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ゲシュタルト療法

書籍新刊『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』のご案内

ここでは、拙著の紹介をしたいと思います。

 

電子版/書籍版↓

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』


※kindle無料アプリは、コチラ

 

 

本書の内容やテーマは、

サイトの記載と一部重なるものですが、

その狙いにおいて、実質的には、別物となっています。

 

当サイトでの記述は、

ゲシュタルト療法を活用した、

心理的な治癒や、問題解決、創造性開発など、

実生活でのアウトプット(成果)に、

フォーカスが当てられています。

(実際的に重要なものであるからです)

 

一方、本書においては、

人間の潜在能力の姿や、

意識拡張のあり様など、

心の多様な可能性の全貌に、

焦点が当てられています。

 

そのため、

各種の変性意識状態やその他

(人生回顧体験、クンダリニー体験、夢見等々)の、

検討を踏まえ、

心の潜在能力を拓く、さまざまな実践技法が、

テーマとなっています。
 

より深いレベルで、

変性意識状態や、人格変容の実質について、

知りたいと思われた方は、

本書によって、

心身のより拡充的な統合の可能性を、

展望いただくことができる内容となっています。

 

また、実際的な事柄(治癒、アウトプット)に対して、

成果を出すに際しても、

心の全体性や、その潜在的な可能性を知っておくことは、

実際的な意味(効果)を持つことでもあります。

 

以下は、本文からの抜粋です。

 

 

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』 


はじめに

 本書は、心理療法や変性意識状態を素材として、私たちの心が持つ、多様な可能性について考察を行なったものである。副題の「現代的エクスタシィの技法」とは、エリアーデの著書『シャーマニズム』の副題『エクスタシィの古代的技法』より来ている。本書に、心理学的なアプローチによる、エクスタシィ(意識拡張)の技法を見出そうという目論見があるからである。そのため、本書においては、意識の変異した状態や、無意識の自律的な機能を中心に、私たちの心が持つさまざまな能力について検討が行なわれている。そして、自然的な創造性が、私たちを導いていく精神の諸領域についても、その展望を見ている。本書を貫く主題は、気づき、変性意識状態(ASC)、心身の拡充的な統合といったものである。

 第一部と第二部では、「気づきの技法」と題して、心理療法の一流派であるゲシュタルト療法を取り上げている。ゲシュタルト療法は、現在では人間性心理学に分類される、心理療法の流派であるが、その原理や効果の実態を見ると、治療目的の心理療法だけに限定されない多様な要素を持つものだからである。また、その実際のセッション体験は、私たちの心の持つ能力や可能性について、さまざまな事柄を教えてくれるものだからである。ゲシュタルト療法は、健康な人が、自己の心を探索し、創造力や才能を発掘する技法として、効果を望める面が強いのである。それゆえ、流派の創始者パールズは、ゲシュタルト療法の原理が持つ普遍性を強調するために、自身をゲシュタルト療法の創始者ではなく、再発見者にすぎないと表現したが、それも、あながち言い過ぎともいえない面があるのである。ゲシュタルト療法の実践が持つ原理は、禅をはじめ、世界の瞑想技法とも多くの共通点を持つものなのである。また特に、実践のなかで育って来る、気づきawarenessの能力は、重要な要素となっているものである。その能力は、精神を探求する諸流派の方法論と呼応しつつ、治癒効果にとどまらない、意識拡張の可能性について、さまざまな事柄を、私たちに教えてくれるのである。実際のところ、ゲシュタルト療法を、古今東西にある気づきの技法に、心理学的技法を加えた方法論として見るという、別の見方をすることも可能なのである。そのように見ると、さまざまな介入技法を持つ、ゲシュタルト療法の利点も見えやすくなって来るのである。そのため、本書のゲシュタルト療法についての記述は、必ずしも、教科書的な解説に準じない面や、心理療法としての注意点を省いている面もあるが、それは、そのような本書の狙いのためである。本書では、意識や心身の能力を拡大する、気づきの技法として、ゲシュタルト療法の可能性を検討しているのである。

 第三部では、変性意識状態Altered States of Consciousnessを取り上げて、その体験のさまざまな様相を見ている。変性意識状態とは、意識の変異した状態であるが、それは、普段の日常意識では、あまり知ることのできない、さまざまな体験領域について教えてくれるものである。ここでは、具体的な事例を交えつつ、そのような意識状態の諸相について見ている。

 第四部では、夢見の技法と題して、夢を取り扱う、さまざまな方法を取り上げている。夢は、無意識(潜在意識)の自律的な智慧であり、私たちの意識に、必要な情報をもたらす生体機能である。また、その夢に対して、相応しい表現を、生活の中で与えていくことは、私たちの心身に拡充をもたらす、重要な方法論となっているのである。

 第五部では、私たちの自然的な(野生的な)能力を回復するという観点から、さまざまな具体的技法を、取り上げている。それらは、潜在能力の開拓や、生きる力の獲得という面からも、有効な実践技法となっているのである。

 第六部では、以上のまとめとして、心理学的な人格変容を通した、私たちの意識拡張の内実について見ている。神話的なモデルなどを参照しつつ、私たちに、存在の拡充をもたらす実践のあり方を検討している。

 

 

目次


はじめに

第一部 気づきの技法Ⅰ ゲシュタルト療法 基礎編

第一章 ゲシュタルト療法とは 
第二章 気づきの3つの領域
第三章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル 
第四章 未完了の体験
第五章 複数の自我
第六章 葛藤
第七章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
・ライヒとボディワーク系心理療法

第二部 気づきの技法Ⅱ ゲシュタルト療法 実践編

第一章 セッションの原理・過程・効果 
第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
第三章 心身一元論的アプローチ
第四章 夢をあつかうワーク
第五章 心理的統合の姿

(補遺)

・セッションにおける通過儀礼とコミュニタス
(コラム)
・アウトプットとゲシュタルト療法
・存在力について

第三部 変性意識状態の諸相

第一章 変性意識状態とは
第二章 呼吸法を使った変性意識状態
第三章 人生回顧体験
第四章 蛇の火について
第五章 大地の共振
(コラム)
・残像としての世界 映画『マトリックス』の暗喩

第四部 夢見の技法

第五部 野生と自然

第一章 シャーマニズム的な姿勢
第二章 野生の気づき
第三章 狩猟的感覚
第四章 裸足の歩み
第五章 底うち体験と潜在力の発現
第六章 戦士の道と平和の道
第七章 伝統的シャーマニズムについて
第八章 道化の創造性
第九章 アウトサイダー・アートと永遠なる回帰

