フリー・ゲシュタルトな気づき

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ゲシュタルト療法

気づきawarenessと自己想起self-remembering

さて、
ゲシュタルト療法においては、
気づきawarenessの力について、
特に重視しています。

ゲシュタルト療法の創始者、
フリッツ・パールズは語ります。

 「『気づく』ことは、クライエントに
自分は感じることができるのだ、
動くことができるのだ、
考えることができるのだということを
自覚させることになる。
『気づく』ということは、
知的で意識的なことではない。
言葉や記憶による『~であった』という状態から、
まさに今しつつある経験へのシフトである。
『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる」

「『気づき』は常に、現在に起こるものであり、
行動への可能性をひらくものである。
決まりきったことや習慣は学習された機能であり、
それを変えるには
常に新しい気づきが与えられることが必要である。
何かを変えるには別の方法や考え、
ふるまいの可能性がなければ
変えようということすら考えられない。
『気づき』がなければ
新しい選択の可能性すら思い付かない」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

拙著やサイトの、
別の個所でも述べているように、
気づきawarenessは、
通常の私たちの心に対して、
少しメタ(上位)レベルの機能とも、
いえるものなのです。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

さて、しかし、
この気づきですが、
「気づきawareness」という言葉は、
日常的な言葉な分だけに、
その状態が、
カバーしている帯域は非常に幅広く、
実践している人たちの間でも、
その状態(含意)が、
きちんと特定できていないという、
難点があります。

最近、日本においても、
マインドフルネスや、
ヴィパサナー瞑想も、
大分、メジャーになって来て、
気づきawarenessの重要性が、
知られるようになって来ていますが、
それでもいくらか、
わかりにくい要素が多いようです。

ここでは、
「気づきawarenessの先にあるものが何なのか」
と補助線を引くことで、
その途中段階にある、
「気づきの状態」を特定し、
それを訓練し、
育てていく実践と勘所について、
考えていきたいと思います。


◆気づき・自己想起・客観意識

そのため、ここでは、
気づきawarenessの状態の、
より先にある状態として、
ロジアの秘教的な思想家、
G・I・グルジェフが唱えた、
「自己想起self-remembering」
というものについて、
取り上げてみたいと思います。

グルジェフ自身は、
スーフィー系の、
秘教的なスクール出身のため、
その修行システムの体系には、
なんとも判断しがたい、
不思議な宇宙論が含まれているのですが、
それを脇に置いて、
その実践的な心理学を取り出すだけでも、
心理療法的な見地からも、
充分示唆に富む内容となっているのです。

変性意識状態(ASC)という言葉を有名にした、
アメリカの心理学者で、
意識の諸状態の研究家、
チャールズ・タート博士は、
そのようなグルジェフの実践システムについて、
心理学的な知見から、
『覚醒のメカニズム』(吉田豊訳、コスモス・ライブラリー)という、
興味深い本をまとめています。

今回は、
そこで描かれている、
自己想起self-rememberingの、
特性や原理・構造を見ていくことで、
気づきawarenessに必要な状態(強度)が、
どのような状態であるのかについて、
見ていきたいと思います。

それというのも、
気づきawarenessは、
訓練の果てに成熟していくと、
だんだんと、
自己想起self-remembering
の状態に近づいて来るからです。

逆にいうと、
自己想起self-remembering
と、まったくかけ離れている、
気づきawarenessは、
また、非常に微弱な段階にある、
幼い、気づきawarenessの状態である、
ということでもあるのです。

ところで、
自己想起self-rememberingとは、
その名の通り、
「自分のことを思い出している状態」
のことです。

重要なポイントは、
ただ思い出すだけではなく、
普段の日常生活の中で、
何かを(没頭的に)行なっている時に、
それを行ないつつ、
「このことを行なっているのは私」
と、自分の存在自身に、
気づいているということなのです。

つまり、生活の中で、
つねに、
自分の存在に、
今ここで、
ずっと気づいているawareness
という状態なのです。

たとえば、
この文章を読みつつ、
読んでいる自分自身の存在にも、
気づいていることです。
「読んでいる内容」をくみ取りながら、
「読んでいる私(自分)の存在」にも、
気づいていることです。

グルジェフは、
注意力を、
対象と自分自身に分割する、
といいましたが、
そのような状態です。

実際に、
行なってみると分かるように、
この状態を、
持続的に維持していくことは、
至難の業です。

そのような自己想起self-rememberingが、
気づきawarenessの先にあることの意味が、
分かるかと思います。

実際、
自己想起self-rememberingに習熟すると、
気づきawarenessの状態も、
ずっと練度と力を増したものに、
なっていくのです。

ところで、
この自己想起の体験内容
(人生を一変させる、
めざましい覚醒感と豊かさ)を、
表現するのも、
至難の業です。
しかし、
これは自己想起を説明しようとする、
すべての人が、
逢着する地点なのです。

自己想起について、
さまざまに解説した後、
タート博士は述べています。

「私はこれらの言葉に満足していない。
けれども私は、自己想起のなんらかの体験をした
他の誰かには、かなりよく
これらの言葉の意が伝わることを知っている。」
(前掲書)

「気づきawareness」も、
そのような伝達の難しい側面を持っていることは、
分かるかと思われます。
自己想起は、
それがより強まったものでもあるのです。

ここからも、
気づきと自己想起の関係が、
類推されます。


◆自己想起の困難

自己想起はまた、
実践が難しいものです。
短時間、自己想起できても、
私たちはすぐにその実践を、
忘れてしまいます。

その難しさのひとつの要因は、
力とエネルギーに属することにもあります。

タート博士は述べています。

「自己想起の初期の難しさを理解するのに
役立つ類比がある。
われわれの注意力は筋肉―
われわれの心的機能が
あまりに自動化してしまっているので、
自分の側のなんの努力もなしに
われわれの注意を
その自動的な通路に沿って
いともたやすく運んでくれるため、
ほとんど使われることのない、
そういう筋肉―
のようなものである。
今あなたはそのたるんだ筋肉を
意図的な注意のために
使い始めているのだが、
しかし意図的な努力に慣れていないので、
それはすぐに
疲れてしまうのである。」
(前掲書)

また、慣性によってすぐ自動化する、
私たちの心の普段のふるまいに合わないからだとも、
いえます。
グルジェフは、
心の自動化を防ぐため(常に目覚めるため)、
自己想起を重視したので、
当然といえば当然なわけです。

「困難は、
必要とされる注意力と
努力の連続性を
維持することにある。
私の経験では、
自己想起は自動的にはなりえない。
あなたは常に、
それを意志的に行うことに、
意図的で意識的なわずかな努力と注意を
当てなければならないのである。」
(前掲書)


◆自己想起の存在論的な強度

たとえば、
タート博士は、以下の文にあるように、
自己想起の実践で起こる感覚を、
「透明さ」
「より存在しているという感じ」
と呼んでいますが、
多くの人が、
自己想起の中で、
そのような、濃密化する存在感を、
感じ取るのです。

「人々が
『感じること、見ること、聞くこと』を
初めて試みる時、
彼らは、しばしば、ある種の微妙な透明さ―
その瞬間の現実により敏感で、
より存在しているという感じ―
を体験する。
それは、合意的意識では味わうことができず、
また、事実、
言葉では適切に述べることができない、
そういう種類の透明さである。
たとえば私は、
それを『透明さ』と呼ぶことにさえ
自分がいささかためらいを感じているのに
気づく。
と言うのは、その言葉は
(あるいは、それに関するかぎりでは、
いかなる特定の言葉も)
それ(透明さ)が安定した、
変わらない体験であることを
含意しているからである。
それはそうではない―バリエーションがある―のだが、
しかしそのことは、
あなたがこの種の自己想起を実践すれば、
自分で発見するであろう。」

これは、
ある種のマインドフルネスで、
人が、はじめのうち、
新鮮に体験する領域と、
近いものでもあります。

ちなみに、ここで、
「合意的意識」と呼ばれているのは、
既成の社会の集合的合意によって、
催眠をかけられている、
普段の私たちの日常意識のことです。
「合意的トランス」とも、
呼ばれたりしています。

催眠の専門家でもあるタート博士は、
グルジェフと同じように、
私たちの日常意識とは、
社会集団が、成員に押しつけたい、
合意的な信念(ビリーフ)によって、
催眠をかけられている状態であると、
喝破しているのです。

そして、
その催眠を解くには、
自己が同一化している、
さまざまな自動的な自我状態に、
刻々気づく、自己想起の状態が、
必要であるとしているわけです。

自己想起が育つことで、
私たちは、
自分の自動化に気づき、
そのパターンを中断し、
より意識的な統合を、
なしていくことが、
できるわけなのです。


◆自己想起の構造・原理・効能

さて、そのような、
私たちの催眠にかけられた、
複数の自我状態(副人格)と、
自己想起self-rememberingの、
構造的関係を、
次に見てみましょう。

ゲシュタルト療法における、
気づきawarenessと、
複数の自我を扱う、
ワーク(セッション)のアプローチと、
大変近いことが分かると思います。

「基本的に、自己想起は、
とりわけ、任意のいずれかの時の
あなたの意識の特定の中身と同一化せず、
あなたの全体性の跡を
つけていくことができる、
そういう意識の一側面を
創り出すことを伴う。
それは、合意的トランスからの
部分的ないし完全な覚醒である。」

また、
「自己観察」と対比しつつ、
自己想起の特性を、
以下のように述べます。

「自己想起でも
同じ内容の世界および体験を
観察することができるが、しかし
観察のレベルまたは源泉が異なる。
注意を分割し、それによって、
両腕両脚中の感覚のような何か他のものに
同時に注意を留めながら、
通常よりもずっとよく観察いられるようにすべく
行使される意図的な意志は、
普通の心の外側のレベルで作用する機能を
創り出す。
あなたは起こりつつあることに心を奪われない。
あなたが―
『独立して』という用語が
通常用いられているよりも
はるかに大きな意味で―
独立して存在する、
そういう仕方があるのだ。」
(前掲書)

ここでも、
「普通の心の外側のレベルで作用する機能」
「あなたは起こりつつあることに心を奪われない」
「独立して存在する」
と、自己想起のつくる、
心的機能の新しい支点(中心)が、
私たちの自動化を超克する機能として、
指摘されています。

「自己想起とは、
われわれの分離した諸機能を
より統一された全体へと
まとめ上げることをさす用語である。
それは、
あなたという存在の(理想的には)全体、
あるいは、少なくとも
その全体のいくつかの側面が、
意識の詳細と同時に
心に留められるような仕方での、
意識の意図的な拡大を伴う。
それは、
われわれの知的な知識はもちろん、
われわれの身体、われわれの本能、われわれの感情を
想起することであり、
それによって
われわれの三つの脳の発達と機能の統合を
促進するのである。
このより広い範囲に及ぶ注意は、
われわれが体験の詳細に熱中し、
それらの詳細および
そのような熱中に伴う
自動化した機能と
同一化することを防いでくれる。
通常の自動化した同一化と
条件づけのパターンの外側に
意図的な意識の中心を
創り出すことによって、
われわれは、より多く目覚め、
より少なくトランス状態に陥っている自己―
主人のための土台―
を創り出すことができ、
それによって
われわれはより良く自分自身を知り、
より効果的に機能することが
できるのである。」
(前掲書)

さて、
ここでは、
自己想起の狙いでもある、
「意識の意図的な拡大」が、
指摘されています。

私たちは、
そのような意識の拡張を通して、
分裂と自動化を超え、
より統合した存在に、
近づいていくのです。

このような構造にも、
ゲシュタルト療法や、
当スペースが記している、
方法論との共通点が、
うかがえるかと思います。

実際、ゲシュタルト療法に、
グルジェフの観点を持ち込むことは、
大変、益の大きなことなのです。

また、
このような構造的連関で見ていくと、
気づきawarenessと言われている状態に、
自己想起self-rememberingと同じく、
どのような強度が無ければならないのか、という、

前段(冒頭)の論点も、
より見えやすくなって来るのです。

そのような意味でも、
この自己想起self-rememberingの視点は、
気づきawarenessを考える上でも、
大変、参考になるものとも、
なっているのです。

また、興味深いことは、
グルジェフ自身は、
この自己想起の成長の先に、
「客観意識」という、
次の状態があることも、
示唆しているという点です。

自己想起は、
まだまだ不安定な状態ですが、
それが確固として、
安定した状態があるとしているのです。

そのような観点(考え)も、
本書で扱っている、
意識の階層構造の仮説と、
通ずるものがあり、
意識の海図を構成する上での、
また、実践を進める上での、
興味深いヒントと、なるものなのです。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識
「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。



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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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過去に生きるのはやめにして、今、正しいことをしよう

以前、
日本のNLP(神経言語プログラミング)
をテーマにした際、
初期のNLPの文化的背景にあった、
カウンター・カルチャーのことについて、
少し言及しました。
「日本のNLP(神経言語プログラミング)は、なぜ退屈なのか」

今回は、そのような当時の、
カウンター・カルチャーの雰囲気を、
生き生きと伝える本を取り上げて、
その精神的な姿を、
少し見てみたいと思います。

その本は、
ポール・ウィリアムズが、
青年の頃、1970年に書いた、
『ダス・エナーギ』(MOKO訳、春秋社)
という本です。

著者のポール・ウィリアムズは、
すでに亡くなっていますが、
SF作家フィリップ・K・ディックの友人で、
ロック雑誌の発刊や、
主に音楽関係の執筆などをしていた人物です。

著者の回想によると、
この本は、22歳の時、
(当時多かった)コミューン生活の中で、
書かれたもののようです。
(著者曰く「突然、自らを書き始めた」と)
そして、
その内容を、
「私のなじみの仲間たちには周知のことであり、
また、深夜、ごく親しい友人や
面白い未知の来客と話しこんでいるうちに
いつのまにかゆきつく類のもの」(前掲書)と、
表現しています。

本の中では、
詩とも散文ともつかないような、
断章(フラグメント)で、
当時の彼(彼ら)が感じていた、
直観的な思想が、
霊感に充ちた速度感で、
書き留められています。

「ただひとつの罪、
それは自分を憎むこと。
それは否定的な行為。
その反対は信じること。
悪いものなんてない。
悪い、といってみるのは、
いりもしない松葉杖のようなもの、
思い切って捨ててしまうまで、
悪くない脚もなおりはしない。
なおる、とはより健康になること、
健康になる、とは溢れるエネルギーの流れを
エンジョイすることだ。
エネルギーの流れが、
僕たちをハイにする。」

「正しいとは、どんなことか?
正しいとは、正しいと感じること。
直観的な気づき。
いまこの瞬間、なにをするのが、
君にとって正しいのか、君は正確に知っている。
ほかの誰も知らず、他のなにものも関係ない。
なんなら自分を一個の装置になぞらえてみるといい。
君は人の体と人の心を
重ね合わせた存在。
君が結びつけられて
その一部になっている心の潜在意識を通じて、
君はすべての人間の意識とつながり
交流することができる。
君の潜在意識を通じて。
君は感受性豊かな計器。
肉体的、感情的、精神的な全人類の延長。
一個人である、独特な延長。」
「どんなときにも、何が正しいかがわかり、それを実行する。
それ(感じる)にはなんの努力もいらない。
そのように君は設計されている。
それが君。
ほかの誰とも同じ人間ではなく、いまこの瞬間は、
ほかのどこにも存在しない。
君は一個の装置。
テーブルが見えるか、それとも声が聞こえるか?
そしたら、なにが正しいかが感じられるはず。」

「自分の行動に責任をもち、
正しいことをする。
過去に生きるのはやめにして、
過去から学ぶことにしよう。
いま、正しいことをしよう。」(前掲書)

そして、
人生のさまざまな局面に、
フォーカスを当てて、
自由と解放を、
促していきます。

「なるがままにまかせておけば、
なにかが起こる。
恐れはいつも未知の先取り。
人のエネルギーの流れに問題が起こるのは、
たいていがリラックスできぬせい。
なるがままにすることへの恐れ。
なるがままにまかせておけば、なにかが起こる。
未知への恐れ。
理性はいう、『取り引きしたいな。
まず、なにが起こるのか教えてくれ。
そしたら、なるがままにまかせるよ』
    くそったれが!
先のことは、誰にもわからない。
絶対に。
未来―次の瞬間―は知ることができない―未知。
理性はそれを信じたがらない。
怖いから。」

「君は選ばなくてはならない。
なにも見ない(知覚しない)方がいいか、
それとも本当のあるがままの世界をみたいか?
あるがままの世界を見るのは簡単だ。
壁をとり払って、
自己防衛と先入観で身を護るのをやめ、
無力で傷つきやすく愚かな者になればいいのだ。
だが、これは難しいことでもある。
それつらく、あまりに生なましく、対応が要求され、
信じがたいほどの深い関わりあいが必要だから。
その道程の90パーセントは、
休むことのない狂気の苦しみだ。
その道を歩き通したとき、
正気の世界が待っている。」

「僕たちが全面的覚醒―自覚―に到達したとき、
この地球の生命の流れに
ふさわしい位置を発見することだろう。
地球の生命の流れの中に
自分たちの占めるべき位置を発見したとき、
僕たちは全面的に目覚めるに違いない。
もはや誰も、全生命との調和から逃れることはできない。
それは、息をしないでいることが不可能であるのと同じくらい
不可能なことだ。」(前掲書)

そして、

「みんな知りたがる、
なにをしたらいいんだ? 
われわれは地球を救おうと、ゴミを拾い集め、
人類同胞を解放し、戦争をやめさせて
至福千年をもたらそうとしている。
でも、まじめな話、いったい自分になにができるんだろう?

よろしい、まじめな話をしよう:
リアリティ(本当の実在)に到達すること。
   君自身の本当の実在に到達すること。
    君自身になれ。
途方もなくハイでリアルな存在になり、
君のヴァイブレーションですべての人々に影響を与えること。
   どんなにそれがむずかしくても、
    ほかのすべてを投げうって、
   君に考えられる最も夢のあるリアルなことを始めることだ。
君自身になれ。
君自身の本当の実在に到達せよ。

自分自身でいられる君の力を信じること。
  ほかのなにかになろうと思うな、それは実在しない。
ただ君自身でいるそのことが、世界を変える。
  なんとかしようと、あたりをうろつきまわるな。
大胆で率直で正直で精力的であればいい。
  君はなすべきことを知っている。
もし君が知らないと思うなら、まったくなにもしないでいること。
したくなるまで。
この方法に失敗はない。
純粋な受容は純粋な創造に向かう。
君自身がどんな存在かを想像し、
あとは一瞬もためらわないことだ。

君の中の強いものを取りだし、
  それを活動させる。
    解き放て。
 人がどう思おうと気にするな。
君の全筋肉を動員し、
  それを限界まで鍛えあげるんだ。
きっと驚くだろう、その心地よさに、
  そして、うまくやってのけた自分に。
純粋なエネルギーを外に放射するだけで、
―ハイにコンタクトする究極なコミュニケーション方法だ―
   君は素晴らしくなる。

     自分であれ
     自分であれ
     自分であれ! 」

              (前掲書)


…………………………………………………………………………

さて、以上、
ポール・ウィリアムズの言葉を見てみましたが、
当時のカウンター・カルチャーの雰囲気が、
よく伝わって来ると思われます。

少しナイーブすぎると、
感じられるかもしれませんが、
当時は、逆に、そのようなスタンスが、
戦略的に新しかった(有効だった)のでしょう。

これらの直観の内にある可能性を見極め、
より実効的なものとして、
精査・再構成していくことも、
現代的な課題であると思われるのです。

また、このような直観的な思想が、
60年代の後半に、
ゲシュタルト療法が普及する、
追い風にもなっていったのは、
事実であったわけです。

当時の、
クラウディオ・ナランホの言葉は、
このような思潮とも、
さまざまに響き合っていたわけです。
クラウディオ・ナランホによるゲシュタルトの基本姿勢

そしてまた、現在、
ゲシュタルト療法を、
心理療法だけの枠に閉じ込めないで、
その原初の精神の息吹を思い返すためにも、
参考となるものでもあるのです。

そしてまた、
時代の風景を広く見ていくと、
前段に触れた、
NLP(神経言語プログラミング)なども、
そのような新しい時代の方法論として、
自らを構成していこうとした様子が、
より見てとれるのです。

彼らが持っていた、
過去からの囚われを一気に乗り越え、
新しい未来の創造に、
身を投じていこうという姿勢も、
そのような精神の現れであったわけなのです。


※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論は、拙著をご覧下さい。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』




 



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量

 

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究者、アイソレーション・タンクの開発者であり、
映画『アルタード・ステーツ』のモデルにもなった科学者、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

今回は、その続編として、
博士の探求事例の中の、
興味深い点をもう少し、
細かく見てみたいと思います。

ところで、リリー博士は、
純然たる科学者であり、
そもそもは、神経生理学の研究から、
意識の研究をはじめました。

私たちの「脳」や「意識」というのは、
一切の知覚・感覚を遮断しても、
(外部情報の入力なしに)
自律的に、存在するものなのだろうか、
というような切り口から、
意識の研究をはじめたわけです。

博士の当初の考え(仮説)では、
脳のソフトウェアでしかない意識などは
外部情報の入力なしには、
独立存在しないだろう、
ということだったわけです。
その実験のために作ったのが、
アイソレーション・タンクだったわけです。
そこから、
イルカの研究にもつながっていくわけです。

ところが、
さまざまな実験を繰り返す中で、
感覚情報なしにも、
意識は存在することや、
加えて、
感覚遮断した意識状態に、
興味深い現象が現れることに、
気づいていくこととなったのです。

もともと、博士は、
精神分析の訓練などは、
受けていたわけですが、
さらに、当時発見され、
精神医学の領域で使われはじめていた、
LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)を用いて、
意識についての解明を、
試みることにしたわけです。

さて、
そのような博士の著作に、
『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)という、
自伝的な体裁をとった本があります。

博士自身が、
結論部分で、最終的な解答を見出してないと、
言っているように、
探求の途中経過と、素材として仮説を、
年代記風に示した著作です。

ところで、その本(や前著)の中に、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」と、
名付けられた図式があります。

人間の生命システムが、
どういうプログラミングの、
階層構造になっているかを、
示したものです。

上位にあるものが、その下位にあるものを、
プログラミングし、
制御しているという構造です。

10―未知なるもの
9 ―本質のメタプログラミング
8 ―自己のメタプログラミング
7 ―自我のメタプログラミング
6 ―(制御システムとは関係のない)メタプログラミング全般
5 ―プログラミング
4 ―脳の諸活動
3 ―物質的構造としての脳
2 ―物質的構造としての身体
1 ―(身体と脳を含む)すべての側面をもった外的現実
(リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)

「自我(エゴ)のメタプログラミング」あたりが、
通常の私たちの日常意識のレベル、
つまり、諸々のつまらないことに囚われ、
翻弄されている、普段のレベルとなっています。

「自己(セルフ)のメタプログラミング」は、
高度な気づきAwarenessの状態や、
統合の水準であり、
下位のものが統制され(妨げられることなく)、
自己の全体が、
滑らかに作動している状態とされています。

「本質(エッセンス)のメタプログラミング」は、
さらなる上部構造システムの働きです。
「本質とは、人間、個人、身体、生命コンピュータに適用される、
宇宙的法則の最高の表現である」(前掲書)
仮説として、
抽象的に置かれた(措定された)ものといえますが、
博士自身によると、
LSD実験による、体験と検証の中で、
仮定されたものとなっています。
最上位の階層が、
「未知のなるもの」となっているのは、
そのような意味合いからでしょう。

ところで、
『意識(サイクロン)の中心』において、
多くの紙数を占める、
スーフィー的スクール(アリカ研究所)の訓練体験の中では、
このような階層構造を、
上がって(上昇して)いく様子が、
さまざまに描かれています。
化学的なグラフでも示されています。

そこにおいては、
「自己(セルフ)」の中における、
「自我(エゴ)」の含有量が減っていくと、
反対に「本質(エッセンス)」の含有量が増えていくと、
描写されています。

ノイズが減り、
純粋な自発性が、
輝くように現れて来るわけです。
それは、
素晴らしく肯定的な状態、
ハイな意識状態(エクスタシィ)として、
描かれています。

一方、
「自己(セルフ)」において、
「自我(エゴ)」の含有量が増えていくと、
ノイズや落ち込みが増え、
「本質(エッセンス)」の含有量が、
無くなってしまうものとして、
描かれています。

苦痛や葛藤の多い、
ローな状態に、
なってしまうわけです。

さて、
ところで、上に見た、
含有量の構造などは、
実は、
心理療法(ゲシュタルト療法)の世界においても、
同様に、普通に見られる現象だとも、
いえるのです。

ゲシュタルト療法においても、
セッションを数多くこなす中で、
自我の分裂や葛藤が減り、
自己が、より全体性として、
働く感覚が生まれて来ると、
自己の奥底にある、
より自由で、自発的な自己(オーセンティック・セルフ)が、
生きられるようになる、
という構造です。

そして、
私たちは、
より肯定的な意識状態に、
長く留まれるようになる、
という事態(構造)です。

そして、
それはまた、
シャーマニズムにおいて言われることと、
同様の事柄でもあるのです。

シャーマンが、
自我の詰り(ノイズ)を取り去り、
自己をパイプのように
空洞にすればするほど、
未知のメディスン・パワーがそこを流れ、
働きやすくなるという構造と、
似通ったものなのです。

それは、聖なる息吹に充ちた、
パワフルな状態であるというわけです。
そのために、
シャーマンにおいては、
戦士的な空無の状態であることを、
重視することとなっているわけです。

そして、
それはまた、
元ネタの、攻殻機動隊にならって、
新約聖書を引用するとするならば、
ガラテヤ書にある、
パウロの言葉、
「最早われ生くるにあらず、
キリスト我が内に在りて生くるなり」
(生きているのは、もはや、わたしではない。
キリストが、わたしのうちに生きておられるのである)
という体験領域なども、
聖霊に満たされた信徒たちと同様、
「本質」の含有量の、
極めつけに高まった状態だと、
類推することもできるわけなのです。


このように、
興味深いことに、
数々の事例から知られることは、
自己が「全体として」働けば働くほど、
やがて、そこから、
自己を超えた要素が、
「本質(エッセンス)」的な要素が、
フロー体験のように現れて来る、
ということでもあるのです。

リリー博士の、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」は、
そのように、
さまざまな視点とも響きあう、
普遍的な構造を持った図式として、
参考になるものでもあるのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

スライド9

さて、当サイトでは、
グレゴリー・ベイトソンの、
学習理論における階層性を、
よく例に引いています。

この考え方のモデルが、
私たちの心の可能性を考えるに際して、
適切なバランスを、
有しているのであるからです。

それは、反復学習による、
学習内容(構造)の進化を意味しており、
主に、無意識的な階層性として、
心のなかに形成されていくものです。

後天的なものではありますが、
より根本的なレベルに近い領域での、
構造(階層)といえるものです。

ところで、
これほどまで、
無意識的・構造的なレベルではなくとも、
もう少し意識に近いレベルで、
表層的な自我の中においても、
さまざまな階層性や構造をもって、
私たちは、成り立っています。

そのような、
自我の浅いレベルの情報を
整えるだけで、
私たちは、生活に変化を、
創り出していけるのです。

今回は、
そのような方法論のひとつとして、
ロバート・ディルツ氏が考案し、
NLP(神経言語プログラミング)でよく使われる、
ニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)を、
取り上げ、焦点を当ててみたいと思います。

これも、
適切な介入を深めていけば、
より拡がりある使用が、
可能となっているのです。
効果的に作用するNLPのフレームとは
日本のNLP(神経言語プログラミング)は、なぜ退屈なのか

このモデルには、
思想的な意図と、
エクササイズの、
二つの側面(要素)があります。


①思想的な意図

神経論理レベルは、
5つの階層によって出来ている、
認知と情報の、
論理レベルです。

1.Identity アイデンティティ WHO誰 …私は何者か? ミッション
2.Belief 信念・価値観 WHYなぜ …私が信じているのは何か? 
3.Capability 能力 HOW いかに …私ができることは何か?
4.Behavior 行動 WHAT何を …私が行なっていることは何か?
5.Enviroment 環境 WHEN WHERE いつどこ …私は、どんな環境にあるか?

