フリー・ゲシュタルトな気づき

フリー・ゲシュタルト・ワークス free gestalt works のブログ。具現化のための、気づき・変性意識・フロー、その他。

フリー・ゲシュタルト・ワークスは、
「心理学」―ゲシュタルト療法―
をベースに、
・目標の具現化・達成
・自信、意欲、自己肯定感の回復
・心の悩みの解決・癒し
・卓越したパフォーマンス・集中力の発揮
・潜在能力と創造性の開発
・意識と知覚力の拡張
・独創的なアウトプットの獲得などの、
具体的な方法論を、
提供しているセッション・スペースです。
セラピー・スペース、カウンセリング・スペース、
また、能力・創造性開発の、
マインド・コンサルティング・スペースです。
ゲシュタルト療法と、
変性意識状態(ASC)を、
方法論として、
自由で、創造的な心の獲得をサポートしています。
HP↓
http://www.freegestaltworks.net/
動画チャンネル↓
http://www.youtube.com/c/freegestaltworks
メルマガ登録
【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト↓
姉妹サイト↓
https://xstatestech.jimdo.com/
https://emptychairworks.jimdo.com/
本↓
『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』(電子版/書籍版)
https://www.freegestaltworks.net/%E8%91%97%E4%BD%9C%E7%B4%B9%E4%BB%8B-%E7%A0%82%E7%B5%B5%E2%85%A0-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E7%9A%84%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B7%E3%82%A3%E3%81%AE%E6%8A%80%E6%B3%95/

twitter↓
https://twitter.com/freegestaltwork

体験的心理療法とは

マインドフルネスの光明その2 無為のゲシュタルト

さて、前回、
ゲシュタルト療法に、
長く取り組む中で、
ワーク(セッション)の中で、
「しないこと」が、
重要になる側面について、
取り上げました。

「しないこと」の中で、
気づきの力を働かすことが、
ゲシュタルト療法でいう、
気づきの連続体awareness continuumを、
より深め、
自発的な心の動きを、
湧出させることについて、
触れました。

「しないことのゲシュタルト」
という姿勢が、
気づきと自由の、確保のために、
必要となって来るというわけなのです。
しないことのゲシュタルトへ マインドフルネスの光明

そして、
この「しないこと」ができるようになると、
逆に、
真に、「すること」も、
できるようになって来るのです。

そして、ここが、
重要な点でも、
あるわけなのです。

それは例えば、
次のような事柄を、
思い起こさせます。

精神分析家の、
D・ウィニコットWinnicottの概念に、
「独りでいられる能力the capacity to be alone」
というものがあります。

子どもの心理発達の中で、
母子一体の融合状態から、
子どもが、
徐々に分離成長して、
人が、自分自身になっていく過程の中で、
育って来る能力です。

親がそばにいても、
平然と、自立して、
(その存在を気にせず)
内的な意味で、
独りでいられる能力です。

それは、
最終的な成長の姿としては、
大勢の人の中にいても、
他者(他の人々)に妨げられないで、
泰然と、独りで完結した、
「自分自身でいられる」という、
自立的・独立的な能力に、
つながっていきます。

しかし、
「独りでいられる能力」が低い人、
つまり、
「独りでいられない人」とは、
大勢の人の中にいると、
他者の存在が気になって、
(他者の存在に毀損されて)
自分独りという、
完結した存在(自分自身)に、
なかなか、
なりきれないものなのです。

「独りでいられる能力」とは、
「自分自身でいられる能力」
ともいえるものなのです。

つまり、逆にいうと、
「独りでいられない人」とは、
「自分自身でいられない人」
とも言い換えられるのです。

そして、
「独りでいられない人」
においては、
本当の意味で、
「他者と出遭う」ことや、
「他者と共にいる」
という力もまた、
弱くなってしまうのです。
自分自身の存在が、
曖昧で、
自立していないからです。

つまり、
真に「独りでいられる人」のみが、
真に「共にいるwithness」ことができる人、
とも、いえるのです。

これは、
真に「しないこと」ができるようになると、
真に「すること」ができるようになることとも、
一脈通じる事態であるのです。

そして、
「何もしない」
という完全な無為が、
完璧に統合・集中された、
稲妻のような行為を生み出す、
基盤となっていくのです。

そして、
この「しないこと」を育てるためにも、
マインドフルネス瞑想は、
とても有効な方法論と、
なっていくものなのです。


◆マインドフルネス瞑想

それでは、
マインドフルネスを巷に広めた、
ジョン・カバットジン博士の言葉を、
いくつか見ていきましょう。

「私はこの“注意を集中する”ということを、
“マインドフルネス”と呼んでいます。
今では、瞑想の意味は
かなり知られてきています。
注意を集中することは、
いつもとまではいえなくても、
誰もがふだんから行っていることです。
つまり、瞑想は、
かつて考えられていたような
得体の知れないものではなく、
生活の中で
私たちがふだん体験しているものなのです。」
(『マインドフルネスストレス低減法』春木豊訳、北大路書房)

ところで、
博士は、別のところで、
マインドフルネスとは、
気づきawarenessだといっています。

このことは、
少し分かりにくいところなので、
解説しましょう。

まず、
注意力と、気づきawarenessでは、
心の中における階層が、
少し違います。
(当然、それらは地続きで重なっていますが)

そして、
注意を「集中する」状態とは、
注意力を「意図的」に働かせている状態であり、
注意力そのものより、
上位の働き(意図・能力)が、
「少し」加わっている状態なのです。

注意力を、「意図的に」操作できるのは、
注意力よりも上位の力です。

この上位の力の中に、
気づきawarenessは、
含まれているのです。

そのため、
以下のような気づきawarenessも、
可能となって来るのです。

「さて、瞑想をする時のように
自分の心の動きに注意をしていくと、
自分の心が、
現在よりも過去や未来に
思いを馳せている時間のほうが
ずっと長いことに
気がつかれると思います。
つまり、実際、
“ 今”起きていることについては、
ほんのすこししか自覚していない、
ということなのです。
そして、私たちは、
“ 今”というこの瞬間を十分に意識していないために、
多くの瞬間を
失ってしまっているのです。
この無自覚さが
あなたの心を支配し、
やることすべてに
影響を与えるのです。
私たちは、
自分のしていることや
経験していることを
十分に自覚しないまま、
多くの時を
“ 自動操縦状態”で
習慣的にすごしているのです。
いわば半眠半醒の状態に
あるようなものなのです。」
(前掲書)

ここでは、
「注意を集中する」プロセスの中で、
気づかれて来る、さまざまな状態、
「無自覚」「自動操縦状態」「半眠半醒の状態」などが、
洞察されています。

ところで、
ゲシュタルト療法においても、
今、実在する目の前の風景から離れて、
実在しない過去や未来に対して、
無益な空回りをすることが、
神経症的態度だと、
かつてより指摘していたものでした。

実在していない未来に対する、
行き場のない危惧の興奮を指して、
「不安とは、抑圧された興奮である」
と言ったのは、
フリッツ・パールズです。

まずは、その興奮に、
コンタクト(接触)して、
内容を知れという、
意味合いでです。

また、さきの文中で言われる、
「自動操縦状態」「半眠半醒」などの言葉が、
以前に見た、
G・I・グルジェフの言葉と
響きあうものであることも、
まことに納得的な事柄でもあるのです。
自己想起 self-remembering の効能

そして、
醒めた状態awakenessとは、
気づきawarenessの、
持続された状態であるわけなのです。

カバットジン博士は、
私たちの心が、
普段、ストレスに満たされた時の、
無自覚な心の状態を、
次のように描写します。

「心の中を、許容範囲以上の
不満足感や無意識が
支配するようになると、
おだやかさやリラックスした感じは、
味わえなくなります。
その代わりに、
分裂した感じや追い込まれる感じに
さいなまれるようになります。
「ああだ、こうだ」と考え、
「ああしたい、こうしたい」と
思うようになります。
ところが、えてして
こうした想念は互いに矛盾しあい、
その結果、何かを行う能力を、
大きく狂わせてしまいます。
こんなとき、
私たちは自分が何を考えているのか、
何を感じているのか、
何をしているのかが
わからなくなっているのです。
さらに悪いことに、
私たちは、
自分がわかっていない、
ということにも
気づくことができなくなっているのです。」
(前掲書)

このような時にこそ、
自己の心に対して、
気づきawarenessを持つことが、
必要となります。

そのため、
ゲシュタルト療法では、
ワーク(セッション)の空間において、
分裂した感情や自我のそれぞれに、
丁寧に気づきawarenessを当て、
それらを解きほぐし、
統合していくということを、
行なっていきます。

そして、そのためにも、
まず第一に、
自己に注意を集中することや、
気づきawarenessを働かせることが、
必要となって来るものなのです。

博士は、述べています。

「注意を集中することによって、
文字どおりあなたは目ざめていきます。
意識せずに、
機械的にものごとを見たり、
行ったりするいつものやりかたから
脱出することができるのです。
このように、
自分が何かをしている最中に、
自分がしていることを
意識できるようにするのが、
『マインドフルネス瞑想法』の本質です。
『マインドフルネス瞑想法』には、
特に変わったところも
神秘的なところもないということが
おわかりいただけたと思います。
瞑想とは、瞬間、瞬間の体験に
注意を向けるためだけに
行うものなのです。
そして瞑想によって、
自分の人生を見つめ、
瞬間の中で生きるという
新しい生き方ができるように
なっていくのです。
“ 現在”という瞬間には、
その存在を認めて尊重しさえすれば、
魔法のような特殊な力が
秘められています。
それは、
誰もがもっている
かけがえのない瞬間なのです。
私たちが知らなければならないのは、
“ 現在”という瞬間だけです。
“ 現在”という瞬間だけを
知覚し、学び、行動し、変え、
癒さなければなりません。
だからこそ、
“ 瞬間瞬間を意識する”
ということが
とても大切になってくるのです。
瞬間をより意識できるようにする方法は、
瞑想トレーニングを通じて
学んでいくことになりますが、
そこでは、
努力するということ自体が
目的なのです。
努力することによって、
あなたの体験は
より生き生きしたものになり、
人生は
より本当のものになっていくのです。」
(前掲書)<

……………………
さて、以上、
カバットジン博士の言葉を、
見てみましたが、
このように、
マインドフルネス瞑想の姿勢は、
ゲシュタルト療法の方法論と、
大変、共通したものであると、
いえるものなのです。