第六部 行きて帰りし旅

第一章 心理学的に見た変容のプロセス
第二章 英雄の旅
第三章 野生的エクスタシィの技法

参考文献

 


~~~~~~本文より~~~~~~~


◆人生回顧体験

 

民間伝承などではよく、人は死ぬ直前に、「自分の全人生を、走馬燈のように回顧する」といわれる。人生回顧(ライフ・レビュー)体験とは、そのような体験のことである。この現象は、臨死体験者の事例報告が収集されるようになってから、そのような現象が、比較的高い頻度で起こっていることが、確認されるようになったことでもある。臨死体験研究のケネス・リング博士によって作られた測定指標の中でも、臨死体験を構成する特徴的な要素として、一項目が採られているものである。

さて、過去に見られたさまざまな事例からすると、この体験は、突発的な事故などの、何かしらの生命危機に際して、遭遇しがちな体験となっているものである。しかし、実際に瀕死状態にならずとも、その危機を判断することの中でも起こるようなので、緊急時における、何らかのリミッター解除が原因となっているのかもしれないのである。筆者の場合は、特に急な事故でもなく、普段の生活の中で、この変性意識状態に入っていったのである。しかし、多くの事例を仔細に見ると、危機的状況による過度な内的圧力(ストレス)が、そのきっかけになることが考えられたので、筆者にあっても、何らかの過度な圧力が、その原因になったと類推されたのである。

 

 

◆体験内容

 

さて、その体験は、普通に街を歩く中で、突然、訪れたものであった。当然そのような出来事が、自分の身に起こることなど予期していなかったのである。そして、起こった後も、それをどうとらえてよいのか、苦慮したのである。その体験が起きた時は、気分の悪さを抱えながらも、普段どおりに市街を歩いていただけであった。

 

…………………………………

…………………………………………

重苦しい気分で、通りを歩いている。

暗い感情が波のように、心身の内を行き来するのがわかる。

煮つまるような息苦しさ。

あてどない、先の見えない苦痛に、想いをめぐらせていた、とある瞬間、

ある絶望感が、ひときわ大きく、

塊のようにこみ上げて来たのである。

内部で苦痛が昂まり、過度に凝集し、限界に迫るかのようである。

自分の内側で、何かが、完全にいき詰まり、

行き場を失ったのを感じたのである。

その時、

固形のような感情の塊が、たどり着いた、

後頭部の底で、

「砕け散る」のを、

感じたのである。

物体で打たれたような衝撃を感じ、

視像の中を、

透明なベールが、左右に開いていく姿を、

知覚したのである。

内的な視覚の層が、

ひらいていく姿だったのかもしれない。

奇妙な知覚状態に、

入っていったのである…

 

見ると、

随分と下方に、

遠くに(数十メートル先に)

「何か」があるのが見えたのである。

何かクシャッと、

縮れたもののようである。

よく見てみると、

そこにあったのは、

(いたのは)

 

数日前の「私」であった。

 

正確にいうと、

「私」という、

その瞬間の自意識の塊、

その風景とともに、

その瞬間の人生を、

「生きている私」

がいたのである。

 

たとえば、

今、私たちは、

この瞬間に、

この人生を生きている。

 

この瞬間に見える風景。

この瞬間に近くにいる人々。

この瞬間に聞こえる音たち。

この瞬間に嗅ぐ匂い。

この瞬間に感じている肉体の感覚。

この瞬間の気分。

この瞬間の心配や希望や思惑。

この瞬間の「私」という自意識。

これらすべての出来事が融け合って、

固有のゲシュタルトとして、

この瞬間の「私」という経験となっている。

 

さて、その時、

そこに見たものは、

それまでの過去の人生、

過去の出来事とともにある、

そのような、

瞬間の「私」の、

つらなりであった

 

各瞬間の、

無数の「私」たちの、

膨大なつらなりである。

それらが時系列にそって、

そこに存在していたのである。

 

瞬間とは、

微分的な区分によって、

無限に存在しうるものである。

そのため、そこにあったのも、

瞬間瞬間の膨大な「私」たちが、

紐のように、

無数につらなっている姿であった。

 

それは、

遠くから見ると、

出来事の瞬間ごとのフィルム、

もしくはファイルが、

時系列にそって、

映画のシーンように、

沢山並んでいる光景であった。

 

そして、

そのフィルムの中に入っていくと、

映画の場面の中に入り込むように、

その時の「私」そのものに、

なってしまうのであった。

 

その時の「現在」、

その瞬間を生きている「私」自身に、

戻ってしまうのであった。

その瞬間の「私」を、

ふたたび体験できるのである。

 

主観として得られた、

過去の「私」の情報のすべてが、

そこにあったのである。

………………………

 

そして、それを見ているこちら側の意識は、透視的な気づきをもって、言葉にならない、無数の洞察を、閃光のように得ていたのであった。そして、この時即座に言語化されて、理解されたわけではなかったが、この風景の姿から、直観的に把握されたものとして、いくつかのアイディアを得たのであった。

その内容を論点によって切り分けると、おおよそ以下のようなものになる。これは後に、体験を反芻する中で、言語化され、整理された要素である。

(つづく)



 

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

 (電子版/書籍)

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欲求(感情)とつながる言葉の使い方Ⅰ 「そして」

ゲシュタルト療法では、
言葉の使い方に、
注意します。

言葉の使い方で、
自分の欲求(感情)を、
活かしも、
殺しも、
するからです。

私たちは、
日常で、
あまり意識しない、
言葉の使い方によって、
自分の欲求(感情)を、
ないがしろにしたり、
無力にしたり、
してしまっているのです。

そのため、
ゲシュタルト療法では、

ワーク(セッション)の中でも、
しばしば、
クライアントの方の、
言葉遣いについて、
指摘をします。

そして、   
表現(言葉)の言い換えを、
してもらったりします。

そのことによって、
クライアントの方の感じ方が、
グッと変わり、
自分の欲求(感情)に、
コンタクトしやすくなったり、
するからです。

言い換え法にも、
パターンがいくつもありますが、
今回は、
そんな言葉の言い換えで、
ワーク(セッション)中に、
しばしば、
生ずるものについて、
取り上げてみましょう。


◆「でも」ではなく、「そして」

さて、
私たちは、
普段の生活でも、
ある人物に対して、
相反する感情を持つことが、
よくあります。

ゲシュタルト療法の、
ワーク(セッション)でも、
エンプティ・チェアを使った、
ロールプレイ場面などでも、
そのような風景が展開します。

そのような時、
人は言います。

「私は、あなたのことは好きです。
でも、○○なところは嫌いです。」

「私は、あなたのことが好きです。
でも、○○なところに怒っています。」

というような具合です。

相反する二つの気持ちを、
「でも」「しかし」「だけど」と、
逆接の接続詞で、
結ぶのです。

怒りや嫌悪という、
自分の認めがたい、
ネガティブな(陰性)感情の言い訳に、
好きだという、
ポジティブな(陽性)感情を、
引きあいに出している面も、
あります。

しかし、
ゲシュタルト療法では、
逆接の接続詞は、
それぞれの欲求(感情)を殺す言葉だと、
考えます。

二つの欲求(感情)を、
葛藤させ、ぶつけて、
相殺してしまう言葉遣いだと、
考えるわけです。

そのため、
ゲシュタルト療法では、
この逆接の接続詞を、
「そして」という、
並列の接続詞に、
言い換えてもらいます。

「私は、あなたのことは好きです。
そして、○○なところは嫌いです。」

「私は、あなたのことが好きです。
そして、○○なところに怒っています。」

普通、
耳にしない日本語です。

さて、
実際に、身近にある、
このような事例を、
思い出して、
声に出して、
それぞれの言い方で、
言ってみて下さい。
言い換えてみて、
その違いを、
味わってみて下さい。

からだの中で、
その感情が、
どう響くか、
感じてみて下さい。

この違いが、
分かったでしょうか?

並列の接続詞は、
それぞれの欲求(感情)を、
活かす言い方です。

ポジティブな(陽性)感情も、
ネガティブな(陰性)感情も、
どちらも、
自分の欲求(感情)として、
きちんと、
コンタクト(接触)することが、
できます。

その欲求(感情)に、
つながることが、
できるのです。

どちらの欲求(感情)も、
真っ直ぐに感じ、
パワーとして、
生きられるのです。

どちらの欲求(感情)も、
自分の欲求(感情)として、
責任をとって、
引き受けられるのです。

それ自身として、
受け入れられ、
肯定されるのです。

ゲシュタルト療法では、
自分の欲求(感情)は、
ポジティブな(陽性)感情であれ、
ネガティブな(陰性)感情であれ、
すべて、意味のあるものとして、
肯定します。
責任を取って、
受け入れて(受容して)いきます。

それが、
生体としての、
全体性を、
生きることに、
つながるからです。

そして、
それは、
このような言葉遣いの、
側面からも、
意図されているのです。
   

 

 


葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決の方法 ネガティブな感情の扱い方

複数の自我(私)

未完了の体験

 

ゲシュタルト療法【基礎編】

変性意識状態(ASC)とは

体験的心理療法とは

創造性開発とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

フリー・ゲシュタルトについて

ホーム

 

葛藤解決の方法(ポイント)Ⅲ ネガティブな感情の扱い方

さて、別に、
ゲシュタルト療法における、
葛藤解決の方法について、
そのワーク中のコツについて、
解説してみました。

ここでは、
そのワーク中に現れる、
「主観的な気持ち」
に関する部分で、
重要なポイントを、
解説してみたいと思います。

さて、
ゲシュタルト療法のワーク(セッション)では、
自分の中で、
心理的葛藤があり、
苦痛が生じている時に、
分裂している自分の自我を、
それぞれの椅子に分けて、
置きます。

この時、大体、
次のような形で、
椅子に、
ロール(役割)が、
分かれるものです。

一方の椅子には、
もともと、
自分がそうであった、
(a)苦しめられている自分
が置かれ、
もう一方の椅子には、
自分を、
(b)苦しめている自分
が、置かれるものです。

ところで、
この時、
(a)苦しめられている自分
は、普段から自分にも、
なじみのある自分である場合が、
多いものです。

一方、
(b)苦しめている自分
に関しては、
普段から、
自分で、
「見たくない自分」
「認めたくない自分」
であることが、
多いのです。

それは、
自分の要素として、
在って欲しくない、
居てほしくない、
ネガティブな(陰性)な感情です。

それは、
「批判的な自分」
「意地悪な自分」
「憎悪している自分」
「激怒している自分」
「悪意をもった自分」
「冷酷な自分」
「無力な自分」
「怠惰な自分」
などなどの、
ネガティブな(陰性)感情です。

大概、人は、
そんな自分の要素を、
「それの本当の私ではない」
(一時の衝動ではあっても)
という気持ちで、
普段は、
「切り離してdisown」
自分の外に、
はじき出しています。
それを、
見ないようにしています。
それを、
認めないようにしています。

しかし、
葛藤解決のワークにおいては、
この「認めたくない自分」が、
もう一方の椅子に、
しばしば、
現れて来ることとなるのです。

実際にワークをしたことのない人は、
恐ろしい事柄と、
思うかもしれません。

しかし、
実は、この点こそが、
ゲシュタルト療法の、
決定的なパワーの秘密なのです。

ワークの中で、
このような、
ネガティブな(陰性)感情の自分が、
出て来た時は、
次の事柄に留意して、
ワークを行なうと、
グッと、
快癒(統合)が進んでいきます。
効果が出ます。

①素直に、それ自身になる。
②誇張して、表現してみる
の二点です。


①素直に、それ自身になる。

まずは、
椅子に分けられた、
ネガティブな(陰性)感情そのものに、
正直に、
「素直に」
なってみる、
ということです。
 
ワークのロールプレイは、
安全な空間での、
実験(遊び)です。
そのため、
恐れることは何もないのです。
嫌なら、
やめればいいだけですから。
 
少し抵抗はあるでしょうが、
まず、試しに、
「それ自身になって」
みるのです。
そして、
心を澄まして、
深い部分で、
その感情を、
真っ直ぐに、
正直に、味わってみるのです。
体験してみるのです。
表現してみるのです。

すると、
多くの人が、
「なーんだ。大したことなかった」
と思います。

ネガティブな(陰性)感情を、
拒否している時は、
その感情が、
非常に恐ろしい、
悪魔的な感情に思えており、
それに深く触れると、
自分が、コントロールを失うんじゃないか、
とか、
自分が、その感情に乗っ取られてしまうんじゃないか、
とか、
自分がなくなっちゃうんじゃないか、
とか考えます。

しかし、いざ、
そのネガティブな(陰性)感情に、
接触し、
それを味わってみると、
全然そのような、
恐ろしいことが起こらないのに、
気づくのです。

脅威でもないし、
害になるものでもないのです。

素直な気持ちで、
それを感じてみると、
むしろ、
その中にある、
核となる力強い要素(本性、能力)に、
気がつくのです。

その感情を拒否している間は、
単に、悪魔的な感情にしか、
思えなかったのに、
いざ、その中に入って見ると、
パワフルで、
能動的な(肯定的な)感情であったことに
気がつくのです。

ネガティブな(陰性)感情は、
外と内では、
見え方がまったく違うのです。

自分が拒絶していたために、
悪に見えていたに、
すぎないのです。

「クローゼットの中の骸骨」
という譬え話があります。
クローゼットの中に、
白骨死体があると思って、
怖くて、
クローゼットが、開けられないのです。
しかし、
実際にクローゼットを開けて、
中を見ると、
そこには何もないのです。
しかし、
実際に開けないことによって、
恐ろしい妄想は、
膨らむばかりです。
解決法は、
「実際に見ること」
なのです。

ネガティブな(陰性)感情も、
これと同じです。
実際に、それ自身になって、
内側から感じてみると、
大したことがない(普通の感情)と、
わかるのです。


②誇張して、表現してみる

さて、
そのネガティブな(陰性)感情を、
充分に味わえ出したら、
それを外部に、
表現することが、
とても大きな効果に、
つながります。

大概の人は、
自分から切り離していた、
自分のネガティブな(陰性)感情を、
とても、
「恥ずかしいもの」
「汚らしいもの」
「悪いもの」
と感じています。

外に表現できないと、
思っています。
隠さなければならないと、
思っています。
(そのことで、日々、疲れます)

全然、
そんなことはないのにです。
(ネガティブな(陰性)感情を持つことは、
生物として、いたって、正常なことです。
本能的なパワーです)

そのため、
実際に、
そのネガティブな(陰性)感情を、
外部に表現してみて、
それが、
風景として、
全然おかしなものではないと、
普通のことだと、
確認することも、
重要です。
グッと、
快癒を進めます。

また、
その快癒を、
より推し進めるには、
少し誇張するくらいに、
そのネガティブな(陰性)感情を、
表現してみるのも、
良い方法です。
 
少し誇張するくらいに、
思う存分、
そのネガティブな(陰性)感情を、
表現してみるのです。
 
