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体験的心理療法とは

変性意識と天国的な身体


以前、

映画『マトリックス』について語る中で、
通常の私たちの意識が、
過ごしている世界が、
認知的な残像でしかないことについて
触れました。

→『映画マトリックスのメタファー 残像としての世界

そして、
体験的心理療法的な、
心身一元論的解放が、
私たちに別の世界を、
垣間見せてくれることについて、
記しました。

ここでは、
(去年16年ぶりの新譜を出した)
アヴァランチーズThe Avalanchesの、
昔のミュージック・ビデオ(PV)、
楽しくも、感動的な、
Since I Left You
を素材に、
私たちの中にある、
変性意識状態と、
天国的身体の獲得について、
記してみたいと思います。





この動画は、
ストーリー仕立てになっています。

冒頭のシーンは
生き埋めになった
炭鉱夫二人が、
途方に暮れている情景です。

すると、
どこからともなく音楽が
聴こえてきます。

音の方向を掘り崩すと、
そこに板があり、
それを開けると、
二人の女性が、
彼らを、迎えるように、
見つめているのです。

そこでは、
何やら、
ダンス・オーディションのようなことが、
行なわれているのです。

さきの女性のダンサーたちが、
踊るのを見ていた、
片方の鉱夫(相棒)は、
フラフラと
音楽に誘われるように、
ダンスに加わっていきます。

そして、
最初のうち、
動きも硬かった相棒は、
だんだんと、
こなれたステップを、
取りはじめるのです。

何かから、
解き放たれるかのように、
徐々に、
華麗なステップを、
取りはじめるのです。

そして、
最後には、
素晴らしい大回転(ジャンプ)を、
決めるのです。

拍手喝采となります。

そして、
ふと、彼の姿を見ると、
そこには、
光に包まれた、
彼の姿があったのです…

さて、
このビデオには、
最後に、
種明かしがあります。

老人になった、
踊らなかった男が、
回想して語ります。

救出されてからは、
彼(相棒)とは会っていない。
でも、彼がどこに行ったとしても、
彼は、素晴らしい時を過ごしていると思うよと。

つまり、
この動画の情景は、
いわば、
臨死体験の、
風景だったわけです。
語っている男は、
この世に戻り、
踊っていた相棒は、
光の国に行ったのです。

動画には、
最初の時点で、
すでに仕掛けがあります。

板の扉を開けた時点で、
Welcome to paradise, paradise, paradise
と声が聞こえているのです。

つまり、
このオーディションは、
そもそも、
彼ら自身の、
天国へのオーディション、
だったわけです。

だから、
女性たちは、
明るい不思議な眼差しで、
彼らを、迎えたのです。
そして、
相棒の彼は、
オーディションに受かって、
向こうの世界に、
行ってしまったわけです。

さて、
そのことが分かると
この映像は、
どのように見えて来るでしょうか。

フラフラと、
踊りに加わった相棒は、
この世に残った男より、
すでに、あの世に近いところにいた、
というわけですが、
これは、おそらく、
メタファーとして、
とらえられると思います。

フラフラと、
審査員の前に出た、
相棒の彼は、
まるで、
ふと何かに気づいたかのように、
踊りはじめます。

音楽のグルーヴに
身を任せつつ、
徐々に、
しなやかになっていきます。

最初はぎこちなかった、
身のこなしも、
だんだんとほぐれてきて、
しなやかな波動を、
放ちはじめます。

女性ダンサーたちや、
音楽と、
ひとつに、なっていきます。

おそらく、彼が、
それまでの人生の中では、
さまざまな重みから
とれなかったであろうような、
彼本来の、
軽やかなステップを、
取り戻していくのです。

踊る中で、
彼から、
さまざまな「この世」的なものが、
脱落していきます。

彼は、
自分の自由なステップ自身に
なっていくのです。

解き放たれていくのです。

そして、
「本来の彼」自身に、
なっていくのです。

また、
踊りに加われない炭鉱夫も、
とても重要です。

彼ら二人は、
どちらも、
私たちの内側にいる存在(自我)
だからです。

私たちの中には、
踊れないと思っている自分と、
本当は素晴らしく踊れる自分とが、
います。

通常、私たちは、
勝手に、
自分は踊れない、
と思っているだけです。

しかし、
そんな踊れない自分でさえ、
解放された相棒の、
素晴らしいステップを見ていると、
自分も思わず身体を揺らして、
タンバリンをたたいてしまうのです。
(最後のシーンに、
天国のダンスを忘れなかった証として、
彼のタンバリンが映っています)

そんな風に、
自分の中の、
踊れる自分を、
活かしていくことが、
大切なのです。

私たちは、
自分の天国的な音楽に、
本来の自分の音楽に、
身を任せきることができれば、
皆、踊れる存在なのです。
それが、
私たちの本来の姿なのですから。

相棒の男が、
しなやかに、
解放されていく姿は
私たちの心を打ちます。

それは、
私たちの皆が持っている、
本来の姿だからです。

反復される歌詞も、
別のことを語っていません。

Since I left you
I found the world so new
Everyday

あなたを後にしてから
毎日、毎日、
世界を、とても新しく感じていた

私たちは、
思い込みの、
残像としての世界を離れれば、
いくらでも、
解き放たれた、
新しい世界を、
見つけだすことができるのです。

それは、
今まで、
感じたこともなかったような、
カラフルで、
鮮やかな世界です。

映像では、
向こう側の世界が、
カラーで、
こちら側の世界が、
白黒になっていることにも、
それは暗示されています。
(だから、最後、
踊らなかった男は、
白黒に戻っていくのです)

心身を解き放っていく中で、
そのように、
色あざやかで、
光に包まれた存在の次元(天国的身体)を、
変性意識的に、
自分の内に、
持つことができるのです。

そのような、
二重の存在として
この世を生きることが、
可能なのです。

素晴らしい時は、
死後にあるわけではないのです。
それは、
今ここで得ることが
可能なのです

天国へのオーディションを、
軽やかに突破して、
自分の本来の天国を持つことが、
可能なのです。

それには、
相棒の彼のように、
事態に、
気づいて、
自分自身のステップを、
踏みはじめることです。

最初は、
上手くできなくても、
いいのです。

音楽の流れに身を任せて、
グルーヴのままに、
身体を動かしていくことです。

そのうち、
身体のかたさも、
とれてきて、
流れや波動に、
乗りはじめます。

身体の動きが、
天国の音楽と、
ひとつになっていきます。

自己の内側に、
変性意識的な、
天国的身体が、
生まれてきます。

まずは、
一歩、一歩、
生活の中で、
自分本来の、
ダンスのステップを
取りはじめることです。

まずは、
埋もれた壁の向こうから、
聴こえて来る音楽に、
耳を澄まし、
自分の本来のグルーヴを
感じ取ることから、
はじめることです。

そのことで、
私たちの人生に、
毎日、毎日、
新しい世界を、
見つけることができるのです。
 

 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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アディクション(中毒・嗜癖)にひそむ精神性

今回は、

アディクション(中毒、嗜癖)の探索について、

書いてみたいと思います。

 

あの種の心理療法の考え方では、

アディクション(中毒、嗜癖)の背後には、

精神的(霊性的)なものがあるといいます。

 

クライアントの方の中において、

アディクション(中毒、嗜癖)は、

深い無意識の渇望を充たすための、

代替物として、便宜的に、

その中毒物(中毒体験)がえらばれている、

と考えるわけです。

 

催眠療法などでも、

中毒治療のアプローチとして、

中毒体験時(状態)で起こっていると思しき、

体験過程を仮定して、

その欲求を充たす手段を、

中毒物ではない別の代替物に転化させるように、

無意識に対して働きかけたりします。

 

そして、このような無意識の渇望が求める、

体験過程というものには、

私たちの日常意識の理解しがたい要素や、

精神性が、存在している場合もあるのです。

そのため、無意識は、

嗜癖物を通した変性意識状態(ASC)によって、

それらを、得ているとも考えられるのです。

 

以下は、そのような嗜癖の背後にある、

無意識の精神的欲求を探っていくための、

ワークです。

これは、その昔、マックス・シュパック博士に、

教えてもらったものとなります。

 

 

◆アディクション(中毒、嗜癖)を扱うワークの手順

 

まず、自分の嗜癖である、

あるテーマ(飲酒等)を選びます。

 

その対象を、

実際に、体験して(味わって)いる時の、

一連の物理的手順や感覚的プロセスを、

すべて細かく思い出します。

そして、ゆっくりと、それを実演するかのように、

再現して、その体験過程を感じてみます。

今まで、気づかなかったような細部(ディテール)に、

気づいていくことと思います。

 

③次に、その体験過程の中で、

自分が最も魅力に感じている要素を見つけます。

その感覚体験があるがために、

その嗜癖を求めてしまっている要素です。

どこがもっとも魅惑的な要素なのか、

言葉で表現すると同時に、

より直観的な形で、線や図形としても、

書きとめてみます。

 

さらに、その要素を、

身体的な動作、例えば「手の動き」にしてみます。

そして、その動きを実演して、体感してみて下さい。

その感覚要素を表すのに、ぴったりとした、

「手の動き」を見つけ出すのです。

 

次に、②で行なった手順や体験過程を、

スローモーションで再生するかのように、

もう一度、再現してみます。

その体験プロセス・手順を、

細かく分けて、味わうように見ていきます。

自分の体験過程の諸相を、微分するかのように、

細かく気づいていきます。

 

(例)中毒が珈琲を飲むことの場合

・お湯を沸かす

・珈琲の豆の袋をひらく

・珈琲の豆をすくう

・珈琲の豆を挽く

・珈琲をむらす

・珈琲をドリップする

・お湯を注ぎ足す

・器に注ぐ

・注がれた珈琲を見る

・器を手に取る

・香りを嗅ぐ

・器に口をつける

・珈琲を飲む

等々です。

 

実際の手順や感覚体験は、

もっと細かく分けられるでしょう。

そのようなプロセスを、

実演しながら、感覚的な体験過程の諸相に、

気づいていって下さい。

 

⑤次に再演した体験過程・感覚体験のなかで、

今まであまり気に止めていなかった部分、

気づいていなかった部分、盲点のような部分、

謎めいた不思議な部分を探してみて下さい。

 

中毒(嗜癖)体験なので、今まで何度も、

反復している事柄ですが、

その中で、あまり気づいていなかった、

未知の部分です。

 

③で見た部分のように、

表面的にわかる部分ではなく、

隅に引っ込んでいたり、

遠くにあって、不鮮明な部分です。

 

⑥そして、その謎めいた部分、

不思議な部分というものを取り出して、

③でやったように、

言葉や線や絵を与えてみて下さい。

書き留めてみて下さい。

 

そしてまた、同様に、

その要素を、身体的な「手の動き」にしてみます。

それを実演してみて下さい。

その要素を表す、ぴったりとした、

「手の動き」を見つけ出して下さい。

 

⑦さて、嗜癖の体験過程から取り出された、

2つのタイプの「手の動き」が見つかりました。

次に、その「手の動き」を、

探求的に、実演していきます。

その背後にあるものを、探っていきます。

 

まず、最初の③の手の動きを、

実演してみます。

 

実演する中で、

手の動きが変わって来るようであれば、

それで結構です。

その本質的な要素が変わらないレベルで、

自然な変化に任せて下さい。

ダンスになるようであれば、

その動きや変化を、展開してみて下さい。

 

その特性・特徴を味わい、

よく実感して、それが自分にとって、

「何を意味しているのか」に気づいていって下さい。

何が魅惑で、嗜癖的に惹きつけるのかを見つけて下さい。

気づいたことがあったら、書きとめて下さい。

 

次に、⑥の2番目の手の動きに対しても、

同様のことを行ないます。

その中から出て来るものに気づき、

書き留めて下さい。

 

⑧さて、次に、

その2つの手の動きを交互に行ない、

この2つの要素の関係性を探っていきます。

 

その両方の動きの感じをよく味わいながら、

2つに共通している要素を、

探り、気づいていってみて下さい。

 

どこかそれらの本質に、

共通している要素がないか。

探ってみて下さい。

 

そして、この2つの要素が共存する、

空間・場所・状態がないか、

手に動きや体の動きを、

軸にして、探ってみて下さい。

 

そのようなものが、見つかったら、

書きとめておいて下さい。

それが自分とって、どんな意味があるか、

時間をとって、考えてみて下さい。

 

 

…………………………………………………………………

 

さて、

手順だけでは少しわかりにくいので、

事例として、著者の体験を記してみましょう。

 

十年以上前ですが、当時は、珈琲に対して、

大きな嗜癖を持っていたので、

テーマに取り上げてみました。

 

さて、まず、最初の手の動きは、

刺すような、稲妻のような動きでした。

 