(後に、ディルツ氏は、6番目の階層として、
スピリチュアリティを加えましたが、
ここでは、初期の版を使っています)

この5つによって、
私たちは、
「私(WHO)は、
そこ(WHERE)に
行く(WHAT)ことが、
できる(HOW)とは
信じられない(WHY)」
などと、
認知したりしているというわけです。
(図表、参照)

ところで、このモデルは、
初期NLPのメンバーの、
思想的な後見人でもあった、
ベイトソンの思想に、
拠ったものとされています。

ベイトソンの、
システム的な思想においては、
万物が、精神も自然も、
一貫し、関係づけられた情報の体系であると、
見なされています。

その中では、
論理階梯 logical typing のように、
階層づけられた情報の流れを通して、
万物が作動しています。

さて、
神経論理レベルの考えでは、
この5つの層は、
私たちの中で、作動している、
認知的なシステムです。
私たちが、
何か行動を起こしている場合は、
無意識の内に、
このようなシステムを、
持っているという仮説です。

ここでのポイントは、
制御性と一貫性です。

より高い階層のものが、
下位の認知システムを、
制御しているわけです。

上位の階層の認知が、限定的であれば、
下位の階層の認知も、限定的です。

上位の階層の認知がひろがれば、
下位の階層の認知もひろがります。

5つのレベルに、整合的な一貫した、
情報とエネルギーの流れがあれば、
行動は的確に為されます。


②実践のエクササイズ

実践は、通常、
エクササイズ形式で、
スペース・ソーティングを使って、
行なわれます。
各スペースを、
実際に、移動していくわけです。

エンプティ・チェアの要領で、
各階層レベルと、
クッション(椅子)などをアンカリングして、
各クッション(椅子)の位置に来た時には、
各レベルの内的状態が、
引き出されるようにするのです。

さて、
この神経論理レベルでは、
さまざまな場面での、
自己の内的状態を、
検証することができます。

・現在の自分を構成している5つの階層
・悪い状態の自分を構成している5つの階層
・欲しい状態の自分を構成している5つの階層

などです。

例えば、
「欲しい状態の自分を構成している5つの階層」
を例にとって、
見ていきますと…

このエクササイズ全体を見守る、
「メタ・ポジション」を立てた上で、
最初の「環境」のクッションに入って、
欲しい状態の自分を作っている、
「環境」要素を確認していきます。

場所、日時、
見えるもの、聞こえるもの、
体感覚、感情、気分などを、
確認していきます。

同様に、
スペースを移動しながら、
より高い階層の各属性を、
チェックしていきます。

人は、ここで、
あることに、
気づいていきます。
階層の高い部分に行けば行くほど、
下位の階層の状態が、
上位階層の影響のうちにある、
ということです。

と同時に、
普段の私たちが、
単なる思い込みによって、
自分自身を、
制限(制御)していたことに、
気づきはじめるのです。
(上の図表のようなイメージです)

最後の、
「アイデンティティ」の位置においては、
さまざまな限定を、脱落させた、
未知の自分やミッションに、
触れるかもしれません。

今度は、そこから、
下層のレベルに向かって、
戻って(降りて)いきます。

新しく確認したアイデンティティから、
自分の信念や価値観、
能力や行動を、検証して、
環境世界を、
チェック・確認していきます。

おそらく、
さきほど、階層を上がった時よりも、
すっとひろがりと、
流動性をもった世界が、
確認されて、
自分が、限定的なものの見方に、
落ち込んでいたことが、
確認されると思います。

最後に、
5つの階層を一貫して流れる、
情報やエネルギーを確認して、
エクササイズを終えます。


さて、以上、
神経論理レベルを利用した、
エクササイズを見てみましたが、
この5つの階層を検証する、
エクササイズの含意は、
私たちが、普段の生活において、
身近な下位階層(環境、行動)の認知に、
縛られて(限定されて・引っ張られて)、
真の自己を、
見失っているという状態に、
気づくということです。

欲求と情報が、
バラバラになっていて、
統合を失っている、
自己の状態に気づき、
それらを整列・統合させる、
ということなのです。

また、
上位の自分自身に、
情報的・エネルギー的につながることで、
自分のミッションや価値観、
信念を刷新し、
新しい行動への、
強い動機づけになるということです。

そのため、
各階層の情報の流動性を高めて、
それらを整列させて、
新しい自己の一貫性を戻そうというのが、
このエクササイズの含意となるのです。

エクササイズ自体は、
ゲシュタルト療法のセッションのように、
深いレベルで作用するのではありませんが、
合わせて使うことにより、
さまざまに多様な展開も、
可能なものとなっているのです。

また、日々、
少しだけ時間をとって、
自分で内的状態を整えるのに、
有効な技法となっているのです。

そして、
最後に付け加えると、
筆者が、
さまざまな人々と会った実感からいうと、
実に、多くの人々が、
「自分には、できない」
「自分には、才能がない」
という、勝手な思い込み(信念)を、
持っています。

しかし、人は、
信念の内にあることしか、
実現できません。

信念が、
そのように限定されている限り、
「できない」のは、
事実なのです。

しかし、一方、
「できない」と思っていたことが、
仕事で無理やりやらされて、
できてしまったということも、
多くの人が経験していることと思います。

物事は、
やりはじめてしまえば、
できてしまうものなのです。

「できる」という信念に、
変わった時から、
人生は、別の可能性に、
開かれはじめるのです。

神経論理レベルは、
そのような仕組みの背後にあるものを、
教えてくれるものでもあるのです。


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なぜ、セックス・ピストルズは、頭抜けて覚醒的なのか

◆パンク・ロックという事態

さて、
セックス・ピストルズ Sex Pistols といえば、
70年代の後半、イギリスに現れた、
ロック・バンドであり、
パンク・ロックという、
音楽ムーブメントを、
創り出したバンドである、
ということになっています。

しかし、
「パンク・ロック」とは、
後づけ的に見出されたコンセプトであり、
本人たちも意図して、
それを行なったわけではなく、
さまざまな偶然的な要素の結果、
そのようなムーブメントになったということでしか、
ないのです。
(ここでは、イギリスにおける、
その現象に、焦点を当てていきます)

しかしながら、
確かに、
セックス・ピストルズというバンドの、
音楽的構造の中に、
パンク・ロックの本質的要素があったことは、
事実なのです。

そして、
これらの歴史や現象を、
仔細に検討することは、
私たちの表現や創造性を考える上で、
とても、ヒントになることが、
多いのです。


◆見出された「方法論としてのロック」

「パンク・ロック」とは、
何であったのか。
また、何であるのか。

教科書的にいえば、
当時の音楽産業という制度(システム)の中で、
飼いならされてしまった(退屈になった)ロックの、
初期衝動を回復し、
それをストレートに社会に表現した音楽、
という風になっています。

それでは、
ロックの初期衝動とは何か、
それは、
吐き出すような表現欲求である、
とされています。

では、さらに、
その本質が、何であるかと、
もう一歩進めると、
(筆者の考えでは)
それは、
自由を求めて、NOという力であり、
物事(社会であれ、何であれ)を、
否定する力である、
ということです。
より大きな自由を求めて、
隷属を切り捨てる力である、
ともいえます。

昔、ロックが、
反抗的な不良の音楽であったというのは、
そのような意味合いからです。

そして、
パンク・ロックとは、
初期衝動の回復を指向した、
意識的なロック、
「方法論としてのロック」
であるというわけなのです。

ロックが進化の果てに、
再帰的に、
自己のアイデンティティを、
再び見出した方法論が、
パンク・ロックであり、
特に、その後に続いた、
ニューウェーブなわけなのです。

ベイトソンの学習理論的に言えば、
それまでのロックは、
一次学習的に、
ただ「ロックする」
という形の音楽でした。

パンク・ロック/ニューウェーブは、
二次学習が進んで、
「ロックする」ことをロックする。
という音楽になったわけです。
自意識に目覚めた、
方法論的なロックなわけです。

当時の彼らの言葉、
「ロックは死んだ」
「ロックでなければなんでもいい」
でさえ、実は、
その文脈のうちにあったことなのです。

そして、
これ以後のロック・ミュージックの風景の中で、
このようなメタ的な批評性を、
どこかに持っていないと、
鈍感さから逃れられないという、
事態にもなっていったのです。

どんな形であれ、
普通に「ロックすること」の中に、
一抹の欺瞞が入り込むことに、
なったわけです。
しかし、このような再帰性は、
人間社会の全般にいえることでも、
あるのです。
それが、歴史の進展の中で、
ロックにも起こったというだけのことなのです。

後の、90年代初頭にあったロック、
ソニック・ユースやニルヴァーナ、
そして、オアシスでさえ、
そのような批評性の中で、
新たに、ロック的な衝動を活かす方法を、
探っていく中で、
あのようなスタイルを見出していったわけなのです。


◆セックス・ピストルズという集合体(システム)

さて、
そのようなパンク・ロックの
起爆点となったのが、
セックス・ピストルズという、
ある一つのバンドでした。

ところで、パンク・ロックを、
ただの音圧の烈しい過激なロックだと思っている人が、
ピストルズを一聴すると、
聴きやすい普通のロックなので、
意外な感じを受けるものです。

しかし、
音楽の表面的な外形だけではなく、
そこに、感覚的に刻まれている、
強度な内容を理解する人は、
そこにはらまれている壊乱的な要素(精神性)を
見出していくことにもなるわけです。
それも、並外れた、天才的な表現力で、
それが含まれていることに、
気づいていくことにもなるのです。

その点が、
彼らが、当時の歴史を変え、
その後の時代や、現在でさえ、
多くの人々を、
駆動し続けている力でも、
あるわけなのです。

ところで、
セックス・ピストルズといっても、
複数の人間から成る集合体であり、
また、重要なバンド外の関係者が多数おり、
かなり偶然的な要素によって、
ピストルズとして、
成立したものといえます。

そのことが、
これらのシステムを考える上で、
余計に、興味深い事例となっているのです。

壊乱的なバンドというコンセプトは、
マネージャーのマルコム・マクラーレンが、
メンバー集めの段階から、
すでに、企画していたものです。
音楽的な面では、
名曲を書いた、グレン・マトロックが、
その役を引き受けたといえるでしょう。
プロデュースには、
ビートルズのレコーディングも手伝ったことのある、
クリス・トーマスがいました。

そして、ヴォーカルの、
ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)は、
音楽的な素養が、特にあるわけでは、
なかったのですが、
稀代のトリックスターであり、
猿回しの猿のように、
偶然、フロントに立たされたわけですが、
結果的に、
舞台を乗っ取った猿のように、
自在な動きをはじめ、
当初の予想を超えて、
その劇空間を、世間や歴史にひろげていくことにも、
なったのです。

さて、以前、ビートルズにおける、
才能の相補性について触れた際に、
作品の内における、
音楽的な要素と、精神性な要素という、
その両極の属性に触れました。
才能における相補性 NLPとビートルズ

セックス・ピストルズにおいても、
その後のソロ作品を見ると、
その役割分担と、
その性質の違いがよく分かります。

その後のグレン・マトロックは、
確かに、作曲のセンスを、
うかがわせるものがありますが、
一線を超えるような過剰な要素がなく、
どちらかというと、凡庸な作品にとどまっています。
そして、いつしか、表舞台からは、
姿を消したのです。

一方、ジョン・ライドンの、
パブリック・イメージ・リミテッド PIL は、
音楽的には、楽しめる面は少ないですが、
その初期作品においては、
ピストルがもっていた覚醒感が、
確かに、一部存在しているのです。
そして、それが、充分ではないという点が、
色々と考えさせる興味深い論点でもあるわけです。

さて、そのような極性の才能が、
ひとつの作品の中で激突することで、
作品は、その濃密な強度を高めていきます。

そして、特に、
新しい未知の精神性が、
作品の核となる場合には、
芸術的な音楽的造形とは関係ないところで、
あるメンバーの精神性(存在力・息吹)が、
特に、作品の細部に浸透して、
決定的なアレンジ要素となります。
たとえば、
ドアーズにおけるジム・モリスンの存在は、
そのような(意識拡張的な)要素であったわけです。

ピストルズにおける、
ジョン・ライドンの存在も、
そのようなものだったわけです。


◆否定する力と自己刷新 ピストルズの覚醒性

さて、前段に、
ロックの本質的な力とは、
より自由を求めて、
隷属を切り捨てる力であると、
書きました。
それが並外れて実現できている音楽は、
人を感電させ、覚醒させます。

ところで、
真に徹底的な、否定する力は、
まわりの物事だけではなく、
それらによって作られた既存の自己自身にも、
差し向けられていきます。
否定の力は、
周りを否定すると同時に、
既存の自己をも否定し、
たえず未知のものに向かって、
自己を投げ出していくかのような局面を、
創り出すことにもなっていくのです。
それは、
自己超出的な側面を、
持つことにもなるのです。

それは、
スリリングである同時に、
危うい状態です。

そして、
セックス・ピストルズの音楽には、
確かに、そのような、
ギリギリの限界的要素があるのです。

疾駆する速度感で、
ただ一人、先陣を切って、
(他のバンドは追従しただけです)
未知に直面し、
未知を切り拓いていくような、
過熱するような、
ヒリヒリした心象風景が、
その作品には刻まれているのです。

それが、彼らの作品が、
今でも、頭抜けて覚醒的な感覚を、
伝えて来る点なわけなのです。

彼らが使った、
アナーキーという言葉に、
政治的な意味合いだけではない、
生の存在論的なニュアンスを、
私たちが感じ取るのは、
そのような点にあると思われるのです。

そして、
バンドというシステムとして、
そのような、
自己否定的・自己刷新的な要素をはらんだ過剰性を、
オートポイエーシス的に、
再生産しつづけることは、
非常に、困難なことでもあります。
それを、果てまで行ったのが、
セックス・ピストルズだったといえるでしょう。
それが、短命であったというのは、
ある意味、論理的必然であるともいえるのです。


◆怒りとのコンタクト(接触)

さて、ところで、
ゲシュタルト療法においては、
さまざまな感情表現を重視しますが、
怒りの表現についても、
これを、とても重視します。

キレるのではなく、
意識とコンタクト(接触)できていて、
表現として成立している怒りは、
健全な生のエネルギーです。
生の正しい攻撃性であり、
積極性です。

抑圧され、
意識から解離した怒りが、
暴力となるのです。
このことについては、
以前にも触れました。
ザ・ポップ・グループの教え 怒り・テロ・絶望

ところで、
セックス・ピストルの音楽は、
怒りの表現に満ち満ちていますが、
それがジメジメと鬱屈するのではなく、
スカッとした爽快な表現になっているという点は、
特筆すべき点です。
これほど、解放された明るい怒りも、
他の物事には、見出せないでしょう。

方法論としての怒りに、
なっているのです。
これも、ジョン・ライドンの、
トリックスター的な性格の所以でしょう。

それは、意識して、
怒りが怒られているのです。
そのような、
気づきを持った怒りが、
重要なことなのです。
ここでも、ある種の、
感情の再帰性や、
そこからの自由が、
実現されているわけです。


◆覚醒のための方法論

さて、以上、
セックス・ピストルズをネタに、
色々と考えてみました。

実際のところ、
セックス・ピストルズの事例は、
パンク・ロックやロックという、
狭い領域の問題だけで、
済ましてしまうには、
大変、惜しい素材となっています。

そこには、
私たちが、たえず、
目覚め続けているためには、
何が必要なのかについての、
興味深いヒントが、
多く隠されているのです。



 


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知覚と感情が編成する、この世界 サブモダリティとエンプティ・チェア

スライド5



◆サブモダリティと無意識の深層感情

さて、以前、
効果的に作用するNLPの技法について、
考えてました。
効果的に作用するNLP(神経言語プログラミング)のフレームとは

今回はその関係で、
NLPのユニークな概念である、
サブモダリティ(下位・従属様相)について、
取り上げてみたいと思います。
サブモダリティについて、
以前も、少し触れました。
サブモダリティの拡張 NLP(神経言語プログラミング)とビートルズ その2

さて、NLPで行なう、
サブモダリティを使ったワークでは、
大体、クライアントの方の、
ポジティブな状態の時のサブモダリティと、
ネガティブな状態の時のサブモダリティを、
確認(マーキング)して、
それらに対して、
操作的な変化調整を加えることで、
内的状態を変容させることを狙います。
これが、NLPの戦略です。

そのような取り組みで、
内的な状態が、
望むように、
変化するテーマはあります。
そのようなケースでは、
上記のような取り組みで、
充分なのです。

しかしながら、
心の層の深い部分で、
クライアントの方の行動や感情を、
妨害しているテーマにおいては、
サブモダリティをいじるだけで、
恒久的な問題解決や、
プログラミングの書き換えに至るケースは、
稀れとなります。

それは、なぜかというと、
知覚要素であるサブモダリティは、
感情的要素とつながっているわけですが、
その操作の際に、
その感情的要素が、深く連動・変化して、
はじめて、感情的要素も変容するからです。
そこの感情的要素から、解離すると、
効果は出て来ないのです。

しかしながら、
実際のところ、
多くのサブモダリティのワークでは、
サブモダリティは変わったものの、
「感情的要素が、着いて来ない」
という事態が生じているのです。

そのため、
クライアントの方にとっては、
「操作的」で、
「表面的な」「浅い」ワークという印象を、
残すのです。

これは、事実に合った、
正しい印象です。

しかしながら、
「感情的要素が、着いて来ない」理由は、
心自体の保守機能のためであるとも、
いえるのです。
つまり、セキュリティ機能のゆえです。

表面的な知覚の変化で、
コロコロと、心の深層が変わっていては、
危なくて、生きていけません。
そのため、これは、
心の健康さの証ともいえるのです。

つまり、
このアプローチの間違いは、
心の「階層構造」についての、
無知によるものなのです。

上手くいかない場合は、
サブモダリティで扱える知覚領域に、
その問題が、存在していないのです。


◆エンプティ・チェアの技法

サブモダリティのアプローチが、
上手く届かない無意識の情動領域に、
より届くのが、
エンプティ・チェアの技法です。
これは、
心理療法の技法であるからというよりも、
原理的には、よりシャーマニズム的な、
技法的であるからだともいえます。
この興味深いテーマについては、
また、別の機会に譲りたいと思います。

さて
エンプティ・チェアの技法においては、
クライアントの方の、
無意識的な投影を利用して、
ワークを展開させていきます。

そこにおいては、
クライアントの方の、
無意識の自律的なプロセスに従い、
外部の椅子などに、
「像」が形成され、対話が展開していきます。
エンプティ・チェアの技法

その際に、
クライアントの方が、
そこに見たり、聴いたり、感じている世界は、
サブモダリティの世界です。

しかし、重要な点は、
エンプティ・チェアの技法においては、
サブモダリティを変えることで、
内的状態を変えるのではなく、
内的状態が変化することによって、
サブモダリティが、
変化していくという点です。

この関係性や構造(作用の方向性)を
よく理解しておくことが、
必要です。

テーマの特性(構造、強弱)によって、
サブモダリティと内的状態の、
関係性や作用の方向性が、
違って来るのです。


◆無意識の領域との関わり 自律性と必然性

ところで、
NLPの内部においても、
さまざまな流派がありますが、
歴史的には、だんだんと、
知覚的な操作性より、
無意識の自律性を重視する方向性に向かった、
というのが実情ではないかと思われます。

別に、記しましたが、
NLPが創始された当初は、
新時代の熱気もあり、
グリンダー博士も、バンドラー博士も、
また、その他の協力者たちも、
まだまだ、皆、若者でありました。
私たちを縛っている無意識的な拘束を、
新しい方法論で、解放することに、
当時の、歴史的な、革命的な意義があったのです。
日本のNLP(神経言語プログラミング)は、なぜ退屈なのか

しかし、本人たちも、
歳を取り、経験を積むうちに、
事態は、そんなに単純ではないと、
気づくようになったわけです。
背後には、本人たち自身の、
内的なプロセスの変容もあったと類推されます。

表層で、操作的に、
変化を起こそうとするのではなく、
もっと、クライアントの方の無意識的な創造性に、
上手くコンタクト(接触)し、
それを活かすような方法論に向かったわけです。

また、一方、
当然、当初、彼らが意図したように、
無意識の内の、
悪しき必然性(プログラム)のパターンを、
中断するという視点は、
現在でも、有効な考え方です。

心のシステムは、
オートポイエーシス的な再生産機能を持っており、
たとえ、悪しきプログラムでも、
自己を再生産し続けようとするからです。

その無意識的な自律性や必然性が、
どのような内実を持ったものであるのかに、
鋭く気づいていくことが、
より重要になってくるわけです。


◆エンプティ・チェアを使いこなせない人の特徴

さて、以上のような、
構造的な把握から、
セッション現場で、
エンプティ・チェアの技法を上手く使えない人の、
特徴も分かってきます。

そのような人は、
サブモダリティを操作するように、
クライアントの方の内的状態を操作するために、
エンプティ・チェアの技法を、
使っているわけです。

そのようなアプローチでは、
エンプティ・チェアでも、
感情的要素との解離が起こり、
深い作用を実現することが、
できないのです。

クライアントの方に、
ただ、表面的に、
椅子を移ってもらっているだけです。

クライアントの方も、
なんか、よく分からない、
という印象を持つ結果となります。
仏作って魂入れずという事態なのです。

ところで、NLPには、
「ポジション・チェンジ」という、
クライアントの方に関係する人々の、
人称を移っていく手法があります。
これなども、
エンプティ・チェアの技法自体の潜在力が持つ、
シャーマニズム的な深さからすると、
少し浅薄な概念ともいえます。

