があるのが見えたのである。
何かクシャッと、
縮れたもののようである。
よく見てみると、
そこにあったのは、
(いたのは)

数日前の「私」であった。
 
正確にいうと、
「私」という、
その瞬間の自意識の塊、
その風景とともに、
その瞬間の人生を、
「生きている私」
がいたのである。

たとえば、
今、私たちは、
この瞬間に、
この人生を生きている。

この瞬間に見える風景。
この瞬間に近くにいる人々。
この瞬間に聞こえる音たち。
この瞬間に嗅ぐ匂い。
この瞬間に感じている肉体の感覚。
この瞬間の気分。
この瞬間の心配や希望や思惑。
この瞬間の「私」という自意識。
これらすべての出来事が融け合って、
固有のゲシュタルトとして、
この瞬間の「私」という経験となっている。

さて、その時、
そこに見たものは、
それまでの過去の人生、
過去の出来事とともにある、
そのような、
瞬間の「私」の、
つらなりであった

各瞬間の、
無数の「私」たちの、
膨大なつらなりである。
それらが時系列にそって、
そこに存在していたのである。

瞬間とは、
微分的な区分によって、
無限に存在しうるものである。
そのため、そこにあったのも、
瞬間瞬間の膨大な「私」たちが、
紐のように、
無数につらなっている姿であった。

それは、
遠くから見ると、
出来事の瞬間ごとのフィルム、
もしくはファイルが、
時系列にそって、
映画のシーンように、
沢山並んでいる光景であった。

そして、
そのフィルムの中に入っていくと、
映画の場面の中に入り込むように、
その時の「私」そのものに、
なってしまうのであった。

その時の「現在」、
その瞬間を生きている「私」自身に、
戻ってしまうのであった。
その瞬間の「私」を、
ふたたび体験できるのである。

主観として得られた、
過去の「私」の情報のすべてが、
そこにあったのである。

………………………

そして、それを見ているこちら側の意識は、透視的な気づきをもって、言葉にならない、無数の洞察を、閃光のように得ていたのであった。そして、この時即座に言語化されて、理解されたわけではなかったが、この風景の姿から、直観的に把握されたものとして、いくつかのアイディアを得たのであった。
その内容を論点によって切り分けると、おおよそ以下のようなものになる。これは後に、体験を反芻する中で、言語化され、整理された要素である。

(つづく)

 
~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~

 
第四章 蛇の火について
 
……………………………………

 
◆白光


「…」

「……」

「…………」

「やって来る」

「やって来る」

「やって来る」

「噴出の」

「来襲の」

「白色の」

「閃光」


「ロケット噴射のよう」

「凄まじい速度で」

「白熱し」

「貫き」

「横ぎる」

「未知の」

「まばゆさ」


…………………………………………
……………………………
………………………


「凄まじい閃光が」

「一瞬に」

「走破する」


「宇宙的な」

「超自然の」

「火柱のよう」

「巨大な」

「白の」

「延焼」

……………………………
………………………
………………


「霊肉を」

「物心を」

「昼夜を」

「透過し」

「貫き」

「蹂躙する」


「急襲する」

「謎の」

「まぶしい」

「獰猛」


「存在の」

「芯を」

「焼きはらい」

「彗星のよう」

「彼方へ」

「拉し去る」

「まばゆさの」

「弾道」

 
「けばだつよう」

「遥かに」

「恍惚する」

「白の」

「君臨」


………………
……………
…………
………

(中略)

 それは、一種のエネルギー的体験であり、俗にヨーガでいう、クンダリニー体験と呼ばれるものに分類されるであろう出来事であった。尾骶骨あたりにつながるどこかの亜空間からか、物質と精神を透過する、凄まじくまばゆいエネルギーが噴出して来たのである。謎めいた、稲妻のような白色のエネルギーである。それが肉体と意識を透きとおし、未知の宇宙的状態をもたらす、ある種の極限意識的・変性意識的な様相を呈したのである。
 後になって思い返してみると、たしかに予兆となる現象はいくつかあったのである。しかし、当然ながら、このような事態につながるとは、予期していなかったのである。そして、体験直後のしばらくは、あたかも放射能に焼かれたかのように、奇妙な熱感が、心身にこびりつき、とれない状態であった。そこには何かしら、物質と意識の両域をひとつにしたような、変性意識的で、微細なエネルギーの余燼があったのである。
 しかし、実際のところ、この体験がより怖ろしい影響を持ちだすのは、この体験より後の、長い歳月を通してであった。その影響とは、日々の生活の中で、間歇的に訪れてくる、奇妙なエネルギーの浸潤ともいうべき体験であった。ゴーピ・クリシュナの著作にあるような、苦痛きわまる、困難な体験だったのである。

(つづく)
 
~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


◆大地の共振

 古来より聖地と呼ばれる場所があり、人々の生活になんらかの意味を持っていたことは、歴史的な遺跡や文献などからも、うかがい知れるところである。近年でも、俗にパワースポットなどと呼ばれる場所があり、かつての聖地の通俗版として機能していることがうかがえるのである。これらの事柄から考えると、場所や土地に関連づいた、何らかの効能が、昔から存在していたことが類推されるのである。
 その原理は、よくわからないが、仮に推論すると、ひとつには、催眠的な効果などがある。たとえば、その場所が、伝承や信仰などと関連した象徴(トリガー)となっており、人がその場所を訪れると、一種の催眠的効果が惹き起こされる可能性などである。身体に聖痕が顕れる信徒などがいるが、そのような原理に基づいた、変性意識状態である。ただ、その場合は、その場所にまつわる何らかの信念に、当人が影響を受けていたり、惹起される効能(体験)に関する情報が、事前に当人にプログラムされていることが必要である。
 また、別の可能性としては、純粋に物理的なエネルギー作用である。何らかの磁気的・エネルギー的作用が、そこに存在しているのである。現代の科学では、まだ検出されていないが、未知の成分が存在しており、それらが作用しているというわけである。気功の思想領域などで想定されている内容であり、将来的には、何かの検知が得られる可能性もあるのである。

 さて、筆者は、ある見知らぬはじめての土地で、まったく予備知識もなかったにもかかわらず、ある種の変性意識状態、エネルギー的な体験を持つことになったのである。ここでは、その事例について見ていきたい。
 ちなみに何らかの事前的なプログラムの有無についていえば、その土地は、情報もなく、突然行くことになった土地であった。かつ、その特定の場所についていえば、旅の途中で偶然知り、行き当たった場所であった。つまり、事前の情報は、皆無だったのである。さて、その時は、ほとんど観光として、そのあたりの土地土地をめぐっていたのであるが、ある場所を訪れた帰り道に、とある古い史跡のことを耳にしたのである。その周辺に来て、そのような場所があることを、偶然知ったのであった。


………………………………………………………………
その場所は、予想に反して、小さな山であり、樹林も少しある静かな所であった。
古く長い石段を登り、小高い史跡のあたり一帯を、散策してみることにしたのである。
とある高台のような場所にたどり着いた時、普段はそんなことをしないのだが、何気なく手をかざして、その場を肉体的に感じてみようとしたのである。するとその時、かすかにチクリと、何かの感覚が一瞬よぎったのである。
普段そのようなことはしないので、気のせいだと思い、あまり気にもとめずに、散策をそのままつづけたのであった。ひと通り、あたりも見終わり、帰り際にすることもなくなったのであるが、その時、ふとさっきの感覚が何であったのかが気になったのである。そのため、さきほどの場所に戻り、その感覚をたしかめることにしたのである。最初の場所に行き、そのあたりの方向に、(目立たぬよう)掌を向けてみたのである。その正確な方向と位置をさぐってみたのである。
 
すると、
見知らぬ若い女性に、声をかけられたのである。

向こうの方に、旧来の祠があるのだという。
いまの祠は、後の時代につくられたものだという。
こちらだと、その女性が早足に行ってしまった方向に、慌ててついていくと、
案内してくれた、その樹々の葉繁みの向こうに、
たしかに、古い巨石群(磐座)があったのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


二、気づきと夢見

 まず、はじめに、ここでは、「意識的に夢を見る」ということについて考えてみたい。意識的に夢を見ることは、夢の力を取り出し、外在化させるために、最も直接的な方法のひとつだからである。しかし、意識的に夢を見ることは、常識的に考えてみても分かるように、そんなに簡単なことではないのである。その状態は、白日夢と近似した状態ではあるものの、逆説的な要素を含んでいるからである。そもそも、日常意識とは、夢を見ていない状態のことを指しているからである。そのため、その状態は、ある面、日常意識と夢とを、同時に(多重的に)実現することを意味するのである。その点で、これは、心理学的に考えられた幻視の技法ともいえるものである。

