〈流れる虹のマインドフルネス〉 潜在意識の活用で、自己実現と自己肯定感を創り出す

潜在意識を科学的に活用する    〈流れる虹のマインドフルネス〉で         自己実現と自己肯定感を創り出す              フリー・ゲシュタルト・ワークス 〈変性意識〉と〈ゲシュタルト療法〉で、     あなたのビジネス、アート、コーチング、カウンセリング、NLPに         本物のつきぬけた魔法(超効果)をもたらします

潜在意識を科学的に活用する
   〈流れる虹のマインドフルネス〉で
        自己実現と自己肯定感を創り出す
           フリー・ゲシュタルト・ワークス
〈変性意識〉と〈ゲシュタルト療法〉で、
    あなたのビジネス、アート、コーチング、カウンセリング、NLPに
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フリー・ゲシュタルト・ワークスは、
「実践的心理学」―ゲシュタルト療法―
をベースに、
・目標達成による願望実現
・卓越したパフォーマンスの発揮
・他人への影響力の増大
・抜きんでたアウトプット(成果、結果)の創出
・自信や意欲、自己肯定感の向上
・人間関係や心の葛藤解決
・能力と創造性(天才性)の開発
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など、
心の能力を育て、増大するための、
セッションや方法論を、
ご提供しているスクールです。
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変性意識状態(ASC)と、ゲシュタルト療法)を、
方法論として、
優れたアウトプットを生み出すための、
自由で、創造的なスキルの獲得をサポートしています。
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変性意識状態(ASC)とは

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2019年 11月30日(土)

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『ゲシュタルト療法&変性意識活用法入門

 ―存在に根ざした、あるがままの自分である方法

を開催いたします。 

 

ゲシュタルト療法の基本的な内容、

関連する心の構造・仕組みの解説、

心理療法を補完し、

深い解放や創造性のヒントとなる、

変性意識状態(ASC)について、

さまざまにご説明いたします。

 

 【内容】

ゲシュタルト療法とは

・心の構造とゲシュタルト療法のセッション

・苦しみと創造力の関係

・変性意識状態(ASC)とその可能性とは

・当スペースのアプローチ

 (その他)

 

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(変性意識&ゲシュタルト療法活用法入門)

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サイケデリック(意識拡張)体験とは何か

さて、「サイケデリック」という言葉は、
音楽やデザインのイメージとして、
その言葉が、よく知られていますが、
それが、実際に、
「どのような体験内容を指しているのか」
という点については、日本では、
一般にはあまり理解されていません。

ところで、変性意識状態(ASC)の研究も、
トランスパーソナル心理学の出現も、
その時代的な背景として、
向精神性物質(ドラッグ)を使った、
サイケデリック(意識拡張)体験の研究があってこそ、
リアルで、厚みのあるものになっていった、
という経緯(前提)があります。

日本の中では、
変性意識状態(ASC)の話や、
トランスパーソナル心理学が、
理論ばかりで、いまひとつ、
実感的・実践的な印象を持たれないのも、
そのあたりの事情に関係があるのかも
しれません。

特に、時代に先駆けた先駆的な業績としては、
英作家オルダス・ハクスリーが、
「サイケデリック」という造語を考えついた、
ハンフリー・オズモンド博士のもとで、
メスカリンの服用体験を記した、
『知覚の扉』という書物があります。
(この書名The Doors of Perceptionは、
米ロック・バンド、ドアーズの名前の元となりました)

メスカリンは、
ネイティブ・アメリカンの或る部族が、
儀式でつかうサボテン(ペヨーテ)に、
含まれている物質でした。

ここで記された哲学的洞察などは、
後の諸流派への、
決定的な指針になったことがうかがえるような、
大変興味深いものとなっているのです。

変性意識状態(ASC)や、
トランスパーソナル心理学が、
そもそも何(どんな状態)を前提として、
何を目指しているのかを、
考えるのに際して、
とてもヒントになるものでもあるのです。

ハクスリーは、
その体験を記しています。

「…私が眼にしていたもの、
それはアダムが自分の創造の朝に見たもの―
裸の実在が
一瞬一瞬目の前に開示していく
奇蹟であった。

イスティヒカイト。
存在そのもの―
エクハルトが好んで使ったのは、
この言葉ではなかったか?
イズネス、存在そのもの。

プラトン哲学の実在―
ただし、プラトンは、
実在と生成を区別し、
その実在を
数学的抽象観念イデアと同一視するという、
途方もなく大きな、奇怪な誤りを
犯したように思われる。

だから、可哀想な男プラトンには、
花々が
それ自身の内部から放つ自らの光で輝き、
その身に背負った意味深さの重みに
ほとんど震えるばかりになっている
この花束のような存在は、
絶対に眼にすることができなかったに
相違ない。

また彼は、
これほど強く意味深さを付与されたバラ、
アイリス、カーネーションが、
彼らがそこに存在するもの、
彼らが彼らであるもの以上のものでも、
以下のものでもないということを
知ることも、
絶対にできなかったに相違ない。

彼らが彼らであるもの、
花々の存在そのものとは―
はかなさ、
だがそれがまた永遠の生命であり、
間断なき衰凋、
だがそれは同時に純粋実在の姿であり、
小さな個々の特殊の束、
だがその中にこそある表現を超えた、
しかし、
自明のパラドックスとして
全ての存在の聖なる源泉が見られる…
というものであった。

…私は花々を見つめ続けた。
そして花々の生命を持った光の中に、
呼吸と同じ性質のものが
存在しているのを看たように思った―
だが、その呼吸は、
満ち干を繰返して、
もとのところにもどることのある呼吸では
なかった。

その呼吸は、
美からより高められた美へ、
意味深さから
より深い意味深さへと向かってだけ
間断なく流れ続けていた。

グレイス(神の恩寵)、
トランスフィギュレーション
(変貌、とくに事物が神々しく変貌すること)
といったような言葉が、
私の心に浮かんできた。

むろん、これらの言葉は、
私が眼にする外界の事物に
顕わされて顕われていたのである。

バラからカーネーションへ、
羽毛のような灼熱の輝きから
生命をもった紫水晶の装飾模様―
それがアイリスであった―
へと私の眼は少しずつ渉っていった。

神の示現、至福の自覚―
私は生まれて初めて、
これらの言葉の意味するものを
理解した。

…仏陀の悟りが
奥庭の生垣であることは、
いうまでもないことなのであった。

そして同時にまた、
私が眼にしていた花々も、
私―いや『私』という名の
ノドを締め付けるような束縛から
解放されていたこの時の『私でない私―』が
見つめようとするものは、
どれもこれも
仏陀の悟りなのであった。

…宗教上の言葉で
“この世”と呼ばれている世界が、
すなわちこの世界であり、
その世界では
濾過されて残った意識内容だけが
言葉によって表現される世界、
そしてさらにいえば、
言葉によって生命を失って
石化されてしまっている世界である。

ほとんどの人々は、
その人生のほとんどの時において、
減量バルブを通して減量された意識内容で、
方言にすぎない人間の言語が
本当に真実のものだという
お墨付けを付けたものだけしか
知ることがない。

減量バルブの表街道に対して、
これを出し抜く
一種のバイパスというべき裏街道が
存在する。
そしてある種の人々は、
このバイパスを
生まれつき持っているように思われる。」
ハックスレー『知覚の扉』今村光一訳、河出書房新社


(※実際のサイケデリック〔意識拡張〕体験とは
グロフ博士のLSD体験と時代背景 インタビュー動画↓)




【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
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【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
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動画解説「トランスパーソナル心理学・変性意識(ASC)・ゲシュタルト療法」


この動画では、
「トランスパーソナル心理学・変性意識・ゲシュタルト療法」
と題して、
実践的な切り口から、
トランスパーソナル的アプローチの中での
ゲシュタルト療法について
解説しています。



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動画解説〔機動戦士ガンダム〕モビルスーツと拡張された未来的身体


この動画では、
モビルスーツとニュータイプを素材に、
身体感覚や潜在意識の拡張について
話をしています。



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夢見と変性意識状態(ASC) つぶやき語録2

夢見の像の輝き。
私たちが思春期の頃、未来を展望した際にもった夢想には、
さまざまな夢見の力が現れています。
そのため、その頃のヴィジョンや予感にこだわることは、
とても重要なことなのです。


「知覚の扉の彼方へ」。
そのようなことは可能です。
しかし、重要なことは、
彼方の世界と、
日常の今ここの世界の往還(行き帰り)を、
統御的に行なえることなのです。


私たちを「超意識」状態へと向かわせるもの。
それは、私たちの夢見の力です。


私たちが稀に持つ「超意識的状態」。
それは主観的には非日常的意識(変性意識)ですが、
心自体にとっては、
単なる全体性の体験(状態)でしかありません。


潜在意識のひろがり。
私たちの潜在意識と能力は、
広大にひろがっています。
それらは、魔法のような力を持っています。
問題なのは、
それを抑圧し、
無いことにしている日常意識や信念体系の方なのです。


魔法と物語。
物語には、私たちの心の構造が投影されています。
神話的な物語には、
魔法のような事柄が描かれます。
そのことを、
私たちの真の潜在能力が表現されていると
考えることもできるのです。


夢見の像の輝き。
私たちは、他者や物事を見る時、
自分の内側のものを相手に投影しています。
その相手がとても素晴らしい幻惑やカリスマを持っている時、
自分のどんな夢見がそこに投影されているのかを考えてみるのは、
重要なことです。


夢見と創造と変性意識状態(ASC)。
夢見と芸術。
現代では、夢見は芸術の中に、
その隠れ家をかろうじて確保しています。







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動画解説「フロー体験 flow experience」


この動画では、
一般には、ZONE体験として知られる、
チクセントミハイ博士の、
「フロー体験 flow experience」について
解説しています。




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動画解説「英雄の旅 ヒーローズ・ジャーニー」 


この動画では、
キャンベルの神話モデル
「英雄の旅」
「ヒーローズ・ジャーニー」
について、
解説をしています。



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動画解説「拡張された知覚力と意識状態」


この動画では、
私たちがたどり着く、
知覚力や意識の拡張状態について、
解説しています。

私たちは、
トレーニングの中で、
心身を深い部分で解放していくことにより、
ある種、心身が流動化する状態を、
獲得していくことになります。

それらは、流れる虹のようにまばゆく、
素晴らしい状態です。

ある種、時空や因果を超えるような、
魔法的な状態です。

そして、これらの特徴は、
私たちの知覚力や意識が、
元来持っている性質とも、
いえるのです。

 



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動画解説「気づきのメタ要素と創造的な自己の運用」


この動画では、
当スペースで、
スキルを学んでいくと、
どのような自己のスタイルや、
存在のスタンスが得られていくかについて、
解説しています。

メタ的な気づきのうちに、
自己を、創造的に運用していく、
そんなスタイルが、
得られていくことになります。



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「体験を編集する」ことと変性意識状態(ASC)


さて、今回は、
私たちの「体験」と、
それを「編集する」ことについて、
書いてみたいと思います。

私たちは、
通常の人生の中では、
「体験を編集する」ことは、
ありません。

基本的には、
ただ「体験して」「感じて」、
その記憶を、
心の中に、
溜めて(降り積もらせて)いるだけです。

それはまた、
普通、不本意な感情体験を、
ただ「体験している」という、
具合でもあります。

その結果、
それらの記憶は、
私たちの心の中で、
さまざまな参照基準となって、
人生の好き嫌い、
得意不得意になり、
その後の行動選択に、
影響を与えていくことになります。

私たちは、
過去の、偶然的な、
不本意な感情体験や記憶をもとに、
現在や未来の行動を、
決めていることになります。

これは、
よくよく考えてみると、
翻弄されているような、
偶然まかせの、
大変制限された生き方ともいえます。

しかし、現代人の大部分は、
そのような人生を、
生きていくことになっているです。

ところで、
ゲシュタルト療法では、
そのような私たちの過去の体験を、
「書き換えていく」ということを、
行なっていきます。

私たちの、
過去の「体験」を、
変性意識状態(ASC)のうちに再現し、
今この場で、
その情報を書き換えてしまうのです。

そのことで、
現在の私たちに、
悪い影響をしてくる、
「記憶」のプログラムを、
変更してしまうのです。

その結果として、
私たちは、
過去の重い体験(記憶)が、
なくなったかのように、
感じるようになります。

そして、それは、
私たちにとって、
予期していなかったような、
自由と解放の体験となります。

これが、
当スペースでいう、
「体験を編集する」
という作業なのです。

それは、
人生そのものを編集する、
というメソッドにも、
なっていくものでもあるのです。




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動画解説「『体験を編集する』ことと、変性意識状態(ASC)」


この動画では、
当スペースでいう
「体験を編集する」ことについて、
解説をしています。

私たちの日々の体験やその記憶の変更が、
変更可能であるというお話です。



 

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連載8 「物語の力」と変性意識状態(ASC) 頭抜けたアウトプットを出す直接的方法

さて、今回は、
「物語の力」と変性意識状態(ASC)について、
書いてみたいと思います。

「物語」とは、
映画や小説、アニメその他、
さまざまな形態で存在しています。
それは、人の体験談や噂話のような形態でも、
存在しています。

私たちが、
「物語」に惹きつけられ、
感情を動かされるのは、
私たちの心の構造が、
「物語」の中に、
投影されているからです。

心の構造の中には、
私たちの自我に関わる、
心理的次元のものもあれば、
もっと深い一種神話的な次元のものも、
あります。

いずれにせよ、
私たちは、心の奥底にあるものを、
物語に投影して、
物語の中で、
自分の魂そのものに、
出会っているのだといえます。

これは、
対人関係における心理的投影と、
大枠の構造は同じです。

私たちは、
生活の中で、
さまざまな人々に、
自分の心の内容を投影して、
彼ら・彼女らを、
見ているのです。

物語の中においても、
私たちは、
自分たちの心の中の、
さまざまな自我たちや、
夢見の創造性を投影して、
それらを体験しているわけです。

「物語」という形態(の仕掛け)によって、
それが可能になるわけです。

そのため、
「物語」をそのようにとらえていくと、
私たちの心を把握するための、
大変便利なツールになっていくのです。

そして、また、
変性意識状態(ASC)などを使って、
私たちが、
自分の心の中の探索に慣れてくると、
自分の中に、
直接、豊かな物語や舞台、
登場人物たちを、
見ていくことも、できるようになるのです。

その結果、今度はそれらを、
外の世界に、
創造的にアウトプットできるようにも、
なっていくことになるのです。

そして、新たな物語が、
紡がれていくことになるのです。

これらを総じて、
「夢見の技法」と呼ぶことも可能です。

「物語」の形態に、
意識的に習熟していくことは、
そのような効果を持つことでもあるのです。






【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

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動画解説「物語の力」と変性意識状態(ASC) 


この動画では、
私たちを惹きつける
「物語の力」の<
原理と創造的な活用法を、
私たちの心理的構造や、
変性意識状態(ASC)と絡めて、
解説しています。




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ゲシュタルト療法【基礎編】
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【PART2 Standard】
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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
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【PART3 Advanced】
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6/22 無料セミナー『変性意識活用法』のご案内

 

2019年 6月22日(土)

18:30~20:30

 

都内にて、

無料セミナーを

開催いたします!

 

変性意識状態やNLP、

ゲシュタルト療法や拙著のことなど、

その他、濃密かつ、ざっくばらんなお話が、

できればと考えております。

お気軽に参加いただければと思います。

 

ご興味の方は、

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ぜひ奮って、ご参加下さい!

 

 

※ご参加いただいた方、ありがとうございました。

「夢見の身体」と変性意識状態(ASC) つぶやき語録

「感覚の速度」。拡張された身体は、通常の身体感覚よりも速い、感覚の速度を持ちます。拡張された身体は、夢見の身体です。



自分の〈感覚の極点〉をイメージしたり、感じたりすること。そこに夢見の力が帯電し、結晶していきます。



魔法入門。ある意味、魔法は存在します。むしろ注目すべきは、リアルな「日常性」という幻想。それはひとつのゲームに過ぎません。それ以外はすべて魔法です。



物語的身体、音楽的身体、神話的身体、そして、アニメ的身体の背後にも、普遍的な「夢見の身体」が存在していると考えられます。



変性意識状態(ASC)を扱うのもスキルとなります。スキルが上達すると、より多様で深いリアリティを得られるようになります。シャーマニズムの伝統はそのことを教えてくれます。



体験を編集すること、夢を編集すること。心理学的な方法論により、そのようなことが可能になります。



「虹の彼方へ」ではなく「虹の彼方から」。実は、そこが重要かつ困難であったりもします。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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動画解説「野生の気づき(アウェアネス awareness)と意識拡張」

この動画では、
ネイティブ・アメリカンの人たちのいう、
野生の気づき(アウェアネス awareness)の教えについて、
解説しています。

この教えは、
意識拡張やリアリティの拡張に対して、
大きなヒントを与えてくれるものでもあります。


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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
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気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
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動画解説「変性意識状態(ASC)と身体感覚の拡張」


この動画では、
心身一元論的アプローチによる、
変性意識状態(ASC)の作りやすさや、
身体感覚の拡張や変容について、
解説しています。


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動画解説 映画『マトリックス』『攻殻機動隊』 現代的(心理学的)シャーマニズム


この動画では、
変性意識状態(ASC)を扱う技法について、
映画『マトリックス』や『攻殻機動隊』、
シャーマニズムのモデルを使いながら、
その普遍性について検討しています。




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動画解説「魔法入門 変性意識活用法その2 現代的(心理学的)シャーマニズム」

この動画では、
変性意識状態(ASC)活用法として、
シャーマニズム・モデルを引きつつ、
変性意識をあつかうことの普遍性について
解説をしています。




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動画解説『伝統的なシャーマニズムの世界観について』


この動画では、
伝統的なシャーマニズムの世界観について
お話しています。




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動画解説「魔法入門 変性意識活用法 意識拡張と創造性」


この動画では、
変性意識状態(ASC)の、
基本的な構造や、
役立つ効果について、
簡単にお話しています。



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6/8 無料セミナーのご案内

2019年 6月8日(土)

18:30~20:30

 

都内にて、

無料セミナーを

開催いたします!

 

変性意識状態やNLP、

ゲシュタルト療法のこと、

その他、ざっくばらんなお話が、

できればと考えております。

お気軽に参加いただければと思います。


ご興味の方は、

「お問い合わせ」欄より、

お申込みください。


https://www.freegestaltworks.net/%E3%81%8A%E5%95%8F%E5%90%88%E3%82%8F%E3%81%9B/

 

ぜひ奮って、ご参加下さい!