ポジション・チェンジの手法においても、
「はじめからNLPのフレームありき」ではなく、
クライアントの方の中から現れる、
膨大な情報、内的プロセスへの感度を上げ、
気づきを研ぎ澄ますことで、
より的確なアプローチが、
即興的に導かれて来ることにもなるのです。


◆知覚と感情が編成する、創造的な地平

さて、以上、
サブモダリティとエンプティ・チェアの技法を素材に、
知覚と感情が編成する世界について、
さまざまに見て来ました。

当然、
人間の心(心身)は複雑であり、
単純な方法論で、
ひとつの回答や解決が得られる、
というものではありません。

さまざまな内的状態に対して、
各種のアプローチを、丁寧に試していき、
その効果を測定しながら、
セッションを進めるしかないのです。
サブモダリティにおいても、
エンプティ・チェアにおいても、
それは同様です。

そして、その際は、
はじめから物事を決めつけるのではなく、
「好奇心」を持って、
プロセスに現れ来る体験の諸相に、
戯れつつ、寄り添い、
柔軟に、事態(出来事)に、
気づいていくことが肝要です。

セッションにおいては、
開かれた姿勢から、
開かれた体験自身が、
湧出して来るのです。

そして、実際のところ、
私たちの心身の奥底からは、
驚くような創造性で、
意図しなかった形で、
未知のプロセスが、
現れて来ることもあるのです。

そこのところが、
クライアントの方にとっても、
ファシリテーターにとっても、
セッション(ワーク)が、
新しい体験領域をひらく、
新鮮な事態になっていく秘密(秘訣)なのです。


スライド5

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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投影された夢の創造的活用 サイケデリック・ビートルズ・エクササイズ

◆夢の力を取り出す

さて、前回、
創造と夢見の技法ということで、
目的とするアウトプットに対して、
心身の内容(感情・感覚)を、投影することにより、
私たちの奥底にある創造過程(夢の力)が、
活発化して来る事態について、
取り上げました。
→「創造と夢見の技法 NLP・ゲシュタルト・夢見 その2

この状態を、
感覚的に理解し、意識的なスキルとするには、
逆パターンの事例から、
体感・類推するのが分かりやすいと思われます。

つまり、私たちが、
アート(音楽、映画、物語、絵画)等の、
創作物に触れた際に、
自分の内側に惹き起こされる、
感情や衝動、感覚的なイメージについて、
意識的になることです。

私たちが、なぜ、
赤の他人の作った創作物に、
強く惹かれ、
過度な思い入れを持つのかと言えば、
それは、心理学的には、
「投影」によるものです。

自分が持っているが、
普段は解離している、
大切な心理的な因子を、
その対象物に見出して、
強く惹かれるというわけです。

「見出す」といっても、
実際に、そこに、
在るわけでもないものを、
勝手に、そこに、
見出す(映し出す)だけの話です。
恋愛と同じく、
「勝手な想い」です。

また、しかし、
そうはいっても、
或る創作物が、
世の一定量の人々の、
投影の受け皿として働くには、
それなりの受け皿の要件(因子)があります。
最大公約数的な要素を、
持っていなくてはならないのです。
(これも、恋愛の場合と同じです)

それは、
創作物の、テーマの普遍性や、
そのジャンルの美的形式における、
適応性と新奇性のバランスなど、
さまざまな要素が考えられます。
このこと自体は、大変、
興味深いテーマではありますが、
別の機会に譲りましょう。

ところで、さて、さきに、
他人の創作物に投影される、
「勝手な想い」について触れました。
実は、
この「勝手な想い」の深い部分に、
棲息しているのが、
私たちの夢の力なのです。
(この「夢」の内実については、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』を、
ご覧下さい)

そして、
当スペースのアプローチでは、
私たちは、
他人の創作物に投影した想いから、
自分の夢の力を取り出さなければ、
ならないのです。

そうでないと、
「自分自身の夢の力」を展開して、
自分自身の人生を、
創造的に生きていていくことが、
できないからです。
他人の表象世界の中に、
閉じ込められて、
隷属的(不自由)になってしまうからです。

「勝手な想い」を、
自分の意識と、
つなげてあげる必要があるのです。
そのことで、
私たちの中に、
エネルギーの増幅が生まれ、
強い動機づけが生まれるのです。

そして、その際には、
狩人が、
狩った動物の皮や肉を、
余計な傷つけを避けて、
綺麗に剥ぎ取るように、
私たちも、
他人の創作物から、
自分の夢の力を、
綺麗に剥ぎ取り、
切り分けないといけないのです。


◆エクササイズ

そのためには、
自分の「体験」について、
切り分けるかのように、
書き出し、
アウトプットしていくことが、
必要です。
これが、
エクササイズです。

批評のように、
その作品について書くのではなく、
「自分は、こう感じた」
「自分の中で生じたイメージはこうだ」と、
自分の体験として、
「生きた何物か」を書き取り、
アウトプットしていくのです。

言葉は、制限が多いので、
絵や落書きなどの方が、
やりやすいでしょう。
とにかく、自由に、
書きなぐっていくのです。
色や線を置いてみるのです。

そして、その感覚を、
〈塊〉〈イメージ〉として、
外在化させていくのです。
自分自身の「夢の力」の要素として、
対象化していくのです。

そして、
心に響くものや、
惹きつけるものに対して、
数多く、そのような作業(エクササイズ)をしていくと、
段々と、自分の夢の力も、
〈実体性〉を獲得していきます。

そして、
そのように、外在化された、
自分の夢の力というものは、
大きな現実的なパワーをもって、   
人生を牽引することにもなっていくのです。
(それらを日々、
見返すことを、おすすめします)

そのため、
「勝手な想い」にこだわって
探求と追跡をすることは、
より核心的で、充実した、
夢の力の獲得に、
最終的に、
私たちを導くことにもなるのです。

それは、後から、
人生を振り返ってみた場合、
明瞭な線として、
浮かび上がって来る類いの事柄なのです。


◆サイケデリック・ビートルズの恩寵

さて、当スペースが、
変性意識状態(ASC)や、
人間の能力・意識の拡張といった、
テーマに焦点化するきっかけも、
元はと言えば、
そのような投影によって引き起こされた、
夢の力の活性化にあったのです。

ビートルズ Beatles といえば、
1960年代のポップ・ミュージックを一新し、
現在のポップ・ミュージックの祖形を創ったバンドですが、
カウンター・カルチャーの思潮と、
同時代として、同期したこともあり、
その中期の音楽は、
いわゆるサイケデリック・ロックでした。

筆者自身が、それを知ったのは、
随分と後の時代であり、
「サイケデリック Psychedelic (意識拡張的)」
という言葉さえ、
周りの誰も、説明できないような時代でした。

しかしながら、中学生の筆者は、
(何の経験値も、環境も持たないにも関わらず)
サイケデリック・ビートルズの背後にある、
〈何か〉を、心理的投影を通して、
嗅ぎつけたのでした。

それは、それまで、
人生にまったく想像していなかったような、
途方もなく眩い、
輝く生の状態(姿)でした。

ほとんど子どもであった筆者の、
日常意識の背後に、
どんな夢の力が、
鉱物的な変性意識状態(ASC)があって、
サイケデリック・ビートルズの 電撃的表象によって、
活性化し、
閃光的なイメージを成したのであろうかと、
少し不思議な気もします。

しかし、その後、
「勝手な想い」や、
その幻想的なイメージにこだわり、
さまざまな追求をしていくことで、
結果的に、
眩い変性意識状態(ASC)を数多く体験し
「サイケデリック」な実在を、
まざまざと理解することにもなったのでした。

そして、今、
その並外れた光量の、
豊穣で創造的な世界を得るための、
具体的な方法論を、
他の人々とシェアできるという僥倖を、
得ているわけなのです。

それは、元はと言えば、
サイケデリック・ビートルズが持っていた、
何らかの因子に、
子どもの筆者が、夢の力を投影し、
物事に目覚めたことがきっかけなのでした。
その不思議な共振によるものだったのです。

そして、これは、
見聞した限り、
筆者一人に起きたことではなく、
多くの人々に起こったことでもあったのです。
そして、
そのような創作物を創れるということは、
実に素晴らしいことだと思うのです。


◆「自分の」夢の力を生きる

さて、
自分の夢の力を生きることは、
人生に、眩い彩りと動機づけを、
もたらすものです。

ところで、先進国の中で、
日本人の「幸福度」が大変低い調査結果については、
以前よりさまざまな指摘がありました。

その要因のひとつに、
日本人が、「他人の(価値観による)人生」を、
生きてしまっているということが、
挙げられます。

もともと、横並び社会であり、
他人の目や、他人の承認に、
重きをおく社会ではありますが、
他人に主権を与えてしまうような生き方は、
人を無力化させるものです。

それは、
自分の人生を、
自分のコントロールの外へ、
置くことだからです。
自分から、
選択と自由を奪うものだからです。

自分で、自分の人生を、
コントロールできている時、
人は、充実した人生を、
生きているということができるのです。

パールズの、
有名な「ゲシュタルトの祈り」は、
そのことを、ぶっきらぼうなタッチで、
告げています。

「私は私のことをやり、
あなたはあなたのことをやる。
私は、あなたの期待に応えるために、
この世界にいるのではない。
そしてあなたも、私の期待に応えるために、
この世界にいるのではない。
あなたはあなた、私は私。
もし私たちが出会えるとするならば、
それは素晴らしいことだ。
もしそうでないならば、
それは、いたしかたないことだ」

この言葉を引き受ける時、
私たちは、
より健全な現実の息吹に、
触れられていると言えるでしょう。

その上で、
自分の心の底から湧いて来る、
自分の夢の力を、
生きていくことができるのです。
それは、使命にも似た、
宇宙の深い内実に根ざした、
人生となっていくのです。


さて、今回は、
他人の創作物の中に、
投影を通して現れて来る、
夢の力について、
取り上げてみました。

自分の好きな物を取り上げて、
その夢の力を取り出すエクササイズを、
ぜひとも、
実践してみていただければと思います。
そのことからだけでも、
人生というものは、
確実に変わっていくものだからです。


※気づきや夢見、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

創造と夢見の技法 NLP・ゲシュタルト・夢見 その2

別に、
「NLP(神経言語プログラミング)・ゲシュタルト・夢見」と題して、
これらの各技法が扱う、
心の領域が、地続きを成して、
つながっている様子を見ました。

今回、ここでは、広く、
人生で結果(アウトカム、アウトプット)を生み出す、
創造と具現化の技法について、
考えてみたいと思います。


◆夢の創造過程と身体感覚

さて、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』の、
「夢見の技法」の中では、
私たちを貫く創造的な夢の力を
どうやって利用すればよいかについて、
さまざまに検討しました。

そして、その際に、
メルロ=ポンティの
「画家は、
その身体を世界に貸すことによって、
世界を絵に変える」
『眼と精神』木田元他訳(みすず書房)
という言葉を引いて、
私たちが、
心身を、世界に投影して、
物事を、暗黙知的に把握していく事態について、
見ました。

そして、この、
対象物(目的)と、投影した身体が、
内的につながっていくという情報回路(通路)の中で、
強い夢(無意識の創造性)の力も、
引き出されて来ることについて、
見ました。

そして、
その夢の力を組織化して、
強度なアウトプット(成果物)として、
外在化・現実化していく方法について、
検討しました。
   
さて、ところで、
このような夢の力を、
活かしていく方法論というものは、
人生上、生活上の願望を、
具現化する中においても、
決定的な重要な事柄でもあるのです。

というのも、
普段においても(また正念場においても)、
私たちを真に駆動する力(渇望)とは、
夢の創造的過程の沸騰に、
よるものだからです。

そのため、
人生上の、具現化したい目的を持っていて、
それを、「絶対に達成したい」という場合には、
自分の身体感覚を、
センサー(検知器)のように使ってみて、
その目的内容を精査してみると良いのです。

その目的の姿(像)を、
身体的によく感じてみて、
(そこに心身を投影してみて)
その姿(像)と、自分の心の奥底との間に、
夢の力が流れているかどうかを、
確かめていくのです。

その目的の姿と、
夢の力の定かならぬ誘因とが、
強く惹きあうような事態を、
はっきりとした〈実在〉として、
エネルギー的に感じ取れるのであれば、
それは目的の方向性としては、
間違っていないということなのです。

もし、どこかに違和感や、
内的な不十分さを感じるのであれば、
その目的内容に、
どこかにおかしなところが、
あるということです。

その場合は、
諸々を再検討しないといけません。


◆組織化・焦点化して、身体的につかむ

さて、私たちが、
何かを創造していくに際して、
鍵となるのは、
私たちの意識過程、思考過程(拡散的・収束的)だけでなく、
その背後で渦巻き、脈動している、
夢(無意識)の創造過程となります。

それが、
私たちの人生の使命(ミッション)を、
創り出します。
人生の「違い」を生み出すのです。

そのため、
そこにおいては、
夢の力と関わる、身体感覚(身体性)の存在が、
とりわけ重要となるのです。

自分の身体感覚の投影を、
サーチライトのように使って、
対象物(目的、欲しいアウトプット)とつながることで、
私たちは、
自己の創造力の発現を、
動機づけの面でも、組成の面でも、
容易くすることができるのです。

また、以前、
NLPを有効に活かすための、
「現場の情報空間」について、
触れました。

その際も必要なのは、
現場の膨大な情報空間に、
「身体的」に、同調・同期しつつ、
統御・利用していくということなのです。
ここでも、
私たちの身体感覚が、
素地(前提)として重要となるのです。

さて、そのように、
私たちは、
自分の「身体感覚」を、
意図に利用していくことで、
無意識の夢の力を導き、組織化し、
焦点化したアウトプットを、
創り出していくことができるのです。

そのことを通して、
欲しい結果(アウトカム)を、
手に入れることができるのです。


※気づきや夢見、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。


スライド4

スライド1

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

NLP(神経言語プログラミング)・ゲシュタルト・夢見

◆NLP(神経言語プログラミング)  ―内的体験の編集


さて、一見したところの、
NLP(神経言語プログラミング)の魅力は、
自分の内的状態(感覚、感情)を、
コントロールすることによって、
人生そのものを、
コントロールできるようになる、
というコンセプトにあります。

特に、
私たちの内的状態(感覚、感情)というものは、
生まれつきのものや、
過去の経験によってプログラムされた、
自分では、どうすることもできないものだと、
一般には、考えられているからです。

NLPでは、
それら私たちの内的体験に対して、
あたかも、
コンピューターのプログラムを修正するように、
書き換えてしまう、
もしくは、機械の作動を変えるように、
改変してしまう、
かのようなイメージがあり、
(どこかSF的で)
人生に新しい選択肢を、
もたらすように見えるのです。

また、
他者とのラポール(つながり、信頼)を築いたり、
影響を与えたり、
もしくは、他者の内的感覚・状態を推察したりと、
人間関係においても、
新しいコントロールを持ち込むもののように、
見えるわけです。

さて、
このことについていえば、
実際のところ、
軽微なレベルでの、
プログラム修正ということでしたら、
NLPの技法でも、
充分、有効に働きます。

感覚的な固着や、
習慣的な反復による課題でしたら、
パターンを中断し、
その状態を壊していくことで、
新しい流動性を創り出し、
それらを改変していくことができるのです。
それらは、日々、
応用・活用していける事柄です。

そのため、
意欲的に人生を変えていこうとする人には、
使っていくことが望ましいテクニックとも、
なっているのです。
それだけでも、
怠惰な人々との、
違いを創り出すことができるものです。

しかしながら、
少し層が深く、
困っている類いの心理的要素の、
プログラム修正というものは、
既存のNLPテクニックでは、
少し難しいのです。

というのも、人の心や感覚は、
元来、他からの影響によって、
変わることがないようにと、
メタ・プログラムされているものだからです。

NLPテクニックでは、
変化を引き起こす、
その深いメタ・プログラミングの層まで、
侵入することが、
なかなかできないのです。

深いメタ・プログラミングの層は、
より無意識の層、
自然成長的な層、大地性の層、
メタ・プログラマーの層であり、
表層的な意識の層とは、
タイプ(階層)が違うものだからです。

そこに「コンタクト(接触)」するのが、
難しいのです。

両者の違いは、
日常意識と、夢の世界の違いを、
考えてみると、よくわかると思います。


◆ゲシュタルト療法 ―気づき・霊感・行動

ゲシュタルト療法のアプローチは、
意識と無意識の、
両面からのアプローチです。

気づきの技法という面では、
意識的に、
感覚や感情をとらえていくのですが、
この感覚や感情に、
集中的な交流を深めていく過程で、
人は、だんだんと軽微な変性意識状態(ASC)に、
入っていくこととなるのです。
この状態が、いわば、
日常意識と夢の世界との交流を、
つくり出して(可能にして)いくのです。

強い感情の動きが起こり、
深い内的状態のプログラムが、
表層に、浮上してきます。
そこで、
それらのプログラムを、
意識(気づき)と交流させていくことで、
そのプログラムの改変を、
行なうことができるのです。

これが、
ゲシュタルト・アプローチが、
NLPテクニックでは行なえない、
深い層でのプログラム改変を、
行なえる理由なのです。

クライアントの方も、
自分の意識状態が変わり、
深いレベルの心に、
コンタクト(接触)していることは、
明瞭に体感できるのです。

その状態の中で、
新しい行動選択への可能性を、
閃光のように、気づいていくのです。
そして、
セッションにおいて、
別の新しい自己表現を、
色々と試してみることで、
自分の人生が、
その境界(限界)を拡大していく事態を、
鮮明に実感できるのです。

フリッツ・パールズは言います。

「『気づく』ことは、
クライエントに自分は感じることができるのだ、
動くことができるのだ、
考えることができるのだということを
自覚させることになる。
『気づく』ということは、
知的で意識的なことではない。
言葉や記憶による『~であった』という状態から、
まさに今しつつある経験へのシフトである。
『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる。」

「『気づき』は常に、現在に起こるものであり、
行動への可能性をひらくものである。
決まりきったことや習慣は学習された機能であり、
それを変えるには
常に新しい気づきが与えられることが必要である。
何かを変えるには別の方法や考え、
ふるまいの可能性がなければ
変えようということすら考えられない。
『気づき』がなければ
新しい選択の可能性すら思い付かない。
『気づき』と『コンタクト』と『現在』は、
一つのことの違った側面であり、
自己を現実視するプロセスの違った側面である。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

このような気づきが、
軽微な変性意識状態(ASC)の中で、
起こって来るのです。
(この言葉が、
ベイトソンの三次学習と響きあうのが
わかると思います)

それは、通常の日常生活では、
決して経験しないタイプの、
深い気づき(目覚め)の体験であり、
人生そのものの拡大をもたらす、
新たな経験領域の獲得となっていくのです。

ところで、
このようなゲシュタルト療法の体験の層と、
NLPの軽微な体験の層とは、
現実的には、
地続きとなっています。

そのため、
実際のセッションの中では、
これらの各領域を、
自在に行き来することにより、
自分の内的体験を編集したり、
デザインしていくことができるのです。

NLPとゲシュタルト療法を、
うまく統合的にミックスさせていくことにより、
より巧妙で、自在なアプローチを、
創り出していくことができるのです。


◆夢見の技法 ―アウトプットと世界と関わること

さて、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』では、
「夢見の技法」と題して、
意識的なプロセスと、
無意識的な夢の湧出プロセスとを、
均衡させる創造的な気づきの技法について、
取り上げました。

いわば、日常意識と夢の世界とを、
地続きで交流・生成させて、
組織化していく技法ともいうべきものです。
そのことにより、
より拡充した現実世界の地平を、
創り出していく取り組みです。

それは、
意識の有り様であると同時に、
生命あるものが、自発的にそうであるように、
何かをアウトプット(外在化・外へ出力)させていく、
プロセスでもあります。

ところで、
拙著に詳しく記しましたが、
私たちが、
何かをアウトプットするときは、
世界の対象物に集中するとともに、
心身の無意識的な内容を投影して、
そこに、何ものかを、
生み落としていきます。

外的世界の対象物や、
それによって引き起こされる心理像から、
アウトプットの流れが自然に生まれ、
生長していくのです。

この集中的な、心理的な投影が、
自己の内側から、
一閃のように、
アウトプットするものを、
引っ張り出して来るのです。

そのため、
アウトプットすることは、
それを行なっている当人にとっても、
無意識の未知なるものと、
出遭う体験となるのです。

自分の無意識にあるものを、
本当に知っている人などいないからです。

また、
アウトプットが無意識な投影に導かれる一方で、
意識的な態度としては、
世界に関わっていく集中的な在り方です。

アウトプットすることは、
より深いコミットメントで、
世界や他者と関わる在り方ともいえるのです。

そして、ここでも、
私たちは、
日常意識と夢の世界(無意識的投影)との交錯に、
触れることになるのです。

これが、
アウトプットを経由した場合の、
夢見の技法であり、
私たちの創造力や世界体験を拡大するとともに、
新しい自己発見の機会とも、
なるものなのです。


◆NLP・ゲシュタルト・夢見

さて、
これら、NLP、ゲシュタルト療法、夢見の技法もまた、
体験領域の層においては、
地続きで、つながっているものです。

これらを有機的に連携させて、
デザイン的に組織化することで、
より新しい拡充された現実の層を、
実現しようというのが、
当スペースの、アプローチ方法と、
なっているのです。



つづき ↓

「創造と夢見の技法 NLP・ゲシュタルト・夢見 その2」



※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。


スライド3


スライド1


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

効果的に作用するNLP(神経言語プログラミング)のフレームとは

さて、別に、
NLP自体が位置している、
大枠の、文化的なコンテクストについて、
書きました。

それは、
NLPの可能性を引き出し、
効果を的確にするためにも、
そのような基盤となるフレームが必要である、
という意味でです。
日本のNLP(神経言語プログラミング)は、なぜ退屈なのか

今回は、
より実技的な面に焦点を絞って、
セッションの中における、
NLPテクニックの使用について、
書いてみたいと思います。

前回、NLPとは、
「単なる心理学ツールの寄せ集めである」
としました。

そして、
NLPの各手法を
効果を出すように使うには、
その扱うフレームが、
とても重要となるとしました

そのことでの結論を、
さきに言うと、
まず、第一に、
それは、
セッション(ワーク)空間の
「現場性に根ざす」
ということなのです。

そこで起こっている出来事の、
膨大な情報空間に、
心身でまるごと、
感覚的に関わる、
ということなのです。

しかし、実は、
これは、表面的には、
NLPが売り物にしている要素と、
真逆の事柄となります。

NLPは、
誰もが、簡単な手続きで、
インスタントな効果を、
発揮できるというのが、
謳い文句だからです。
現場の感覚は、
あまり重視されないわけです。

しかしながら、
その現場感覚(現場情報)を欠くことが、
NLPが、
「効果が出ない」と言われる、
一番の要因を、
創り出している点でもあるのです。

現場で流通する、
膨大な情報の中にこそ、
NLPテクニックを、
活かすヒントも、
含まれているからです。

そのため、
ここでは、
リアルな効果の保証として、
現場性に根ざすことの必要性を、
あらためて、
確認しておきたいと思います。

その流動する情報の流れに合わせて、
NLPのフレームやテクニックを、
対象化して使うということなのです。

その枠組みの中ではじめて、
NLPテクニックも、
有効なものになっていくのです。


◆セッション現場という膨大な情報空間について

さて、
NLP講座の語り口では、
通常、あたかも、
NLPの整理によって、
パールズ、エリクソン、サティア等の天才が、
解き明かされたかのように、
解説されます。

しかしながら、
実際のところは、
その或る特定の部分を
抽出したというのが、
本来の正しい理解です。
暗黙知の一部を抽出し、
明示的な方法論(ツール)にした、
ということです。
そして、素人にも、
使いやすくしたといことです。

抽出された、
道具類が、
そこにあるのです。
氷山の一角のようなものです。

正気になって考えてみれば、
すぐに分かるように、
天才といわれる、
ミルトン・エリクソンの無数の弟子たちが
エリクソンほどには
成果を出してないということは、
わかると思います。
そのことで、
誰も責められていません。
それは当然だと、
人々に考えられているからです。

そして、
エリクソン自身が行なっていたことといえば、
現場での膨大な情報を、
クライアントとの間に発生、交流させ、
クライアントのプログラミングに、
影響を与えていくという、
全身的で、身体的な作法でした。