このように、
過度に表現してみても、
問題ないじゃないかと、
自分の中で、
確証が取れるからです。
また、
そのことを、
「意識的」に、
行なうため、
気づきと統合の、
統御感が加わるからです。
そのことは、
自分の中で、
手応えと、
自信と確信を深めます。

そして、
実際に、
ネガティブな(陰性)感情を、
表現していく中で、
必ず、
その感情の、
より創造的な要素に気づき、
より自分のパワーや才能として、
統合していくことが、
起こって来るのです。

批判的な気持ちは、
刺すような知性の現れだったり、
激怒は、
圧政に対する、
純粋な抵抗(反抗心)の現れだったりと、
わかるのです。

恐ろしい悪魔は、
知的なジョーカーに変わり、
激怒していた残忍な虎は、
健気なトラ猫だったと、
わかったりするのです。
……………………

さて、以上、
ワークにおける、
ネガティブな(陰性)感情の扱い方を、
みましたが、
実際、
ネガティブな(陰性)感情に
気づきと意識を持って、
コンタクト(接触)できる能力は、
私たちの統合を深め、
私たちを、パワフルにします。
 
キレて、
怒りに乗っ取られるのではなく、
意識的に、
怒れる能力は、
私たちを、
積極的にします。

一面的な見方で、
ネガティブな(陰性)感情を、
排除すると、
私たちは、
生命の半分を、
排除することになります。

いわゆる、
「いい人」に、
私たちは、どこか、
ウソ臭さを感じます。
 
それは、
ネガティブな(陰性)感情が、
排除されていて、
人格に、
どこか一面性や、
欺瞞を感じさせるからです。
怒りや憎しみも、

ゲシュタルト療法のワークは、
普段、私たちが、
なかなか、
上手にコンタクト(接触)や、
統御を行なえない、
このネガティブな(陰性)感情に関わり、
統合していく、
創造的な機会と、
なるのです。

そして、
この図式は、
人類の普遍性としては、
「英雄の旅」の神話が、
教えてくれている事柄でも、
あるのです。




 

葛藤解決の方法(ポイント)

 

ゲシュタルト療法【基礎編】

変性意識状態(ASC)とは

体験的心理療法とは

創造性開発とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

フリー・ゲシュタルトについて

ホーム

 

 

葛藤解決の方法(ポイント)Ⅱ

さて、前回は、
ゲシュタルト療法における、
葛藤解決の方法(ポイント)について、
そのエッセンスの部分について、
解説してみました。

今回は、
実際のゲシュタルトの、
ワーク(セッション)の中で、
葛藤を解決するにあたって、
また自己の内側を探索していくにあたって、
どのようなことに注意すればよいかについて、
書いてみたいと思います。

さて、
まず、葛藤状態が、
ワーク(セッション)の中で、
浮かび上がってくるのは、
自分の中にある、
ある欲求(感情)の表現を試みようとした時、
それを否定するような、
別の欲求(感情)の存在に、
気づいた時です。

そこには、
色々なパターンがあります。

「○○をしたい」に対して、
「○○したくない」というような、
ストレートな反対欲求(感情)が、まずあります。

他にも、
「○○をしたい」に対して、
「そんなの無駄なんじゃない(意味ないんじゃない)」という、
懐疑や否定、無価値化の欲求(感情)があります。

また、
「○○したい」に対して、
「そんなことより、もっと別の○○すべきだ」という、
強制や優先の欲求(感情)があったりします。

このような、
別の声の存在を、
とらえることが重要です。

そのような自己の内にある、
別の欲求(感情)の存在に気づいた時に、
自分から、
(または、ファシリテーターの提案で)
その別の欲求(感情)を、
エンプティ・チェア(空の椅子)に、
置いてみます。

自分の外に、
その存在を、一旦、
切り分けてみるのです。

自分の二つの欲求(感情)が、
二つのエンプティ・チェア(空の椅子)に、
空間的に配置されることとなります。

自分を妨げる欲求(感情)の存在を、
自分の外に出すと、
より自己一致して、
自分の欲求(感情)自身を、
深く感じ取れる(味わえる)ようになります。

実際、妨げるのがなくなると
私たちの欲求(感情)というものは、
ふっと身軽くなったかのように、
自由になって、
日常ではわからなかったような、
内奥の真意を、
告げて来るのです。
それを、
充分に感じ取り、
身体化(受肉化)していくことが、
重要となります。

奥底から飛び出してきた、
普段は隠れていた欲求(感情)
というものは、
孵化ばかりのヒナのように、
柔らかな存在なので、
それを充分に、
現実的な存在にするには、
身体的な表現なども交えて、
堅固に固めていく必要があるのです。

さて、
この切り離した欲求(感情)の、
内奥の探索に際して、
それを「十分なものにする」のに、
2つの側面(ベクトル)が、
ポイントとなります。
①「底の方から」の側面と、
②「相手に向かって」の側面です。

①の「底の方から」というのは、
葛藤しているものから解放されると、
欲求(感情)は、
その本来性に根差した、
深い真の欲求(感情)を、
告げて来ます。

まず、最初、
葛藤しているものから解放されると、
その欲求(自我)は、
先ほどまでの欲求(感情)を、
繰り返し表現します。
しかし、
その欲求(感情)を、
ひとしきり出し尽くすと、
表出し終わると、
自己の枯れた井戸の底に、
ふっと、シフト(転換)が生じて、
別の新たな欲求(感情)を、
表現しはじめるのです。

その欲求(感情)は、
葛藤状態では、
鬱屈し、歪められていた、
本来の欲求(感情)なのです。
そして、
その本来の欲求(感情)を、
充分に表現・表出してみるのです。

葛藤を分けた場合は、
この状態までは、
きちんとたどり着く必要が、
あります。
そうでないと、
その欲求(感情)は、
中途半端な、未完了感を、
どこかに残したものに、
留まってしまうのです。
これが、
①の「底の方から」で、
必要なポイントです。

②の「相手に向かって」とは、
切り離した欲求(感情)が、
誰に対して、
その欲求(感情)を持っていて、
成就する必要があるかという側面です。

それは、
第一には、
対峙的に葛藤していた、
欲求(感情)に対してである、
ということです。

そのために、
欲求(感情)の表出に際しても、
最終的には、
その相手に、きちっと、
欲求(感情)を伝えていくこと、
コンタクト(接触)していくことが、
重要となります。
その中で、
欲求(自我)間のエネルギーの交流が、
物理的に生ずるのです。

そのことが、
欲求(感情)を、
「現実化」と「統合」に向かわせるにも、
きわめて重要なポイントなのです。
身体化(受肉化)していくにも、
大いに役に立つのです。

ここで、2つの欲求(自我)を、
きちんと接続できないと、
現実感と統合に、
不足が生じてしまうのです。

これが、
②の「相手に向かって」という、
重要なポイントです。

この①と②が、
充分に深められて、
練られて、
ワークが行われていくと、
葛藤解決は、
つよい強度をもった、
自己の統合として、
着地することができるのです。





ゲシュタルト療法

複数の自我(私)

未完了の体験


葛藤解決の方法(ポイント)Ⅰ

さて、
今回は、
葛藤解決の方法(ポイント)について、
解説してみましょう。

以前の、

別のページでは、

ファシリテーター側の視点から、
葛藤解決の方法を、
解説していました。
(エンプティ・チェアの技法など)

今回、
ここでは、
逆に、クライアントの側として、
私たちが、
自分の葛藤解決をする場合、
どのような体験過程に、
注意して、気づきを深めると、
葛藤が解決していくのか、
そのポイントを、
解説してみたいと思います。

さて、一般に、
葛藤とは、
私たちの心の中で、
複数の欲求や感情が、
からまり、相反し、
苦痛を生んだり、
身動きが取れなくなる状態をいいます。

私たちの中に、
複数の欲求が、
併存していることは、
分かっているわけです。

ところで、
一般には、
この複数の欲求というものが
その背後に、
「複数の自我(私)」として、
存在していることは、
あまり知られていません。

そのため、
自分が何かやりたいことをしようとしている時に、
それを邪魔する感情や欲求が、
湧いて来ると、
何か妨害されたような気分になり、
苦痛を感じたり、
落ち込んだりします。

そして、自分や、
自分の欲求は、
「善」として考え、
自分を苦しめたり、
妨害して来る欲求や感情は、
「悪」なる存在であると、
考えるわけです。

それら、
「悪」なる欲求や感情に、
どこかに去ってもらいたい、
消えてもらいたいと考えているわけです。

そして、
多くの人が、
それらの邪魔して来るような感情や、
身体感覚は、
子供の頃や若い頃から、
「自分のパターン」として、
認識しているもので、
「また、いつもの奴が出て来た」と、
感じるものです。

さて、
そのような感情や身体感覚とは、
ゲシュタルト療法の考え方では、
「自己妨害」の章で記したように、
私たちの無意識にある、
別の自我が、
なんらかの意図をもって、
働いている結果なのです。

もしくは、
私たちが普段同一化している自我と、
別の自我の意図とが、
「摩擦を起こして」
起こしている症状です。

そのため、
この感情や身体感覚が、
「別の自我」という、
理由ある存在との葛藤によって、
起こっていると知ることが、
葛藤解決の第一歩です。

現れて来る感情や、
身体症状は、
単なる、
偶然やノイズではないのです。

次の第二歩は、
その自我の正体を、
その自我の意図を、
知っていくことです。

その自我の正体(意図)を、
知る際に、重要なのは、
その自我自身の、
内奥の感情を、
「体験的に」、
知っていくことです。
自分の深いところに下降して、
その感情のエッセンスに、
その自我が何者であるかの、
秘密が潜んでいるのです。

そして、
一見、ネガティブで、
悪であると見えた感情の、
奥底には、
逆に、
能動的な、
渇望と欲求があることを、

知っていくことです。

その自我の、

「どうしたい」
「何が欲しい」
という根源的な欲求が、
そこには、あるのです。

それらは大概、
生きるために必要な、
原初的で、能動的な、
また、アグレッシブな、
愛情や愛着にまつわる、
大切な欲求・渇望です。

葛藤のもつれを、
ほどいていくには、
そのような、
奥底にある、
渇望や欲求を、
「今ここで」、
充分に、
体験してみる必要があります。
気づいていく必要があります。

そして、
その渇望や欲求が、
人生の中で、
充分に生きられなかったため、
(なんらかの理由で凍結したため)
心の中の未完了の体験として、
存在していたと、

知ることなのです。

同時に、
その欲求と渇望の力は、
死ぬことなく生き続けて、
自分を駆り立てていた、
根源的なエネルギーだと、
知っていくことなのです。

そのためには、
まずは、
その心の渇望や、

欲求のあり様を、
よく認め、
充分に受け入れていくことが、

必要です。

その渇望は、
私たちがこれまで生きて来るに際して、
とても重要な役割を担っていたのです。

しかし、
人生や生活の中で、
また、日々の処世術の中で、
その渇望や欲求、
深い感情は、
抑圧され、

排除され、
無いものにされていたのです。

そのため、
それらは、
何か関連する特有の機会に、
身体感覚や、

刺激的な感情(苦痛)となって、
現れるようになったのです。

そのため、
まずは、
それらが、
いつも自分とともに、
存在していることを知り、
真の姿は、善きものであると、
肯定的なエネルギーであると、
認めることが、

第一歩となるのです。

ちなみに、
付け加えると、
このような深い渇望をもった自我が、
どのような過去の出来事に由来したか、
ということは、
あまり重要ではありません。
過去の出来事自体が、

無かったこともあるのです。
重要なのは、
今現在、

実際に存在している、

その渇望の真意なのです。
そのため、
その渇望が今、
何を欲しているかを、

知っていくことが、

重要なのです。

さて、ところで、
普通の現代生活の中では、
このような、人生で周縁化された、
感情や渇望、欲求をつかまえて、
その真の姿を知り、
葛藤を無くしていくような機会は、
基本的には、訪れません。
その分裂と葛藤を抱えたまま、
生きていくのです。
それはある意味、
心の一部分に、

フタをして、
生きていない状態でもあります。
そのため、
その心の一部分は、
執拗に現れて来ては、
私たちを苦しめるのです。

それが、

未完了のゲシュタルト

ということです。

 

さて、
ところで、
ゲシュタルト療法においては、
基本的な手続きと、
技法的な仕組みを使うことで、
このような人生で、
ないがしろにされていた、
重要な渇望や欲求を、
それと認め、
それらの存在を受け入れ、
心理的に、
自分のものとして統合していく、
ということを、
セッションで行なっていきます。

その結果、
「より十全に自分である」
という感覚を持って、
生きていくことが、
できるようになるのです。

 

 

ゲシュタルト療法

複数の自我(私)

未完了の体験

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ゲシュタルト療法早わかり

さて、
ゲシュタルト療法を
知らない多くの人と接する中で、
「ゲシュタルト療法とは、
どんなものか」
を説明する、
さまざまな機会があります。
また、それを求められます。
 
しかし、
ゲシュタルト療法は、
「個人的体験」を核とするため、
概念的な言語で、
その内容を表現するのは、
なかなか難しいのです。
 
そのため、
多くのゲシュタルト療法家が、
「ゲシュタルトは、
体験してみたいとわからない」
と言って、
説明するのを、
止めてしまうのです。
 
たしかに、
ゲシュタルト療法は、
それを構成する、
世の中の教科書的な項目を、
積み上げて解説すると、
実際のセッションがもつ感覚体験、
遊戯的な即興性や飛躍性に較べて、
死物のような姿になってしまう、
という傾向があります。
 
「ゲシュタルト」(形態)
という言葉自体が、
部分の積み上げは全体にならない
という意味での、
「固有の全体性」を
含意する言葉でもあるので、
各要素ごとの解説では、
情報が断片化してしまうのです。
 
そのトータルな、
本質(美点)が、
伝わらないということです。
 
そのため、ここでは、
ゲシュタルト療法の持つ、
本質的な視点や感覚的なイメージを、
全体像として、
さっと一筆描きのように、
描いてみたいと思います。
 
そのことで、
ゲシュタルト療法の、
全体像が伝わればと思います。
 
 
****************************
 
ゲシュタルト療法の実践を、
構成する素材を、
筆者なりに取り出してみると、
以下のような事柄になります。
これはひとつの塊を見る際の、
角度(多面性)という意味合いです。
 
①心身一元論的・全体論的アプローチ
②気づきの力の重視
③未完了な欲求(感情)への注目
④自発的な表現プロセスへの信頼

⑤変性意識状態(ASC)への移行
⑥他者との交流や、自立的感覚の重視
⑦存在論的な感覚

 

さて、

ゲシュタルト療法では、
人間を、
ひとつの生体の渇望として、
欲求の体験過程として、
とらえていきます。
生物の全身運動を感じ取るように、
心身を一貫して流れる、
欲求の全体性に、
注目するのです。

そして、
クライアントの方の中で、
その流れる欲求が、
内部において、
どのような形で、
阻害されているか、
欲求不満となっているかについて、
注目するのです。
 
また、
同じような欲求不満が、
心身や生活史の中において、
同様な形で表出されている姿を
見てとるのです。
クライアントの方が、
それらをどのように表出させているかを、
見てとるのです。
 
実際のセッションにおいては、
その欲求(欲求不満)の全体を見て、
アプローチを決めていきます。
 
セッションの一番の基本姿勢(技法)は、
クライアントの方自身に、
自分の今の欲求(快苦、不満)に、