 


※ご参加いただいた方、ありがとうございました。





動画解説『サイケデリック(意識拡張)体験とメタ・プログラミング』

この動画では、
別動画「映画『攻殻機動隊』ゴーストの変性意識」の
続編・補足編として、
私たちの意識や心の、
階層構造や可能性について、
解説しています。

ジョン・C・リリー博士の仮説モデルをもとに、
意識のプログラミングや、
メタ・プログラミングについて考えています。




スライド6



スライド9

スライド10


スライド11


スライド14



連載7 想像力と能力拡張 頭抜けたアウトプットを出す直接的方法


さて、私たちが、
自分の「能力」や「意識」を
拡張していくに際して、
そもそも、
自分の中に、
ある種のイメージを持っているか否かが、 
探求的取り組みのなかでは
意外と重要な要素に、
なってくるということがあります。  

人間が、到達しうる、 
未来の、 ありうべき状態が、 
イメージできるかということが、
重要なことになってくるのです。  

そのような事柄を、 
なんとなくでも、
イメージしている人は、 
実際、その状態にも、
到達しやすいのです。   

これは、
私たちが、そもそも、
自分のうちに在るものを投影して、
物を見ているからです。

外部にある素晴らしいものと感じるものは、
あなたのうちにある、
素晴らしい何かなのです。

そのため、
それを、よりイメージしたり、
感覚にしたがい着実に追い求めていくと、
実際にそれらに達することも、
できることになるのです。

たとえば、 
普通には、イメージしにくい、 
次のような奇妙な言葉があります。   

「…より大きな高揚状態に、
驚くほど大きな高揚状態に、
異様な高揚状態に、
今まで知られたことのない高揚状態に、
自己を越え、あらゆるものを越える高揚状態に、
奇蹟的な高揚状態になる。
その高揚状態は、(中略)充溢であり、
解放でもあり、瞑想でもあり、
解放以上のものへの渇きでもあるのだが、
しかしながら、それはまた、
われわれがしまいこんでおけないほどの、
われわれには値しないほどの、
過度に幸せな歓喜の中での、
われわれがそれを受け入れているのか
与えているのかわからないほどの、
あまりにも、あまりにも大きな……
あり余るほどの歓喜の中で、
胸が破れてしまいはせぬかと心配するほどの
高揚状態なのである」
(ミショー『荒れ騒ぐ無限』小海永二訳、青土社)   

たとえば、
このような言葉を、 
人間のありうべき状態として、
その可能性として、
 イメージできる人は、 
人生の中で、
実際に、そのような状態にも、
達しやすくなっているのです。    



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動画解説「映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識」



この動画では、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心や意識の構造について、
解説をおこなっております。








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連載5 日常意識の庭と、変性意識の大海 頭抜けたアウトプットを出す直接的方法 ゲシュタルト・コーチング・アプローチ


さて、ところで、
変性意識状態(ASC)について説明しますと、
それは、定義的には、
日常意識以外の、
あらゆる変異した意識状態を意味しています。

例えば、私たちは、
酒を飲むと、
少し変わった意識状態になります。
でも、
自分が自分であることはわかっているし、
現実もそこにあることは分かっています。

でも、酔いから醒めると、
自分が、
少し違った自分(意識状態)であったことに、
気づきます。

夢も同様です。
夢を見ている時は、
自分は自分と思っているし、
目の前の現実も、
現実であると思っています。

しかし、
夢から覚めると、
夢時間の自分が、
少し違った自分(意識状態)であったことに、
気づきますし、
その現実も、
今目の前に見ている現実ではなかったことに、
気づきます。

変性意識状態(ASC)とは、
そのような、
この日常意識以外の意識状態を、
広く指した言葉なのです。

そのため、
変性意識状態(ASC)自体は、
非常に多様であり、
それを何かと決めつけることはできません。

ただ、
変性意識状態(ASC)が意味を持つのは、
この日常意識との関係性(関連性)においてのみです。

このことをひとつ定点にしておくと、
広大な変性意識状態(ASC)の宇宙を探索する中で、
指針を持つことができるのです。

それが、
ひとつの航海術であるのです。


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連載4 変性意識状態のワンダーランド(透視力) 頭抜けたアウトプットを出す直接的方法 ゲシュタルト・コーチング・アプローチ


変性意識状態(ASC)という言葉については、
日本でも、比較的、
知られるようになってきたようです。

ネットでも、
取り上げているサイトも、
以前よりは、
増えて来たようです。

しかしながら、
自分の多くの実体験を通して、
本当の変性意識状態(ASC)を、
深く理解している人や操作している人の記述は、

ほとんど見当たりません。

多くは、
噂話でしかない、
ボンヤリとした曖昧な記述に、
とどまっています。

リアリティがないわけです。

そのため、
ただでさえ日本は、
諸外国に較べて、
この手の情報が貧しいのに、
これでは、
変性意識状態(ASC)の、
本当の意義深さが伝わらないのでは、
懸念するばかりです。


30~40年くらい前に、

トランスパーソナル心理学関係の本が、

流通していた時代は、

もう少し実感的な変性意識状態(ASC)が、

語られていたものでした。


ところで、

本当に意味深い変性意識状態の次元は、
ワンダーランドです。

そこでは、
私たちが迷信的に信じ込んでいる、
時空の観念は、
霧のように、
吹き消されていきます。


私たちは、

リアリティを再定義しなければ、

ならなくなります。


そこには、
広大な、眩いばかりの、
光明の世界も存在しています。

私たちの人生には、
隠された意味があることが、
予感されるのです。

そして、また、
錬磨され、研ぎ澄まされた、
変性意識状態(ASC)は、
大袈裟にいえば、
一種の「透視力」状態ともなります。

そして、
変性意識状態(ASC)のエッセンスを、
普段の日常意識の中で活かしていく、
スキルを高めていくと、
それは千里眼のように、
物事の多様な深層を、
透視する能力ともなってくるのです。

意識を拡大させる能力といっても、
いいかもしれません。

そのような感覚が、
変性意識状態(ASC)を磨いていくと、
生まれてくるわけです。

ゲシュタルト・コーチングでは、
変性意識状態(ASC)の扱い方を、
意図的に鍛えていくことで、
私たちの人生に、
まったく新しい可能性と視力(透視力)を、
もたらしていくことを、

目的としているのです。

 

それは、

私たちの創造的アウトプットにとって、

決定的に重要な意味を持つものであるのです。




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新刊案内『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

ここでは、新刊書籍の

ご案内をしたいと思います。

 

本書は、

「気づき」と「変性意識状態」を切り口に、

私たちの意識(心の能力)を拡大していく、

方法論をあつかっています。

 

初歩的なレベルからの概論や、

エクササイズなどを通して、

私たちの心と人生の可能性が展望できる、

簡単なガイドブックとなっております。

 

トランスパーソナル(超個的)な意識状態や、

その能力の発現に、

実践的な興味をお持ちの方は、

本書でヒントをつかんでいただけると

思います。 


ぜひ、ご一読して、

ご自身の能力拡張、意識拡張に、

お役立て下さい。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


Amazonページ

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス

(電子版)

※kindle無料アプリは、

コチラ

※現在、特価中


 

~~~~~~~本文より~~~~~~~~

 

はじめに 意識拡大のテクニック入門

 本書は、心理学(心理療法)や瞑想技法を活かして、私たちの心や意識を拡大する方法を解説した、入門的なガイドブックです。「意識を拡大する」とは、私たちの認知の制限を超えて、より広がりある世界を知り得る状態へと、意識を変化させることを意味します。というのも、私たちの意識には、世間ではあまり知られていない、秘められた領域や特殊な能力が、数多く存在しているからです。それらを知ることなく、一生を終えることも、もちろん可能です。しかし、何かの機会に、その秘密の光明を垣間見たり、味わってしまうと、私たちはこの人生に、まったく別種の可能性が存在していることに気づいてしまうのです。それはあたかも、小部屋の高い窓にのぞく、青空のようなものです。そして、実際に、それらの能力を起動させ、解放することを通じて、私たちの人生は、世間で信じられているものとまったく違う、豊かな目覚めや、多次元的なひろがりを現してくることになるのです。それは、私たちの誰もが持っている能力です。このような体験や意識状態を扱う領域については、(特に日本では)あまり認知されていない面が多いので、その内容は、少しSF的に聞こえるかもしれません。しかし、それに類する事柄を、着実に、さまざまに実体験することを通して、私たちの意識と肉体は、少しずつ変容していくこととなるのです。そして、その結果として、私たちの人生は、彩り豊かな歓び(至福)の領域に向かって、開かれていくこととなるのです。本書は、そのための手がかりとなる、簡単な手引きやエクササイズをまとめたものとなっています。

 ところで、本書では、タイトルにもあるように、大きく2つの能力に、ポイントが当てられています。
①マインドフルネスな気づきawarenessによる、心の焦点化
②変性意識状態(ASC)の利用による、さまざまな知覚的・感覚的・情報的な体験領域の拡大
の2つです。
 そして、この2つの能力は、それぞれを成長させるだけでも、とても大きな効果があるものですが、これらを意識的に組み合わせて、結合的に利用することで、より相乗効果が生まれ、私たちの中に、目覚ましい結果を生み出すことができるのです。この①②を合わせた取り組みを、自覚的に進めることが、本書の方法論上の特色となります。

 ところで、①の気づきの機能とは、「気づきawareness」という日常的な言葉がイメージさせる以上の、特別な力を持っているものです。最近では、「マインドフルネス」という言葉で、世間でも、この能力の重要性が、少しずつ知られるようになってきました。元来は、仏教がはじまる頃(おそらく、それ以前)から、歴史的には知られていた心の使い方、心の能力といえます。
 私たちは、注意力の向け方を少し変えたり、集中の仕方を覚えたり、また、ありのままの体験に気づく練習をしていくだけで、心の大きな力を目覚めさせることができるのです。新しい体験の領域を発見して、心の新たな可能性をひろげていくことができるのです。それは、マインドフルネス瞑想が、医療的な領域で注目を集めたことでも分かるように、ストレスの低減や、鬱の再発防止、自信や意欲の回復など、実際的な側面でもきわめて具体的な効果を現してくるものなのです。しかし、その効果は、そこにとどまるものでもないのです。気づきawarenessは、意識拡大の出発であると同時に、ゴールでもあるような、奥深く、多様な潜在力を持ったものなのです。その力は、瞑想の伝統的な教えが示唆するように、最終的には、鍛錬と成長によって、より精妙で、未知なる姿に変容していくものでもあるのです。
 ②の変性意識状態(ASC)は、意識状態の一種ですが、ごく限られた人々以外には、その重要性があまり知られていません。また、それは、神秘体験などの非常に例外的な体験と思われたり、または、ドラッグなどによる娯楽的な体験と思われたりもしています。しかし、変性意識状態そのものは、さまざまな形態で、私たちが日頃から経験している自然な心の能力といえます。しかし、この変性意識状態を、意図的に利用し、成長させることで、私たちの人生の体験領域は、飛躍的に拡大していくことにもなるのです。また、既知のリアリティを超えていくことにもなるのです。
 しかし、さらに、この①②を合わせて取り組んでいくことで、私たちは、それぞれの能力をより高めるとともに、より創造的、自覚的に、未知の体験領域を獲得していくことができるのです。認知の多彩なひろがりを持つ、新しい意識領域が、成長していくこととなるのです。そのような意識領域を育てることは、私たちの人生に、リアリティの拡大から、生きる意味の感得にいたるまで、さまざまな要素おける変容を引き起こしていくことにもなるのです。そのことによる深化で、私たちの人生の風景は、あたかも、白黒から極彩色へと、その色合いを変えていくことにもなるのです。


◆流れる虹の気づきawarenessへ

 さて、気づきと変性意識へのさまざまな取り組みを通して、私たちの意識の力というものは、確実に、拡張されたものや、透徹したもの(あたかも、透視力的なもの)に変容していきます。そのことで、私たちは、新しい自由と創造性を、手にしていくことになるのです。このことを、心の構造から少し考えてみたいと思います。
 さて、私たちの心には、自分が意識している、日常意識(顕在意識)の領域以外にも、広大な領域が存在しています。いわゆる、潜在意識や無意識と呼ばれているような領域です。夢の領域なども、その現れのひとつといえます。そのひろがりは、実際のところ、現在の、既存の心理学などが想定するものなどよりも、遥かに広大なものです。そして、それらの心の領域は、私たちの自覚していない、顕在意識の背後で、今この瞬間においても、つねに働き続けています。そして、人生の出来事を体験し、自分の経験情報としているのです。ただし、その潜在意識というものは、決して、単一の、ひとつだけの存在というわけでもないのです。心の分岐構造や階層構造、経験する出来事の内容(質)に合わせて、多様かつ無数の潜在意識が存在しているのです。そして、それら無数の潜在意識は、それぞれに人生の体験を、すべて記憶しているのです。これらの記憶は、その時々の自分(主体)が意識していなかったような、微細で潜在的なものまでも含めて記憶しているのです。また、それら潜在意識の中には、必ずしも生活で経験されたものだけではなく、先天的ともいうべき、生物学的情報であったり、私たちの中にあらかじめ埋め込まれた情報も、各種含まれているのです。そして、それら無数の潜在意識同士は、自らの記憶や情報を、互いに共有していることもあれば、共有していないこともあるという状態なのです。心の或る階層レベルでは、共有されている情報が、別の階層レベルでは、共有されていないということもあります。実際、私たちの日常意識(顕在意識)は、容量がとても小さいものなので、多くの情報が共有されていないのです。
 さて、ところで、私たちが、気づきと変性意識の探索に、積極的に取り組みはじめると、心の深層領域が活性化をはじめて、さまざまな潜在能力や使われていなかった心の機能が、少しずつ顕在化し、甦ってくることになります。すると、時間の経過とともに、潜在意識同士の、経験や記憶の情報ネットワークも、少しずつつながりを増し、結合をしはじめることになるのです。さまざまな経験の類似(系列や傾向)に合わせて、群れ(クラスター)のように、各経験情報の融合・結合が、無意識の中で起こりはじめるのです。心が練られるように、潜在意識の集合的な塊が、心の各地方で生まれてくるわけです。そして、それはまた、私たちのこの顕在意識とのつながり(連携)の中でも、少しずつ起こりはじめてくるのです。その事態は、私たちの主観に、なにかしら充実した、満ちた印象を与えます。自分の潜在能力の厚みや、満々とした情報のうねりを、それとなく実感させるからです。私たちは、計り知れない心(魂)の全体性を、なんとなく、予感しはじめることになるのです。この事態は、従来の日常意識にとっては、新しい情報的余剰の感覚(沸騰状態)とも受けとられます。そのため、これが意識拡大のひとつの実感覚となるのです。
 そして、さらに今度は、それら経験情報の群れ(クラスター)同士が、親和性や距離に即して、それぞれに融合をはじめていくと、広い潜在領域(無意識)に分散していた、私たちの経験情報が、より加速的に結合し、膨張していくこととなるのです。あたかも引火するように、各群れ(クラスター)同士が融解をはじめるのです。それは、心全体がゆらめき、流動化をはじめたような事態です。私たちの中で、さまざまなものが溶けはじめます。知覚力が、旧来の、固定されたフィルター機能を離れて、漂流をはじめます。そうなると、私たちの意識や内的視覚も変わりはじめることとなるのです。世界の見え方も、たちまちに変わってくることになります。認知の飛躍的な拡大が起こりはじめるのです。それは喩えると、意識の内側から、情報の大海、ある種の透視的な光が、目眩むように射してくるような感覚です。そして、世界がより多元化・多層化して、知覚のひろがりに、また意識の諸層に、微細でまばゆい次元、虹のような光明を放ってくるような事態です。そして、それらは最終的に、私たちの人生に、別種の生の味わい、流れる虹のような気づきや、エクスタシィ(歓び)をもたらしてくることにもなるのです。それが、このような探求の行く先に待っているのです。


◆ゲシュタルト療法の活用について

 本書の中では、エクササイズや生活上での実践を、各種紹介しています。それらは、自習用のものではありますが、継続的に取り組むことで、私たちの心や意識に、確実に影響を与えるものとなっています。自分の心を、可能性の彼方に向かって解放していくという意図をもって、根気よく取り組んでいけば、何かしらの変化が生じるものとなっています。実際に試してみて、その作用のあり様を確かめていただければと思います。
 また、本書では、気づきと変性意識の、実践的な手法(方法論)として、心理療法であるゲシュタルト療法の技法が、応用的に取り上げられています。ゲシュタルト療法とは、精神分析家であったフリッツ・パールズらが、精神分析やゲシュタルト心理学、禅のアイディア等を元に創った、体験的心理療法ですが、私たちの心の解放と統合(癒し)をつくり出す、きわめて実際的な技法を持った方法論となっています。マインドフルネス的な焦点化の姿勢や、抑圧されたエネルギーを解放するダイナミックな促進技法(働きかけの技法)を、数多く持っているものです。それらの技法は、心理療法に限定せずに、意識の拡大という側面で、文脈をひろげて応用することで、より顕著な成果を生み出せるものとなっているのです。また、ゲシュタルト療法は、心身一元論的な心理療法であるため、肉体エネルギーの解放や流動化を、起こしやすいというのも、実践上の大きな利点です。それら身体的・生理的要素は、変性意識状態(ASC)をつくり出す側面において、とても有効に働くものであるからです。このようなことからも、本書では、ゲシュタルト療法のアプローチを、適宜、活用するものとなっているのです。

(抜粋)

 


 

目次


はじめに 意識拡大のテクニック入門

 

第一部 気づきの技法

 

第一章 気づきとは
第二章 体験に気づいていないとは
第三章 気づきの3つの領域と体験の回避
    【エクササイズ】
第四章 自己に集中する 気づきとマインドフルネス
    【エクササイズ】
第五章 気づきの構造と可能性
第六章 噂話のような人生

 

第二部 変性意識とエクスタシィの技法

 

第一章 変性意識状態(ASC)とは
第二章 私たちの日常意識とは
第三章 変性意識状態のもたらす多様な効果
第四章 変性意識状態への入り方・コントロール法
    【エクササイズ】
第五章 身体とエネルギーを解放する
    ①呼吸法
    【エクササイズ】
    ②身体のパターンを変え、交流を深める
    【エクササイズ】
    ③生活習慣への介入
    【エクササイズ】
    ④大自然との交流
    【エクササイズ】
    ⑤ボディワークの利用
    【エクササイズ】
第六章 感情を解放する
    【エクササイズ】
第七章 意識のチューニングを変える
    【エクササイズ1】
    【エクササイズ2】
    【エクササイズ3】
第八章 夢という変性意識状態
    【エクササイズ1】
    【エクササイズ2】
第九章 フロー体験について
第十章 意識の新たな体験領域 内的体験の地図
    【エクササイズ】

 

第三部 透視的なひろがりのマインドフルネス

 

第一章 意識のさまざまな体験領域
    ◆至高体験peak-experienceについて
    ◆サイケデリック体験とチベットの死者の書
    ◆変性意識状態とさまざまな同一化
第二章 自己想起self-rememberingのヒント
    【エクササイズ】
第三章 明晰夢の利用 マトリックス的な世界
    【エクササイズ】
第四章 帰還するマインドフルネスの実践
    ◆複数の自我と、変性意識の経験情報
    ◆脱同一化と同一化の技法
    ◆多重化する人生
    ◆内なる光(自由)の凝集
    【エクササイズ1】
    【エクササイズ2】

 

おわりに 流れる虹のまなざし

 

参考文献

 

 


~~~~~~~本文より~~~~~~~~



第二章 体験に気づいていないとは

 さて、それでは、「自分の体験に気づいている」とは、どのような状態を指しているのでしょうか?まず、私たちの普段の生活を振り返ってみたいと思います。例えば、私たちの、一日の時間の過ごし方、一日のさまざまな体験について、思い返してみます。例えば、今日一日の、私たちの実際の過ごし方と、その記憶を探ってみます。朝起きてから、今の時刻まで、自分が今日、「何を体験してきたか」を振り返ってみます。テープを巻き戻すようにして、朝に時点を戻し、一日にあった出来事や体験を、ビデオのように再生してみます。まず、簡単なところで、今の、少し前の時間帯を思い出してみます。一分前、五分前、十分前、その時、私たちは、何を体験していたでしょうか?その体験の光景を思い出してみます。その風景や体験を、克明に思い出すことができるでしょうか?思い出せる事柄とは、どのような事柄でしょうか?
 そのように、一時間前、三時間前、五時間前と思い出してみます。私たちは、その時、何を体験していたでしょうか?その時の、体験の光景や、出来事の細部、その体験の味わいを、実感をもって充分に思い出すことができるでしょうか?その時の心の動きや感情の流れを、鮮明に思い出すことができるでしょうか?おそらくは、意外と、自分の体験をよく思い出せないという事実に、気づかれると思います。逆に、よく思い出せる体験や光景には、どのような特徴や共通点があるでしょうか?
 ところで、私たちは、日常生活を送る中で、大体いつも、絶え間なく何かを行なっています。やらなければならない仕事や雑務やこなしつつ、空いた時間にさえ、暇つぶし的に、何かを行なっています。そして、内側に目を向けると、心の中においても、同じように、絶え間なく、いつも何かを考えています。連想したり、予期したり、思い返したり、また空想したりしています。やらなければならないことや、起こるかもしれない出来事、さまざまな心配や願望など、心の中には、いつもさまざまな想念が、止まることなく流れています。そして、そのことについて、独り言をつぶやいたり、内的対話(自分と自分との対話)を繰り返したりしています。
 そのような私たちの、今日一日の体験を、振り返ってみます。そのような時間の過ごし方の中で、その時々に、「体験していたこと」が、どのくらい克明に、まざまざと思い出せるでしょうか?また、その時、「体験していた自分」とは、どのような自分(状態)だったでしょうか?「体験していた自分(私)」は、どの程度、充分な、本当の自分自身だったでしょうか?その状態をよく思い起こしてみます。

(つづく)




~~~~~~~本文より~~~~~~~~



第四章 変性意識状態への入り方・コントロール法

 さて、では、このような変性意識状態(ASC)を、実際に活用していく実践方法について見ていきたいと思います。
 意識の状態というものは、ラジオのチューニングにどこか似ています。通常、私たちの意識はいつも、ある特定の周波数(知覚・心理内容)に、チューニングを合わせて(同調させて)いるようなものです。喩えると、ラジオでいえば、特定の、例えばNHKの周波数に合わせているようなものです。ここで聞きとられている、NHKの番組内容が、私たちの意識内容であり、それと表裏一体化した日常的現実といえます。多くの場合、私たちはいつも、同じ放送局(NHK)に、チューニングを合わせて、或る番組を聞いているので、他の放送局や番組があるということ自体に、気づけない状態にあるのです。変性意識状態とは、このチューニング(同調)が、別の周波数(知覚・心理内容)の帯域に移ったような状態です。そのため、今までとは違う、別の放送局の番組内容(現実)が聞こえてくることになるわけです。
 チューニング(同調)というと、少し比喩的な言い方になりますが、意識が、その知覚・心理内容(自我状態)に、「同一化」している状態のことです。通常、私たちは、この日常意識の自我状態に、無自覚に同一化しているのです。そして、その同一化を、脱同一化できるものだとは考えていないのです。ここでは、そのような意識状態を操作するイメージからも、比喩的に、チューニング(同調)と呼んでいます。

そのため、変性意識状態をつくり出す際には、3つの側面が重要となります。
①別の周波数(知覚・心理内容)に、意識のチューニング(同調)を変えること。
ラジオのツマミを回すこと。既存の心理的内容(自我状態)から、意識を脱同一化させること。
②別の番組(知覚・心理内容)に、意識を同調、同一化させること。
③別の番組(知覚・心理内容)に、気づくawarenessこと。
です。

(つづく)


 

 