そして、
ある面では、
ゲシュタルト療法が、
ややもすれば、
おろそかにしてしまう、
本来的な意味での、
気づきawarenessの力を、
唯一の技法としているという点においても、
マインドフルネス瞑想は、
ゲシュタルト療法を補完するという意味で、
とても有効なアプローチと、
いえるものなのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。


buddha-on-black-300x203

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ




 


しないことのゲシュタルトへ マインドフルネスの光明

さて、
拙著『砂絵Ⅰ』では、
心理的な変容過程(行きて帰りし旅)において、
その最終的な局面の中で、
気づきawarenessの力が、
とりわけ重要なことについて、
特に強調しました。
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

この指摘は、
ゲシュタルト療法や体験的心理療法が、
多く陥りがちな落とし穴と、
私たちの心理的変容と拡充を、
さらに進化させるための必須事項として、
記したものです。

気づきawarenessの能力は、
ゲシュタルト療法の、
入口であると同時に、
出口でもあるのです。

しかし、往々にして、
ゲシュタルト療法をやっている人の中でも、
このawarenessの核心部分が見失われて、
マンネリや、悪循環に、
はまっていくという事態に、
なっているのです。

そして、また、
ゲシュタルト療法の中でも
この悪循環の仕組みが
公式化されていないのです。

これ自体が、まさに、
気づきawarenessの欠如、
という事態でもあるわけなのです。

今回は、
巷でも認知度も上がって来た、
「マインドフルネス」
という概念(補助線)を使って、
この問題点の中身を、
見ていきたいと思います。

ゲシュタルト療法を、
長くやっているにも関わらず、
なんか自分は、行き詰っているなぁと、
感じられているような方にとっては、
参考にしていただける内容に、
なっていると思われます。


◆気づきawarenessの力

気づきawarenessという能力の中には、
さまざまな状態や帯域があります。

しかし、
通常、ゲシュタルト療法の中では、
「気づき」という日常用語を、
漠然と使っているため、
どのような状態や要素を指しているのか、
焦点化されにくくもなっているのです。

人は、自分は、
なんでも「簡単に気づける」と、
思ってしまっているわけです。

しかし、
ゲシュタルト療法の中では、
気づきawarenessは、
ある種のスキルであり、
訓練によってこそ、
研ぎ澄まされていくものなのです。

いわば、普通の人の生活は、
気づきawarenessのない生活とも、
いえるものなのです。

ところで、
ゲシュタルト療法の中では、
気づきの連続体awareness continuum
として知られている、
気づきの姿勢があります。
気づきの3つの領域 エクササイズ

刻々と瞬間瞬間、
三つの領域に、
気づき続けているような状態です。

紹介したように、
エクササイズもありますが、
これは、あくまで、
イメージをつかむためのものにすぎません。

実際には、
毎日の生活の中で、
いつでもどこでも、
これを行なっていることが大切なのです。

つねに、
気づきの連続体awareness continuum
として存在できることが、
ベースラインであり、
覚醒awakenessなわけなのです。

そして、
このスキルが、
私たちの心理的統合を進め、
実際的にも、
ワーク(セッション)を、
進め(深め)やすくもするものなのです。

実は、
この気づきの連続体awareness continuumとは、
正規の文脈でいわれている、
マインドフルネスそのものでもあるのです。
判断を挿し込まない、
オープンな気づきの状態である、
ということなのです。


◆気づくことの違い 同一化と脱同一化

さて、
気づきawarenessそのものは、
気づきの連続体awareness continuumとしての、
マインドフルネスなのですが、
そのことが、
ゲシュタルト療法の実践の中でも、
見失われたり、
間違われていく理由(要因)が、
いくつかあります。

まず、それは、
実践上で、起こって来ます。

ゲシュタルト療法のワーク(セッション)を、
長期にわたって継続的に続けていくと、
ワーク自体が、
ある感情的なテーマなどを中心に展開されるため、
その内容(テーマ)そのものに、
気を取られてしまう(同一化してしまう)、
という点が、
まず第一の理由です。

ワークの実践においては、
ある微かな感情に気づきを持ち、
それに深く没入して、
それをさまざまに展開していくことが、
重要となります。

そのことが、
私たちの葛藤を解きほぐし、
情動的に深く、
解放していくことになるからです。

この場合の、
「ある感情」とは、
「ある部分的な自我」に、
由来しているものです。
私たちは、普段、
それらになかなか気づけません。
ワークの中の、
変性意識状態(ASC)でこそ、
それらが気づかれやすくなるのです。
複数の自我(私)について ―心のグループ活動

ところで、
ワークの中のこの場面で、
私たちの心は、
「2つの働き方」を、
しています。

ひとつは、
ある部分的な自我(感情)に、
気づくawarenessという状態です。

これは、
その感情を、
対象化している状態であり、
主体は、
その感情そのものとは、
少し離れた状態、
つまり、脱同一化している状態にある、
ということです。
このわずかな差異、
脱同一化が、
気づきawarenessの状態の核心なのです。

もうひとつの働き方は、
その感情そのものに、
深く没入し、同一化している状態です。
深く同一化しているからこそ、
その感情(自我)を内側から深く把握し、
そのものとして、
自発的に展開していくことが、
可能となるのです。

ワークの中で、
私たちの心は、
この2つの働き(同一化と脱同一化)を、
同時に、2局面で、
振幅しながら、
行なっているのです。

そして、
この2つ(同一化と脱同一化)を
振幅しながら、
行なえることが、
ワークが、
私たちを深く展開し、
統合していく、
肝の力なのです。

この同一化と脱同一化は、
車の両輪のように、
働くものなのです。

そして、
ワークの変性意識状態(ASC)の中では、
このことが、
可能となるわけなのです。


…………
さて、
話をもとに戻しますと、
ではなぜ、
ゲシュタルト療法の中で、
気づきの連続体awareness continuum
という、マインドフルネスが、
なぜ、見失われがちになるのか、
という点です。

それは、
今、前述に見たワークの場面に即して言うと、
ワークの中で起こる、
ダイナミックに情動を解放していく側面、
つまり、各感情や自我と、
「同一化」する側面ばかりに、
私たちが、
気を取られていくことに、
なるからなのです。

そのことが、
ワークの中で、私たちに、
大きなカタルシスや解放をもたらすものなので、
その成功体験に引っ張られて、
これらの体験を、無意識裡に、
繰り返そうとしてしまうのです。

そして、そのことと、
ゲシュタルト療法のやり方そのものを、
同一視してしまいがちなのです。

そして、その際、
気づき(脱同一化)の側面よりも、
同一化の側面に、
意識がいってしまうのです。

また、その結果として、
同一化する心理的内容(各感情や自我)を、
探しはじめることにも、
なってしまうのです。
そして、これが、
落とし穴のはじまりなのです。

よく、
ゲシュタルト療法のサークルでは、
自分の持っている、
問題やテーマ、パターンなどが、
取り沙汰されます。
ワーク(セッション)の、
素材(ネタ)となるものたちです。

そのため、
人によっては、
ワークのための、
問題やテーマ、パターンを、
探しはじめることにもなります。

しかし、本来、
各感情や自我は、
自発的、かつ繊細に、
気づかれるawarenessべきものたちなのです。
無理に、ベタに、
設定するものではないのです。

そのような設定は、
先入観やビリーフ(信念)をつくり出し、
かえって、
ワークと気づきawarenessを、
阻害するものに、
なったりもするのです。

そして、このような態度は、
結果的に、
ワークの類型における、
「することのゲシュタルト」という、
間違った姿勢にも、
つながっていくこととなるのです。


◆「することのゲシュタルト」という落とし穴

さて、
ワーク(セッション)においては、
気づきと情動的な解放、
脱同一化と同一化の振幅が、
表裏一体のものとなって、
深い心理的統合も可能となります。

しかし、
ワークの中で、
情動的な解放による、
「問題解決」や「答え」ばかりを、
求めていくと、
起こっている事態への、
今ここの気づきawarenessが、
根本から、見失われていくことにも、
なっていくのです。

同一化すべき感情ばかりを探して、
自己の、その時の状態への気づきawarenessが、
失われていってしまうのです。

そのようなワーク(セッション)においては、
クライアントの方は、
しばしば、心焦って、
答えを求めて、
「何かをしよう」とばかりをします。

これが、
「することのゲシュタルト」
という落とし穴です。

しかし、
ワークにおいて、
第一に、
何よりも重要なのは、
「何かをすること」
でなく、
「何もしないで」、
ただ、自分の状態に、
気づいてawarenessいることなのです。

自分の中で起こっていることに、
ただ、
気づいてawarenessいることなのです。

「答えを求めている」自分に、
ただ、
気づいてawarenessいることなのです。

その中でこそ、
自己の内側から、
真に自発的な表現、
活路が現れて来るのです。



◆マインドフルネスと、しないことのゲシュタルト

さて、マインドフルネスの流れは、
さまざまな文脈で、
日本でも知られはじめましたが、
その大元は、
ゲシュタルト療法が広まる背景でもあった、
米国西海岸で、
ヴィパサナー瞑想や、上座部仏教の瞑想法として、
広まっていたものでした。

日本では、鬱病への特効薬がない中で、
認知行動心理療法のひとつとして、
認知度があがっていったのかもしれません。

その立役者の一人でもある、
『マインドフルネスストレス低減法』(春木豊訳、北大路書房)
の著者、ジョン・カバットジン博士は、
マインドフルネスとは、気づきawarenessのことだと、
端的に語っています。

その著書の中で、
博士は、プログラムの参加者が、
プログラムに取り組む様子を、
次のように描写します。

「彼らが行っているのは、
“ 何もしない”ということです。
そして、
一つの瞬間から次の瞬間へと連なっていく、
一つひとつの瞬間を自覚し、意識するために、
一つひとつの瞬間に意欲的に集中しようとしているのです。
つまり、彼らは、
“ 注意を集中する”トレーニングをしているのです。
別の言い方をすれば、
彼らは
自分が“ 存在すること”を学んでいるともいえます。
彼らは、
何かをすることによって時をすごすのではなく、
意図的に何かをするのをやめ、
“ 今”という瞬間の中で、
自分を解放しようとしているのです。
心に気がかりなことがあったとしても、
体が何か不快感を感じていたとしても、
その瞬間の中で、
意図的に、心と体に安息を与えようとしているのです。
“ 生きている”ということ、
“ 存在している”ということの本質に
踏み込もうとしているのです。
彼らは、
何かを変えようとするのではなく、
ただ自分の置かれているありのままの状況と共に
その瞬間を過ごそうとしているのです。」
(前掲書)