刻々「気づいて」いってもらうことです。
今、自分の中に浮上している、
特徴的な感情や感覚に、
気づいてもらい、
焦点化することです。
 
また、
アプローチに際しては、
ファシリテーターが、
クライアントの方自身が気づいていない欲求に、
焦点化することも多くあります。
そのように介入することで、
クライアントの方の中で、
分離していた欲求への気づきが促され、
統合へのダイナミクスが、
生まれやすいからです。
 
また、
ゲシュタルト療法では
クライアントの方の欲求行動の、
速やかな実現を阻害している要因が、
過去に形成された、
欲求不満のパターンにあると見ます。
 
人間は、障害に直面し、
強い欲求不満を抱え込んだ場合に、
時として、
その欲求に関わる、
欲求不満をそのまま(未完了のまま)、
凍結させてしまうからです。
欲求行動の歪みを、
生体の中に、
プログラムしてしまうからです。
(→未完了の体験、未完了のゲシュタルト)
 
その結果、
その後の人生で、
似たような欲求行動に際して、
無意識のうちに、
阻害的なプログラムを、
発動させてしまうことになるのです。
これが、苦痛や葛藤、
能力の制限や生きづらさを、
生む要因となるのです。
 
そしてまた、
ゲシュタルト療法の視点として、
重要なことは、
欲求に関わる課題が、
喫緊のものとして生じている場合は、
クライアントの方の、
心身の表現として、
「今ここ」において、
必ず前景に現れて来ると、
考える点です。
 
生体における喫緊の欲求課題は、
図(ゲシュタルト)として、
知覚の前景に、
現れてくるという考え方です。
 
そして、これは、
クライアントの、
内的感覚においてもそうですし、
外面的な身体表現においても、
そうなのです。
 
そのため、
(極端なことをいえば)
クライアントの方の過去の話を、
こまごまと聴いたり、
どこか遠くに、
問題の原因を探しに行く必要も、
ないのです。
 
今ここにおいて、
クライアントの方が感じていることや、
全身で行なっていることを、
注意深く追跡していけば、
未完了の欲求不満(未完了のゲシュタルト)に
必ず行き着くと考えるのです。
 
そして、
アプローチに際しても重要なのは、
クライアントの中の、
何かの原因whatを捜し求めることではなく、
クライアントが、
今ここで、
どのようにhowに行なっているかを、
注意深く見極めることなのです。
そこに、
介入と気づきの糸口があるのです。

 

クライアントの方本人にとっても、

重要なのは、

自分の中の、何か原因whatを捜し求めることではなく、
今ここで、いかにhow、無意識的な欲求パターンを、

反復しているのかに、自分で気づいていくことなのです。

そして、それを変えていくことなのです。

 

ゲシュタルト療法が、
「今ここの心理療法」と言われる所以です。

ところで、
ゲシュタルト療法においては、
そのような阻害的プログラムを解消し、
統合する手法として、
具体的・物理的な、
感情表現・身体表現を、
活用していきます。
 
そして、
それらプログラムの書き換えを、
より効果的に達成するために、
有名なエンプティ・チェアの技法などの、
実演化を利用した手法を使っていきます。
 
そのような実演を通して、
クライアントの方は、
今まで意識できていなかった、
自己の欲求(自我たち)に、
はじめて遭遇することとなります。
気づきを得ることとなります。
 
実演化という表出行為、
外在化の結果として、
クライアントの方は、
より速やかに、
エネルギーを流動化・解放させ、
気づきを得ることができるのです。
分裂や葛藤の統合を、
はかっていくことができるのです。
 
そしてまた、
(グループの場合は)
それらを、
他者との直接的な交流や表現、
相互作用などを通して、
より効果的に作用させていくのです。
 
このことにより、
クライアントの方の、
自律性と、
主体化の感覚が深められ、
ひいては、
能力感や自立感、
存在論的感覚の深化という、
実存的な側面での統合も、
はかられていくのです。
 
以上が、
ゲシュタルト療法の
全体のあらましとなります。

 

【関連サイト】

 

ブログ「ゲシュタルトな気づき」

 

 【第一部 心理療法関係】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

「英雄の旅」とは

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる成果

メニュー/料金

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意識的な生の効能

さて、今回は、

自己の限界を超えることと、

意識的な生の効能について、

書いてみましょう。

 

以前、

ゲシュタルト療法と、

アウトプットすることについて、

その関係を書きました。

ゲシュタルト療法の、

ワーク(セッション)の特徴である、

実験的な表現や、アウトプットが、

クライアントの方の、

それまでの人生の中での、

表現の境界を超え、

小さな越境となり、

自己の心理的プログラミングを、

書き換えていくことになる、

という事柄についてです。

 

さて、通常、

一般的な人生においては、

そのような限界を超えていく体験は、

自然発生的に生じます。

(そのため、必ずしも、

機会は多くないのです)

 

それらの多くは、

危機的な状況によるものです。

 

そのような場合に、

人は、事件に背中を押されるように、

行動をせざるえなくなり、

図らずも、

自分の表現の限界を超え、

心理的プログラミングも、

書き換えられることになるのです。

 

しかし、

それらは、大概、

望まれない事件的な出来事において、

生じる体験であり、

いたしかたなく、

受動的に発生する事柄です。

 

意欲的に、能動的に、

達成されるという類いの事柄では、

ありません。

 

そのような意味では、

たとえば、心理学の方法論などを使って、

自己の人格や能力、行動力を、

変化の対象にするというのは、

少し風変わりな、

「方法論的な生き方の取り組み」とも、

いえるものです。

 

そして、それは、

自らの人生を、

偶然任せではなく、

いくらか、

自らの探求的な統制のもとに

置いていこうという、

意欲の表れともいえます。

 

しかしながら、

結果的には、

このような人々は、

成長していきます。

 

日々を漫然と過ごすのではなく、

自己の成長に対する、

意識的な気づきとともに、

あるからです。

 

日々、たえず、

自己の存在と限界に気づき、

それを乗り越えようと努力する、

心の働きとともに、

あるからです。

 

そのような気づきと、

指向性自体が、

人生を濃くし、

人を成長させていくのです。

 

そのような人は、

長い時間軸で見た際に、

人生をぼんやりと過ごした人に較べて、

格段の差で、彼方の地点に、

到達してしまうものです。

 

同じ年齢の人間が、

同じだけの経験値を、

持っているわけではないのです。

その濃度は、

意識的な探求の内圧によって、

大きく変わるものです。

 

これは、

私たちの人生そのものの、

大いなる秘訣であるともいえるのです。

 

そのため、

意識的に生きるということは、

苦労多く、面倒臭いことではありますが、

また、実りについても、

大変豊かなものがあると考えてよいです。

 

 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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「明晰夢」の効力 夢の中で掌を見る

 

さて、

人類学者C.カスタネダの本の中に、

「夢の中で、自分の掌を見る」練習をする、

という有名な話が出てきます。

これは、シャーマニズムの訓練として、

行なうものです。

 

これは一見すると、

奇妙な(突拍子もない)訓練にも聞こえますが、

気づきの訓練や、

さまざまな変性意識状態への移行を、

数多く繰りかえしていくと、

だんだんと実際にそのようなことも、

起こる(できる)ように、

なってくるのです。

夢の中で、

それが夢だと気づきながら、

行動している夢、

いわゆる明晰夢 lucid dreamの状態です。

 

明晰夢は、

意識と無意識とが、

他にないまじかさで、

交錯する状態であり、

心のさまざまな空間を探索し、

その知覚力や能力を試す、

またとない機会となります。

 

また、夢の剥き出しの創造力に、

じかに触れられる状態であり、

私たちの心の、

未知の機構を知ることのできる、

貴重な機会となるのです。

 

明晰夢は、その習熟に従って、

私たちの心に、

さまざまな実際的な変化を、

引き起こして来ます。

 

特に、夜の夢の中における、気づきの力の醸成と、

昼間の生活の中における、気づきの力の醸成とは、

表裏を成してつながっており、

その相乗的効果を顕著に現してきます。

 

私たちの自身の〈気づき〉の能力が、

心の深い次元で、

強い明晰を結晶させて来るのです。

 

そのため、当スペースでは、

このような明晰夢の利用を、

気づきの力の養成や、

X意識状態(XSC)につながる事項として、

重要なものに、

位置づけているのです。

 

また、これら明晰夢の利用を含めた、

気づきと夢見の統合的な方法論については、

拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

をご覧下さい。


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 

 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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未来からの未完了の体験

ここでは、

「未来からの未完了の体験」

ということについて、

見てみたいと思います。

 

しかし、これは変な言い方です。

 

過去の出来事によって、

未完了の欲求不満が生じ、

未完了の体験が生まれるのに、

未だ存在しない未来の体験から、

未完了の体験が生ずるとは変な話です。

当然、これは、ひとつの喩え話です。

 

ところで、よく、ゲシュタルト療法の中では、

未完了の体験がなくなったら、

どうなるのかという問いかけがあります。

 

教科書的な答えは、

過去の未完了の体験に妨害されることなく、

「今ここの、ありのままの現実を体験できる」

というものです。

 

これは、程度の問題はありますが、

実際、そのようなことが起こってきます。

セッションでの取り組みを通して、

私たちの中で、ざわめくさまざまな心的ノイズが、

消失していくに従い、

より直接的に、ダイレクトに、

「現実」を感じ取れるようになっていくのです。

 

しかし、一方、

人生経験の中では、常に、

新しい未知の事態に直面していくものなので、

そこで葛藤は生じ、

それほど酷いものではありませんが、

軽度な未完了の体験(ゲシュタルト)は、

多かれ少なかれ、

創られ続けていくのです。

 

それは、ゲシュタルト療法の、

標準仕様の姿なのです。

 

しかし、ここでは、

もっとその先にある、

心の、大きな全体性という視点から、

生じて来る、未完了のゲシュタルトについて、

考えてみたいと思います。

 

ところで、実際、長年、

ワーク(セッション)を繰り返して、

心を掘り進んでいくと、

少し毛色の変わった、

「未完了的なテーマ」らしきものが、

浮上してくるというは、

あることなのです。

 

そのテーマの性質や姿は、

単純な過去の出来事に起因するのとは

違うタイプのものです。

過去の生活史を探ってみても、

その事実の中に、

その痕跡をつかまえることはできません。

単なる未完了の事柄とは、

違った印象を受けます。

 

さて、どうやら、

私たちの秘められた心とは、

より深部に潜めている、

全体性・完全性を、

実現しよう、成就しようという、

強い欲求を持っているようなのです。

 

そのため、

過去の人生にあった、

未完了の体験を完了(無く)していくと、

今度は、さらに違ったレベルの、

心の全体性を、

実現したがりはじめるのです。

 

未来の心の全体性が、

現在の人生の中に、

押し入り、侵入して来るかのようです。

それは、心の、

ダイナミックで、

創造的な側面ともいえます。

 

拙著の中では、

このことを、

人生の中に現れて来る、

「夢の力」として、

重要な事柄として取り扱っています。

 

そのため、

当スペースでは、

未完了の体験を完了させていくと、

今度は、心は、次の、
「より大きな未完了(完全性)を、

引き寄せるだろう」とします。

 

そのことは、

徒労感を感じさせるでしょうか?

しかし、 

それは、創造的で、

エキサイティングな事柄なのです。


 

 

 【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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セッションで得られる効果

一年で、新しい人生をひらくマインドセットを、手に入れる

想像してみてください、

 

からだの中に、

どっしりとした、

自信があり、

安心して、

自己の中にやすらっている、

自分自身を。

 

そのことを、

楽しんでいる、

ご自身を。

 

そして、

人の中にいても、

一人でいても、

自分の中に、

自然で、

たしかな、

〈中心の感覚〉があり、

他の何ものにも、

わずらわされることなく、

自由で、

のびのびと、

自分の本当にやりたいことに、

120%集中できている、

自分自身を。

 

そのようなご自身であったら、

どのような人生を、

送られているでしょうか?

 

この人生で、

何を得ているでしょうか? 

 

 

 

さて、当スペースでは、

欲しいものを手に入れるには、

まず、欲しいものを手に入れられる「心の状態」を、

創り出すことから、はじめよう、

という考え方がベースにあります。

 

そのため、

さまざまな方法論を使って、

「心の状態」を変化させ、

整えていきます。

 

 

 

ところで、

ゲシュタルト療法は、

ご自分の心の底に潜っていって、

問題のあるプログラムを、

書き換えてしまうという、

シンプルな枠組みをもっています。

そのことを、

自分の〈気づき〉の中で、

自分の意思で、

行なっていくことができます。

 

その結果、

当スペースで、

セッションの体験を深めていく、

・心身の深い癒し

・集中力や創造力

・心の奥深いひろがり

が、3つの核として、

育っていきます。

フリー・ゲシュタルト・ワークスについて

 

そのことで、

肚が据わり、

存在の底に、

どっしりと安定した〈中心〉の感覚が、

生まれてきます。

もしくは、

とらわれのない心の感覚が、

育っていきます。

 

ここでは、

当スペースのセッションを通して得られる成果を、

自分と他者にかかわる視点から、

以下に、ご説明したいと思います。

(1)ご自身の変化(癒し・能力開発)
(2)他者に対して使える、サポート技法の習得

 

です。

 

そして、さらに次に、

この成果を獲得する、

時間的ロードマップについて、

解説いたします。

 

 

(1)得られる成果・能力

ゲシュタルト療法のセッションを体験していくと、
内的な変化として、以下のような成果が得られます。
上の図をご覧下さい。