その手の動きは、刺すような、

ジグザグで素早い、ギザギザの動きでした。

それは、筆者が、

珈琲に見出している覚醒感の要素の表現でした。

その覚醒感を求めて、

珈琲を飲んでいるといっていい要素でした。

 

次は、2つ目の手の動きですが、

それは、筆者にとって、

思いがけないところから、

どこから取り出されました。
 

さきの④⑤の手順にあるように、

珈琲を体験する際の一連の手順や体験を、

気づきの欠けた(謎めいた)部分を探るために、

何度も反復し、気づきを当てていきました。

 

すると、ふと、

それまで、意識していなかった、

ある体験過程に、気づいたのです。

筆者は、珈琲をドリップして抽出し終わると、

「一瞬だけ」

ホッとして、安心することがあるのでした。

そして、珈琲をすぐには飲まずにいるのでした。

 

それは、一瞬だけのことなので、

普段、意識していなかったのですが、

スローで体験を再生してみて、

そんな体験をしていることに、

気づいたのでした。

 

その「一瞬だけ」ホッと安心する要素を、

手の動きにしていくと、

それは気功のような、太極拳の動きのような、

ゆったりとした静謐な動きになりました。

「まったき平和の空間」

そんな要素が、そこにはあったのでした。

 

そして、その2つの手の動きの要素を、

交互に織り交ぜて、響かせ合いながら、

共通する要素を探っていきました。

その自然な動きの展開に合わせて、

ヴィジョンを追っていくと、

(閃光のように)

ある感覚的なイメージに導かれました。

 

それは、刺すような点の感覚と、

広大に遍在する光の空間が、

まったく同時に、

同じものとして存在しているような、

不思議に抽象的な空間でした。

 

点の存在と、空間の遍在とが、

同時に在るような、

奇妙な空間イメージ・感覚でした。

 

「点はいたるところにある」

そんなメッセージがやって来ました。

 

点の(非)局在の中に、遍在は含まれており、

遍在空間は、点(いたるところにある)に含まれている。

というようなメッセージでした。

 

「ひとつぶの砂にも世界を

いちりんの野の花にも天国を見

きみのたなごころに無限を

そしてひとときのうちに永遠をとらえる」

(寿岳文章訳)

 

そんなウィリアム・ブレイクの詩句を思い出しました。

 

それは、

「いまここで在ること」と、

「遍在して在ること」をつなぐ、

在り方を示唆するものだったのです。

 

また、当時、抱えていた身体症状に関連して、

無意識の深いに訴えかけて来るような、

メッセージだったのでした。

 

 

…………………………………………………………………

 

さて、このワークは、

実際的な効果も持ちました。

それは、以前、珈琲に感じていたような、

強迫的な渇望感がなくなったということです。

 

余裕をもって、その肯定的な体験を味わえる、

嗜好品になったのです。

 

つまり、珈琲は、筆者の心身(無意識)の中で、

今ここの感覚的鋭さと、

遍在性を結びつけるという直観の、

媒体物(代替物)として存在していたのでした。

 

そして、

そのことに、気づきが得られたことで、

以後、珈琲は、嗜癖的な呪物から、

単なる感覚的ヒントをくれる嗜好品に変わったのでした。

 

 

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心理学的に見た「チベットの死者の書」

50死者の書



 

「チベット死者の書」という、

有名な書物があります。

 

チベット仏教のカギュ派の、

埋蔵教(偽典)として知られる書物ですが、

この本は、ゲシュタルト療法はじめ、

体験的心理療法や、変性意識状態のことを考える上で、

とても参考(モデル)になる本です。

 

今回、ここでは、その「チベット死者の書」を、

ティモシー・リアリーらが、心理学的にリライトした、

『サイケデリック体験 The Psychedelic Experience』※

(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅康彦訳 八幡書店)

をもとに、色々と見ていきましょう。

 

 

◆バルドゥ(中有)と心の構造

 

まず、死者の書が、

何について書かれた経典(本)であるかというと、

「人が死んでから、再生する(生まれ変わる)までの、

49日間(仏教でいうバルドゥ/中有)のことが

書かれた経典(本)である」

ということです。

 

人間が、生まれ変わることが、

前提となっているというわけです。

ただ、この前提は、この経典(本)を読むにあたって、

無視しても構わない前提です。

 

なぜなら、語られている内容は、確かに死に際して、

心の底から、溢れてくる出来事ということになっていますが、

それは、心の構造そのものに、

由来するものと考えることができるからです。

 

だから、生きている私たちにも、

同様に存在している心の世界だと、

とりあえずはいえるからです。

 

ティモシー・リアリーらが、

この経典(本)をリライトしたのも、

薬物による、サイケデリック体験でも、

同様の出来事(世界)が溢れてくるので、

この本を、サイケデリック・トリップの、

導きの書にしようという、意図からでした。

 

そのため、この経典(本)は、

私たちの深層の心の世界を、語っているものとしても、

読むことができるのです。

 

さて、

この経典の形式ですが、

たった今、死んだ死者に向かって、

語りかける言葉(声かけ)が、

形式となっています。

 

その死者が、見ているだろうものを告げ、

アドバイスを与えるという、形式です。

 

「聞くがよい、○○よ。

今、お前は、○○を見ているであろう」

という感じです。

 

ところで、

死者は、死んだ後に

3つのバルドゥ(中有)を体験し、

生まれ変わるしされています。

 

しかし、

経典(本)の中心のメッセージは、

「さなざまな無数の心惹く像が、現れてくるが、

それらにとらわれることなく、

本当の眩い光明を、自己の本性と知り、それと同一化せよ」

というものです。

 

そうすれば、解脱が達成されて、

生まれ変わり(輪廻)から、

脱するというができるであろう、

というものです。

 

そりため、

3つのバルドゥ(中有)の経過が、

刻々語られますが、

それは、各バルドゥで訪れる、

解脱のチャンスの中で、

解脱できなかった者たちに、

対してであるということです。

 

 

◆3つのバルドゥ

 

さて、死者は、

3つのバルドゥを順に体験していきます。

 

①チカエ・バルドゥ

→超越的な自己の世界

→法身

 

②チョエニ・バルドゥ

→元型的な世界

→報身

 

③シパ・バルドゥ

→自我のゲーム

→応身

 

下の矢印の言葉は、

当スペースの考えで補ったもので、

一般にオーソライズされているものでもないので、

その点は、ご了承下さい。

 

さて、この3つは、心理学的には、

心の表層から、心の深層までの、

3つの地層(宇宙)を表したものと、

見ることができます。

死後の時間的遷移を、

逆に見ていくと、

この構造はわかりやすくなります。

 

 

③シパ・バルドゥ

→自我のゲーム

→応身

 の世界は、再生に近い、最後の段階です。

その世界は、もっとも身近な、

私たちの自我の世界です。

通常の心理学が扱うのも、この世界です。

リアリーらの死者の書では、

とらわれの自我のゲームを、反復してしまう世界として、

描かれています。

サイケデリックな体験の中でも、

低空飛行している段階で、

日常の自我のゲームが、再演されている状態です。

 

 

②チョエニ・バルドゥ

→元型的な世界

→報身

 

の世界は、

心の深層の世界、私たちの知らない深層世界が、

ダイナミックに、滾々と湧いてくる世界です。

死者の書では、

膨大な数の仏たちが現れてきます。

心の先験的とも、古生代ともいうべき、

元型的な世界です。

系統樹をさかのぼるような、世界かもしれません。

(サイケデリック体験などでは、

系統樹をさかのぼり、自分が、

爬虫類に戻る体験を持つ人もいます)

 

 

①チカエ・バルドゥ

→根源的な世界

→法身

 

は、根源的な、超越的な自己の世界で、

上の2つの較べて、

空なる世界に一番近い世界です。

ある面では、心理学の範疇には、

入らない部分ともいえます。

ただ、そのような世界(状態)を、

仮定することはできます。

 

リアリーらは、

この状態を、ゲームの囚われから解放された、

自由の、自然の、自発性の、

創造の沸騰する世界と見ます。

それでも、充分有効なとらえ方と言えます。

 

さて、死者の書の中では、

それぞれのバルドゥで、

「光明」が2つずつ現れてきます。

 恐れを抱かせるような眩い光明と、

より親しみを感じさせる、くすんだ方の光明の

2つです。

 

そして、恐れを抱かせるような、より眩い光明が、

根源の光明であり、それを自己の本性と見なせと、

アドバイスします。

 

よりくすんだ方の光明に惹かれるであろうが、

それに向かうなと告げます。

ただ、多くの人は、この後者の光明に向かうようです。

そして、転生への道を進んでしまうのです。

 

 

◆経過

 

さて、死者は、このような3つのバルドゥを、

経過していくのですが、

ティモシー・リアリーは、

サイケデリック体験における、

この3つの世界の、推移の仕方について、

おもしろい喩えを使っています。

 

それは、高いところから、

地面にボールを落とした時の、

「ボールの弾む高さ」

に似ているということです。

 

落ちてきたボールは、

最初は、高く弾み上がります。

2度目は、それより少ししか弾みません。

3度目は、さらに少ししか弾みません。

 

つまり、

サイケデリック・トリップの、

初発の段階が、重力(自我)から解放されて、

一番遠くの、チカエ・バルドゥまで行けて、

次に、チョエニ・バルドゥ

次に、シパ・バルドゥと、

段々と、日常的な心理的に次元に、

落ちてきてしまうという、喩えです。

 

この喩えは、私たちの心の構造や、

心の習慣、可能性を考えるのにも、

大変示唆の多いものです。

 

2つの光明の喩えといい、

私たちの中には、

大いなる自由に比して、

慣習と怠惰に惹かれるという、

何かがあるのでしょう。

 

 

◆変性意識(ASC)の諸次元として

 

さて、「チベット死者の書」の世界を、

心の諸次元の構造として、見てきましたが、

この世界は、

死の体験やサイケデリック体験を経由しなくとも、

色々な変性意識状態の中で、

さまざまに、あいまみえる世界です。

 

このモデルを、ひとつ押さえておくことで、

心理学的のさまざまなヒントになっていくでしょう。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著『砂絵Ⅰ  現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 


ジョン・レノン(ビートルズ)が、

LSD体験や、この本にインスパイアされて、

Tomorrow Never Knows

という曲を創ったのは有名なエピソードです。

 

歌詞は、

Turn off your mind relax and float down stream

It is not dying, it is not dying

Lay down all thought surrender to the void

It is shining, it is shining

That you may see the meaning of within

It is being, it is being

 

わりと素直なサイケデリック体験そのまま、

という感じですが、いい具合に表現されています。



 




映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界

昔、『マトリックス』という、

三部作の映画がありました。

ユニークな世界観や映像で、

ヒット作となった映画です。

 

その世界観についても、

問題をはらみ、

多様な解釈や議論もなされましたが、

ここでは、

少し違う切り口で、

見てみましょう。

 

ところで、

この映画が示している

感覚表象の世界は、

変性意識状態(ASC)や、

シャーマニズム

サイケデリック的世界を、

考える者にとっては、

興味深いメタファー(暗喩)と、

なっているのです。

 

実は、画で描かれている、

マトリックスの創りだす世界と、

この私たちの現実世界とは、

さほど、違っているわけでは、

ないからです。

 

さて、以前、

この「現実世界とは何か」を、

扱ったところで、

「合意的現実」という考え方について、

見てみました。

 

私たちのこの現実世界も、

集合的な信念体系として、

現れているという考え方です。

 

ところで、このような

合意的現実は、

単に、認知の拘束として、

「私たちの世界」を、

映し出しているだけではありません。

 

実際には、

「知覚的な拘束力」をともなって、

「この世界」を映し出してもいるのです。

そのため、

私たちはなかなか、

この合意的現実を、

相対化することが、

できないのです

 

ところで、

体験的心理療法のところで、

「心身一元論的」な人間のあり様を見ました。

硬化した心と

硬化した身体とは、

相互的なフィードバックを繰り返して、

生活史の中で、

硬化した抑圧的な世界を

創りだしてしまうのです。

 

その多くの由来は、

現代社会(やその出先機関である両親、先生)の、

「信念体系」です。

 

そして、

私たちは、物心がつく前から、

そのシステムによって、

感情や肉体や知覚を狭められ、

拘束された状態で、

社会に出されて(再生産されて)、

いくのです。

実際、社会の、

私たちの知覚・感覚への洗脳は、

映画における、

マトリックス(母体)による支配と、

実は、大差がないものなのです。

 

ところで、

映画でもそうですが、

この拘束された、

知覚世界の外に出るには、

変性意識状態(ASC)を誘発する、

「赤いピル」が必要(有効)です。

 

(アップルの、

スティーブ・ジョブズは、

自伝の中で、

LSD体験を、人生の最重要事に、

挙げています。

一方、実際問題、比喩的にいえば、

多くの人は、日々の中で、

赤いピルを得るチャンスに出遭っても、

青いピルを選んで、

眠りつづける人生を選んでいるのです)