そして、
弟子や研究者が行なったことは、
エリクソンが、全身で行なっていることを、
任意の要素にわけて、ラベリングし、
ピックアックし、
その機構と働きを、記述するということです。

しかし、そこには、
当然、明示的に取りだせない情報が、
(それもクライアントに働く重要な要素が)
山ほどあるわけですが、
それは皆、フィルタリングされ、
落とされてしまうわけです。

喩えると、
音楽の採譜のようなことです。
楽譜にできない音楽の質性も、
世にはたくさんあります。

そして、
楽譜を見たところで、
その元の音楽が、
完璧に再現されるわけではないことは、
いうまでもありません。

NLPのテクニックも、
同じことです。
すべての要素が、
そこに在るわけではないのです。

しかし、また一方、
楽譜から、何かしらの音楽は、
再現したり、
創り出すことはできるのです。

それを、
生きた音楽にするのは、
今度は、
演奏家自身の課題です。

演奏家自身の持つ、
過去の現場(膨大な情報空間)で得た、
自身の経験値や、暗黙知、
そしてまた、イマジネーションが、
音楽を創りだすのです。

このことからも、
分かるように、
NLPを使う人は、
まずは、自分自身が
充分な現場的感覚を持ち、
その場での、
膨大な情報の流れを、
つかみ取れないと意味がないのです。

それは、たとえ、
クライアントとしての体験でも、
良いのです。

ところで、
実際の多くのNLPスクールでの、
演習の風景とは、
あたかも楽器の演奏に慣れていない人が、
楽譜を見ながら、
いきなり、一音一音、
つま弾くような事態です。
音楽(曲)になっていないのです。

これでは、
感覚的にも、意味がよくわからないし、
そのNLPテクニックの本意(本質的な意味)さえ、
つかめないのです。


◆暗黙知と明示知の往還

そのため、
NLPテクニックを有効に
活かす道(方法)は、
素人でも簡単に使えるテクニックという、
宣伝文句とは、
実は逆の道です。

つまり、
ある程度の経験値、
暗黙知をつかんでいる人が、
その現場の膨大な情報空間の中で、
この場面なら、
「あのテクニックをアレンジして使うと、
面白いんじゃないか、効果的じゃないか」と、
過去の測定結果から、
使うやり方です。

そして、場に合わせて、
自分なりに編曲を変えて、
使ってみるのです。

その時にこそ、
NLPテクニックも、
活きて来るのです。

そのため、
NLPの資格を、
勢い込んで取ったものの、
使い方がよくわからず、
まったく使ってないという人は、
まずは、
ゲシュタルト療法でも、
コーチングでもよいので、
まずは、
自分の内的感覚や感情を働かす、
体験セッションを、
数多く経験してみることが、
必要なのです。

その内的感覚の、変容のプロセス、
もしくは、その小さなサイクル、
つまり、当スペースでいう、
「行きて帰りし旅」の感覚を、
少しでもつかんでいれば、
それだけでも随分と違います。
→拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』参照

そして、
心身の流動性が高まり、
内的感覚を測定したり、
トラッキングする感覚が、
育って来ると、
現場での、多様な情報の流れも、
見えて来て、
NLPテクニックを使う、
アイディアやイメージも、
少しずつ、
湧いて来るようになって来るのです。

単に、音を並べるだけではなく、
実際の、
生きた音楽が、
流れはじめるのです。



スライド2


階層を超える創造の飛躍 パブロフの犬か、ベイトソンのイルカか


さて、前回、
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識
を語る中で、
ベイトソンの学習理論について、
触れました。

そこでは、
学習次元の階層を超えるような、
創造的な飛躍が起こる場合があることについて、
少し記しました。

このような階層を超える学習(創造性)について、
ベイトソンは、
『精神と自然』(新思索社)の中で、
興味深い事例を挙げているので、
今回は、そのことについて、
見てみたいと思います。

イルカの事例です。

或るイルカショーでは、
「毎回、イルカに『新しい芸』を教えることができる」
ということを売り物にすることを考えたそうです。

つまり、毎回、そのステージ(セクション)で、
イルカが、或る「新しい芸」をやり、
「そのことを覚えた」とイルカが再現する、
という高度な芸です。
イルカ的には、一日の中で、そのステージごとに、
毎回、新しいしぐさなりを表現し、
そのことを覚えた(学習した)ことを、
人に示すということです。

イルカには、
「或る特定のことことを覚えれば、エサがもらえる」
というコンテクスト(二次学習)より、
高度なことが、課せられたのです。

或る時は、芸Aをやったら、
エサがもらえた。
しかし、次に、芸Aをやっても、
エサはもらえない。
偶然、芸Bをやったら、
エサがもらえた。
しかし、それをもう一度やっても、
エサはもらえない。
最初、イルカは、混乱したようです。

しかし、試行錯誤を繰り返す中で、
イルカは、ついに、
「わかった」ことを示すかのように、
嬉しそうな反応をしたそうです。

そして、次々に、
新しい芸を見せ出したそうです。

つまり、イルカは、
より高い階層から、
自分の置かれた「コンテクスト(文脈)」を、
理解することをできたのです。

「芸A、芸B、芸C」と、
既存の芸を、ひとつのクラス(類)と見なし、
それとは別の「新しい芸」のクラス(類)が、
求められているものだと、理解したのです。

このゲーム全体のコンテクストを理解したのです。
それは、
今までの自分が置かれた階層を、
超えた視点からの理解です。
そこに、
イルカは、飛躍することができたのです。

一方、対照的に、
ノイローゼに陥ったパブロフの犬の、
事例が挙げられています。

その犬は、
丸と、楕円形を識別する訓練を受けたようです。
丸の時は、反応Aを行なう、
楕円形の時は、反応Bを行なう、
というようなことでしょう。

その上で、
丸か楕円形か、識別できない形態が、
提示されたようです。
すると、
犬は、明らかに混乱し、
神経症的な症状を示し出したようです。
つまり、選択肢「丸か楕円形か」の間で、
「識別できない」という、
ダブルバインド(二重拘束)に入ってしまったのです。

つまり、パブロフの犬は、
選択肢「丸か楕円形か」が、
ひとつのクラス(類)であり、
その他のクラス(類)が、
他の選択肢としてあるかもしれない、
という可能性を、
見出せなかったのです。
そのため、既存の学習の中で、
袋小路に入って(詰んで)しまったのです。

さて、見るところ、
人間の場合も、
個人の行動や、企業の戦略においても、
多くの場合、
パブロフの犬のようにしか振る舞えない、
というのが実情ではないかと思われます。
既存の二次学習の中で、
ダブルバインドに陥ってしまうのです。

つまり、
自分が慣れ親しみ、
身についた既存の二次学習、
既存の視野(選択肢)の階層を、
超える飛躍とは、
なかなかに難しいのです。

習慣的学習ではない超習熟と、
覚醒的な気づき、
プラスアルファの要素が、
必要となります。

そしてまた、
頭で考えるだけの方法論(aboutism)では、
自分自身を構成している
二次学習のプログラムを超える(相対化する)ことは
これも大変難しいからです。
考えることは、解離的なプロセスであり、
それ自体に、物質的に働きかける方法には、
ならないからです。

当スペースが、
ゲシュタルト療法(心理療法)を、
方法論に置いている理由は、
ここにあります。

それは、
ゲシュタルト療法のセッションは、
変性意識状態(ASC)に入り込む中で、
しみついた二次学習のプログラムに、
背後から直接、
コンタクト(接触)できる方法論となっているからです。

そして、
それを、気づきawarenessのうちに、
修正することができるからです。

これが、
当スペースの、
方法論的な狙いとその特徴と、
なっているのです。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

さて、
以前、映画『マトリックス』を素材に、
私たちの日常意識と、
変性意識状態(ASC)に関して書きました。
映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界

今回は、『マトリックス』の、
元ネタのひとつである、
アニメ映画『攻殻機動隊』を取り上げ、
変性意識状態(ASC)や、
心の構造について、考えてみたいと思います。

さて、原作漫画でもそうですが、
副題は、Ghost in the Shellとなっています。
このゴーストGhostが、今回のテーマです。

映画の中では、Ghostは、
私たちの「心」を意味するものとして、
使われていますが、
そこに幾重もの意味が重ねられているようです。

Ghostは、そもそも、
霊、幽霊を意味しています。
含意としては、
ポリスのアルバム・タイトルにもなった、
ケストラーの『機械の中の幽霊Ghost in the machine』あたりが、
その由来かもしれません。

また、映画の中で、重要な意味をもって引用される、
新約聖書の流れでいえば、
三位一体のひとつの位格である、
聖霊Holy Ghostとの関連も類推されます。

そして、
映画のストーリーに即していえば、
Ghostをハッキングされることによって、
他者により、疑似体験の記憶さえ、
ねつ造されてしまう未来社会にあっては、
身体(義体)の中にある、自分の「心」の、
「自分らしき」クオリアさえ、
もはや自分自身の確証にならないということが、
Ghostという言葉に、込められているのかもしれません。

ところで、映画の中では、
新約聖書のパウロ書簡、
コリント人への手紙の一節が、
重要な意味をもって使われています。

「今われらは鏡をもて見るごとく
見るところ朧(おぼろ)なり」

草薙素子とバトーが、
非番の日に、船の上で、
謎のハッカー「人形使い」のメッセージを聞くのです。

そして、この節は、
映画のラストシーン、
草薙素子が、バトーとの別れ際に、
さきの節の前にある言葉を引いて、
現在の自分の心境(状態)を表すものともなっています。

「われ童子の時は語ることも童子のごとく、
思ふことも童子の如く、
論ずることも童子の如くなりしが、
人と成りては童子のことを棄てたり」

さて、映画の中では引かれていませんが、
人形使いのメッセージは、
実は、文章の前半節であり、
この節の後には、次のような言葉が続いていました。

「然れど、かの時には顔を対せて相見ん。
今わが知るところ全からず、
然れど、かの時には我が知られたる如く全く知るべし」

今は、鏡を通して見るようにぼやけて見ているが、
その時が来たら、直接、顔をあわせて見ることになるだろう。
今は、不完全にしか知ることができないが、
その時が来たら、神が知るように、
すべてをあきらかに知るようになるであろう、ということです。

この言葉は、
草薙素子の「自分らしき」Ghostをめぐる焦燥感と、
謎のハッカー「人形使い」との邂逅にまつわる、
追跡的なテーマ(けはい)として流れているものです。

そして、物語は、終盤、
草薙素子が、人形使いのGhostを探るために、
きわどい状況下で、人形使いの義体にダイブして、
図らずも、人形使いのGhostと相見え、
ネットに遍在するかのような、彼のGhostとの、
「融合」に導かれ、
「さらなる上部構造にシフトする」ところで、
クライマックスを迎える形となるのです。


◆変性意識状態(ASC)と心理療法

さて、この話のような、
Ghost (心)の「上部構造」などは、
一般には、フィクションの中でしか、
あり得ないように見えるかもしれません。
ところが、実は、そうでもないのです。
それが、今回の話の眼目です。

拙著『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』の中では、
各種の変性意識状態(ASC)の事例を取り上げました。
例えば、その周辺領域では、
特に、強度なタイプの変性意識などにおいては、
しばしば、私たちの「日常意識」が、
下位(下部)意識として、稼働しているかのように感じられる、
上部(上位)意識らしきものの存在を予感する報告が、
多種多様に存在しています。

変性意識状態の中でも、
LSD等によるサイケデリック(意識拡張的)体験や、
臨死体験などの、強度なタイプの体験においては、
そのような事柄も語られがちになっているのです。

そのような強度な状態においては、
私たちの意識や知覚の一部は、
別種のもののように澄みきり拡張し、
あたかも「かの時」に、「全く知る」かのようになって、  
日常意識の、限定された情報を、
下部構造のように透視していくこととなります。
そして、私たちは、
「かの時」でしか知りえないかのような、
隠された情報にアクセスすることも、
できるように感じたりするのです。

ところで、
このような心の上下部分を感じさせる階層構造は、
心の構造的側面だけで見れば、
(強度な変性意識ほど劇的な形ではなくとも)
心理療法のセッションの中では、
つねに起こっているものともいえるのです。

例えば
心の葛藤状態を扱う、ゲシュタルト療法の、
エンプティ・チェアの技法を使ったセッションを、
例に取り上げてみましょう。

このタイプのセッションにおいては、
軽度な変性意識状態の中、
アンカリングの作用によって、
葛藤し相反する欲求(感情)をもった、
自分の中の「複数の自我」が、
それぞれの椅子に、
取り出されていくということが起こります。

そして、セッションで、
各欲求(自我)の中身を、丁寧に表現したり、
対話させていくことにより、
各欲求(自我)の間に、
感情的・情報的な交流が発生し、
だんだんと、二つの欲求(感情)が、
融合していくということが起こって来ます。

また、その融合に従い、
二つを合わせた、
より「統合的な自我」が、
自然に生成して来ることにもなるのです。

クライアントの方の、
主観的な感覚としては、
最初の個々の欲求(自我)に対して、
統合的な自我は、
より「上位的な自我」として、
立ち現われて来る実感があります。

実際、統合的な自我は、
最初の欲求(自我)を、その部分(下部)として、
内に持っているのです。
しかし、
各欲求(自我)は、葛藤状態ではなく、
個性や能力として、
そこに働いているという変化を、
持つようになるのです。
機構が、整列されて、
正しく稼働するようになるのです。

ここには、
葛藤する自我と、
統合的な自我との間に、
ある種の上下階層的な構造が、
存在しているのです。

また、実際、
このようなセッションを、
数多く繰り返していくと、
クライアントの方の中に、
心の「余裕」が生まれて来て、
以前より、「泰然としている自分」を、
発見することになります。
昔は、葛藤したり、悩んでいた同じ事柄を、
今では、以前ほどは気にしていない自分を、
発見するわけです。
これなども、より上位的なレベルの、
「統合的な自我」が、
自分の中に育ったためと言えます。
これは、後述しますが、
階層の高い心の機能が、
学習された結果ともいえるのです。

このように、身近な事例からも、
心の階層構造というものを、
想定することができるのです。


◆聖霊Ghostの働きについて

さて、映画の中では、
新約聖書の言葉が、
重要な意味合いを持って引用されます。

ところで、
宗教的・教義的な文脈とは関係ないところで、
初期のキリスト教徒たちに起こった、
変性意識状態(神秘的な体験)がいかなるものであったか、
というのは、興味深いテーマです。

特に、聖霊Ghost関する記述は、
キリスト教や宗教に限定されない、
心の普遍的な働きを感じさせるものでもあります。

ロシアの思想家ベルジャーエフは、
精神の自由に関する興味深い論考の中で、
聖霊Ghostにまつわる、さまざまな指摘を行なっています。

「四福音書、ならびに使徒の書簡を読むと、
パン・プノイマティズムの印象を受ける。
いたるところ、霊である、という感銘を強く受けるのである。
そこでは、いわゆる聖霊という教義は、
まだ出来上がっていないといっていい。
そういう教義は、使徒にもまた護教者にも見出すことはできない。
(中略)聖霊とは人間にとくに近いものである。
それは、人間に内在している。
その働きはひろく万人に及ぶものの、
それ自体は不可解な深秘に充ちている。
いったい、聖霊について教義を立てることができるであろうか。
私の考えによれば、それは不可能といっていい」
ベルジャーエフ『精神と現実』南原實訳(白水社)

「S・ブルガーコフはいみじくも言った。
聖霊がある特定の人間に受肉することはない。
聖霊の受肉は、いつも全世界にあまねく及ぶ、と。
精神―ひいては霊と聖霊との関係をくわしく規定するのが困難なのは、
まさにこのためである。
聖霊は霊のなか、心のなか、精神のなかに業を行なう」(前掲書)

「聖霊の働きは、どういう現実となってあらわれるだろうか。
抑圧され卑しめられた人間の実存が終わりをつげて、
心が生命にみちあふれ、高揚し、エクスタスにおちいることこそ、
聖霊の業のしるしである。
これは、聖書に記されている聖霊の特徴でもあれば、
また文化・社会生活における精神の特徴でもある。
新神学者聖シメオンの言葉がある。
聖霊にみたされた人間は、
文字に書き記された掟を必要とせず、と」(前掲書)

聖霊の働きは、
人形使いのGhostのように、
世界や、私たちの内外に、
あまねく、いきわたっているかのようです。


◆学習理論と心の階層

さて、ここから、
Ghostにまつわる、階層構造について、
学習理論を参考に考えてみたいと思います。

ところで、学習理論においては、
グレゴリー・ベイトソンの学習理論が、
有名なものとして、知られているところです。

一次学習、二次学習、三次学習と、
何かを学習する取り組みの中で、
直接的な学習(一次学習)に対して、
そのコンテクスト(文脈)についての学習も、
上位階層の学習として、
発達していくという理論です。
学習すること自体が、学習されるのです。

例えば、ひとつの外国語をマスターすると、
通常、第二外国語をマスターすることは容易くなります。
「外国語を学習する」こと自体(そのコンテクスト)が、
コツとして学習されたからです。
ある乗り物の運転を覚えると、
他のジャンルの乗り物の操縦も容易くなるのです。
整理すると、以下のような階層構造になります。

・0次(0) 学習がない
・一次(Ⅰ) 学習する
・二次(Ⅱ) 「学習する」ことを学習する
     「学習すること」についてのコンテクストを学習する
     →「行為と経験の流れが区切られ、
      独立したコンテクストとして括りとられる、
      そのくくられ方の変化。
      そのさいに使われるコンテクスト・マーカーの変化を伴う」
      ベイトソン『精神の生態学』佐藤良明訳(新思索社)
・三次(Ⅲ) 「『学習する』ことを学習する」ことを学習する
     →「学習すること」についてのコンテクスト化を
      再編集(再コンテクスト化)する。

 

二次、三次の学習は、その生体の任意の組織化(コンテクスト化)といえます。

通常、芸事や技芸に上達することは、
大体、このように推移します。
二次学習のレベルが上がると、
技は、グッと次元を超えてよくなります。
上位の学習能力が育っていくと、
下位の学習力自体も、的を得たものになり、
下位の能力を、ハンドリングする能力自体も高まるようです。

さて、ところで、興味深いことに、
ベイトソンは、精神医学的な研究から、
私たちの普段の心も、
習慣による、そのような二次学習の結果であると、
洞察している点です。
そして、それを変化させるのが、
より上位レベルの三次学習(学習Ⅲ)であるという点です。

二次学習発生の由来が、おそらく、
問題解決に費やされる思考プロセスの経済性である、
と指摘したうえで、以下のように記します。

「『性格』と呼ばれる、その人にしみ込んださまざまの前提は、
何の役に立つのかという問いに、
『それによって生のシークェンスの多くを、
いちいち抽象的・哲学的・美的・倫理的に分析する手間が省ける』
という答えを用意したわけである。
『これが優れた音楽がどうか知らないが、しかし私は好きだ』
という対処のしかたが、性格の獲得によって可能になる、という考え方である。
これらの『身にしみついた』前提を引き出して問い直し、
変革を迫るのが学習Ⅲだといってよい」(前掲書)

「習慣の束縛から解放されるということが、
『自己』の根本的な組み変えを伴うのは確実である。
『私』とは、『性格』と呼ばれる諸特性の集体である。
『私』とは、コンテクストのなかでの行動のしかた、
また自分がそのなかで行動するコンテクストの捉え方、
形づけ方の『型』である。
要するに、『私』とは、学習Ⅱの産物の寄せ集めである。
とすれば、Ⅲのレベルに到達し、
自分の行動のコンテクストが置かれた
より大きなコンテクストに対応しながら行動する術を習得していくにつれて、
『自己』そのものに一種の虚しさirrelevanceが漂い始めるのは必然だろう。
経験が括られる型を当てがう存在としての『自己』が、
そのようなものとしてはもはや『用』がなくなってくるのである」
(前掲書)

さきほど、
エンプティ・チェアの技法のセッションで、
何が起こるのかについて記しましたが、
その事態が、この引用した文章と、
響きあっていることが分かると思います。

その事態が、
心の二次学習のコンテクストを、
三次学習的に書き換える作業だということが、
見て取れるかと思います。
セッションの中では、
そのような階層構造が現れているわけです。


◆Ghostの変性意識状態(ASC)

このような学習の階層的構造が、
変性意識状態(ASC)下における、
Ghost(心)の、
気づくawarenessことを学習する中でも、
どうやら、育っていく可能性があるということが、
各種の観察からも、うかがえるのです。

特殊な状態下での、
気づくawarenessことが、
その二次学習的な能力も、
育てていくという可能性です。

実際のところ、
心理療法のセッションや、
瞑想における気づきの訓練、
明晰夢lucid dreamの中での気づきの取り組みは、
私たちの気づく能力を、
間違いなく高めていくものです。
その背後では、おそらく、
なんらかの高次元の学習も育っていると思われるのです。

実際、日常意識と変性意識状態を、
数多く行き来(往還)することで、
学習された「気づきの力」は、
非常に奥行きのある力を持ちはじめるのです。
その結果、
私たちの心における自由の実感を、
より高めていくこととなるのです。

また、関連でいうと、
しばしば、強度な変性意識状態の中では、
心理的に強烈な、治癒(癒し)の効果が現れることがあります。
聖書にある「聖霊Ghostにみたされる」などの、
宗教的な神秘体験などもそうです。

これなども、システム的に考えてみると、
潜在的な因子としてあった何らかの上部階層の働きが、
下部階層の情報プログラムの混乱状態(感情や思考の混乱)に対して、
それらの情報を整理・整列させるように働いた結果である、
と考えることもできるわけです。

私たちの中で、
「さらなる上部構造にシフトし」、連なる能力を、
育てて(学習して)いくことにより、
そのような治癒や、能力の拡張を、
期待することもできるわけなのです。


◆Ghostの囁き


さて、以上、
映画『攻殻機動隊』の設定を素材に、
心理療法から、変性意識状態(ASC)、
聖霊の働きから、学習理論と、
Ghost(心)の持つ可能性について、
さまざまに取り上げてみました。

これらは、
可能性としての仮説に過ぎません。
もし、何か響く点がありましたら、
ぜひ、ご自分の「Ghostの囁き」にしたがって、
その道の行方を、実際に、
探索・確認してみていただければと思います。



※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。



 





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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書籍新刊『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』のご案内

ここでは、拙著の紹介をしたいと思います。

 

電子版/書籍版↓

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

※kindle無料アプリは、コチラ

 


本書の内容やテーマは、
サイトの記載と一部重なるものですが、
その主眼(狙い)においては、
少し、違うものとなっています。

当サイトでの記載は、
ゲシュタルト療法や、
変性意識状態(ASC)を活用した、
心理的な問題解決・治癒、
能力・創造性開発など、
実生活でのアウトプット(成果)に、
フォーカスが当てられています。

一方、本書においては、
意識拡張のさまざまな姿(様相)など、
心身の多様な可能性や、
存在の肯定的状態(エクスタシィ)、
潜在能力の大きな枠組みを
展望することに、
焦点が当てられています。

そのため、
各種の変性意識状態や方法論
(人生回顧体験、クンダリニー体験、聖地体験、
夢見の技法、行きて帰りし旅等)の、
検討を踏まえ、
心の潜在能力を解放する、
さまざまな実践的見地が、
テーマとなっているのです。

一般に知られる事柄より深いレベルで、
変性意識の諸相や、
人格変容の実態、
存在の肯定的状態(エクスタシィ)について、
知りたいと思われた方には、
心身のより深められた統合の姿を、
展望いただける内容となっています。

また、実際問題、
心理的統合(治癒)や、
独創的なアウトプットを出すことに対しても、
潜在能力のひろがりや、
心の全体的な可能性を、
深いレベルで知っておくことのが、
近道ではあるのです。

人生の謎を解いていきたい方にとっては、
本書は、生涯に渡って、
役立つ内容となっています。

以下は、本文からの抜粋です。


『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』 

はじめに

 本書は、心理療法や変性意識状態を素材として、私たちの心が持つ、多様な可能性について考察を行なったものである。副題の「現代的エクスタシィの技法」とは、エリアーデの著書『シャーマニズム』の副題『エクスタシィの古代的技法』より来ている。本書に、心理学的なアプローチによる、エクスタシィ(意識拡張)の技法を見出そうという目論見があるからである。そのため、本書においては、意識の変異した状態や、無意識の自律的な機能を中心に、私たちの心が持つさまざまな能力について検討が行なわれている。そして、自然的な創造性が、私たちを導いていく精神の諸領域についても、その展望を見ている。本書を貫く主題は、気づき、変性意識状態(ASC)、心身の拡充的な統合といったものである。