さて、
ゲシュタルト療法においても、
気づきawarenessのベースラインは、
ここにあります。

ワーク(セッション)で、
何かをすることは、
必須ではないのです。

しないことの中にこそ、
豊饒な気づきawarenessが、
あるのです。

これが、
しないことのゲシュタルト、
です。

見たくない自分も含めて、
判断しないで、
刻々の、
剥き出しの自分を、
ありのままに、
ただ気づいていくことなのです。

それだけでも、
ワーク(セッション)は、
成立するのです。

そしてまた、
ゲシュタルト療法の中では、
「変化の逆説」法則として、
知られているものがあります。

つまり、
何かを変えようとすると、
逆に、
変化というものは起きないのです。
しかし、
変化を期待せずに、
ただその状態を受け入れると、
変化は起こるのです。

変化を求めないと、
変化が起きるのです。

「変化は起こすのではなく、起こるのだ」
とは、パールズの言葉です。

マインドフルネスの姿勢は、
この本来の、
ゲシュタルト療法の姿勢を、
より明確に、
照らし出してくれるものなのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)への
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。


images


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ




 


変性意識と天国的な身体


以前、

映画『マトリックス』について語る中で、
通常の私たちの意識が、
過ごしている世界が、
認知的な残像でしかないことについて
触れました。

→『映画マトリックスのメタファー 残像としての世界

そして、
体験的心理療法的な、
心身一元論的解放が、
私たちに別の世界を、
垣間見せてくれることについて、
記しました。

ここでは、
(去年16年ぶりの新譜を出した)
アヴァランチーズThe Avalanchesの、
昔のミュージック・ビデオ(PV)、
楽しくも、感動的な、
Since I Left You
を素材に、
私たちの中にある、
変性意識状態と、
天国的身体の獲得について、
記してみたいと思います。





この動画は、
ストーリー仕立てになっています。

冒頭のシーンは
生き埋めになった
炭鉱夫二人が、
途方に暮れている情景です。

すると、
どこからともなく音楽が
聴こえてきます。

音の方向を掘り崩すと、
そこに板があり、
それを開けると、
二人の女性が、
彼らを、迎えるように、
見つめているのです。

そこでは、
何やら、
ダンス・オーディションのようなことが、
行なわれているのです。

さきの女性のダンサーたちが、
踊るのを見ていた、
片方の鉱夫(相棒)は、
フラフラと
音楽に誘われるように、
ダンスに加わっていきます。

そして、
最初のうち、
動きも硬かった相棒は、
だんだんと、
こなれたステップを、
取りはじめるのです。

何かから、
解き放たれるかのように、
徐々に、
華麗なステップを、
取りはじめるのです。

そして、
最後には、
素晴らしい大回転(ジャンプ)を、
決めるのです。

拍手喝采となります。

そして、
ふと、彼の姿を見ると、
そこには、
光に包まれた、
彼の姿があったのです…

さて、
このビデオには、
最後に、
種明かしがあります。

老人になった、
踊らなかった男が、
回想して語ります。

救出されてからは、
彼(相棒)とは会っていない。
でも、彼がどこに行ったとしても、
彼は、素晴らしい時を過ごしていると思うよと。

つまり、
この動画の情景は、
いわば、
臨死体験の、
風景だったわけです。
語っている男は、
この世に戻り、
踊っていた相棒は、
光の国に行ったのです。

動画には、
最初の時点で、
すでに仕掛けがあります。

板の扉を開けた時点で、
Welcome to paradise, paradise, paradise
と声が聞こえているのです。

つまり、
このオーディションは、
そもそも、
彼ら自身の、
天国へのオーディション、
だったわけです。

だから、
女性たちは、
明るい不思議な眼差しで、
彼らを、迎えたのです。
そして、
相棒の彼は、
オーディションに受かって、
向こうの世界に、
行ってしまったわけです。

さて、
そのことが分かると
この映像は、
どのように見えて来るでしょうか。

フラフラと、
踊りに加わった相棒は、
この世に残った男より、
すでに、あの世に近いところにいた、
というわけですが、
これは、おそらく、
メタファーとして、
とらえられると思います。

フラフラと、
審査員の前に出た、
相棒の彼は、
まるで、
ふと何かに気づいたかのように、
踊りはじめます。

音楽のグルーヴに
身を任せつつ、
徐々に、
しなやかになっていきます。

最初はぎこちなかった、
身のこなしも、
だんだんとほぐれてきて、
しなやかな波動を、
放ちはじめます。

女性ダンサーたちや、
音楽と、
ひとつに、なっていきます。

おそらく、彼が、
それまでの人生の中では、
さまざまな重みから
とれなかったであろうような、
彼本来の、
軽やかなステップを、
取り戻していくのです。

踊る中で、
彼から、
さまざまな「この世」的なものが、
脱落していきます。

彼は、
自分の自由なステップ自身に
なっていくのです。

解き放たれていくのです。

そして、
「本来の彼」自身に、
なっていくのです。

また、
踊りに加われない炭鉱夫も、
とても重要です。

彼ら二人は、
どちらも、
私たちの内側にいる存在(自我)
だからです。

私たちの中には、
踊れないと思っている自分と、
本当は素晴らしく踊れる自分とが、
います。

通常、私たちは、
勝手に、
自分は踊れない、
と思っているだけです。

しかし、
そんな踊れない自分でさえ、
解放された相棒の、
素晴らしいステップを見ていると、
自分も思わず身体を揺らして、
タンバリンをたたいてしまうのです。
(最後のシーンに、
天国のダンスを忘れなかった証として、
彼のタンバリンが映っています)

そんな風に、
自分の中の、
踊れる自分を、
活かしていくことが、
大切なのです。

私たちは、
自分の天国的な音楽に、
本来の自分の音楽に、
身を任せきることができれば、
皆、踊れる存在なのです。
それが、
私たちの本来の姿なのですから。

相棒の男が、
しなやかに、
解放されていく姿は
私たちの心を打ちます。

それは、
私たちの皆が持っている、
本来の姿だからです。

反復される歌詞も、
別のことを語っていません。

Since I left you
I found the world so new
Everyday

あなたを後にしてから
毎日、毎日、
世界を、とても新しく感じていた

私たちは、
思い込みの、
残像としての世界を離れれば、
いくらでも、
解き放たれた、
新しい世界を、
見つけだすことができるのです。

それは、
今まで、
感じたこともなかったような、
カラフルで、
鮮やかな世界です。

映像では、
向こう側の世界が、
カラーで、
こちら側の世界が、
白黒になっていることにも、
それは暗示されています。
(だから、最後、
踊らなかった男は、
白黒に戻っていくのです)

心身を解き放っていく中で、
そのように、
色あざやかで、
光に包まれた存在の次元(天国的身体)を、
変性意識的に、
自分の内に、
持つことができるのです。

そのような、
二重の存在として
この世を生きることが、
可能なのです。

素晴らしい時は、
死後にあるわけではないのです。
それは、
今ここで得ることが
可能なのです

天国へのオーディションを、
軽やかに突破して、
自分の本来の天国を持つことが、
可能なのです。

それには、
相棒の彼のように、
事態に、
気づいて、
自分自身のステップを、
踏みはじめることです。

最初は、
上手くできなくても、
いいのです。

音楽の流れに身を任せて、
グルーヴのままに、
身体を動かしていくことです。

そのうち、
身体のかたさも、
とれてきて、
流れや波動に、
乗りはじめます。

身体の動きが、
天国の音楽と、
ひとつになっていきます。

自己の内側に、
変性意識的な、
天国的身体が、
生まれてきます。

まずは、
一歩、一歩、
生活の中で、
自分本来の、
ダンスのステップを
取りはじめることです。

まずは、
埋もれた壁の向こうから、
聴こえて来る音楽に、
耳を澄まし、
自分の本来のグルーヴを
感じ取ることから、
はじめることです。

そのことで、
私たちの人生に、
毎日、毎日、
新しい世界を、
見つけることができるのです。
 

 


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ

アディクション(中毒・嗜癖)にひそむ精神性

今回は、

アディクション(中毒、嗜癖)の探索について、

書いてみたいと思います。

 

あの種の心理療法の考え方では、

アディクション(中毒、嗜癖)の背後には、

精神的(霊性的)なものがあるといいます。

 

クライアントの方の中において、

アディクション(中毒、嗜癖)は、

深い無意識の渇望を充たすための、

代替物として、便宜的に、

その中毒物(中毒体験)がえらばれている、

と考えるわけです。

 

催眠療法などでも、

中毒治療のアプローチとして、

中毒体験時(状態)で起こっていると思しき、

体験過程を仮定して、

その欲求を充たす手段を、

中毒物ではない別の代替物に転化させるように、

無意識に対して働きかけたりします。

 

そして、このような無意識の渇望が求める、

体験過程というものには、

私たちの日常意識の理解しがたい要素や、

精神性が、存在している場合もあるのです。

そのため、無意識は、

嗜癖物を通した変性意識状態(ASC)によって、

それらを、得ているとも考えられるのです。

 

以下は、そのような嗜癖の背後にある、

無意識の精神的欲求を探っていくための、

ワークです。

これは、その昔、マックス・シュパック博士に、

教えてもらったものとなります。

 

 

◆アディクション(中毒、嗜癖)を扱うワークの手順

 

まず、自分の嗜癖である、

あるテーマ(飲酒等)を選びます。

 

その対象を、

実際に、体験して(味わって)いる時の、

一連の物理的手順や感覚的プロセスを、

すべて細かく思い出します。

そして、ゆっくりと、それを実演するかのように、

再現して、その体験過程を感じてみます。

今まで、気づかなかったような細部(ディテール)に、

気づいていくことと思います。

 

③次に、その体験過程の中で、

自分が最も魅力に感じている要素を見つけます。

その感覚体験があるがために、

その嗜癖を求めてしまっている要素です。

どこがもっとも魅惑的な要素なのか、

言葉で表現すると同時に、

より直観的な形で、線や図形としても、

書きとめてみます。

 

さらに、その要素を、

身体的な動作、例えば「手の動き」にしてみます。

そして、その動きを実演して、体感してみて下さい。

その感覚要素を表すのに、ぴったりとした、

「手の動き」を見つけ出すのです。

 

次に、②で行なった手順や体験過程を、

スローモーションで再生するかのように、

もう一度、再現してみます。

その体験プロセス・手順を、

細かく分けて、味わうように見ていきます。

自分の体験過程の諸相を、微分するかのように、

細かく気づいていきます。

 