 

さて、

赤いピルによらずとも、

変性意識状態(ASC)を誘発し、

この拘束的な知覚世界を

超脱していく手法は、

多様にあります。

 

体験的心理療法も、

そのひとつです。

(スタニスラフ・グロフ博士が、

LSDセラピーから、

ブリージング・セラピーに移行したように)

 

実際、

ゲシュタルト療法をはじめ、

体験的心理療法の多くの手法が、

強烈な変性意識(ASC)を創りだし、

内側から心身を解放し、

硬化した信念体系や、

知覚のコードを

熔解する効果を持っています。

 

体験的心理療法的な探求を、

実直に進めていくと、

心身が解放され、

エネルギーが解放・流動化されていきます。

 

身体の感受性が、

深いレベルで変わっていくのです。

知覚力が、鋭敏になっていきます。

変性意識(ASC)への移行や、

日々の気づきも、

ずっと流動化したものになっていきます。

 

そして、

私たちは、

旧来の硬化した世界を、

まったく別様に、

見ていることに気づくのです。

 

硬化した世界は、

単なる世間の信念体系、

後付け的に、既存の意味を再構成した、

「残像としての世界」にすぎず、

より、リアルな世界とは、

刻々に、

まばゆい息吹が流動する、

エネルギーの世界であると、

感覚できるようになるのです。

 

それは、あたかも、

映画の中で、

主人公ネオが、

腕を上げていくのにつれて、

マトリックスのつくり出す幻想世界よりも、

「より速く」

知覚し、動けるように、

なっていくのと同じです。

 

これらの体験についての、

映像表現は、

流動化し、透視力化していく、

知覚力の変容を、

うまく表現しています。

 

シリーズ一作目の終盤で、

あたりの風景やエージェントを

「流動するデータ」として

透視し、

エージェントに、

立ち向かいはじめる、

ネオの姿が、

描かれています。

 

映画のストーリーとしては、

自分の力の可能性を感じはじめるネオという、

覚醒的な場面でもあるのですが、

実際には、

たとえ、

特別な救世主でなくとも、

私たちの誰もが、

この洗脳的な表象世界を透視し、

それよりも、

「速く動き」

その支配を脱する力を、

持っているのです。

 

私たちに必要なのは、

単に信じることではなく、

心身と意識を解放していくこと、

そして、

その中で、

新たな知覚力を、

訓練・開発していくことなのです。

 

そして、

それは実際、できるのです。

 

 

※変性意識状態(ASC)への、より統合的なアプローチ・方法論は、

 拙著『砂絵Ⅰ  現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。



「変性意識と天国的身体」

「英雄の旅」とは

 

 







【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

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心身一元論的なアプローチⅡ

「心身一元論的・ボディワーク的アプローチ」より

 


②ゲシュタルト療法における心身一元論的開放

 

さて、ゲシュタルト療法の、

心身一元的論的なアプローチでは、

身体チャンネルを通して、

クライアントの意識しない多様な自我が、

表れてくることを見ました。

 

そして、

ボディ・シグナルを糸口に、

その多様な自我と、

コンタクトすること(技法)についてを見ました。

 

さて、そして、

ここからが重要なのですが、

ゲシュタルト療法においては、

その糸口から、多様な自我の、

深く十全な自己表現、

深い十全な感情表現というものを、

探っていきます。

 

意図せずに、

身体チャンネルに現れる自我とは、

未完のゲシュタルトとして、

やり残した仕事として、

抑圧されていた「自我」だからです。

そして、

その自我に、

十分な表現と存在の場を与えてあげることが、

必要だからです。

 

そして、その感情表現の際に、

この心身一元的な視点が、

とても重要になります。

 

ライヒが、

筋肉の鎧をもつ、防衛的な身体には、

十分な感情体験がないことに気づいたように、

十分な感情体験とは、

十分な身体的運動(表現)が、

ともなうからです。

 

そのため、

ゲシュタルト療法では、

クライアントの方の感情表現の際の、

身体として表現に注目します。

 

身体的な反応や、

ブロックが表れたりする際は、

さまざまなサポートを行ないます。

そして、十分な表出が、

行なわれるようにするのです。

 

そして、実際、

ゲシュタルト療法においては、

クライアントとして、

そのような、心身一元的な、

全身的な、表現活動を繰り返していると、

表現と感情の流れによって、

段々と、

身体のブロックが解除されてきます。

 

身体が変わっていくのが、

実感されます。

呼吸がなめらかになり、

喉や胸がひらき、

骨盤の詰まりがなくなります。

身体の感受性が高まります。

快楽の感度も高まります。

その結果、

使えるエネルギーが増大して、

エネルギッシュになります。

 

(また、目的ではありませんが、

―目的でもいいですが―

年齢も、若く見られるようになります)

 

このように、

体験的心理療法では、

心身一元論的なアプローチが多いのですが、

ワークの進展に従い、

心理的にも、

肉体的(物理的)にも、

全身的な開放が、進んでいくのです。

進化が、

分かりやすい所以です。

 

動画解説「心身一元論的アプローチⅠ」

動画解説「心身一元論的アプローチⅡ」

 

体験的心理療法

心身一元論的なアプローチ

ゲシュタルト療法

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心身一元論的・ボディワーク的アプローチ

①ボディワーク・セラピーの地平

 

ゲシュタルト療法の創始者、

フリッツ・パールズの教育分析を行なった、

ヴィルヘルム・ライヒWilhelm Reichは、

初期の精神分析運動を加速した重要人物です。

(パールズに、ライヒを薦めたのは、

カレン・ホーナイだったと言われています。

「あなたは複雑なタイプなので、

ライヒじゃないと理解できないかもしれない」と)

 

ライヒは、活動の初期から、

物議をかもす、

さまざまな先進的な知見を持っており、

その後も、キワモノ的な扱いや、

一部では、カルト・ヒーロー的な扱いもありますが、

現在においても、その考えのすべてが、

きちんとフォローされているわけではありません。

 

 

まず、ライヒは、

精神疾患において、

目立ったトピックとしての「症状」ではなく、

一見、見過ごされがちな、

「性格」という、

恒常的な運用システムについて、

早くから注目しました。

そこに、病理が、温存される「戦略」(性格戦略)を、

見抜いたのです。

 

近年、「人格障害」が、

精神疾患をはじめ、

社会のさまざまな場面で、

注目を集めるようになりましたが、

(そういう難治の事例が、増えているからですが)

この「人格(性格)」というものの運用を核とした、

システムへの洞察や、働きかけにおいても、

ライヒは、先見の明を持っていました。

「性格の鎧」とは、

彼が有名にした言葉です。

 

さらに、重要なのは、

この「性格の鎧」が、

平行して、

私たちの肉体の中に、

「筋肉の鎧」として、

存在していることに注目したことです。

 

生気のない目。

浅い呼吸。

悪い皮膚の色。

貧弱な手足。

こわばった身体の動作。

等々…

それらが、

防衛的な生活史によって、

つくりあげられた、

(「性格の鎧」とパラレルな)

「筋肉の鎧」だと、

気づいたのです。

 

そして、その肉体のブロック()、

緊張や硬化に、直接働きかけることが、

深い情動の解放を促し、

心理的な面からの解放と、

相乗効果を生み、

より一層、速く深い治癒効果となることを、

発見したのでした。

 

ここから、

ボディワーク・セラピーの、

大きな潮流が育っていくことになったのです。

 

ライヒの直弟子であった、

アレクサンダー・ローエンの、

「バイオエナジェティックス」では、

ライヒが発見した、

身体の特有のブロック箇所に、

直接働きかけるワーク/エクササイズと、

心理的な分析とを組み合わせた、

体系的なシステムを、洗練させました。

 

別章では、

呼吸と感情との関係について触れました。

人は、通常、呼吸を止めることによって、

感情の流れを止めます。

その結果、

筋肉は段々と「硬化」し、ブロックと化します。

そして、

感情の流れは、細くなり、

流れにくくなります。

生命力が、枯渇し、

精神に障害が現れます。

 

身体の特有のブロック箇所は、

背骨にそって流れるエネルギーを、

遮断するように、

背骨に対して、「垂直に」「切る」ように、

できてきます。

目、喉、胸部、骨盤等々にです。

そこに、直接的に働きかけていくのです。

 

 

②ゲシュタルト療法における心身一元論的開放

 

さて、ゲシュタルト療法の、

心身一元的論的なアプローチでは、

身体チャンネルを通して、

クライアントの意識しない多様な自我が、

現れてくることを見ました。

 

そして、

ボディ・シグナルを糸口に、

その多様な自我と、

コンタクトすること(技法)についてを見ました。

 

さて、そして、

ゲシュタルト療法においては、

その糸口から、

多様な欲求や自我状態の、

深く十全な表現、

深い十全な感情表現というものを、

探っていきます。

 

意図せずに、

身体チャンネルに現れる自我とは、

葛藤や未完了のゲシュタルトとして、

抑圧されてがちな、

欲求(自我)だからです。

そのため、

その自我に、

十分な表現と存在の場を与えてあげることが、

必要となります。

 

そして、

その感情表現の際には、

心身一元的な視点が、

特に重要になります。

 

というのも、

ライヒらが、

筋肉の鎧をもつ、防衛的な身体には、

十分な感情体験がないことに気づいたように、

十分な感情体験とは、

十分な身体的運動(表現)が、

ともなうものだからです。

 

そのため、

クライアントの方の感情表現の際に、

身体表現にも注目します。

そこに、十全でしなやか、

自己一致した表現があるのか、

確認します。
 

また、実際、

ゲシュタルト療法においては、

クライアントとして、

そのような、心身一元的な、

全身的な、表現活動を繰り返していると、

表現と感情の流れによって、

段々と、身体の緊張や硬化が解除されてきます。

 

身体エネルギーが流動化し、

身体が変わっていくのが、

実感されます。

使えるエネルギーが増大して、

見た目にもエネルギッシュになります。

 

このように、

ゲシュタルト療法は、

心身一元論的なアプローチであり、

ワークの進展に従い、

心理的にも、

肉体的にも、

全身のしなやかな解放が進んでいくのです。

統合の進化が、

物理的にも、分かりやすい所以です。

 

 【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

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へリンガーのファミリー・コンステレーション

ファミコン


バート・ヘリンガー氏の創始した、

「ファミリー・コンステレーション」は、

興味深い心理療法です。

 

「コンステレーション」とは、

配置、布置、星座という

意味であり、

ユング心理学などでは、

よく使われる言葉です。

 

ファミリー・コンステレーションは、

A・ミンデル博士の、

プロセスワークで行なう、

「ワールドワーク」の、

元ネタになったとも言われますが、

実際に、そのセッション(ワーク)を経験していくと、

個人と集団(集合)

または、

個人的なテーマと、

集団(集合)的なテーマとの間にある、

一種、不思議な、

エネルギー的な結びつきについて、

感覚的な体験を、

深めていくことができます。

 

 

①ワークの方法

 

通常、心理療法のワークでは、

セラピストが、

クライアントの方の主訴を聞き、

当然ですが、

クライアントと直接に、

何らかのやり取り、

働きかけを行なっていくことにより、

ワークを進行させます。

治癒のプロセスを促進します。

 

しかし、

ファミリー・コンステレーションにおいては、

まず、そこが違うのです。

 

セラピストが、

クライアントの主訴を聞いた後、

クライアントの家族や家系等について、

いくつかの質問を行ない、

そのワークで使っていく、

「登場人物」を、

幾人か選定していきます。

(多くは、家系に関係した、両親や親族です。

クライアントが、

実際に会ったことのない人物も含みます)

 

そして、クライアントに、

「本人(自分)役」も含めて、

その登場人物たちの「役」を演じてもらう人=「代理人」を、

ワークショップの参加者の中から、

直観で、選んでもらうよう、要請します。

 

クライアントは、

それぞれの役の「代理人」を、

自分の役も含めて、

数名(人数分)選び、

部屋の中の、ここだと思う場所に、

(登場人物たちの、「関係性」を、感じながら)

空間配置します。

 

そして、そこから、

面白いことですが、

セラピストと、

この代理人たちとによって、

代理人同士のやりとりによって、

ワークが、展開されていくのです。

 

そして、

クライアントは、

それを、横で見ているのです。

 

これは、

心理療法としては、

大変、奇妙な(異様な)光景です。

 

 

②ワークの展開と体験

 

さて、

代理人を演ずる参加者は、

通常、クライアントのことを、

ほとんど知りません。

そのワークショップの当日に、

会場で、初めて会ったからです。

 

しかし、

代理人として、

その、家族・家系関係の「場」の中、

「空間配置」の中に立つと、

他の代理人(家人)との関係が、

エネルギーの強弱、

快不快の身体感覚、

感情的な情報として、

なぜか、感じられてくるのです。

 