~~~~~~~本文より~~~~~~~~

 


◆意識の拡散と集中について

 ところで、瞑想実践における現場では、意識や注意の保ち方について、しばしば、それを楽器の調弦(チューニング)に喩える場合があります。例えば、ギターの弦というものは、緊く張りすぎても、弛め過ぎてもいけないものです。ちょうどよい張りが、美しい音色を響かせます。瞑想における意識も同様だというのです。瞑想においても、意識を集中させすぎても、弛緩させすぎてもいけない、ちょうどよい意識の張り、バランスが必要だというのです。そこに、体験や気づきを的確に深められる、意識の振動領域があるというのです。
 さて、ところで、変性意識状態はというものは、多くの場合、意識を拡散させる側面では、とても大きな効果を持つものです。しかし、意識をただ拡散させ、弛緩させているだけでは、私たちはただ漂流するだけで終わってしまう可能性があります。そこに、なんらかの、気づきによる覚めた介入が入ることで、意味深い体験領域、意識の振動領域が生まれてくることになるのです。フロー体験は、より日常意識と近い(つながりの深い)、かつ強度にみちた体験領域ですが、このようなバランスのとれた、調弦された意識状態を考える際に、ヒントとなる心理状態となっているのです。

(つづく)



 

~~~~~~~本文より~~~~~~~~



おわりに 流れる虹のまなざし

 以上、本書では、気づきと変性意識へのガイドとして、さまざまな取り組みを取り上げて見てきました。ここで見たような実践は、私たちの意識を少しずつ拡大することで、ある質的な豊かさをもって人生を拡充させると同時に、日々の歓びを増し、生きる意味をつくることにもつながっていきます。また、実際的な効果としても、私たちの人生をおおう、多くの苦痛や生きづらさを、変容させていくことにもつながっていきます。最後に、そのような変容の先にある展望(風景)について、少し触れておきたいと思います。
 ところで、第二部では、タート博士の唱える、合意的トランスconsensus tranceという状態について見てみました。私たちの多くが、成長していく中で信じ込んでいく、さまざまな文化的拘束について考えてみました。この指摘は、私たちが、基本的には、このような文化的なコードと合意的トランスによって、自分の体験や自分自身を、抽象化された世界として、限定的に見るようになってしまう事態を指しています。それは、既知の因果の糸が、蜘蛛の巣のように張りめぐらされた、平板で、白黒の世界です。しかし、それは、実は、私たちの思い込みや囚われが、世界に投影されたものでしかないというわけなのです。私たちが、投影している「人生(人間)ゲーム」の盤面でしかないものです。しかし、それら虚構的な枠組みを、幼い頃から心身の奥底で信じ込んでしまったために、それだけが「現実」であると思い込んでしまったというわけなのです。たとえ、「地図は、現地ではない」と、頭で分かっていても、地図の向こう側にある、生きた世界の存在が、実感できないわけなのです。そのため、私たちは、日々、これら抑圧(落ち込み)のプログラムから、抜けだすことができなくなってしまっているのです。
 しかし、本書でこれまで見たような、気づきと変性意識に関わるさまざまな実践を、意欲的かつ集中的に推し進めていくと、私たちの意識と知覚の流動性は、少しずつ増していくこととなります。そのプロセスが進んでいくと、経験情報と流動化が、膨大に蓄積していき、その果てに、ある一線を超えるという事態がやってくることになるのです。その時、私たちの中に、あたかも脱皮したかのように、新しい意識状態や、ひらかれた感情(愛)のひろがりが、出現してくることにもなるのです。それは喩えると、世界の見え方が、白黒映画からカラー映画へ変わるかのような、劇的な事態ともなってくるのです。
 そして、そのようにして、私たちの内なる情報が刷新され、体験を支える、意味の位相が変わりはじめると、普段の生活においても、私たちは、別種の非因果的な自由や、エクスタシィ(至福)を、意識の多層性のうちに感じとるようになってくるのです。自分の個我を、エネルギーの任意の結集点のように、ずっと緩やかで、流れるもののように感じるようになってくるのです。そして、そのことは、私たちの内にある堅固な「世界とは、こういうものだ」「自分とは、こういうものだ」というゲーム、社会の合意的なコードや信念体系を、水たまりのように蒸発させていくことにもなるのです。いわゆる「現実」を、字義どおりに、噂どおりにとらえずに、むしろ、解放されたエネルギーの、影絵のようなものであると感じるようになってくるのです。
 喩えると、人生(現実)や自分自身を、信念体系によって創り出されたゲーム、漫画のような世界だとも感じてくるのです。自分で創り出した役柄を、大真面目に演じている少し滑稽な芝居と見るようになってくるのです。なぜなら、わざと悟らないでいることによる迷妄の道は、重く澱んで、苦痛に満ちたものではありますが、馬鹿げていて、楽しくもあるからです。そのため、私たちは、このゲームを、本当には止めようと思わないのです。そして、このような、秘められた多層性のまなざしは、私たちの人生を、よりひらかれた無限なるものへと明け渡していくことにもなるのです。人生を、冒険的で、遊戯的なゲーム、悪戯めいた智慧と愛のゲームに変えていくことにもなるのです。トリックスターのように、世界を、ひとつの実験的な試み、障壁と戯れている、自在で創造性に充ちた、流れるエネルギーの顕現と見るようにもなっていくのです。
つまりは、世界それ自体は、生き生きと、無際限に、そこに在ることに、気づいていくのです。
虹のように耀く精妙な空間が、知覚の内なる微光、気づきの光明として、内から射すようにひろがっています。
漫画の世界の向こうには、凝集する陽光のように、世界がそうある本来のまばゆさ、あざやかで彩り豊かなまばゆさが、流れるように渦巻いています。
そして、私たちには、今も昔も、その世界を生きているということが、わかっているのです。

 

 

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スライド4







サイケデリック体験と、チベットの死者の書

さて、以前、
心理学的に見た「チベットの死者の書」
ということで、
チベットの死者の書から類推される、
私たちの心の、
構造的モデルについて
考えてみました。
心理学的に見た「チベットの死者の書」

そして、その際、
ティモシー・リアリー博士らが記した、
『サイケデリック体験 The Psychedelic Experience』
(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅靖彦訳、八幡書店)
を参照としました。

ところで、
そもそも、
リアリー博士らは、
向精神性物質を用いることで現れて来る、
サイケデリック(意識拡大的)体験、
つまり、変性意識状態の諸相を理解する、
有効な、心の構造モデルとして、
または、サイケデリック体験をうまく導いてくれる、
ガイドブック(指南書)として、
「チベット死者の書」を、
持って来たわけでした。

さて、前回は、
そのような、心の「構造的側面」を、
テーマにして、
諸々を検討してみましたが、
今回は、
リアリー博士らが、把握した、
サイケデリック体験の、
「体験的側面」、
変性意識状態そのものに焦点化して、
諸々を見ていきたいと思います。

ところで、
前回の振り返りですが、
チベットの死者の書の中では、
死者は、
3つの中有、
つまりバルドゥ(バルド)と呼ばれる、
時空を経由して、
人は再生(心理的再生)してしまうとされています。

①チカエ・バルドゥ(チカイ・バルド)
②チョエニ・バルドゥ(チョエニ・バルド)
③シパ・バルドゥ(シドパ・バルド)
の3つがそれらです。

①のチカエ・バルドゥは、
もっとも空なる、
超越的な体験領域であり、
私たちは、そこで、
すべてから解放された時空、
空なる意識状態を、
達成することが、
可能とされています。

②のチョエニ・バルドゥは、
非常に深い、
深層次元の心が現れる時期であり、
そこで、私たちは、
私たちを構成する、
心自体である、
深部の元型的素材に直面すると、
されています。

③のシパ・バルドゥでは、
これは再生の時期にあたりますが、
私たちの自我に近いレベルが、
回帰して来るとされています。


では、実際に、
リアリー博士らの言葉を、
見てみましょう。

「チベット・モデルにしたがい、
われわれはサイケデリック体験を
三つの局面にわけている。
第一期(チカイ・バルド)は、
言葉、〔空間-時間〕、自己を超えた
完全な超越の時期である。
そこには、
いかなるヴィジョンも、
自己感覚も、
思考も存在しない。
あるのは、ただ、
純粋意識と
あらゆるゲームや生物学的なかかわりからの
法悦的な自由だけである。
第二の長い時期は、
自己、あるいは
外部のゲーム的現実(チョエニ・バルド)を
非常に鮮明な形か、
幻覚(カルマ的幻影)の形で
包含する。
最後の時期は(シドパ・バルド)は、
日常的なゲーム的現実や
自己への回帰に
かかわっている。
たいていの人の場合、
第二(審美的ないし幻覚的)段階が
もっとも長く続く。
新参者の場合には、
最初の光明の段階が長くつづく」
(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅靖彦訳、八幡書店)

ところで、博士らは、
私たちが囚われ、落ち込む、
自我の「ゲーム」から、
離れることを、進めます。

サイケデリック体験が弱まり、
バルドゥを進むに従い、
私たちは、
自我の「ゲーム」に、
より、とらわれていってしまうと
いうわけです。

「『ゲーム』とは、
役割、規則、儀式、
目標、戦略、価値、言語、
特徴的な空間-時間の位置づけ、
特徴的な動きのパターンによって
規定されている一連の行動である。
これら九つの特徴を持たない
一切の行動は
ゲームではない。
それには、生理学的な反射、
自発的な遊び、
超越意識などが含まれる。」
(前掲書)

このような、
ゲームにとらわれることなく、
ゲームを回避し、
空なる体験-意識領域に、
同一化できた時、
私たちは、いわば、
解脱(真の解放)できるというわけなのです。

第一のチカエ・バルドゥでは、
(サイケデリック体験が一番強烈な時間では)
そのチャンスが一番あると、
されているのです。

「もし参加者が、
空(くう)の心を
ガイドが明らかにしたとたん、
その観念を見、
把握することができれば、
つまり、
意識的に死ぬ力をもち、
自我を離れる至高の瞬間に、
近づいてくるエクスタシーを認識し、
それとひとつになることができれば、
幻想のあらゆるゲームの絆は
即こなごなに砕け散る。
夢見る人は
すばらしい認識を獲得すると同時に、
リアリティに目覚めるのだ。」
(前掲書)

「解放とは、
〔心的-概念的〕な活動を欠いた
神経系である。
条件づけられた状態、
つまり、
言葉と自我のゲームに限定された心は
たえず思考の形成活動を
おこなっている。
静かで注意が行き届き、
覚醒してはいるが
活動はしていない状態にある神経系は、
仏教徒が
もっとも高い「禅定」の状態(深い瞑想状態)と
よぶものに比較することができる。
そのとき、
身体とのつながりは
依然として保たれている。
光明(クリアーライト)の意識的な自覚は、
西洋の聖者や神秘家が
啓示とよんできた法悦的な意識状態を
誘発する。
最初の徴候は、
『リアリティの光明』
の一瞥であり、
『純粋な神秘的状態としての絶対に誤らない心』
である。
これは
いかなる心の範疇のおしつけもない
エネルギー変容の自覚である。」
(前掲書) 

そして、
サイケデリック体験が一番強烈な時に、
解放や覚醒が得られない場合でも、
その次の時間帯で、
チョエニ・バルドゥ的な解放や覚醒が、
可能だともいうのです。

「最初の光明(クリアーライト)が
認識されない場合、
第二の光明を維持する可能性が
残されている。
それが失われると、
カルマ的な幻想
あるいはゲーム的リアリティの
強烈な幻覚の混合期である
チョエニ・バルドが訪れる。
ここで教訓を思い出すことが
きわめて重要である。
多大な影響や効果を
およぼしうるからである。
この時期、
微細にわたって鮮明な意識の流れは、
断続的に合理化や
解釈を試みる努力によって妨げられる。
だが、
通常のゲームを演じる自我は
効果的に機能していない。
したがって、
流れに身をまかせていれば、
まったく新しい歓喜をともなう
官能的、知的、感情的な体験をする可能性が
無限にある。
だが、その一方で、
体験に自らの意志をおしつけようとすると、
混乱や恐怖の恐ろしい待ち伏せに
遭遇することになる。」
(前掲書)

「経験を積んだ人は、
すべての知覚が
内部からやってくるという自覚を保ち、
静かに坐って、
幻影をつぎつぎに映しだす
多次元的なテレビ受像機のように
拡大した意識を
制御することができるだろう。
非常に敏感な幻覚
―視覚的、聴覚的、触覚的、臭覚的、物理的、身体的―
と絶妙な反応、
そして自己や世界への
思いやりのある洞察。
鍵はなにもしないこと、
すなわち、
周囲で起こっているすべてとの
受動的な合体である。
もし意志をおしつけたり、
心を働かせたり、
合理化したり、
解釈を求めたりしたら、
幻覚の渦にまきこまれるだろう」
(前掲書)

ところで、
リアリー博士らは、
このチョエニ・バルドゥ的な、
サイケデリック体験が、とりがちな、
体験の諸相を、
死者の書に合わせつつ、
いくつかに分類しています。

自己の内的体験に、沈潜する場合や、
外部の知覚的世界に、没入する場合など、
類型的なパターンに分けて、
解説を加えています。

①源泉あるいは創造者のヴィジョン(目を閉じ外部の刺激は無視)、
②元型的プロセスの内的な流れ(目を閉じ、外部の刺激を無視。知的側面)
③内的な統一性の火の流れ(目を閉じ、外部の刺激を無視。感情的側面)
④外的形態の波動構造(目を開くあるいは外部の刺激に没頭する。知的側面)
⑤外部の一体性の振動波(目を開くあるいは外部の刺激に没頭する。感情的側面)
⑥「網膜のサーカス」
⑦「魔法劇場」
(前掲書)

これなども、
私たちの心や神経、
知覚を考える上で、
大変に示唆に富む指摘と、
なっているのです。

以下に、いくつか、
その描写を見てみましょう。

②の元型的プロセスの内的な流れ
(目を閉じ、外部の刺激を無視。知的側面)
については…

「第一のバルド
あるいは源のエネルギーの、
分化していない光が失われると、
明るい分化した形態の波が
意識の中にあふれだす。
人の心はこれらの形に
同一化しはじめる。
つまり、
それらにラベルを貼り、
生命プロセスについての啓示を
体験しはじめるのである。
特に被験者は、
色のついた形態、
微生物的な形、
細胞の曲芸、
渦巻く細い管の際限のない流れに
とらわれる。
大脳皮質はまったく新しくて
不思議な分子のプロセスに、
チューン・インするのだ。
抽象的デザインの
ナイアガラや生命の流れを
体験するのである。」
(前掲書)


③の内的な統一性の火の流れ
(目を閉じ、外部の刺激を無視。感情的側面)
については…

「純粋なエネルギーが
その白い空の性質を失い、
強烈な感情として感じられる。
感情のゲームがおしつけられる。
信じられないほど真新しい身体感覚が
身体を貫いて脈打つ。
生命の白熱光が
動脈にそってあふれるのが
感じられる。
人は
オルガスム的な流体電気の大海、
共有された生命と
愛の無限の流れに
溶け込む。」
(前掲書)

「進化の河を
流れ下っていくあいだ、
際限のない無自己の力の感覚が
生まれる。
流れる宇宙的な帰属感の喜び。
意識は
無限の有機的レベルに
チューニングできるのだ
という驚くべき発見。
身体には
何十億という
細胞のプロセスがあり、
そのそれぞれが
独自の体験的宇宙―無限のエクスタシー―を
もっているのだ。
あなたの自我の
単純な喜び、苦痛、荷物は
一つの体験の組み合わせ、
反復的で
ほこりにまみれた組み合わせを
表している。
生物学的なエネルギーの
火の流れのなかにすべりこむと、
一連の体験的組み合わせが
つぎつぎと通りすぎていく。
あなたはもはや
自我と種族の構造に
包み込まれてはいない。」
(前掲書)


④の外的形態の波動構造
(目を開くあるいは外部の刺激に没頭する。知的側面)
については…

「被験者の意識は突然、
外部からの刺激に侵入される。
彼の注意は奪われるが、
古い概念的な心は働いていない。
けれども、
他の感受性は働いている。
彼は直接的な感覚を体験する。
生の『存在性』。
彼は物体ではなく、
波のパターンを見る。
『音楽』や『意味のある』音ではなく、
音響的な波を聞く。
そして、
あらゆる感覚や知覚が
波の振動にもとづいているという
突然の啓示にうたれる。
それまで
幻想のかたさをもっていた
周囲の世界が、
物理的な波動の戯れに
ほかならないという
啓示にうたれる。
テレビ画面のイメージと同様に
実質性をもたない
宇宙的なテレビ・ショーに
まきこまれているのだという
啓示をうける。
もちろん、
物質の原子構造を
われわれは知的に知っているが、
強烈な変性意識の状態以外では、
けっして体験されることはない。
物理学の教科書によって
物質の波動構造を学ぶことは一つ、
それを体験し(そのなかに入りこみ)、
古い、馴染のある粗野な、
「堅固な」物体という
幻覚的な慰めが消え去り、
通用しなくなるということは、
まったく別のことなのである。
もし
これらの超リアルなヴィジョンが
波の現象をふくんでいれば、
外部の世界はびっくりするほど
鮮明な輝きと啓示を帯びる。
現象世界が波動という
電子的イメージの形で
存在しているという体験的な洞察は、
光明の力の感覚を
生みだすことができる。
万物が意識として
体験されるのである」
(前掲書)


さて、以上、
リアリー博士らの言葉によって、
サイケデリック体験が見出す、
リアリティの変貌について、
見てみました。
いかがだったでしょうか。

ところで、当然、
このようなリアリティの諸相は、
サイケデリック体験に限らず、
その他の変性意識状態においても、
現れて来るものであります。

そのような意味においても、
このチベット・モデルや、
リアリティの質性の特性は、
私たちにとって、
変性意識状態の探索や、
意識拡大のための、
示唆に富んだ手引きと、
なっているのです。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的な方法論は、 拙著

入門ガイド

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧ください。

 



↓サイケデリック体験と、チベットの死者の書についても解説しています。


 



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 応用編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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明晰夢の効力 2 映画『マトリックス』の世界へ


さて、以前、
映画『マトリックス』について、
取り上げてみました。

そこにおいて、
物語の中で描かれている、
(マトリックスのつくり出す)
仮想世界というものが、
私たちが今生きている、
この現実世界と、
非常に近いものであることについて、
考えてみました。
マトリックスの暗喩(メタファー) 残像としての世界

つまり、
マトリックスの世界とは、
決して、
絵空事とばかりは、
いえないものである
ということについてです。

今回は、
そのような、
マトリックスの世界観と、
特異な夢の一種である、
「明晰夢」との関連性について
少し考えみたいと思います。

ところで、
明晰夢 lucid dream についても、
以前、少し取り上げて、
みたことがあります。
「明晰夢」の効力 夢の中で掌を見る

また、
拙著『砂絵Ⅰ』においても、
夢見の技法のひとつとして、
この明晰夢を、
重要な実践として、
取り上げました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

明晰夢とは、
夢の中で、
人が、
自分が夢を見ていることに気づいて、
その上で、
行動しているような夢のことです。

現在では、
心理学的にも、
研究が進んでいますが、
歴史的には、
チベット密教や、
シャーマニズムの中で、
その存在が、
知られていたものでした。

さて、
ところで、
明晰夢の世界とは、
大変、興味深い世界です。

そこでは、
自分の、
見て、
聞いて、
感じている、
まわりの世界すべてが、
自分のつくり出した仮想世界だと
理解しながら、
その感覚を味わっている、
そんな世界です。

それは、
奇妙な世界です。

たとえば、
明晰夢のなかでは、
今はもう、
物理的には存在しない、
昔の家や部屋にいることが、
あります。

「この部屋は、
もう存在していない」
ということは、
夢の中でも、
分かっています。

目の前に、
存在している物や風景が、
「夢がつくり出している」
ということを分かって、
それらを見たり、
感じたりしているのです。

しかし、
それらはありありと、
存在しています。

夢特有の、
多少感覚のぼやけた感じはありますが、
それでも、
それらの物に触れると、
現実で触れるのと、
同じような感覚が、
得られるのです。

それは、
不思議な感覚です。

たとえば、
それは、
昔、懐かしい部屋だったりします。

そこには、
今ではすっかり、
忘れてしまっていたような、
風景や物の細部が、
再現されています。

「そういえば、
こんな物が、
部屋の片隅に、
いつもあったなぁ」

とか、

「そういえば、
ここには、
こんな感じで、
よく、埃が積もっていたなぁ」
と、
現実に存在しない、
物や風景が、
そこには、
今も、在るのです。

そして、
それらの物に、
実際に触れてみると、
とても懐かしい触感が、
得られたりするのです。

それは、
深い感慨と、
愛惜の世界と、
いえるものでもあります…


さて、
このように、
明晰夢は、
体験それ自体においても、
充分に、
感銘的なものであるのですが、
その影響力は、
さらに、
より深い作用を、
私たちに、
もたらして来るものでも、
あるのです。

つまりは、
興味深いことに、
このような、
明晰夢の感覚は、
普段の、
日常生活に、
影響を与えて来る、
ということなのです。

というのも、
明晰夢の中では、
まわりの風景のすべてが、
「自分の感覚情報が、
創り出したものだ」
と、わかっています。

そのうえで、
さまざまな行動を、
とることを、
試してみたりしているです。

しかしながら、
「自分の感覚情報が、
すべて創り出している」
ということにおいては、
実は、
この普段の日常的現実、
日常意識の見る風景においても、
事情は、
まったく同じなのです。

この覚醒時の、
まわりの風景や物にしろ、
皆、
脳や感覚がつくり出した、
情報の世界、
任意の構成風景であることは、
まったく同じで、
あるからです。

そして、
そのようなことが、
明晰夢での知覚的実感から、
まざまざと、
納得できるわけなのです。

その感覚(世界表象)の任意性を、
否定することが、
できないのです。

「この風景も、
自分で創り出している、
感覚情報である」
ことが、
実感的に、
気づかれawarenessてしまうのです。

そして、
それは、
映画『マトリックス』において、
主人公ネオたちが、
マトリックスのつくり出す、
仮想世界のなかで、
その仮想性を意識して、
行動しているのと、
同じような感覚でも、
あるのです。

私たちも、
この現実世界においても、
任意の感覚情報(世界表象)の中を、
生きている、
というわけなのです。

それらを理解しつつ、
行動していくように、