(例)中毒が珈琲を飲むことの場合

・お湯を沸かす

・珈琲の豆の袋をひらく

・珈琲の豆をすくう

・珈琲の豆を挽く

・珈琲をむらす

・珈琲をドリップする

・お湯を注ぎ足す

・器に注ぐ

・注がれた珈琲を見る

・器を手に取る

・香りを嗅ぐ

・器に口をつける

・珈琲を飲む

等々です。

 

実際の手順や感覚体験は、

もっと細かく分けられるでしょう。

そのようなプロセスを、

実演しながら、感覚的な体験過程の諸相に、

気づいていって下さい。

 

⑤次に再演した体験過程・感覚体験のなかで、

今まであまり気に止めていなかった部分、

気づいていなかった部分、盲点のような部分、

謎めいた不思議な部分を探してみて下さい。

 

中毒(嗜癖)体験なので、今まで何度も、

反復している事柄ですが、

その中で、あまり気づいていなかった、

未知の部分です。

 

③で見た部分のように、

表面的にわかる部分ではなく、

隅に引っ込んでいたり、

遠くにあって、不鮮明な部分です。

 

⑥そして、その謎めいた部分、

不思議な部分というものを取り出して、

③でやったように、

言葉や線や絵を与えてみて下さい。

書き留めてみて下さい。

 

そしてまた、同様に、

その要素を、身体的な「手の動き」にしてみます。

それを実演してみて下さい。

その要素を表す、ぴったりとした、

「手の動き」を見つけ出して下さい。

 

⑦さて、嗜癖の体験過程から取り出された、

2つのタイプの「手の動き」が見つかりました。

次に、その「手の動き」を、

探求的に、実演していきます。

その背後にあるものを、探っていきます。

 

まず、最初の③の手の動きを、

実演してみます。

 

実演する中で、

手の動きが変わって来るようであれば、

それで結構です。

その本質的な要素が変わらないレベルで、

自然な変化に任せて下さい。

ダンスになるようであれば、

その動きや変化を、展開してみて下さい。

 

その特性・特徴を味わい、

よく実感して、それが自分にとって、

「何を意味しているのか」に気づいていって下さい。

何が魅惑で、嗜癖的に惹きつけるのかを見つけて下さい。

気づいたことがあったら、書きとめて下さい。

 

次に、⑥の2番目の手の動きに対しても、

同様のことを行ないます。

その中から出て来るものに気づき、

書き留めて下さい。

 

⑧さて、次に、

その2つの手の動きを交互に行ない、

この2つの要素の関係性を探っていきます。

 

その両方の動きの感じをよく味わいながら、

2つに共通している要素を、

探り、気づいていってみて下さい。

 

どこかそれらの本質に、

共通している要素がないか。

探ってみて下さい。

 

そして、この2つの要素が共存する、

空間・場所・状態がないか、

手に動きや体の動きを、

軸にして、探ってみて下さい。

 

そのようなものが、見つかったら、

書きとめておいて下さい。

それが自分とって、どんな意味があるか、

時間をとって、考えてみて下さい。

 

 

…………………………………………………………………

 

さて、

手順だけでは少しわかりにくいので、

事例として、著者の体験を記してみましょう。

 

十年以上前ですが、当時は、珈琲に対して、

大きな嗜癖を持っていたので、

テーマに取り上げてみました。

 

さて、まず、最初の手の動きは、

刺すような、稲妻のような動きでした。

 

その手の動きは、刺すような、

ジグザグで素早い、ギザギザの動きでした。

それは、筆者が、

珈琲に見出している覚醒感の要素の表現でした。

その覚醒感を求めて、

珈琲を飲んでいるといっていい要素でした。

 

次は、2つ目の手の動きですが、

それは、筆者にとって、

思いがけないところから、

どこから取り出されました。
 

さきの④⑤の手順にあるように、

珈琲を体験する際の一連の手順や体験を、

気づきの欠けた(謎めいた)部分を探るために、

何度も反復し、気づきを当てていきました。

 

すると、ふと、

それまで、意識していなかった、

ある体験過程に、気づいたのです。

筆者は、珈琲をドリップして抽出し終わると、

「一瞬だけ」

ホッとして、安心することがあるのでした。

そして、珈琲をすぐには飲まずにいるのでした。

 

それは、一瞬だけのことなので、

普段、意識していなかったのですが、

スローで体験を再生してみて、

そんな体験をしていることに、

気づいたのでした。

 

その「一瞬だけ」ホッと安心する要素を、

手の動きにしていくと、

それは気功のような、太極拳の動きのような、

ゆったりとした静謐な動きになりました。

「まったき平和の空間」

そんな要素が、そこにはあったのでした。

 

そして、その2つの手の動きの要素を、

交互に織り交ぜて、響かせ合いながら、

共通する要素を探っていきました。

その自然な動きの展開に合わせて、

ヴィジョンを追っていくと、

(閃光のように)

ある感覚的なイメージに導かれました。

 

それは、刺すような点の感覚と、

広大に遍在する光の空間が、

まったく同時に、

同じものとして存在しているような、

不思議に抽象的な空間でした。

 

点の存在と、空間の遍在とが、

同時に在るような、

奇妙な空間イメージ・感覚でした。

 

「点はいたるところにある」

そんなメッセージがやって来ました。

 

点の(非)局在の中に、遍在は含まれており、

遍在空間は、点(いたるところにある)に含まれている。

というようなメッセージでした。

 

「ひとつぶの砂にも世界を

いちりんの野の花にも天国を見

きみのたなごころに無限を

そしてひとときのうちに永遠をとらえる」

(寿岳文章訳)

 

そんなウィリアム・ブレイクの詩句を思い出しました。

 

それは、

「いまここで在ること」と、

「遍在して在ること」をつなぐ、

在り方を示唆するものだったのです。

 

また、当時、抱えていた身体症状に関連して、

無意識の深いに訴えかけて来るような、

メッセージだったのでした。

 

 

…………………………………………………………………

 

さて、このワークは、

実際的な効果も持ちました。

それは、以前、珈琲に感じていたような、

強迫的な渇望感がなくなったということです。

 

余裕をもって、その肯定的な体験を味わえる、

嗜好品になったのです。

 

つまり、珈琲は、筆者の心身(無意識)の中で、

今ここの感覚的鋭さと、

遍在性を結びつけるという直観の、

媒体物(代替物)として存在していたのでした。

 

そして、

そのことに、気づきが得られたことで、

以後、珈琲は、嗜癖的な呪物から、

単なる感覚的ヒントをくれる嗜好品に変わったのでした。

 

 


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

 

【PART2 Standard】

気づきと変性意識の技法 基礎編

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【PART3 Advanced】

気づきと変性意識の技法 上級編

変性意識状態(ASC)の活用

願望と創造性の技法

その他のエッセイ

 

【PART4 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

 なぜ、ゲシュタルトなのか

メニュー/料金

著作紹介

お問い合わせ

心理学的に見た「チベットの死者の書」

50死者の書



 

「チベット死者の書」という、

有名な書物があります。

 

チベット仏教のカギュ派の、

埋蔵教(偽典)として知られる書物ですが、

この本は、ゲシュタルト療法はじめ、

体験的心理療法や、変性意識状態のことを考える上で、

とても参考(モデル)になる本です。

 

今回、ここでは、その「チベット死者の書」を、

ティモシー・リアリーらが、心理学的にリライトした、

『サイケデリック体験 The Psychedelic Experience』※

(『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』菅靖彦訳 八幡書店)

をもとに、色々と見ていきましょう。

 

 

◆バルドゥ(中有)と心の構造

 

まず、死者の書が、

何について書かれた経典(本)であるかというと、

「人が死んでから、再生する(生まれ変わる)までの、

49日間(仏教でいうバルドゥ/中有)のことが

書かれた経典(本)である」

ということです。

 

人間が、生まれ変わることが、

前提となっているというわけです。

ただ、この前提は、この経典(本)を読むにあたって、

無視しても構わない前提です。

 

なぜなら、語られている内容は、確かに死に際して、

心の底から、溢れてくる出来事ということになっていますが、

それは、心の構造そのものに、

由来するものと考えることができるからです。

 

だから、生きている私たちにも、

同様に存在している心の世界だと、

とりあえずはいえるからです。

 

ティモシー・リアリーらが、

この経典(本)をリライトしたのも、

薬物による、サイケデリック体験でも、

同様の出来事(世界)が溢れてくるので、

この本を、サイケデリック・トリップの、

導きの書にしようという、意図からでした。

 

そのため、この経典(本)は、

私たちの深層の心の世界を、語っているものとしても、

読むことができるのです。

 

さて、

この経典の形式ですが、

たった今、死んだ死者に向かって、

語りかける言葉(声かけ)が、

形式となっています。

 

その死者が、見ているだろうものを告げ、

アドバイスを与えるという、形式です。

 

「聞くがよい、○○よ。

今、お前は、○○を見ているであろう」

という感じです。

 

ところで、

死者は、死んだ後に

3つのバルドゥ(中有)を体験し、

生まれ変わるしされています。

 

しかし、

経典(本)の中心のメッセージは、

「さなざまな無数の心惹く像が、現れてくるが、

それらにとらわれることなく、

本当の眩い光明を、自己の本性と知り、それと同一化せよ」

というものです。

 

そうすれば、解脱が達成されて、

生まれ変わり(輪廻)から、

脱するというができるであろう、

というものです。

 

そりため、

3つのバルドゥ(中有)の経過が、

刻々語られますが、

それは、各バルドゥで訪れる、

解脱のチャンスの中で、

解脱できなかった者たちに、

対してであるということです。

 

 

◆3つのバルドゥ

 

さて、死者は、

3つのバルドゥを順に体験していきます。

 

①チカエ・バルドゥ

→超越的な自己の世界

→法身

 

②チョエニ・バルドゥ

→元型的な世界

→報身

 

③シパ・バルドゥ

→自我のゲーム

→応身

 

下の矢印の言葉は、

当スペースの考えで補ったもので、

一般にオーソライズされているものでもないので、

その点は、ご了承下さい。

 

さて、この3つは、心理学的には、

心の表層から、心の深層までの、

3つの地層(宇宙)を表したものと、

見ることができます。

死後の時間的遷移を、

逆に見ていくと、

この構造はわかりやすくなります。

 

 

③シパ・バルドゥ

→自我のゲーム

→応身

 の世界は、再生に近い、最後の段階です。

その世界は、もっとも身近な、

私たちの自我の世界です。

通常の心理学が扱うのも、この世界です。

リアリーらの死者の書では、

とらわれの自我のゲームを、反復してしまう世界として、

描かれています。

サイケデリックな体験の中でも、

低空飛行している段階で、

日常の自我のゲームが、再演されている状態です。

 