その情報を、手がかりに、

セラピストは、

代理人たちとやり取りを進め、

代理人たちに、

空間移動をさせ、

表現を促し、

代理人(家人)の、

からだの向き、

立ち位置や位置関係を、

さまざまに変えて、

調整していきます。

 

そのことにより、

その家系(家族)の、

正しい位置関係や、

その家系(家族)の中で、

排除した(欠落させた)人物やテーマを、

探っていくのです。

 

それは、あたかも、

家系(家族)の関係性自体が、

ひとつの生体として持っている、

自律的なエネルギーを、

ほぐし、伸ばして、

「整列」させるかのように、

展開していきます。

(これを「もつれを解く」と呼びます)

 

そして、ワーク(セッション)では、

その整列・展開の果てに、

クライアントを、

家系(家族)の配置の中に、

招きいれ、

その家族・家系の、

全体のエネルギーを、

正しく流れていくように、

調整していくのです。

 

クライアントに、

自己の家系の存在と、

そのつながりを理解してもらい、

自分の存在の位置を、

深く理解してもらうのです。

 

 

 

さて、

ファミリー・コンステレーションの、

ワーク(セッション)は、

通常の心理療法とは、

まったく進め方も、

体験の質も違います。

 

しかし、

クライアントにとっても、

役を演じた、代理人にとっても、

とても不思議な、

印象深い体験となります。

 

私たちの背後に生きている、

「家系のエネルギーの流れ」という、

よくわからない力が、

何らかのエネルギーとして、

存在していることを、

(自分たちに影響していることを)

体験する、

貴重な機会となるからです。

 

そしてまた、

そのようなテーマが、

一定の心理療法的なセッションの中でも、

実は、浮上していること、

そして、

関わっていくことができることに、

気づくからです。

 

それはまた、

セッションの新たな可能性を、

見出していくことにもなります。

ミンデル博士が、

ワールドワークを、

着想していったようにです。

 

実際、

筆者自身も、

その後の経験の中で、

ファミリー・コンステレーションで、

体験した要素は、

ゲシュタルト療法その他の、

セッションの中でも、

人物たちの場の配置や、

エネルギーの流れにより、

色々と現れていることを、

その後、確認していきました。

 

そして、

ファシリテーションの幅を、

広げていく霊感にもなったのです。

 

 

 

 

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エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅱ

スライド2

さて、

エンプティ・チェアの技法Ⅰ」では、

一番よく使用されるタイプの、

使用方法とその原理を、

見てみました。

 

誰か実在の人物を、

エンプティ・チェアに置いて、

その人物に、語りかけ、

伝いたいことを伝えたり、

また、相手になってみて、

その気持ちを探ってみるという、

形のものです。

 

また、これとは別に、

ワークが、進行する中で、

クライアントの方の中から出てくる、

心的欲求(感情)を、

エンプティ・チェアに、

展開していく手法があります。

これは、とても効果を発揮する技法です。

 

ここでは、それについて、

記していきましょう。

 

 

①「複数の自我」を知る

 

私たちは、

「複数の自我」を持っていますが、

ほとんど、それらを意識することなく、

生活していることを、別で、見ました。

 

そのため、

それらの自我が葛藤を起こし

私たちを苦しめていても、

その解決の糸口がつかめません。

私たちが、

「複数の自分」であることに、

「無知」であるからです。

 

ここにおいては、何よりもまず、

「真に知る=識る」ことが、

解決の入り口となります。

 

しかし、真に「知る=識る」とは、

「解釈=理論」を、当てはめることではありません。


「真に識る」とは、

対象との、存在的な同調・共振においてしか、

全身的な関わり・交わり(交感)の中でしか、

得られないものです。

それは、感覚的な把握に他なりません。

 

エンプティ・チェアの技法は、

「複数の自我」を、

直接に体験し、

それら自身になり、

それらを識り、

それらを生きることができるがゆえに、

大きな療法的効果となるのです。

 

 

②「複数の自我」を切り分け、取り出す

 

さて、私たちが、

「複数の自我」の存在に、

普段、気づけないのは、

それらが、よく「見えない=認知できない」からです。

 

それは、喩えると、

あたかも、濁った暗い水面から、

水面下の、

ぼんやりとした鯉(欲求、自我)の影を見ているようなものです。

 

それらを、ぼんやりと、

悶々とした情動の惑乱(衝動、圧迫)として、

感じているだけなのです。

 

エンプティ・チェアの技法は、

喩えると、この、

「鯉(欲求、自我)」を、一旦、

濁った暗い池から、

「澄んだ生け簀」に、移すようなものです。

 

そこにおいて、

私たちは、自分の中にある、

さまざまな複数の自我を、

目の当たりにすることができるのです。

そして、

それらを、直接見ることや、

体験することが、

できるようになるのです。

 

実際の使用場面でいうと、

ワークを展開していく中で、

クライアントの方の中に、

2つの自我の葛藤を見出すことがあります。

それは、

胸の前で、両手を合わせて、

ギューと押しあっている感じです。

 

または、

クライアントの方が、

ある感情を表現しようとしている時に、

「ノイズ」のように、

それを妨げる力(存在)を感知する場合があります。

 

そのような場合に、

クライアントの方に、

それらの存在を指摘し、

それらを、椅子に、

ロール()として、

分けて(置いて)みることを、提案していきます。

 


スライド1

 

②各「自我」を生ききる

 

葛藤がある場合、

それは、例えば、

胸の前で、両手を合わせて、

「押しあっている」ような感じとしました。

 

この状態は、それぞれが、

相手を押しているので、喩えると、

二人が「同時に」しゃべっているようなもので、

騒音(欲求・感情)が混じりあっていて、

それぞれの欲求(感情)や、

自我の言い分は、

よくわかりません。

 

さて、

「押しあっていた両手」の、

片方の手を、いきなり外すと、どうなるでしょう?

 

つっかえがはずれて、

もう片方の‎手の力が、バーンと出ます。

 

ロール()を分けるとは、そのようなことです。

 

クライアントの方に、

それぞれのロール(役)に分かれてもらい、

片方の自我の妨げを取り除いた状態で、

もう片方の自我そのものになってもらうのです。

 

そうすると、

葛藤の時には、体験もできなかったような、

各欲求(自我)の存在が、

バーンと、表に出てくるのです。

 

そして、

クライアントに、それぞれのロール(役)に、

代わりばんこになってもらい、

欲求(自我)同士の対話を、進めもらうのです。

 

さて、実は、

各欲求(自我)は、お互い、

相手に言いたいことがあったために、

相手の存在を妨げるという事態が、

起こっていたのです。

 

そのため、

クライアントの方には、

ロール()を分けた状態で、

まず、

それぞれの欲求(感情)の状態を、

十二分に体験してもらいます。

その欲求(自我)が、「何者」であるのかを、

全身全霊で、理解・認識してもらいます。

 

そして、その上で、

欲求(自我)同士の対話を進めてもらうのです。

 

そして、

お互い相手の言い分を、

十分認められるようになると、

葛藤はなくなり、

それぞれの欲求(感情)が、

自分自身になり、

各々で、並存できるようになるのです。

 

相手の欲求(自我)は、

敵やライバルではなく、

別の機能をもった仲間であると、

分かるようになるからです。

 

さて、エンプティ・チェアの技法を使った、

ワークは、大体、このような形で、

展開します。

葛藤→分離→対話→統合のプロセスを、

たどっていくのです。

 

エンプティ・チェアの技法は、

ゲシュタルト療法の代表的なテクニックですが、

大変、有効な技法であり、

単なる心理療法にとどまらない、

応用的な活用が、

可能な手法ともなっているのです。



↓実際のセッション(ワーク)は

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・セッション(ワーク)の実際

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※エンプティ・チェアの技法について、

 もっと知りたい方は、専門姉妹サイト

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エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決 ネガティブな感情の扱い方

ボディ・シグナルへの介入

夢のワーク

巡回対話の技法

 

 

ゲシュタルト療法 【基礎編】

ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル

気づきの3つの領域

やり残した仕事

複数の自我(私

心身一元論的なアプローチⅠ

心身一元論的なアプローチⅡ


 

【実践・技法編】

ワークとはⅠ 目的と効果

ワークとはⅡ 過程と構造

ワークとはⅢ 創造的解決法

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅱ

ボディ・シグナルへの介入

夢のワーク

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心理学的な人格統合

 

セッション(ワーク)の実際

 

【応用編】

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葛藤解決 ネガティブな感情の扱い方

 

【その他】

心理学的変容のマッピング

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「英雄の旅」とは

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エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

さて、

エンプティ・チェアの技法」は、

心理療法の世界では、

ゲシュタルト療法といえば、

すぐに、

エンプティ・チェアの技法が、

想起されるほどに、

ゲシュタルト療法の

イメージとなっているものです。

 

エンプティ・チェアの技法は、

いろいろな場面において、

療法的な威力を発揮します。

 

一番、多く使用される方法は、

誰か実在の人物を、

エンプティ・チェアに置いてみて、

(居ると仮定して)

その人物に、語りかけ、

伝いたいことを伝えるというものです。

また、相手になってみて、

その気持ちを探ってみるという、形のものです。

 

この技法を、少し見てみましょう。

 

 

原理

 

さて、

「投影」の章では、

私たちが、普段、

心的内容を、

外部世界に投影して、

物事を捉える仕組みを、

見ました。

エンプティ・チェアの技法は、

この原理を応用したものです。

 


 

②技法と手順

 

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法は、

クライアントと、

ワークを進めるなかで、

クライアントの方にとって、

「或る人物との関係性」が、

重要なテーマであると、

また、

強い感情的な価値を有していると、

判断された場合に、

まず、提案される技法のひとつです。

 

(1)まず、

クライアントに、

空いている椅子や座布団に、

その人が居ると仮定してもらいます。

 

(2)次に、

その人に、言いたい事を伝えてもらいます。

 

さて、

簡単に書きましたが、

架空の劇にもかかわらず、

このようなこと自体が、

クライアントの方にとって、

心の負担となる場合もあるので、

慎重なやり取りや、

場の設定が必要なのです。




 というのも、この原理は、

上の図のようになっているからです。

 

つまり、

椅子に置く、「その人物」とは、

実は、クライアントの方の心的欲求、

そのものだからです。

 

仮に「人物A」を置いた場合、

そこに、クライアントが見ているのは

自分の心的欲求A(自我A)そのものなのです。

 

そして、この場合、

人物A=心的欲求Aとの「関係性」において、

自分を、ただちに、

心的欲求C(自我C)と同一化します。

 

ポイントは、ここです。

 

心的欲求ACとの関係性(=カップリング・非対称性)のなかで、

自己のアイデンティティが、

規定されてしまう(しまっている)のです。


これが、

普段の人間関係(性)のなかでも、

私たちが、

不自由になっている(しまう)理由です。

私たちは、

他人に拘束されているのではなく、

他人に投影している、

自分自身の心的欲求の構造に、

拘束されているのです。

(有名な、

トップドッグ(超自我)とアンダードッグ(エス)カップリング、

加害者と被害者のカップリングも、

心の非対称的な構造として、

クライアントの方の中に、

存在しているのです)

 

なので、無意識にある、

この心的欲求(自我)ACとの関係性を、

十分に意識化することや、

その硬化した非対称性(葛藤)を、

変化させることが必要なのです。

 

そのためには、

この非対称性の拘束のなかで、

過度に充電されてしまっている情動を、

解放することが必要なのです。

そうしなければ、

十分な自由や、

気づきawarenessの水準を、

得られないのです。

 

今同一化しているCになった場合は、

そこでの、情動を、メッセージに含めて、

十分に、余すところなく、

Aに表現・伝える必要があります。

(希望、願望、恐れ、不安等々も含め)

それが、自我cの十全な表現となり、

十全な存在を、導くのです。

 

ここで、
「自我C」に充分、

同一化できていなく、

情動が十分に表現されない場合は、

「自我C」は、

「自我C」ではなく、

「自我C(-A)」のように、

「Aの存在に毀損されたC」の存在に、

とどまってしまうのです。

ここには、注意深い観察が必要です。

 

 

(3)役割交替

 

さて、次に、

クライアントの方に、

Cから、Aの椅子(位置)に、

移動してもらいます。

 

すると、

クライアントの方は、直ちに、

心的内容(自我)Aに同一化します。

 

この原理は、催眠で言うところの

アンカリングです。

 

先ほどのCの役の時に、

Aの椅子に、心的欲求(自我) Aを投影していたので、

Aの椅子に、座った時に、

直ちに、Aに同一化するのです。

 

逆に言うと、Cの時に、

Aの椅子に、心的欲求(自我) Aを、

クライアントの方が、

十分に投影できているかが、重要な点です。

この投影が、十分でないと、

椅子を代わったところで、

十分にAに同一化することができないからです。

そして、

この同一化を通して、

クライアントの方は、

その自我の欲求や情報を、

得ることができるのです。

 