なっていくというわけです。

そして、
それは、
生きる上で、
私たちに、
新しい種類の自由度を、
もたらすことにも、
つながっていくのです。

チベット密教においては、
おそらく、
世界の空性を、
実感的に理解するために、
夢ヨーガを行なうのでしょうが、
そのように、
私たちは、
明晰夢の眼差し(光線)を通して、
目の前の世界を、
より流動的で、
非実体的なものとして、
とらえるように、
なっていくのです。

映画『マトリックス』の世界を
地で行くような事態が、
実際に起こって来ることに、
なってくるわけなのです。

そのような点で、
この明晰夢の実践(実験)は、
私たちの、
意識拡張の探求において、
とても興味深いものとして、
位置づけることが、
できるわけなのです。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的な方法論は、 拙著

入門ガイド

『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

をご覧ください。

Sleep-Patterns-Lucid-Dreaming-Part-1-Dr.-terry-Willard

↓動画「変性意識 『マトリックス』のメタファー 残像としての世界」
 

↓動画「変性意識状態 心理学的に見た、チベットの死者の書」
 

↓動画「変性意識状態(ASC)とは」


↓明晰夢の入り方は エクササイズ 『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』



↓明晰夢がもたらすもの 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』










【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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気づき・自己想起・至高体験 目標とプロセス


さて、当サイトでは、右寄せ
人間の意識や存在の、
さまざまな拡張された体験領域を、
取り扱っています。

最近では、
マインドフルネス的な気づきと、
グルジェフの自己想起について、
扱いました。
気づきawarenessと自己想起self-remembering
自己想起self-rememberingの効能

また、マズローの
至高体験や自己実現の考えについても、
見てみました。
「至高体験」の効能と、自己実現
アイデンティティの極致としての至高体験
「完全なる体験」の因子と、マズロー

関連領域としては、
登山における山頂体験について、
卓越した登山家、
ラインホルト・メスナーの洞察を、
参考にしてみました。
登山体験 その意識拡張と変容

これらが示す、
数々の体験領域は、
私たちの生Beingの、
より拡張された次元を、
垣間見せてくれる、
貴重な領域ともいえます。

私たちの生には、
現代社会が、通常了解している以上の、
さまざまな潜在能力があり、
創造性、意識拡張の領域においても、
より大きなひろがりの可能性を、
持っているからです。
その一端は、
拙著の中でも、
多くの考察をめぐらせました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

ところで、一方、
私たちは、
日々の生活を生きつつ、
それほど特別な達成を持たなくとも
さまざまに閃光的で、
刺激的な、
強度の体験を得ながら、
日々を成長、生成Becomingしているとも、
いえます。

今回は、
人生の中における、
そのような大きな目標と、
日々のプロセスとの関係を、
どうとらえるかについて、
少し考えてみたいと思います。

そこでは、
マズローの言葉が、
ヒントとなります。

ところで、
マズローは、
欲求の五段階仮説で、
有名でもありますが、
その下位の
「基本的欲求」
「基本的価値」
を追求することが、
必ずしも、
途中経過としての価値しか、
持たないのというわけではないことを、
至高体験との関係で、
指摘しています。

目標とプロセスとの、
生命Beingと生成Becomingとの、
多様な姿を語ります。

「…かれに関するかぎり、
特定の期間中
階層のうちの
どのような欲求に支配されていようとも、
生命lifeそのものと同じ意味の
絶対的、究極的な価値なのである。
だからして、
これらの基本的欲求
あるいは基本的価値というものは、
目標としても、
また単独の終局目標に達する階梯としても、
とり扱われるのである。」

「なるほど単一の究極的価値
あるいは人生目標といったものの
あることはたしかであるが、
われわれは複雑に連関しあった
価値の階層的、発達的体系をもつこともまた、
たしかに正しいのである。」

「これはまた、
生命Beingと生成Becomingとの間の
明らかに対照的な逆説を解くのに
役立つ。
なるほど、
人間は絶えず究極に向かって精進しており、
それはいずれにしても
別種の生成であり、
成長であるといえる。
まるで、われわれは
つねに到達できない状況に
達しようと努めなければならない宿命に
あるかのようである。
だが、幸い、
こんにちではこれが正しくないこと、
あるいは少なくとも唯一の真理でないことを、
知っている。」

「それを統一する別の真理があるのである。
われわれは一時的な絶対的生命によって、
つまり、至高経験peak-experienceによって、
よい生成が再三、再四報いられるのである。
基本的欲求の満足が達せられることが、
われわれに多くの至高経験を与えてくれる。
しかもその一つ一つが無限の喜びであり、
それ自体完全なものであり、
みずから生き甲斐を感ずる以外
なにも求めようとしない。」

「これは天上が
どこか生涯のはるか彼岸にあるとの考え方を
否定しているようなものである。
いわば天上は生涯にわたり
われわれを待っていて、
一時的にいつでも入りこみ、
われわれが日常の努力の生活に帰るまで
楽しもうと身構えているようである。
そしてひとたびわれわれがそれにひたると、
絶えず思いを新たにし、
この記憶を大切にして、
逆境の際には
心の支えともなるのである。」

「そればかりでない。
刻一刻の成長の過程が、
それ自体完全な意味において、
本質的に報いられる喜ばしいものである。
それらは山頂の至高体験でなくとも、
少なくとも山麓の経験であり、
まったくの自己正当性をもつ喜びの曙光であり、
生命の一瞬である。
生命Beingと生成Becomingとは
矛盾するものでも、
たがいに排反するものでもない。
接近と到達とは
ともにそれ自体報酬なのである。」
(『完全なる人間』
上田吉一訳、誠信書房)

さて、
マズローの言葉を見てみましたが、
探求のプロセス自体の中に、
達成の至福が、
すでにいくらかは含まれている、
というわけなのです。

そうではないと、
たしかに人は、
動機を失いがちになってしまう
ともいえます。

しかし、
筆者が見た多くの事例からも、
実際のところは、
至高体験を含有する、
さまざまな強度な体験が、
人生には、
侵入して来るものなのです。

それとはわかりにくい、
多様な姿や形態で、
至高体験は、
私たちの生のうちに、
含まれているものなのです。
「山頂」にいなくとも、
それに連なる「山麓の経験」は、
非常に多くあるのです。

要は、
気づきawarenessを、
磨いていくことで、
それらを掘り起こし、
育てていくことなのです。

そのようなヴィジョンや熱意、
体験に開かれている姿勢が、
心身の探求を進める上でも、
とても重要なことであるといえるです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。




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自己想起 self-remembering の効能 マインドフルネスと、グルジェフからのヒント


さて、以前、
世間一般や心理療法の現場で、
漠然と語られている、
気づきawarenessという心理状態を、
構造的に理解するために、
G・I・グルジェフの、
自己想起self-remembering
という気づきの実践技法を、
さまざまに見てみました。
気づきawarenessと自己想起self-remembering

マインドフルネスが、
語られるようになってきた昨今、
特に重要なテーマと、
考えられたからです。

そこでは、
変性意識状態(ASC)の研究で有名な、
チャールズ・タート博士の著書、
『覚醒のメカニズム』(吉田豊訳、コスモスライブラリー)
をもとに、
諸々を考えみました。

今回は、
グルジェフの弟子としても著名な、
ウスペンスキーの著書、
『奇蹟を求めて』(浅井雅志訳、平河出版社)から、
グルジェフの言葉や、
ウスペンスキーの洞察を取り上げ、
自己想起self-rememberingの、
大きな潜在力について、
考えてみたいと思います。

ところで、
それに少しでも取り組むと分かるように、
自己想起self-rememberingは、
非常に困難であると同時に、
極めて重要な実践であり、
人生を、
決定的に違う光りのもとに、
照らし出すものとなっています。

さきのタート博士は語ります。
「ウスペンスキーの『奇蹟を求めて』を読んだ結果、
私が初めて自己想起を実践した時、
これは自分が必要としている
何かきわめて重要なことだと
すぐにわかった。」
(前掲書)

また、
ウスペンスキーも語ります。
「G(グルジェフ)の言ったこと、
私自身が考えたこと、
また特に自己想起の試みが
私に示したことすべてから、
私はこれまで科学も哲学も出合ったことのない
全く新しい問題に直面しているのだということを
間もなく納得したのである。」
(前掲書)

ウスペンスキーの言葉は、
すでに、100年前のものですが、
この間、人類はまったく進化していないので、
事態はまったく変わっていないのです。

グルジェフは語ります。
「人生全体、人間存在全体、
人間の盲目性全体は
これに基づいているのだ。
人が自分は自分を想起することができない
ということを本当に知れば、
彼はそれだけで
彼の存在(ビーイング)の理解に
近づいているのだ。」
前掲書)

ところで、
筆者自身は、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』
の中でも記したように、
個人的には、
「自分の自意識を外側から見る」
というような変性意識的体験により、
自分の日常意識の、
「無明性(眠り)」を突きつけられた結果、
この自己想起の重要性に、
気づいていったという、
経緯があります。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』


◆自己想起の実態

さて、
この自己想起self-rememberingですが、
ウスペンスキーの本の中では、
弟子たちが、
自己観察の宿題に対して、
さまざまな回答する中で、
グルジェフが語ったことにあります。

「誰も私が指摘した
最も重要なことに気づいていない。
つまり、誰一人、君たちは
自分を想起 remember yourselvesしていない
ということに気づいていないのだ
〔彼はここの部分を特に強調した〕。
君たちは自分を感じて feel yourselvesいない。
自分を意識 conscious of yourselvesしていないのだ。
君たちの中では、
〈それ it が話し〉
〈それ it が考え〉
〈それ it が笑う〉のと同様、
〈それ it が観察する〉のだ。
君たちは、
私 I が観察し、
私 I が気づき、
私 I が見るとは感じていない。
すべてはいまだに、
〈気づかれ〉
〈見られ〉ている。
……自己を本当に観察するためには
何よりもまず
自分を想起しなければならない。
〔彼は再びこの語を強調した〕。
自己を観察するとき
自分を想起 remember yourselvesしようと
してみなさい。」
(前掲書)

自己想起self-rememberingは、
普通に、現代社会で生活する中では、
決して教わることのない、
独特な意識の働かせ方です。

自己観察の宿題を、指示する中で、
グルジェフは
私たちが、
自分自身だと思い。
自分たちの自明の道具(特性)だと思っている、
この「意識」は、
決して確固として、
いつもここに在るわけではない、
私たちの存在を満たしているわけではない、
と指摘していたのです。
それを観察するようにと、
示唆していたのです。

「私の言っているのは、
意識が再び戻って来たとき初めて、
それが長い間不在だったことに気づき、
それが消え去った瞬間と
再び現れた瞬間を見つけるか、
あるいは思い出すことができるということだ。」

「自分の中で、
意識の出現と消滅を観察すれば、
君は必然的に、現時点では、
見もせず認識もしていない一つの事実を
見ることになるだろう。
その事実というのは、
意識を持っている瞬間というものは非常に短く、
またそれらの瞬間瞬間は、
機械の完全に無意識的かつ機械的な働きの
長いインターヴァルによって
隔てられているということだ。」
(前掲書)

ウスペンスキーは、
実際に、自己想起をトライした印象を
次のように語ります。

「自分自身を想起すること、
あるいは自分を意識していること、
自分に、
私は歩いている、
私はしていると
いいきかせること、
そしてとぎとれることなく
この私を感じ続けること、
こういった試みは
思考を停止させるというのが
私の最初の印象である。
私が私を感じていたとき、
私は考えることも話すこともできず、
感覚さえ鈍くなった。
それにまたこの方法では、
ほんのわずかの間しか
自分を想起することはできなかった。」
(前掲書)

そして、
ウスペンスキーは、
とりあえず見出した定義として、
次のように語ります。

「私は、
自己想起self-rememberingの特徴的な点である、
注意の分割ということを
話しているのである。
私は自分に
それを次のような方法で説明した。
何かを観察するとき
私の注意は観察するものに向けられる。
これは片方だけに
矢印が向いている線で示される。

 私―→観察されている現象

私が同時に自己を想起しようとすると、
私の注意は観察されているものと
私自身の両方に向けられる。
第二の矢印が線に現われる。

 私←→観察されている現象

このことを明確にしたとき、
問題は
何か他のものに向ける注意を
弱めたり消したりしないままで
自分自身に注意を向けることにある、
ということに気づいた。

さらに
この〈何か他のもの〉は
私の外部にあると同様、
私の内部にもありうるのであった。」

「注意の
そのような分割の最初の試みが
私にその可能性を示してくれた。
同時に私は二つのことに
はっきり気づいた。」

「第一に、
この方法がもたらす自己想起は
〈自己を感じること self-feeling〉や
〈自己分析 self-analysis〉とは
何の共通点もないことがわかった。
それは奇妙に親しい趣のある
新しくて興味ある状態だった。」

「第二に、
自己想起の瞬間は、
まれにではあるが生活の中で
たしかに起こることに気づいた。
このような瞬間を
慎重に生みだすことによってのみ
新しさの感覚を
生むことができるのである。
(中略)
私は、
自分の人生の一番古い記憶
―私の場合は非常に幼少時のものであった―
は自己想起の瞬間 moments of self-remembering
であったことが
はっきりわかった。
このことに気づくと
他の多くのことがはっきりしてきた。
つまり私は、
自分を想起した過去の瞬間だけを
本当に覚えているということが
わかったのである。
他のものについては、
それらが起こった
ということだけしか知らない。
私には
それらを完全によみがえらせrevive、
再びそれらを経験することは
できない。
しかし自己を想起した瞬間は
生きてaliveおり、
またいかなる意味でも
現在presentと違っていなかった。」

「私はまだ
結論に至ることを
恐れていた。
しかし、すでに自分が
おそろしく大きな発見の敷居の上に
立っていることに気づいていた。」
(前掲書)

そして、

「これらはすべて
最初の頃の認識であった。
後になって注意を分割することが
できるようになったとき、
自己想起は、
自然な形で、
つまりおのずから、
非常にまれな、
例外的な状況でしか現れないような
すばらしい感覚を生み出すことが
わかった。」
(前掲書)

自己想起の能力は、
訓練によって、
変容していくのです。

ところで、
筆者自身も、
人生の最初期の記憶は、
自己想起self-rememberingと思しきものでした。
それは、一人で、
公園の砂場で遊んでいる時のもので、
その状況はまったく覚えていませんが、
何かを求めて、注意を、
視界のない(遠くの)どこかに、
向けている時のものでした。
そして、これが、
今も記憶として残っている理由は、
風景の内容のせいではなく、
「遠くに注意を向けている自分の存在」
というものを、
強烈に感じ取っていたためであったのです。

さて、
以前の記事にも引いた、
タート博士の言葉を、
再び見てみましょう。

「人々が
『感じること、見ること、聞くこと』を
初めて試みる時、
彼らは、しばしば、
ある種の微妙な透明さ―
その瞬間の
現実により敏感で、
より存在しているという感じ―
を体験する。
それは、合意的意識では味わうことができず、
また、事実、
言葉では適切に述べることができない、
そういう種類の透明さである。
たとえば私は、
それを『透明さ』と呼ぶことにさえ
自分がいささかためらいを感じているのに
気づく。
と言うのは、その言葉は
(あるいは、それに関するかぎりでは、
いかなる特定の言葉も)
それ(透明さ)が安定した、
変わらない体験であることを
含意しているからである。
それはそうではない
―バリエーションがある―のだが、
しかしそのことは、
あなたが
この種の自己想起を実践すれば、
自分で発見するであろう。」
(前掲書)


さて、ところで、
ゲシュタルト療法では、
「気づきの連続体 awareness continuum」といって、
刻々の自己の状態に、
気づいてawarenessいくことを、
重要な実践として行なっていきます。

エクササイズもありますが、
エクササイズ自体は、
あくまでもイメージをつかむためのもので、
本番は、
日々の暮らしの中で、
これを、
いつも行なっていくことにあります。
気づきの3つの領域 エクササイズ

この連続的な実践は、
きちんと深めていくと、
「透明さ」
「その瞬間の
現実により敏感で、
より存在しているという感じ」
に近づいていくものでもあります。
それは、
セッション(ワーク)を深めると同時に、
普段の統合感を、
進めていくものであるのです。

そして、
つまりは、
この気づきawarenessの連続的な実践に、
自己想起の要素を持ち込むことは、
私たちの気づきの範囲をひろげ、
その統合的な効果を、
より倍化させていくことでも
あるのです。

そのような点からも、
この自己想起self-rememberingは、
注目すべき実践と、
なっているのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

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登山体験 その意識拡張と変容 メスナーの言葉


さて、以前、
方法論として極めて重要な、
気づきと自己想起について、
取り上げました。
気づきawarenessと自己想起self-remembering

また、その流れで、
即興表現と自己想起との関係についても、
考えてみました。
キース・ジャレットの、覚醒と熱望

今回は、その関連として、
登山体験というものを通して垣間見られる、
意識拡張や気づき、
変容の諸相について、
見てみたいと思います。
登山と瞑想は、
さまざまなレベルで、
元来、近似した要素を持っていますが、
登山と瞑想
ここでは、特に、
その覚醒体験や至高体験の側面について、
考えてみたいと思います。

ところで、
イタリアの登山家、
ラインホルト・メスナーといえば、
人類史上初めて、
八千メートル峰14座すべてに、
単独無酸素で登頂した登山家として、
知られています。

今回は、
彼の著書『死の地帯』(尾崎鋻治訳、山と渓谷社)から、
その興味深い言葉をいくつか、
拾っていってみたいと思います。

というのも、メスナーは、
優れた登山家であるばかりでなく、
体験を通した、生の哲学者といった面持もあり、
その体験や洞察を言葉にする、
卓越した才能を、
持ってもいるからです。
そのため、拙著『砂絵Ⅰ』でも、
彼の言葉を何度か引きました。
内容紹介 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

さて、ところで、
メスナーは、
この本の前半で、
登山家が遭遇する、
極限的体験(滑落、臨死、瀕死等)の中で経験した、
さまざまな意識拡張的な体験報告を、
取り上げています。

彼自身が、
その経験者でもあるのですが、
そのような体験領域の中では、
私たちは、
日常意識から離れ、
フロー体験や、
臨死体験で報告されるような、
不思議な意識拡張的体験を、
経験しがちとなっているからです。

それらは、
私たちが元来持っている、
潜在能力が、
危機的状況の中で、
不意に現れたものとも、
いえるものです。

メスナーは、
そのような広大な潜在能力が、
私たちのうちに在ることに、
注意を促していくのです。

そして、
困難で苛烈な登山体験が、
人を惹きつけていく、
その核心部分に、
私たちの存在や意識を、
深いレベルで覚醒させ、
解放していく秘密があることを、
示唆していくのです。

実際に、彼の言葉を、
見てみましょう。

「私は今でも
八千メートル峰登頂への究極の動機が
何であるのか、
自分でもわからない。
ただ、一度頂上へ登ってしまうと、
また降りるのがとてもいやになるのだ。
面倒だからというだけではない。
私にとっては、
下降によって
私の中に
虚しさがひろがるからである
―失楽園―
それは成功の意識によって
満たされることはない。
頂上に到達したときに
すでにまったく別種の虚しさ、
私の全存在をとらえる
解放的な虚しさを
私は何度も経験した。」
(前掲書)

メスナーは、
山頂において、
ある種の意識拡張を、
経験していたのです。

「私はエベレストの頂上から
下山しようとしたとき、
なかなか降りる気になれなかった。
(中略)
どうしてかはわからないが、
もっと長くいられるものならいたい、
永久にだってそこにいたいと思った。」

「八千メートル峰の上に
そのまま座りつづけたら
どうなんだろうなと、
私はときどき考えた。
登頂の隠された意味は
頂上にとどまることではないだろうか。」

「無限の、
なにもない空間の中心である頂に
私は座っていた。
はるか他の谷々に
乳色の靄が沈んでいた。
私のまわりの地平線が、
私の中にある空虚さと
同じように膨らんできた。
すると私の深い呼吸が
自然に凝縮して、
純粋の幻視的な輪となった。
なんともいいようのない
ほがらかな放下感とともに
私のこの調和状態、
一種のニルワナ―
涅槃から目覚めた。」
(前掲書)

そして、
彼は、山頂体験そのものが、
至高体験peak-experienceのように、
ある種の変容を、
人にもたらすことに、
思いをめぐらせます。

「ヘルマン・ブールが
ナンガ・パルバードの山頂から
生還したのは、
登頂したからである。
もしも最高点を目前に失敗していたなら、
あのように超人的な下山は
できなかったろう。
だから私にいわせれば、
彼が生還したことこそが、
彼が登頂した証拠なのである。
彼はあの夢の点に触れたからこそ、