 

②チョエニ・バルドゥ

→元型的な世界

→報身

 

の世界は、

心の深層の世界、私たちの知らない深層世界が、

ダイナミックに、滾々と湧いてくる世界です。

死者の書では、

膨大な数の仏たちが現れてきます。

心の先験的とも、古生代ともいうべき、

元型的な世界です。

系統樹をさかのぼるような、世界かもしれません。

(サイケデリック体験などでは、

系統樹をさかのぼり、自分が、

爬虫類に戻る体験を持つ人もいます)

 

 

①チカエ・バルドゥ

→根源的な世界

→法身

 

は、根源的な、超越的な自己の世界で、

上の2つの較べて、

空なる世界に一番近い世界です。

ある面では、心理学の範疇には、

入らない部分ともいえます。

ただ、そのような世界(状態)を、

仮定することはできます。

 

リアリーらは、

この状態を、ゲームの囚われから解放された、

自由の、自然の、自発性の、

創造の沸騰する世界と見ます。

それでも、充分有効なとらえ方と言えます。

 

さて、死者の書の中では、

それぞれのバルドゥで、

「光明」が2つずつ現れてきます。

 恐れを抱かせるような眩い光明と、

より親しみを感じさせる、くすんだ方の光明の

2つです。

 

そして、恐れを抱かせるような、より眩い光明が、

根源の光明であり、それを自己の本性と見なせと、

アドバイスします。

根源の光明に共振し、同調し、

同化せよ、

ということなのでしょう。

 

よりくすんだ方の光明に惹かれるであろうが、

それに向かうなと告げます。

ただ、多くの人は、この後者の光明に向かうようです。

そして、転生への道を進んでしまうのです。

 

 

◆経過

 

さて、死者は、このような3つのバルドゥを、

経過していくのですが、

ティモシー・リアリーは、

サイケデリック体験における、

この3つの世界の、推移の仕方について、

おもしろい喩えを使っています。

 

それは、高いところから、

地面にボールを落とした時の、

「ボールの弾む高さ」

に似ているということです。

 

落ちてきたボールは、

最初は、高く弾み上がります。

2度目は、それより少ししか弾みません。

3度目は、さらに少ししか弾みません。

 

つまり、

サイケデリック・トリップの、

初発の段階が、重力(自我)から解放されて、

一番遠くの、チカエ・バルドゥまで行けて、

次に、チョエニ・バルドゥ

次に、シパ・バルドゥと、

段々と、日常的な心理的に次元に、

落ちてきてしまうという、喩えです。

 

この喩えは、私たちの心の構造や、

心の習慣、可能性を考えるのにも、

大変示唆の多いものです。

 

2つの光明の喩えといい、

私たちの中には、

大いなる自由に比して、

慣習と怠惰に惹かれるという、

何かがあるのでしょう。

 

 

◆変性意識(ASC)の諸次元として

 

さて、「チベット死者の書」の世界を、

心の諸次元の構造として、見てきましたが、

この世界は、

死の体験やサイケデリック体験を経由しなくとも、

色々な変性意識状態の中で、

さまざまに、あいまみえる世界です。

 

このモデルを、ひとつ押さえておくことで、

心理学的のさまざまなヒントになっていくでしょう。



※関連記事

→「サイケデリック体験と、チベットの死者の書」

 

※この二種類の如来についての仮説は、

「リルケの怖るべき天使 〈美〉と変性意識状態」

映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識


※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著『砂絵Ⅰ  現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。

 


ジョン・レノン(ビートルズ)が、

LSD体験や、この本にインスパイアされて、

Tomorrow Never Knows

という曲を創ったのは有名なエピソードです。

 

歌詞は、

Turn off your mind relax and float down stream

It is not dying, it is not dying

Lay down all thought surrender to the void

It is shining, it is shining

That you may see the meaning of within

It is being, it is being

 

わりと素直なサイケデリック体験そのまま、

という感じですが、いい具合に表現されています。




 




【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ

映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界


昔、
『マトリックス』という、
三部作の映画がありました。
ユニークな世界観や映像表現で、
ヒット作となった映画です。

その世界観についても、
問題をはらみ、
多様な解釈や議論がなされましたが、
ここでは、
少し違う切り口で、
考えてみたいと思います。

ところで、
この映画が示している
感覚表現(表象)の世界は、
変性意識状態(ASC)や、
シャーマニズム
また、サイケデリック的世界を、
考える者にとっては、
大変、興味深いメタファー(暗喩)と、
なっているのです。

実は、
映画で描かれている、
マトリックスの創りだす世界と、
私たちの生きている、
この現実世界とは、
さほど、事情が違っているわけでは、
ないからです。

さて、拙著の中で、
この日常的現実とは何かを、
考えてみたところで、
「合意的現実」という考え方について、
取り上げてみました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

私たちの、この現実世界も、
皆の合意した、
集合的な信念体系として、
存在しているという考え方です。

ところで、このような
合意的現実のあり方は、
単に、認知の拘束として、
私たちの世界を、
映し出しているだけではありません。

実際には、
「知覚的な拘束力」をともなって、
「この世界」を、
映し出してもいるのです。
そのため、
私たちはなかなか、
この合意的現実を、
相対化することが、
できないのです

ところで、
体験的心理療法のところで、
「心身一元論的」な、
人間のあり様を見ました。
硬化した心と
硬化した身体とは、
相互的なフィードバックを繰り返して、
生活史の中で、
硬化した抑圧的な世界を
創りだしてしまうのです。

その多くの由来は、
現代社会(やその出先機関である親、教師)の、
「信念体系」です。

そして、
私たちは、物心がつく前から、
そのシステムによって、
感情や肉体や知覚を狭められ、
拘束された状態で、
社会に出されて(再生産されて)、
いくのです。

実際のところ、社会の、
私たちの知覚・感覚への洗脳は、
映画における、
マトリックス(母体)による支配と、
実は、大差がないものなのです。

ところで、
映画でもそうですが、
この拘束された、
知覚世界の外に出るには、
強度の変性意識状態(ASC)を誘発する、
「赤いピル」が、必要(有効)です。

(アップルの、
スティーブ・ジョブズは、
自伝の中で、
自身のLSD体験を、
人生の最重要事に、
挙げています。
一方、実際問題、比喩的にいえば、
多くの人は、日々の中で、
赤いピルを得るチャンスに出遭っても、
青いピルを選んで、
眠りつづける人生を選んでいるのです)

ところで、、
赤いピルのような物質によらずとも、
強度の変性意識状態(ASC)を誘発し、
この拘束的な知覚世界を
超脱していく手法は、
多様にあります。

体験的心理療法なども、
そのひとつです。
(スタニスラフ・グロフ博士が、
LSDセラピーから、
ブリージング・セラピーに移行したように)

実際、
ゲシュタルト療法をはじめ、
体験的心理療法の多くの手法が、
強烈な変性意識(ASC)を創りだし、
内側から心身を解放し、
私たちの硬化した信念体系や、
知覚のコードを
熔解する効果を持っています。

ゲシュタルト療法などの、
体験的心理療法的な探求を、
実直かつ真摯に進めていくと、
心身が深いレベルで解放され、
エネルギーが流動化されていきます。

身体の感受性が、
深いレベルで、
変わっていくことになります。
知覚力が、
鋭敏になっていくのです。

変性意識(ASC)への移行や、
日々の気づきの力も、
ずっと流動性を高めたものに、
なっていくのです。

そして、
私たちは、
旧来の硬化した世界を、
まったく別様に、
見ていることに気づくこととなるのです。

硬化した見慣れた世界は、
単なる世間の信念体系、
後付け的に、既存の意味を再構成した、
「残像としての世界」にすぎず、
より、リアルな世界とは、
刻々に、
まばゆい息吹が流動する、
エネルギーの世界であると、
感覚できるようになるのです。

それは、あたかも、
映画の中で、
主人公ネオが、
腕を上げていくのにつれて、
マトリックスのつくり出す幻想世界よりも、
「より速く」
知覚し、動けるように、
なっていくのと同じことなのです。

これらの体験についての、
映像表現は、
流動化し、透視力化していく、
知覚力の変容を、
うまく表現しています。

シリーズ一作目の終盤で、
あたりの風景やエージェントを
「流動するデータ」として
透視し、
エージェントに、
立ち向かいはじめる、
ネオの姿が、
描かれています。

映画のストーリーとしては、
自分の力の可能性を、
感じはじめるネオという、
覚醒的な場面でもあるのですが、
実際には、
たとえ、
特別な救世主でなくとも、
私たちの誰もが、
この洗脳的な表象世界を透視し、
それよりも、
「速く動き」
その支配を脱する力を、
持っているのです。

私たちに必要なのは、
単に信じることではなく、
心身と意識を実際に解放していくこと、
そして、
その中で、
新たな知覚力を、
訓練・開発していくことなのです。

そして、
それは実際、
できることなのです。

 

 

関連記事

明晰夢の効力 2 映画『マトリックス』の世界へ

映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

モビルスーツと拡張された未来的身体

「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

ロートレアモンと変性意識状態

クライストと天使的な速度

X意識状態(XSC)と、意識の海の航海について

※変性意識状態(ASC)への、より統合的なアプローチは、

 拙著『砂絵Ⅰ  現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい


※変性意識状態(ASC)の活用に特化したサイト、

「Xステーツ・テクノロジー」ご覧下さい。


メルマガ登録

【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト

コチラ

 

 







【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ

心身一元論的なアプローチⅡ

「心身一元論的・ボディワーク的アプローチ」より

 


②ゲシュタルト療法における心身一元論的開放

 

さて、ゲシュタルト療法の、

心身一元的論的なアプローチでは、

身体チャンネルを通して、

クライアントの意識しない多様な自我が、

表れてくることを見ました。

 

そして、

ボディ・シグナルを糸口に、

その多様な自我と、

コンタクトすること(技法)についてを見ました。

 

さて、そして、

ここからが重要なのですが、

ゲシュタルト療法においては、

その糸口から、多様な自我の、

深く十全な自己表現、

深い十全な感情表現というものを、

探っていきます。

 

意図せずに、

身体チャンネルに現れる自我とは、

未完のゲシュタルトとして、

やり残した仕事として、

抑圧されていた「自我」だからです。

そして、

その自我に、

十分な表現と存在の場を与えてあげることが、

必要だからです。

 