なので、

ファシリテーターは、

クライアントの方が、

それぞれの役の時に、

その心的欲求(自我)に、十分に(混じり気なく)

同一化できているかを、

きちんと、確認しなければなりません。

もし、そうでない場合は、

別の心的欲求(自我)が、

そこに存在している可能性もあるので、

場合により、

「別のアプローチ()を、

導入検討しないといけないかもしれません。

 

 

(4)役割交替の繰り返し

 

さて、そして、
この役割の交替を、何度か繰り返します。


すると、
同じ意識が、
各自我に同一化していくことで、
情報が分断していた、
非対称的なAとCの間に、
情報の流通がつくりだされます。
対称性が生まれだします。

役割交替を繰り返すのは、
心的内容の非対称性とは、
クライアントの方の中で、
信念(ビリーフ)や情動として、
強くロックされているので、
なかなか、
それぞれの自我の深いところに、
同一化をすることが、
できないからです。

役割交替を繰り返すことで、
エネルギーを流動化させて、
拘束性を熔解しないと、
各自我単体に、
なかなか同一化をすることが、
できないからです。

そして、十分に、
心的欲求AとCを同一化して、
体験した後に、
クライアントの方自身が、
自分が、外部世界や人物に投影していた、
心的欲求AとCのあり様に、気づくのです。

 

クライアントの方が、

実在するAさんに投影していた、

心的欲求Aを、

自分でも、

アハ体験のように気づき、

驚くのです。

幻想が晴れたように、

すっきりした感じを得ます。

そして同時に、

実在するAさんに投影していた、

心的欲求Aが、

自分自身のパワーであったことに気づき、

それを、我が物とするのです。

 

さて、以上が、

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法の、あらましです。

 

この技法は、さまざまな活用場面を持っており、

また、その効果も絶大です。

そのため、ゲシュタルト療法を超えて、

色々な流派でも、採用されることになったのです。



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変性意識状態の治癒効果

さて、

変性意識状態(ASC)について、

興味深い点は

変性意識状態それ自体が、

大きな治癒(癒し)効果を、

持っているという点です。

 

変性意識状態においては、

普段、顕在化していなかった、

エネルギー、深い感情、微細な情報が、

意識でも、とらえられるようになります。

意識とそれら情報の間に、

交流が可能となるためです。
 

その結果、

通常の日常意識状態においては、

硬化し、滞っていた、

エネルギーや、深い感情、生命情報が、

滑らか、かつ、速やかに、

流れるようになるのです。

 

その状態は、同時にまた、

心と肉体の潜在能力が、

深いレベルから解放された状態です。

 

その状態の中では、

心身の自然治癒プロセスが、

自律的に活性化して来て、

私たちを、再編成します。

それ故に、

変性意識状態(ASC)が、

治癒作用を持つものとなるのです。

 

例えば、

「ブリージング・セラピー」などは、

呼吸法を利用した、

心身の深いプロセスを活性化するだけの、

方法論ですが、

変性意識状態(ASC)の作用によって、

大きな治癒効果を発揮することとなるのです。

ブリージング・セラピー参照

 

そのため、

意図的に、

変性意識状態(ASC)に入るスキルを、

身につけることは、

心理的な治癒においても、

能力・創造力開発面においても、

ともに効果的な事柄と、

なっているわけです。

 

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ゲシュタルト療法【実践・技法編】

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体験的心理療法

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野生と自然

 

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野生と自然

 

◆自然と私たち

 

さて、

ゲシュタルト療法や、
体験的心理療法などの、
心理的な探究を長年つづけて、

心身がほぐれていくと、

意識の可動域が拡大し、
個人に限定されない、
さまざまな領域にまで、
自己の範囲が、

広がっていくこととなります。

 

そのことは、やがて、

「自然」というものに対する、

私たちの関係を変えていくことにもなるのです。

 

このことは、

人間関係(関係性)だけを突き詰めていくことによって、

しばしば行き詰ってしまう、

従来的な心理療法に対する、

別種の観点としても、意味を持って来るのです。

精神科医の加藤清は言っています。

 

「もしクライエントとセラピストとの関係、

人間の関係だけであれば、

場の基底がもうひとつ弱い。

そこに、ディープ・エコロジカルな基盤があってこそ、

出会いが成立する。

人間と人間との出会いは同時に、

自然とクライエントとセラピストの出会いでもある。

魂の出会いといってもいい」

(加藤清、上野圭一『この世とあの世の風通し』春秋社)

 
 

ところで、
心身一元論的なボディワーク・セラピー
ブリージング・セラピーなどの、

体験的心理療法の中では、

肉体という領域への、

感受性を深めていくため、
私たちが自然の生物として持っている
深層的な能力についても、
各種の気づきがひろがっていきます。

 

また、グループワークを主体とする、

体験的心理療法では、
仲間との協働で、セッションを進めるため、

私たち自身の「群れ(集団)」としての側面について、
新たな気づきの洞察が深まっていきます。

 

実際、グループ・セラピーの現場では、
しばしば、ありえないような形で、
人々の心の共振・共鳴が生じます。

それは、物理的な共振・共鳴とまったく同様です。

 

そこにおいて、私たちは、

意識や感情エネルギーの物質的的な基盤について、
深い感覚的な理解を得ていきます。


◆人間種を超えて

 

さて、このような「つながり」の感覚は、

その感受性を延長していくと、

人間共同体(家族、仲間、社会)を超えて、
自然や大地、動植物、鉱物にまで、

およんでいくこととなります。

知覚力や心が、研ぎ澄まされ、

身体として浸透していくかのようです。
これらは知的なものとしてではなく、
直接のつながりの感覚として、

得られていくのです。

 

 

◆シャーマニズム的な姿勢

 

ところで、自然とじかに交わり、
大地との交感を深めていくといえば、
伝統には、それはシャーマニズムの領域と、

重なっていくことともなります。

そのため、当スペースでは、

心理療法に基盤を置きつつも、

そのような観点から、

これらの取り組み全般を、

シャーマニズム的な姿勢であると、

見なしているのです。


 

 

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ブリージング・セラピー(呼吸法) BPM

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H.R.ギーガー


ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰでは、

スタニスラフ・グロフ博士の、

「ホロトロピック・ブレスワーク」の

実際のセッション体験について記しましたが、

この理論の前提となっている、

「分娩前後マトリックス」について、

ここでは少しご紹介しましょう。

 

※S・グロフ博士の『脳を超えて』

(吉福伸逸他訳 春秋社)という大著があります。最下部の一覧表は、同書からの引用です。

 

 

◆「出生外傷(バース・トラウマ)」の発見

―「分娩前後マトリックス」

 

博士は、当初、LSDを使った心理療法を行なっていましたが、

クライアントとの、数千回にわたる、LSDセッションを行なう中で、

人間の深層に、「出生外傷(バース・トラウマ)」が、

存在することを発見しました(そう判断しました)。

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof

 

人間が、

「胎児として、子宮から、膣道を通って、出産される」

という強烈な体験過程の記憶です。

それがLSDセッションでは、

回帰(再体験)して来ることになります。

 

これを、グロフ博士は、

これを、基本的分娩前後マトリックス

BPM Basic Perinatal Matrix)として、

体験のフェーズごとに、

BPMⅠ~ BPMⅣまで、

4つに分けて、詳説しています。

 

そして、それらが。

「原トラウマ」として、

その後の人生に大きな影響を与えていることと、

考えたのです。

それらは、

精神障害で現れるタイプ・傾向から、

日常生活での好み嗜好/強迫観念、

性的な好み嗜好まで、

その人を貫く大きな要素として、

存在しているという仮説です。

 

 

BPMⅠ 母親との原初の融合

 

最初のフェーズです。

これは、胎児が、母親の子宮の中に、

たゆたっている状態です。

子宮内が、良好な状態であれば、

これは、安逸の体験です。

子宮内が、胎児にとって、

不愉快な状態であれば、最悪の体験です。

胎児にとっては、子宮内が、

宇宙そのものであるからです。

 

 

BPMⅡ 母親との拮抗作用

 

やがて、出生の時期を迎えます。

胎児は、子宮口に吸い込まれていく体験に入ります。

胎児にとっては、危機的な状況です。

窒息や吸引など、様々な脅威が、

この体験過程の表象となっています。

 

 

BPMⅢ 母親との相助作用

 

産道・膣道を通って、出産される場面です。

胎児は、膣道の万力のような圧倒的な力に、

自己が、押し潰されそうになる脅威を感じます。

膨大なエネルギーが、発散・放出されます。

同時に、ぞっとするような性的でもある、

火山的エクスタシーを体験することもあります。

 

 

BPMⅣ 母親からの分離

 

実際に、出産されて、

母親の外に出る体験です。

恐ろしい苦難の後の、

突然の解放体験となります。

 

 

さて、以上のような4つのフェーズが、

原型的な体験となって、

私たちの心身の底に巣食い、

その後の人生に与えるというのが、

この仮説です。



※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著 『砂絵 現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい。



 

 
ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰ


【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

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野生と自然

 

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グロフ『脳を超えて』(春秋社)より
BPM1sBPMs2
BPMs3
BPMs4


 

ブリージング・セラピー(呼吸法)事例

ここでは、

「体験的心理療法」の典型として、

「ホロトロピック・ブレスワーク」と、

その事例を紹介したいと思います。

その治癒的な効果と、

変性意識状態の有り様が、

よく分かると思われます。

 

ブリージング(呼吸法)を使ったセラピーは

各種あります。

呼吸は、私たちの意識と無意識をつなぐ、

とても重要な媒体(要素)であり、

そのため、古今東西の瞑想技法でも、

重視されているものです。

 

たとえば、私たちは、日頃よく、

「呼吸」を止めることで、

「感情」を抑制しようとします。

「息を止める」というやつです。

 

現代人にとって、これは、

子供の頃からの習い癖となっていて、

そのため、肉体自体(肺や横隔膜)が硬化して、

呼吸が深くできないという人がいます。

 

しかし、そのことによって、

その人は、

「生々しい感情」から、守られているのです。

その一方で、

生命力の不足に悩まされたりもします。

 

そのため、

呼吸をなめらかに滞りなく流すこと自体、

感情を、なめらかに流していくことにつながります。

(各種のボディワーク・セラピーにおいては、

身体の硬化したブロックを、

直接的に、ほぐしていくことで、

このプロセスを促進していきます)

 

自分の感情を抑え、コントロールすること

習い癖にしている人は、

感情を深く体験することに恐怖を感じます。

また、呼吸の開放によって、

感情のコントロールを失うんじゃないかと

恐れを抱きます。

 

しかし、心配は要らないのです。

そういう人は、

穏やかな呼吸法を使った瞑想法を、

まず実践されるといいのです。

感情の開放と、

呼吸のコントロールとのつながりを見出し、

自分の新たな力の可能性に、

気づくことができます。

 

さて、ブリージング・セラピーでは、

このような呼吸の特質を使って、

心の深層の次元に、アクセスしていく、

強力なメソッドなのです。

 

 

◆ホロトロピック・ブレスワーク

 

「ホロトロピック・ブレスワーク」とは、

スタニスラフ・グロフ博士が、開発した、

ブリージング・セラピーです。

グロフ・ブリージング、ホロトロピック・ブリージングとも、

呼ばれたりします。

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof

博士は、当初、

合法だったLSDを使った心理療法を行なっていましたが、

LSDに法的規制が加わった後、

ブリージング・セラピーでも、

同様の内的プロセスを促進できることを発見し、

その方法論を体系化したものです。

詳しくは、

S・グロフ博士の『自己発見の冒険』

(吉福伸逸他訳 春秋社)などに、

詳しい記述がありますで、そちらをご覧下さい。

 

ここでは、ポイントだけを記してみいきます。

 

①セッションの方法

 

1セッションで、

1時間から数時間かけて行ないます。

 

セッションは、二人一組になり、

中心のクライアント(ブリーザー)と、

サポートする「シッター」と役割を決めて、

行ないます。

 

クライアント(ブリーザー)が、行なうことは、

セッションの間の数時間、

大音響で、音楽が流れる中、

ただ、「過呼吸」を行ない、

生起して来る内的プロセスに、気づきをもって、

身を委ねるだけです。

プロセスは、自然に生起してきます。

その中で、

起承転結が、自然に起こるのです。

 

 

②内的プロセス セッションの経過

 

グロフ博士は言います。

 

「たいていの場合、ホロトロピックな体験は、

オルガスム曲線を描き、感情のもの上がりとともに、

身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、

突如の解決に導くといった経路をたどる」(前掲書)

 

この内的・現象的・症状的な経過は、

とても自然な流れで起こり、

私たちの内部の〈自然〉の圧倒的な自律性(知恵)を

感じさせる類いのものです。

 