ここでは、

効果の作用する心身の側面を、
「意識面」

「感情面」

「身体面」
の3つに分けて解説します。

 

さらに、

4つ目の要素として、

上記の3つが、

快癒・統合することで、

グッと大きさを成長させる、

能力的側面を、

「④能力面 創造力面」として、

加えています。



①感情面

まず、ゲシュタルト療法の

第一の効果は、

感情面での変化です。

 

セッションを通して、
人は、自分を苦しめている、

さまざまな葛藤や苦しみから、

解放されていきます。


苦しみや悩み、

心の中の雑音がなくなり、

喜びや快適さ、

楽しさの気持ちが増していきます。

心のとらわれなさ(自由)や、

パワーが、

獲得されていきます。

 

その結果、

他人や自分の感情に、

わずらわされることなく、

自分が本当にやりたいことに、

全身全霊で、

集中できるようになるのです。

 

日々、生きることに対して、

肯定的で、

能動的な意欲が、

増していきます。

内なる静けさ、

内的な安定性、

目標に、的確にフォーカスする集中力が、

生まれて来るのです。

これが人生に与える、
一番影響力の大きな効果です。


②肉体面

ゲシュタルト療法では、

心身一元論的セラピーなので、

心の解放(癒し)と、肉体の解放(癒し)が、
同時に起こってきます。

そして、

心と肉体の間にあった見えない膜(断絶)が、

だんだんと、

消えていくのです。

 

この点は、

少しイメージがつきにくい点と、

思われますが、
私たちの心のこだわり(苦しみ、恐れ)というのは、
肉体の奥底の緊張に、

深く根ざしています。

心の恐れは、

肉体の恐れとして、

存在しているのです。

(胃が痛い等)

 

セッションでは、
この肉の奥底の恐れや緊張が、

解除され、癒されていきます。

そのため、
肉体の緊張が弛緩し、

エネルギーが流れだし、

全身がほっと楽になります。
その分、日常生活で使える、

能動的なエネルギー量が、

増大していくのです。

 

自由で、

パワフルで、

エネルギッシュになったご自分を、

実感できるようになります。



③意識面

 

そして、さらに、
①②で見た「感情」「肉体」面の、

変化のプロセスを、
ご自分の体験プロセスとして、

「意識的」に、

理解できるということです。

 

刻々の気づきの使い方のコツや、
変化の仕組みが、

理解できるということです。

知的、意識的なレベルにおいても、

自分に何が起こったのかを、

理解できるのです。

 

ご自分の変化のプロセスが、

知的・構造的にも理解でき、

納得することができます。

 

このことの結果として、

将来、

自分の調子が悪くなった時に、

自分自身で、

セルフワークを行ない、

ご自分で、

セルフサポートや、

変化を創り出すことができるのです。

 

 

④能力面 創造力面

 

また、

このように、ご自分の心の構造や、

心とのコンタクトの方法を理解すると、

自分の心の底から、

創造力や行動力、

意欲や集中力を、

どのように、

引き出せばよいかについても、

だんだんと分かってきます。

 

意識と無意識(潜在意識)が接近することにより、

イマジネーション(想像力)が、

豊かになります。

また、身体が、

ほぐれて、硬さが減るので、

五感や感覚の鋭敏さが、

増していきます。

知覚力の範囲が、

ずっと広がります。

 

総じて、

自己を方向づけ、統御する、

セルフ・プロデュース力が、

ついて来るのです。

その結果、

仕事や生活の中でも、

目標へフォーカスして、

アウトプット(成果)をつくり出す能力が高まるということが、

起こって来るのです。

 

心理的な統合と、

成果(アウトプット)を生み出す力が、

同時に実現されてくるのです。

 

このことによって、

人生全体が、

変わっていくことになります。

 

 

(2)他者に対して使える、技法の習得


2つ目の成果の側面は、
(1)で見た、ご自分の達成した内的成果(能力)を、
他の人々に対しても、

提供できるようになる、
ということです。

 

ご自分の変化を、

「意識的」に理解した結果、

その原理や手法を、

他者に対しても、

適用・使用できるということです。

ご自分の技(スキル)として、

活用していけるのです。

 

ご自分の体験を通して、

理解した、
「変化の原理」や、
「気づきの利用法・効果」を、

他者に対しても、
提供できるようになります。

 

その結果、

セラピーやコーチングなど、

さまざまな場面で、

クライアントの方に向けた、

実践的な技法として、

これらを使っていけるということです。

 

また、ごく普通に、

仕事の中でも、

他者に関わる中でも、

人間関係スキルとして、

活用していけるようにもなります。

 

それ以外にも、

悩みごとの相談や問題解決力としても、

また、能力開発のスキルとしても、

さまざまな場面で、

他の人々に対して、

これらの価値を、

提供していけることとなります。

 

このことは、

私たちの人生や人間関係を、

ずっとやりがいのあるものに、

変えていきます。

 

以上が、

当スペースのゲシュタルト療法を、

体験していくことにより、

獲得される成果となります。

 

ぜひ、実際にセッションを経験してみて、

その効果や変化の実際を、

味わってみて下さい。

 

 

◆時間的ロードマップ

一年で、新しい人生をひらくマインドセットを獲得する

さて、
当スペースでは、
おおよそ、一年くらいを目安に、
クライアントの方に、
新しい人生を創っていく心の姿勢(マインドセット)を、

獲得していただくことを、
基本としています。

 

ここでいう、

マインドセットとは、

私たちの考え方や価値観、

感情や経験、創造力を含んだ、

心の枠組みの総体です。

ヴィジョンや心の姿勢の全体ともいえます。

 

ゲシュタルト療法は、

心理療法なので、

単なる気持ちの持ちようではなく、

心の構造的な変化や底力として、

これを獲得することができます。

 

ところで、

目安の一年間は、
おおよそ次の3つのフェーズ(段階)に分かれます。
セッションの回数の目安は、

月一、二回程度です。

 

①セッション(ワーク)の感覚に慣れる。気づきの感覚をつかむ。

 

②自己の内部へのアクセス(コンタクト)を深める。

 

③新しいマインドセットを組み立てる。

 

のフェーズです。 

 

 

①セッション(ワーク)の感覚に慣れる。

 気づきの感覚をつかむ。 (約1~3ケ月)     
 
…ゲシュタルト療法のセッション(ワーク)では、
 自己の内的感覚に、

 気づきを深める、
 独特の気づき(注意力)の働かせがあります。

 これは、

 今までの普通の人生で、

 経験しなかったようなたぐいの、

 感覚や感情への、

 気づき方となります。

 注意力の働かせ方となります。  

 

 そのため、一応、その感覚になじむ期間を少しとります。
 そして、回数を重ねれば重ねるほど、
 この感覚に慣れることで、

 セッションの効果は大きくなります。

 もともと、心理療法のセッションに慣れている方は、

 このフェーズは、必要ではありません。

 

※また、セッション自体は、

 初回より、充分に効果を発揮します。
 ただ、感覚のなじみ方に比例して、

 その効果が相乗的に効果を発揮していきます。


  
②自己の内部へのアクセス(コンタクト)を、

 深める。 (約4~9ケ月)

…自己の内部の、感情や欲求に、

 気づく方法に慣れてくると、
 セッションは、グッと飛躍的に、

 その深さや効果を増していきます

 

…内的探索の深さを、

 さまざまに調整しながら、
 より根本的なレベルの、

 問題の解決、

 未完了の体験の完了や、
 葛藤の解決を行なっていきます。

 

…人生を今まで縛りつけていたものからの、

 劇的な解放体験を得ていきます。

 


③新しいマインドセット(自己のモード)を、

 組み立てる。  (約10~12ケ月)

…自己の内的状態の変化と、
 内的探索の方法論的なイメージが、
 つかめたところで、
 一旦、マインドセットの全体の見立てを、

 創ります。

  

…今後の探索を、

 どうすすめたらいいのかについて、
 セルフ・プロデュース的に、方向性を確認してみるのです。

 

…ところで、

 心理的な問題解決や、

 能力の開発といった自己探求は、

 実は、何年、何十年でも、

 可能なものです。

 次々に、新しい局面や才能が、

 開いていくからです。

 そのため、

 今後も探求はつづけるにしても、

 一旦、これまでの取り組みや、

 全体の状況を振り返ってみて、

 セルフ・プロデュース的に、

 今後の方向性を確認し、

 戦略的な気づきを持つことを、

 行なってみます。

 マインドセットを、確定します。
 

…全体を見渡しつつ、肯定的で、

 ご自分の創造的な状態(ステート)を、

 確認してみます。

 

…自分の「人生の物語(英雄の旅)」の、

 見立てを確認してみます。

 

→方向性の見立てがつけば、
 ご自分の人生の主人公として、
 この物語(人生)を、

 どんな風に展開にしていったらいいのかを、
 ご自分で決めていけるのです。

 


さて、

以上のようなプロセスと枠組みで、

一年くらいの期間の中で、

ゲシュタルト療法のやり方に慣れ、

心理的問題を解消しつつ、

未来を創造的に生きていくための、

新しいマインドセットを、

組み立てていくのです。

 

当然、

各人のテーマ(課題)の軽重による、

個人差があり、

各フェーズの期間の長短もあるので、

基本モデルと考えていただければと思います。

 


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アウトプットとゲシュタルト療法Ⅱ

 

さて、

前回は、

ゲシュタルト療法における、

アウトプットの重視に、

ついて書きました。

 

また、それが、

日本文化の同調圧力的な、

抑圧的な世界の中では、

自立能力の育成と、

大きな可能性を持つことについて、

触れました。

 

今回は、

もう少し具体的に、

セッション(ワーク)の中において、

どのように、

表現を育てるのかについて、

書いてみたいと思います。


古典的な、

ゲシュタルト療法では、

やり残した仕事」を、

完了するために、

人生の中で、

未完了の体験となった場面を、

演劇的に再現して、

ロールプレイすることを、

書きました。

 

そして、

再現された場面の中に入っていき、

その時の情景の中に入っていき、

当時の感情になりきって、

「本当は、こう言いたかった」

のようなことを、

実際に言ってみるのです。

また、

行動をとってみるのです。

 

これは、

原理的には、

簡単に見えますが、

実際に体験してみると、

慣れないうちは、

なかなかに、

心理的抵抗が、

大きいのです。

 

芝居だとわかっていても、

想像上の空間だとわかっていても、

なかなかに、

心理的ブロックが

働きます。

動けなくなります。

 

(逆にいうと、実は、

こんな心理的な作用で、

私たちは、

普段の生活で、

動けなくなっているのです。

そのことを実感できます)


そして、

そのような、

再現場面の中で、

「あえて」

「何かを表現してみる」

「何かを言ってみる」

ということを、

やってみます。

 

「リスクを少しとって」

やってみるのです。


それは、決して、

無理に、ではありません。

自分の心が動き、

自分が、興味を持った場合に、

やってみるのです。


実際に、

やってみることは、

ほんの小さな一歩です。

 

しかし、

この一歩は、

決定的な、

「突破の一歩」

となるのです。

 

無意識は、

事実と想像とを区別しないので、

「現実の体験」として、

私たちの心理プログラミングを、

書き換えて(上書きして)しまうのです。


今まで繰り返していた
「ゲーム」を、
少し踏み出したのです。

そして、
「新しいゲーム」
をはじめたのです。

これは、
決定的なことです。

そして、

それは、

「境界を超えていく」

ことになります。

 

私たちに、

新たな自由の可能性を、

照らし出してくれます。

 

そして、

このようなセッション(ワーク)を、

なんども繰り返し、

突破することに慣れ、

表現することに慣れてくることで、

アウトプットと、

個の自立の能力、

治癒と健康の要素も、

促進されていくことと、

なるのです。

 

それは、

私たちに、

人生の、

新しい次元の啓示として、

新しい可能性を、

教えてくれることになるのです。

 
 


 


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アウトプットとゲシュタルト療法Ⅰ

さて、

ゲシュタルト療法を

実際に経験していくと、

おそらく、

それまでの人生で、

あまり経験してこなかったような類いの、

ある「行動」の重点・推奨に、

気づかれると思います。

 

それは、

「表現すること」

または、

「アウトプットすること」

です。

 

これは、

心理療法の技法としても、

特徴的ですし、

また

日本人の文化水準から見ても、

そのように言えるかと思います。

 

なので、

ある意味、

この点で、

ゲシュタルト療法は、

日本人にとって、

敷居が高くなる面があるのと同時に、

逆に、

爆発的な効果を持つという、

ことにもなります。

 

この点が、

ゲシュタルト療法が、

特に、

日本人に対して、

大きな可能性を持つ側面といえます。

 


普通、日本では

「個人として表現する」

とか、

「個としての表現」

というものを、

あまりしない(歓迎しない?)社会です。

 

まわりに合わせて、

自分の個としての表現を、

抑圧しがちです。

集団の中に、

個人が埋没する社会です。

それが、

推奨される社会です。


一方、

ゲシュタルト療法は、

真実の欲求や感情に根ざした、

個としての自立を、

とても重視します。

 

自分が外部から取り込み、

鵜呑みにして、

自分を抑圧している作用を、

否定します。

「ノーと言える能力」

を重視し、

育てます。

そういう面でも、

ゲシュタルト療法では、

個としての能力や、

尊厳を大切にします。

 

ゲシュタルトの祈り」は、

そのような面の、

あらわれでもあります。

 

なので

ゲシュタルト療法では、

その場が、

安全・安心である、

という枠組みがあるからですが、

セッション(ワーク)の中で、

自分の、

「なまの感情」を出したり、

「なまの表現」をすることを、

大いに奨励します。

 

好き嫌いや、

肯定否定を、

明確にうち出すことを、

推奨します。


「実験として」

という枠組みで、

「少しリスクをとって」

さまざまな自己表現することを、

試してもらいます。

そのアウトプットすることが、

個の自立能力を、

高めていくからです。

 

最初は、

おっかなびっくりで、

抵抗があった、

たどたどしい表現も、

手ごたえを感じて、

慣れてくると、

だんだんと、

自分の中心から、

感情表現できるように、

なっていきます。

表現やアウトプットすることに対する、

自信がついてきます。

より、

自発的に表現できるように、

なってきます。

 

個として、

その人らしい表現が、

行なえるように、

なっていきます。

 

それは、