 さて、夢はそもそも、自律的に奔流する野生の心の機能である。その表現も、日常的現実から見ると、非論理的、非因果的なものである。一方、日常意識は、無意識の奔流する情報を濾過・組織化し、因果的に、秩序づける働きである。夢の表現は、象徴的で暗示的、暗喩的で重層的である。一方、日常意識は、明確で明示的、論理的で単線的である。両者はある面、対極的なあり様をしているのである。そのため、両者を同時に働かせるようにするためには、両者の力が相殺しないように、両者の情報の流れを、上手く均衡させる(メタ的な)気づきawarenessの機能が、重要となるのである。気づきの力が、夢見の状態をつくり出し、保持・統御するための要となるのである。つまり、具体的には、気づきの中で、意識の焦点を緩め(拡げ)、夢の流入を導き、調節を行なっていくのである。普段でも、私たちは意識のふと緩んだ瞬間に、さまざまな空想や夢を見ているものである。それをより組織的に行なうということなのである。そのため、これは喩えると、夢の湧出と意識の集中とが、均衡(共振)する心の状態を意図的つくり出すことともいえるのである。その状態を、気づきのフレーム枠の中で、堅固に統制・保持することなのである。特に日常意識は、合意的現実を基盤として、心に自在に閃くものにフィルターをかけて、抑圧しがちである。日常意識と夢の湧出を均衡させるためには、変性意識状態を取り入れつつも、日常意識が、ある種の可動域(許容量)を柔軟に拡げていくことが求められるのである。これは慣れと訓練的な事柄であると同時に、習熟が可能な事柄でもあるのである。瞑想のように、心をじっくり注視する中でも修練が可能であるし、また、心理療法のセッションの中でも、鍛えることが可能な事柄である。また、この後に見るように、競技的な身体技法や、創作的プロセスの中でも磨いていくことが、可能な技能となっているのである。そして、この夢見の統制状態に慣れて来ると、外部領域と交わる、生活のあらゆる場面で、そのエッセンスを、知覚的霊感(創造性)として活かすことができるようになっていくのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


第二章 野生の気づき

 ここでは、「野生の気づき」のあり方について考えてみたい。さて、通常、現代の私たちが、A地点からB地点に行くという場合、B地点に何らかの目的があって移動するのが普通である。そして、そのあいだの移動距離(時間)というものは、目的地に較べて、不要な行程(過程)とされており、価値のないものと見なされているものである。そのため、この行程を省略するための交通手段が、高い価値を有しているのである。たとえば、速度のはやい飛行機や特急車両などが高額である理由である。そこでは、行程にかかる距離と時間が、金で買われているのである。これが、私たちの、普段の価値観における、目的地(目的)志向であり、過程(プロセス)や時間に対する考え方である。

 ところで一方、野生の自然の世界とは、忍びあいの世界である。動物たちは、いつ自分が、天敵や捕食者に襲われるか分からない世界で生きている。一瞬たりとも、気(気づき)の抜けない世界である。また逆に、いつ食べ物や獲物が、目の前に現れる(チャンス)か分からない世界でもある。その意味でも、一瞬たりとも、気の抜けない世界である。自分が、捕食者として獲物を狩った瞬間に、今度は自分が獲物として捕食者に狩られてしまうという、そんな容赦ない世界である。生き延びていくためには、無際限な、瞬間瞬間の気づきが、必要な世界である。気づきの欠如は、すなわち、自らの死につながるからである。つまり、野生の世界では、気づきの持続が、イコール生きることなのである。たとえ、A地点からB地点に移動するにしても、省略してよい無駄な時間などは、一瞬も存在しないのである。すべての瞬間が、可能性であり、危険であり、魅惑であり、在ることのかけがえのない目的なのである。すべての瞬間が、生命の充満した時間なのである。

 さて、現代の私たちの(人間)世界と野生の世界との、過程のとらえ方、気づきの働かせ方を記したが、いったいどちらが、生きることの豊かさの近くにいるであろうか。生命の深さと濃密さに通じているであろうか。それは、過酷ではあるが、野生の世界であろう。
私たちの現代社会においても、危機的なサバイバル状況では、動物のような野生の気づきが必要となるのである。現に今でも、世界では、厳しい政治状況などによって、野生の気づきをもって、生きざるをえない人々がいるのである。

 さて、本書では、このような野生の気づきのあり方に、ありうべき気づきの働かせ方、過程と時間のとらえ方を、生を透徹させる可能性を見ているのである。瞬間瞬間、サバイバル的に、野生の気づきをもって、未知の経験に開かれてあること。瞬間瞬間、能動的に、創造的体験に開かれてあること。できあいの言葉や観念で世界に膜をかけて、ものを見ないようにするのではなく、そのような人間的ゲームの外に出て、俊敏な気づきの力で、野生の創造過程を垣間見ること。そこに、私たちが、自然本来の創造性を生きる鍵があると考えているのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


第一章 心理学的に見た変容のプロセス

………………………………………………………………

 ところで、禅については、青原禅師の有名な話が、一般にも知られている。禅の深化のプロセスを説いた話である。禅をはじめる前は、人が見るのは「山は山である」という、ただの普段の風景である。しかし、禅のプロセスが深化すると、風景の自明性は失われ、「山は山ではない」となる。世界は流動化し、確かなものはなくなるのである。意味から解放された空なる世界である。そして、さらに、禅が深化すると、ふたたび「山は山である」となると言われる。世界は、経過したプロセスのすべてを統合濃縮して、それ自身に回帰していくのである。宇宙の重層的な濃密であると同時に、何の変哲もない、今ここの、乾いた風景に回帰するのである。ゴミはゴミであり、糞は糞である。それは、すべてを含むもの(場所)であり、完璧であり、それはそれで良いのである。


 さて、体験的心理療法の変容プロセスも、ほぼ似たプロセスをたどっていくのである。フェーズ3においては、その最後に、旅のプロセスのすべてが重層的に反芻され、今ここに回帰して来ることとなる。旅をはじめる前の、苦悩の風景がふたたび戻って来るのである。そして、レンズの焦点が合うかのように、数十年前の風景と感覚が、今ここの透徹した風景と重なり合うのである。すると、風景はそれ自身となることによって(ゲシュタルトが完了するかのように)、すべての意味と内実が、流砂のように脱落していくのである。軽い枠だけを残して、風景は、中空になっていくのである。存在は解放され、抜け出され、無がやって来るのである。後には、今ここに渦巻く息吹と、笑いだけが残るのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~

 
第二章 英雄の旅

 …………………………………………………

…通常、自分を完全に善(天使)と見なす者は、他者を完全に悪(悪魔)と見なすものである。善悪が、逆の場合も同様である。また、抑圧が強いと、他者に投影される姿形も、激しくなりがちである。ポイントは、主体の抑圧内容と分裂の程度なのである。そして、私たち(英雄)を殺すほどのパワーを、悪しき力が持っている場合、そのパワーは、私たち(英雄)の抑圧と分裂がつくり出した力なのである。心理学的に見れば、その悪しき力と交流するプロセスは、自我主体がその分裂した力を回復(再統合)するプロセスだと見なせるのである。そのことは、旧来の自我の危機や解体(死)と引き換えにしたとしても、最終的には望ましいことなのである。その悪しき力(自己の半面)を統合できた時に、私たちは、いくらか心の全体性を回復し、自我の刷新と、異界的な新しい力を、我が物とすることになるからである。

 ところで、昭和の時代、テレビのヒーロー番組では、主人公の出自が、悪の組織であるという設定がよくあったものである。ヒーローが持っている並外れた力の由来は、悪の獰猛な力なのである。これは、悪の力が、私たちの日常的現実を超えた、超人間的な、過剰な力であることを神話的に示しているのである。またこれは、普段、私たちが、反社会的な、アウトロー的な力に魅惑される理由でもある。そこには、日常的現実に収まらない、生の過剰的な力が表象されているからである。悪の神話学の法則である。そして、その悪の力の中で、さらに目覚めて、その力を奪い返す(盗み取る)というトリックスター的な、超出的な飛躍(変換)が、英雄の方程式なのである。ヒーローたちが、悪の組織から裏切り者と呼ばれていた理由である。また、単なる凡庸な善の世界にも同化できない理由である。しかし、その変換プロセスを通して、英雄(私たち)は、善悪を含み超えた、自己の深い全体性を育てていくのである。そして、孤絶した、自由で軽やかな個的超越を獲得していくのである。

(つづく)

~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~


◆変容の原理

 では、生の変容過程(行きて帰りし旅)とは、どのような原理や構造を、その深層に持っているのであろうか。それを見ていきたい。前章では、英雄の旅とゲシュタルト療法のセッションが、類似した体験過程を持つことについて見てみた。また、第三部においては、ブレスワークとゲシュタルト療法のセッションが、深層において、共通の体験過程を持っていることについて触れた。ここからも類推されるように、生の全体性を指向する変容プロセスには、根っこのところで、同種の体験過程があるようなのである。それは、何度か引いた、次のようなプロセスである。

「たいていの場合、ホロトロピック(※全体指向的)な体験は、オルガスム曲線を描き、感情のもり上がりとともに、身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、突如の解決に導くといった経路をたどる」 (グロフ、前掲書 ※引用者)

 中心にある原理は、生体の、絶頂へと向かう自律的な解放運動と、本然性回復のプロセスなのである。それは、短期的にも長期的にも、未完了のゲシュタルトの表出(充足)のプロセスとなっているのである。その絶頂を目指す運動にともなって、エネルギーの緊張と解放が生じ、未全なゲシュタルトに対する意識化のプロセスが起こって来るのである。

 そして、この過程については、どのような視点(意識と無意識、時間的長短)から、プロセス全体を見るかによって、見えるモデルが違って来るのである。無意識の力の浮上と、意識への浸食を中心にプロセスを見ると、ブレスワーク(短期的過程)や、心理的変容のフェーズ(長期的過程)が見えて来る。一方、無意識と格闘する意識の統合過程を中心に、プロセスを見ると、ゲシュタルト療法のセッション(短期的過程)や、英雄の旅(長期的過程)の形態が見えて来るのである。どこに視点を置いて、プロセス全体を見るかによって、参照する変容モデルも変わって来るのである。しかし、全体としての運動の姿を見てみると、絶頂を目指すオルガスム曲線のようなベクトルが見えて来るのである。それは、前にも触れたように、自発的な異物解消と本然性回復の、生命生理的プロセスなのである。