そして、その感情表現の際に、

この心身一元的な視点が、

とても重要になります。

 

ライヒが、

筋肉の鎧をもつ、防衛的な身体には、

十分な感情体験がないことに気づいたように、

十分な感情体験とは、

十分な身体的運動(表現)が、

ともなうからです。

 

そのため、

ゲシュタルト療法では、

クライアントの方の感情表現の際の、

身体として表現に注目します。

 

身体的な反応や、

ブロックが表れたりする際は、

さまざまなサポートを行ないます。

そして、十分な表出が、

行なわれるようにするのです。

 

そして、実際、

ゲシュタルト療法においては、

クライアントとして、

そのような、心身一元的な、

全身的な、表現活動を繰り返していると、

表現と感情の流れによって、

段々と、

身体のブロックが解除されてきます。

 

身体が変わっていくのが、

実感されます。

呼吸がなめらかになり、

喉や胸がひらき、

骨盤の詰まりがなくなります。

身体の感受性が高まります。

快楽の感度も高まります。

その結果、

使えるエネルギーが増大して、

エネルギッシュになります。

 

(また、目的ではありませんが、

―目的でもいいですが―

年齢も、若く見られるようになります)

 

このように、

体験的心理療法では、

心身一元論的なアプローチが多いのですが、

ワークの進展に従い、

心理的にも、

肉体的(物理的)にも、

全身的な開放が、進んでいくのです。

進化が、

分かりやすい所以です。

 

動画解説「心身一元論的アプローチⅠ」

動画解説「心身一元論的アプローチⅡ」

 

体験的心理療法

心身一元論的なアプローチ

ゲシュタルト療法

ホーム


心身一元論的・ボディワーク的アプローチ

①ボディワーク・セラピーの地平

 

ゲシュタルト療法の創始者、

フリッツ・パールズの教育分析を行なった、

ヴィルヘルム・ライヒWilhelm Reichは、

初期の精神分析運動を加速した重要人物です。

(パールズに、ライヒを薦めたのは、

カレン・ホーナイだったと言われています。

「あなたは複雑なタイプなので、

ライヒじゃないと理解できないかもしれない」と)

 

ライヒは、活動の初期から、

物議をかもす、

さまざまな先進的な知見を持っており、

その後も、キワモノ的な扱いや、

一部では、カルト・ヒーロー的な扱いもありますが、

現在においても、その考えのすべてが、

きちんとフォローされているわけではありません。

 

 

まず、ライヒは、

精神疾患において、

目立ったトピックとしての「症状」ではなく、

一見、見過ごされがちな、

「性格」という、

恒常的な運用システムについて、

早くから注目しました。

そこに、病理が、温存される「戦略」(性格戦略)を、

見抜いたのです。

 

近年、「人格障害」が、

精神疾患をはじめ、

社会のさまざまな場面で、

注目を集めるようになりましたが、

(そういう難治の事例が、増えているからですが)

この「人格(性格)」というものの運用を核とした、

システムへの洞察や、働きかけにおいても、

ライヒは、先見の明を持っていました。

「性格の鎧」とは、

彼が有名にした言葉です。

 

さらに、重要なのは、

この「性格の鎧」が、

平行して、

私たちの肉体の中に、

「筋肉の鎧」として、

存在していることに注目したことです。

 

生気のない目。

浅い呼吸。

悪い皮膚の色。

貧弱な手足。

こわばった身体の動作。

等々…

それらが、

防衛的な生活史によって、

つくりあげられた、

(「性格の鎧」とパラレルな)

「筋肉の鎧」だと、

気づいたのです。

 

そして、その肉体のブロック()、

緊張や硬化に、直接働きかけることが、

深い情動の解放を促し、

心理的な面からの解放と、

相乗効果を生み、

より一層、速く深い治癒効果となることを、

発見したのでした。

 

ここから、

ボディワーク・セラピーの、

大きな潮流が育っていくことになったのです。

 

ライヒの直弟子であった、

アレクサンダー・ローエンの、

「バイオエナジェティックス」では、

ライヒが発見した、

身体の特有のブロック箇所に、

直接働きかけるワーク/エクササイズと、

心理的な分析とを組み合わせた、

体系的なシステムを、洗練させました。

 

別章では、

呼吸と感情との関係について触れました。

人は、通常、呼吸を止めることによって、

感情の流れを止めます。

その結果、

筋肉は段々と「硬化」し、ブロックと化します。

そして、

感情の流れは、細くなり、

流れにくくなります。

生命力が、枯渇し、

精神に障害が現れます。

 

身体の特有のブロック箇所は、

背骨にそって流れるエネルギーを、

遮断するように、

背骨に対して、「垂直に」「切る」ように、

できてきます。

目、喉、胸部、骨盤等々にです。

そこに、直接的に働きかけていくのです。

 

 

②ゲシュタルト療法における心身一元論的開放

 

さて、ゲシュタルト療法の、

心身一元的論的なアプローチでは、

身体チャンネルを通して、

クライアントの意識しない多様な自我が、

現れてくることを見ました。

 

そして、

ボディ・シグナルを糸口に、

その多様な自我と、

コンタクトすること(技法)についてを見ました。

 

さて、そして、

ゲシュタルト療法においては、

その糸口から、

多様な欲求や自我状態の、

深く十全な表現、

深い十全な感情表現というものを、

探っていきます。

 

意図せずに、

身体チャンネルに現れる自我とは、

葛藤や未完了のゲシュタルトとして、

抑圧されてがちな、

欲求(自我)だからです。

そのため、

その自我に、

十分な表現と存在の場を与えてあげることが、

必要となります。

 

そして、

その感情表現の際には、

心身一元的な視点が、

特に重要になります。

 

というのも、

ライヒらが、

筋肉の鎧をもつ、防衛的な身体には、

十分な感情体験がないことに気づいたように、

十分な感情体験とは、

十分な身体的運動(表現)が、

ともなうものだからです。

 

そのため、

クライアントの方の感情表現の際に、

身体表現にも注目します。

そこに、十全でしなやか、

自己一致した表現があるのか、

確認します。
 

また、実際、

ゲシュタルト療法においては、

クライアントとして、

そのような、心身一元的な、

全身的な、表現活動を繰り返していると、

表現と感情の流れによって、

段々と、身体の緊張や硬化が解除されてきます。

 

身体エネルギーが流動化し、

身体が変わっていくのが、

実感されます。

使えるエネルギーが増大して、

見た目にもエネルギッシュになります。

 

このように、

ゲシュタルト療法は、

心身一元論的なアプローチであり、

ワークの進展に従い、

心理的にも、

肉体的にも、

全身のしなやかな解放が進んでいくのです。

統合の進化が、

物理的にも、分かりやすい所以です。

 

 【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

メニュー/料金

著作紹介

お問い合わせ

 

 

 

へリンガーのファミリー・コンステレーション

ファミコン


バート・ヘリンガー氏の創始した、

「ファミリー・コンステレーション」は、

興味深い心理療法です。

 

「コンステレーション」とは、

配置、布置、星座という

意味であり、

ユング心理学などでは、

よく使われる言葉です。

 

ファミリー・コンステレーションは、

A・ミンデル博士の、

プロセスワークで行なう、

「ワールドワーク」の、

元ネタになったとも言われますが、

実際に、そのセッション(ワーク)を経験していくと、

個人と集団(集合)

または、

個人的なテーマと、

集団(集合)的なテーマとの間にある、

一種、不思議な、

エネルギー的な結びつきについて、

感覚的な体験を、

深めていくことができます。

 

 

①ワークの方法

 

通常、心理療法のワークでは、

セラピストが、

クライアントの方の主訴を聞き、

当然ですが、

クライアントと直接に、

何らかのやり取り、

働きかけを行なっていくことにより、

ワークを進行させます。

治癒のプロセスを促進します。

 

しかし、

ファミリー・コンステレーションにおいては、

まず、そこが違うのです。

 

セラピストが、

クライアントの主訴を聞いた後、

クライアントの家族や家系等について、

いくつかの質問を行ない、

そのワークで使っていく、

「登場人物」を、

幾人か選定していきます。

(多くは、家系に関係した、両親や親族です。

クライアントが、

実際に会ったことのない人物も含みます)

 

そして、クライアントに、

「本人(自分)役」も含めて、

その登場人物たちの「役」を演じてもらう人=「代理人」を、

ワークショップの参加者の中から、

直観で、選んでもらうよう、要請します。

 

クライアントは、

それぞれの役の「代理人」を、

自分の役も含めて、

数名(人数分)選び、

部屋の中の、ここだと思う場所に、

(登場人物たちの、「関係性」を、感じながら)

空間配置します。

 

そして、そこから、

面白いことですが、

セラピストと、

この代理人たちとによって、

代理人同士のやりとりによって、

ワークが、展開されていくのです。

 

そして、

クライアントは、

それを、横で見ているのです。

 

これは、

心理療法としては、

大変、奇妙な(異様な)光景です。

 

 

②ワークの展開と体験

 

さて、

代理人を演ずる参加者は、

通常、クライアントのことを、

ほとんど知りません。

そのワークショップの当日に、

会場で、初めて会ったからです。

 

しかし、

代理人として、

その、家族・家系関係の「場」の中、

「空間配置」の中に立つと、

他の代理人(家人)との関係が、

エネルギーの強弱、

快不快の身体感覚、

感情的な情報として、

なぜか、感じられてくるのです。

 

その情報を、手がかりに、

セラピストは、

代理人たちとやり取りを進め、

代理人たちに、

空間移動をさせ、

表現を促し、

代理人(家人)の、

からだの向き、

立ち位置や位置関係を、

さまざまに変えて、

調整していきます。

 

そのことにより、

その家系(家族)の、

正しい位置関係や、

その家系(家族)の中で、

排除した(欠落させた)人物やテーマを、

探っていくのです。

 

それは、あたかも、

家系(家族)の関係性自体が、

ひとつの生体として持っている、

自律的なエネルギーを、

ほぐし、伸ばして、

「整列」させるかのように、

展開していきます。

(これを「もつれを解く」と呼びます)

 

そして、ワーク(セッション)では、

その整列・展開の果てに、

クライアントを、

家系(家族)の配置の中に、

招きいれ、

その家族・家系の、

全体のエネルギーを、

正しく流れていくように、

調整していくのです。

 

クライアントに、

自己の家系の存在と、

そのつながりを理解してもらい、

自分の存在の位置を、

深く理解してもらうのです。

 

 

 