前記したように、

安全な空間で、

実験として、

色々と、

ロールプレイが試せるからです。

 

そして、

身内に育った自信は、

実生活の中や、

人生の選択の中でも、

さまざまに、

役立っていきます。

 

「言うべきか、言わないべきか」の、

どちらかを選ぶ段で、

「あえて言う(表現する)」の方を、

選ぶこと、

(日本人は、たいがい、

言わない方を、選びますが)

それが、

人生の可能性を、

大きく開いていくということを、

経験として、

実体験として、

勘として、

つかんでいきます。

 

そのような、

アウトプットが、

自分の内奥の命を活かす道であるとともに、

他人の魂も覚醒させる道である、

ということに、

気づいていきます。

 

この点だけにおいても、

現代日本人に対して、

ゲシュタルト療法は、

真に必要なミッションを、

持っているとも言えるのです。


フリー・ゲシュタルト・ワークスが、

よって立つ、

大切な視点でもあります。



 



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「ワーク」とはⅤ 存在論的体験

さて、

ゲシュタルト療法の

ワークには、

さまざまな効果や魅力がありますが、

(サイトでも、多角的にご紹介しましたが)

心理療法的な枠組みをとっぱらって、

他にあまりない、エッセンス(本質)だけを、

残す(取り出す)とすると、

その最良のもののひとつは、

ある種の「存在論的体験」だと、

いうことができます。

 

「自分が、存在していることをまざまざと実感すること」

 

「自分が、存在していることの不思議さに感じ入る」

そのようなことが、

ワークの中では、

強い気づきの体験として、

起こって来るのです。

 

世界が、新らしく瑞々しく立ち現れて来る、

そのような瞬間を、

しはしば体験できるのです。

 

それだけでも、

生の感覚を喪失し、

鈍麻した社会の中では、

意味のあることなのです。

 

「世界と、生きている自分」

を、強烈に感じて、

生きる力を獲得していく。

そんなシンプルで力強い道が、

ゲシュタルト療法の取り組み中では、

得られていきます。

 

そこには、

身体的・感情的に対する、

具体的なアプローチがあるために、

知覚力や感性が動かしやすい、

という側面があります。

 

即興的、遊戯的な動き、身体技法が、

気づきの閃きとが、

ひとつになっているようなものです。

一種、動的な禅といえる面があります。

 

さて、

「生きるためのゲシュタルト」とは、

筆者が、よく使うフレーズですが、

そのように、

ゲシュタルト療法を、

身近に置いて、

生を加速する鋭利な道具(姿勢)として、

さまざまな側面で役立てることが、

長い取り組みの中では、

可能となっていくのです。

 

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魂の回復(ソウル・リトリーバル)

伝統的なシャーマニズムの世界では、

人への治癒活動として、

「魂の回復・救済(ソウル・リトリーバル)

ということを、行ないます。

 

これは、

シャーマニズムの世界観に、

人が調子悪くなることの原因のひとつに、

その人が「魂を喪った」、

という考え方があるからです。

 

そのため、シャーマンは、患者の失われた魂を連れ戻しに、

異界に行くというようなことを行ないます。

自分の魂を、異界に飛ばして、

その患者の魂を、

肉体に入れなおす

というようなことを行ないます。

 

さて、そのような、

「魂の回復(ソウル・リトリーバル)」ですが、

これだけ聞くと、近代的な世界観の人は、

違和感を持つと思います。

 

しかしながら、

その原理的・構造的な側面だけを考えると、

現代の心理療法の世界で行なっている事柄も、

さほど変わりがないともいえるのです。

 

別のところで、

人間の「複数の自我」について、

書きました。

 

人間の中の「複数の自我」が、

分裂状態になることによって、

葛藤が起こったり、

私たちの苦痛や、

生きづらさの原因に、

なっているという現象です。

 

ゲシュタルト療法の中では、

これらの「複数の自我」の間に、

エンプティ・チェアの技法などを使って、

対話と交流を起こし、

その人の、心理的な統合を、

図っていきます。

 

通常、「複数の自我」の中では、

私たちが「同一化」していて、

「これが自分()である」と、

見なしている自我(A)と、

自我(A)が拒絶していて、

「これは自分()ではない」としている、

自我(B) とに、分裂しやすいものです。

 

大概の普通の人は、

皆、この自我(B)を、

自分の自己像(セルフ・イメージ)から、

締め出しています。

その場合、自我(B)は、

影のようなものとして、

私たちにつきまといます。

 

この(B)は、ある意味では、

分身であり、喪われた魂です。

 

ゲシュタルト療法の、

セッションの中では、

この自我(B)の存在を明らかにし、
自我(A)と交流、統合を行なうような、

さまざまな試みを行なっていきます。

 

これらは、

喪われた魂の帰還とも、

魂の回復とも、

いえるプロセスなのです。

 

このように考えてみると、

現代の心理療法においても、

シャーマニズムと見かけは違うものの、

魂の回復(ソウル・リトリーバル)が、

行なわれているということが、

わかると思います。

 


 

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禅とゲシュタルト療法



ゲシュタルト療法に関係して、

触れられるエピソードのひとつに、

パールズが、日本で、

参禅をしたという話があります。

その影響についての、

例証のように語られます。

 

実際、パールズの自伝に、

そのことへの言及がありますが、

ヒント以上の強い印象を持たなかったようにも、

見受けられます。

 

しかし、ゲシュタルト療法の中には、

確かに、禅と共通する点が、

本質的なレベルで存在するのです。

パールズの直観力、

野生的な勘の良さと、

いうべきかもしれません。

 

気づきawarenessの力に対する洞察は、

ゲシュタルト療法の効果や原理を、

各種の瞑想技法との比較の中で、

検証する機会となります。

 

 

◆禅とゲシュタルト療法

さて、〈気づき〉力の理解において、

また、その実践を通した達成において、

禅とゲシュタルト療法は、

近いところにあるというのが、

当スペースでの考えです。
 

ただ、それぞれの利点や特徴がありますので、

各々の利点を活かして、実践することが、

気づきの力を深めるポイントとなると考えられます。

 

 

ゲシュタルト療法の、禅に対する利点

 

ゲシュタルト療法の利点とは、

心理療法であるが故の、

心理・感情面の取り扱い方と、

そのダイナミックな解放作用です。

 

人格における、感情や対人関係のあり様を対象にして、

心理的な統合を進めていくが心理療法です。

そのため、人格的統合を、速やかに成長させることができます。

 

一方、禅は、静的な集中が基本のため、

気づきの力は鍛えられますが、

ダイナミックな感情的解放や統合は、

直接的には促進されません。

場合によっては、

静観的な固定化により、感情的な問題が、

解離されてしまう場合もあります。

感情的な統合が進まない、

ということもあります。

 

 

禅の、ゲシュタルト療法に対する利点

 

禅の利点とは、気づきへの集中と留まりです。

ゲシュタルト療法は、気づきのセラピーというわりには、

この点が、おろそかになりがちです。

 

というのも、ゲシュタルト療法は、

セッションが、強烈な、感情的なカタルシスをもたらします。

そのため、そのことに気が取られて、

気づきの力によって、体験を対象化したり、

自己を対象化することが、おろそかになりがちなのです。

しかし、この気づきの力が弱いと、

体験を抱える統合過程が進まないのです。

また、感情的なカタルシスを求めて、

セラピーに通うという、本末転倒なことが起こります。

感情的体験と、気づきの力が、同期してこそ、

人格的な統合が進められるのです。


そのため、これらの要点、意識した上で、

各手段を上手く使っていくことが、

精神の深化のためには必要なのです。

 

ところで、、スポーツには、

「クロス・トレーニング」というものがあります。

自分の専門以外の競技をすることにより、

自分の専門分野では鍛えられない、

肉体や、身体能力を鍛えるものです。

そのことにより、総合的な身体能力が高まり、

結果として、専門ジャンルでの能力も、グッと高まるのです。

 

それと同様に、参禅や、ゲシュタルト療法、

また、その他の体験的心理療法を、

自由に交えながら、

私たちの心のさまざまな能力を、

鍛錬していくことが、

心の総合力や統合を高めていくには、 

必要なことだと思われるのです。

 

 

「英雄の旅」とは

◆はじめに

 

「英雄の旅 Hero's journey」とは、

神話学者ジョゼフ・キャンベルが、

世界中の神話より抽出した、

英雄神話の、普遍的なパターンです。

 

「英雄の旅」は、

影響を受けた、ジョージ・ルーカスによる喧伝や、

ハリウッド式のシナリオ術のひろまりにより、

世間でも、知られるようになりました。

 

また、ビジネス的な観点からも、

マーケティングや、コピーライティングに関係して、

よく取り上げられたりもします。

 

NLPやコーチングの世界では、

S・ギリガン氏と、R・ディルツ氏らのワークショップをはじめ

「英雄の旅」のモデルは、

ひろく認知を得ているといえます。

 

これらの流行の背後は、

この神話モデルが、

私たちの心理的変容の姿を、

わかりやすく、かつ実感的に、

表現していることが推測されます。


ここでは、

この神話モデルの概略を見ることで、

私たちの心の変容過程を、

理解するモデルとして、

英雄の物語が、どのように役立つのかを、

見ていきたいと思います。

 

さて、ところで、

英雄の旅の、物語パターンは、

私たちにも、子供の頃から、なじみ深い、

普遍的であるがゆえに、ありきたりな、

ヒーロー物語の典型です。

 

キャンベルは語ります。

 

「英雄は、あえて、

日常の世界を後にして、

超自然的で、不思議なものの住む世界へと、

足を踏み入れ、

そこで、驚異的な存在に出会い、

決定的な勝利をおさめる。

英雄は、

この神秘的な冒険で、

仲間への恩恵となる力を得て、

帰還する」

(『生きるよすがとしての神話』 飛田茂雄他訳)

 

このことを、もう少し詳細に、

キャンベルが、語っている部分を、

少し長いですが(また少々分かりづらいですが)、

引いてみましょう。


「神話英雄は

それまでかれが生活していた

小屋や城から抜け出し、

冒険に旅立つ境界へと

誘惑されるか拉致される。

あるいはみずからすすんで

旅をはじめる。

 

そこでかれは道中を固めている

影の存在に出会う。

英雄はこの存在の力を

打ち負かすか宥めるかして、

生きながら闇の王国へ

赴くか(兄弟の争い、竜との格闘、魔法)、

敵に殺されて

死の世界に降りていく(四肢解体、磔刑)。

 

こうして英雄は

境界を越えて未知ではあるが

しかし奇妙に馴染み深い

〔超越的な〕力の支配する世界を旅するようになる。

超越的な力のあるものは

容赦なくかれをおびやかし(テスト)、

またあるものは

魔法による援助を与える(救いの手)。

神話的円環の最低部にいたると、

英雄はもっとも厳しい試練をうけ、

その対価を克ちとる。

 

勝利は

世界の母なる女神と英雄との性的な結合(聖婚)として、

父なる創造者による承認(父親との一体化)として、

みずから聖なる存在への移行(神格化)として、

あるいは逆に

―それらの力が英雄に敵意をもったままであるならば―

かれがいままさに克ちうる機会に直面した

恩恵の掠盗(花嫁の掠奪、火の盗み出し)として

あらわされうる。

 

こうした勝利こそ

本質的には意識の、

したがってまた存在の拡張(啓示、変容、自由)に

ほかならない。

 

のこされた課題は帰還することである。

超越的な力が英雄を祝福していたのであれば、

かれはいまやその庇護のもとに

(超越的な力の特使となって)出発するし、

そうでなければかれは逃亡し

追跡をうける身になる

(変身〔をしながらの〕逃走、障害〔を設けながらの〕逃走)。

帰還の境界にいたって

超越的な力はかれの背後にのこらねばならない。

 

こうして英雄は

畏怖すべき王国から再度

この世にあらわれる(帰還、復活)。

かれがもちかえった恩恵が

この世を復活させる(霊薬)」

(キャンベル『千の顔をもつ英雄』平田武靖他訳 人文書院)

 

このような、

物語の展開や道具立ては、

映画などでは、

しばしば目にするものでは、

ないでしょうか。

 

 

◆人格変容の物語

 

 さて、キャンベルは、

以下のようにも語っています。

 

「神話の英雄、シャーマン、神秘主義者、

精神分裂病患者の内面世界への旅は、

原則的には同じもので、

帰還、もしくは症状の緩和が起こると、

そうした旅は、

再生―

つまり、

自我が「二度目の誕生」を迎え、

もはや昼間の時空の座標軸に

とらわれた状態でなくなること―

として経験されます。

そして、内なる旅は、いまや、

拡張された自己の影にすぎないものとして、

自覚されるようになり、

その正しい機能は、

元型の本能体系のエネルギーを

時空の座標軸をもつ現実世界で、

有益な役割を果たすために、

使わせるというものになります」

キャンベル『生きるよすがしての神話』

(飛田茂雄他訳 一部改訳)  

 

これも、少々わかりづらい表現ですが、

ここでは、

「英雄の旅」的なプロセスとは、

私たちの心の深層にある、

拡張された自己を、

回復するプロセスであることが、

語られています。

 

元型の本能体系のエネルギー」が、

心の深層にあるというわけです。

元型とは、ユング心理学の仮説にあるもので、

私たちの心の深層に潜む、

基底的・普遍的な、人格的な因子(動因)のことです。

 

そして、

(旅に似た、心理的統合の結果)

その因子的エネルギーを、

自覚的に、現実的な日常世界で生かせるようになることが、

この内的な変容の旅の、

成果になるというわけです。

 

そして、

その回復が達成された状態とは、

日常意識の、

昼間の時空の座標軸に

とらわれた状態でなくなること

であることが、

語られています。

 

これは、

慣習化され、限定された、

日常意識以外の、

拡張された意識状態(その内実的要素)が、

統合的に獲得されることを、

表現しているといえるでしょう。

 

上記の引用では、

比喩的・象徴的に語られていますが、

このことは、

心理学的な変容過程においては、

実際に、そのような(同様な)ことが、

起こって来るともいえます。

 

心理的変容過程(旅)の後には、

人は、かつては、絶対的に見えたような、

「日常意識」の感覚や価値観が、

ちっぽけなものとして、

相対化されてしまうものなのです。

 

つまり、それは、

上に引いた中にあるように、

「意識の、したがってまた、存在の拡張(啓示、変容、自由)」

が、達成されることだとも、

いえるのです。

 

ところで、

筆者自身、心理療法(ゲシュタルト療法体験的心理療法)、

変性意識状態(ASC)の事例に、

数多く関わる中で、