時期を失せず、
その点から離れることができたのである。」

「人に踏まれることのなかったこの世界で、
私を支配するものは、
一方では雲や谷、
深さや広がりの現実的知覚であるが、
他方では、
自然が演出するその劇とは
一見ほとんど関係がないような、
精神的感銘と内的照明(悟り)である。
私は八千メートル峰から
再び低地にもどったとき、
精神的に
生まれ変わったように思ったことが
何度もあった。
だから私が
高所での体験から得た認識を、
私は錯乱や幻覚ではなく、
深い真実だと思っている。」
(前掲書)

そして、
つまりは、

「高く登れば登るほど、
ますます自分が透明に、
くっきりと見えてくる。
感覚が研ぎ澄まされる。
彼があれほど情熱を寄せた頂が、
具体的な形で彼のものとなる。
彼は一種の光明点の中へ入り、
涅槃の中に
消え去ることができる。」

「初めてのいくつかの大きな遠征の後で、
私は自分の人生がひろがったのを感じたが、
同時により思慮深くもなった。
三つ目の八千メートル峰である
ヒドゥン・ピークが私に鎮静作用を与えた後、
涅槃とは何であるかが
ようやくわかりかけてきたと思った。
つまり私は
生を超えるものの息吹を
吸ったのである。
エベレストの頂上では
一種の精神的オルガスムを体験した。
それは時間と空間のない全有意識における
感情的振動である。
そのとき私の理性は
完全にシャットアウトされていた。」
(前掲書)

さて、
ところで、
メスナーは、
彼自身のさまざまな極限状態における、
実体験から、
このようなことを引き起こす、
私たちの存在の、
秘められた組成について、
仮説を考えていきます。

「まもなく三十年になる
私の登山家生活で体験した数々の幻視は、
私の自己理解に本質的に寄与した。
あるときは
私は意識点としてだけ存在したり、
またあるときは
強い充実感にあふれたりした。
そういうときには、
悟性が特にそんなふうに働きかけなくても、
知が認識になるのである。
悟性はその認識を記録する。
すると一瞬その認識は
合理的に把握できるように見えるが、
それは一瞬だけのことであって、
二度と呼び戻すことはできない。」

「私の経験によれば、
人間は、外的人間と内的人間とからなっている。
外的人間―身体的・知的領域―は
誰にでもかなりよくわかる部分である。
しかし内的人間―精神的領域、
それは意識下であり、
まだよく解明されていない次元である
(私はこれを精密素材領域と呼んでいる)―は、
そこへ通じる方法を知らない限り、
誰にもわからない。
(中略)
どの肉体も、
すべてがそれからできている
元の素材を自分の中に持っている。
だからどの人間も万有を分け持っている。
万有は無限だから、
人間は無限を分け持っている。
道具としての感覚器官と、
記録装置としての意識の助けを借りて、
人間は意識的に明確に
自分自身を経験する(知る)ことができる。
(中略)
精神的な、
私のいう精密素材的な人間には
限界がないから、
精神的人間の経験能力には限界がない。」

「死の地帯の体験は
―いろいろと議論された死の経験と同じく―
新しい意識領域へいたる階梯の
重要なステップのひとつであろう。」
(前掲書)


さて、以上、
登山にまつわる、
ラインホルト・メスナーの言葉を見て来ましたが、
これらの言葉は、
登山に限定されない、
さまざまな生の場面に、
適用可能な洞察となっていることが、
類推できると思われます。

このような至高体験や、
体験領域を持つものは、
私たちの人生の中で、
多様に存在するからです。

そのような意味において、
メスナーの洞察や示唆は、
私たちの人生で、
さまざまに役立っていく、
刺激的(覚醒的)なものと、
なっているのです。

最後に、彼が、
本の冒頭に記した言葉を、
引いておきましょう。

これなども、
この「登山」の言葉を、
各人の取り組み事項に置き換えることで、
その野生的創造の可能性を、
引き出す枠組みに、
なっていくものです。


登山―それはひとつの可能性
登山―それは冒険
登山―それは積極的な自然体験
登山―それは創造的にして遊技的なスポーツ
登山―それは行為において存在を意識化する
登山―それは死の挑戦に抵抗するなかでの悟り
登山―それは天から地上への移行
登山―それは此岸と彼岸との架け橋
登山―それはより高い意識段階を求めること
登山―それはひとつの可能性
(前掲書)


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
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をご覧下さい。



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キース・ジャレットの覚醒と熱望 グルジェフィアンの面影


さて、前回、
G・I・グルジェフのいう、
自己想起self-rememberingを取り上げ、
気づきawarenessと、
そのあるべき姿について、
考えてみました。
気づきawarenessと自己想起self-remembering

今回は、
その続きで
気づきawarenessや、
自己想起self-remembering、
覚醒awakenessについて、
また少し見ていきたいと思います。

ところで、
グルジェフ Gurdjieff については、
ミュージシャンの中に、
信奉者が多いのですが、
特に、
ピアニストのキース・ジャレットや、
キング・クリムゾンのロバート・フリップなど、
即興演奏を重視するミュージシャンに、
その信奉者が多いことは、
注目すべきことでもあります。

実は、それは、
即興表現というものに内在した、
必然的な事態でもあるからです。

さて、
ところで、
世の優れた即興演奏の中には、
あたかも、
その演奏(音楽)が、
慣性的な時間に逆らい、
時間の流れに逆行して、
今ここの空間を切り拓き、
時空を創出するかのような印象を、
受けるものがあります。

その音楽の中で、
私たちは、
時間の水平的な流れに対して
(私たちは普段それに流されているわけですが)
あたかも、その上に立つかのように、
垂直的な在り方をするかのようにも、
感じられたりするものです。

存在(時間)を対象化する、
「存在論的な印象」を、
受けるのです。

存在論的な感覚も、
存在に対して、
あたかも、
その上位に立つかのような、
メタ的な、
垂直的な印象を与えるものだからです。

かつて、批評家の間章が、
エリック・ドルフィー Eric Dolphyに
感じ取ったのも、
おそらく、
そのような垂直的な印象だと、
考えられます。

ドルフィーの軽やかさは、
反慣性的で、
反重力的な性質のものです。

そして、これは、
自己想起self-rememberingの持つ、
覚醒感awakenessと、
即興演奏との、
ある種の親和性でも、
あるのです。

今回は、
そのような親和性を、
明確な方法論として位置づけている、
キース・ジャレットKeith Jarrettの言葉を引いて、
この内実を、
見ていきたいと思います。

その著書『インナービューズ』(山下邦彦訳、太田出版)
における、彼の言葉は、
とても示唆に富んでいます。

そこで、
ジャレットは、
気づきや覚醒、熱望(欲望)、
演奏や経験について、
大変興味深い考えや洞察を、
数々示しているのです。

そこで、
彼が語っている覚醒awakeness
というのは、
当然、自己想起self-rememberingに近い、
存在論的な状態のことを、
指していると思われます。

それは、
前回引いた、
タート博士の言葉によれば、
「ある種の透明さ」
「その瞬間の現実に、
より敏感で、
より存在しているという感じ」
としても、
表現されているようなものです。

「人々が
『感じること、見ること、聞くこと』を
初めて試みる時、
彼らは、しばしば、
ある種の微妙な透明さ―
その瞬間の現実に、
より敏感で、
より存在しているという感じ―
を体験する。
それは、
合意的意識では味わうことができず、
また、事実、
言葉では適切に述べることができない、
そういう種類の透明さである。」
(タート『覚醒のメカニズム』〔原題:waking up〕
吉田豊訳、コスモス・ライブラリー)

さて、
キース・ジャレットは語ります。

「実は、ぼく自身、
自分のことを音楽家だというふうには、
考えていない。
どういうことかって言うと、
ぼくは自分の演奏を聴いていて
ほんとうは音楽が問題なのではない
ということがよくわかるんだ。
ぼくにとって、音楽というのは、
目覚めた状態、覚醒したawake状態に
自分を置き、
その知覚、意識awareness、覚醒awakenessを
認知し続けることに
かかわったものなんだ。」

「ぼくにとって、音楽のすべての形式は、
それ自体は、なんの意味もない。
その音楽を演奏している人間が
覚醒した状態にいるからこそ
(仮面の表情の奥で覚醒しているからこそ)、
その音楽は意味を持ってくるんだ。
演奏している人間が覚醒しているなら、
その人間の演奏するあらゆる音楽が
重要になってくる。
この覚醒こそ、最も重要なものなんだ。」

「自分を覚醒した状態にするための
ひとつの方法は、
できるだけ自然のままので、
自発的な状態でいることだ。
きみが自発的な状態でいれば、
自分のくだらないアイディアと
良いアイディアの区別が
よく聞こえてくる。
なにもかも準備した状態では、
そのような経験を持つことは
けっしてないだろう。」

「ぼくにとって、“欲望(want)”というのは、
覚醒した状態、目覚めた状態にいることであり、
きれいな音を出すとか、
耳に心地よい快適な音を出すとか
ということではない。」

「ミニマリズムによって弾かれる1音と、
覚醒した状態にある誰かによって
弾かれる1音との間には、
信じられないほどの違いがある。
覚醒した状態にある人間は、
眠った状態におちいりたくない。
かれはそのひとつの音を、
可能な限りのあらゆる方法で弾いて、
覚醒した状態を
持続するよう努力するだろう。
この時彼は、聴衆から
緊張を取り除こうとしているのではない。
むしろ、緊張の存在に
気がつくようにしているのだ。」

「とにかく、
彼は音楽を聞くためにやって来たのだから、
ぼくは音楽で対処する。
『きみにはある期待がある』
これはぼくが彼に語りかけているわけ。
『きみは期待している。
しかし、その期待は
過去にもとづいているもので、
現在にもとづいたものではない。
きみがそういう期待をもっていることを
否定はしない。   
でもぼくは期待以上のものをあげよう。
きみに“ 今”をあげよう。
きみが自分の期待をのぞきこむことのできる
鏡をあげよう』」

「こういったことが、
ぼく自身、
自分のことを音楽家だというふうには、
考えていないという理由なんだ。
(たとえばトリックのようなものは)
音楽上の興味としてはあるかもしれない。
しかし、人生はまた別のものだ。
ぼくはなんとか
その中間に位置したいと思っている。
ぼくはたしかに音楽をやっているけれど、
それは音楽的理由だけのために
やっているのではない、ということなんだ。
でも、ぼくはこういうことを
教えようとしているのではない。
経験しようとしているんだ。
この経験こそが、
コミュニケーションだ。」

「自分が何を弾いているのかということも
たしかに重要だけれど、
もっと重要なことは、
『これはどこから来ているのか?』
『今、こう弾きたいという衝動は
どこから来たのか?』
ということだ。」
(前掲書)


さて、以上、
キース・ジャレットの言葉を
見てみましたが、
通常の音楽家とは、
演奏に求めている事柄が、
少し違うことが分かるかと
思われます。

また、
グルジェフについても、
決して、生半可な理解で、
言及しているのではないことも、
分かります。

そして、
このような彼の言葉が、
彼の音楽を聴くに際して、
(多くの場合そうであるように)
邪魔にならないばかりか、
かえって、
覚醒的awakenessなものにする、
という点も、
興味深いことであるのです。



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気づきawarenessと自己想起self-remembering

さて、
ゲシュタルト療法においては、
気づきawarenessの力について、
特に重視しています。

気づきの3つの領域 エクササイズ


ゲシュタルト療法の創始者、
フリッツ・パールズは語ります。

 「『気づく』ことは、クライエントに
自分は感じることができるのだ、
動くことができるのだ、
考えることができるのだということを
自覚させることになる。
『気づく』ということは、
知的で意識的なことではない。
言葉や記憶による『~であった』という状態から、
まさに今しつつある経験へのシフトである。
『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる」

「『気づき』は常に、現在に起こるものであり、
行動への可能性をひらくものである。
決まりきったことや習慣は学習された機能であり、
それを変えるには
常に新しい気づきが与えられることが必要である。
何かを変えるには別の方法や考え、
ふるまいの可能性がなければ
変えようということすら考えられない。
『気づき』がなければ
新しい選択の可能性すら思い付かない」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

拙著やサイトの、
別の個所でも述べているように、
気づきawarenessは、
通常の私たちの心に対して、
少しメタ(上位)レベルの機能とも、
いえるものなのです。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

さて、しかし、
この気づきですが、
「気づきawareness」という言葉は、
日常的な言葉な分だけに、
その状態が、
カバーしている帯域は非常に幅広く、
実践している人たちの間でも、
その状態(含意)が、
きちんと特定できていないという、
難点があります。

最近、日本においても、
マインドフルネスや、
ヴィパサナー瞑想も、
大分、メジャーになって来て、
気づきawarenessの重要性が、
知られるようになって来ていますが、
それでもいくらか、
わかりにくい要素が多いようです。

ここでは、
「気づきawarenessの先にあるものが何なのか」
と補助線を引くことで、
その途中段階にある、
「気づきの状態」を特定し、
それを訓練し、
育てていく実践と勘所について、
考えていきたいと思います。


◆気づき・自己想起・客観意識

そのため、ここでは、
気づきawarenessの状態の、
より先にある状態として、
ロジアの秘教的な思想家、
G・I・グルジェフが唱えた、
「自己想起self-remembering」
というものについて、
取り上げてみたいと思います。

グルジェフ自身は、
スーフィー系の、
秘教的なスクール出身のため、
その修行システムの体系には、
なんとも判断しがたい、
不思議な宇宙論が含まれているのですが、
それを脇に置いて、
その実践的な心理学を取り出すだけでも、
心理療法的な見地からも、
充分示唆に富む内容となっているのです。

変性意識状態(ASC)という言葉を有名にした、
アメリカの心理学者で、
意識の諸状態の研究家、
チャールズ・タート博士は、
そのようなグルジェフの実践システムについて、
心理学的な知見から、
『覚醒のメカニズム』(吉田豊訳、コスモス・ライブラリー)という、
興味深い本をまとめています。

今回は、
そこで描かれている、
自己想起self-rememberingの、
特性や原理・構造を見ていくことで、
気づきawarenessに必要な状態(強度)が、
どのような状態であるのかについて、
見ていきたいと思います。

それというのも、
気づきawarenessは、
訓練の果てに成熟していくと、
だんだんと、
自己想起self-remembering
の状態に近づいて来るからです。

逆にいうと、
自己想起self-remembering
と、まったくかけ離れている、
気づきawarenessは、
まだ、非常に微弱な段階にある、
幼い、気づきawarenessの状態である、
ということでもあるのです。

ところで、
自己想起self-rememberingとは、
その名の通り、
「自分のことを思い出している状態」
のことです。

重要なポイントは、
ただ思い出すだけではなく、
普段の日常生活の中で、
何かを(没頭的に)行なっている時に、
それを行ないつつ、
「このことを行なっているのは私」
と、自分の存在自身に、
気づいているということなのです。

つまり、生活の中で、
つねに、
自分の存在に、
今ここで、
ずっと気づいているawareness
という状態なのです。

たとえば、
この文章を読みつつ、
読んでいる自分自身の存在にも、
気づいていることです。
「読んでいる内容」をくみ取りながら、
「読んでいる私(自分)の存在」にも、
気づいていることです。

ウスペンスキーは、
注意力を、
対象と自分自身に分割する、
といいましたが、
そのような状態です。

実際に、
行なってみると分かるように、
この状態を、
持続的に維持していくことは、
至難の業です。

そのような自己想起self-rememberingが、
気づきawarenessの先にあることの意味が、
分かるかと思います。

実際、
自己想起self-rememberingに習熟すると、
気づきawarenessの状態も、
ずっと練度と力を増したものに、
なっていくのです。

ところで、
この自己想起の体験内容
(人生を一変させる、
めざましい覚醒感と豊かさ)を、
表現するのも、
至難の業です。
しかし、
これは自己想起を説明しようとする、
すべての人が、
逢着する地点なのです。

自己想起について、
さまざまに解説した後、
タート博士は述べています。

「私はこれらの言葉に満足していない。
けれども私は、自己想起のなんらかの体験をした
他の誰かには、かなりよく
これらの言葉の意が伝わることを知っている。」
(前掲書)

「気づきawareness」も、
そのような伝達の難しい側面を持っていることは、
分かるかと思われます。
自己想起は、
それがより強まったものでもあるのです。

ここからも、
気づきと自己想起の関係が、
類推されます。


◆自己想起の困難

自己想起はまた、
実践が難しいものです。
短時間、自己想起できても、
私たちはすぐにその実践を、
忘れてしまいます。

その難しさのひとつの要因は、
力とエネルギーに属することにもあります。

タート博士は述べています。

「自己想起の初期の難しさを理解するのに
役立つ類比がある。
われわれの注意力は筋肉―
われわれの心的機能が
あまりに自動化してしまっているので、
自分の側のなんの努力もなしに
われわれの注意を
その自動的な通路に沿って
いともたやすく運んでくれるため、
ほとんど使われることのない、
そういう筋肉―
のようなものである。
今あなたはそのたるんだ筋肉を
意図的な注意のために
使い始めているのだが、
しかし意図的な努力に慣れていないので、
それはすぐに
疲れてしまうのである。」
(前掲書)

また、慣性によってすぐ自動化する、
私たちの心の普段のふるまいに合わないからだとも、
いえます。
グルジェフは、
心の自動化を防ぐため(常に目覚めるため)、
自己想起を重視したので、
当然といえば当然なわけです。

「困難は、
必要とされる注意力と
努力の連続性を
維持することにある。
私の経験では、
自己想起は自動的にはなりえない。
あなたは常に、
それを意志的に行うことに、
意図的で意識的なわずかな努力と注意を
当てなければならないのである。」
(前掲書)


◆自己想起の存在論的な強度

たとえば、
タート博士は、以下の文にあるように、
自己想起の実践で起こる感覚を、
「透明さ」
「より存在しているという感じ」
と呼んでいますが、
多くの人が、
自己想起の中で、
そのような、濃密化する存在感を、
感じ取るのです。

「人々が
『感じること、見ること、聞くこと』を
初めて試みる時、
彼らは、しばしば、ある種の微妙な透明さ―
その瞬間の現実により敏感で、
より存在しているという感じ―
を体験する。
それは、合意的意識では味わうことができず、
また、事実、
言葉では適切に述べることができない、
そういう種類の透明さである。
たとえば私は、
それを『透明さ』と呼ぶことにさえ
自分がいささかためらいを感じているのに
気づく。
と言うのは、その言葉は
(あるいは、それに関するかぎりでは、
いかなる特定の言葉も)
それ(透明さ)が安定した、
変わらない体験であることを
含意しているからである。
それはそうではない―バリエーションがある―のだが、
しかしそのことは、
あなたがこの種の自己想起を実践すれば、
自分で発見するであろう。」

これは、
ある種のマインドフルネスで、
人が、はじめのうち、
新鮮に体験する領域と、
近いものでもあります。

ちなみに、ここで、
「合意的意識」と呼ばれているのは、
既成の社会の集合的合意によって、
催眠をかけられている、
普段の私たちの日常意識のことです。
「合意的トランス」とも、
呼ばれたりしています。

催眠の専門家でもあるタート博士は、
グルジェフと同じように、
私たちの日常意識とは、
社会集団が、成員に押しつけたい、
合意的な信念(ビリーフ)によって、
催眠をかけられている状態であると、
喝破しているのです。

そして、
その催眠を解くには、
自己が同一化している、
さまざまな自動的な自我状態に、
刻々気づく、自己想起の状態が、
必要であるとしているわけです。

自己想起が育つことで、
私たちは、
自分の自動化に気づき、
そのパターンを中断し、
より意識的な統合を、
なしていくことが、
できるわけなのです。


◆自己想起の構造・原理・効能

さて、そのような、
私たちの催眠にかけられた、
複数の自我状態(副人格)と、
自己想起self-rememberingの、
構造的関係を、
次に見てみましょう。

ゲシュタルト療法における、
気づきawarenessと、
複数の自我を扱う、
ワーク(セッション)のアプローチと、
大変近いことが分かると思います。

「基本的に、自己想起は、
とりわけ、任意のいずれかの時の
あなたの意識の特定の中身と同一化せず、
あなたの全体性の跡を
つけていくことができる、
そういう意識の一側面を
創り出すことを伴う。
それは、合意的トランスからの
部分的ないし完全な覚醒である。」

また、
「自己観察」と対比しつつ、
自己想起の特性を、
以下のように述べます。

「自己想起でも
同じ内容の世界および体験を
観察することができるが、しかし
観察のレベルまたは源泉が異なる。
注意を分割し、それによって、
両腕両脚中の感覚のような何か他のものに
同時に注意を留めながら、
通常よりもずっとよく観察いられるようにすべく
行使される意図的な意志は、
普通の心の外側のレベルで作用する機能を
創り出す。
あなたは起こりつつあることに心を奪われない。
あなたが―
『独立して』という用語が
通常用いられているよりも
はるかに大きな意味で―
独立して存在する、
そういう仕方があるのだ。」
(前掲書)

ここでも、
「普通の心の外側のレベルで作用する機能」
「あなたは起こりつつあることに心を奪われない」
「独立して存在する」
と、自己想起のつくる、
心的機能の新しい支点(中心)が、
私たちの自動化を超克する機能として、
指摘されています。

「自己想起とは、
われわれの分離した諸機能を
より統一された全体へと
まとめ上げることをさす用語である。
それは、
あなたという存在の(理想的には)全体、
あるいは、少なくとも
その全体のいくつかの側面が、
意識の詳細と同時に
心に留められるような仕方での、