 第一部と第二部では、「気づきの技法」と題して、心理療法の一流派であるゲシュタルト療法を取り上げている。ゲシュタルト療法は、現在では人間性心理学に分類される、心理療法の流派であるが、その原理や効果の実態を見ると、治療目的の心理療法だけに限定されない多様な要素を持つものだからである。また、その実際のセッション体験は、私たちの心の持つ能力や可能性について、さまざまな事柄を教えてくれるものだからである。ゲシュタルト療法は、健康な人が、自己の心を探索し、創造力や才能を発掘する技法として、効果を望める面が強いのである。それゆえ、流派の創始者パールズは、ゲシュタルト療法の原理が持つ普遍性を強調するために、自身をゲシュタルト療法の創始者ではなく、再発見者にすぎないと表現したが、それも、あながち言い過ぎともいえない面があるのである。ゲシュタルト療法の実践が持つ原理は、禅をはじめ、世界の瞑想技法とも多くの共通点を持つものなのである。また特に、実践のなかで育って来る、気づきawarenessの能力は、重要な要素となっているものである。その能力は、精神を探求する諸流派の方法論と呼応しつつ、治癒効果にとどまらない、意識拡張の可能性について、さまざまな事柄を、私たちに教えてくれるのである。実際のところ、ゲシュタルト療法を、古今東西にある気づきの技法に、心理学的技法を加えた方法論として見るという、別の見方をすることも可能なのである。そのように見ると、さまざまな介入技法を持つ、ゲシュタルト療法の利点も見えやすくなって来るのである。そのため、本書のゲシュタルト療法についての記述は、必ずしも、教科書的な解説に準じない面や、心理療法としての注意点を省いている面もあるが、それは、そのような本書の狙いのためである。本書では、意識や心身の能力を拡大する、気づきの技法として、ゲシュタルト療法の可能性を検討しているのである。

 第三部では、変性意識状態Altered States of Consciousnessを取り上げて、その体験のさまざまな様相を見ている。変性意識状態とは、意識の変異した状態であるが、それは、普段の日常意識では、あまり知ることのできない、さまざまな体験領域について教えてくれるものである。ここでは、具体的な事例を交えつつ、そのような意識状態の諸相について見ている。

 第四部では、夢見の技法と題して、夢を取り扱う、さまざまな方法を取り上げている。夢は、無意識(潜在意識)の自律的な智慧であり、私たちの意識に、必要な情報をもたらす生体機能である。また、その夢に対して、相応しい表現を、生活の中で与えていくことは、私たちの心身に拡充をもたらす、重要な方法論となっているのである。

 第五部では、私たちの自然的な(野生的な)能力を回復するという観点から、さまざまな具体的技法を、取り上げている。それらは、潜在能力の開拓や、生きる力の獲得という面からも、有効な実践技法となっているのである。

 第六部では、以上のまとめとして、心理学的な人格変容を通した、私たちの意識拡張の内実について見ている。神話的なモデルなどを参照しつつ、私たちに、存在の拡充をもたらす実践のあり方を検討している。


目次

はじめに

第一部 気づきの技法Ⅰ ゲシュタルト療法 基礎編

第一章 ゲシュタルト療法とは 
第二章 気づきの3つの領域
第三章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル 
第四章 未完了の体験
第五章 複数の自我
第六章 葛藤
第七章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
・ライヒとボディワーク系心理療法

第二部 気づきの技法Ⅱ ゲシュタルト療法 実践編

第一章 セッションの原理・過程・効果 
第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
第三章 心身一元論的アプローチ
第四章 夢をあつかうワーク
第五章 心理的統合の姿
(補遺)
・セッションにおける通過儀礼とコミュニタス
(コラム)
・アウトプットとゲシュタルト療法
・存在力について

第三部 変性意識状態の諸相

第一章 変性意識状態とは
第二章 呼吸法を使った変性意識状態
第三章 人生回顧体験
第四章 蛇の火について
第五章 大地の共振
(コラム)
・残像としての世界 映画『マトリックス』の暗喩

第四部 夢見の技法

・夢見とは
・気づきと夢見
・心理療法と夢見
・夢見における集中状態
・創作的形式の利用
・創作過程とシャーマニズム的構造
・創作の体験過程
・体験の増幅と凝集
・明晰夢の利用

第五部 野生と自然

第一章 シャーマニズム的な姿勢
第二章 野生の気づき
第三章 狩猟的感覚
第四章 裸足の歩み
第五章 底うち体験と潜在力の発現
第六章 戦士の道と平和の道
第七章 伝統的シャーマニズムについて
第八章 道化の創造性
第九章 アウトサイダー・アートと永遠なる回帰

第六部 行きて帰りし旅

第一章 心理学的に見た変容のプロセス
第二章 英雄の旅
第三章 野生的エクスタシィの技法

参考文献


(本文より)
 
第三部 変性意識状態の諸相

◆人生回顧体験

民間伝承などではよく、人は死ぬ直前に、「自分の全人生を、走馬燈のように回顧する」といわれる。人生回顧(ライフ・レビュー)体験とは、そのような体験のことである。この現象は、臨死体験者の事例報告が収集されるようになってから、そのような現象が、比較的高い頻度で起こっていることが、確認されるようになったことでもある。臨死体験研究のケネス・リング博士によって作られた測定指標の中でも、臨死体験を構成する特徴的な要素として、一項目が採られているものである。

さて、過去に見られたさまざまな事例からすると、この体験は、突発的な事故などの、何かしらの生命危機に際して、遭遇しがちな体験となっているものである。しかし、実際に瀕死状態にならずとも、その危機を判断することの中でも起こるようなので、緊急時における、何らかのリミッター解除が原因となっているのかもしれないのである。筆者の場合は、特に急な事故でもなく、普段の生活の中で、この変性意識状態に入っていったのである。しかし、多くの事例を仔細に見ると、危機的状況による過度な内的圧力(ストレス)が、そのきっかけになることが考えられたので、筆者にあっても、何らかの過度な圧力が、その原因になったと類推されたのである。


◆体験内容

さて、その体験は、普通に街を歩く中で、突然、訪れたものであった。当然そのような出来事が、自分の身に起こることなど予期していなかったのである。そして、起こった後も、それをどうとらえてよいのか、苦慮したのである。その体験が起きた時は、気分の悪さを抱えながらも、普段どおりに市街を歩いていただけであった。

…………………………………
…………………………………………

重苦しい気分で、通りを歩いている。
暗い感情が波のように、心身の内を行き来するのがわかる。
煮つまるような息苦しさ。
あてどない、先の見えない苦痛に、想いをめぐらせていた、とある瞬間、
ある絶望感が、ひときわ大きく、
塊のようにこみ上げて来たのである。
内部で苦痛が昂まり、過度に凝集し、限界に迫るかのようである。
自分の内側で、何かが、完全にいき詰まり、
行き場を失ったのを感じたのである。
その時、
固形のような感情の塊が、たどり着いた、
後頭部の底で、
「砕け散る」のを、
感じたのである。
物体で打たれたような衝撃を感じ、
視像の中を、
透明なベールが、左右に開いていく姿を、
知覚したのである。
内的な視覚の層が、
ひらいていく姿だったのかもしれない。
奇妙な知覚状態に、
入っていったのである…

見ると、
随分と下方に、
遠くに(数十メートル先に)、
「何か」があるのが見えたのである。
何かクシャッと、
縮れたもののようである。
よく見てみると、
そこにあったのは、
(いたのは)

数日前の「私」であった。
 
正確にいうと、
「私」という、
その瞬間の自意識の塊、
その風景とともに、
その瞬間の人生を、
「生きている私」
がいたのである。

たとえば、
今、私たちは、
この瞬間に、
この人生を生きている。

この瞬間に見える風景。
この瞬間に近くにいる人々。
この瞬間に聞こえる音たち。
この瞬間に嗅ぐ匂い。
この瞬間に感じている肉体の感覚。
この瞬間の気分。
この瞬間の心配や希望や思惑。
この瞬間の「私」という自意識。
これらすべての出来事が融け合って、
固有のゲシュタルトとして、
この瞬間の「私」という経験となっている。

さて、その時、
そこに見たものは、
それまでの過去の人生、
過去の出来事とともにある、
そのような、
瞬間の「私」の、
つらなりであった

各瞬間の、
無数の「私」たちの、
膨大なつらなりである。
それらが時系列にそって、
そこに存在していたのである。

瞬間とは、
微分的な区分によって、
無限に存在しうるものである。
そのため、そこにあったのも、
瞬間瞬間の膨大な「私」たちが、
紐のように、
無数につらなっている姿であった。

それは、
遠くから見ると、
出来事の瞬間ごとのフィルム、
もしくはファイルが、
時系列にそって、
映画のシーンように、
沢山並んでいる光景であった。

そして、
そのフィルムの中に入っていくと、
映画の場面の中に入り込むように、
その時の「私」そのものに、
なってしまうのであった。

その時の「現在」、
その瞬間を生きている「私」自身に、
戻ってしまうのであった。
その瞬間の「私」を、
ふたたび体験できるのである。

主観として得られた、
過去の「私」の情報のすべてが、
そこにあったのである。

………………………

そして、それを見ているこちら側の意識は、透視的な気づきをもって、言葉にならない、無数の洞察を、閃光のように得ていたのであった。そして、この時即座に言語化されて、理解されたわけではなかったが、この風景の姿から、直観的に把握されたものとして、いくつかのアイディアを得たのであった。
その内容を論点によって切り分けると、おおよそ以下のようなものになる。これは後に、体験を反芻する中で、言語化され、整理された要素である。
(つづく)


(本文より)


◆大地の共振

古来より聖地と呼ばれる場所があり、人々の生活になんらかの意味を持っていたことは、歴史的な遺跡や文献などからも、うかがい知れるところである。近年でも、俗にパワースポットなどと呼ばれる場所があり、かつての聖地の通俗版として機能していることがうかがえるのである。これらの事柄から考えると、場所や土地に関連づいた、何らかの効能が、昔から存在していたことが類推されるのである。
その原理は、よくわからないが、仮に推論すると、ひとつには、催眠的な効果などがある。たとえば、その場所が、伝承や信仰などと関連した象徴(トリガー)となっており、人がその場所を訪れると、一種の催眠的効果が惹き起こされる可能性などである。身体に聖痕が顕れる信徒などがいるが、そのような原理に基づいた、変性意識状態である。ただ、その場合は、その場所にまつわる何らかの信念に、当人が影響を受けていたり、惹起される効能(体験)に関する情報が、事前に当人にプログラムされていることが必要である。
また、別の可能性としては、純粋に物理的なエネルギー作用である。何らかの磁気的・エネルギー的作用が、そこに存在しているのである。現代の科学では、まだ検出されていないが、未知の成分が存在しており、それらが作用しているというわけである。気功の思想領域などで想定されている内容であり、将来的には、何かの検知が得られる可能性もあるのである。

さて、筆者は、ある見知らぬはじめての土地で、まったく予備知識もなかったにもかかわらず、ある種の変性意識状態、エネルギー的な体験を持つことになったのである。ここでは、その事例について見ていきたい。
 ちなみに何らかの事前的なプログラムの有無についていえば、その土地は、情報もなく、突然行くことになった土地であった。かつ、その特定の場所についていえば、旅の途中で偶然知り、行き当たった場所であった。つまり、事前の情報は、皆無だったのである。さて、その時は、ほとんど観光として、そのあたりの土地土地をめぐっていたのであるが、ある場所を訪れた帰り道に、とある古い史跡のことを耳にしたのである。その周辺に来て、そのような場所があることを、偶然知ったのであった。


………………………………………………………………
その場所は、予想に反して、小さな山であり、樹林も少しある静かな所であった。
古く長い石段を登り、小高い史跡のあたり一帯を、散策してみることにしたのである。
とある高台のような場所にたどり着いた時、普段はそんなことをしないのだが、何気なく手をかざして、その場を肉体的に感じてみようとしたのである。するとその時、かすかにチクリと、何かの感覚が一瞬よぎったのである。
普段そのようなことはしないので、気のせいだと思い、あまり気にもとめずに、散策をそのままつづけたのであった。ひと通り、あたりも見終わり、帰り際にすることもなくなったのであるが、その時、ふとさっきの感覚が何であったのかが気になったのである。そのため、さきほどの場所に戻り、その感覚をたしかめることにしたのである。最初の場所に行き、そのあたりの方向に、(目立たぬよう)掌を向けてみたのである。その正確な方向と位置をさぐってみたのである。
(つづく)


(本文より)
 
第四部 夢見の技法

二、気づきと夢見

まず、はじめに、ここでは、「意識的に夢を見る」ということについて考えてみたい。意識的に夢を見ることは、夢の力を取り出し、外在化させるために、最も直接的な方法のひとつだからである。しかし、意識的に夢を見ることは、常識的に考えてみても分かるように、そんなに簡単なことではないのである。その状態は、白日夢と近似した状態ではあるものの、逆説的な要素を含んでいるからである。そもそも、日常意識とは、夢を見ていない状態のことを指しているからである。そのため、その状態は、ある面、日常意識と夢とを、同時に(多重的に)実現することを意味するのである。その点で、これは、心理学的に考えられた幻視の技法ともいえるものである。

さて、夢はそもそも、自律的に奔流する野生の心の機能である。その表現も、日常的現実から見ると、非論理的、非因果的なものである。一方、日常意識は、無意識の奔流する情報を濾過・組織化し、因果的に、秩序づける働きである。夢の表現は、象徴的で暗示的、暗喩的で重層的である。一方、日常意識は、明確で明示的、論理的で単線的である。両者はある面、対極的なあり様をしているのである。そのため、両者を同時に働かせるようにするためには、両者の力が相殺しないように、両者の情報の流れを、上手く均衡させる(メタ的な)気づきawarenessの機能が、重要となるのである。気づきの力が、夢見の状態をつくり出し、保持・統御するための要となるのである。つまり、具体的には、気づきの中で、意識の焦点を緩め(拡げ)、夢の流入を導き、調節を行なっていくのである。普段でも、私たちは意識のふと緩んだ瞬間に、さまざまな空想や夢を見ているものである。それをより組織的に行なうということなのである。そのため、これは喩えると、夢の湧出と意識の集中とが、均衡(共振)する心の状態を意図的つくり出すことともいえるのである。その状態を、気づきのフレーム枠の中で、堅固に統制・保持することなのである。特に日常意識は、合意的現実を基盤として、心に自在に閃くものにフィルターをかけて、抑圧しがちである。日常意識と夢の湧出を均衡させるためには、変性意識状態を取り入れつつも、日常意識が、ある種の可動域(許容量)を柔軟に拡げていくことが求められるのである。これは慣れと訓練的な事柄であると同時に、習熟が可能な事柄でもあるのである。瞑想のように、心をじっくり注視する中でも修練が可能であるし、また、心理療法のセッションの中でも、鍛えることが可能な事柄である。また、この後に見るように、競技的な身体技法や、創作的プロセスの中でも磨いていくことが、可能な技能となっているのである。そして、この夢見の統制状態に慣れて来ると、外部領域と交わる、生活のあらゆる場面で、そのエッセンスを、知覚的霊感(創造性)として活かすことができるようになっていくのである。
(つづく)


(本文より)

第五部 野生と自然

第二章 野生の気づき

 ここでは、「野生の気づき」のあり方について考えてみたい。さて、通常、現代の私たちが、A地点からB地点に行くという場合、B地点に何らかの目的があって移動するのが普通である。そして、そのあいだの移動距離(時間)というものは、目的地に較べて、不要な行程(過程)とされており、価値のないものと見なされているものである。そのため、この行程を省略するための交通手段が、高い価値を有しているのである。たとえば、速度のはやい飛行機や特急車両などが高額である理由である。そこでは、行程にかかる距離と時間が、金で買われているのである。これが、私たちの、普段の価値観における、目的地(目的)志向であり、過程(プロセス)や時間に対する考え方である。

ところで一方、野生の自然の世界とは、忍びあいの世界である。動物たちは、いつ自分が、天敵や捕食者に襲われるか分からない世界で生きている。一瞬たりとも、気(気づき)の抜けない世界である。また逆に、いつ食べ物や獲物が、目の前に現れる(チャンス)か分からない世界でもある。その意味でも、一瞬たりとも、気の抜けない世界である。自分が、捕食者として獲物を狩った瞬間に、今度は自分が獲物として捕食者に狩られてしまうという、そんな容赦ない世界である。生き延びていくためには、無際限な、瞬間瞬間の気づきが、必要な世界である。気づきの欠如は、すなわち、自らの死につながるからである。つまり、野生の世界では、気づきの持続が、イコール生きることなのである。たとえ、A地点からB地点に移動するにしても、省略してよい無駄な時間などは、一瞬も存在しないのである。すべての瞬間が、可能性であり、危険であり、魅惑であり、在ることのかけがえのない目的なのである。すべての瞬間が、生命の充満した時間なのである。

さて、現代の私たちの(人間)世界と野生の世界との、過程のとらえ方、気づきの働かせ方を記したが、いったいどちらが、生きることの豊かさの近くにいるであろうか。生命の深さと濃密さに通じているであろうか。それは、過酷ではあるが、野生の世界であろう。
私たちの現代社会においても、危機的なサバイバル状況では、動物のような野生の気づきが必要となるのである。現に今でも、世界では、厳しい政治状況などによって、野生の気づきをもって、生きざるをえない人々がいるのである。

さて、本書では、このような野生の気づきのあり方に、ありうべき気づきの働かせ方、過程と時間のとらえ方を、生を透徹させる可能性を見ているのである。瞬間瞬間、サバイバル的に、野生の気づきをもって、未知の経験に開かれてあること。瞬間瞬間、能動的に、創造的体験に開かれてあること。できあいの言葉や観念で世界に膜をかけて、ものを見ないようにするのではなく、そのような人間的ゲームの外に出て、俊敏な気づきの力で、野生の創造過程を垣間見ること。そこに、私たちが、自然本来の創造性を生きる鍵があると考えているのである。
(つづく)


(本文より)
 

第六部 行きて帰りし旅

◆変容の原理

 では、生の変容過程(行きて帰りし旅)とは、どのような原理や構造を、その深層に持っているのであろうか。それを見ていきたい。前章では、英雄の旅とゲシュタルト療法のセッションが、類似した体験過程を持つことについて見てみた。また、第三部においては、ブレスワークとゲシュタルト療法のセッションが、深層において、共通の体験過程を持っていることについて触れた。ここからも類推されるように、生の全体性を指向する変容プロセスには、根っこのところで、同種の体験過程があるようなのである。それは、何度か引いた、次のようなプロセスである。

「たいていの場合、ホロトロピック(※全体指向的)な体験は、オルガスム曲線を描き、感情のもり上がりとともに、身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、突如の解決に導くといった経路をたどる」 (グロフ、前掲書 ※引用者)

中心にある原理は、生体の、絶頂へと向かう自律的な解放運動と、本然性回復のプロセスなのである。それは、短期的にも長期的にも、未完了のゲシュタルトの表出(充足)のプロセスとなっているのである。その絶頂を目指す運動にともなって、エネルギーの緊張と解放が生じ、未全なゲシュタルトに対する意識化のプロセスが起こって来るのである。

そして、この過程については、どのような視点(意識と無意識、時間的長短)から、プロセス全体を見るかによって、見えるモデルが違って来るのである。無意識の力の浮上と、意識への浸食を中心にプロセスを見ると、ブレスワーク(短期的過程)や、心理的変容のフェーズ(長期的過程)が見えて来る。一方、無意識と格闘する意識の統合過程を中心に、プロセスを見ると、ゲシュタルト療法のセッション(短期的過程)や、英雄の旅(長期的過程)の形態が見えて来るのである。どこに視点を置いて、プロセス全体を見るかによって、参照する変容モデルも変わって来るのである。しかし、全体としての運動の姿を見てみると、絶頂を目指すオルガスム曲線のようなベクトルが見えて来るのである。それは、前にも触れたように、自発的な異物解消と本然性回復の、生命生理的プロセスなのである。

特に、このオルガスム曲線のプロセスは、行きて帰りし旅の「行き」の部分、つまり異界的彼方へ向かう局面においてよく当てはまるのである。グロフ博士は、次のような観察を、各所で指摘している。つまり、ブレスワークの体験過程においては、生体の中で、あたかも自動的にスキャン(走査)がはじまり、不具合箇所が見つけ出され、その問題が自然に解消されていくようであると。おそらく、これと同様の形で、人生の長期的なプロセスにおいても、私たちの無意識の力は、未完了のゲシュタルトを、意識の前景(図)に押し出して来て、それらを解消するようにと、私たちに促して来るのである。そのことで、より自由な生命の流動性を獲得できるようにと、未完了な心理課題を解消する絶頂的表出(意識化)へと、私たちを追い込んで来るのである。ただし、このオルガスムのプロセスは、たった一回の絶頂で、すべてが解放されてしまうほど、単純な構造にはなっていない。そのため、終局的な解放を目指して、異物のような未完のゲシュタルトを解除する小さな絶頂を、人生で幾度も繰り返していくこととなるのである。

 また、ブレスワークのセッションの中では、さまざまな身体症状や激しい情動が溢れて来て、私たちの意識を圧倒して来るものである。それと同じように、人生の長い過程においても、無意識の力は、私たちの意識の前面に、ときどきの解消すべきテーマ(障害、課題)を現わして来るのである。心理的な投影を介して、実在の人物や事件の姿を借りて、それらを現わして来たりするのである。そして、私たちを怖れさせたり戦わせたり、魅惑したり愛させたりしながらも、終局的なゴールへ向かって追い込んで来ることになるのである。無意識が活性化すると、私たちは、それらの像たちにも感応(感染)しやすくなるからである。そのようにして、普段の人生の、長期的なプロセスにおいても、私たちは、悲喜交々や激しい愛憎体験を通して、解放へのオルガスム曲線を、その果てまで辿ることになるのである。

さてまた、オルガスム曲線モデルにおいては焦点が当たらない、旅の「帰り」の部分、往還の「還」の部分を含めて考えると、この行きて帰りし旅には、さらに、どのようなプロセス(モデル)が見えてくるだろうか。そこにおいては、(オルガスム曲線と重なって)生命における成長と結実、拡張と収縮のサイクルが見えて来るのである。つまり「食と性の宇宙リズム」(三木成夫)である。このリズムにおいては、拡張(成長繁茂・春夏)と収縮(開花結実・秋冬)のサイクルが、繰りかえし反復されている。「行き」である拡張においては、成長繁茂のプロセスが、若さのようにオルガスム的解放を求めて、果てまで行くことを目指すのである。生命が、潜在力の十全な解放をめざして、冒険のよう果てまで行くことを目指すのである。一方、「帰り」である収縮においては、開花結実のプロセスが、世界との交感・交合を、収穫や果実として、凝集・凝固することを目指すのである。これは、普段から、私たちがよく目にする、自然界の原理的な姿なのである。

さて、このようにして見ると、私たちの人生に現れる変容過程が、オルガスム曲線を描きつつも、拡張と収縮、成長と結実を、季節のように繰りかえす、生命の普遍的な相貌と重なって来るのである。
ところで、この探索における実践上のポイントについていえば、ここでもまた、主体的な姿勢として肝要なのは、気づきと好奇心を持ちつつ、このプロセスを「果てまで」行ききってみようと試みることなのである。その生長を、果てまで展開し尽くしてみようとすることなのである。そのことで、私たちは、神話英雄のように、生命の未踏の領域に到達し、焼尽するような変容を通して、こちら側に還って来ることができるのである。
そして、また、そのように見ると、この旅の果てにあるものが、食と性の接点、個と類をつなぐ点としての絶頂、つまり、愛と交換の地点であるというのは、興味深い事柄でもある。そこにおいて、私たちは自らを超出しつつ、存在を二重化し、自己と他者、生と死、昼と夜とがひとつになるような存在に変貌するからである。
(つづく)

 

 

 

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

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【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト


 


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総合サイト案内 能力拡張のマップ

当サイトは、以下の4つのパートで構成されています。

 (全体はこちら→サイトマップ)

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

【PART2 Standard】気づきと変性意識の技法 基礎編

【PART3 Advanced】気づきと変性意識の技法 上級編

【PART4】フリー・ゲシュタルト・ワークス

 

…このPART1~3の流れで、

 私たちは、能力と意識を、より拡張していくこととなります。

 心 Mindの「守・破・離」の流れになります。

 この背景では、ベイトソンの学習理論等が参照されています。

 

 

【前段】心理的変容の技法 見取り図

…まず、前段として、

 当スペースの視点によって、

 コーチング、セラピー等の各種の方法論の中で、

 ゲシュタルト療法が、

 位置づけられています。

 


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

 

…心の変化と、能力の拡張を生み出す、

 当スペースの基礎手法である、

 ゲシュタルト療法の方法論について解説しています。

 この実践を深めることが、心身の基礎づくりとなります。

 