セッションの間は、

主観的には、この体験が、

どこに向かうのか、何が起こるのか、

まったく予測がつかない状態ですが

症状や体験過程が、ある程度、進行して来ると、

そのプロセスに無理がなく、

私たちの経験的な体感覚とマッチしていることもあり、

とりあえずは、その過程の行く末に、

任せてみようという気になってきます。

 

 

◆「出生外傷(バース・トラウマ)」

―「分娩前後マトリックス」

 

「出生外傷(バース・トラウマ)」は、

フロイトや弟子のオットー・ランクらが、

人間の深層にあるトラウマとして、指摘していたものです。

しかし、その指摘は、どこか暗喩的なニュアンスがありました。

 

グロフ博士は、

クライアントとの、数千回にわたる、

LSDセッションを行なう中で、人間の深層に、

文字通りの物理的・体験的記憶として、

「出生外傷(バース・トラウマ)」が、

実際に存在することを発見(判断)しました。

 

クライアントの、

「胎児として、子宮から、膣道を通って、出産される」

という物理的な体験の記憶です。

 

これを、グロフ博士は、

基本的分娩前後マトリックス

BPM Basic Perinatal Matrixとして、

BPMⅠ~ BPMⅣまで、

4つのフェーズに分けて、詳説しています。

 

実際の、「産道体験」である同時に、

その、それぞれのフェーズに、

特徴的な存在状態の解説となっており、

そして、どのフェーズで、

トラウマな固着をもった場合に、

人生で、どのような傾向の問題(妄想)を

引き起こすかを、体系化したのです。

 

 

◆体験例                    

 

ここでは、

筆者の体験を引用しておきましょう。

ブリージング自体は、

過去に何回も、行なっていますが、

ここでは、はじめて、

顕著な体験をした時のものを、

拙著の『砂絵Ⅰ』より引用しておきます。

 

この時点で、既に何回か、ブリージングは、

行なっていましたが、

これといって、

特別な体験は何も起こっていなかったので、

この時も、さしたる期待もなく、

セッションを始めたのでした。

 


「……………………………
………………………
…………………

いつものように、
音楽に気を紛らわし、
過換気呼吸に、
集中していく…

過換気自体は、
不快なだけ、
苦しいだけ、
といってもいい…

探索するよう、
手さぐりするよう、
感覚と手がかりを求め…
呼吸を続けていく…

…………
………………
熱気が高まってきて…
顔や皮膚に、
ちりちりと、
蟻が這うよう、
痒さが走る…

茫漠とした不安に、
さきの見えない、
不快感が、
つのっていく…

呼吸に集中し…
気づきを凝らし…
内側から、
深層のプロセスが、
生起して来るのを、
見つめている…

光の斑点が、
眼の裏に、
交錯し、
輪舞する…

どのくらい、
経ったのか…
汗ばむ熱気の中、
苦しさは薄まり…
痺れとともに、
遠いところから、
満ちて来る、
生理の、
深いざわめきに、
気づく…

呼吸を続け、
その波を、
増幅し、
持続させることに、
集中する…

いつものよう、
手足のさきが、
痺れはじめ…
熱気の中、
斑らに現れる、
奇妙な汗ばみ…
冷たさの感覚… 

とりとめのない、
記憶や映像が、
夢の破片ように、
去来する…

どこへ向かっているのか、
予想もつかない…
しかし、
何かが、
満ちて来る気配…

内側の遥かな底に、
荒れ騒ぐよう、
何かが高まり、
生起する感覚…

呼吸を続け…
意識が、
途切れがちになる…
呼吸を保ち…
意識をただし…
気づきを凝らし…

………………………
………………
…………

どのくらい、
時間が経ったのか…
明滅する意識の向こうに、
ふと気づくと、
そこに、

「胎児である自分」

がいたのである…

それは、
記憶の想起ではなく、 
今現在、
今ここで、
「胎児である自分」
なのであった… 

感じとられる、
肉体の形姿が、
からだの輪郭が、
いつもの自分とは、
完全に違っている…

巨大な頭部に、
石化したよう、
屈曲した姿勢…
激しく硬直する、
腕や指たち…

手足のさきが、
堅く曲がり、
樹木のよう、
奇妙な形に、
ねじくれている…

からだ全体が、
胎児の形姿、
姿勢である…

そして、
気づくのは、
今ここに、
自分と重なって、
「その存在がいる」
という、
圧倒的な、
臨在の感覚である…
その存在の、
息吹である…

それは、
自分自身である、
と同時に、
かつて、
そうあったであろう、
「胎児である自分」
との二重感覚、
だったのである…

「いつもの自分」
の意識と、
「胎児である自分」
の感覚(意識)とが、
二重化され、
同時に、
今ここに、
在ったのである…

分身のよう、
多重化された、
肉体の、
感覚の、
意識の、
圧倒的に、
奇妙な現前が、
在ったのである…

そして、
ふと気づくと、
手足は、
異様なまでの、
硬直の激しさである…

その筋肉の凝縮は、
普段の人生の中では、
決して経験しない類いの、
岩のような硬直と、
巨大な圧力である…

自分の内部から、
このように、
途方もないエネルギーが、
発現している事態に、
驚いたのである…

肉体の深い層から、
生物学的で、
火山的なエネルギーが、
顕れていたのである…

………………
…………

何の感覚か…
まとわり、
ぬめるよう密閉感… 
粘膜のよう、
煩わしい、
冷たい汗ばみ…
奇妙な匂い…

内奥に、
深く凝集し、
細胞的に遅延する、
時間の感覚…
生理的な、
生物的な、
渇き…

胚のよう、
種子のよう、
濃密に凝縮する、
発熱の、
震え…

暗闇に、
ぼうと浮かぶ、
輝くような、
始源の感覚…
宇宙的な、
未明の、
けはい…

肉と骨の奥処に、
岩のよう、
苛烈な硬直の、
軋み…

烈火のよう、
力のエネルギーが、
尽きることない、
火力が、
終わることなく、
滾々と、
放出されていたのである…

………………………………
………………………

 

 

さて、このセッションは、

「胎児のとしての自分を見出し、体験する」

ということを体験の絶頂として、

身体の猛烈な硬直も、それ以上には進まず、

終息に向かっていきました。

 

主観的には、

この胎児との遭遇は、

大きな感情的なインパクトを持ちました。

生命の自律性に対する畏怖の感覚や、

その原初の輝きを、

目撃し、同一化する体験となったのです。

 

 

◆体験の後

 

さて、このセッションの目覚しい効果は、

その翌日に、すぐ現れました。

 

肉体の深層に埋め込まれていた、

硬化した緊張が無くなり、

膨大な量のエネルギーが、

解放されていたのでした。

そして、逆算的に、

昨日まで、そのような膨大なエネルギーの、

圧迫を抱えて生きていたことに、

その朝、気づいたのです。 

 

普段、そのようなことは、

意識もしていませんでしたが、

無くなってみてはじめて、

心身の深層に、

そのような苦しく重圧的なプログラムが、

埋め込まれていたのに、

あらためて気づいたわけでした。

 

そして、自分がすでに、

「解放された存在」になったことに、

あらためて感じ入ったわけでした。

 

 

※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい。




 

 

ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅱ BPM

→変性意識の治癒効果
 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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体験的心理療法とは はじめに

当スペースで、

「体験的心理療法」と呼んでいるものは、

主に、1960年代に、

米国西海岸を中心に広まった

心理療法のタイプの一群です。

 

当スペースの中心技法である、

ゲシュタルト療法エンカウンター・グループ

ボディワーク・セラピーや、ブリージング・セラピーなどが

代表的なものです。

また、当時の普及のメッカとしては、

エサレン研究所 Esalen Instituteなどが

知られています。

 

エサレン研究所の所長、

マイケル・マーフィーは、

その活動初期に、

エンカウンター・グループを体験し、

これは、「サイケデリック物質と同じくらい、

人を恍惚とさせるものだ」と感じたようです。

そして、これを、

「新しい、アメリカのヨガであり、

個人と宇宙とを結合する道だ」

と思ったようです。

(W・T・アンダーソン 『エスリンとアメリカの覚醒』 誠信書房)

 

そして、実際、

この地から、

心理療法の新しい潮流も、

ひろまっていったのでした。

 

「私は、以前より、開かれ自発的になりました。

自分自身をいっそう自由に表明します。

私は、より同情的、共感的で、忍耐強くなったようです。

自信が強くなりました。

私独自の方向で、宗教的になったと言えます。

私は、家族・友人・同僚と、より誠実な関係になり、

好き嫌いや真実の気持ちを、

よりあからさまに表明します。

自分の無知を認めやすくなりました。

私は以前よりずっと快活です。

また、他人を援助したいと強く思います」

(ロジャーズ『エンカウンター・グループ』畠瀬稔他訳/創元社)

 

エンカウンター・グループ体験者の言葉です。

このような、心のしなやかさや感度の獲得は、

どのような体験的心理療法を体験したとしても、

それが、充分に深められた場合には、

おおよそ、共通している要素です。

 

ゲシュタルト療法エンカウンター・グループは、

実際に表現してみることや、

人間相互のやりとりを通して、

知的な解釈ではない、

深い感覚(感情)的体験を、

直接経験していきます。

 

ボディワーク・セラピーや、

ブリージング(呼吸法)・セラピーは、

身体に直接働きかけ、

そこから出発することで、

知的に乖離しているクライアントの、

存在の深部から、

直接に作用をさせます。

その分、効き方も、

強いもの(強度の体験)になります。

そのことにより、

深部の心理プログラミングを、

書き換えていきます。

 

知的なフィルターのせいで、

袋小路に陥ってしまっている、

現代人の多くにとっては、

めざましい自然治癒を活性化させる、

有効な療法でもあるのです。

 

また、体験的心理療法は、

深部からの心身一元的な領域で、

開放を促すため、

意識の多様な領域を、

開示することにもなります。

 

変性意識状態へのアクセスにおいて、

特に、実践的で、

有効なアプローチとなっています。 

 

筆者自身、実際に、

さまざまなセッションを体験してみて、

そのめざましい効果や、

体験世界のひろがりに、

圧倒されたのでした。

また、自分が自発的に持っていた、

変性意識状態を理解する、

方法論であることを、知ったのでした。

 

 

現代の日本では、

体験的心理療法は、

あまり一般の認知がなく、

場合によっては、

自己啓発セミナーなどと混同されてしまうという、

残念な結果となっています。

 

当スペースでは、

ゲシュタルト療法の他に、

周辺領域にある、

さまざまな体験的心理療法の、

知見や技法も活かして、

心の悩みの解決や、

潜在的力の開発に、

役立てています。

 

(スタニスラフ・グロフ博士のインタビュー

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof 

「ワーク」とはⅠ 目的と効果

ゲシュタルト療法では、

クライアントとファシリテーターが行なう

セッションのことを、

ワーク work と呼びます。

そこで、

なんらかの悩みや課題を

解決することを目指します。

 

米国由来の体験的心理療法では、

クライアントとして、

セッションをすることを、

大体、「ワークする」と呼びます。

 

ゲシュタルト療法は、

基本的には、

グループ・セラピーなので、

ワークを希望するクライアントが手を挙げて、

ファシリテーターと、

皆の前で、ワークをします。

 

個人セッションの場合は、

二人で行ないます。

1回のワークは、

大概30分~90分位かけて行ないます。

 

※実際のワークのイメージをつかむには、

セッション(ワーク)の実際」をご覧ください。

 ここでは、より原理的、構造的な解説となります。 

 

それでは、

ワークの目的と、その効果について、
見てみましょう。
 

◆ワークの目的① 「未完了の体験」の完了

最初のところで、

ゲシュタルト療法の基本概念として、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」

見ました

 

そして、人は、

その欲求充足の過程の中で、

強度の欲求不満を持つと、

「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」が、

心の中に、

残ってしまうということについて、

触れました。

 

そして、そのことが、

私たちの中に、

苦痛を生み出し、

人生を生きていく上での、

欲求や行動の制限、

生きづらさを、

つくり出しているということです。

 

さて、

ゲシュタルト療法のワークの、

第一の目的は、

この「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」を、

ワークの中で、

「完了させる」ことにあります。

 

ワークの展開の中で、

たどりつき、発見した、

「やり残した仕事」「未完了の体験」を、 

場面設定により、

「その時やれなかったことをやる(行なう)」ことによって、

完了(充足)するのです。

そのことにより、

緊張し鬱積していた強い情動が、

弛緩・解放され、

心理的なプログラミングが、

書き換えられるのです。

 

 

◆ワークの目的② 「葛藤状態」の解消

さて、別のところで、

私たちの内部にある「複数の自我」が、

葛藤・対立する意図を持つことによって発生する、

「葛藤状態」についても見ました。

このことにより、

私たちの中に、

生きづらさの苦痛が、

生じているのです。

 