意識の意図的な拡大を伴う。
それは、
われわれの知的な知識はもちろん、
われわれの身体、われわれの本能、われわれの感情を
想起することであり、
それによって
われわれの三つの脳の発達と機能の統合を
促進するのである。
このより広い範囲に及ぶ注意は、
われわれが体験の詳細に熱中し、
それらの詳細および
そのような熱中に伴う
自動化した機能と
同一化することを防いでくれる。
通常の自動化した同一化と
条件づけのパターンの外側に
意図的な意識の中心を
創り出すことによって、
われわれは、より多く目覚め、
より少なくトランス状態に陥っている自己―
主人のための土台―
を創り出すことができ、
それによって
われわれはより良く自分自身を知り、
より効果的に機能することが
できるのである。」
(前掲書)

さて、
ここでは、
自己想起の狙いでもある、
「意識の意図的な拡大」が、
指摘されています。

私たちは、
そのような意識の拡張を通して、
分裂と自動化を超え、
より統合した存在に、
近づいていくのです。

このような構造にも、
ゲシュタルト療法や、
当スペースが記している、
方法論との共通点が、
うかがえるかと思います。

実際、ゲシュタルト療法に、
グルジェフの観点を持ち込むことは、
大変、益の大きなことなのです。

また、
このような構造的連関で見ていくと、
気づきawarenessと言われている状態に、
自己想起self-rememberingと同じく、
どのような強度が無ければならないのか、という、

前段(冒頭)の論点も、
より見えやすくなって来るのです。

そのような意味でも、
この自己想起self-rememberingの視点は、
気づきawarenessを考える上でも、
大変、参考になるものとも、
なっているのです。

また、興味深いことは、
グルジェフ自身は、
この自己想起の成長の先に、
「客観意識」という、
次の状態があることも、
示唆しているという点です。

自己想起は、
まだまだ不安定な状態ですが、
それが確固として、
安定した状態があるとしているのです。

そのような観点(考え)も、
本書で扱っている、
意識の階層構造の仮説と、
通ずるものがあり、
意識の海図を構成する上での、
また、実践を進める上での、
興味深いヒントと、なるものなのです。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識
「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル


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アイデンティティの極致としての至高体験

さて、前回、
自己実現に影響する、
至高体験peak-experienceの
さまざまな特性について、
見てみました。
「至高経験」の効能と、自己実現

今回は、
アイデンティティ(自己同一性)の、
極致として現れる、
至高体験の姿について、
見てみたいと思います。

通常、私たちは、
「自分とは、誰であるのか」と、
自己の存在/体験について、
つねに、確信と不確信の間を、
揺れ動いています。

それは、
私たちの日常意識や自我が、
構造的に持っている不十分さを、
反映しているためと、
考えられます。

しかし、
至高体験(至高経験)peak-experienceにおいては、
その構造的欠陥が、
いっとき、消し去られます。

マズローは述べています。

「人びとが至高経験におかれているとき、
最も同一性identityを経験し、
現実の自己に近づいており、
最も個有の状態である
というのがわたくしの感じなので、
これは純粋、無垢のデータを提供してくれる
とくに重要な源泉であると思われるのである。」
(『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)

それらを描写する、
マズローの言葉を、
いくつかまた、
拾っていってみましょう。

「至高経験にある人は、
他の場合以上に精神の統一
(合一、全体、一体)を感ずる。
かれはまた(観察者から見ても)
いろいろのかたちで
(以下に述べるように)
一段と統合しているようにみえる。
たとえば、分離分裂が少なく、
自分に対して闘うことよりも
むしろ平和な状態にあり、
経験する自己と
観る自己との間にずれが少なく、
かれのすべての部分的機能が
たがいに巧妙に、
齟齬なく体制化せられ、
それが集中的、調和的、効率的である、など。
以下、統合および
その基礎となる条件について、
違った観点から述べてゆきたい。」

「かれが一段と純粋で
単一の存在になるにつれ、
世界と渾然一体と
深くつながることができるようになり、
以前には自己でないものとも
融合するようになる。
たとえば、愛人は、
たがいに緊密になって、
二人の人間というよりはむしろ一体となり、
我―汝の一元論は可能になり、
創造者は創造している作品と一つになる。(中略)
つまり、同一性identity、自立性autonomy、
自我性selffoodの最高度の到達は、
同時にみずからそれ自体を超越し、
自己を超えてすすむのである。
その際、個人は
比較的無我になることができる。」

「至高経験における個人は、
普通、自分がその力の絶頂にいると
感じられるのであって、
すべてのかれの能力は、
最善かつ最高度に
発揮せられているのである。
ロジャーズはいみじくもいっている。
かれは『完全に機能するfull-functioning』のを感ずると。
かれは、他のときと比べて、
知性を感じ、認知力に優れ、
才気に富み、力強く、
好意的であることを感ずる。
かれは最善の状態にあり、
調子をかため、
最高の状態におかれている。(中略)
かれはもはや自分と闘い、
自分を抑えようとして
無駄な努力を重ねようとはしない。(中略)
普通の状態では、
われわれの能力の一部は行為に用いられ、
また一部は、この能力を抑えるために費やされる。
ところがいまや、
浪費するところがないのである。」
(前掲書)

ちなみに、
このような葛藤の消滅感などは、
ゲシュタルト療法のセッション後に
私たちが、しばしば感じる、
強烈な高揚感の、
重要な原理・構造的理由でもあるのです。

続けて、
彼の言葉を見ていくと…

「完全に機能するfull-functioningという状態を、
わずかばかり違った面から見ると、
人が最善の状態にあるときは、
労せずに容易にはたらくということである。
他日努力し、緊張し、苦闘したことがらも、
その場合、なんの努力も、骨折りも、
苦労もなしに
『おのずと生ずるcomes of itself 』のである。
それとともに、
すべてのことが『ぴったりとclicks 』と、
あるいは『整然is in the groove 』と、
あるいは『力いっぱい in overdrive 』に
おこなわれるとき、
よどみなく、易々と、労せずして、
完全にはたらく状態は、
往々優美感や洗練された外観を
呈するといっても
過言ではないのである。」

「ある人は、至高経験においては、
他の場合以上に、自分を
活動や認知の責任ある能動的、
創造的主体であると感ずるのである。
かれは、
(人に動かされたり、決定されたりする
無力で、依存的、受動的で、弱々しく、
隷属的であるよりは)
根本的に運動の主体であり、
自己決定者であると感ずる。
自分は自制して、
責任を完全にはたし、
断固とした決意と、
他の場合にみられないような
『自由な意志 free will 』でもって、
自己の運命を開拓している、
と感ずるのである。

「かれはいまや次の状態から
極めて自由な立場におかれている。
つまり、障害、抑制、
警戒心、恐怖、疑惑、
統制、遠慮、自己批判、制止である。」

「かれは自発的で、表現に富み、
天真爛漫に振舞う。
(悪意がなく、純朴で、正直、率直、
純真で、あどけなく、飾り気もなく、
開放的で、気どらない)
また自然で(単純で、滑脱、敏活で、
素直、誠実で、とり繕わず、
特定の意味からいっても素朴で、実直)
こだわりがなく、
自己を自由に表出する
(自動的で、直情的、反射的、
『本能的』で、天衣無縫、
自己意識がなく、虚心、無自覚)
のである。」

「かれは、したがって、
特定の意味からして『創造的』である。
かれの認識や行為は、
強い自信や確信に支えられて、
その本質が問題性をもった場面、
あるいは問題でない場面に対し、
『彼岸out there』の立場乃至要請から、(中略)
つくりあげてゆくことが
できるのである。(中略)
当意即妙、
無より生ずるもので、
予想できるものでなく、
新奇で斬新な、
陳腐でも通り一ぺんでもない、
教わることのない
非慣習的のものである。」

「このことはすべて、
独自性、個性、特異性の極致にある
ということができる。(中略)
至高経験の際には
ことさら純粋に異るのである。(中略)
至高経験においては、
かれらのひととなりは
一層顕著になるのである。」

「至高経験においては、
個人は最もいまここhere-nowの存在であり、
いろいろの意味からして、
過去や未来から最も自由であり、
経験に対して最も
『開かれているall there』。」

「いまや、人はより一段と
純粋に精神的なものとなり、
世界の法則のもとに生きる
世界内存在の意味は薄れるのである。
つまり、かれは相違があるかぎりでは、
非精神的な法則よりも、
精神内法則によって
決定される点が多くなるのである。」

「至高経験において、
人は動機をもたなくなる。
(あるいは欲しないようになる)
とりわけ、欠乏動機の見地から見て
そうである。
この同じ理論領域において、
最高の、最もまともな同一性identityを、
無為、無欲、無私として、換言すれば、
普通の欲求や衝動を超越したものとしてとらえても、
同様である。
かれはまさにかれである。
喜びは達せられたのであり、
喜びを求める努力は一時的な終わりを
とげているのである。」

「至高経験を伝える表現方法や伝達方法は、
詩的、神秘的、叙事詩的になりやすい。」

「すべての至高経験は、
デーヴィド・エム・レヴィの意味における
『行為の完了 completions-of-the-act 』として、
あるいはゲシタルト心理学者のいう閉鎖closureとして、
ライヒ学派の例でいえば、完全なるオーガズムの型として、
あるいはまた全体的解発、カタルシス、
カルミネーション、クライマックス、
成就、空虚、終結として、
効果的に理解できるかもしれない。」

「ある種の遊戯性は、
B価値をもっていると
わたくしは非常に強く感ずるのである。(中略)
重要なことは、それが至高経験に際して
最も多く報告されていることであり、
(人の内面からも、外界から見られるところからも)
また、報告している人以外の研究者によっても
見られることである。(中略)
このB遊戯性を述べることは非常にむずかしいが、
たしかになんらかの敵意を超えた、
宇宙的で神のような、
よいユーモアの特性をもつものである。
これは容易に、幸福の喜び、
みち溢れる陽気さ、
あるいは愉しさと呼ぶことができよう。」

「人びとは、至高経験の間およびその後で、
著しく幸福、幸運、恩寵を感ずる。
『わたくしは分不相応だ』というのが
珍しくない反応である。
至高経験は企図せられるものでも、
計画にしたがってもたらされるものでもでもない。
それらは偶然におこるものである。
われわれは
『喜びでもっておどろく surprise by joy 』
のである。
思いもよらないという不意の驚きの反応、
快よい『知ることのショック shock of recognition』は
非常に多いのである。」
(前掲書)


…………………………………………

さて、
アイデンティティの極致としての、
至高体験の姿について、
さまざまに見てみましたが、
この姿は、
個を超出する要素を持ち、
自己同一性(アイデンティティ)ということを、
考える中では、
ある意味、
両義的な要素ともなるわけです。

マズローは、
それを「逆説」と呼び、
以下のように語っています。

「同一性identityの目標とするところ
(自己実現、自立性、個性化、
ホルネイの現実自己、真実性等)は、
同時に、それ自体究極の目標であるとともに、
また、過渡的な目標、経路のならわし、
同一性identityの超越にいたる行路の一段階
であるように思われる。
このことは、
そのはたらきがそれ自体を消してゆく、
ということもできる。」

このような洞察が、
後に、マズローの研究を、
自己実現のテーマから、
自己超越のテーマへと、
移させたことがわかります。

つまり、
私たちは、
究極の自己を求めるがゆえに、
図らずも、
自己を失っていく(超え出ていく)
というプロセスを、
たどっていくことになるのです。

そして、しかし、
その結果、
自己を失う(超え出る)がゆえに、
私たちは、
再び、真の自己を発見(逢着)していく、
といったことにも、
なっていくわけなのです。

そして、その点が、
至高体験が、
私たちの自己同一性identityが持つ、
不確実感を、
克服する要素にも、
なっているわけなのです。

そして、
このあたりの事情は、
変性意識状態(ASC)をめぐる、
さまざまな体験領域においても、
同様に、
重要な問題となって来る事柄でも、
あるのです。

変性意識状態(ASC)においては、
私たちの見知った日常意識が、
さまざまに相対化されて(超え出られて)いくからです。

そのため、
心理変容と変性意識状態(ASC)を扱った、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』においても、
これらの事柄は、
重要なテーマ(行きて帰りし旅)として、
焦点化されて来ることになったのでした。



※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。


Abraham-Maslow


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ゲシュタルト療法【応用編】
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気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
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【PART3 Advanced】
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「至高体験」の効能と、自己実現


さて、前回、
いささか使い古された感のある、
マズローの自己実現self-actualization
という概念を取り上げ、
それが、
下位の欲求実現のあとにのみ、
ピラミッドの頂点のように、
現れるわけではないことについて、
見てみました。
「完全なる体験」の因子と、マズロー

今回は、
マズローの、別の有名な概念である、
至高体験peak-experience
について取り上げ、
その瞬間的な体験が、
自己実現に作用する、その構造的関係を、
見ていきたいと思います。


◆自己実現の再定義

ところで、
マズロー自身は、
通俗的なイメージにあるような、
「自己実現のモデル」が、
積み木のような静的なモデルとして、
とらえられてしまうことを、
危惧してもいました。

そして、
さまざまな形で、
人生に現れる、
至高体験(至高経験)peak-experienceの体験が、
人の自己実現を、
促進していく要素を持つことについて、
自己実現の再定義として、
記しています。

「換言すると、
だれでも何らかの至高経験においては、
自己実現する個人に見られる特徴を
多く示すのである。
つまり、しばらくの間、
かれらは自己実現者になるのである。
われわれは望むなら、
一過性の性格変化と考えてよいのであって、
情緒―認識―表現状態はまるで違う。
これらは
かれの最も幸福で感動的な瞬間であるばかりでなく、
また最高の成熟、個性化、充実の瞬間―
一言でいえば、
かれのもっとも健康な瞬間―でもある。」

「このことは、
われわれがその静的、類型学的欠陥を一掃し、
極くわずかの人びとが六〇歳になって入ることのできる
悉無律all-or-noneの神殿としないように、
自己実現を再規定することを可能にする。
われわれはこれを挿話として、
あるいは人を奮起させる事柄として、
規定することができるのである。
そこでは、人の力はとくに有効に、
また非常に快的なかたちでもって結集されるだろうし、
かれは一層統合せられ、分裂が少なく、
経験に開かれ、特異的で、
まったくのところ表現豊かで、
自発的で、完全に機能し、
創造に富み、ユーモラスで自我超越的で、
自己の低次欲求より独立する
等々になるのである。
かれはこれらの挿話において、
真に自己自身になり、
完全にかれの可能性を実現し、
かれの生命の核心に接するようになるのである。」

「われわれが
自己実現する人びとと呼んで区別するものは、
平均人よりもはるかに何度も、
又強く、完全に、
これらの挿話的事態が生ずると
みられることである。
このことは、
自己実現が悉無律的な事柄ではなく、
むしろ程度や頻度の問題であり、
したがって、適当な研究手段に乗せ得ることを
示すのである。
われわれはもはや、
大部分の時間、自己を充実できる極くわずかの被験者を
研究することに限られる必要はない。
理論的にいって、少なくとも、
自己実現の挿話としてどのような生活歴を
研究してもよいのである。」
(『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)

ここでは、
至高体験(至高経験)と、
自己実現との関係、
また、至高体験が、
自己実現に作用するあり様が、
語られています。


◆マズローの狙うところ

ところで、
マズローは、今では、
自己実現や至高体験などの概念で、
知られていますが、
彼の研究の元々の来歴は、
精神分析のような、
欠乏deficiencyした欲求(動機)によってのみ、
構成される人間像というものに、
彼が違和感を感じたからでした。
そこからでは、
創造的な人間像が、
まったく描けないからでした。

人間の存在状態の、
多様な帯域を網羅するには、
観察される、
肯定的で、創造的な要素も、
加えることが必要だと考えたからでした。

そこで、彼は、
欠乏deficiencyを軸とした、
D動機 D-motivation だけで構成される人間像ではなく、
生命 being や生成 becoming の成長欲求を核とした、
B動機 B-motivationというものを、
考えていくようになったのでした。

誰の人生においても、
挿話的に現れる、
創造的で肯定的な体験領域―至高体験や、
また、それらを含む体系として
より包括的な心理学を、
構想するようになったのでした。

彼は語ります。

「これは、
『積極的心理学』あるいは
未来の『予防心理学』に関する一章であって、
完全に機能する健康な人間を取り扱い、
ただ通常の病気である人のみを
取り扱おうとするのではない。
したがって、
「平均人の精神病理学」としての心理学に
対立するものではなく、
それを超え、原理的にいって、
病気も健康も、
また、欠乏も生成も生命も
ともに含める総括的、包括的な体系の中で、
すべてその発見を具体化できるのである。
わたくしは
それを生命心理学Being-psychologyと呼んでいる。
というのは、
それが手段よりもむしろ目的に関係しているからである。
すなわち、最終経験、最終価値、最終認識、
達人people as endsというものに
関与しているためである。
ところがこんにちの心理学の研究するところは、
大抵、所有することよりも所有しないことに、
成就よりも努力に、
満足よりも欲求不満に、
喜びに達したことよりも喜びを求めることに、
そこにあることよりもそこに達しようと努めることに
おかれているのである」
(前掲書)


◆至高体験peak-experienceの諸相

さて、次に、
彼が注目し、事例を収集した、
至高体験(至高経験)peak-experienceについて、
見てみましょう。

通常訳語に使われている、
「至高」という言葉は、
何か宗教的で特別な感じがありますが、
実際は、
身近にあるハイな体験の中でも、
特にその強度が強いものといったものです。

「B愛情B-loveの経験、親としての経験、
神秘的、大洋的、自然的経験、美的認知、創造的瞬間、
治療的あるいは知的洞察、オーガズム経験、
特定の身体運動の成就などにおける
これら基本的な認識事態を、
単一の記述でもって
概括しようとこころみるものである。
これらの、
あるいはこれ以外の最高の幸福と充実の瞬間について、
わたくしは『至高経験』と呼ぼうと思う」(前掲書)

彼が、
至高体験のものとして挙げる、
さまざまな特徴を、
ひろってみましょう。

「B認識B-cognitionでは、
経験乃至対象は、
関係からもあるべき有用性からも、
便宜からも、目的から離れた全体として、
完全な一体として見られやすい。
あたかも宇宙におけるすべてであるかのように、
宇宙と同じ意味での生命のすべてであるかのように
見られるのである。
これは、
大部分の人間の認識経験である
D認識とは対照的である。」

「B認識のあるところ、
認識の対象にはもっぱら、
またすっかり傾倒される。
これは「全体的注意」
―シャハテルもまたそうみている―
と呼んでもよいかもしれない。
ここでわたくしが言おうとしていることは、
魅惑せられること、
あるいはすっかり没頭することの意味に
非常に近いのである。
このような熱中においては、
図は図ばかりになり、
地は事実上消えてしまうか、
少なくとも重視はされない。
それはまるで、当分の間、
図は他のものすべてから切り離されたようであり、
世界が忘れ去られたようでもあり、
暫くの間、認識の対象が
生命のすべてになったかのようである。」

「そのときには、かれは直ちに、
自然がそのまま、
それ自体のために存在するように見ることができ、
決して人間の目的の遊戯場としては
見ないのである」

「わたしが見出したところでは、
自己実現する人間の正常な知覚や、
平均人の時折の至高経験にあっては、
認知はどちらかといえば、
自我超越的、自己滅却的で、
無我であり得ることなのである。
それは、不動、非人格的、無欲、無私で、
求めずして超然たるものである。
自我中心的ではなく、対象中心である。
つまり認知的な経験は、
自我にもとづいているのではなく、
中心点を対象におき
その周辺に形作っていくことができるのである。
それはみずからとかけはなれ、
観察者に頼らない
なんらかの実在を見ているかのようである。
美的経験や愛情経験では、
対象に極度にまで没入し、
『集中する』ので、
まったく実際のところ、
自己は消えてしまうばかりである。」

「至高経験は自己合法性、
自己正当性の瞬間として感ぜられる。
それとともに個有の本質的価値を荷うものである。
つまり、至高経験はそれ自体目的であり、
手段の経験よりも
むしろ目的の経験と呼べるものである。
それは、非常に価値の高い経験であり、
啓発されることが大きいので、
これを正当化しようとすることさえ
その品位と価値を傷つけると
感ぜられるのである。」

「わたくしの研究してきた普通の至高経験では、
すべて時間や空間について
非常に著しい混乱が見られる。
これらの瞬間には、
人は主観的に時間や空間の外に
おかれているというのが正しいであろう」

「至高経験は、
善であり、望ましいばかりで、
決して悪だとか、望ましくないものとしては
経験せられないのである。
経験は本質的に正当なものである。
経験は完全で完成したものであり、
それ以外をなんら必要としない。
経験はそれ自体充分のものである。
本質的に、必然的で不可避のものである。