 特に、このオルガスム曲線のプロセスは、行きて帰りし旅の「行き」の部分、つまり異界的彼方へ向かう局面においてよく当てはまるのである。グロフ博士は、次のような観察を、各所で指摘している。つまり、ブレスワークの体験過程においては、生体の中で、あたかも自動的にスキャン(走査)がはじまり、不具合箇所が見つけ出され、その問題が自然に解消されていくようであると。おそらく、これと同様の形で、人生の長期的なプロセスにおいても、私たちの無意識の力は、未完了のゲシュタルトを、意識の前景(図)に押し出して来て、それらを解消するようにと、私たちに促して来るのである。そのことで、より自由な生命の流動性を獲得できるようにと、未完了な心理課題を解消する絶頂的表出(意識化)へと、私たちを追い込んで来るのである。ただし、このオルガスムのプロセスは、たった一回の絶頂で、すべてが解放されてしまうほど、単純な構造にはなっていない。そのため、終局的な解放を目指して、異物のような未完のゲシュタルトを解除する小さな絶頂を、人生で幾度も繰り返していくこととなるのである。

  また、ブレスワークのセッションの中では、さまざまな身体症状や激しい情動が溢れて来て、私たちの意識を圧倒して来るものである。それと同じように、人生の長い過程においても、無意識の力は、私たちの意識の前面に、ときどきの解消すべきテーマ(障害、課題)を現わして来るのである。心理的な投影を介して、実在の人物や事件の姿を借りて、それらを現わして来たりするのである。そして、私たちを怖れさせたり戦わせたり、魅惑したり愛させたりしながらも、終局的なゴールへ向かって追い込んで来ることになるのである。無意識が活性化すると、私たちは、それらの像たちにも感応(感染)しやすくなるからである。そのようにして、普段の人生の、長期的なプロセスにおいても、私たちは、悲喜交々や激しい愛憎体験を通して、解放へのオルガスム曲線を、その果てまで辿ることになるのである。

 さてまた、オルガスム曲線モデルにおいては焦点が当たらない、旅の「帰り」の部分、往還の「還」の部分を含めて考えると、この行きて帰りし旅には、さらに、どのようなプロセス(モデル)が見えてくるだろうか。そこにおいては、(オルガスム曲線と重なって)生命における成長と結実、拡張と収縮のサイクルが見えて来るのである。つまり「食と性の宇宙リズム」(三木成夫)である。このリズムにおいては、拡張(成長繁茂・春夏)と収縮(開花結実・秋冬)のサイクルが、繰りかえし反復されている。「行き」である拡張においては、成長繁茂のプロセスが、若さのようにオルガスム的解放を求めて、果てまで行くことを目指すのである。生命が、潜在力の十全な解放をめざして、冒険のよう果てまで行くことを目指すのである。一方、「帰り」である収縮においては、開花結実のプロセスが、世界との交感・交合を、収穫や果実として、凝集・凝固することを目指すのである。これは、普段から、私たちがよく目にする、自然界の原理的な姿なのである。

 さて、このようにして見ると、私たちの人生に現れる変容過程が、オルガスム曲線を描きつつも、拡張と収縮、成長と結実を、季節のように繰りかえす、生命の普遍的な相貌と重なって来るのである。
ところで、この探索における実践上のポイントについていえば、ここでもまた、主体的な姿勢として肝要なのは、気づきと好奇心を持ちつつ、このプロセスを「果てまで」行ききってみようと試みることなのである。その生長を、果てまで展開し尽くしてみようとすることなのである。そのことで、私たちは、神話英雄のように、生命の未踏の領域に到達し、焼尽するような変容を通して、こちら側に還って来ることができるのである。
 そして、また、そのように見ると、この旅の果てにあるものが、食と性の接点、個と類をつなぐ点としての絶頂、つまり、愛と交換の地点であるというのは、興味深い事柄でもある。そこにおいて、私たちは自らを超出しつつ、存在を二重化し、自己と他者、生と死、昼と夜とがひとつになるような存在に変貌するからである。