さて、ワークの、第二の目的は、

この「葛藤状態」を解消することです。

 

エンプティチェア(空の椅子)の技法などを使い、

「複数の自我」を、

複数の椅子に分けて配置し、

それぞれの自我同士の対話・交流を、

行ないます。

 

そうすることで、

分裂・対立していた自我の間に調整がはかられ、

「葛藤状態」が、解消されていくのです。

葛藤解決の記述

 

 

◆ワークの効果

未完了のゲシュタルトが完了すると、

そこ(自我・心的複合体)に、

閉じ込められていた、

膨大なエネルギーが解放されます。

 

また、心の断片化が解消されることで、

そこに付随する「葛藤状態」がなくなります。

  

そのため、葛藤状態により、

いつも内的摩擦として消費していた、

膨大なエネルギーのロスがなくなるのです。

 

そのため、

主観的には、高揚感や、

エネルギーが増大した感覚を得ます。
 

実際、心の断片化の解消は、

身体エネルギーの流動性を高めるので、

実際、物理的にも、体力(エネルギー)は高まるのです。

 

また、認知の歪みや制限

拘束性のタガを緩めるので、

物事を見る際の囚われがなくなり、

創造性おいても

明らかな拡張を得るのです。

 

また、

葛藤状態という内的分裂が減った分、

統一した自己として、

主体的な力の獲得の感覚を得ます。

その結果、

生きること全般に、

積極的、肯定的になれます。

 

そして、これらは、

恒久的な効果として現れます。 

 

次の、エンカウンター・グループ経験者の言葉が、

このあたりの消息を、よく伝えています。

 

「私は、以前より、開かれ自発的になりました。

自分自身をいっそう自由に表明します。

私は、より同情的、共感的で、忍耐強くなったようです。

自信が強くなりました。

私独自の方向で、宗教的になったと言えます。

私は、家族・友人・同僚と、より誠実な関係になり、

好き嫌いや真実の気持ちを、

よりあからさまに表明します。

自分の無知を認めやすくなりました。

私は以前よりずっと快活です。

また、他人を援助したいと強く思います」

(ロジャーズ『エンカウンター・グループ』畠瀬稔他訳/創元社)

 

ゲシュタルト療法においても、

同様の成果が、見られるのです。

 




 

ワークとはⅡ その効果と構造

心理学的な人格統合

ゲシュタルト療法

体験的心理療法
「英雄の旅」とは

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心身一元論的なアプローチⅠ

①心身一元論 ―全体論

 

さて、思い起こしていただきたい。

 

私たちが、初めての人に会った時、

何をもって、

その人の人格や存在を感じとり、

「この人は、信用できる」とか、

「この人は、信用できない」とか、

評価したりしているのでしょうか?

 

私たちは、

その人の表情やしぐさ、声の調子、

全身から発散する雰囲気を感じとり、

その人を、評価しています。

 

さて、

人間の本質を見る時に重要なのは、

その人の「話している内容(コンテンツ)」では、

ありません。

 

その人の「話している状態(プロセス)」、 

その人の「話し方」と、

その調子・雰囲気に、

その人の本質が表れているのです。

 

このことを、

私たちは経験上、知っています。

 

 

◆自己一致と不一致

 

自己一致self-congruence

という言葉があります。

その人の、自己概念と実際の経験とが、

意識と無意識が、

一致している状態を示す言葉です。

 

よく自己一致している人は、

自然です。

私たちに、

心地良い波動を感じさせます。

自己一致とは、

自己の存在に、矛盾なく根ざすことによって、

可能となるものです。

 

一方、

私たちの多くは、

自己一致してところを色々持っていますが、

特に強く、自己一致していない人は、

その感じが態度に出ます。

 

その自己不一致、違和感、不協和音が、

からだの緊張、不自然さ、こわばりとして、

表に、雰囲気として、出ています。

どこか不調和な、

居心地の悪い波動を

感じさせます。

私たちが、

嘘をついている人を見破れるのは、

そのためです。

 

では、

この自己不一致は、

どこから来るのでしょう?

 

 

◆身体という表現の経路

 

この自己不一致は、

別に記した複数の自我(私)の、

葛藤状態から来ているのです。

 

内的葛藤は、

言葉(話している内容)と、

身体との不一致。

声の調子(言葉と音声の不一致)。

身体の雰囲気として表れるのです。

 

大概、人は、

自分が同一化している

自我を主体として、

その他の自我たちを抑圧しています。

 

しかし、抑圧された自我たちは、

身体という回路(チャンネル)を通して、

自己を表現して来るのです。

 

他人は

身体に現れた別の自我に、

分裂しているその人や作為に気づき、

違和感を感じるのです。

 

そのため、

自己不一致している、

その裂け目に、

その人の本質が、

見え隠れしているともいえます。

 

ところで、ゲシュタルト療法では、

このような心身一元的な人間理解を、

そのまま、具体的なセラピー技法としても、

活かしていきす。

 

クライアントの方が、

心身の統合進めていくための、

有効な介入の糸口として、

利用していくのです。

「ボディシグナルへの介入」

 






 

「ワーク」とは その効果と構造

複数の自我(私)

ゲシュタルト療法

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複数の自我(私)について―心のグループ活動

 

さて、

ゲシュタルト療法のワーク、

実践経験を積んでいくと、

ある奇妙な事柄を

理解(実感)していきます。

 

ゲシュタルト療法の技法では、

有名な、

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法

というものがあります。

 

さまざまな使用場面がありますが、

代表的な使い方に、

セッション(ワーク)の中で、

クライアントの中から出てきた(見出した)

複数の感情や思考を、

それぞれ切り分け、取り出して、

それぞれの、エンプティ・チェア(空の椅子)に、

置いていくというものがあります。

 

そして、

クライアントに、

実際に、その各椅子に座ってもらい、

それぞれの感情そのものに

成りきってもらいもらい、

それを表現してもらうものです。

 

さて、

筆者も最初、

実際にそれらを経験をしてみるまでは、

はたで見ていて、

そんなことをやって、

本当に効果があるのかと疑問に思いましたが、

実際にやってみると、

驚いたことに、

それぞれの空の椅子に座るごとに

それぞれの、

「生きた感情・感覚・意欲・記憶の有機的なセット」、

つまりは、

「自我状態 ego stateそのものが、

自分の内側から忽然と、

出現してくるのでした。

 

そのような、実体験を、

数多く繰り返して、

理解(痛感)できたのは、

私たちの自我とは、

「複数の存在である」

という事実でした。

 

私たちの自我の単一性とは、

意識面での表象機能であり、

その内実をつくる、

「自我そのもの」は、

その下方で、

次々と、入れ替わっているということでした。

 

精神分析や交流分析(TA)などでも、

心の機能の分化や、

自我状態 ego stateといって、

私たちの内部にある自我状態を区別しますが、

これは、単なる機能ではなく、

本当に、そのような自我状態が、

「人格的として」存在し、生きられている、

ということなのでした。

 

そしてまた、実際のところ、

この複数の自我は、

三つ(三区分)に留まるものではなく、

さまざまな状況や経緯により、

数限りない自我を創り出している、

ということなのでした。

 

つまり、心は、

「グループ活動」

をしている存在であるのです

 

………

 

さて実は、

私たちは、日常生活でも、

普段からこの事態に遭遇しています。

 

ある時、何かを決断して、

「これからは、絶対○をやるぞ!

「もう、こんなは絶対にしない!

などと、あれほど強く決断したのに、

翌日には、ケロッと忘れてしまいます。

 

しかし、

それは、忘れたのではなく、

違う自我()だから、

自分の経験(決意)ではないのです。

記憶はあっても、

その自我にとっては、

自分の経験ではないため、

感情的な動機付けがないのです。

 

上に図にしましたが、

「自我A」があることを、強く決めても、

いざ実行するときは、

別の「自我C」になっており、

なんとも、気持ちが乗らないということに

なっているというのは、

よくあることです。

 

図にあるように、

「自我は複数」の存在です。

「意識」が、都度都度、

各自我に同一化することで、

「私」の、

見せかけの同一性や連続性が、

保たれているのです。

 

そして、「自我」とは、

一般のイメージと違って、

必ずしも「意識」ではなく、

大部分が、

「無意識」の領域にある、

ということです。 

「意識」に同一化されて、

各自我は、

はじめて「私」となりますが、

大部分を無意識の状態として、

棲息しているということです。

 

ゲシュタルト療法では、

技法的には、

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法などを使い、

無意識にある各自我を、

意識の下に取り出し、

自我間の対話や、

情報の交流を促していきます。

そのことにより、、

各自我間の葛藤や分裂を、

統合していくこととなります。

 

(※1)

ちなみに、原理面を、

補足説明しますと、

上記のエンプティ・チェア(空の椅子)の技法で、

それぞれの椅子に座ることによって、

それぞれの自我状態が、出現してくるというのは、

各椅子と、各自我状態との間に、

催眠療法でいう、

「アンカリング」が施されていて、

ヒモづけられているためです。

(→「用語集」)

 

(※2)

「複数の自我」という用語は、

当スペースが便宜的に使っている言葉で、

ゲシュタルト療法の、

教科書的用語ではないので、

その点、ご留意ください。

 

 

やり残した仕事

ワークとは その効果と構造

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法

心理学的な人格統合

ゲシュタルト療法

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やり残した仕事 未完了のゲシュタルト

◆「やり残した仕事」 Unfinished Business

 

ゲシュタルト療法には、

「Unfinished Business やり残した仕事」

という概念があります。

同様の概念で、

「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」

などがあります。

 

ゲシュタルト療法では、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」

のところで見たように、

生物の欲求行動としての、

ゲシュタルトの充足を、

とても重視します。

 

そのため、

「完了していないincomplete」

「充足していない」ということは、

とても重大な意味を持つと考えます。

 

ところで、

フリッツ・パールズは、

通俗的な「トラウマ(心的外傷)」の理解に、

疑問を持ちました。

もし過去に、ある強度な、

「苦痛の体験」があったとしても、

もし本人が、それを受け入れて、

本人が意図したゲシュタルトとして、

消化(充足)できているならば、

それは、トラウマ的にはならないと考えました。

 

「セラピーで大切なことは、

今までに何をしてきたかということではなく、

何をしてこなかったかということである。

何をしてきたかは完結してしまったことであり、

充足と統合を通じて

自己形成に取り入れられたものである。

きちんと完了していない未完結状況というのは

環境から自己への取り入れに失敗したものであり、

現在まで残っている過去の遺産とも

言えるものである。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)
 

トラウマ的になるというのは、

その体験が、 

ゲシュタルトを充足(完了)できなかった場合に、

強度の欲求不満が生まれ、

トラウマ的になると考えたのでした。

 

つまり、

未完了の体験、

未完了のゲシュタルトこそが、

トラウマ的になると考えました。

 

そして、

未完了の体験とは、

欲求不満の、

感情的な緊張を、今も、

その当時のままの強さで、

持ち続けているものなのです。

 

人生のその時点で、

「伝えられなかった言葉」

「表現できなかった感情」

「とれなかった行動」

が、 今も、ここに、

欲求不満の、

強い情動の塊として、

存在しているのです。

 

そして、

未完了の体験とは、

「喉につかえた魚の骨」のように、

心の中にありつづけ、

似たような人生の場面に際して、

私たちの感情を激しく刺激し、

苦しめ、

行動を妨げる、

大変煩わしいもので、

あり続けるのです。

 

そして、

私たちの能力を狭めて、

生きづらさを、

つくり出すものなのです。

 

「神経症の人は、

過去の未完結なことが邪魔をするので、

現在に十分に関わることができない人たちである。

問題は『今―ここ』にあるのに、

気持ちが他のところに行っているので、

目の前の問題に集中できないのである。

セラピーを通じて、

クライエントは現在に生きることを学ばねばならないわけで、

セラピーでは、

クライエントが今までやったことのないことの

練習をすることとなる。」
(パールズ、前掲書)

 

 

◆「未完了のゲシュタルトを完了させる」セッション

 

さて、

ゲシュタルト療法の、

セッション(ワーク)の中では、

この、私たちを苦しめる、

「やり残した仕事」

「未完了のゲシュタルト」

「未完了の体験」を

完了(充足)させるということを、

行なっていきます。

「セッション(ワーク)の実際」参照)

 

「ゲシュタルト療法は、

言葉や解釈のセラピーではなく、

経験的なセラピーである。

我々はクライアントに

過去の記憶の中にある問題や

トラウマを再体験するように勧める。

もしもクライアントが過去の問題のノートを

閉じたいのなら現時点において

閉じなければならない」
(パールズ、前掲書)
 

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法のような、

ロールプレイの技法を用いて、

その原因となった場面を、

再現したりなどして、

未完了の体験や未完了のゲシュタルトを、

完了していくのです。

 