それはまさにあるべく姿である。
それは畏怖と驚嘆と驚愕と卑下、
それに敬服と高揚と敬虔でもってさえ
反応させれるのである。
この経験に対する人の反応を述べるのに、
神聖ということばも時折使われている。
それは生命の意味からして
喜ばしく、『痛快なものamusing 』である。」

「至高経験においては、
現実そのものの性格をさらに明確に見ることができ、
またその本質が
より深く見透されるものだとの命題を認めたい。」

「至高経験は、
この観点から見ると、
絶対性が強く、それほど相対的ではない。
(中略)それは比較的達観し、
人の利害を超越しているというだけではない。
それらはまた、
みずからは『彼岸』にあるかのように、
人間臭を脱し、
自己の人生を超えて
永続する現実を見つめているかのように、
認知し、反応するのである。」

「至高経験は、純粋の満足、
純粋の表現、純粋の高揚
あるいは喜びと考えてよい。
だがやはり
それは『世上における』ことであるから、
フロイトの『快楽原理』と『現実性原理』の
一種の融合を示すのである。
したがって、それはさらに、
心的機能の高い水準において、
普通の二分法的考え方を
解決した一例ともいえるものである。
したがって、われわれは、
このような経験をもつ人びとには
無意識に対する親近性と開放性、
無意識を比較的おそれないことといった
ある種の『浸透性』が
共通に見出される、と考えてよい。」
(前掲書)


◆至高体験の効能

さて、上記のような、
至高体験が、
人の心理的側面に、
大きな影響を与えることは、
容易に想像することができると思います。

マズローは、
その人格変容(転換)への影響を、
以下のように記します。

「1 至高経験は、厳密な意味で、
徴候symptomsを取り除くという
治療的効果を持つことができ、
また事実もっている。
わたくしは少なくとも、
神秘的経験あるいは大洋的経験をもつ二つの報告
―ひとつは心理学者から、いま一つは人類学者から―
手にしているが、
それらは非常に深いもので、
ある種の神経症的徴候を
その後永久にとり除くほどである。
このような転換経験は、
もちろん人間の歴史においては
数多く記録せられているが、
わたくしの知るかぎりでは
決して心理学者あるいは精神医学者の
注目のまととなってはいないのである。

2 人の自分についての見解を、
健康な方向に変えることができる。

3 他人についての見解や、かれらとの関係を、
さまざまに変えることができる。

4 多少永続的に、世界観なり、その一面なり、
あるいはその部分なりを変えることができる。

5 人間を解放して、
創造性、自発性、表現力、個性を
高めることができる。

6 人は、その経験を
非常に重要で望ましい出来事として記憶し、
それを繰り返そうとする。

7 人は、たとえそれが
冴えない平凡な苦痛の多いものであったり、
不満にみちたものであったりしても、
美、興奮、正直、遊興、善、真、有意義といったものの存在が
示されている以上、
人生は一般に
価値あるものと感じられることが多いのである。」
(前掲書)


……………………………

さて、以上、
マズローの言葉を通して、
自己実現と、
それに影響する至高体験の関係を、
見てみましたが、
その構造的関連が、
理解されたかと思います。

ところで、実際、
至高体験とは、
誰においても、
起こって来るものです。
ここで挙げているような、
極端な形ではなくとも、
もっと穏やかな形で、
多様な姿で存在しています。

そして、
その可能な因子としての心理特性は、
頂点的な体験だけでなく、
日々のさまざまな感覚体験の中に、
混じりこんでいるものなのです。

私たちは、
心理的投影を通して、
ちょっと事件や生活の出来事の中に、
芸術体験やスポーツ体験の中に、
それらの萌芽を、
日々感じ取っているものでもあります。

また、心理療法やその他の、
直に心身を取り扱う実践を重ねていくと、
心身の流動化が、
段々と増していき、
至高体験なども、
より経験しやすくなっていくのです。

拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』においては、
心身の流動化や、
変性意識状態(ASC)が、
私たちを導く、
さまざまな生の肯定的様相について、
とり扱ってみました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

そして、
実際のところ、
このような創造性が、
自己のうちに、
潜在的に在るものとして、
知っておくことは、
人生の取り組みの中で、
私たちを、
より大きな可能性の中に、
置いていくことでもあるのです。

そのような意味においても、
マズローの視点は、
現在でも、
未だ示唆の多いものと、
いえるのです。


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「完全なる体験」の因子と、マズロー


さて、以前より、
フロー体験という、
高度に能力化された心の状態、
拡張された意識状態について、
何回か取り上げています。
フロー体験について

また、私たちの心の、
知られざる階層構造の可能性についても、
たびたび、取り上げて来ました。
そして、
変性意識状態(ASC)の中などで現れる、
それらのシステムが、
私たちを高度に統合してしまう事例などについても、
触れました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識
「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル

さて、今回は、
そのような潜在的な心が照らし出す、
「存在の肯定的な状態(エクスタシィ)」について、
マズローなどを素材に、
少し考えてみたいと思います。

というのも、
古典的な心理療法が、
しばしば陥りがちな誤りなのですが、
症状や苦痛などの否定的状態を、
自明化(実体化)しすぎることで、
(クライアントの方が焦点化しすぎることで)
かえって、
心理療法的なゲームに、はまり込んで、
悪循環のループから、
出られなくなってしまうというのは、
よくあることだからです。

苦しみを、
反復的に確認していく、
心理療法ごっこが、
目的化してしまうのです。

一方、
微かなものであっても、
核となる肯定的な状態に、
きちんとフォーカスしていくと、
その心の状態が、
だんだんと育っていって、
症状として現れていた苦痛を、
消滅させていくということも、
よくあることだからです。

その意味で、
私たちのうちにある、
力強い、存在の肯定的状態(エクスタシィ)について、
知っておくことは、
あらゆる面で、
役立つことでもあるからです。
この関係の詳細については、
内容紹介 拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

さて、
アブラハム・マズローといえば、
現在では、
「欲求の五段階説」
「自己実現」
「至高体験 peak-experience 」などの用語で、
ビジネス的な場面で、
ひろく知られる存在となっています。

ところで、
欲求の五段階説というのは、
・生理的欲求
・安全欲求
・社会的欲求
・承認欲求
・自己実現欲求
というように、
下位のレベルから、
人間の欲求が、
だんだんと満たされていって、
自己実現が達成されるような、
ピラミッド型のイメージに、
なっています。

ところで、
このようなイメージを見た際、
クライアントの方の中には、
下位の欲求が満たされていないと、
上位の階層に進めないような、
昇段試験のようなハードルを、
感じられる人たちがいます。

特に、
否定的なものに焦点化しがちな人たちは、
下位の(過去の)不足物が、
自分たちを、
永遠に、
上位に進ませないかのように、
とらえたりもします。

しかしながら、
さまざまな人の、
さまざまな心理的変容を、
見て来た経験からすると、
これらの欲求や成長は、
(大枠ではそうかもしれませんが)
必ずしも、
そんなに限定的・制限的ではなく、
積み木のような、
積み上げ方式には、
なっていないようなのです。

たとえば、
マズロー自身、
学習や人格変容について、
次のように語っています。

「人格転換は、
習慣や連合を一つづつ獲得することによるより、
全人格の全体的変化によって生ずる
という方がふさわしい。
すなわち、
外にあるものを新しく所有する場合のように、
なにがしかの習慣をつけ加えた同じ人
というのではなく、
新しいひとになるのである。
このような性格転換学習は、
非常にこみ入ってはいるが、
高度に統合せられた、
全体的有機体の転換を意味する。」

「わたくしの被験者の報告によると、
最も重要な学習経験は、
悲劇的な事件、死、心的外傷、転向、
急激な洞察のような単一の生活経験であることが、
最も多数を占めた。
これらの経験は、その当人の生活展望に対し、
無理やりに転換を迫り、結果的には
かれのあらゆる行動に変化をもたらすのである。」

「成長が抑制や拘束をはがし、
人をして『自己自身たらしめ』、
行動をくり返すというよりむしろ
それを放たしめ―いわば『放射能のように』―
その精神的本性が
そのまま表現されるのを認めるならば、
それだけ自己実現者の行動は、
獲得されたものというより、
むしろ、学習されないで創造され、
解き放たれたものとなり、
対応的のものではなく、
表現的のものとなるのである。」
(『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)

ここでは、
人間の自己実現的衝動や、
心理的変容(成長)が、
学習的につけ加えられるのではなく、
むしろ内的な表現のように、
内から発現して来る様子が、
描写されています。

また、事例的には、
強度な単一の人生経験が、
人格を変える「学習経験」「転換」になることが、
多いことも指摘されています。

そして、また、
ここで挙げられている、
「急激な洞察」体験などが、
彼がいう「至高体験」などと、
通ずるものであろうということは、
充分類推されることでもあるのです。

さて、
そのように見てみると、
自己実現的なものの発現や、
高度な人格変容とは、
必ずしも、
ピラミッドを登りきったところだけに、
限定されるものではなく、
人生のさまざまな体験領域の中にも、
存在しうることが
推察されるのです。

事実、そのような経験談は、
事例的も、
非常によく聞くところでも、
あるのです。

そのため、
現状、どのような状態にあっても、
思わぬ形で、
変容がやって来るかもしれない可能性や、
それにつながる肯定的状態に対して、
開かれた姿勢を持つことが、
重要でもあるのです。

たとえば、
フロー体験や、至高体験は、
主観的には、
あたかも「完全なる体験」といった様相を、
持ちます。

また、
そこまで行かなくとも、
肯定的な状態の要素は、
普通の体験の奥にある、
「完全なる体験」の因子として、
日々さまざまに、
感じ取られるものでもあります。

それらは当然、
実在的というより、
感覚的なものですが、
しかし、
その類いの感覚の中には、
気のせいでは終わらない、
変容を導く、
創造的な因子、
高い階層の潜在領域(能力)が、
存在しているのです。

そして、
それら存在の肯定的状態の要素は、
実際、訓練次第で、
さまざまな場面で、
呼び起こしていくことが、
可能なものでもあるのです。

その肯定的感覚の因子を、
心のどこかで保持し、
未知の可能性に開かれた取り組みを、
日々、続けていくことが、
それらをだんだんと確固としたものに変え、
結果として、
飛躍的な事態(転換)をもたらすことに、
つながっていくのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。


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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル ジョン・C・リリーの冒険から

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
未知の階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究や、アイソレーション・タンクの開発者である、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
過去2回、検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー
「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量

今回は、第3弾として、
そのような心(意識)の階層構造の仮説として、
博士の著作『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)の中の、
「意識の振動レベル」という、
階層図式について、
取り上げてみたいと思います。

ところで、
意識の「振動レベル」とは、
リリー博士が、
南米の秘教的スクールであるアリカ研究所で、
創設者のオスカー・イチャーソから、
教示されたものです。
それを、博士が、
自己の体験と照合して、
自著の中で、
解説しているものとなります。

イチャーソ自身は、
スーフィー系、グルジェフ系の教えをもとに、
さまざまな思想をミックスさせて、
自分独自の訓練システムを編み出し、
アリカ・システムとして、
60年代に展開しはじめました。

ところで、
(ついでに記すと)
結果的に、
彼の思想の中で、
一番有名になり、
普及したものといえば、
今では、
性格タイプの分類体系として知られる、
「エニアグラム」でした。

これは、元々、
イチャーソのシステムの元では、
原分析(プロトアナリシス)と呼ばれており、
私たちの自我(エゴ)の偏向を正すために、
利用するツールでした。

「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有率でも、
触れたように、
アリカ研究所では、
自己(セルフ)の中における、
自我(エゴ)と、
本質(エッセンス)の占有率というものを、
重視したのでした。

そして、
自我(エゴ)の占有率が減れば減るほど、
その分、ノイズがなくなり、
私たちの内(外)なる、
本質(エッセンス)が輝き出る、
働くようになると考えていたようです。
これは、シャーマニズム的な見地からも、
ある意味、妥当だと思われます。

そのために、
サトリの妨げとなっている、
自我(エゴ)の歪みを正すことが、
本質(エッセンス)、つまり、
存在の肯定的状態をより得るために、
必要だったわけです。

そのために、
個人の自我(性格)の偏向を捉えるために、
原分析(プロトアナリシス)ということを、
行なっていたわけです。

この原分析(プロトアナリシス)が、
エニアグラムとして広まった理由は、
リリー博士の知り合いで、
同時期に、アリカ研究所で訓練を受けた、
(本書にも登場する)
精神科医クラウディオ・ナランホ博士が、
自分の元々の、
心理学的な性格分類研究と合わせて、
エニアグラムを、一部の人々に、
教授しはじめたことがきっかけでした。

ところで、性格分類は、
上記、訓練システムの一部のものなので、
教授した対象者にも、
決して口外しないようにと、
守秘義務の約定書などをとっていたようですが、
受講者が、勝手に流布し、
結果的に爆発的にひろまってしまったので、
ナランホ博士やイチャーソも、
状況を、追認せざるえなくなったのが、
実情のようです。

ところで、
チリ出身のナランホ博士は、
フリッツ・パールズ直弟子の、
ゲシュタルト療法家であり、
向精神性植物の研究や、
チベット密教、スーフィーの実践者としても、
知られている人物です。
ナランホによるゲシュタルトの基本姿勢

さて、
話をもとに戻しますと、
「意識の振動レベル」とは、
そのオスカー・イチャーソが、
グルジェフ系のものとして、
提示している、
意識の階層モデルです。

それぞれの、
高低の階層を、
振動レベルの違いと呼んで、
数字で区分けしています。

(意識の振動レベルなどというと、
何か仰々しい感じがしますが、
あまり気にせず、
変性意識状態(ASC)の質性の違い程度に、
とらえておいて、
問題ないと思われます)

そして、
各振動レベルによる、
各意識状態があり、
私たちの通常の意識状態から、
移行する形で、
それら高次、もしくは低次とされた、
意識状態に、移っていくというわけです。

高次のレベルへの移行が、
攻殻機動隊のセリフにいう、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
状態であるわけです。

また当然、同時に、
複数の振動レベルを持つことも可能であり、
リリー博士は、
日常生活(地上生活)における、
ひとつの統合状態として、
そのようなものを目指して、
努力していくこととなります。

リリー博士は、
それらの各意識状態を、
アリカに倣って、象徴的表現を交えつつ、
以下のように記しています。

「振動レベル48」が、
ニュートラルな状態で、
より肯定的なプラスの状態と、
より否定的なマイナスの状態に、
上下対称的に、
分かれています。

①振動レベル+3
 古典的なサトリ。救世主になる。宇宙的な心との融合。神との合一。

②振動レベル+6
 仏陀になる。意識、エネルギー、光、愛の点―源。
 透視の旅。透聴の旅。頭の心的センター。

③振動レベル+12
 至福状態。キリストになる。宇宙的愛。宇宙的エネルギー。
 高められた身体的自覚。身体的意識と地球意識の最高の働き。
 胸にある感情センター。

④振動レベル+24
 専門家的サトリあるいは基本的サトリのレベル。
 必要なプログラムのすべてが生命コンピュータの無意識内にあり、
 円滑に機能している状態。下腹部の運動センター。

⑤振動レベル48
 中立的な生命コンピュータの状態。新しい観念の吸収と伝達の状態。
 肯定的で否定的でもない中立的な状態で、
 教えることや学ぶことを最大限に促進すること。
 地上。

⑥振動レベル-24
 否定的状態。苦痛。罪の意識。恐怖。
 しなければならないことを、苦痛、罪の意識、恐怖の状態ですること。

⑦振動レベル-12
 極端に否定的な身体的状態。人はまだ身体内にいるが、
 意識は委縮し、禁じられ、自覚は苦痛を感じるためにのみ存在する。

⑧振動レベル-6
 極端に否定的であるということを除けば、+6に似ている。
 煉獄に似た状況で、人は意識やエネルギーの点―源にしかすぎなくなる。

⑨振動レベル-3
 宇宙らに遍在する他の実体に融合するという点では+3に似ているが、
 それらは最悪である。自己は悪で、意味をもたない。
 これは悪の典型であり、想像しうる最深部の地獄である。
 (リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)


さて、
リリー博士は、本の中で、
過去のさまざまな変性意識状態(LSD体験等)を、
これらの各振動レベルでの体験として、
割り付けていきます。

そして、
自己の探求の足取りを、
各意識の振動レベルの、
さまざまな体験として、
整理していくのです。

そして、
アリカでの、
実際のトレーニングの中で、
意識の各振動レベルを、
上昇していく様子が、
(上部構造にシフトする様子が)
具体的な風景描写として、
描かれていくこととなります。

また、
さまざまな意識の振動レベルが、
同時的に働いていく様子も、
実際的に、
細かく描かれていくこととなるのです。

その結果、
本書における、
これらの記述は、
実際に、
さまざまな変性意識状態(ASC)を体験し、
それらをどう位置づけたらよいか、
苦慮している人々にとって、
大変参考となるものに、
なっていったのです。

…………………

さて、以上、
リリー博士による、
「意識の振動レベル」について、
概観してみましたが、
博士の実体験として、
本の中で描いている、
各種の変性意識状態(拡張された意識状態)は、
他の精神的探求の伝統に見られる、
さまざまな体系と呼応して、
大変興味深い記録とも、
なっているのです。

そして、また、
これらが、
具体的な方法論の描写を伴う、
(科学者の)実験レポートのような体裁になっている点が、
本書を資料的にも、
より貴重なものにしているともいえます。

この手の体験領域を、
記述しているものの多くは、
前提として、
任意の価値観や思想を、
はじめから含んでいるものが多く、
結果として、
探求としての中立性(明晰性)に、
曇りや歪みが、
生じてしまっているからです。

そして、実際のところ、
本書での図式は、
世界中の、
各種の風変わりな、
変性意識状態(ASC)の事例や、
意識拡張的な事例を、
分析・検討していくに際しても、
さまざまに役立っていくものでも、
あるのです。


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「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量 ジョン・C・リリーの冒険から

 

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究者、アイソレーション・タンクの開発者であり、
映画『アルタード・ステーツ』のモデルにもなった科学者、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

今回は、その続編として、
博士の探求事例の中の、
興味深い点をもう少し、
細かく見てみたいと思います。

ところで、リリー博士は、
純然たる科学者であり、
そもそもは、神経生理学の研究から、
意識の研究をはじめました。

私たちの「脳」や「意識」というのは、
一切の知覚・感覚を遮断しても、
(外部情報の入力なしに)
自律的に、存在するものなのだろうか、
というような切り口から、
意識の研究をはじめたわけです。

博士の当初の考え(仮説)では、
脳のソフトウェアでしかない意識などは
外部情報の入力なしには、
独立存在しないだろう、
ということだったわけです。
その実験のために作ったのが、
アイソレーション・タンクだったわけです。
そこから、
イルカの研究にもつながっていくわけです。

ところが、
さまざまな実験を繰り返す中で、
感覚情報なしにも、
意識は存在することや、
加えて、
感覚遮断した意識状態に、
興味深い現象が現れることに、
気づいていくこととなったのです。

もともと、博士は、
精神分析の訓練などは、
受けていたわけですが、
さらに、当時発見され、
精神医学の領域で使われはじめていた、
LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)を用いて、
意識についての解明を、
試みることにしたわけです。

さて、
そのような博士の著作に、
『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)という、
自伝的な体裁をとった本があります。

博士自身が、
結論部分で、最終的な解答を見出してないと、
言っているように、
探求の途中経過と、素材として仮説を、
年代記風に示した著作です。

ところで、その本(や前著)の中に、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」と、
名付けられた図式があります。

人間の生命システムが、
どういうプログラミングの、
階層構造になっているかを、
示したものです。

上位にあるものが、その下位にあるものを、
プログラミングし、
制御しているという構造です。

10―未知なるもの
9 ―本質のメタプログラミング