(つづく)


~~~~~~~~~~本文より~~~~~~~~~~



◆気づきの未来

……………………………

 ところで、ゲシュタルト療法の解説の中では、私たちが普段、心身や内的なものを投影して、外部の現実を見ていることについて触れた。その意味で、私たちの「現実」とは、自身の心が映し出したものであるともいえるのである。つまり、この点においても、私たちは、昼間の生活の中で、一種の夢を見ている状態にあるということなのである。ただ、この夢は、他者の夢とも混じりあった、集合的で混濁した夢(悪夢)でもある。その中で、私たちは、日々、人生のさまざまな判断を行ない、行動を起こしているのである。しかし、自分の夢に対して、より鋭い気づきが働かせられるようになると、この昼間の夢の中においても、より醒めた気づきの力を働かせられるようになるのである。昼の混濁した夢のただ中で「これは夢(悪夢)だ」と感じ取れるようになるのである。昼夜を超えた気づきの修練は、私たちの洞察力を、より透徹したものに変えてくれるのである。
 ところで、昼間の生活の中で飛び交い、入り混じっている夢の力は、集合的なものの陰画や、抑圧された欲求の投影ばかりとはかぎらないのである。また合意的現実の内容ばかりでもないのである。私たちの魂の奥処からは、宇宙的な創造の大波が、狂気の智慧が、稲妻(トリックスター)のように、時々に寄せて来ているのである。そして、それらに対しても、習熟により、すばやい気づきを働かせて、その流れに乗り込むことができるようになるのである。喩えると、夜の夢の中で、自分の掌を見つけだすように、昼間の生活においても、時々に必要な「掌」を見つけだし、そこにひそむ夢の来訪や、渦巻く振動性のエネルギーを、相応しい在り方(音色)で活かせるようになっていくのである。いわば夢見のトラッキングである。そして、そのことを通じて、あたかも緩やかになった瞬間に入り込むように、痕跡と残像の向こう側にある、より奔放な生の戯れに、忍び寄りつつ、生きられるようになるのである。それは、私たちのこのざらついた現実を、砂絵のように極彩色な、創造性の息吹に変えてくれるのである。

(つづく)





 

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

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【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト


 


砂絵1_電子書籍



フロー体験とフロー状態について

さて、
現代の心理学の領域で、
「フローflow」として知られる、
心理状態があります。
シカゴ大学のチクセントミハイ教授がまとめた、
心理状態の定義です。

スポーツ選手などが、
競技のプレー中、
最高のパフォーマンスを
展開している時などに、
しばしば入る心理状態などとして、
人口に膾炙されています。
そこでは、
意識が変性し、
「あたかも時間が止まっているかのように」

「ボールが止まっているかのように」
物事が鮮明に、
見られるとも、
言われたりします。

ZONE(ゾーン)などとも、
呼ばれたりしています。

私たちも、
普段の生活の中で、
最高にノッていて、
何か物事に、

集中・没頭している時に、
このような状態に入っています。

 

チクセントミハイ教授は、

語ります。


「…これらの条件が存在する時、
つまり目標が明確で、
迅速なフィートバックがあり、
そしてスキル〔技能〕と
チャレンジ〔挑戦〕のバランスが取れた
ぎりぎりのところで活動している時、
われわれの意識は変わり始める。
そこでは、
集中が焦点を結び、
散漫さは消滅し、
時の経過と自我の感覚を失う。
その代わり、
われわれは行動を
コントロールできているという感覚を得、
世界に全面的に一体化していると感じる。
われわれは、
この体験の特別な状態を
『フロー』と呼ぶことにした」
M.チクセントミハイ『フロー体験入門』大森弘監訳(世界思想社)

 

そして、


「目標が明確で、
フィートバックが適切で、
チャレンジとスキルのバランスがとれている時、
注意力は統制されていて、
十分に使われている。
心理的エネルギーに対する
全体的な要求によって、
フローにある人は完全に集中している。
意識には、
考えや不適切な感情をあちこちに散らす余裕はない。
自意識は消失するが、
いつもより自分が強くなったように感じる。
時間の感覚はゆがみ、
何時間もがたった一分に感じられる。
人の全存在が肉体と精神のすべての機能に伸ばし広げられる。
することはなんでも、
それ自体のためにする価値があるようになる。
生きていることはそれ自体を正当化するものになる。
肉体的、心理的エネルギーの調和した集中の中で、
人生はついに非の打ち所のないものになる。」
(前掲書)

と言います。

 

さて、
この心理状態には、
私たちが、
充実した生の感覚、
充実した瞬間、
ひいては、
充実した人生を生きるための、
実践的なヒントが、
含まれています。

ここでは、それらを、

少し見ていきたいと思います。


ところで、

フロー状態についての知見が、
興味深いのは、
この状態を、僥倖のように、
偶然に生ずるものとしてではなく、
諸条件によって、
意図的に創り出せるものとして、
研究がなされている、

ということです。

これらの知見は、
私たちが、
実際に物事に取り組む際に、
最高の内的状態と、
最高のパフォーマンス(アウトプット)を、
生み出すのに、
どのように要件をそろえ、
意図をフォーカスすればよいのかについて、
さまざまに、

教えてくれることになります。

チクセントミハイ教授は、
これらの内的状態の属性を、
以下のように、数え上げています。
(『フロー体験とグッドビジネス』大森弘監訳(世界思想社)より)

 

 

①目標が明確

この目標は、
長期的な最終目標のことでは、
ありません。
今、目の前で、
直接かかわっている
この事態、この過程の中で、
何に達すべきか、
何がベストなのか、
その目標を、知悉しているということです。
この今やるべき、
瞬間的過程の、目標です。
そこに、パーフェクトなコミットメントがあり、
ブレが無いということです。


②迅速なフィートバック

これは、
この瞬間の、
自分の行為に対する、
直接的なフィートバックのことです。

この瞬間の一手が、
正鵠を得ているのか、
そうでないのか、
その瞬時の返答が、
こちらの感覚を、
鋭敏に目覚ましてくれるのです。

そのような、
直接のフィードバックがあることで、
私たちは、
瞬時に行為と戦術を、
修正します。
そして、
すぐに再アタックできます。

この瞬時の繰り返しの中で、
私たちの、
俊敏な感覚的スキルが、
高まっていくのです。


③機会と能力のバランス

教授は、
「フローは、
スキル〔技能〕が
ちょうど処理できる程度のチャレンジ〔挑戦〕を
克服することに没頭している時に
起こる傾向がある」
また、
「フローは
チャレンジとスキルがともに高くて
互いに釣り合っているときに起こる」
といいます。

さらには、
「よいフロー活動とは、
ある程度のレベルの複雑さに
チャレンジしようとする活動である」
とも指摘します。

自己の錬磨したスキルを前提に、
それをさらに、
チャレンジ的に働かす時に、
フロー状態は、生じて来るわけです。

チャレンジ的な物事を、

電光石火のように、
高速的に処理する中で、
私たちは、
緩やかな登り坂を上がりつつ、
飛躍的霊感に満たされるのです。


④集中の深化

フロー状態に入ると、
集中は、
通常の意識状態より、
一次元深い状態となります。
これは、
フロー状態の、
変性意識状態(ASC)的側面です。

注意力は、澄みきり、
雑念は、入り込む余地なく背景に消え去り、
意識は、眼前の、その行為体験自体に、
深く没入した状態となるのです。


⑤重要なのは現在

その中で、
行為に関わる、
この瞬間(過程、時間)のみに、
完全に没入していきます。

雑事に対して、
「脇に立つ」

「外に在る」
という意味での、
エクスタシィ状態に入るのです。

過去も未来もなくなり、

ただ、この「現在」のみが、
在ることになります。


⑥コントロールには問題がない

そして、
この心理状態の中で、
自分が、その状況を、
「完全にコントロールしている」
という感覚を持ちます。

 

すみずみまでに、
パーフェクトな統御感が
現れて来るのです。


⑦時間感覚の変化

その中で、
時間の感覚自体が、

変わっていきます。

 

時間は、歪み、
拡縮しています。

知覚力と意識が、
澄みきり、
何時間もが、
瞬く間に過ぎ去ったように、

感じられたり、
ほんの一瞬間が、
スローモーションのように、
ゆっくりと動いて見えたり、
止まって見えるように、

感じられます。

純化された、別種の時間を、
生きているように、感じられるのです。


⑧自我の喪失

その体験の中では、
私たちの日常の、ちっぽけな自我は、
背景に押しやられています。

体験の核にある、不思議な〈存在〉感の、
圧倒的な現前が、

その場のすべてを、占めているように、感じるのです。

自分ではないものとして、

その体験を体験しているように、感じるのです。

 

それは、ある種の、自己超越的な体験とも、
言えるかもしれません。


さて、以上が、
フロー(状態、体験)の、
諸属性の概略ですが、
このすべての要件が、

そろわなくとも、
私たちは、人生の中で、
このような、充実した状態を、

偶然のように、しばしば体験しています。

そして、

その充実の時を思い返してみると、

生活の中で、
このような意味深い体験の割合を、
意図的に増すようにすれば、
より深い創造的な人生が送れるだろうということは、
容易に想像がつくと思われます。

 

 

……………………………………………………………………………

 

ところで、

実際的な見地から、
しばしば、指摘される、

事柄があります。

 

上で見たように、
フロー状態を生み出すには、
スキル〔技能〕と、

チャレンジ〔挑戦〕のバランスを、
調整することが、

重要といわれます。

このことに、

関係した視点です。


通常、
私たちの日常生活は、
絶好調というよりかは、

多くの時間、

退屈(弛緩)しているか、

またはストレス(不安、圧迫)を、

感じているかです。


これは、

フロー状態を見る観点からすると、

取り組みの目標設定に、
問題があるのだということもいえます。

 
退屈(弛緩)している状態というのは、

自分のスキルに対して、
目標のチャレンジ度が低すぎる状態です。

 

一方、ストレス(不安、圧迫)を感じている時は、
目標や理想、対象が、
自分のスキル〔技能〕に対して高すぎるといえます。
だから、私たちの心は、圧迫を感じるのです。

私たちが、

ちょうどいい感じで、

充実して集中できるのは、
フローのゾーン、
「スキル〔技能〕が
ちょうど処理できる程度のチャレンジ〔挑戦〕を
克服することに没頭している時」
です。

そのため、
自分が、退屈していたり、
ストレスを感じている時は、
自分の手前の目標を調整して、
自分がよく機能するゾーン(状態)を、

適度なチャレンジを、

意図的に創り出し、

設定していくことが、
重要となります。

 
そのように、日々物事に、

適度なチャレンジをもって、

取り組むことで、

私たちの心は、

充実と、適度な緊張を持つとともに、

生きるスキル〔技能〕も、
確実に高まっていくのです。

 

そして、結果的には、
より「複雑で」「高度」な物事を、
処理できるようになり、
最終的には、

かなり満足度の高い、

フロー状態をも、

生み出しやすくなっていくのです。


ところで、
ゲシュタルト療法などを通じて、
心と体が解放され、
癒(統合)されてくると、
私たちの、
心身エネルギーの流れは、
非常に滑らかになり、
このようなフロー体験を、
かなり意識的に、
生み出しやすくなって来るのです。

そのような意味においても、
当スペースでは、
このようなフロー状態とその体験を、