もっとも、トラウマ的な体験の場合は、

場面の再現自体が、

逆効果の場合もあるので、

各種技法的な工夫を通して、

未完了のゲシュタルトを、

完了していきます。

 

このようなセッション(ワーク)を、

数々行なうことで、

私たちは、過去から来る、

心のとらわれを解消し、

自由を獲得していくのです。

 

 





 


 

 ←気づきの3つの領域

ワークとは その効果と構造

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

心理的統合の姿

ゲシュタルト療法

「英雄の旅」とは

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気づきの3つの領域 エクササイズ

◆気づき awarenessとは

 

ゲシュタルト療法では、

〈気づき〉 awareness

の持つ機能(力)を、

とても重視しています。

 

この点が、

ゲシュタルト療法を、

単なる心理療法を超えて、

禅や各種の瞑想流派に

近づける要素でもあります。

 

これは、

〈気づき〉という機能が、

通常の注意力や意識に対して、

メタ(上位)的な働きを含め持ち、

それらを統合していく力を、

持っているからです。

 

「『気づく』ことは、

クライエントに自分は感じることができるのだ、

動くことができるのだ、

考えることができるのだということを

自覚させることになる。

『気づく』ということは、

知的で意識的なことではない。

言葉や記憶による『~であった』という状態から、

まさに今しつつある経験へのシフトである。

『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

 

気づきの力は、

自分が意識している体験自体に、

気づくことができるのです。

 

ゲシュタルト療法では、

この気づく能力を高めることで、

統合的なプロセスを進め、

治癒過程を深めていくのです。

 

「『気づき』は常に、現在に起こるものであり、

行動への可能性をひらくものである。

決まりきったことや習慣は学習された機能であり、

それを変えるには

常に新しい気づきが与えられることが必要である。

何かを変えるには別の方法や考え、

ふるまいの可能性がなければ変えようということすら考えられない。

『気づき』がなければ新しい選択の可能性すら思い付かない。

『気づき』と『コンタクト』と『現在』は、

一つのことの違った側面であり、

自己を現実視するプロセスの違った側面である。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

 

パールズは、

「自覚の連続体」

とも呼びましたが、

意図的な気づきの力は、

それだけでも、

心の治癒を促進する、

大きな効力を持つものです。


 

気づきの3つの領域

 

さて、

ゲシュタルト療法では、

気づきがとらえる3つの領域を、

区分しています。

 

通常、人は、

無自覚(無意識)のうちに

注意力を、

これらの各領域に、

さまよわせています。

 

ゲシュタルト療法では、

自分の注意力が、

どの領域にあるのかに、

瞬間瞬間、

気づくことによって、

また、

各領域にバランスよく注意を向け、

気づけるようになることを通して、

統合のプロセスを、

促進していきます。

 

3つの領域とは、

上に図にしたように、

外部領域、内部領域、中間領域と呼ばれます。

それぞれは、以下を意味しています。

 

外部領域

 →目の前や周りの環境、自分の皮膚の外の世界です。

  自分が、外部として、対象化する世界です。

 

内部領域

 →自分の皮膚の内側の領域です。

心臓の鼓動、動悸、胃の痛み、血流、体温、興奮等々、

内的な感覚です。

 

中間領域

 →思考と空想の領域です。

  外部でも内部でもない世界です。

諸々の想念(心配、不安、希望、意欲、妄想)の

るつぼです。

 

ゲシュタルト療法では、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」で見たように、

環境に生きる生き物として、

内部への「引きこもり」から、

外部への「接触(コンタクト)」までの、

欲求行動を、

速やかに、とらわれなく、

自由に実行できることを、

健全な能力と見ます。

 

しかし、人は、

さまざまな要因(トラウマや癖)により、

偏った領域に、

「注意力」を、

集めがちです。

 

たとえば、外部領域で、

傷つきやトラウマの体験を持った人が、

中間領域(空想や思考の領域)に、

引きこもりがちになってしまうというのは、

常識的な感覚からいっても、

納得されることでしょう。

 

そして、

自分が、無自覚に、

どの領域に、

「意識」や「注意力」を、

向けているかに、

〈気づき〉を持てるだけでも、

その偏差に対する、

統合(修正)効果となるのです。

 

 

気づきのエクササイズ Exercise

 

さて、そのため、

ゲシュタルト療法では、

以下のような、

「気づきのエクササイズ」を、

行なっていきます。

 

このことを通して、

自分の「意識」や「注意力」の、

偏りの持ち方に

気づいていくのです。

 

ABの二人が、

一組になって行なう、

エクササイズです。

 

1人が、

相手の人に、

問いかけを続けます。

(数分間つづけます)

問いかける側が、

応える人の答えを、

メモしていきます。 

 

A: 「あなたは、今、何に、気づいていますか?

B: 「私は、今、○○に気づいています」

 

Bの答えの例としては、

 

「私は今、

 あなたの声のかすれに、気づいています」 

 →外部領域

私は今、

 首の痛みに気づいています」 

 →内部領域

私は今、

 明日の会社の仕事を考えているのに気づいています」 

 →中間領域

等々がありえます。

 

これを、

数分続けます。

 

エクササイズ終了後、

振り返りの中で、

それらの回答(気づき)が、

3つの中の、

どの領域に、分布しているかを、

お互いに見ていきます。

 

人によって、

ある領域が、多かったり、

ある種の傾向性があったりと、

自分の癖やパターンが、見えてきます。

 

ゲシュタルト療法では、

このパターンの偏りが、

心の可動域をせばめたり、

充分な体験を阻害したりと、

能力の制限にもなっていると考えます。

 

この部分を、

ゲシュタルト療法では、

ワーク(セッション)などを通して、

心の可動域が広がるようにします。

 

この能力は、

頭(中間領域)で理解しただけでは、

なんの解決にもなりません。

 

日々の気づきと、

ゲシュタルト療法的な実践の中で、

3つの領域に、

自在に〈気づき〉をめぐらせる訓練の中で、

開放されていくものなのです。

 

現代人の場合、特に、

「中間領域」(空想領域/心配/妄想)への耽溺が、

大きな特徴として上げられます。

思考過多(中毒)なのです。

 

ゲシュタルト療法のアプローチは、

この現代人の中間領域志向についても、

強い解毒作用を発揮します。

この点などが、などとの共通点ともなっているのです。

 

ゲシュタルト療法普及の初期に、

その実存主義と禅の風味を強調した時代に、

クラウディオ・ナランホが示した、

ゲシュタルト療法の基本姿勢は、

このあたりの感覚を、よく表現しています。

ゲシュタルト療法の基本姿勢

 

ゲシュタルト形成と破壊のサイクル

ゲシュタルト療法は、

フリッツ・パールズらにより、

精神分析や、

ゲシュタルト心理学を、

もとに、創られました。

 

ゲシュタルト療法では、

「人間」というものの

とらえ方において、

「生体としての全体性」に、

注目します。

その活動は、

全体として一貫した意味を持っている

ということです。

 

「ゲシュタルト」とは、

ドイツ語で、「形態」を意味し、

それは、

分割できない、

「固有のひとまとまりの形」を、

指しています。

 

友人の「顔」を、

思い出してみて下さい。

それは、

「全体としての固有の形」です。

目や耳の、

部分の寄せ集め(単なる集合)ではなく、

「ひとまとまりの固有の形」として、

顔は認知されています。

部分の積み上げではない、

ユニークな何かです。

それが、

「ゲシュタルト」です。
 

ところで、

生物は、

(下に見るように)

このゲシュタルトの単位で、

欲求の志向性を持ちます。

ゲシュタルトの単位で、

その欲求の完結を目指すのです。

 

さて、

ゲシュタルト療法では、

人間がもつ、

このような、

「ゲシュタルト」としての、

統合を目指す欲求の志向性、

体験の完結性を、重視します。

 

上に、

サイクルの図表をあげました。

これは、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」

として、

ゲシュタルト療法の世界では、

知られているものです。

 

この図は、

生体に、

生じた欲求と、

それを充たすための、

一連の行動を、

循環(サイクル)として表現したものです。

 

このサイクルの意味は、

肉食動物の捕食行動を

イメージすると分かりやすいでしょう。

 

(1) 感覚・情報

→何か気配を感じる段階です。

はっきりは分からないけれど、

感覚的に、微細な情報を、

無意識のうちにとらえています。

 

(2) 気づき・図になる

→獲物を発見する。

 それと気づく段階です。

ゲシュタルト心理学では、

知覚の認知構造に、

「図と地 figure and ground」の、

1つの組み(セット)を考えます。

「図」は前景、「地」は背景です。

このセットにより、

ゲシュタルトが形成されます。

漠然とした、ぼんやりした情報(背景)の中から、

「対象=図」をとらえる段階です。

 動物は、

 感覚の気配の中から、

 感じていたものが、

  「獲物」であることを、

 明確に〈気づき〉ます。

 図(獲物)への欲求が、

 明確になります。

  この段階が、

 「ゲシュタルト」の形成です。 

 

※下に、有名な「ルービンの杯」の図があります。

 この図が、意味しているのは、

 私たちが、気づき、

 選択する「図と地」の関係です。 

 私たちが、真ん中の杯を、「図」にすると、

 両脇の人の顔は、背景(地)となり、見えなくなります。

 一方、両脇の人の顔を、「図」にすると、

 真ん中の杯は、背景(地)となり、見えなくなります。

 通常、生体は、

 欲求の緊急性に従って、

 知覚の自動的な選択によって、

 世界から、このゲシュタルトを構成しているのです。

 

(3)興奮 

→動化とも訳されます。

動物は、獲物をそれと認知して、

捕食への、内的な衝動に貫かれます。

興奮が生じ、

内的な神経的な情報が配備され、

血流がはやまり、

行動へつながる動きが、

準備されていきます。

 

(4)行動

→実際に、獲物に静かに近づきはじめます。

 

(5)接触

→獲物に、実際に攻撃することで、

 接触(コンタクトcontact)が生じます。

 

 (6)満足・充足

→獲物を捕らえたこと、

 食すること(充分にコンタクトすること)で、

 欲求が満たされます。

 充足します。

 目的を達成し、役目が終わった、

 「ゲシュタルト(図)」は、解消(破壊)されます。

 

(7)引きこもり

→捕食に満足した動物は、

 静かに引きこもります。

 元のニュートラルな状態に戻ります。

 待機の状態になります。

 次のサイクルを待ちます。

 

(3)で形成されたゲシュタルトが、

(6)の欲求の満足により、解消(破壊)されるため、

この図が、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」

と呼ばれるのです。

 

さて、ここでは、

外部世界への捕食行動を、例に取りましたが、

環境の中で生きる生物や、

人間は、

このようにして、

欲求の、外部への働きかけと、

引きこもりの間を、

サイクルとして、回っています。

その過程で、

ゲシュタルトの形成と破壊のサイクルを、

回しているのです。

 

そして、ゲシュタルト療法では、

このような、欲求とその充足を、

「図」の形成と、欲求充足の完了として

「ゲシュタルトの完了complete」という

概念として、

とても重視しているのです。

 

 

未完了のゲシュタルト(未完了の体験)

 

さて、上記の、

ゲシュタルト形成と破壊のサイクルですが、

いつもいつも、欲しかったものが手に入ったり、

欲求を、充足できるとはかぎりません。

ゲシュタルトへの欲求が、

完了するとはかぎりません。

 

ゲシュタルト療法では、

このような、

ゲシュタルトへの欲求が完了していない体験を、

「未完了incompleteの体験」と呼びます。

また、

完了していないゲシュタルトという意味で、

「未完了のゲシュタルト」と呼びます。

 

上記の動物の捕食行動も、

獲物、特定されたゲシュタルトが、 

「得られなかった」とすると、

(失敗したり、妨害されたりで)、

生体は、「欲求不満」に陥ります。

その獲物のゲシュタルトや体験は、

「未完了のゲシュタルト」と

なります。

 

未完了の体験や、未完了のゲシュタルトは、

当然、経験内容から、

軽度から重度までの幅を

持ちます。

 

ところで、

ゲシュタルト療法では、

人生の経験の中で、

内的な欲求(衝動)が、

充足・完了されずに終わる、

「とりわけ強度な」

未完了の体験があると

それこそが、

トラウマ的となると考えました。

 

そして、

それが、人を苦しめ、

人生の十全な体験をするのを、

妨げるものだと、考えました。

また、神経症的症状を、

現すようになると考えました。

(→やり残した仕事」参照)

 

そして、

セッション(ワーク)の中では、

まず第一に、

クライアントの方の中に生き続けている、

「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」を、

完了(充足)させ、

解消させていくことを狙いとします。

 

そのことを通して、

クライアントの方は、

自己の葛藤に、

煩わされる(妨げられる)ことなく、

より十全に、

人生経験を感じとり、

行なっていくことが、

できるようになると考えるのです。

 

 



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