人々のさまざまな心理的変容の過程を、

見てきました。

 

そして、その際に、

この神話モデルが、

クライアントの方の実感にとって、

とても、有意義に働くのを見てきました。

 

特に、人格変容過程の中で生じて来る、

困難なプロセス、

いわゆる、夜の航海 night sea journeyの体験や、

魂の暗夜 Dark Night Of The Soulの体験を、

位置づけるのに、とても実感的に作用するのでした。

そして、その試練の過程を乗り越えるのに、

とても有効に働くのでした。

 

その意味でも、

このような神話モデルとは、

単なるおとぎ話ではなく、

私たちの人生の航海ツールとして、

実際的に活きて来るモデルなのです。

 

 

◆「英雄の旅」のプロセス

 
さて、英雄の旅のプロセスは、
そのような人格的変容の旅の、
普遍的な姿を示しているものでもあります。


キャンベルによって、

細かく区分けされている要素を、

少し単純化(アレンジ)して示すと、

以下のような形となります。

これなども、通俗的なヒーロー物語に
よく見られる共通のパターンといえます。

 

 

「出発」(召命)

旅の拒絶

助言(導き)

越境・異界参入

援助(仲間、守護者)

超越的な力(魔霊・怪物)との戦い・試練

最大の試練

聖なる結婚(融合)、真の父の承認

力(霊薬Elixir)の獲得、変容

「帰還」

 


さて、ストーリーの大枠を見てみると、

「出発-通過儀礼-帰還」の構造となっており、
はじまりと終わりを持つ、

通過儀礼的なモデルとなっています。


はじまりは、

「召命」であり、
何かの呼びかけに従う形で、
冒険が始まります。

そこには、

主人公の生い立ちに関する、

特殊な情報も含まれていたりします。

 

また、次に現れる、

旅の拒絶のテーマは、

冒険への逡巡や恐れ、

日常世界への執着など、

物語のはじめに、

よく見られるパターンです。

私たちにとって、

未知の冒険は、

みなとても恐ろしいものだからです。

 

そして、退屈な、この日常世界に、

くすぶったまま居続けるのか、

それとも、

恐ろしいけれども、未知の興奮を誘う、

冒険に出かけるのか、選択を迫られるのです。

 

中間の、

「通過儀礼」の部分は、
物語の核心である、

「超越的な力」との遭遇・戦い・試験といった、

大きな試練となっています。

 

その試練が、
英雄の主体を、死に近づけるような、

過酷な体験(冒険)であることを

示しています。

 

主体にとっては、

自分を変容・刷新させてしまう類の、

「死の体験」「再生の体験」と、

なるものです。

 

しかし、

そのような苛烈な過程の中で、

主人公は、

超越的な力(または悪の力)」の中に潜むエッセンスを、

獲得していくことになるのです。

それが、最終的には、魔法のような、

特別な力(霊薬)となるのです。

 

さて、

終わりの「帰還」は、

通過儀礼としての旅の、

成果(霊薬)を、わがものとして統合したうえで、

この世(共同体)にもたらし、

還元する過程を、示しています。

その力でもって、世界を豊かにし、

豊饒に再生させるのです。

 

このように、

英雄の旅の物語は、

「冒険譚」という形式の中で、
超人間的な経験を、

自分に取り込み、成長していく、

主体的な体験過程を、

示しているのです。

 

そのため、

英雄の旅的な映画を見ると、

私たちは、未知の根源的な力に、

拡充(充電)されたかのような、

高揚感や、核心の感覚を、覚えるのです。

 

そして、

このような経験パターンは、

娯楽的な物語だけではなく、

私たちの生活の、

さまざまな場面(事件)において、

経験されているものなのです。

 

 

◆英雄の旅とゲシュタルト療法のセッション

 

ところで、

ここで興味深いことのひとつは、

上に見たような、

英雄の旅のプロセスと、

別で見た、ゲシュタルト療法の、

セッション(ワーク)のプロセスに、

平行した構造や体験過程が、

見られることです。

 

詳細は、

拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』に譲りますが、

このモデルは、

そのような側面においても、

実際的な価値を有しているものなのです。

 

 

※↓ある種の英雄の旅として

→映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 「残像としての世界」

 


 


 

『千の顔をもつ英雄』(人文書院)

 


心理的変容の技法 見取り図

 

 

 


ここでは、

当スペースで、あつかっている、

ゲシュタルト療法(体験的心理療法)や、

心理的変容の見取り図(全体像)について、

記してみたいと思います。

 

上に図がありますが、

これは、心の構造モデルと、

それぞれの心の部分を対象とした方法論を、

イメージとして置いたものです。

 

全体の構図としては、

深層心理学などでいう、

意識、無意識の構造が、

上下に、描かれています。

 

また、これと、

(対照するわけではありませんが、喩えとして)

心の相対的な安定性を、

上下のタテ軸としておいています。

 

 

◆各種の方法論

 

心のモデルの上に、

方法論の名称が書かれています。

  

①コーチング (NLP)

 

コーチングは、

普通に健康な人の、

意識面に、働きかける方法論であり、

クライアントの方の、

「目標達成」などを、

お手伝いする方法論です。

その人の意欲を方向づけていくような、

方法論となります。

 

また、NLP(神経言語プログラミング)も、

心理療法に、その由来を、

持つものではありますが、

その変容効力は、

比較的軽度な、知覚変化であり、

コーチング的な主旨や範囲で、

使用していくのが、

妥当なものとなっています。

 

 

②精神医学

 

症状の重い人を対象としており、

症状の抑制や、安定化を、

目的としています。

意識的に、コントロールできる領域が、

少ないという意味合いで、

図の下の方に、位置づけましたが、

まったく「無意識」の世界である、

という意味合いではありません。

 

 

③(体験的)心理療法

 

心理療法は、

幅の広い範囲を持ちます。

心の「少し調子の悪くなった人」の、

サポートという側面と、

心の「病い」の治療という側面と、

幅をもったアプローチとなっています。

(この不調と病の違い自体、

曖昧で、相対的なものです)

 

また、心理療法は、

各流派によって、

重視(焦点化)する心の部分に違いがあるのと同時に、

心のプログラムを修正するための、

なんらかの具体的な方法論(技法)を持っています。

「意識」と「無意識」の両方に、

働きかける方法論となっています。

 

図では、

円の大きさが、

意識よりも、上層部(Aゾーン)まで、

広がっています。

 

これは、特に、

体験的心理療法の実践の中では、

そのような、

日常意識を超えた領域にまで、

影響が及んでいくことを、

表しています。

 

 

④変性意識状態(ASC)

 

図の一番外側にまで、

大きな円として、

変性意識状態(ASC)が、

広がっています。

これ自体は、

私たちの意識の、

本来持っている自然な機能であり、

可能性です。

 

また、

変性意識状態(ASC)自体は、

心の様態を指す概念であり、

心理療法の方法論ではありませんが、

心理療法の中で、

ごく自然に現れて来る、

意識状態となっています。

 

また、

変性意識状態(ASC)は、

心理療法の技法と、意図的に合わせて使うと、

人間の持つ自己治癒力を活性化させ、

その能力を、より多く引き出す作用を持ちます。

 

そのため、

心をあつかう方法論の背後に、

クライアントの方の、

変性意識状態(ASC)と、

自己治癒力があることを、

理解し、信頼しておくことは、

アプローチに際して、

とても有効なことなのです。

 

 

⑤気づきの技法

 

そして、左に、上下の矢印がありますが、

これら広範囲な心の諸領域を、

横断しつつ、自在に行き来できるのが、

私たちの〈気づきawareness〉の力なのです。

 

この〈気づき〉の一点を外すことなく、

心の諸々に取り組むことにより、

私たちは、

心理的な統合と、拡張的な意識、

そして、拡張された現実を、

手に入れることができるのです。

 

そして、

この〈気づき〉の力の、

原理的な意味合いとしては、

禅や各種の瞑想技法と、

同じことなのです。

つまり、これ自体は、

とても普遍的な原理なのです。

 

この〈気づき〉の力と、

変性意識状態(ASC)とを、

原理(原理論)として、

コンビネーションで活用するのが、

当スペースの特色です。

 

 

……

 

さて、当スペースは、

ゲシュタルト療法という、

体験的心理療法を、

メインの方法論として使っていきますので、

上の図のような、

心の広い領域を、

カバーすることとなります。

 

特に、変性意識状態(ASC)を、

意識したアプローチを持ち、

心の潜在能力や、

心の高位の要素(X意識状態等)をも、

フォローしていくことができます。

(図のAゾーンの領域)

 

このことが、クライアントの方の、

心の治癒的な統合を進めることともに、

卓越した創造性を開発する方法論とも、

なっている理由なのです。

 



「ワーク」とはⅡ その過程と構造

ゲシュタルト療法のワークは、

クライアントの方のプロセスに、

そった形で展開していきます。

 

そして、ワークは、

表面的な、紆余曲折の姿の背後に、

生体の自律的なプロセスゆえに、

深い部分で、

ある類似した流れと骨組みを持っています。

単純化した図をご覧ください

 

ワークのプロセスは、

核の要素だけを取り出すと、

ゲシュタルトの形成と破壊のサイクルの、

変奏だともいえます。

そもそも、

未完了の体験(未完了のゲシュタルト)を、

生み出したのは、

欲求不満によるサイクルの凍結であるので、

その未完了のゲシュタルトの表出(充足)と破壊のサイクル

という形をとるのです。

 

ここでは、実際のワークが、

どのような手続きをとるのか、

「目的①」の未完了の体験を完了するタイプの、

ワークを例にとって見てみましょう。

 

※「目的②」の葛藤の解消タイプも、

プロセスは、同じです。

下に、図のみ、記載しました。

 

 

1.「入口」(開始)

まず、クライアントの方と、

 ファシリテーターは、

 合意して、ワークという、

 特別な時空に入ります。

↓↓↓

 

2.「感覚・探索

…クライアントの方は、

解決したいテーマに関連して、

自分の中から湧いてくる、

感覚や感情のゲシュタルト(形)に、

注意を向けます。

…ファシリテーターは、探索を促進するための、

焦点化や、提案を行なってきます。

…生体というものは、未完了のゲシュタルトや、

 その付近の感情を刺激されると、

異物を吐き出すように、肉中の棘を排出するように、

未完了のゲシュタルトを、

知覚の前景に押し出してきます。

生体の蠕動運動のためです。

…人は、この内的感覚への没頭の中で、

 軽度な変性意識状態に入っていきます。

 そのため、普段は気づけない微細な情報に、

 気づくことができるのです。

↓↓

 

3.「未完了の体験の発見

…そのような中で、クライアントの方は、

 自分の中で、つかえている、

核心的な未完了の(感情や感覚)を、

明確にしていきます。

…または、ファシリテーターが、

 重要なポイントを、色々と焦点化してきます。

↓↓

 

4.「技法的場面設定

…ファシリテーターが、

 その未完了の体験を完了するための、

色々な、技法的な提案を行なってきます。

 「こういうことを行なってみてはどうですか?

 「こう言ってみる(表現してみる)のはどうですか?

 相手や登場人物、言葉や行為等の設定です。

…その設定が、クライアントの方にピッタリと来る場合、

 クライアントの方は、それを行なってみます。

↓↓

 

5.「未完了の体験の完了

…技法的提案内容が、

 クライアントの方に、ピッタリと来るものであった場合、

 クライアントの方は、その実演を通して、

 感情表出と意識化と行ない、

 未完了の体験を完了していきます。

 葛藤と苦痛が消失し、

 アーハ体験や、エネルギーの増大、

 力の獲得の感じを得ることになります。

↓↓

 

6.「出口」(終了)

ワークという、特別な時空から出ます

 心理療法でいう、「閉じる」プロセスです。

 ワークの内容を完了・主体化して、

 日常的現実に戻ります。

 

さて、前段で、

「生体の自律的プロセス」と書きましたが、

ワークの経過というのは、

クライアントのプロセスをきちんとフォローするかぎり、

音楽的ともいうような、

類型的な「自然のプロセス」示すものです。

 

ファシリテーターの行なうことは、

このプロセスを阻害しないように、
その名のとおり、
「促進」していくことだけなのです。
 
 

 

ブックリスト 関連書籍の紹介

◆ゲシュタルト療法/体験心理療法/関連領域

 

『ゲシュタルト療法』F・パールズ/倉戸ヨシヤ訳(ナカニシヤ出版)

『ゲシュタルト療法バーベイティム』F・パールズ/倉戸ヨシヤ訳(ナカニシヤ出版)

『記憶のゴミ箱』F・パールズ/原田成志訳 (新曜社)

『聖なる愚か者』リッキー・リビングストン/吉福伸逸訳(アニマ2001)

『ゲシュタルト・セラピー』トニー・キー他/岡野嘉宏訳(社会産業教育研究所)

『気づき』ジョン・O・スティーブンス/岡野嘉宏訳(社会産業教育研究所)

『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ(駿河台出版)

『ゲシュタルト療法入門』倉戸ヨシヤ編(金剛出版)

『気づきのセラピー』百武正嗣(春秋社)

『家族連鎖のセラピー』百武正嗣(春秋社)

『成長のための効果的な方法』E・マーカス/国谷誠朗訳(チーム医療)

『自己実現への再決断』M&Rグールディング/深沢道子訳(星和書店)
『ゲシュタルト・セラピーの手引き』S・ジンジャー/柴田和雄訳 (創元社)

『性格と神経症』C・ナランホ/柳朋子訳 (春秋社)

『エンカウンター・グループ』C・ロジャーズ/畠瀬稔他訳 (創元社)

『生きがいの探求』ウィル シュッツ/斎藤彰悟,到津守訳(ダイヤモンド社)
『エスリンとアメリカの覚醒』W・T・アンダーソン/伊東博訳 (誠信書房)

『引き裂かれた心と体』A・ローウェン/新里里春他訳 (創元社)

『バイオエナジェティックス』A・ローエン/菅靖彦他訳 (春秋社)

『バイオエナジェティックス』A・ローウェン他/石川中他訳(思索社)

『オルゴン療法がわたしを変えた』O・ビーン/片桐ユズル他訳(アニマ2001)

『ウィルヘルム・ライヒ―生涯と業績』M・シャラフ/村本詔司他訳 (新水社)

『ことばが劈かれるとき』竹内敏晴(筑摩書房)
『原初からの叫び』A・ヤノフ/中山善之訳 (講談社)

『脳を超えて』S・グロフ/菅靖彦他訳 (春秋社)

『自己発見の冒険Ⅰ』S・グロフ/菅靖彦他訳 (春秋社)

『魂の航海術』S・グロフ/菅靖彦訳 (平凡社)

『ハコミセラピー』ロン・クルツ/高尾威廣他訳 (星和書店)

『サイコシンセシス』R・アサジョーリ/国谷誠朗他訳 (誠信書房)

『意志のはたらき』R・アサジョーリ/国谷誠朗他訳 (誠信書房)

『内なる可能性』P・フェルッチ/国谷誠朗他訳 (誠信書房)

『ドリームボディ・ワーク』A・ミンデル/藤見幸雄他訳 (春秋社)