人格的統合の達成度合いを見る、
重要な指標としても、
重視しているのです。

そして、当スペースの方法論を、
フリーで、フローflowなゲシュタルト療法と、
謳っているわけなのです。
 


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

 


【関連記事】
モビルスーツと拡張された未来的身体
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識
ロートレアモンと変性意識状態
クライストと天使的な速度

X意識状態(XSC)と、意識の海の航海について





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
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総合サイト案内 能力拡張のマップ


 

 

当サイトは、以下の4つのパートで構成されています。 

 (全体はこちら→サイトマップ)

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

…当スペースの方法論の基礎である、

 ゲシュタルト療法について、解説しています。

 

【PART2 Standard】気づきと変性意識の技法 基礎編

…変性意識状態(ASC)をはじめ、

 ゲシュタルト療法や心理療法を補足し、拡張する、

 重要な視点を、解説しています。

 

【PART3 Advanced】気づきと変性意識の技法 上級編

→より自由な、気づきと変性意識の技法のモデルとして、

 さまざまなトピックを取り上げています。

 

【PART4】フリー・ゲシュタルト・ワークス

→当スペース関係のご紹介となります。

 

…このPART1~3の流れで、

 私たちは、能力と意識を、より高めていくこととなります。

 心 Mindの「守・破・離」の流れになります。

 この背景では、ベイトソンの学習理論なども

 参照されています。


…非日常意識を扱う、方法論的なスタンスとしては、

 「トランスパーソナル心理学」などと、

 重なっています。

 (※サイケデリック〔意識拡張〕体験とは何か。

 グロフ博士のLSD体験と時代背景 インタビュー動画↓)

 http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof

 

…心理療法の技法と、変性意識状態(ASC)を、

 活用することで、他にない形で、

 私たちの心身の解放や、意識能力の拡大が、

 実現されていきます。

 自分の中に、

 トランスパーソナル(超個)な次元が、

 開いてくるのです。 

 それは、私たちに生きる意味を教えて、

 能力を大きく解放することとなります。


…ところで、よく勘違いされますが、

 トランスパーソナル(超個的)な意識と、

 個的な実存(意識)は、排除しあうものではありません。

 トランスパーソナル(超個的)な意識は、

 個的状態を透過しているのです。

 それらは併存しているのです。

 それが統合されたトランスパーソナル状態というものです。


…そのため、

 トランスパーソナル(超個的)な体験を深めれば深めるほど、

 それを統合すれば統合するほど、

 私たちは、より「個」としての在り方や充電を、

 鮮烈で豊かなものにできるのです


…その結果、優れたアウトプットの創出や、

 さまざまな豊かな成果を、

 人生で手にすることができるようになってくるのです。
 →セッションで得られる効果と成果

 

 

⑴心理的変容の見取り図

 

【前段】心理的変容の技法 見取り図

…まず、前段(イントロ)として、

 当スペースの視点によって、

 コーチング、NLP、心理療法等の各種の方法論の中で、

 ・ゲシュタルト療法(体験的心理療法)

 ・気づきawareness、

 ・変性意識状態(ASC)

 などが、マップ的に、位置づけられています。


スライド1 (3)

 

⑵セッションで得られる効果と成果

 

▼当スペースでのセッションを通して、

 さまざまな方法論(スキル)が、習得されるとともに、

 拡張された意識状態(日常意識+変性意識)と、

 優れたアウトプットが、得られていきます。

 

▼当スペースでのセッションを通して、

 さまざまな方法論(スキル)が、習得されます。

 (以下は、抜粋です)

 

 

▼当スペースで得られる成果

 獲得された方法論(スキル)により、

 ビジネスや日常生活で、まわりの人々をサポートしたり、

 優れたアウトプットを、引き出せるようになります。

 

⑶書籍の案内

 

気づきや統合、変性意識状態(ASC)への、

より総合的な方法論は、拙著↓

入門ガイド

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、

より詳細な

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧下さい。

 

 

↓動画「気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス」

 

※多様な変性意識状態についてはコチラ

↓動画「ゲシュタルト療法 変性意識状態 エクスタシィ(意識拡張)」

 

↓動画「ゲシュタルト療法と、生きる力の増大」

 

↓動画「映画『マトリックス』のメタファー 残像としての世界」

X意識状態(XSC)と、意識の海の航海について


さて、当サイトでは、
変性意識状態(ASC)について、
さまざまな検討を行なっていますが、
当スペース独自の用語で、
X意識状態  X states of consciousness
というものがあります。

この意識状態は、

特に、新しい意識状態を定義したものでは、
ありません。

それは、日常意識と変性意識状態の間にあり、

その肯定的で、創造的な状態が働いている状態を指して、

使われている言葉です。
 

単なる変性意識状態と呼んでしまうと、

漠然としすぎて、その働きの焦点が定まらない。

一方、 フロー体験ほど、

完璧な調和性や一貫性を持っていない。

しかしながら、その間の帯域の中に、

創造的で、拡張された意識状態というものが、

さまざまに散在しているのです。


喩えると、
日常意識とは、
人工池の上に、小舟を浮かべた状態です。
一方、強度な変性意識状態(ASC)とは、
海に溺れかけている状態です。
そして、
X意識状態とは、
海を泳いだり、
海を航海している状態といえます。

 

X意識状態とは、

変性意識状態(ASC)と日常意識とが、

部分的に連携され、交錯し、

創造的に、活かされている意識状態なのです。

 

ところで、現実的な問題として、

変性意識状態(ASC)を考える際に重要な点は

それらが、日常意識と、

一定の統合的なつながりを持ててはじめて、

生活の中で、

創造的な意味(価値)を持つということです。

 

散発的な変性意識状態は、多くの場合、

興味深い挿話以上には、

なかなかなりません。

不思議なサイケデリック体験は、

世界中で体験されているのに、

創造的なアウトプットは、わずかなわけです。

 

X意識状態(XSC)とは、

そのような意味で、

日常意識と変性意識状態とが、

情報的交流や、凝集された焦点化を、

持っている状態です。

その交流において、

学習の階層があがった状態と、

いえます。

当スペースで別に使う

「夢見」という概念がありますが、

それと近い状態ともいえます。

(夢見の技法は、より焦点化された状態を想定していますが。

拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』参照)

 

そして、これは、

両方の意識状態を、
数多く行き来(往還)する体験を持ち、
その往還する感覚を鍛え、
訓練的に習熟することで、
獲得できる状態であるのです。


その訓練の中で、
日常意識と変性意識とが、
情報的交流や交錯を持ち、
二者の間に、統制された往還が、
なされている状態が、
できてくるのです。

さて、ところで、

プロセスワーク(プロセス指向心理学)では、

極限意識状態extreme states of consciousness
と呼ばれている意識状態があります。
それは、精神病的な圏域、いわゆる狂気の状態のことです。
通常は、一元的に否定的に価値づけられる、その状態を、

extremeと呼ぶことで、
脱価値化して、中立化しようとしたのだとも類推されます。

このような中立化は、実践的に、

その意識状態をとらえるのに役立ちます。


さて、X意識状態は、
extreme states of consciousnessのように、
場合によっては、コントロールしずらい、

極端な力の流出でありつつも、
主体に、創造的な価値をもたらす状態です。
しかし、部分的には、極限意識状態の一部とも重なる、
危険をはらんでいる意識状態ともいえます。

(変性意識状態自体は、良いものでも悪いものでもありません。

創造的な事柄の中でも、犯罪の中でも働いているものです)

 

極限意識状態(extreme states)においては、
喩えると、主体が、狂気の荒波や大波に、
大部分、溺れてしまっているとするなら、
X意識状態(X states)は、
危うくであれ、均衡を維持しつつ、

その大きな波を泳いでいたり、
波に乗っている状態といえます。
操作的・統御的に、

肯定的なエクスタシィ(意識拡張)や、
創造性発現の要素を、
保持している状態です。

→参考事例「「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル」

 

エクストリーム・スポーツのスキルのように、
危険と隣りあわせで、

変性意識から極限意識の間を、
きわどく波乗りしている状態ともいえます。

そのため、エクストリーム・スポーツを、
Xスポーツと呼ぶように、

この状態を、当スペースでは、
Xステーツ(X states)と呼んで、
生活の中で現れる、この種の体験領域を、
創造的に焦点化していくことや、

そのスキルを磨くことを、

行なっているのです。



※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。


 

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フロー体験について

モビルスーツと拡張された未来的身体

「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

ロートレアモンと変性意識状態

クライストと天使的な速度

サバイバル的な限界の超出 アウトプットの必要と創造性

 

※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

 →「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 


Xステーツとエクスタシィの技法




【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

【PART2 Standard】

気づきと変性意識の技法 基礎編

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【PART3 Advanced】

気づきと変性意識の技法 上級編

変性意識状態(ASC)の活用

願望と創造性の技法

その他のエッセイ

 

【PART4 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

 なぜ、ゲシュタルトなのか

メニュー/料金

著作紹介

お問い合わせ

「明晰夢」の効力 夢の中で掌を見る


 