さて、

ファミリー・コンステレーションの、

ワーク(セッション)は、

通常の心理療法とは、

まったく進め方も、

体験の質も違います。

 

しかし、

クライアントにとっても、

役を演じた、代理人にとっても、

とても不思議な、

印象深い体験となります。

 

私たちの背後に生きている、

「家系のエネルギーの流れ」という、

よくわからない力が、

何らかのエネルギーとして、

存在していることを、

(自分たちに影響していることを)

体験する、

貴重な機会となるからです。

 

そしてまた、

そのようなテーマが、

一定の心理療法的なセッションの中でも、

実は、浮上していること、

そして、

関わっていくことができることに、

気づくからです。

 

それはまた、

セッションの新たな可能性を、

見出していくことにもなります。

ミンデル博士が、

ワールドワークを、

着想していったようにです。

 

実際、

筆者自身も、

その後の経験の中で、

ファミリー・コンステレーションで、

体験した要素は、

ゲシュタルト療法その他の、

セッションの中でも、

人物たちの場の配置や、

エネルギーの流れにより、

色々と現れていることを、

その後、確認していきました。

 

そして、

ファシリテーションの幅を、

広げていく霊感にもなったのです。

 

 

 

 

 →ゲシュタルト療法【基礎編】

変性意識状態(ASC)とは

創造性開発とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

フリー・ゲシュタルトについて

ホーム

 


エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅱ

スライド2

さて、

エンプティ・チェアの技法Ⅰ」では、

一番よく使用されるタイプの、

使用方法とその原理を、

見てみました。

 

誰か実在の人物を、

エンプティ・チェアに置いて、

その人物に、語りかけ、

伝いたいことを伝えたり、

また、相手になってみて、

その気持ちを探ってみるという、

形のものです。

 

また、これとは別に、

ワークが、進行する中で、

クライアントの方の中から出てくる、

心的欲求(感情)を、

エンプティ・チェアに、

展開していく手法があります。

これは、とても効果を発揮する技法です。

 

ここでは、それについて、

記していきましょう。

 

 

①「複数の自我」を知る

 

私たちは、

「複数の自我」を持っていますが、

ほとんど、それらを意識することなく、

生活していることを、別で、見ました。

 

そのため、

それらの自我が葛藤を起こし

私たちを苦しめていても、

その解決の糸口がつかめません。

私たちが、

「複数の自分」であることに、

「無知」であるからです。

 

ここにおいては、何よりもまず、

「真に知る=識る」ことが、

解決の入り口となります。

 

しかし、真に「知る=識る」とは、

「解釈=理論」を、当てはめることではありません。


「真に識る」とは、

対象との、存在的な同調・共振においてしか、

全身的な関わり・交わり(交感)の中でしか、

得られないものです。

それは、感覚的な把握に他なりません。

 

エンプティ・チェアの技法は、

「複数の自我」を、

直接に体験し、

それら自身になり、

それらを識り、

それらを生きることができるがゆえに、

大きな療法的効果となるのです。

 

 

②「複数の自我」を切り分け、取り出す

 

さて、私たちが、

「複数の自我」の存在に、

普段、気づけないのは、

それらが、よく「見えない=認知できない」からです。

 

それは、喩えると、

あたかも、濁った暗い水面から、

水面下の、

ぼんやりとした鯉(欲求、自我)の影を見ているようなものです。

 

それらを、ぼんやりと、

悶々とした情動の惑乱(衝動、圧迫)として、

感じているだけなのです。

 

エンプティ・チェアの技法は、

喩えると、この、

「鯉(欲求、自我)」を、一旦、

濁った暗い池から、

「澄んだ生け簀」に、移すようなものです。

 

そこにおいて、

私たちは、自分の中にある、

さまざまな複数の自我を、

目の当たりにすることができるのです。

そして、

それらを、直接見ることや、

体験することが、

できるようになるのです。

 

実際の使用場面でいうと、

ワークを展開していく中で、

クライアントの方の中に、

2つの自我の葛藤を見出すことがあります。

それは、

胸の前で、両手を合わせて、

ギューと押しあっている感じです。

 

または、

クライアントの方が、

ある感情を表現しようとしている時に、

「ノイズ」のように、

それを妨げる力(存在)を感知する場合があります。

 

そのような場合に、

クライアントの方に、

それらの存在を指摘し、

それらを、椅子に、

ロール()として、

分けて(置いて)みることを、提案していきます。

 


スライド1

 

②各「自我」を生ききる

 

葛藤がある場合、

それは、例えば、

胸の前で、両手を合わせて、

「押しあっている」ような感じとしました。

 

この状態は、それぞれが、

相手を押しているので、喩えると、

二人が「同時に」しゃべっているようなもので、

騒音(欲求・感情)が混じりあっていて、

それぞれの欲求(感情)や、

自我の言い分は、

よくわかりません。

 

さて、

「押しあっていた両手」の、

片方の手を、いきなり外すと、どうなるでしょう?

 

つっかえがはずれて、

もう片方の‎手の力が、バーンと出ます。

 

ロール()を分けるとは、そのようなことです。

 

クライアントの方に、

それぞれのロール(役)に分かれてもらい、

片方の自我の妨げを取り除いた状態で、

もう片方の自我そのものになってもらうのです。

 

そうすると、

葛藤の時には、体験もできなかったような、

各欲求(自我)の存在が、

バーンと、表に出てくるのです。

 

そして、

クライアントに、それぞれのロール(役)に、

代わりばんこになってもらい、

欲求(自我)同士の対話を、進めもらうのです。

 

さて、実は、

各欲求(自我)は、お互い、

相手に言いたいことがあったために、

相手の存在を妨げるという事態が、

起こっていたのです。

 

そのため、

クライアントの方には、

ロール()を分けた状態で、

まず、

それぞれの欲求(感情)の状態を、

十二分に体験してもらいます。

その欲求(自我)が、「何者」であるのかを、

全身全霊で、理解・認識してもらいます。

 

そして、その上で、

欲求(自我)同士の対話を進めてもらうのです。

 

そして、

お互い相手の言い分を、

十分認められるようになると、

葛藤はなくなり、

それぞれの欲求(感情)が、

自分自身になり、

各々で、並存できるようになるのです。

 

相手の欲求(自我)は、

敵やライバルではなく、

別の機能をもった仲間であると、

分かるようになるからです。

 

さて、エンプティ・チェアの技法を使った、

ワークは、大体、このような形で、

展開します。

葛藤→分離→対話→統合のプロセスを、

たどっていくのです。

 

エンプティ・チェアの技法は、

ゲシュタルト療法の代表的なテクニックですが、

大変、有効な技法であり、

単なる心理療法にとどまらない、

応用的な活用が、

可能な手法ともなっているのです。



↓実際のセッション(ワーク)は

・フリー・ゲシュタルト・ワークス

・セッション(ワーク)の実際

→お問い合わせ

ホーム

 

※エンプティ・チェアの技法について、

 もっと知りたい方は、専門姉妹サイト

 →「エンプティ・チェア・ワークス」


メルマガ登録

【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト

コチラ






エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決 ネガティブな感情の扱い方

ボディ・シグナルへの介入

夢のワーク

巡回対話の技法

 

 

ゲシュタルト療法 【基礎編】

ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル

気づきの3つの領域

やり残した仕事

複数の自我(私

心身一元論的なアプローチⅠ

心身一元論的なアプローチⅡ


 

【実践・技法編】

ワークとはⅠ 目的と効果

ワークとはⅡ 過程と構造

ワークとはⅢ 創造的解決法

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅱ

ボディ・シグナルへの介入

夢のワーク

巡回対話の技法

心理学的な人格統合

 

セッション(ワーク)の実際

 

【応用編】

葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決 ネガティブな感情の扱い方

 

【その他】

心理学的変容のマッピング

体験的心理療法

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

フリー・ゲシュタルト・ワークスについて

お問い合わせ

ホーム

 

 

 

 



エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

エンプティ・チェアの技法は、

心理療法の世界では、

ゲシュタルト療法といえば、

すぐに、

エンプティ・チェアの技法が、

想起されるほどに、

ゲシュタルト療法の

イメージとなっているものです。

 

エンプティ・チェアの技法は、

いろいろな場面において、

効果を発揮します。

 

一番、多く使用される方法は、

誰か実在の人物を、

エンプティ・チェアに置いてみて、

(居ると仮定して)

その人物に、語りかけ、

伝いたいことを伝えるというものです。

また、相手になってみて、

その気持ちを探ってみるという、形のものです。

 

この技法を、少し見てみましょう。

 

 

原理

 

さて、

心理学で、

「投影」といえば、

私たちが、心的内容を、

外部世界に投影することを、

指しています。

特に、抑圧したものを、

外部世界(他者)に映し出す、

防衛機制を指しています。

エンプティ・チェアの技法は、

この原理を応用したものです。

 

 

②技法と手順

 

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法は、

クライアントの方と、

ワークを進めるなかで、

クライアントの方にとって、

「或る人物との関係性」が、

重要なテーマであると、

また、

強い感情的な価値(付加)を有していると、

判断された場合に、

まず、提案される技法のひとつです。

 

(1)まず、

クライアントの方に、

空いている椅子や座布団の上に、

その人が居ると仮定してもらいます。

 

(2)次に、

その人に、言いたい事を伝えてもらいます。

 

さて、

簡単に書きましたが、

架空の劇にもかかわらず、

このようなこと自体が、

クライアントの方にとって、

心の負担となる場合もあるので、

慎重なやり取りや、

場の設定が必要なのです。

 

というのも、この原理は、

上の図のようになっているからです。

 

つまり、

椅子に置く、「その人物」とは、

実は、クライアントの方の、

心的内容(欲求、自我)、

そのものだからです。

 

仮に「人物A」を置いた場合、

そこに、クライアントの方が見ているのは、

人物Aに投影している、

自分の心的欲求A(自我A)そのものなのです。

(本人は、それに気づかず、そこに、

人物Aそのものを見ていると思っていますが)

 

そして、この場合、

人物A=心的欲求Aとの「関係性」において、

自分を、ただちに、

心的欲求C(自我C)と同一化します。

 

ポイントは、ここです。

 

心的欲求(自我)ACとの関係性(=カップリング・非対称性)のなかで、

自己のアイデンティティが、

規定されてしまっているのです。

 