ゲシュタルト療法

 

 

【PART2 Standard】気づきと変性意識の技法 基礎編

 

・当スペースでは、

 心の働きを構成する根本的な原理として、

 「気づきawareness」と「変性意識状態(ASC)」

 という、二大原理を置いています。

 

・また、心の能力の状態(能動性)として、

 「流動化」「組織化」「焦点化」という、

 3つのあり様を重視します。

 

・このような基本原理から、

 ゲシュタルト療法の原理を再理解し、

 心の実際的能力を見ていきます。

 

・ゲシュタルト療法を充分にこなすと、

 私たちは、心のとらわれをなくし、

 「流動化」した状態となります。

 それは、解放された、自由で楽な状態です。

 素晴らしい状態です。

 しかし、それだけでは、

 アウトプットの創造性を高められません。

 

・「流動化」し、自由になった素材・情報を、

 新しい形に「組織化」したり、

 目的に「焦点化」する力が、

 人生に、結果を生み出すのです。

 

・ゲシュタルト療法の実践・能力拡大を、

 ベースにした上で、

 変性意識状態(ASC)他さまざまな知見・方法論を

 プラスすることで、

 私たちの能力や意識は、

 通常、人々が経験している体験領域よりも、

 一段階、自由で、高い状態に移行します。

 

・その高能力化した状態stateが、

 当スペースでは、Standard(標準)の状態となります。

 このようなガイドラインの設定が、

 標準のマインドセットを構成し、

 私たちを、より高い気づきの状態に保ちます。

 そしてまた、

 より優れたアウトプットを導く状態に保つのです。 

 

・学習理論から考えると、

 ゲシュタルト療法による、

 私たちの能力拡張の構造と原理が、

 より理解されます。

 

・PART2 Standardでは、

 ゲシュタルト療法の基盤にかけ合わせることで、

 相乗的に能力を拡張してくれる、

 各種の方法論・知見について解説をしています。


変性意識状態(ASC)とは 基礎編
英雄の旅

体験的心理療法

NLP(神経言語プログラミング)

禅と日本的霊性

野生と自然
 

【PART3 Advanced】気づきと変性意識の技法 上級編

・PART3 Advancedでは、

 PART2 Standardの上級編として、

 気づき、変性意識状態(ASC)、

 流動化、組織化、焦点化などの切り口をもとに、

 自分なりの、

 フリースタイルな創造性を見出していきます。

 

・また通常、多くの、

 能力開発系や心理療法等がおちいりがちな、

 悪循環のゲームを、

 絶えず、乗り越えていく方法論(気づきの技法)も、

 考えられています。

 ここがポイントです。

 

・気づきの自由と、変性意識状態(ASC)、創造性には、

 私たちが想像する以上の、

 可能性と拡がりがあるのです。

 

・私たちは、ゲシュタルト療法の実践や、

 気づきの訓練、変性意識状態(ASC)の探索、

 各種の創造的な実践等、

 取り組みを深めていくことで、

 ますます、気づきawarenessの能力を高め、

 既存のこだわりをなくし、

 一次元高い、自由で、未知の、

 能力拡張的・意識拡張的な体験領域を、 

 得ていくこととなります。

 

 そのことで、私たちの人生は、

 まったく違う次元を開いていくことになるのです。

 ここでは、そのようなアプローチの事例を、

 いくつか見ていきます。


変性意識状態(ASC)の活用 応用編
願望と創造性の技法
その他のエッセイ


【PART4】フリー・ゲシュタルト・ワークス

・最後に、当スペースに関する事項をまとめています。

 当スペースのコンセプトと概要
 セッションで得られる成果

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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
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願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
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欲求(感情)とつながる言葉の使い方Ⅱ 「しない」と「したい」

前回、
ゲシュタルト療法における、
欲求(感情)とつながるための、
言葉遣いへの注目や、
その言い換え方法について、
説明しました。

今回も、
その続きとして、
私たちが、
日常、何気なく使っている
言葉遣いについて、
ゲシュタルト療法的視点での、
言い換えやその意味を、
解説してみたいと思います。


①「できない」から「しない」へ

私たちは、
通常、色々の事柄に対して、
「私は○○ができない」
と表現します。

何か思いつくものを、
声に出して、
言ってみてください。
例はなんでもいいです。
一見、
自分と関係ないことの中にも、
この原理は、
活きているからです。

「私は、ダイエットができない」
「私は、英語がしゃべれない」
「私は、ピアノが弾けない」
などです。

このような言い方は、
私たちを無力化します。
自分を、
無能力に感じさせます。

しかし、
これは、本当でしょうか?

この「できない」を、
「しない」へと、
言い換えてみてくたさい。

「私は、ダイエットをしない」
「私は、英語をしゃべらない」
「私は、ピアノを弾かない」

言ってみて、
からだの中で、
この感情の響きを、
よく味わってみてください。

先の言い方との違いが、
感じられたでしょうか?

「しない」は、
主体的な行動です。
私たちの主体性と、
その選択力を、
取り戻します。

私たちは、
「しない」という、
行動を選択していたのです。

多くの事柄に対して、
私たちは、
「できない」のでなく、
その行動を、
選択していないだけなのです。

限られた人生の時間の中で、
すべてを選択することは、
無理だからです。

本当は、
「できない」のではなく、
選択して、
「していない」だけなのです。

選択して集中して行なえば、
それなりに、
できるのです。

「しない」は、
この主体性と選択の、
パワーを取り戻します。
欲求(感情)につながる表現です。

この「しない」ことの選択に、
気づきが持てれば、
私たちは、
「する」ことも、
できるように、
なっていくのです。
欲求を明確化することの秘密に、
気づきはじめるのです。


②「すべき」から、「したい」「してほしい」へ

私たちは、誰かに、
何かを要求する時に、
しばしば、
「普通、人は(世間では)、○○するものだ」

「人(あなた)は、○○すべきだ」

という言い方で、
相手に欲求(感情)を、
伝えようとします。

これは、
よく「一般化」として、
知られるものです。

「私」や「あなた」という主体を、
「世間一般」という、

抽象的な権威に変えて、
相手に何かを、
要求しようとするやり方です。

 

この内実は、
他者(や自分)の中にある、

権威的自我(精神分析の超自我、

ゲシュタルト療法のトップドッグ(勝ち犬))に、

訴える「操作的な」

言い方です。

      

このような言い方や、
他者操作は、
私たち自身の主体を、

超自我にスライドし、

私たち自身の、
欲求の中心を、

空洞化し、
無力化するものです。

 

また、

言われた相手も、
見えない権威(超自我)に訴える、
操作性や作為を、
メッセージに感じて、
反発心が出ます。

(相手のアンダードッグ(負け犬)が、

起き上がります)
素直に、
受け入れたくなくなります。

 

「あなたは、○○すべきだ」
ではなく、

むしろ、
「私は、あなたに○○して欲しいなぁ」
とストレートに、
自分の欲求(感情)として、
相手に伝えることは、
私たち話者に、

厚みある主体性の感覚を、
与えます。

また、
言われた相手も、
あなたという個人の願望なので、
(言われた通りにするかどうかは別にして)
それ自身として、
受け止めます。
それは、
欲求(感情)のやり取りとして、
ストレートで、
密度の濃いものになります。
ずっと、
「生きたもの」に、
なります。

それは、
私たち人間同士の、
関係性を、
生きた濃密なものに、
変えていくのです。


さて、今回も、
言い換えの技法について、
例を挙げてみてみました。

②のものなどは、
ワーク(セッション)の中でも、

義務への従属というパターンで、
しばしば現れて来る言い方であり、
クライアントの方に、
言い換えを、
体感してもらい、
気づきを深めてもらいます。

いずれにせよ、
これらの言い換えは、
私たちが、
自分の欲求(感情)とつながり、
主体として、
より生き生きと、
感じられるようにするための、
ひとつの方法なのです。



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

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ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

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欲求(感情)とつながる言葉の使い方Ⅰ 「そして」

ゲシュタルト療法では、
言葉の使い方に、
注意します。

言葉の使い方で、
自分の欲求(感情)を、
活かしも、
殺しも、
するからです。

私たちは、
日常で、
あまり意識しない、
言葉の使い方によって、
自分の欲求(感情)を、
ないがしろにしたり、
無力にしたり、
してしまっているのです。

そのため、
ゲシュタルト療法では、

ワーク(セッション)の中でも、
しばしば、
クライアントの方の、
言葉遣いについて、
指摘をします。

そして、   
表現(言葉)の言い換えを、
してもらったりします。

そのことによって、
クライアントの方の感じ方が、
グッと変わり、
自分の欲求(感情)に、
コンタクトしやすくなったり、
するからです。

言い換え法にも、
パターンがいくつもありますが、
今回は、
そんな言葉の言い換えで、
ワーク(セッション)中に、
しばしば、
生ずるものについて、
取り上げてみましょう。


◆「でも」ではなく、「そして」

さて、
私たちは、
普段の生活でも、
ある人物に対して、
相反する感情を持つことが、
よくあります。

ゲシュタルト療法の、
ワーク(セッション)でも、
エンプティ・チェアを使った、
ロールプレイ場面などでも、
そのような風景が展開します。

そのような時、
人は言います。

「私は、あなたのことは好きです。
でも、○○なところは嫌いです。」

「私は、あなたのことが好きです。
でも、○○なところに怒っています。」

というような具合です。

相反する二つの気持ちを、
「でも」「しかし」「だけど」と、
逆接の接続詞で、
結ぶのです。

怒りや嫌悪という、
自分の認めがたい、
ネガティブな(陰性)感情の言い訳に、
好きだという、
ポジティブな(陽性)感情を、
引きあいに出している面も、
あります。

しかし、
ゲシュタルト療法では、
逆接の接続詞は、
それぞれの欲求(感情)を殺す言葉だと、
考えます。

二つの欲求(感情)を、
葛藤させ、ぶつけて、
相殺してしまう言葉遣いだと、
考えるわけです。

そのため、
ゲシュタルト療法では、
この逆接の接続詞を、
「そして」という、
並列の接続詞に、
言い換えてもらいます。

「私は、あなたのことは好きです。
そして、○○なところは嫌いです。」

「私は、あなたのことが好きです。
そして、○○なところに怒っています。」

普通、
耳にしない日本語です。

さて、
実際に、身近にある、
このような事例を、
思い出して、
声に出して、
それぞれの言い方で、
言ってみて下さい。
言い換えてみて、
その違いを、
味わってみて下さい。

からだの中で、
その感情が、
どう響くか、
感じてみて下さい。

この違いが、
分かったでしょうか?

並列の接続詞は、
それぞれの欲求(感情)を、
活かす言い方です。

ポジティブな(陽性)感情も、
ネガティブな(陰性)感情も、
どちらも、
自分の欲求(感情)として、
きちんと、
コンタクト(接触)することが、
できます。

その欲求(感情)に、
つながることが、
できるのです。

どちらの欲求(感情)も、
真っ直ぐに感じ、
パワーとして、
生きられるのです。

どちらの欲求(感情)も、
自分の欲求(感情)として、
責任をとって、
引き受けられるのです。

それ自身として、
受け入れられ、
肯定されるのです。

ゲシュタルト療法では、
自分の欲求(感情)は、
ポジティブな(陽性)感情であれ、
ネガティブな(陰性)感情であれ、
すべて、意味のあるものとして、
肯定します。
責任を取って、
受け入れて(受容して)いきます。

それが、
生体としての、
全体性を、
生きることに、
つながるからです。

そして、
それは、
このような言葉遣いの、
側面からも、
意図されているのです。
   

 

 


葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決の方法 ネガティブな感情の扱い方

複数の自我(私)

未完了の体験

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

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葛藤解決の方法(ポイント)Ⅲ ネガティブな感情の扱い方

さて、別に、
ゲシュタルト療法における、
葛藤解決の方法について、
そのワーク中のコツについて、
解説してみました。

ここでは、
そのワーク中に現れる、
「主観的な気持ち」
に関する部分で、
重要なポイントを、
解説してみたいと思います。

さて、
ゲシュタルト療法のワーク(セッション)では、
自分の中で、
心理的葛藤があり、
苦痛が生じている時に、
分裂している自分の自我を、
それぞれの椅子に分けて、
置きます。

この時、大体、
次のような形で、
椅子に、
ロール(役割)が、
分かれるものです。

一方の椅子には、
もともと、
自分がそうであった、
(a)苦しめられている自分
が置かれ、
もう一方の椅子には、
自分を、
(b)苦しめている自分
が、置かれるものです。

ところで、
この時、
(a)苦しめられている自分
は、普段から自分にも、
なじみのある自分である場合が、
多いものです。

一方、
(b)苦しめている自分
に関しては、
普段から、
自分で、
「見たくない自分」
「認めたくない自分」
であることが、
多いのです。

それは、
自分の要素として、
在って欲しくない、
居てほしくない、
ネガティブな(陰性)な感情です。

それは、
「批判的な自分」
「意地悪な自分」
「憎悪している自分」
「激怒している自分」
「悪意をもった自分」
「冷酷な自分」
「無力な自分」
「怠惰な自分」
などなどの、
ネガティブな(陰性)感情です。

大概、人は、
そんな自分の要素を、
「それの本当の私ではない」
(一時の衝動ではあっても)
という気持ちで、
普段は、
「切り離してdisown」
自分の外に、
はじき出しています。
それを、
見ないようにしています。
それを、
認めないようにしています。

しかし、
葛藤解決のワークにおいては、
この「認めたくない自分」が、
もう一方の椅子に、
しばしば、
現れて来ることとなるのです。

実際にワークをしたことのない人は、
恐ろしい事柄と、
思うかもしれません。

しかし、
実は、この点こそが、
ゲシュタルト療法の、
決定的なパワーの秘密なのです。

ワークの中で、
このような、
ネガティブな(陰性)感情の自分が、
出て来た時は、
次の事柄に留意して、
ワークを行なうと、
グッと、
快癒(統合)が進んでいきます。
効果が出ます。

①素直に、それ自身になる。
②誇張して、表現してみる
の二点です。


①素直に、それ自身になる。

まずは、
椅子に分けられた、
ネガティブな(陰性)感情そのものに、
正直に、
「素直に」
なってみる、
ということです。
 
ワークのロールプレイは、
安全な空間での、
実験(遊び)です。
そのため、
恐れることは何もないのです。
嫌なら、
やめればいいだけですから。
 
少し抵抗はあるでしょうが、
まず、試しに、
「それ自身になって」
みるのです。
そして、
心を澄まして、
深い部分で、
その感情を、
真っ直ぐに、
正直に、味わってみるのです。
体験してみるのです。
表現してみるのです。

すると、
多くの人が、
「なーんだ。大したことなかった」
と思います。

ネガティブな(陰性)感情を、
拒否している時は、
その感情が、
非常に恐ろしい、
悪魔的な感情に思えており、
それに深く触れると、
自分が、コントロールを失うんじゃないか、
とか、
自分が、その感情に乗っ取られてしまうんじゃないか、
とか、
自分がなくなっちゃうんじゃないか、
とか考えます。

しかし、いざ、
そのネガティブな(陰性)感情に、
接触し、
それを味わってみると、
全然そのような、
恐ろしいことが起こらないのに、
気づくのです。

脅威でもないし、
害になるものでもないのです。

素直な気持ちで、
それを感じてみると、
むしろ、
その中にある、
核となる力強い要素(本性、能力)に、
気がつくのです。

その感情を拒否している間は、
単に、悪魔的な感情にしか、
思えなかったのに、
いざ、その中に入って見ると、
パワフルで、
能動的な(肯定的な)感情であったことに
気がつくのです。

ネガティブな(陰性)感情は、
外と内では、
見え方がまったく違うのです。

自分が拒絶していたために、
悪に見えていたに、
すぎないのです。

「クローゼットの中の骸骨」
という譬え話があります。
クローゼットの中に、
白骨死体があると思って、
怖くて、
クローゼットが、開けられないのです。
しかし、
実際にクローゼットを開けて、
中を見ると、
そこには何もないのです。
しかし、
実際に開けないことによって、
恐ろしい妄想は、
膨らむばかりです。
解決法は、
「実際に見ること」
なのです。

ネガティブな(陰性)感情も、
これと同じです。
実際に、それ自身になって、
内側から感じてみると、
大したことがない(普通の感情)と、
わかるのです。


②誇張して、表現してみる

さて、
そのネガティブな(陰性)感情を、
充分に味わえ出したら、
それを外部に、
表現することが、
とても大きな効果に、
つながります。

大概の人は、
自分から切り離していた、
自分のネガティブな(陰性)感情を、
とても、
「恥ずかしいもの」
「汚らしいもの」
「悪いもの」
と感じています。

外に表現できないと、
思っています。
隠さなければならないと、
思っています。
(そのことで、日々、疲れます)

全然、
そんなことはないのにです。
(ネガティブな(陰性)感情を持つことは、
生物として、いたって、正常なことです。
本能的なパワーです)

そのため、
実際に、
そのネガティブな(陰性)感情を、
外部に表現してみて、
それが、
風景として、
全然おかしなものではないと、
普通のことだと、
確認することも、
重要です。
グッと、
快癒を進めます。

また、
その快癒を、
より推し進めるには、
少し誇張するくらいに、
そのネガティブな(陰性)感情を、
表現してみるのも、
良い方法です。
 
少し誇張するくらいに、
思う存分、
そのネガティブな(陰性)感情を、
表現してみるのです。
 
このように、
過度に表現してみても、
問題ないじゃないかと、
自分の中で、
確証が取れるからです。
また、
そのことを、
「意識的」に、
行なうため、
気づきと統合の、
統御感が加わるからです。
そのことは、
自分の中で、
手応えと、
自信と確信を深めます。

そして、
実際に、
ネガティブな(陰性)感情を、
表現していく中で、
必ず、
その感情の、
より創造的な要素に気づき、
より自分のパワーや才能として、
統合していくことが、
起こって来るのです。

批判的な気持ちは、
刺すような知性の現れだったり、
激怒は、
圧政に対する、
純粋な抵抗(反抗心)の現れだったりと、
わかるのです。

恐ろしい悪魔は、
知的なジョーカーに変わり、
激怒していた残忍な虎は、
健気なトラ猫だったと、
わかったりするのです。
……………………

さて、以上、
ワークにおける、
ネガティブな(陰性)感情の扱い方を、
みましたが、
実際、
ネガティブな(陰性)感情に
気づきと意識を持って、
コンタクト(接触)できる能力は、
私たちの統合を深め、
私たちを、パワフルにします。
 
キレて、
怒りに乗っ取られるのではなく、
意識的に、
怒れる能力は、
私たちを、
積極的にします。

一面的な見方で、
ネガティブな(陰性)感情を、
排除すると、
私たちは、
生命の半分を、
排除することになります。

いわゆる、
「いい人」に、
私たちは、どこか、
ウソ臭さを感じます。
 
それは、
ネガティブな(陰性)感情が、
排除されていて、
人格に、
どこか一面性や、
欺瞞を感じさせるからです。
怒りや憎しみも、

ゲシュタルト療法のワークは、
普段、私たちが、
なかなか、
上手にコンタクト(接触)や、
統御を行なえない、
このネガティブな(陰性)感情に関わり、
統合していく、
創造的な機会と、
なるのです。

そして、
この図式は、
人類の普遍性としては、
「英雄の旅」の神話が、
教えてくれている事柄でも、
あるのです。




 

葛藤解決の方法(ポイント)

 

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ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

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【PART4 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

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葛藤解決の方法(ポイント)Ⅱ

さて、前回は、
ゲシュタルト療法における、
葛藤解決の方法(ポイント)について、
そのエッセンスの部分について、
解説してみました。

今回は、
実際のゲシュタルトの、
ワーク(セッション)の中で、
葛藤を解決するにあたって、
また自己の内側を探索していくにあたって、
どのようなことに注意すればよいかについて、
記してみたいと思います。

さて、
まず、葛藤状態が、
ワーク(セッション)の中で、
浮かび上がってくるのは、
自分の中にある、
ある欲求(感情)の表現を試みようとした時、
それを否定するような、
別の欲求(感情)の存在に気づいた時です。

そこには、
色々なパターンがあります。
「○○をしたい」に対して、
「○○したくない」というような、
ストレートな反対欲求(感情)がまずあります。

他にも、
「○○をしたい」に対して、
「そんなの無駄なんじゃない(意味ないんじゃない)」という、
懐疑や否定、無価値化の欲求(感情)があります。
また、
「○○したい」に対して、
「そんなことより、もっと別の○○すべきだ」という、
強制や優先の欲求(感情)があったりします。

このような、
別の声の存在を、
とらえることが重要です。

そのような自己の内にある、
別の欲求(感情)の存在に気づいた時に、
自分から、
(または、ファシリテーターの提案で)
その別の欲求(感情)を、
エンプティ・チェア(空の椅子)に、
置いてみます。

自分の外に、
その存在を、一旦、
切り分けてみるのです。

自分の二つの欲求(感情)が、
二つのエンプティ・チェア(空の椅子)に、
空間的に配置されることになります。

自分を妨げる欲求(感情)の存在を、
自分の外に出すと、
より自己一致して、
自分の欲求(感情)自身を、
深く感じ取れる(味わえる)ようになります。

実際、妨げるのがなくなると
私たちの欲求(感情)というものは、
ふっと身軽くなったかのように、
自由になって、
日常ではわからなかったような、
内奥の真意を、
告げて来るのです。
それを、
充分に感じ取り、
身体化(受肉化)していくことが、
重要となります。

奥底から飛び出してきた、
普段は隠れていた欲求(感情)
というものは、
孵化ばかりのヒナのように、
柔らかな存在なので、
それを充分に、
現実的な存在にするには、
身体的な表現なども交えて、
堅固に固めていく必要があるのです。

さて、
この切り離した欲求(感情)の、
内奥の探索に際して、
それを「十分なものにする」のに、
2つの側面(ベクトル)が、
ポイントとなります。
①「底の方から」の側面と、
②「相手に向かって」の側面です。

①の「底の方から」というのは、
葛藤しているものから解放されると、
欲求(感情)は、
その本来性に根差した、
深い真の欲求(感情)を、
告げて来ます。

まず、最初、
葛藤しているものから解放されると、
その欲求(自我)は、
先ほどまでの欲求(感情)を、
繰り返し表現します。
しかし、
その欲求(感情)を、
ひとしきり出し尽くすと、
表出し終わると、
自己の枯れた井戸の底に、
ふっと、シフト(転換)が生じて、
別の新たな欲求(感情)を、
表現しはじめるのです。

その欲求(感情)は、
葛藤状態では、
鬱屈し、歪められていた、
本来の欲求(感情)なのです。
そして、
その本来の欲求(感情)を、
充分に表現・表出してみるのです。

葛藤を分けた場合は、
この状態までは、
きちんとたどり着く必要が、
あります。
そうでないと、
その欲求(感情)は、
中途半端な、未完了感を、
どこかに残したものに、
留まってしまうのです。
これが、
①の「底の方から」で、
必要なポイントです。

②の「相手に向かって」とは、
切り離した欲求(感情)が、
誰に対して、
その欲求(感情)を持っていて、
成就する必要があるかという側面です。

それは、
第一には、
対峙的に葛藤していた、
欲求(感情)に対してである、
ということです。

そのために、
欲求(感情)の表出に際しても、
最終的には、
その相手に、きちっと、
欲求(感情)を伝えていくこと、
コンタクト(接触)していくことが、
重要となります。
その中で、
欲求(自我)間のエネルギーの交流が、
物理的に生ずるのです。

そのことが、
欲求(感情)を、
「現実化」と「統合」に向かわせるにも、
きわめて重要なポイントなのです。

身体化(受肉化)していくにも、
大いに役に立つのです。

ここで、2つの欲求(自我)を、
きちんと接続できないと、
現実感と統合に、
不足が生じてしまうのです。

これが、
②の「相手に向かって」という、
重要なポイントです。

この①と②が、
充分に深められて、
練られて、
ワークが行われていくと、
葛藤解決は、
つよい強度をもった、
自己の統合として、
着地することができるのです。








【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

【PART2 Standard】

気づきと変性意識の技法 基礎編

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【PART3 Advanced】

気づきと変性意識の技法 上級編

変性意識状態(ASC)の活用

願望と創造性の技法

その他のエッセイ

 

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葛藤解決の方法(ポイント)Ⅰ


さて、
ここでは、
葛藤解決の方法(ポイント)について、
解説してみましょう。

以前の、
別のページでは、
ファシリテーター側の視点から、
葛藤解決の方法を、
解説していました。
(エンプティ・チェアの技法など)

今回、
ここでは、
逆に、クライアントの側として、
私たちが、
自分の葛藤解決をする場合、
どのような体験過程に、
注意して、気づきを深めると、
葛藤が解決していくのか、
そのポイントを、
解説してみたいと思います。