さて、

人類学者C.カスタネダの本の中に、
「夢の中で、自分の掌を見る」練習をする、
という有名な話が出てきます。
これは、シャーマニズムの訓練として、
行なうものです。

これは一見すると、
奇妙な(突拍子もない)訓練にも聞こえますが、
サイトや本で取り上げているような、
気づきの訓練や、
さまざまな変性意識状態への移行を、
数多く繰りかえしていくと、
だんだんと実際にそのようなことも、
起こる(できる)ように、
なってくるものです。

夢の中で、
それが夢だと気づきながら、
行動している夢、
いわゆる明晰夢 lucid dream の状態です。

明晰夢は、
意識と無意識とが、
他にないまじかさで、
交錯する状態であり、
心の要素(知覚や能力)や傾向性を、
試したり、検証したりする
またとない機会となるのです。

また、夢のナマな創造力に、
じかに触れられる状態であり、
私たちの心の、
未知の機構を知ることのできる、
貴重な機会となっているのです。

明晰夢は、

その慣れと習熟に従って、
私たちの心に、
深い実際的な変化を、
引き起こして来ます。

それが、古来から、
世界中の瞑想技法の中で、
この状態が、
特記されていたわけなのです。

特に、
夜の夢の中における、
気づきの力の醸成と、
昼間の生活の中における、
気づきの力の醸成とは、
表裏を成してつながっており、
その相乗的効果(質性の変化)を、
とりわけ顕著に現してきます。

私たちの世界をとらえる感覚や、
〈気づき〉のあり様が、
深い次元で、
変容して来るのです。

それは、
私たちに深い解放と流動性を、
もたらして来るものなのです。


そのため、当スペースでは、

このような明晰夢の利用を、

気づきの力の養成や、

X意識状態(XSC)につながる(育てる)取り組みとして、

重要なものに、

位置づけているのです。

 

※変性意識状態(ASC)へのより統合的な方法論は、 拙著

入門ガイド

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧ください。



※関連記事映画
→映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 


↓動画「変性意識 『マトリックス』のメタファー 残像としての世界」



↓動画「変性意識状態(ASC)とは」



↓動画「変性意識状態 心理学的に見た、チベットの死者の書」



↓明晰夢の入り方は エクササイズ 『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』



↓明晰夢がもたらすもの 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』 






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心理学的に見た「チベットの死者の書」

50死者の書



 

「チベット死者の書」という、

有名な書物があります。

 

チベット仏教のカギュ派の、

埋蔵教(偽典)として知られる書物ですが、

この本は、ゲシュタルト療法はじめ、

体験的心理療法や、変性意識状態のことを考える上で、

とても参考(モデル)になる本です。

 

今回、ここでは、その「チベット死者の書」を、

ティモシー・リアリーらが、心理学的にリライトした、

『サイケデリック体験 The Psychedelic Experience』※

(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅靖彦訳 八幡書店)

をもとに、色々と見ていきましょう。

 

 

◆バルドゥ(中有)と心の構造

 

まず、死者の書が、

何について書かれた経典(本)であるかというと、

「人が死んでから、再生する(生まれ変わる)までの、

49日間(仏教でいうバルドゥ/中有)のことが

書かれた経典(本)である」

ということです。

 

人間が、生まれ変わることが、

前提となっているというわけです。

ただ、この前提は、この経典(本)を読むにあたって、

無視しても構わない前提です。

 

なぜなら、語られている内容は、確かに死に際して、

心の底から、溢れてくる出来事ということになっていますが、

それは、心の構造そのものに、

由来するものと考えることができるからです。

 

だから、生きている私たちにも、

同様に存在している心の世界だと、

とりあえずはいえるからです。

 

ティモシー・リアリーらが、

この経典(本)をリライトしたのも、

薬物による、サイケデリック体験でも、

同様の出来事(世界)が溢れてくるので、

この本を、サイケデリック・トリップの、

導きの書にしようという、意図からでした。

 

そのため、この経典(本)は、

私たちの深層の心の世界を、語っているものとしても、

読むことができるのです。

 

さて、

この経典の形式ですが、

たった今、死んだ死者に向かって、

語りかける言葉(声かけ)が、

形式となっています。

 

その死者が、見ているだろうものを告げ、

アドバイスを与えるという、形式です。

 

「聞くがよい、○○よ。

今、お前は、○○を見ているであろう」

という感じです。

 

ところで、

死者は、死んだ後に

3つのバルドゥ(中有)を体験し、

生まれ変わるしされています。

 

しかし、

経典(本)の中心のメッセージは、

「さなざまな無数の心惹く像が、現れてくるが、

それらにとらわれることなく、

本当の眩い光明を、自己の本性と知り、それと同一化せよ」

というものです。

 

そうすれば、解脱が達成されて、

生まれ変わり(輪廻)から、

脱するというができるであろう、

というものです。

 

そりため、

3つのバルドゥ(中有)の経過が、

刻々語られますが、

それは、各バルドゥで訪れる、

解脱のチャンスの中で、

解脱できなかった者たちに、

対してであるということです。

 

 

◆3つのバルドゥ

 

さて、死者は、

3つのバルドゥを順に体験していきます。

 

①チカエ・バルドゥ

→超越的な自己の世界

→法身

 

②チョエニ・バルドゥ

→元型的な世界

→報身

 

③シパ・バルドゥ

→自我のゲーム

→応身

 

下の矢印の言葉は、

当スペースの考えで補ったもので、

一般にオーソライズされているものでもないので、

その点は、ご了承下さい。

 

さて、この3つは、心理学的には、

心の表層から、心の深層までの、

3つの地層(宇宙)を表したものと、

見ることができます。

死後の時間的遷移を、

逆に見ていくと、

この構造はわかりやすくなります。

 

 

③シパ・バルドゥ

→自我のゲーム

→応身

 の世界は、再生に近い、最後の段階です。

その世界は、もっとも身近な、

私たちの自我の世界です。

通常の心理学が扱うのも、この世界です。

リアリーらの死者の書では、

とらわれの自我のゲームを、反復してしまう世界として、

描かれています。

サイケデリックな体験の中でも、

低空飛行している段階で、

日常の自我のゲームが、再演されている状態です。

 

 

②チョエニ・バルドゥ

→元型的な世界

→報身

 

の世界は、

心の深層の世界、私たちの知らない深層世界が、

ダイナミックに、滾々と湧いてくる世界です。

死者の書では、

膨大な数の仏たちが現れてきます。

心の先験的とも、古生代ともいうべき、

元型的な世界です。

系統樹をさかのぼるような、世界かもしれません。

(サイケデリック体験などでは、

系統樹をさかのぼり、自分が、

爬虫類に戻る体験を持つ人もいます)

 

 

①チカエ・バルドゥ

→根源的な世界

→法身

 

は、根源的な、超越的な自己の世界で、

上の2つの較べて、

空なる世界に一番近い世界です。

ある面では、心理学の範疇には、

入らない部分ともいえます。

ただ、そのような世界(状態)を、

仮定することはできます。

 

リアリーらは、

この状態を、ゲームの囚われから解放された、

自由の、自然の、自発性の、

創造の沸騰する世界と見ます。

それでも、充分有効なとらえ方と言えます。

 

さて、死者の書の中では、

それぞれのバルドゥで、

「光明」が2つずつ現れてきます。

 恐れを抱かせるような眩い光明と、

より親しみを感じさせる、くすんだ方の光明の

2つです。

 

そして、恐れを抱かせるような、より眩い光明が、

根源の光明であり、それを自己の本性と見なせと、

アドバイスします。

根源の光明に共振し、同調し、

同化せよ、

ということなのでしょう。

 

よりくすんだ方の光明に惹かれるであろうが、

それに向かうなと告げます。

ただ、多くの人は、この後者の光明に向かうようです。

そして、転生への道を進んでしまうのです。

 

 

◆経過

 

さて、死者は、このような3つのバルドゥを、

経過していくのですが、

ティモシー・リアリーは、

サイケデリック体験における、

この3つの世界の、推移の仕方について、

おもしろい喩えを使っています。

 

それは、高いところから、

地面にボールを落とした時の、

「ボールの弾む高さ」

に似ているということです。

 

落ちてきたボールは、

最初は、高く弾み上がります。

2度目は、それより少ししか弾みません。

3度目は、さらに少ししか弾みません。

 

つまり、

サイケデリック・トリップの、

初発の段階が、重力(自我)から解放されて、

一番遠くの、チカエ・バルドゥまで行けて、

次に、チョエニ・バルドゥ

次に、シパ・バルドゥと、

段々と、日常的な心理的に次元に、

落ちてきてしまうという、喩えです。

 

この喩えは、私たちの心の構造や、

心の習慣、可能性を考えるのにも、

大変示唆の多いものです。

 

2つの光明の喩えといい、

私たちの中には、

大いなる自由に比して、

慣習と怠惰に惹かれるという、

何かがあるのでしょう。

 

 

◆変性意識(ASC)の諸次元として

 

さて、「チベット死者の書」の世界を、

心の諸次元の構造として、見てきましたが、

この世界は、

死の体験やサイケデリック体験を経由しなくとも、

色々な変性意識状態の中で、

さまざまに、あいまみえる世界です。

 

このモデルを、ひとつ押さえておくことで、

心理学的のさまざまなヒントになっていくでしょう。



※関連記事

→「サイケデリック体験と、チベットの死者の書」

 

※この二種類の如来についての仮説は、

「リルケの怖るべき天使 〈美〉と変性意識状態」

映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識


※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著『砂絵Ⅰ  現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』をご覧下さい


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 


ジョン・レノン(ビートルズ)が、

LSD体験や、この本にインスパイアされて、

Tomorrow Never Knows

という曲を創ったのは有名なエピソードです。

 

歌詞は、

Turn off your mind relax and float down stream

It is not dying, it is not dying

Lay down all thought surrender to the void

It is shining, it is shining

That you may see the meaning of within

It is being, it is being

 