8 ―自己のメタプログラミング
7 ―自我のメタプログラミング
6 ―(制御システムとは関係のない)メタプログラミング全般
5 ―プログラミング
4 ―脳の諸活動
3 ―物質的構造としての脳
2 ―物質的構造としての身体
1 ―(身体と脳を含む)すべての側面をもった外的現実
(リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)

「自我(エゴ)のメタプログラミング」あたりが、
通常の私たちの日常意識のレベル、
つまり、諸々のつまらないことに囚われ、
翻弄されている、普段のレベルとなっています。

「自己(セルフ)のメタプログラミング」は、
高度な気づきAwarenessの状態や、
統合の水準であり、
下位のものが統制され(妨げられることなく)、
自己の全体が、
滑らかに作動している状態とされています。

「本質(エッセンス)のメタプログラミング」は、
さらなる上部構造システムの働きです。
「本質とは、人間、個人、身体、生命コンピュータに適用される、
宇宙的法則の最高の表現である」(前掲書)
仮説として、
抽象的に置かれた(措定された)ものといえますが、
博士自身によると、
LSD実験による、体験と検証の中で、
仮定されたものとなっています。
最上位の階層が、
「未知のなるもの」となっているのは、
そのような意味合いからでしょう。

ところで、
『意識(サイクロン)の中心』において、
多くの紙数を占める、
スーフィー的スクール(アリカ研究所)の訓練体験の中では、
このような階層構造を、
上がって(上昇して)いく様子が、
さまざまに描かれています。
化学的なグラフでも示されています。

そこにおいては、
「自己(セルフ)」の中における、
「自我(エゴ)」の含有量が減っていくと、
反対に「本質(エッセンス)」の含有量が増えていくと、
描写されています。

ノイズが減り、
純粋な自発性が、
輝くように現れて来るわけです。
それは、
素晴らしく肯定的な状態、
ハイな意識状態(エクスタシィ)として、
描かれています。

一方、
「自己(セルフ)」において、
「自我(エゴ)」の含有量が増えていくと、
ノイズや落ち込みが増え、
「本質(エッセンス)」の含有量が、
無くなってしまうものとして、
描かれています。

苦痛や葛藤の多い、
ローな状態に、
なってしまうわけです。

さて、
ところで、上に見た、
含有量の構造などは、
実は、
心理療法(ゲシュタルト療法)の世界においても、
同様に、普通に見られる現象だとも、
いえるのです。

ゲシュタルト療法においても、
セッションを数多くこなす中で、
自我の分裂や葛藤が減り、
自己が、より全体性として、
働く感覚が生まれて来ると、
自己の奥底にある、
より自由で、自発的な自己(オーセンティック・セルフ)が、
生きられるようになる、
という構造です。

そして、
私たちは、
より肯定的な意識状態に、
長く留まれるようになる、
という事態(構造)です。

そして、
それはまた、
シャーマニズムにおいて言われることと、
同様の事柄でもあるのです。

シャーマンが、
自我の詰り(ノイズ)を取り去り、
自己をパイプのように
空洞にすればするほど、
未知のメディスン・パワーがそこを流れ、
働きやすくなるという構造と、
似通ったものなのです。

それは、聖なる息吹に充ちた、
パワフルな状態であるというわけです。
そのために、
シャーマンにおいては、
戦士的な空無の状態であることを、
重視することとなっているわけです。

そして、
それはまた、
元ネタの、攻殻機動隊にならって、
新約聖書を引用するとするならば、
ガラテヤ書にある、
パウロの言葉、
「最早われ生くるにあらず、
キリスト我が内に在りて生くるなり」
(生きているのは、もはや、わたしではない。
キリストが、わたしのうちに生きておられるのである)
という体験領域なども、
聖霊に満たされた信徒たちと同様、
「本質」の含有量の、
極めつけに高まった状態だと、
類推することもできるわけなのです。


このように、
興味深いことに、
数々の事例から知られることは、
自己が「全体として」働けば働くほど、
やがて、そこから、
自己を超えた要素が、
「本質(エッセンス)」的な要素が、
フロー体験のように現れて来る、
ということでもあるのです。

リリー博士の、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」は、
そのように、
さまざまな視点とも響きあう、
普遍的な構造を持った図式として、
参考になるものでもあるのです。


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ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
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カスタネダと「世界を止める」


さて、前回、
攻殻機動隊に出て来る、
「疑似体験の迷路」
という言葉を素材に、
私たちの日常的現実について、
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系

そして、
私たちの日常的現実や、
日常意識も、
疑似体験の迷路と、
そんなに違うものでもない、
ということについて、
考えてみました。

加えて、そのような、
日常意識の中身を、
見抜くのに、
変性意識状態(ASC)からの視線が、
有効であることについても、
見てみました。

さて、今回は、
そのような、
疑似体験の迷路としての、
日常意識に、介入するための、
より身近な視点について、
考えてみたいと思います。


◆カスタネダと「世界を止める」

カルロス・カスタネダといえば、
人類学者として出発し、
インディアンのシャーマンに、
弟子入りすることで、
そのサイケデリックな世界観を、
内側から報告する作家として、
有名になりました。

その後、
作品の語り口は、
さまざまに変貌し、
途中からは、
南米の古代的なシャーマニズムや、
その独特の世界観や方法論を、
伝える作家となりました。

カスタネダの師匠であった、
ドン・ファンの実在性そのものが、
創作であると疑われているように、
カスタネダの語っていることが、
本当に、伝統的なシャーマニズムの、
ものであるか否かは、分かりません。
(本人は、事実であると明言していますが)

ところで、
そのようなカスタネダの、
有名になった言葉のひとつに、
「世界を止める」
という言葉があります。

私たちの「世界」とは、
私たちの内的なおしゃべり、
内的な対話によって、
作り出されている、
という事柄に由来する、
言い回しです。

私たちは、いつもいつも、
「世界とは、こういうものだ」
「世界とは、かくかくしかじかのものだ」
と、自分自身に向かって、
言い聞かせることで、
この「世界」を維持していると、
カスタネダは指摘するわけです。

そして、
その内的対話を止め、
世界を止める、ということが、
真のリアリティへの道である、
というわけなのです。

この内的対話は、
信念体系(ビリーフ・システム)の、
働きとも、連動して、
私たちの知覚・認知する世界を、
保持しているのです。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

「その点に関する
ドン・ファンの説明はこうだった。
われわれは
みずからに語りかけることによって、
世界にたいする自分の知覚を強化し、
それをある一定レベルの効率と機能に
保っておけるのである。
『全人類が、
内的対話によって確固たるレベルの
機能と効率を保っているのだよ』
いつだったか彼が私にいったことがある。
『内的対話は、集合点を全人類が
共有する一点へ固定しておくための鍵なのだ。
その一点とは、肩甲骨の広さの、
腕をいっぱいに背後へ伸ばしたところにある。
内的対話とは正反対のもの、
すなわち″内的沈黙″を達成することによって、
実践者は集合点の固定した状態を
打破することができ、
知覚の驚くべき流動性を
獲得することができるのだ」
カスタネダ『呪術の実践』(結城山和夫訳、二見書房)

ここでは、
「集合点」という、
知覚を編集するエネルギー・ポイントが、
言及されていますが、
この興味深い内容については、
別の機会に譲りましょう。

この集合点云々の説明を、
抜きにしても、
また、暗喩として、とらえたとしても、
ここで、語られている事態の、
意味合いや妥当性は、
理解されるかと思われます。

私たちが、
内的対話を続けることで、
世界体験を、反復的に、
自己産出しつづけていることは、
明らかなことと、
思われるのです。

私たちの内面を、
冷静に振り返ってみても、
自分がいつもいつも、
自分の中で、おしゃべりを、
し続けている(止められない)ことに、
気づかれるかと思います。

私たちは、
このような、
おしゃべりを止められないのです。

このような、
おしゃべり自体が、
偏向的な性格によって、
自動的に反復されている、
「疑似体験の迷路」
ともいえるものなのです。

これらの内的対話を止めることで、
私たちは、
妨げられることなく、
より直接的に、
世界というものを、
体験していくことが、
出来ることにもなるのです。

その世界とは、
おしゃべりに曇らされることなく、
生き生きと、
陽光にみちた、
より色鮮やかな世界でも、
あるのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
入門ガイド
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
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なぜ、ゲシュタルトなのか
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映画『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系


さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
「ゴーストの変性意識状態(ASC)」と題して、
私たちの心の持つ、
階層構造やその可能性について、
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

また、そのような、
心の階層構造の可能性についても、
別に、ジョン・C・リリー博士の事例などとともに、
考えてみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

そして、他にも、NLPの、
ニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)などを素材に、
私たちの持つ、
「信念体系(ビリーフ・システム)」の影響範囲について、
考えてみました。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

さて、今回は、
そのような事柄と関連して、
『攻殻機動隊』の続編、
映画『イノセンス』を素材に、
心や変性意識状態(ASC)が持つ、
さまざまな可能性や能力について、
考えてみたいと思います。


さて、
映画のストーリーは、
前作の後日談となっています。

人形使いのゴーストGhostと融合して、
「上部構造にシフト」してしまった、
草薙素子(少佐)は失踪扱い、
前作で、一番身近にいて、
素子の最後の義体まで用意した、
相棒のバトーが、
今作では、主人公となっています。

そのバトーが、
ネットに遍在するかのような、
(元)少佐のゴーストと、
交流する姿を描くのが、
本作となっています。

ところで、本作ですが、
事故や殺人事件を起こす、
ガイノイド(人形)の謎を、
捜査で追っていくのが、
メインの筋書きとなっています。

さて、
そのような捜査の中で、
バトーや、相棒のトグサは、
ガイノイド製造元のロクス・ソルス社より、
(雇われた傭兵のキムより)
ゴーストハックによる捜査妨害を、
受けます。

つまり、
心Ghostを、
ハッキングされ(侵入、乗っ取られ)、
疑似体験を、
させられてしまうのです。

そのせいにより、
バトーは、
コンビニで、銃を乱射したり、
ドグサは、
フィリップ・K・ディックの小説のような、
現実だか、幻覚だか分からないような、
テープ・ループのような反復体験に、
巻き込まれていくことになるのです。

映画の中で、
バトーは、トグサに、
その体験を説明するために、
「疑似体験の迷路」
という言葉を、使いました。


◆疑似体験の迷路

さて、ところで、
映画の中では、
キムの、ゴーストハックによる、
疑似体験の注入であったため、
それが「疑似」体験であると、
いえるわけですが、
では、
この私たちの現実体験とは、
どのように、
なっているのでしょうか?

映画の中では、
疑似体験と対比的に、
物理現実という言葉が、
使われています。

物理現実であれば、
疑似体験ではないということです。

ところで、以前、
映画『マトリックス』を素材に、
考えてみたところで、
私たちの、
この日常的現実が、
マトリックスの作り出す、
幻想世界と、
さほど違っているわけではないこと、
について記しました。
映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界

私たちは、
成育過程の中で得た、
さまざまな信念体系や、
知覚的拘束の中で、
この世界を見ている(見させられている)、
というわけです。

そのように考えると、
私たちが、
「物理的現実」と呼び、
唯一の実在性を、信じたい知覚世界も、
必ずしも疑似体験ではないと、
言い切れるわけではないのです。

というよりも、
この日常的現実も、
その構成成分の多くが、
疑似体験である、
と考えた方が、良いのです。


◆信念体系と疑似体験の迷路

さて、NLPの、
ニューロロジカルレベル(神経論理レベル)
について見たところで、
その信念体系(ビリーフ・システム)が、
非常に高い階層に属しており、
私たちの現実を創り出す、
大きな要因と、
なっていることを見ました。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

このモデルの妥当性は、
保留したとしても、
信念体系(ビリーフ・システム)が、
私たちの日常意識や、
日常的現実を生み出す、
決定的な要因であることは、
間違いないことです。

そのような、
信念体系のフレームの中で、
私たちは、
オートポイエーシス的に、
日常的現実を、
意識の内に、
自己産出し続けているのです。

場合によって、
人は、一生を、
疑似体験の迷路の中で、
過ごすと言ってもいいのです。

そして、
この疑似体験に気づくためには、
システム的に、
この疑似体験自体を、
相対化する要素が、
必要となって来るわけなのです。


◆守護天使(聖霊)の階層

さて、
映画の中では、
バトーが、
ゴーストハック攻撃を受けている時に、
(元)少佐、草薙素子が、
さまざまな合図を送ってくれます。

今している体験が、
疑似体験の罠であることを、
知らせてくれるのです。

コンビニにおけるシーンでは、
バトーは、
スルーしてしまったわけですが、
「キルゾーンに踏み込んでるわよ」
と、はっきりと、
メッセージをくれています。

つまり、
日常意識よりも、
高い階層にいる少佐は、
疑似体験に占拠されている日常意識を、
見抜き、透視することが、
できるわけなのです。

のちに、バトーは、
キムとの会話の中で、
「俺には、守護天使がついている」と、
発言しています。

キムは、
自分が組み上げた防壁の中に、
何者かが、
書き込みを入れているのを見て、
驚くわけです。
彼の考えでは、
そんな芸当ができる人間など、
想像できないわけです。

また、
ロクス・ソルス社艦内の、
戦闘シーンで、
ガイノイドに、ロードして、
バトーの救援に現れた、
少佐に対して、
バトーは、
「聖霊は現れ給えり」
と表現したわけです。

比喩としても、
バトーやキムよりも、
高い階層にいる(元)少佐の在り様が、
暗示されているわけです。

しかしながら、
このような上部階層の心(意識)は、
必ずしも、
守護天使や聖霊でなくとも、
私たちの心のシステム自体として、
存在していると、
考えてもよいのです。

本サイトや、拙著でも、
さまざまに記していますが、
世界中の変性意識状態(ASC)の報告は、
そのような可能性を、
示唆してもいるのです。
内容紹介 拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

それは、
何らかのきっかけをもって作動し、
私たちを、
疑似体験の迷路の外に、
連れ出してくれるのです。
その風景を、
見せてくれるのです。

そして、
私たちが、現代社会の、
閉塞したキルゾーンの中にいることを、
教えてくれるのです。

私たちは、
変性意識状態(ASC)への旅や、
その世界との往還を、
数多く繰り返し、
学習していくことで、
そのような意識の帯域(往還コース)を、
拡張していくことが、
できるのです。

そして、
これはまた、
多くのシャーマニズムの伝統が、
行なって来たことでも、
あるのです。



※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
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ホドロフスキー氏とサイコ・シャーマニズム


◆知らされた消息

昔は、
アレハンドロ・ホドロフスキー監督といえば、
ジョン・レノンが惚れ込んだ、
『エル・トポ』や、
その後の『ホーリー・マウンテン』などの、
カルト・ムービーの映画監督として、
有名でした。

その後は、
『サンタ・サングレ』など、
わずかな作品の紹介はありましたが、
長く、その消息を耳にすることもなく、
彼が、活動しているのか、していないのかさえ、
分からない状況でもありました。

(昨今では、
その多様な作品や活動が、
知られる状態となっており、
昔日の状況を思うと、
少し不思議な気持ちにさせられます)

さて、長く、
そのような状態であったため、
自伝として届けられた、
『リアリティのダンス』(青木 健史訳/文遊社)は、
ホドロフスキー氏の、
その間の消息を伝えてくれる、
貴重なドキュメントとなっていたわけです。

そして、その内容は、
『エル・トポ』以前も、以後も、
彼が、実に濃密で、
精力的な活動を、
生涯の探求として
推し進めていたことを、
知らせてくれるものでもあったのです。


◆サイコ・シャーマニズム

さて、
その自伝的な内容ですが、
シュルレアリスム(超現実主義)や、
パニック演劇との関係など、
アート系の活動は、
比較的、予想がつく範囲内での、
内容であったわけですが、
その延長・周辺で、
さまざまな精神的探求の活動も、
同時に推し進めていたというのは、
驚きでもあり、
納得的な事柄でもありました。
(『サンタ・サングレ』は、
心理療法的な物語でした)

そして、
(本物らしき?)カルロス・カスタネダや、
アリカ研究所のオスカー・イチャーソなど、
その関係での、
人々との交流や、その描写も、
とても興味深い内容となっていたのでした。

中でも、
多くの紙数を割いている、
サイコ・シャーマニズム、
サイコ・マジック関連の記述は、
その内容の具体性からも、
方法論的な見地からも、
大変貴重なドキュメントとなっているものです。

当スペースのように、
心理療法や、変性意識状態(ASC)、
シャーマニズムや、創造性開発を、
方法論的なテーマにしている者にとっては、
特に、そうであったわけです。

ところで、
彼のいうシャーマニズムとは、
いわば、
「本物のシャーマニズム」です。

通常、現代社会の中で、
シャーマニズムという言葉が、
方法論的な概念として使われる場合、
 (当スペースなどもそうですが)
多くは、その構造的なモデルを、
利用するために使われているものです。

変性意識状態(ASC)を含んだ、
意識の運動性や、
心理的変容を描くのに、
シャーマニズムのモデルが、
とても有効に働くという、
見地からです。
内容紹介 拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

それは、必ずしも、
伝統社会のシャーマニズムのように、
信念体系(世界観)として、
使われているわけではないのです。

そのような意味では、
ホドロフスキー氏のシャーマニズムは、
本物のシャーマニズムにより近いもの、
もしくは、
本物のシャーマニズムとなっているわけです。

そこでは、精神が、
物質の情報を、
書き換える力を持つことを、

もしくはその区分が無いことを、

前提と(確信)しているものでも、
あるからです。

まさに、
マジック・リアリズム(魔術的現実主義)、
なわけです。

そして、もし、
ホドロフスキー氏の施術が、
事実であるとしたなら、
私たちは、
物質・精神・情報についての、
近代的な世界観を、
少し考え直さなければならない、
というわけなのです。

そのような意味においても、
本の中では、
施術のディテールを、
詳細に、記してくれているので、
その点でも、非常に参考となるものに、
なっているわけです。

そして、
その可否や評価については、
各人が、
さまざまな自分の経験を通して、
検証していくしかないものと、
なっているのです。


◆心と信念の影響範囲

さて、
この最後の点(世界観)についていえば、
前回、取り上げた、
NLPの神経論理レベルの中における、
信念(ビリーフ)などとも、
関係して来る事柄といえます。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

NLPの、
神経論理レベルにおいては、
「信念」という階層が、
実現可能性(できる)の上に、
位置しています。

このこと(世界観)は、
通常、人は、
信念の内あることのみを、
実現できる、
ということを、
意味しているわけです。

信念が、
人のリアリティの範囲を、
確定していくという、
世界観です。

ところで、
ホドロフスキー氏の、
サイコ・マジックを原案にし、
彼自身も出演した映画、
『Ritual(邦題ホドロフスキーのサイコマジック・ストーリー)』
では、
主人公が、
癒しのために受ける儀式(施術)に対して、
恋人の男が、しきりに、
「信じるな」と、
連呼します。

彼の世界観では、
魔女のような施術者が行なう、
儀式などは、迷信以外の、
何ものでもない、
というところなのでしょう。

そして、
映画の最後は、
主人公の儀式(施術)を妨害して、
台無しにした結果、
その恋人が、
主人公に殺されてしまうという、
結末となっています。
(本当は、この施術の結果として、
主人公の苦痛と妄念は、
取り除かれるはずたったのです)

つまり、
恋人の男は、
「信じない」ことによって、
自らの命を、
落としたともいえるでしょう。

では逆に、
彼が、信じていた世界とは、
果たして、どのような世界だったのでしょう。
主人公や、施術者が、信じる世界より、
彩り豊かな世界だったのでしょうか…


さて、
ホドロフスキー氏の作品や活動は、
この他にも、
非常に多岐に渡っていますが、
そのどれもが、
現代社会を覆う、
私たちの制限的な信念(リミティング・ビリーフ)を超えた、
生や現実の豊かさを、
教えてくれるものとなっているのです。

そのような意味において、
ホドロフスキー氏の世界は、
現代では数少ない、
本物のマジック・リアリズム、
となっているわけなのです。



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