さて、一般に、
葛藤とは、
私たちの心の中で、
複数の欲求や感情が、
からまり、相反し、
苦痛を生んだり、
身動きが取れなくなる状態をいいます。

私たちの中に、
複数の欲求が、
併存していることは、
分かっているわけです。

ところで、
一般には、
この複数の欲求というものが
その背後に、
「複数の自我(私)」として、
存在していることは、
あまり知られていません。

そのため、
自分が何かやりたいことをしようとしている時に、
それを邪魔する感情や欲求が、
湧いて来ると、
何か妨害されたような気分になり、
苦痛を感じたり、
落ち込んだりします。

そして、自分や、
自分の欲求は、
「善」として考え、
自分を苦しめたり、
妨害して来る欲求や感情は、
「悪」なる存在であると、
考えるわけです。

それら、
「悪」なる欲求や感情に、
どこかに去ってもらいたい、
消えてもらいたい、
排除したいと、
考えているわけです。

そして、
多くの人が、
それらの邪魔して来るような感情や、
身体感覚は、
子供の頃や若い頃から、
「自分のパターン」として、
認識しているもので、
「また、いつもの奴が出て来た」と、
感じるものです。

さて、
そのような感情や身体感覚とは、
ゲシュタルト療法の考え方では、
私たちの無意識にある、
別の自我が、
なんらかの「意図」をもって、
働いている結果なのです。

もしくは、
普段私たちが同一化しているなじみの自我と、
別の自我の意図とが、
「摩擦を起こして」
いる症状です。

そのため、
この苦痛な感情や身体感覚が、
「別の自我」という、
理由(わけ)ある存在との、
葛藤によって起こっている、
と知ることが、
葛藤解決の第一歩です。

現れて来る感情や、
身体症状は、
単なる偶然や、余計なノイズでは、
ないのです。
(それは、
シグナルを送っているのです)

次の第二歩は、
その自我の正体を、
その自我の意図を、
知っていくことです。

その自我の正体(意図)を知る際に、
重要なのは、
その自我自身の、
内奥の感情を、
「体験的に」、
知っていくことです。
頭や思考で考えても、
知ることはできません。
(それができれば、
葛藤はとっくに無くなっています)

その感情のエッセンスに、
その自我が何者であるかの、
秘密が潜んでいるのです。
そのため、
自分の深いところに下降して、
コンタクト(接触)して、
体験することが必要となるのです。

そうすると、
一見、表面的には、
ネガティブで、
「悪」であると見えた感情の、
奥底には、
逆に、
能動的な、
渇望と欲求があることが、
分かって来るのです。

その自我欲求の、
「どうしたい」
「何が欲しい」
という根源的な欲求が、
そこには、あるのです。

それらは大概、
本人が、
本当に生きるために必要な、
原初的で、肯定的な、
愛情や愛着にまつわる、
大切な欲求・渇望です。

葛藤のもつれを、
ほどいていくには、
そのような、
奥底にある、
渇望や欲求を、
「今ここで」、
充分に、
体験してみる必要があります。
気づいていく必要があります。
知っていく必要があります。

そして、
それらの渇望や欲求が、
人生の中で、
充分に生きられなかったため、
(なんらかの理由で凍結したため)
心の中の未完了の体験として、
存在していたと、
知ることが大切なのです。

同時に、
その欲求と渇望の力は、
死ぬことなく生き続けて、
自分を駆り立てていた、
根源的なエネルギーだと、
知っていくことになります。

そのためには、
まずは、
その心の渇望や、
欲求のあり様を、
よく体験し、
気づき、
認め、
充分に受け入れていくことが、
必要です。

その渇望は、
私たちが、
これまで生きて来るに際して、
とても重要な役割を、
担っていたのです。

しかし、
人生や生活の中で、
また、日々の処世術の中で、
その渇望や欲求、
深い感情は、
抑圧され、
排除され、
無いものにされていたのです。

そのため、
それらは、
何か関連する特有の機会に、
身体感覚や、
刺激的な感情(苦痛)となって、
現れるようになったのです。

そのため、
まずは、
それらが、
いつも自分とともに、
存在していることを知り、
真の姿は、善きものであると、
肯定的なエネルギーであると、
体験し、
気づき、
認めることが、
第一歩となるのです。

ちなみに、
付け加えると、
このような深い渇望をもった自我が、
どのような過去の出来事に由来したか、
ということは、
あまり重要ではありません。
過去の出来事自体が、
明確に無かったこともあるのです。

重要なのは、
今現在、
実際に存在している、
その渇望の真意なのです。
そのため、
その渇望が今、
何を欲しているかを、
知っていくことが、
重要となります。

さて、
ところで、
普通の現代生活の中では、
このような、人生で周縁化された、
感情や渇望、欲求をつかまえて、
その真の姿を知り、
葛藤を無くしていくような機会は、
基本的には、訪れません。

その分裂と葛藤を抱えたまま、
生きていくのです。
それはある意味、
心の一部分に、
フタをして、
生きていない状態でもあります。
そのため、
その心の一部分は、
執拗に現れて来ては、
私たちを苦しめるのです。
それが、
未完了のゲシュタルト
ということです。
それが強い場合は、
鬱となって、
現れたりします。

さて、
ところで、
ゲシュタルト療法においては、
基本的な手続きと、
技法的な仕組みを使うことで、
このような人生で、
ないがしろにされていた、
重要な渇望や欲求を、
それと認め、
それらの存在を受け入れ、
心理的に、
自分のものとして統合していく、
ということを、
セッションで行なっていきます。

その結果、
「より十全に自分である」
という感覚を持って、
生きていくことが、
できるようになるのです。


 

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

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ゲシュタルト療法早わかり

さて、
ゲシュタルト療法を
知らない多くの人と接する中で、
「ゲシュタルト療法とは、
どんなものか」
を説明する、
さまざまな機会があります。
また、それを求められます。
 
しかし、
ゲシュタルト療法は、
「個人的体験」を核とするため、
概念的な言語で、
その内容を表現するのは、
なかなか難しいのです。
 
そのため、
多くのゲシュタルト療法家が、
「ゲシュタルトは、
体験してみたいとわからない」
と言って、
説明するのを、
止めてしまうのです。
 
たしかに、
ゲシュタルト療法は、
それを構成する、
世の中の教科書的な項目を、
積み上げて解説すると、
実際のセッションがもつ感覚体験、
遊戯的な即興性や飛躍性に較べて、
死物のような姿になってしまう、
という傾向があります。
 
「ゲシュタルト」(形態)
という言葉自体が、
部分の積み上げは全体にならない
という意味での、
「固有の全体性」を
含意する言葉でもあるので、
各要素ごとの解説では、
情報が断片化してしまうのです。
 
そのトータルな、
本質(美点)が、
伝わらないということです。
 
そのため、ここでは、
ゲシュタルト療法の持つ、
本質的な視点や感覚的なイメージを、
全体像として、
さっと一筆描きのように、
描いてみたいと思います。
 
そのことで、
ゲシュタルト療法の、
全体像が伝わればと思います。
 
 
****************************
 
ゲシュタルト療法の実践を、
構成する素材を、
筆者なりに取り出してみると、
以下のような事柄になります。
これはひとつの塊を見る際の、
角度(多面性)という意味合いです。
 
①心身一元論的・全体論的アプローチ
②気づきの力の重視
③未完了な欲求(感情)への注目
④自発的な表現プロセスへの信頼

⑤変性意識状態(ASC)への移行
⑥他者との交流や、自立的感覚の重視
⑦存在論的な感覚

 

さて、

ゲシュタルト療法では、
人間を、
ひとつの生体の渇望として、
欲求の体験過程として、
とらえていきます。
生物の全身運動を感じ取るように、
心身を一貫して流れる、
欲求の全体性に、
注目するのです。

そして、
クライアントの方の中で、
その流れる欲求が、
内部において、
どのような形で、
阻害されているか、
欲求不満となっているかについて、
注目するのです。
 
また、
同じような欲求不満が、
心身や生活史の中において、
同様な形で表出されている姿を
見てとるのです。
クライアントの方が、
それらをどのように表出させているかを、
見てとるのです。
 
実際のセッションにおいては、
その欲求(欲求不満)の全体を見て、
アプローチを決めていきます。
 
セッションの一番の基本姿勢(技法)は、
クライアントの方自身に、
自分の今の欲求(快苦、不満)に、
刻々「気づいて」いってもらうことです。
今、自分の中に浮上している、
特徴的な感情や感覚に、
気づいてもらい、
焦点化することです。
 
また、
アプローチに際しては、
ファシリテーターが、
クライアントの方自身が気づいていない欲求に、
焦点化することも多くあります。
そのように介入することで、
クライアントの方の中で、
分離していた欲求への気づきが促され、
統合へのダイナミクスが、
生まれやすいからです。
 
また、
ゲシュタルト療法では
クライアントの方の欲求行動の、
速やかな実現を阻害している要因が、
過去に形成された、
欲求不満のパターンにあると見ます。
 
人間は、障害に直面し、
強い欲求不満を抱え込んだ場合に、
時として、
その欲求に関わる、
欲求不満をそのまま(未完了のまま)、
凍結させてしまうからです。
欲求行動の歪みを、
生体の中に、
プログラムしてしまうからです。
(→未完了の体験、未完了のゲシュタルト)
 
その結果、
その後の人生で、
似たような欲求行動に際して、
無意識のうちに、
阻害的なプログラムを、
発動させてしまうことになるのです。
これが、苦痛や葛藤、
能力の制限や生きづらさを、
生む要因となるのです。
 
そしてまた、
ゲシュタルト療法の視点として、
重要なことは、
欲求に関わる課題が、
喫緊のものとして生じている場合は、
クライアントの方の、
心身の表現として、
「今ここ」において、
必ず前景に現れて来ると、
考える点です。
 
生体における喫緊の欲求課題は、
図(ゲシュタルト)として、
知覚の前景に、
現れてくるという考え方です。
 
そして、これは、
クライアントの、
内的感覚においてもそうですし、
外面的な身体表現においても、
そうなのです。
 
そのため、
(極端なことをいえば)
クライアントの方の過去の話を、
こまごまと聴いたり、
どこか遠くに、
問題の原因を探しに行く必要も、
ないのです。
 
今ここにおいて、
クライアントの方が感じていることや、
全身で行なっていることを、
注意深く追跡していけば、
未完了の欲求不満(未完了のゲシュタルト)に
必ず行き着くと考えるのです。
 
そして、
アプローチに際しても重要なのは、
クライアントの中の、
何かの原因whatを捜し求めることではなく、
クライアントが、
今ここで、
どのようにhowに行なっているかを、
注意深く見極めることなのです。
そこに、
介入と気づきの糸口があるのです。

 

クライアントの方本人にとっても、

重要なのは、

自分の中の、何か原因whatを捜し求めることではなく、
今ここで、いかにhow、無意識的な欲求パターンを、

反復しているのかに、自分で気づいていくことなのです。

そして、それを変えていくことなのです。

 

ゲシュタルト療法が、
「今ここの心理療法」と言われる所以です。

ところで、
ゲシュタルト療法においては、
そのような阻害的プログラムを解消し、
統合する手法として、
具体的・物理的な、
感情表現・身体表現を、
活用していきます。
 
そして、
それらプログラムの書き換えを、
より効果的に達成するために、
有名なエンプティ・チェアの技法などの、
実演化を利用した手法を使っていきます。
 
そのような実演を通して、
クライアントの方は、
今まで意識できていなかった、
自己の欲求(自我たち)に、
はじめて遭遇することとなります。
気づきを得ることとなります。
 
実演化という表出行為、
外在化の結果として、
クライアントの方は、
より速やかに、
エネルギーを流動化・解放させ、
気づきを得ることができるのです。
分裂や葛藤の統合を、
はかっていくことができるのです。
 
そしてまた、
(グループの場合は)
それらを、
他者との直接的な交流や表現、
相互作用などを通して、
より効果的に作用させていくのです。
 
このことにより、
クライアントの方の、
自律性と、
主体化の感覚が深められ、
ひいては、
能力感や自立感、
存在論的感覚の深化という、
実存的な側面での統合も、
はかられていくのです。
 
以上が、
ゲシュタルト療法の
全体のあらましとなります。

 

【関連サイト】

 

ブログ「ゲシュタルトな気づき」

 


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

【PART2 Standard】

気づきと変性意識の技法 基礎編

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

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NLP 普及・効果・課題

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【PART3 Advanced】

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意識的な生の効能

さて、今回は、

自己の限界を超えることと、

意識的な生の効能について、

書いてみましょう。

 

以前、

ゲシュタルト療法と、

アウトプットすることについて、

その関係を書きました。

ゲシュタルト療法の、

ワーク(セッション)の特徴である、

実験的な表現や、アウトプットが、

クライアントの方の、

それまでの人生の中での、

表現の境界を超え、

小さな越境となり、

自己の心理的プログラミングを、

書き換えていくことになる、

という事柄についてです。

 

さて、通常、

一般的な人生においては、

そのような限界を超えていく体験は、

自然発生的に生じます。

(そのため、必ずしも、

機会は多くないのです)

 

それらの多くは、

危機的な状況によるものです。

 

そのような場合に、

人は、事件に背中を押されるように、

行動をせざるえなくなり、

図らずも、

自分の表現の限界を超え、

心理的プログラミングも、

書き換えられることになるのです。

 

しかし、

それらは、大概、

望まれない事件的な出来事において、

生じる体験であり、

いたしかたなく、

受動的に発生する事柄です。

 

意欲的に、能動的に、

達成されるという類いの事柄では、

ありません。

 

そのような意味では、

たとえば、心理学の方法論などを使って、

自己の人格や能力、行動力を、

変化の対象にするというのは、

少し風変わりな、

「方法論的な生き方の取り組み」とも、

いえるものです。

 

そして、それは、

自らの人生を、

偶然任せではなく、

いくらか、

自らの探求的な統制のもとに

置いていこうという、

意欲の表れともいえます。

 

しかしながら、

結果的には、

このような人々は、

成長していきます。

 

日々を漫然と過ごすのではなく、

自己の成長に対する、

意識的な気づきとともに、

あるからです。

 

日々、たえず、

自己の存在と限界に気づき、

それを乗り越えようと努力する、

心の働きとともに、

あるからです。

 

そのような気づきと、

指向性自体が、

人生を濃くし、

人を成長させていくのです。

 

そのような人は、

長い時間軸で見た際に、

人生をぼんやりと過ごした人に較べて、

格段の差で、彼方の地点に、

到達してしまうものです。

 

同じ年齢の人間が、

同じだけの経験値を、

持っているわけではないのです。

その濃度は、

意識的な探求の内圧によって、

大きく変わるものです。

 

これは、

私たちの人生そのものの、

大いなる秘訣であるともいえるのです。

 

そのため、

意識的に生きるということは、

苦労多く、面倒臭いことではありますが、

また、実りについても、

大変豊かなものがあると考えてよいです。

 

 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

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【第四部 当スペース関係】

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「明晰夢」の効力 夢の中で掌を見る


 
さて、

人類学者C.カスタネダの本の中に、
「夢の中で、自分の掌を見る」練習をする、
という有名な話が出てきます。
これは、シャーマニズムの訓練として、
行なうものです。

これは一見すると、
奇妙な(突拍子もない)訓練にも聞こえますが、
サイトや本で取り上げているような、
気づきの訓練や、
さまざまな変性意識状態への移行を、
数多く繰りかえしていくと、
だんだんと実際にそのようなことも、
起こる(できる)ように、
なってくるものです。

夢の中で、
それが夢だと気づきながら、
行動している夢、
いわゆる明晰夢 lucid dream の状態です。

明晰夢は、
意識と無意識とが、
他にないまじかさで、
交錯する状態であり、
心の要素(知覚や能力)や傾向性を、
試したり、検証したりする
またとない機会となるのです。

また、夢のナマな創造力に、
じかに触れられる状態であり、
私たちの心の、
未知の機構を知ることのできる、
貴重な機会となっているのです。

明晰夢は、

その慣れと習熟に従って、
私たちの心に、
深い実際的な変化を、
引き起こして来ます。

それが、古来から、
世界中の瞑想技法の中で、
この状態が、
特記されていたわけなのです。

特に、
夜の夢の中における、
気づきの力の醸成と、
昼間の生活の中における、
気づきの力の醸成とは、
表裏を成してつながっており、
その相乗的効果(質性の変化)を、
とりわけ顕著に現してきます。

私たちの世界をとらえる感覚や、
〈気づき〉のあり様が、
深い次元で、
変容して来るのです。

それは、
私たちに深い解放と流動性を、
もたらして来るものなのです。


そのため、当スペースでは、

このような明晰夢の利用を、

気づきの力の養成や、

X意識状態(XSC)につながる(育てる)取り組みとして、

重要なものに、

位置づけているのです。

 

※明晰夢や夢見、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』

をご覧下さい。



※関連記事映画
→映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 

  【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
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未来からの未完了の体験

ここでは、

「未来からの未完了の体験」

ということについて、

見てみたいと思います。

 

しかし、これは変な言い方です。

 

過去の出来事によって、

未完了の欲求不満が生じ、

未完了の体験が生まれるのに、

未だ存在しない未来の体験から、

未完了の体験が生ずるとは変な話です。

当然、これは、ひとつの喩え話です。

 

ところで、よく、ゲシュタルト療法の中では、

未完了の体験がなくなったら、

どうなるのかという問いかけがあります。

 

教科書的な答えは、

過去の未完了の体験に妨害されることなく、

「今ここの、ありのままの現実を体験できる」

というものです。

 

これは、程度の問題はありますが、

実際、そのようなことが起こってきます。

セッションでの取り組みを通して、

私たちの中で、ざわめくさまざまな心的ノイズが、

消失していくに従い、

より直接的に、ダイレクトに、

「現実」を感じ取れるようになっていくのです。

 

しかし、一方、

人生経験の中では、常に、

新しい未知の事態に直面していくものなので、

そこで葛藤は生じ、

それほど酷いものではありませんが、

軽度な未完了の体験(ゲシュタルト)は、

多かれ少なかれ、

創られ続けていくのです。

 

それは、ゲシュタルト療法の、

標準仕様の姿なのです。

 

しかし、ここでは、

もっとその先にある、

心の、大きな全体性という視点から、

生じて来る、未完了のゲシュタルトについて、

考えてみたいと思います。

 

ところで、実際、長年、

ワーク(セッション)を繰り返して、

心を掘り進んでいくと、

少し毛色の変わった、

「未完了的なテーマ」らしきものが、

浮上してくるというは、

あることなのです。

 

そのテーマの性質や姿は、

単純な過去の出来事に起因するのとは

違うタイプのものです。

過去の生活史を探ってみても、

その事実の中に、

その痕跡をつかまえることはできません。

単なる未完了の事柄とは、

違った印象を受けます。

 

さて、どうやら、

私たちの秘められた心とは、

より深部に潜めている、

全体性・完全性を、

実現しよう、成就しようという、

強い欲求を持っているようなのです。

 

そのため、

過去の人生にあった、

未完了の体験を完了(無く)していくと、

今度は、さらに違ったレベルの、

心の全体性を、

実現したがりはじめるのです。

 

未来の心の全体性が、

現在の人生の中に、

押し入り、侵入して来るかのようです。

それは、心の、

ダイナミックで、

創造的な側面ともいえます。

 

拙著の中では、

このことを、

人生の中に現れて来る、

「夢の力」として、

重要な事柄として取り扱っています。

 

そのため、

当スペースでは、

未完了の体験を完了させていくと、

今度は、心は、次の、
「より大きな未完了(完全性)を、

引き寄せるだろう」とします。

 

そのことは、

徒労感を感じさせるでしょうか?

しかし、 

それは、創造的で、

エキサイティングな事柄なのです。


 

 

 【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

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なぜ、ゲシュタルトなのか 出会いと選択


さて、クライアントの方に、
日本では、まだマイナーな(?)、ゲシュタルト療法を、
筆者自身が、どのように見出し、
主たる方法論にすえたのかと、
たまに聞かれることがあります。
 
そこで、いろいろとお話をするのですが、
その話が、ゲシュタルト療法の特質をよく伝え、
クライアントの方の、
セッションの取り組み方の参考になるということが、
わかって来ました。
 
そのため、
ここでは、筆者自身が、
どのようにゲシュタルト療法を見出し、
どこにメリットを感じたのか、
また、どのように、それを活用することで、
自分の能力を拡大し、
人生を変えていくことになったのか、
そのことについて、
少し書いてみたいと思います。
 
 
①人生の変化(突破口)を求めて

さて、ゲシュタルト療法との出会いは、
その昔、自分の能力を拡張する、
効果的で明確な方法論がないかと、
体験的心理療法の領域を、
色々と探している中で起こりました。

その当時、
仕事面においても、生活面においても、
自分の能力・創造力に行き詰まりを感じて、
変化の突破口を探している時期でした。
 
また、会社の配置転換なども不如意で、
仕事では、日々、人生の時間を無駄にしていると、
痛感している状況でした。
このまま毎日、同じようなことを繰り返していても、
人生に先がない、先に進めないと感じていたのでした。
 
ただ、他人や会社を当てにしていては、
状況を打開できないこともわかっていました。
自分で状況をなんとかするしかなかったのです。
そのために、自分の能力自体を、もう一段、
飛躍させる必要を、どこかで感じていたのです。
 
また、同時に、
当時は、時代の変化の時期、
インターネットが急速にひろまっていく時期でもありました。
社会インフラとしてのネット普及が起こり
情報コミュニケーションの形態が変わり始めていました。

そんな中で、
自分がそれまで働いていた既存の業界、既存の事業、
既存の仕事のスキルが皆、
急速に陳腐化し、無価値になることが予測されました。
 
自分が、長年苦労して得た、
わずかばかりのスキルでさえ、
世の中では、もう役に立たなくなる。

寄りどころとすべきスキルも、
藻屑のように消えてしまう。
 
そのような、寄るべない閉塞感の中で、
技術の進歩や、社会環境の変化に左右されずに価値を持つ、
普遍的なスキル、能力とは何だろうか。
そういうものを得られないかと、
考えていたのでした。
 
まったく先の見えない、

行き詰った状況の中で、
あてどない焦燥感に駆られていたのでした。

また一方、
多少、知見や、変性意識の経験等もあったので、
頭で考えるだけの方法論(知識学習、資格取得)では、
能力や人生は、深く根本的なレベルでは変えられない、
飛躍を起こせない、ということもわかっていました。

(実利的な知識学習は、後からでも間に合うものでした。

優先順位の後に来るものでした)

 

まずは、

能力や創造力を生み出す基盤である、
感覚や感情、意識や心に、
直接的に作用し、
その構造や組織、プログラミングを変えていくような、
心理学に近い方法論こそが、
抜本的な変化を起こせるものだろうと、
当たりをつけていたのでした。

内的な能力への自信・確信こそが、

優先されたのです。

それを、年齢が少しでも若く、

可塑性の高いうちに手に入れ、

心の基盤に変化を起こしたいと考えたのでした。


 

②心理学・心理療法に関して
 
さて、後に、ゲシュタルト療法を発見するわけですが、
そもそも、心理学自体には、十代の頃から関心があり、
フロイトらの精神分析や、精神医学の書物などは、
早くから読み漁っていました。
自分の心に響くものがあったのでしょう。

大学の学部選択としても考えたことがありました。
大学の教授の中には、
精神分析の対象関係論やメラニー・クラインについて、
非常に深いレベルで語れる先生などがいて、
そこでは、さまざまな恩恵を得ることにもなりました。
 
しかし、解釈を主とする心理学というものは、
心の実体に解離した言葉をつむぐだけであり、
解離を深めこそすれ、
心に触れたり、心を変えたりすること自体には、
ほとんど役に立たないということが、
だんだんとわかって来ることにもなりました。
もっと直接的に、心に作用するような方法論が、
必要だと理解されたのです。
 
 
③体験的心理療法の探索
 
さて、そのような、
行き詰まりと焦燥感の中で、
能力を拡張する、実効的な心理学として、
さまざまな体験的心理療法の周辺を、
探索することになったのでした。
また、コーチングやNLPなども、
発見していくことになったのでした。
 
そして、そのうちに、
実体験をもって、
その世界(業界、方法論)の、
色々な実態がわかって来ました。
 
体験的心理療法の中には、
ブリージング・セラピーのように、
非常に強力に、心に作用し、
プログラミングを、
書き換えるものがあります。
 
しかし、その効果を、
仕事(日常生活)での能力や、創造性として、
実際的にどう活用するかというと、
それは縁遠いものでした。
効果の領域が、
深すぎた(基盤的すぎた)のでした。