わりと素直なサイケデリック体験そのまま、

という感じですが、いい具合に表現されています。




 




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なぜ、ゲシュタルトなのか 出会いと選択

さて、クライアントの方に、
日本では、まだマイナーな(?)、ゲシュタルト療法を、
筆者自身が、どのように見出し、
主たる方法論に、

「フリーゲシュタルト」として、

すえたのかと、
たまに聞かれることがあります。

 

数ある方法論の中から、

ゲシュタルト的アプローチ(ゲシュタルト療法)を、

選んだ、いきさつについてです。


そのような時、そこに至った経緯を、

いろいろとお話をするのですが、
その話が、ゲシュタルト療法の特質をよく伝え、
クライアントの方の、
取り組み方の参考になるということが、
わかって来ました。
 
そのため、
ここでは、筆者自身が、
どのようにゲシュタルト療法を、

見出し、位置づけ、

どこにメリットを感じたのか、
また、それを、どのように、

応用的に活用することで、
自分の能力を拡大し、
人生を変えていくことになったのか、

また、他の方々に、

ご提供する方法論とするに至ったのか、

そのことについて、
少し書いてみたいと思います。
 
 
①人生の変化(突破口)を求めて

さて、ゲシュタルト療法との出会いは、
その昔、自分の能力や創造力を拡張する、
効果的で明確な方法論がないかと、
体験的心理療法の領域を、
色々と探している中で起こりました。

その当時、
仕事面においても、

生活面(ライフワーク)においても、
自分の能力・創造力に、

非常な行き詰まりを感じて、
変化の突破口を探している時期でした。
 
会社の配置転換なども不如意で、
仕事では、毎日、人生の時間を無駄にしていると、
焦っている状況でした。
このまま毎日、同じようなことを繰り返していても、
人生が変化しない、

突破口がないと感じていたのでした。
 
ただ、他人や会社を当てにしていては、
状況を打開できないこともわかっていました。
自分で状況をなんとかするしかなかったのです。
そのために、自分の能力や創造力自体を、

もう一段、ブレイクスルーさせる必要を、

どこかで感じてもいたのでした。
 
また、同時に、
当時は、時代の変化の時期、
インターネットが急速にひろまっていく、

時期でもありました。
社会インフラとしてのネット普及が起こり
情報コミュニケーションの形態が、

変わり始めていました。

そんな中で、
自分がそれまで働いていた既存の業界、

既存の事業、既存の仕事のスキルが、

皆、急速に陳腐化し、

無価値になることが予測されました。
 
自分が、長年苦労して得た、
わずかばかりのスキルでさえ、
さきの世の中では、

もうなんの役にも立たなくなる。

寄りどころとすべきスキルも、
藻屑のように消えてしまうということが、

わかっていたのでした。
 
そのような、重い閉塞感の中で、
技術の進歩や、社会環境の変化に左右されずに、

普遍的な価値を持つ、
原理的なスキル、能力とは何だろうか。
そういうものを得られないかと、
考えていたのでした。
 
まったく先の見えない、

行き詰った状況の中で、
あてどない焦燥感に、

駆られていたのでした。

また一方、多少、知見や、

変性意識状態(ASC)の経験もあったので、
頭で考えるだけの方法論(知識学習、資格取得など)では、

付け焼き刃にすぎなく、
能力・創造力や人生を、

根本的な深いレベルでは変えられない、
飛躍を起こせない、

ということもわかっていました。

(実利的な知識だけの学習は、

後からでも、充分、間に合うものでした。

優先順位の後に来ると考えました)

 

まずは、

能力や創造力を生み出す基盤である、
自分の感覚や感情、意識や心(性格)に、
直接的に介入(作用)し、
その構造やプログラムを変えていくような、
心理学(心理療法)に近い方法こそが、
抜本的な変化を起こせるものだろうと、
当たりをつけていたのでした。

内的な能力の開発や、それへの自信・確信こそが、

優先されたのです。

それを、一秒でも早く(齢が少しでも若く)、

可塑性の高いうちに手に入れ、

心の基盤に、変化を起こしたいと考えたのでした。

 

 
②心理学・心理療法に関して
 
さて、後に、

ゲシュタルト療法を発見するわけですが、
そもそも、心理学自体には、

十代の頃から関心があり、
フロイトらの精神分析や、精神医学の書物などは、
早くから読み漁っていました。
自分の心に響くものがあったのでした。

大学の学部選択としても、考えたことがありました。
実際、大学の教授の中には、
精神分析の対象関係論やメラニー・クラインについて、
非常に深いレベルで語れる先生などもいて、
そこでは、さまざまな恩恵を、

得ることにもなりました。
 
しかし、その時、すでに感じていたのは、

解釈を主とする心理学というものは、
心の実体に解離した言葉をつむぐだけであり、
解離を深めこそすれ、
心に触れたり、心を変えたりすること自体には、
ほとんど役に立たないということでした。

理論のお話は、物語でしかなかったのでした。

 

心を変えるには、

もっと直接的に、心(心身)に作用するような、

実践的(実在的)な方法論が、
必要だと理解されたのでした。
 
 
③体験的心理療法周辺の探索
 
さて、そのような、
行き詰まりと焦燥感の中で、
能力を拡張する、実効的な心理学として、
さまざまな体験的心理療法の周辺を、
探索することになったのでした。
また、NLP(神経言語プログラミング)やコーチングなども、
発見していくことになったのでした。
 
そして、そのうちに、
さまざまな実体験を通して、
その方法論的世界(業界)の、
色々な実態が、マップ(地図)のように、

わかって来ることになりました。

「心理的変容の技法 見取り図」

「【PART1 Basic】ゲシュタルト療法」

 
体験的心理療法の中には、たしかに、
ブリージング・セラピーのように、
非常に強力に、心身に作用し、

強度な変性意識状態(ASC)をつくり出すことで、
プログラミングを、
書き換えるものがあります。

たしかに、その体験は、

筆者の人生を、一変させました。

→拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』参照
 
しかし、その効果を、
仕事(日常生活)での能力や、創造性として、
実際的にどう活用するかというと、
それは縁遠いものでした。
効果の領域が、
深すぎた(基盤的すぎた)のでした。

また、コーチングやNLP(神経言語プログラミング)は、
体験的心理療法に較べると、
心のプログラミング変更を起こす点では、
威力の弱いもの(浅すぎたの)でした。
その場でその気になるだけ、
といった物足りないものでした。
筆者が欲していたのは、
能力を拡張するために、
心理プログラミングを、
真に恒久的に書き換える方法論だったのです。
 
つまり、どのような方法論も、
筆者が当時、欲していたような、
現実的に効果を出し、
能力・創造力を拡張するための変化の技法としては、
充分ではなかったのでした。

もっと適切なバランスや 強度をもった方法論が、

求められたのでした。


 
④人生を加速・拡張する方法論としてのゲシュタルト療法
 
そのような試行錯誤の中で、
「ゲシュタルト療法」に、

出会うことになったのでした。
 
ゲシュタルト療法も、
心理療法の世界では、
有名な(古典的な)ものなので、
名前だけなら、非常に早い時期に知っていました。
しかし、

何を行なうかは、それとなく分かっていても、

いまひとつ、

「効果のイメージ」がつかなかったため、
後回しにしていたのでした。

(効果がないと思っていたのでした)

 
しかし、機会があって、
それを体験した時に、
(予想とは大きく違って)
これこそが、自分が探していた方法論に、
最も近いのではないかと、

感じられたのでした。

ここに、人生を変える鍵があるのではないかと、

直観したのでした。

それくらい、

その場で分かる、

速効的な効果があったのでした。

 

自分のプログラムが、

書き換わる変化を、

その場で、体感できたのでした。

また、

その軽微な変性意識状態についても、

強い感銘を受けたのでした。

 

変性意識のせいで、

普段は、気づけないようなことに、

気づけたり、

普段は決して(恥ずかしくて)、

表現しないようなことを、

表現することができたのでした。


そして、

それは実際、結果的に、
当時、筆者が感じていた人生の行き詰まり、
能力や創造力、意識や感情、

心の限界に対する、
〈突破口〉となっていったのでした。
 
いざ集中して取り組んでみると、
それは、「まるで魔法のように」

効果を発揮し、
自己の能力を根本的なレベルで、
拡張する方法論だとわかりました。

最初の一年の取り組みが終わった時、
自分で振り返り、

「能力前年比300%」と評価し、

ノートに記しました。
そのくらいに、
爆発的な変化があったわけでした。
 
また、前段で書いた、
社会の環境変化に左右されずに価値を持つ、
普遍的なスキル、能力という側面についても、
ゲシュタルト療法は、
そのような人間の基底的な能力・創造性を、
深く解放、覚醒させ、

利用可能なものにする方法論であることが、
わかったのでした。

(変性意識状態を経由して)

心の底から、

潜在能力を引き出す技法や、

セッション形式を、

具体的に持っていたからでした。


そして、その結果として、

自分の思考力、想像力、感情の自由、統合力、集中力、

心身エネルギーのすべてが、

バージョンアップしたことが、

わかったのでした。

また、予想外のことに、

変性意識状態(ASC)の関係で、

トランスパーソナル(超個的)な体験領域も、

開くこともわかったのでした。


つまり、ゲシュタルト療法の、

表現を主とした気づきの手法は、
単に治癒的な心理療法というだけでなく、
より普遍的な能力開発技法、

創造力開発技法としても、
応用可能な本質を持っていたのでした。

(また実際、後に、

人類学などとのさまざまな類縁性にも、

気づくことにもなったのです)


そのため、
このゲシュタルト療法に、
意図的に習熟することは、
あらゆる仕事を行なう中でも役立つだろう、
自分の地力としての才能や創造力を、
高めるのに役立つだろう、
と確信できたのでした。


そして、実際、

そのようなことになったのでした。

ところで、

筆者自身は、ゲシュタルト療法以外にも、

さまざまな体験的心理療法、プロセスワーク、

NLP(神経言語プログラミング)、コーチング、

シャーマニズム、野生の気づきの技法(訓練)、

各種の瞑想技法など、

多岐に渡る方法論を学びました。

 

また、その他にも、

多様で、深遠な変性意識状態(ASC)を、

数多く体験、遍歴してきました。

(ゲシュタルト・アプローチで、

心身が大きく流動化したせいでもありました)

その内容や「行きて帰りし旅」については、

拙著『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

にも、記しました。


しかし、

最終的なレベルで、
普通の日常生活にフォーカスし、
そこで創造的な成果(アウトプット)を出していくという
現実的、着実な効果の観点(操作性)からすると、
ゲシュタルト・アプローチは、
クライアントの方に、

習得(獲得)していただく方法論としては、
最適な性格を持っていると、

考えられたのでした。

また、心の流動性と解放を高める、

シンプルな原理のゆえに、

広大な意識拡張(変性意識)の方法論としても、

使用いただける点も、

魅力的な(重要な)ポイントであったのでした。

つまりは、

そのように、ゲシュタルト・アプローチは、

クライアントの方のニーズに合わせて、

対応できる自由度や、

方向性・焦点化が、

きわめて幅広く、かつ深いものであったのでした。

 

以上見てきたような、