『ドリームボディ』A・ミンデル/藤見幸雄監訳 (誠信書房)

『シャーマンズ・ボディ』A・ミンデル/藤見幸雄他訳 (コスモス・ライブラリー)

『プロセス指向心理学』A・ミンデル/高岡よし子他訳 (春秋社) 

『うしろ向きに馬に乗る』A・ミンデル/藤見幸雄他訳 (春秋社)

『昏睡状態の人と対話する』A・ミンデル/藤見幸雄他訳 (NHKブックス)

『紛争の心理学―融合の炎のワーク』A・ミンデル/青木聡訳(講談社現代新書)  

『プロセス指向のドリームワーク』A・ミンデル/藤見幸雄他訳(春秋社)

『24時間の明晰夢』A・ミンデル/藤見幸雄他訳 (春秋社)

『身体症状に「宇宙の声」を聴く』A・ミンデル/藤見幸雄他訳(日本教文社)

『人間関係にあらわれる未知なるもの』A・ミンデル/富士見幸雄他訳(日本教文社)

『大地の心理学』A・ミンデル/藤見幸雄他訳 (春秋社)

『ワールドワーク』A.ミンデル/富士見 ユキオ他訳 (誠信書房)

『ディープ・デモクラシー』A・ミンデル/富士見ユキオ他訳 (春秋社)

『プロセス・マインド』A・ミンデル/ 青木聡他訳(春秋社)

『メタスキル』エイミー・ミンデル/諸富祥彦他訳(コスモス・ライブラリー)

『痛みと身体の心理学』藤見幸雄 (新潮選書)

『プロセス指向心理学入門』藤見幸雄他 (春秋社)

『アンコモン・セラピー』 J・ヘイリー/高石昇他監訳(二瓶社)

『ミルトン・エリクソンの催眠療法』 J・ヘイリー編/門前進訳(誠信書房)

『ミルトン・エリクソン入門』 W・H・オハンロン/森俊夫他訳(金剛出版)

『ミルトン・エリクソンの催眠テクニック(Ⅰ・Ⅱ)』R・バンドラー、J・グリンダー/浅田仁子訳(春秋社)
『人間コミュニケーションの意味論(Ⅰ・Ⅱ)』R・バンドラー、J・グリンダー/尾川丈一他訳(ナカニシヤ出版)
『あなたを変える神経言語プログラミング』R・バンドラー、J・グリンダー/酒井一夫訳(東京図書)
『神経言語プログラミング』R・バンドラー/酒井一夫訳 (東京図書)

『リフレーミング―心理的枠組の変換~』R・バンドラー、J・グリンダー/吉本武史他訳(星和書店)
『心の扉をひらく』C・アンドレアス他/酒井一夫訳(東京図書)

『NLPヒーローズ・ジャーニー』R・ディルツ、S・ギリガン/浅田仁子訳(春秋社)

『愛という勇気』S・ギリガン/崎尾英子訳 (言叢社)

『ジェネラティブ・トランス』S・ギリガン/上地明彦訳(春秋社)
『身体はトラウマを記録する』B・ヴァン・デア・コーク/柴田裕之訳(紀伊国屋書店)

『アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)第2版』S・C・ヘイズ他/武藤崇他監訳(星和書店)

『ACTを学ぶ』 S・C・ヘイズ他/熊野宏昭他監訳(星和書店)

『ACTをはじめる』 S・C・ヘイズ他//武藤崇他訳(星和書店)

『よくわかるACT』R・ハリス/武藤崇他監訳(星和書店)

『不安障害のためのACT』 G・H・アイファート他/三田村仰他監訳(星和書店)

『関係フレーム理論(RFT)をまなぶ』N・トールネケ武藤崇他監訳(星和書店)

『脱サイコセラピー論』B・ヘリンガー/西澤 起代訳 (メディアート出版)

『愛の法則―親しい関係での絆と均衡』 B・ヘリンガー/チェトナ小林訳 (和尚EJ)

『プレイバックシアター入門』宗像佳代 (明石書店)

『この世とあの世の風通し』加藤清・上野圭一 (春秋社)

『ひき裂かれた自己』R・D・レイン/阪本健二他訳 (みすず書房)

『経験の政治学』R・D・レイン/笠原嘉他訳 (みすず書房)

『生の事実』R・D・レイン/塚本嘉寿他訳 (みすず書房)

『エスの本―無意識の探究』G・グロデック/岸田秀他訳 (誠信書房)

『対象関係論の展開』H・ガントリップ/小此木啓吾他訳 (誠信書房)

『遊ぶことと現実』D・W・ウィニコット/橋本雅雄訳 (岩崎学術出版社)

『情緒発達の精神分析理論』D・W・ウィニコット/牛島定信訳 (岩崎学術出版社)

『追補 精神科診断面接のコツ』神田橋 條治 (岩崎学術出版社) 

『精神療法面接のコツ』神田橋 條治 (岩崎学術出版社) 

『精神科養生のコツ 改訂』神田橋 條治 (岩崎学術出版社) 

『治療のこころ』シリーズ 神田橋 條治 (花クリニック)

『人格障害の精神療法』福島章他編 (金剛出版)

『ものぐさ精神分析』岸田秀 (中公文庫)

『中空構造日本の深層』河合隼雄 (中公文庫)
『母性社会日本の病理』河合隼雄 (講談社+α文庫)

 

 

◆変性意識状態(ASC)その他関連

 

『宗教的経験の諸相(上・下)』W・ジェイムズ/桝田啓三郎訳 (岩波文庫)

『知覚の扉』A・ハクスリー/河村 錠一郎訳(平凡社)

『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』T・リアリー他/菅靖彦訳(八幡書房)

『フロー体験 喜びの現象学』M.チクセントミハイ/今村浩明訳(世界思想社)

『フロー体験入門』M.チクセントミハイ/大森弘監訳(世界思想社)
『超人の秘密:エクストリームスポーツとフロー体験』S・コトラー/熊谷玲美訳(早川書房)

『クンダリニー』ゴーピ・クリシュナ/中島巌訳 (平河出版社)

『意識と本質』井筒俊彦 (岩波文庫)

『イスラム哲学の原像』井筒俊彦 (岩波新書)

『叡知の台座』井筒俊彦他 (岩波書店)

『ユング自伝(1・2)』河合隼雄他訳 (みすず書房)

『ヘルメティック・サークル』M・セラノ/小川捷之,‎永野藤夫訳(みすず書房)

『人間性の最高価値』A.H.マスロー/上田吉一訳(誠信書房)

『死の地帯』ラインホルト・メスナー/尾崎治訳(山と渓谷社)

『明晰夢』S・ラバージ/大林正博訳(春秋社)

『深層からの回帰』S・グロフ他/菅靖彦他訳 (青土社)

『魂の危機を超えて』S・グロフ他/安藤治他訳 (春秋社)

『スピリチュアル・エマージェンシー』S・グロフ他/高岡よし子他訳(春秋社)

『無意識の探険』吉福伸逸 (TBSブリタニカ)

『トランスパーソナル・セラピー入門』吉福伸逸 (平河出版社)

『自我と「力動的基盤」』M・ウォシュバーン/安藤治他訳(雲母書房)

『無境界』K・ウィルバー/吉福伸逸訳 (平河出版社)

『意識のスペクトル 1・2』 K.ウィルバー/吉福伸逸他訳 (春秋社)

『アートマンプロジェクト』K.ウィルバー/吉福伸逸他訳 (春秋社)

『トランスパーソナル心理療法入門』 諸富祥彦編著 (日本評論社)

『チベット死者の書』 川崎信定訳 (筑摩文庫)

『サイケデリックス』D・M・ターナー/本田礼訳 (第三書館)

『ドン・ファン・シリーズ』C・カスタネダ/真崎義博他訳(二見書房、太田出版)

『ローリング・サンダー』ダグ・ボイド/北山耕平訳 (平河出版社)

『アメリカ・インディアンの口承詩』金関寿夫(平凡社)

『シャーマニズム(上・下)』M・エリアーデ/堀一郎訳 (筑摩文庫)
『シャマニズム』U.ハルヴァ/田中克彦訳 (三省堂)

『シャーマンへの道』M・ハーナー/吉福伸逸訳 (平河出版社)

『シャーマニズムの精神人類学』ロジャー・N・ウォルシュ/安藤治他訳(春秋社) 

『聖なる量子力学9つの旅』フレッド・アラン・ウルフ/小沢元彦訳 (徳間書店)

『奇蹟を求めて』P・D・ウスペンスキー/浅井雅志訳 (平河出版社)

『弟子たちに語る』G・I・グルジェフ/前田樹子訳 (めるくまーる)

『夢ヨーガ』タルタン・トゥルク/林久義訳 (ダルマワークス)

『虹と水晶』ナムカイ・ノルブ/永沢哲訳 (法蔵館)

『チベット密教の瞑想法』ナムカイ・ノルブ/永沢哲訳 (法蔵館)

『臨死体験』B・グレイソン他編/笠原敏雄訳 (春秋社)

『死を超えて生きるもの』ゲイリー・ドーア編/井村宏治他訳(春秋社) 

『臨死共有体験』R・ムーディ/堀天作訳 (ヒカルランド)

『オメガ・プロジェクト』ケネス リング/片山陽子訳(春秋社)

『意識(サイクロン)の中心』ジョン・C・リリー/菅靖彦訳(平河出版社)

『サイエンティスト』ジョン・C・リリー/菅靖彦訳(平河出版社)

『バイオコンピュータとLSD』ジョン・C・リリー/菅靖彦訳(リブロポート)

『ジョン・C・リリィ 生涯を語る』ジョン・C・リリィ他/中田周作訳(筑摩書房) 

『幻覚世界の真実』テレンス・マッケナ/京堂健訳(第三書館)

『神々の糧(ドラッグ)』テレンス・マッケナ/小山田義文他訳 (第三書館)

『ビー・ヒア・ナウ』ラム・ダス他/吉福伸逸他訳 (平河出版社)

『ダス・エナーギ』P・ウィリアムズ/MOKO訳 (春秋社)

『体外への旅』ロバート・A・モンロー/川上友子訳 (ハート出版)

『魂の体外旅行』ロバート・A・モンロー/坂場順子訳 (日本教文社)

『究極の旅』ロバート・A・モンロー/塩崎麻彩子訳 (日本教文社)

『投影された宇宙』M・タルボット/川瀬勝訳 (春秋社)

『われに還る宇宙』アーサー・M・ヤング/プラブッダ訳 (日本教文社)

『変性意識の舞台』菅靖彦 (青土社)

『洗脳体験』二澤雅喜(宝島SUGOI文庫)

 

 

◆その他の関連領域

 

『日本的霊性』鈴木大拙 (角川文庫)

『精神の生態学』G・ベイトソン/佐藤良明訳 (新思索社)

『精神と自然』G・ベイトソン/佐藤良明訳 (新思索社)

『天使のおそれ』G・ベイトソン他/星川淳他訳 (青土社)

『知恵の樹』U・マトゥラーナ他/管啓次郎訳 (ちくま学芸文庫)

『暗黙知の次元』M・ポランニー/高橋勇夫訳 (ちくま学芸文庫)

『知覚の現象学(Ⅰ・Ⅱ)』 M・メルロ=ポンティ/竹内 芳郎他訳 (みすず書房)

『眼と精神』M・メルロ=ポンティ/木田元他訳 (みすず書房)

『自分を信じて生きる―インディアンの方法』松木正 (小学館)

『あるがままの自分を生きていく―インディアンの教え』松木正 (大和書房)

『ビジョン・クエスト』S・フォスター他/高橋裕子訳 (VOICE)

『千の顔をもつ英雄(上・下)』J・キャンベル/平田武靖他訳 (人文書院)

『生きるよすがとしての神話』J・キャンベル/飛田茂雄他訳 (角川書店)

『神話の力』J・キャンベル他/飛田茂雄訳 (早川書房)

『昔話の形態学』V・プロップ/北岡誠司他訳 (水声社)

『通過儀礼』ファン・ヘネップ/綾部恒雄他訳 (岩波文庫)

『儀礼の過程』V・ターナー/冨倉光雄訳 (新思索社)

『ハンテッド』T・ブラウン.Jr/さいとう ひろみ訳 (徳間書店)

『グランドファーザーの生き方』T・ブラウン.Jr/さいとうひろみ訳(ヒカルランド)

『ヴィジョン』T・ブラウン.Jr/さいとう ひろみ訳 (徳間文庫)

『狩猟の哲学』オルテガ イ・ガセー/西沢龍生訳 (吉夏社)

『タントラ 狂気の智慧』C・トゥルンパ/高橋ユリ子他訳 (めるくまーる)

『タントラへの道』C・トゥルンパ/風砂子 デ・アンジェリス訳 (めるくまーる)

『秘められた自由の心』タルタン・トゥルク/林久義訳 (ダルマワークス)

『クリシュナムルティ・目覚めの時代』M・ルティエンス/高橋重敏訳 (めるくまーる)

『自己と組織の創造学』ウィル シュッツ/斎藤彰悟,到津守訳(ダイヤモンド社)

『U理論』C・オットー・シャーマー/中土井僚,由佐美加子訳(英治出版)
『リアリティのダンス』A・ホドロフスキー/青木健史訳(文遊社)

『実験演劇論』J・グロトフスキ/大島勉訳(テアトロ社)

『造形思考(上・下)』P・クレー/土方定一訳(筑摩書房』
『アート・スピリット』ロバート・ヘンライ/野中邦子訳(国書刊行会)

『フリープレイ 人生と芸術におけるインプロヴィゼーション』S・ナハマノヴィッチ/若尾裕訳(フィルムアート社』
『アウトサイダー・アート』(求龍堂)

『ネクロノミコン(Ⅰ・Ⅱ)』H・R・ギーガー/山形浩生訳 (河出書房新社)


 

 【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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「ワーク」とは Ⅳ 通過儀礼とコミュニタス

さて、

「ワークとは」では、

そのセッションの体験過程について

見ました。

 

ここでは、

その構造とプロセスが、

どのようになっているのかを、

少し普遍的な視点から、

見ていきたいと思います。

 

ここで、

ひとつ参考になるモデルがあります。

人類学者ファン・へネップが記し、

ヴィクター・ターナーが、敷衍した

「通過儀礼」の過程についてのモデルです。

 

それによると、

通過儀礼に参加する者は、

次の3つのプロセスを経て、

通過儀礼を完了していきます。

 

分離・離脱(separation)

周縁・境界(margin/limen)

再統合・集合(aggregation)

です。

 

儀礼の参加者は、

①まず、構造化された日常生活(日常性)から、切り離され、離脱します。

②次に、境界状態(リミナリティ)にある、非構造的・コミュニタス的な存在に、

変容していきます。

この状態は、日常性の文脈(意味)が、

相対化(無化)された、曖昧で、両義的な状態です。

③再び、構造化された世界に戻ってきます。

このようなプロセスを経るというわけです。

 

実は、このようなプロセスは、

ゲシュタルト療法のワーク(セッション)におけるプロセスと、

大変似通ったものと、なっているのです。

 

ワークの体験過程においては、

①まず、ワークのセッション空間に入るということで、

 クライアントは、普段の日常性から切り離され(離脱)ます。

②次に、ワークが、進展していくと、

クライアントは、感覚的な没入状態から、

軽度の変性意識状態に入りこみます。

それは、リミナリティとコミュニタスの領域であり、

そこは、意識と無意識との交流が起こっている状態です。

③ワーク終盤では、無意識からの力(資源)を持ち帰りつつ、

日常的な自我と、統合をはかっていきます。

 

以上のように、

ワークの体験過程自体が、

ある種の通過儀礼的な過程(構造)を、

持っているのです。

 

ところで、

V・ターナーは、上記の過渡的状態、

境界状態(リミナリティ)に現れる、

存在状態を、「コミュニタス」と呼びました。

そして、

社会におけるコミュニタスの機能を、

構造化された日常性や社会に、

対置したわけですが、

そのコミュニタスの特性を、

さまざまに記しています。

 

「コミュニタスは、実存的な性質のものである。

それは、人間の全人格を、他の人間の全人格との関わり合いに、

巻き込むものである」

「コミュニタスは、境界性(リミナリティ)において、

社会構造の裂け目を通って割り込み、

周辺性(マージナリティ)において構造の先端部に入り、

劣位性(インフェリオリティ)において構造の下から押し入ってくる。

それは、ほとんどいたるところで、

聖なるもの、ないし"神聖なるもの"とされている。

恐らく、それが構造化され制度化された諸関係を

支配する規範を超越し、

あるいは解体させるからであり、

また、それには未曾有の力の経験が

ともなうからであろう」

(ターナー『儀礼の過程』冨倉光雄訳 新思索社)

 

ここでは、コミュニタスの力が、

社会の構造を、再編する力として、

さまざまな社会階層から、

流入する姿が描かれていますが、

これは、心のモデルとしても、

同様に見ることができます。

 

既存の日常意識の構造に、

沸騰した無意識の力が交錯し、

心の構造そのものを、

刷新・再編するプロセスです。

 

そして、このことは、

ゲシュタルト療法のワークにおいても、

起こってくるというわけです。 

 

※この通過儀礼と、

人格的変容の全体像については、

拙著をご覧ください。↓

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

 

 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】