また、コーチングやNLPは、
体験的心理療法に較べると、
心のプログラミング変更を起こす点では、
威力の弱いもの(浅すぎたの)でした。
その場でその気になるだけ、
といった物足りないものでした。
筆者が欲していたのは、
能力を拡張するために、
心理プログラミングを、
真に恒久的に書き換える方法論だったのです。
 
つまり、どのような方法論も、
筆者が当時、欲していたような、
現実的に効果を出し、
能力・創造力を拡張するための変化の技法としては、
充分ではなかったのでした。

もっと適切なバランスや 強度をもった方法論が、

求められたのでした。
 
 
④人生を加速・拡張するツールとしてのゲシュタルト療法
 
そのような試行錯誤の中で、
ゲシュタルト療法に出会うことになったのでした。
 
ゲシュタルト療法も、
心理療法の世界では、
有名な(古典的な)ものなので、
名前だけなら、非常に早い時期に知っていました。
しかし、いまひとつ、

何を行なうかのイメージがつかないため、
後回しにしていたのでした。
 
しかし、機会があって、
それを体験した時に、
(予想とは違って)
これこそが、自分が探していた方法論に、
最も近いのではないかと、感じられたのでした。
ここに、人生を変える鍵があるのではないかと、
直観したのでした。
 
そして、それは実際、
当時、筆者が感じていた人生の行き詰まり、
能力や創造力、意識や感情、心の限界に対する、
突破口となっていったのでした。
 
いざ集中して取り組んでみると、
それは、「まるで魔法のように」

効果を発揮し、
自己の能力を根本的なレベルで、
拡張する方法論だとわかりました。

最初の一年の取り組みが終わった時、
自分で、「能力前年比300%」と評価し、

ノートに記しました。
そのくらいに、
爆発的な変化があったわけでした。
 
また、前段で書いた、
社会の環境変化に左右されずに価値を持つ、
普遍的なスキル、能力という側面についても、
ゲシュタルト療法は、
そのような人間の基底的な能力・創造性を、
深く覚醒させ、

利用可能なものにする方法論であることが、
わかったのでした。

自分の思考力、感情、集中力、想像力、

エネルギーのすべてが、

バージョンアップしたが、

わかったのでした。


ゲシュタルト療法の、
表現を主とした気づきの手法は、
単に治癒的な心理療法というだけでなく、
より普遍的な能力開発技法、

創造性開発技法としても、
応用可能な本質を持っていたのでした。

(また実際、後に、

神話などとのさまざまな類縁性にも、

気づくことにもなったのです)

そのため、
このゲシュタルト療法に、
意図的に習熟することは、
どんな仕事を行なう中でも役立つだろう、
自分の地力としての才能や創造力を、
高めるのに役立つだろう、
と確信できたのでした。
そして、実際、そのようになったのでした。

さて、
以上、見たような紆余曲折を経て、
「人生のマスター・キー」
としてのゲシュタルト療法を、
最終的に、自分の主たる方法論と、
することにしたのです。
 
拙著『砂絵Ⅰ』にさまざまに書いたように、
筆者自身は、広範囲にわたる領域を
取り組みの対象としています。

しかし、
普通の日常生活にフォーカスし、
そこで創造的な成果(アウトプット)を出していくという
着実な視点からすると、
ゲシュタルト療法的なアプローチは、
他者(クライアントの方)に提供にする方法論としては、
バランス的に最適な性格を持っているのです。

では、ゲシュタルト療法は、
世の中の、他の方法論と較べて、
どのような点で、
的確なのかを挙げてみたいと思います。


◆変化作用(強弱・深浅)のバランスのよさ
 
ゲシュタルト療法は、
通常のコーチングやカウンセリングと較べると、
「格段に深く」心理的変化を起こし、
また、プログラミング修正できる方法論です。
しかし、同時に、
その変化の度合いを、クライアントの方が、
ご自分で調節できるものです。
「やりたいことのみをやる」ことで、
調節していけるのです。
無理のない安全な範囲で、
確実に変化をつくり出すことができる方法論と、
なっているのです。


◆変化の進捗をコントロールできる

また、そのように、
個々の変化の量を調節できるため、
長い期間に渡って、取り組む場合でも、
自分が変化していく量を、
自分でコントロールできるのです。
あまり急がずに、できる範囲内で、
変化を定着させながら、
プロセスを進めていけるのです。
その継続的な変化の推移を、
管理していけるのです。


◆日常生活や仕事に、直接的に役立つ
 
ゲシュタルト療法は、
知覚力、集中力、想像力、思考力、
心身の感度の向上、
他者とのコミュニケーション能力等、
人間の基盤的な能力を高めます。
そのため、
実利的な仕事を行なう上での、
基礎力全般が高まることになるのです。
また、その一方で、
さまざまな生活上の課題に対して、
的確にテーマを絞って、
そこに解決のヒントを得ることができるのです。
その意味での、大変、
実利的な効果を持っているのです。

また、

セッション(ワーク)に習熟するに従い、

変性意識状態(ASC)にコンタクトできるスキルも、

上がっていきます。

これは、創造性開発に、

決定的に役立つ要素となるのです。

このような特性を持っているがゆえに、
変化の方法論としては、
最適なものとなっているのです。


このような、ゲシュタルト・アプローチの在り方を、
筆者は、よく、
登山のベースキャンプに喩えています。
ベースキャンプは、
日常的な生活の場よりも、
高い場所にあり、
かつ、山頂を狙える場所にあります。

人生の中で、
そのようなベースキャンプ(基地)を持っておくことは、
人生に中心(センター)の感覚をもたらします。
日々の生活で、
創造性の高いアヴェレージ(平均点)を、
保っていられるのです。

日常的な雑事を離れて、
自分の中心(センター)にいつでも触れられる居場所が、
確保できるからです。
そして、その気になった際は、
いつでも、冒険的なピーク(山頂)に行くことで、
自分の限界を超え、
新たな成長を、獲得することができるからです。


さて、以上、
筆者自身が、ゲシュタルト療法を、
どのように発見し、その効果の特性を見出し、
現在の主たる方法論にすえたのかの来歴となります。

ぜひ、ゲシュタルト療法を利用して、

大きな変化・変容を、経験していただければと思います。

 

   

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

【PART2 Standard】

気づきと変性意識の技法 基礎編

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【PART3 Advanced】

気づきと変性意識の技法 上級編

変性意識状態(ASC)の活用

願望と創造性の技法

その他のエッセイ

 

【PART4 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

 なぜ、ゲシュタルトなのか

メニュー/料金

著作紹介

お問い合わせ

セッションで得られる効果

新しい人生をひらく方法論、能力、創造性を手に入れる



想像してみてください、

 

からだの中に、

いつもどっしりとした、

自信があり、

充実して、

自己の中にやすらっている、

自分自身を。

 

そのことを、

愉快に、楽しんでいる、

ご自身を。

 

そして、

人の輪の中にいても、

一人でいても、

自分の中に、

自然で、

たしかな、

〈中心の感覚/価値〉があり、

他の何ものにも、

わずらわされることなく、

自由で、

のびのびと、

本当にやりたいことに、

150%集中できている、

ご自身を。

 

また、

想像してみてください、

 

世界やひろがる自然との交感を、

いつも感じており、

心の内側においては、

豊かな発想と想像が、

滾々と湧いている、

ご自身を。

 

また、良いアイディアについては、

やすやすとすぐに行動を起こしていける、

ご自身を。

 

 

そのようなご自身であったら、

今、どのような人生を、

生きられているでしょうか?

 

この人生で、

どのようなアウトプットを、

出しているでしょうか?

 

そして、

この人生で、

何を得ているでしょうか? 

 

 

 

さて、当スペースでは、

得たいものを具現化するには、

まず、

欲しいものが手に入れられる

充分な心の状態と、

コンタクト(接触)することから、はじめよう、

という考え方があります。

 

コーチングでは、よく、

「得たい結果が手に入った後の心の状態」を、

イメージすることから、はじめようともいいます。

これは実際、正しいアプローチです。

 

さて、

当スペースのアプローチのベースは、

能動的なゲシュタルト療法ですので、

単なるアイディアだけではなく、

具体的な技法を使って、

実際に「心の状態」を変化させ、

充分ではない心のプログラミングを、

書き換えていきます。

その変化を、

恒久的に実現してしまうのです。

現実的に、

心の能動的な力を、

創り出していくのです。

 

 

ところで、

ゲシュタルト療法は、

ご自分の心の底に潜っていって、

問題のあるプログラムを、

書き換えてしまうという、

シンプルな枠組みをもっています。

そのことを、

自分の〈気づき〉の中で、

自分の意思で、

行なっていくことができるのです。

 

その結果、

当スペースでの、

セッション体験を深めていくと、

・心身の深い統合(癒し)

・集中力や創造性の増加

・知覚力や意識の潜在的で奥深いひろがり

が、3つの核として、

育っていくことになります。

フリー・ゲシュタルト・ワークスについて

 

そのことで、

肚が据わり、

存在の底に、

どっしりと安定した〈中心〉の感覚が、

生まれて来るのです。

もしくは、

とらわれのない、

自由で、能動的な心の感覚が、

育って来るのです。

 

ここでは、

当スペースのセッションを通して得られる成果を、

自分と他者にかかわる視点から、

以下に、ご説明したいと思います。

(1)ご自身の変化(統合・癒し・能力開発)
(2)他者に対して使える、サポート技法の習得

 

です。

 

 

(1)得られる成果・能力

ゲシュタルト療法のセッションを体験していくと、
内的な変化として、以下のような成果が得られます。
上の図をご覧下さい。


ここでは、

効果の作用する心身の側面を、
「意識面」

「感情面」

「身体面」
の3つに分けて解説します。

 

さらに、

4つ目の要素として、

上記の3つが、

快癒・統合することで、

グッと大きさを成長させる、

能力的側面を、

「④能力面 創造力面」として、

加えています。



①感情面

まず、ゲシュタルト療法の

第一の効果は、

感情面での変化です。

 

セッションを通して、
人は、自分を苦しめている、

さまざまな葛藤や苦しみから、

解放されていきます。


苦しみや悩み、

心の中の雑音がなくなり、

喜びや快適さ、

楽しさの気持ちが増していきます。

 

今まで、

バラバラに向いていた心と欲求が、

ひとつにまとまってくるため、

強いパワーが、

蓄積されていきます。

「自分自身」になって来る感じが、

してきます。

 

その結果、

他人や自分の感情に、

わずらわされることなく、

自分が本当にやりたいことに、

全身全霊で、

集中できるようになるのです。

 

日々、生きることに対して、

肯定的で、

能動的な意欲が、

増していきます。

 

内なる静けさ、

内的な安定性、

目的に、的確にフォーカスする集中力が、

生まれて来るのです。

これが人生に与える、
一番影響力の大きな効果です。


②肉体面

ゲシュタルト療法では、

心身一元論的セラピーなので、

心の解放(癒し)と、肉体の解放(癒し)が、
同時に起こってきます。

そして、

心と肉体の間にあった見えない膜(断絶)が、

だんだんと、

消えていくのです。

 

この点は、

少しイメージがつきにくい点と、

思われますが、
私たちの心のこだわり(苦しみ、恐れ)というのは、
肉体の奥底の緊張に、

深く根ざしています。

心の恐れは、

肉体の恐れとして、

存在しているのです。

(胃が痛い等)

 

セッションでは、
この肉の奥底の恐れや緊張が、

だんだんと解除され、

癒されていきます。

そのため、
肉体の緊張が弛緩し、

エネルギーが流れだし、

全身がほっと楽になります。

 

その分だけ、

普段の日常生活で使える、

能動的なエネルギー量が、

増大していくのです。

 

自由で、

パワフルで、

エネルギッシュになったご自分を、

実感できるようになります。



③意識面

 

そして、さらに、
①②で見た「感情」「肉体」面の、

変化のプロセスを、
ご自分の体験プロセスとして、

「意識的」に、

理解できるということです。

 

刻々の気づきの使い方のコツや、
変化の仕組みが、

理解できるということです。

知的、意識的なレベルにおいても、

自分に何が起こったのかを、

理解できるのです。

これが、

ボンヤリとした癒し系と、

違うところです。

 

ご自分の変化のプロセスが、

知的・構造的にも、明確に理解でき、

納得することができます。

 

このことの結果として、

将来、

自分の調子が悪くなった時に、

どういうアプローチを、

自分にすればよいのかが、

分かるのです。

 

自分自身で、

セルフワークを行ない、

ご自分で、

セルフサポートや、

変化を創り出すことができるのです。

 

 

④能力面 創造力面

 

また、このように、

ご自分の心の構造や、

心とのコンタクト(接触)の方法を理解すると、

自分の心の奥底から、

創造力や行動力、

意欲や集中力を、

どのように、

引き出せばよいかについても、

だんだんとコツが分かってきます。

 

また、

意識と無意識(潜在意識)が接近することにより、

イマジネーション(想像力)が、

豊かになります。

また、身体が、

ほぐれて、硬さが減るので、

五感や感覚の鋭敏さが、

増していきます。

知覚力の範囲が、

ずっと広がります。

 

総じて、

自己を方向づけ、統御する、

セルフ・プロデュース力が、

ついて来るのです。

その結果、

仕事や生活の中でも、

自分自身を、

目的や目標へフォーカスして、

アウトプット(成果)をつくり出す能力が、

高まるということが、

起こって来るのです。

 

心理的な統合と、

成果(アウトカム)を生み出す能力が、

同時に実現されてくるのです。

 

このことによって、

人生に、

「違い」がもたらされるのです。

人生全体が、

変わっていくことになるのです。

 

 

(2)他者に対して使える、技法の習得


2番目の成果の側面は、
(1)で見た、

ご自分の達成した内的成果(能力)を、
他の人々に対しても、

提供できるようになる、
ということです。

 

これは、

とても喜ばしい事態です。

 

ご自分の変化を、

「意識的」に理解した結果、

その原理や手法を、

他者に対しても、

適用・使用できるということです。

ご自分の技(スキル)として、

提供していけるのです。

 

ご自分の体験を通して、

理解した、
「変化の原理」や、
「気づきの活用法(効果)」を、

他者に対しても、
提供できるようになります。

 

その結果、

セラピーやコーチングなど、

さまざまな場面で、

クライアントの方に向けた、

実践的な技法として、

これらを使っていけるということです。

 

また、別に、

ごく普段の日常生活の中でも、

仕事の中でも、

他者に関わる中でも、

人間関係スキルとして、

これらを活用していけるようにもなるのです。

 

悩みごとの相談や問題解決力、

また、能力開発のスキルとしても、

さまざまな場面で、

他の人々に対して、

これらの価値を、

提供していけることとなるのです。

 

このことは、

私たちの人生や人間関係を、

ずっとやりがいのあるものに、

変えていくことにもなるのです。

 

以上が、

当スペースのゲシュタルト療法を、

体験していくことにより、

獲得される成果のあらましになります。

 

ぜひ、実際にセッションを経験してみて、

その効果や変化の実際を、

味わってみて下さい。

 

 

◆ゲシュタルト療法は、なぜ明確な効果が出るのか

(その効果の仕組み)

 

 

ところで、

ゲシュタルト療法のセッションは、
ただのおしゃべりや、知識の学習ではなく、
クライアントの方が、
実際に、

ご自身の感覚(感情)体験や、

身体体験を通して、

心の状態を、変化させていく、

体験的セッションです。

 

そのため、自分の感情や、

心理的プログラミングの書き換えが、

必ず起こつて来るのです。

 

それが、ご自身の深い気づき awarenessや、

心身状態の明確な変化(シフト、アハ体験)とともに、

実感できるのです。

 

その変化の深さや大きさが、

コーチングや、通常のカウンセリングと較べた場合の、

ゲシュタルト療法の大きな特徴となります。

 

また、なぜ、ゲシュタルト療法が、

コーチングやNLP(神経言語プログラミング)と較べて、

大きな変化を創り出せるかというと、

それは、人の「感情」を取り扱う、

的確な技法を持っているからです。

 

人間とは、

「感情によって構成・組織化された存在」

です。

感情の動力と固着によって、

人の性格は形づくられ、

日々、駆り立てられているのです。

 

世の多くの、安易な手法は、

この「感情の問題」を、

回避しようとします。

 

都合よく、頭だけで考えた方法で、

心や脳の変化が起きるとします。

しかし、

これは、明白なウソです。

それでは、

残念ながら、

「本当の変化は起きない」

のです。

 

そのため、それらの手法が、

本当の変化や効果を、

つくり出せないのです。

実際に、それらを体験した人の多くが、

なんとなくソノ気にはなったものの、

「大して効かなかった」という感想を持つのは、

そのためです。

 

真の変化を起こしたいなら、

この感情的な問題を、

慎重に扱わなければ、

ならないのです。

 

ゲシュタルト療法は、

心理療法ですので、

無理のない丁寧なアプローチで、

少しずつ、確実に、

この感情的な問題を、

乗り越えていきます。

 

これが、

他の手法と較べた場合、

ゲシュタルト療法が

決定的に優位な力を持っている点なのです。

 

そして、この変化は、
たとえ、小さな変化であっても、
セッションの前と後では、
ご自分が、
決定的に「違う存在」に、
なってしまっていることを意味します。

このような、
確実な進歩の積み重ねで、
わずかの間に、
ふと気がつくと、
ご自身が、

ずいぶんと変化していることに、
気づくことになるのです。

 

 

当スペースでは、
クライアントの方と、
小さな達成を、
ひとつひとつ測りながら、
無理のない形で、
丁寧かつ確実にセッションを、
進めていきます。

成果を確認しながら、
ご自身のペースで、

取り組んでいくことが、

できるのです。

 

 

◆当スペースの目指す目標

 

「飢えている人に、魚を与えれば、

その人は、飢えを、しのげる。

しかし、魚釣りの方法を教えてあげれば、

その人は、一生飢えることがなくなる

 

のことわざは、

その場しのぎの対症療法でなく、

原因療法(方法論)さえ習得すれば、

人は、自分自身で、

自分を癒し、

問題を解決できていくことを、

表現したことわざです。


当スペースでのゲシュタルト・アプローチは、
そのような、原因療法、
根本的な解決の方法論です。
つまり、「魚釣り」のスキルといえます。

当スペースは、
その場かぎりの対症療法ではなく、
最終的には、
クライアントの方に、
ご自身で、
さまざまな人生の問題を解決できる
創造的能力を獲得していただくことを、
目標としています。

そして、

それはできることなのです。

 

実際、

神話の旅のような、

「英雄の旅」としての、

セッションを体験していく中で、
問題や悩みの解決、
未知の創造力が高まっていくご自身を、
実感していただけるでしょう。


これが、

他にない、

当スペースで得ていただける、

特別なメリットです。

 

ぜひ、実際に、

セッションを体験してみてください。

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【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト

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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
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体験的心理療法
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アウトプットとゲシュタルト療法Ⅱ

 

さて、

前回は、

ゲシュタルト療法における、

アウトプットの重視に、

ついて書きました。

 

また、それが、

日本文化の同調圧力的な、

抑圧的な世界の中では、

自立能力の育成と、

大きな可能性を持つことについて、

触れました。

 

今回は、

もう少し具体的に、

セッション(ワーク)の中において、

どのように、

表現を育てるのかについて、

書いてみたいと思います。


古典的な、

ゲシュタルト療法では、

やり残した仕事」を、

完了するために、

人生の中で、

未完了の体験となった場面を、

演劇的に再現して、

ロールプレイすることを、

書きました。

 

そして、

再現された場面の中に入っていき、

その時の情景の中に入っていき、

当時の感情になりきって、

「本当は、こう言いたかった」

のようなことを、

実際に言ってみるのです。

また、

行動をとってみるのです。

 

これは、

原理的には、

簡単に見えますが、

実際に体験してみると、

慣れないうちは、

なかなかに、

心理的抵抗が、

大きいのです。

 

芝居だとわかっていても、

想像上の空間だとわかっていても、

なかなかに、

心理的ブロックが

働きます。

動けなくなります。

 

(逆にいうと、実は、

こんな心理的な作用で、

私たちは、

普段の生活で、

動けなくなっているのです。

そのことを実感できます)


そして、

そのような、

再現場面の中で、

「あえて」

「何かを表現してみる」

「何かを言ってみる」

ということを、

やってみます。

 

「リスクを少しとって」

やってみるのです。


それは、決して、

無理に、ではありません。

自分の心が動き、

自分が、興味を持った場合に、

やってみるのです。


実際に、

やってみることは、

ほんの小さな一歩です。

 

しかし、

この一歩は、

決定的な、

「突破の一歩」

となるのです。

 

無意識は、

事実と想像とを区別しないので、

「現実の体験」として、

私たちの心理プログラミングを、

書き換えて(上書きして)しまうのです。


今まで繰り返していた
「ゲーム」を、
少し踏み出したのです。

そして、
「新しいゲーム」
をはじめたのです。

これは、
決定的なことです。

そして、

それは、

「境界を超えていく」

ことになります。

 

私たちに、

新たな自由の可能性を、

照らし出してくれます。

 

そして、

このようなセッション(ワーク)を、

なんども繰り返し、

突破することに慣れ、

表現することに慣れてくることで、

アウトプットと、

個の自立の能力、

治癒と健康の要素も、

促進されていくことと、

なるのです。

 

それは、

私たちに、

人生の、

新しい次元の啓示として、

新しい可能性を、

教えてくれることになるのです。

 
 


 


【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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アウトプットとゲシュタルト療法Ⅰ

さて、

ゲシュタルト療法を

実際に経験していくと、

おそらく、

それまでの人生で、

あまり経験してこなかったような類いの、

ある「行動」の重点・推奨に、

気づかれると思います。

 

それは、

「表現すること」

または、

「アウトプットすること」

です。

 

これは、

心理療法の技法としても、

特徴的ですし、

また

日本人の文化水準から見ても、

そのように言えるかと思います。

 

なので、

ある意味、

この点で、

ゲシュタルト療法は、

日本人にとって、

敷居が高くなる面があるのと同時に、

逆に、

爆発的な効果を持つという、

ことにもなります。

 

この点が、

ゲシュタルト療法が、

特に、

日本人に対して、

大きな可能性を持つ側面といえます。

 


普通、日本では

「個人として表現する」

とか、

「個としての表現」

というものを、

あまりしない(歓迎しない?)社会です。

 

まわりに合わせて、

自分の個としての表現を、

抑圧しがちです。

集団の中に、

個人が埋没する社会です。

それが、

推奨される社会です。


一方、

ゲシュタルト療法は、

真実の欲求や感情に根ざした、

個としての自立を、

とても重視します。

 

自分が外部から取り込み、

鵜呑みにして、

自分を抑圧している作用を、

否定します。

「ノーと言える能力」

を重視し、

育てます。

そういう面でも、

ゲシュタルト療法では、

個としての能力や、

尊厳を大切にします。

 

ゲシュタルトの祈り」は、

そのような面の、

あらわれでもあります。

 

なので

ゲシュタルト療法では、

その場が、

安全・安心である、

という枠組みがあるからですが、

セッション(ワーク)の中で、

自分の、

「なまの感情」を出したり、

「なまの表現」をすることを、

大いに奨励します。

 

好き嫌いや、

肯定否定を、

明確にうち出すことを、

推奨します。


「実験として」

という枠組みで、

「少しリスクをとって」

さまざまな自己表現することを、

試してもらいます。

そのアウトプットすることが、

個の自立能力を、

高めていくからです。

 

最初は、

おっかなびっくりで、

抵抗があった、

たどたどしい表現も、

手ごたえを感じて、

慣れてくると、

だんだんと、

自分の中心から、

感情表現できるように、

なっていきます。

表現やアウトプットすることに対する、

自信がついてきます。

より、

自発的に表現できるように、

なってきます。

 

個として、

その人らしい表現が、

行なえるように、

なっていきます。

 

それは、

前記したように、

安全な空間で、

実験として、

色々と、

ロールプレイが試せるからです。

 

そして、

身内に育った自信は、

実生活の中や、

人生の選択の中でも、

さまざまに、

役立っていきます。

 

「言うべきか、言わないべきか」の、

どちらかを選ぶ段で、

「あえて言う(表現する)」の方を、

選ぶこと、

(日本人は、たいがい、

言わない方を、選びますが)

それが、

人生の可能性を、

大きく開いていくということを、

経験として、

実体験として、

勘として、

つかんでいきます。

 

そのような、

アウトプットが、

自分の内奥の命を活かす道であるとともに、

他人の魂も覚醒させる道である、

ということに、

気づいていきます。

 

この点だけにおいても、

現代日本人に対して、

ゲシュタルト療法は、

真に必要なミッションを、

持っているとも言えるのです。


フリー・ゲシュタルト・ワークスが、

よって立つ、

大切な視点でもあります。



 



【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

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