紆余曲折を経て、

このような結果として、

最終的に、

「人生のマスター・キー」
としてのゲシュタルト・アプローチを、

「フリーゲシュタルト」として、
自分の主たる方法論として、

すえることにしたのでした。

また、クライアントの方に、

ご提供することにしたのでした。

 

さて、では、

ゲシュタルト的なアプローチは、
世の中の、他の方法論と較べて、
どのような点で、
自由で、効果的であるのかを、

挙げてみたいと思います。


◆変化作用(強弱・深浅)のバランスのよさ
 
ゲシュタルト的アプローチは、
通常のコーチングやカウンセリングと較べると、
「格段に深く」心理的変化を起こし、
また、プログラミング修正できる方法論です。
しかし、同時に、
その変化の度合いを、クライアントの方が、
ご自分で調節できるものです。
「やりたいことのみをやる」ことで、
強弱を、調節していけるのです。
無理のない安全な範囲で、
確実に変化をつくり出すことができる方法論と、
なっているのです。


◆変化の進捗をコントロールできる

また、そのように、
個々の変化の量を調節できるため、
長い期間に渡って、取り組む場合でも、
自分が変化していく量を、
自分でコントロールできるのです。
あまり急がずに、できる範囲内で、
変化を定着させながら、
プロセスを進めていけるのです。
その継続的な変化の推移を、
管理していけるのです。

 

 

◆自分で「体験の意味」を決められる

 

多くの心理療法他は、

セッションで、クライアントの方が、

体験した内容を、

教科書に合わせて、解釈しがちとなります。

これが、しばしば、

退屈で、抑制的なものになることもあります。

 

しかし、ゲシュタルト的アプローチでは、

クライアントの方自身が、

ご自分で、自己の体験の意味を、

納得的に、決めていけることになります。

 

そのことで、

ご自分の進化の里程標を、

ご自身で、創造的かつ統合的に、

区切っていけることになるのです。

 

例えば、筆者自身も、

クライアントの時代、

多様な変性意識状態(ASC)の体験を、

すでに持っていたので、

(ゲシュタルト療法の教科書とは関係ないところで)

その関連で、自己のセッション体験を、

自分で、さまざまに意味づけ、

再構成していきました。

そのことで、自分の中に、

統合感を生むことができたのでした。
 

 

◆ケンタウロスの領域としてのバランスのよさ

 

別のページ「【PART1 Basic】ゲシュタルト療法」で、

触れましたが、

ゲシュタルト療法は、

心身一元論的なアプローチなので、

心とからだを総合的にあつかっていくことが、

できるのです。

このことが、パワフルで、

エネルギーに溢れた統合状態を、

つくり出すことに、

最適なバランスを持つことになるのです。

 

 

◆日常生活や仕事に、直接的に役立つ
 
ゲシュタルト的アプローチは、
知覚力、集中力、想像力、思考力、
心身の感度の向上、
他者とのコミュニケーション能力等、
人間の基盤的な能力を高めます。
そのため、
実利的な仕事を行なう上での、
基礎力全般が高まることになるのです。
また、その一方で、
さまざまな生活上の課題に対して、
的確にテーマを絞って、
そこに解決のヒントを得ることができるのです。
その意味での、大変、
実利的な効果を持っているのです。

また、

セッション(ワーク)に習熟するに従い、

変性意識状態(ASC)にコンタクトできるスキルも、

上がっていきます。

これは、創造力開発に、

決定的に役立つ要素となるのです。

潜在能力を引き出すコツが、

つかめて来るからです。

 

このような特性を持っているがゆえに、
変化の方法論としては、
最適なものとなっているわけなのです。

      

特に現代社会のように、

技術的・経済的・メディア的に環境変化や変動が多い時代に、

自分の中から、

ぶれない創造力を引き出す、

明確なスキルを持っていることは、

とても重要ようなことと思われるのです。


現代では多くの人が、

現れてくる技術的進歩や機器、

メディアに右往左往して、

周りに流されている状況です。


そのようなことでは、

自分の中から、

真の創造力を引き出すことなど、

できないのです。


そのような環境の中で、

「自分の中心」や「自分の場所」を

持っていることは、

とても重要ようなことと思われるのです。

このような、ゲシュタルト・アプローチの在り方を、

筆者は、よく、

登山のベースキャンプに喩えています。

ベースキャンプは、

日常的な生活の場よりも、

高い場所にあり、

かつ、山頂を狙える場所にあります。

 

ゲシュタルト・スキルを、

身につけることは、

自分の心身の中に、

このようなベースキャンプを、

つくることになります。

 

人生の中で、

そのようなベースキャンプ(基地)を持っておくことは、

人生に、新たな中心(センター)の感覚をもたらします。

日々の生活で、

創造性の高いアヴェレージ(平均点)を、

保っていられるのです。

 

日常的な雑事を離れて、

自分の中心(センター)にいつでも触れられる居場所が、

確保できるからです。

そして、その気になった際は、

いつでも、冒険的なピーク(山頂)に行くことで、

自分の限界を超え、

新たな成長を、獲得することができるからです。



さて、以上、
筆者自身が、

ゲシュタルト的アプローチ(ゲシュタルト療法)を、
どのように発見し、その効果の特性を見出し、
「フリーゲシュタルト」として、

現在の主たる方法論にすえたのかの由来となります。

 

ぜひ、ゲシュタルト・アプローチを利用して、

ご自身の大きな変化・変容を、

経験していただければと思います。

 

 

 

※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への、

より総合的な方法論は、拙著↓

入門ガイド

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧下さい。

 

 

↓動画「ゲシュタルト療法と、生きる力の増大」

 

 

↓ゲシュタルト療法の基本は、第一部、第二部の解説を、ご参照ください

 

 

※ゲシュタルト療法技法の、応用的活用は、コチラ↓

映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界


昔、
『マトリックス』という、
三部作の映画がありました。
ユニークな世界観や映像表現で、
ヒット作となった映画です。

その世界観についても、
問題をはらみ、
多様な解釈や議論がなされましたが、
ここでは、
少し違う切り口で、
考えてみたいと思います。

ところで、
この映画が示している
感覚表現(表象)の世界は、
変性意識状態(ASC)や、
シャーマニズム
また、サイケデリック的世界を、
考える者にとっては、
大変、興味深いメタファー(暗喩)と、
なっているのです。

実は、
映画で描かれている、
マトリックスの創りだす世界と、
私たちの生きている、
この現実世界とは、
さほど、事情が違っているわけでは、
ないからです。

さて、拙著の中で、
この日常的現実とは何かを、
考えてみたところで、
「合意的現実」という考え方について、
取り上げてみました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

私たちの、この現実世界も、
皆の合意した、
集合的な信念体系として、
存在しているという考え方です。

ところで、このような
合意的現実のあり方は、
単に、認知の拘束として、
私たちの世界を、
映し出しているだけではありません。

実際には、
「知覚的な拘束力」をともなって、
「この世界」を、
映し出してもいるのです。
そのため、
私たちはなかなか、
この合意的現実を、
相対化することが、
できないのです

ところで、
体験的心理療法のところで、
「心身一元論的」な、
人間のあり様を見ました。
硬化した心と
硬化した身体とは、
相互的なフィードバックを繰り返して、
生活史の中で、
硬化した抑圧的な世界を
創りだしてしまうのです。

その多くの由来は、
現代社会(やその出先機関である親、教師)の、
「信念体系」です。

そして、
私たちは、物心がつく前から、
そのシステムによって、
感情や肉体や知覚を狭められ、
拘束された状態で、
社会に出されて(再生産されて)、
いくのです。

実際のところ、社会の、
私たちの知覚・感覚への洗脳は、
映画における、
マトリックス(母体)による支配と、
実は、大差がないものなのです。

ところで、
映画でもそうですが、
この拘束された、
知覚世界の外に出るには、
強度の変性意識状態(ASC)を誘発する、
「赤いピル」が、必要(有効)です。

(アップルの、
スティーブ・ジョブズは、
自伝の中で、
自身のLSD体験を、
人生の最重要事に、
挙げています。
一方、実際問題、比喩的にいえば、
多くの人は、日々の中で、
赤いピルを得るチャンスに出遭っても、
青いピルを選んで、
眠りつづける人生を選んでいるのです)

ところで、、
赤いピルのような物質によらずとも、
強度の変性意識状態(ASC)を誘発し、
この拘束的な知覚世界を
超脱していく手法は、
多様にあります。

体験的心理療法なども、
そのひとつです。
(スタニスラフ・グロフ博士が、
LSDセラピーから、
ブリージング・セラピーに移行したように)

実際、
ゲシュタルト療法をはじめ、
体験的心理療法の多くの手法が、
強烈な変性意識(ASC)を創りだし、
内側から心身を解放し、
私たちの硬化した信念体系や、
知覚のコードを
熔解する効果を持っています。

ゲシュタルト療法などの、
体験的心理療法的な探求を、
実直かつ真摯に進めていくと、
心身が深いレベルで解放され、
エネルギーが流動化されていきます。

身体の感受性が、
深いレベルで、
変わっていくことになります。
知覚力が、
鋭敏になっていくのです。

変性意識(ASC)への移行や、
日々の気づきの力も、
ずっと流動性を高めたものに、
なっていくのです。

そして、
私たちは、
旧来の硬化した世界を、
まったく別様に、
見ていることに気づくこととなるのです。

硬化した見慣れた世界は、
単なる世間の信念体系、
後付け的に、既存の意味を再構成した、
「残像としての世界」にすぎず、
より、リアルな世界とは、
刻々に、
まばゆい息吹が流動する、
エネルギーの世界であると、
感覚できるようになるのです。

それは、あたかも、
映画の中で、
主人公ネオが、
腕を上げていくのにつれて、
マトリックスのつくり出す幻想世界よりも、
「より速く」
知覚し、動けるように、
なっていくのと同じことなのです。

これらの体験についての、
映像表現は、
流動化し、透視力化していく、
知覚力の変容を、
うまく表現しています。

シリーズ一作目の終盤で、
あたりの風景やエージェントを
「流動するデータ」として
透視し、
エージェントに、
立ち向かいはじめる、
ネオの姿が、
描かれています。

映画のストーリーとしては、
自分の力の可能性を、
感じはじめるネオという、
覚醒的な場面でもあるのですが、
実際には、
たとえ、
特別な救世主でなくとも、
私たちの誰もが、
この洗脳的な表象世界を透視し、
それよりも、
「速く動き」
その支配を脱する力を、
持っているのです。

私たちに必要なのは、
単に信じることではなく、
心身と意識を実際に解放していくこと、
そして、
その中で、
新たな知覚力を、
訓練・開発していくことなのです。

そして、
それは実際、
できることなのです。

 

 

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※『マトリックス』的な世界に入るための、

変性意識状態(ASC)への、

より統合的なアプローチは、拙著

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