これが、

普段の人間関係のなかでも、

私たちが、

不自由になってしまう理由です。

私たちは、

実在の他人に拘束されているのではなく、

他人に投影している、

自分自身の心的欲求の構造に、

拘束されているのです。

(有名な、

トップドッグ(超自我)とアンダードッグ(エス)カップリング、

世間に多い、加害者と被害者のカップリングも、

心の非対称的な構造として、

クライアントの方の心の中に、

存在しているものなのです)

 

そのため、

無意識にある、

この心的欲求(自我)ACとの関係性を、

十分に意識化することや、

その硬化した非対称的な構造(葛藤・緊張)を、

変化(流動化)させることが必要なのです。

 

そのためには、

この非対称的な拘束のなかで、

緊張凝縮している感情を、

解放していくことが必要なのです。

そうしなければ、

十分な自由や、

気づき awarenessの水準を、

得られないのです。

 

そのため、

(技法としては)

今同一化している自我Cになった場合は、

そこでの、感情体験を、メッセージを含めて、

十分に、余すところなく、

人物(自我)Aに表現し、伝える必要があります。

(希望、願望、恐れ、不安等々も含め)

それが、自我Cの十全な表現となり、

十全な存在を、導くのです。

 

もしも、

ここで、 「自我C」に充分、

同一化できていなく、

その情動が十分に表現されない場合は、

「自我C」は、

「自我C」ではなく、

「自我C(-A)」のように、

「Aの存在に毀損されたC」の存在に、

とどまってしまうのです。

そうなると、

非対称的な拘束を脱するのに、

不足が生じてしまうのです。

ここには、

注意深い観察とアプローチが必要です。

 

 

(3)役割交替

 

さて、次に、

クライアントの方に、

Cから、Aの椅子(位置)に、

移動してもらいます。

 

すると、

クライアントの方は、直ちに、

心的内容(自我)Aに同一化します。

 

この原理は、催眠で言うところの

アンカリングです。

 

先ほどのCの役の時に、

Aの椅子に、心的欲求(自我) Aを投影していたので、

Aの椅子に、座った時に、

直ちに、Aに同一化するのです。

 

逆に言うと、Cの時に、

Aの椅子に、心的欲求(自我) Aを、

クライアントの方が、

十分に投影できているかが、重要なポイントです。

この投影が、十分になされていないと、

椅子を代わったところで、

十分にAに同一化することができないからです。

そして、

この同一化を通して、

クライアントの方は、

それぞれの自我の欲求や情報を、

深いレベルで得ることができるのです。

 

そのため、

ファシリテーターは、

クライアントの方が、

それぞれの役の時に、

その心的欲求(自我)に、

十分に(混じり気なく)

同一化できているかを、

きちんと、確認しなければなりません。

もし、そうでない場合は、

別の心的内容(自我)が、

そこに存在している可能性もあるので、

場合により、

「別のアプローチ()を、

導入検討しないといけないかもしれません。

 

 

(4)役割交替の繰り返し

 

さて、そして、

この役割の交替を、何度か繰り返します。

 

すると、

同じ意識(気づき)が、

各自我に同一化していくことで、

情報が分断していた、非対称的なACの間に、

情報の流通(横断)がつくりだされます。

対称性が生まれだします。

 

役割交替を、

何回も繰り返す必要性は、

心的欲求の非対称性とは、

クライアントの方の中で、

信念(ビリーフ)や情動として、

役割として強く硬化しているので、

揺するように溶かしていかないと、

なかなか、

それぞれの自我の深いところ(深部)に、

同一化をすることが、

できないからです。

 

役割交替を繰り返すことで、

エネルギーを流動化させて、

拘束性を振りほどくように熔解しないと、

各自我それ自身(単体)に、

なかなか同一化をすることが、

できないからです。

 

そして、

クライアントの方自身が、

心的欲求AとCを、十分に切り分けて、

同一化・体験できた後にはじめて、

クライアントの方は、

自分が、いままで、

外部世界や人物に投影していた、

心的欲求AとCの姿に、

気づくことができるのです。

 

クライアントの方が、

実在するAさんに投影していた、

心的欲求Aの姿を、

自分でも、

アハ体験のように気づき、

驚くのです。

幻想や霧が晴れたように、

すっきりした感じを得ます。

そして同時に、

実在するAさんに投影していた、

心的欲求A自体が、

自分自身のパワーであったことに気づき、

それを、我が物とするのです。

 

 

さて、以上が、

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法の、

あらましです。

 

この技法は、さまざまな活用場面を持っており、

また、その効果も絶大です。

そのため、ゲシュタルト療法を超えて、

色々な流派でも、採用されることになったのです。


↓実際のセッション(ワーク)は

・フリー・ゲシュタルト・ワークス

・セッション(ワーク)の実際

→お問い合わせ

ホーム


※エンプティ・チェアの技法について、

 もっと知りたい方は、専門姉妹サイト

 →「エンプティ・チェア・ワークス」

 

メルマガ登録

【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト

コチラ

 

 


エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅱ

葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決 ネガティブな感情の扱い方

ボディ・シグナルへの介入

夢のワーク

 

 


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ




 

変性意識状態の治癒効果

さて、

変性意識状態(ASC)について、

興味深い点は

変性意識状態それ自体が、

大きな治癒(癒し)効果を、

持っているという点です。

 

それは、

変性意識状態においては、

普段、顕在化していなかった、

エネルギー、深い感情、微細な情報が、

活性化・流動化して、

意識でも、とらえられるようになります。

意識とそれら情報の間に、

交流が可能となるためです。
 

その結果、

通常の日常意識状態においては、

硬化し、滞っていた、

エネルギーや、深い感情、生命情報が、

滑らか、かつ、速やかに、

流れるようになるのも一因です。

 

その状態は、同時にまた、

心と肉体の潜在能力が、

深いレベルから解放された状態です。

 

その状態の中では、

心身をきちんと整えようという、

生体の自律的なプロセス、

自然治癒プロセスが、

活性化して来て、

私たちを、再編成していきます。

それが故に、

変性意識状態(ASC)が、

治癒作用を持つものとなるのです。

 

例えば、

「ブリージング・セラピー」などは、

呼吸法を利用した、

心身の深いプロセスを活性化するだけの、

方法論ですが、

強い変性意識状態(ASC)の作用によって、

大きな治癒効果を発揮することとなるのです。

ブリージング・セラピー参照

 

そのため、

意図的に、

変性意識状態(ASC)に入るスキルを、

身につけることは、

心理的な治癒においても、

能力・創造力開発面においても、

ともに効果的な事柄と、

なっているわけです。

 

当スペースでは、

クライアントの方が、

自在に、変性意識状態(ASC)と、

日常意識を往還できるようになるスキルを、

獲得してもらうことを、

重視しているわけです。

 

 

※この治癒も含めた、変性意識状態(ASC)への

より総合的な方法論については、拙著↓

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』

をご覧下さい。



関連記事

X意識状態(XSC)と、意識の海の航海について

「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ



野生と自然

 

◆自然と私たち

 

さて、

ゲシュタルト療法や、
体験的心理療法などの、
心理的な探究を長年つづけて、

心身がほぐれていくと、

意識の可動域が拡大し、
個人に限定されない、
さまざまな領域にまで、
自己の範囲が、

広がっていくこととなります。

 

そのことは、やがて、

「自然」というものに対する、

私たちの関係を変えていくことにもなるのです。

 

このことは、

人間関係(関係性)だけを突き詰めていくことによって、

しばしば行き詰ってしまう、

従来的な心理療法に対する、

別種の観点としても、意味を持って来るのです。

精神科医の加藤清は言っています。

 

「もしクライエントとセラピストとの関係、

人間の関係だけであれば、

場の基底がもうひとつ弱い。

そこに、ディープ・エコロジカルな基盤があってこそ、

出会いが成立する。

人間と人間との出会いは同時に、

自然とクライエントとセラピストの出会いでもある。

魂の出会いといってもいい」

(加藤清、上野圭一『この世とあの世の風通し』春秋社)

 
 

ところで、
心身一元論的なボディワーク・セラピー
ブリージング・セラピーなどの、

体験的心理療法の中では、

肉体という領域への、

感受性を深めていくため、
私たちが自然の生物として持っている
深層的な能力についても、
各種の気づきがひろがっていきます。

 

また、グループワークを主体とする、

体験的心理療法では、
仲間との協働で、セッションを進めるため、

私たち自身の「群れ(集団)」としての側面について、
新たな気づきの洞察が深まっていきます。

 

実際、グループ・セラピーの現場では、
しばしば、ありえないような形で、
人々の心の共振・共鳴が生じます。

それは、物理的な共振・共鳴とまったく同様です。

 

そこにおいて、私たちは、

意識や感情エネルギーの物質的的な基盤について、
深い感覚的な理解を得ていきます。


◆人間種を超えて

 

さて、このような「つながり」の感覚は、

その感受性を延長していくと、

人間共同体(家族、仲間、社会)を超えて、
自然や大地、動植物、鉱物にまで、

およんでいくこととなります。

知覚力や心が、研ぎ澄まされ、

身体として浸透していくかのようです。
これらは知的なものとしてではなく、
直接のつながりの感覚として、

得られていくのです。

 

 

◆シャーマニズム的な姿勢

 

ところで、自然とじかに交わり、
大地との交感を深めていくといえば、
伝統には、それはシャーマニズムの領域と、

重なっていくことともなります。

そのため、当スペースでは、

心理療法に基盤を置きつつも、

そのような観点から、

これらの取り組み全般を、

シャーマニズム的な姿勢であると、

見なしているのです。



※気づきや野生、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。



関連記事
シャーマニズムについて
『生物都市』と鉱物的な変性意識状態(ASC)
フロー体験について
サバイバル的な限界の超出 アウトプットの必要と創造性



 

 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ


 

ブリージング・セラピー(呼吸法) BPM

o0600042110251752182
H.R.ギーガー


ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰでは、

スタニスラフ・グロフ博士の、

「ホロトロピック・ブレスワーク」の

実際のセッション体験について記しましたが、

この理論の前提となっている、

「分娩前後マトリックス」について、

ここでは少しご紹介しましょう。

 

※S・グロフ博士の『脳を超えて』

(吉福伸逸他訳 春秋社)という大著があります。最下部の一覧表は、同書からの引用です。

 

 

◆「出生外傷(バース・トラウマ)」の発見

―「分娩前後マトリックス」

 

博士は、当初、LSDを使った心理療法を行なっていましたが、

クライアントとの、数千回にわたる、LSDセッションを行なう中で、

人間の深層に、「出生外傷(バース・トラウマ)」が、

存在することを発見しました(そう判断しました)。

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof

 

人間が、

「胎児として、子宮から、膣道を通って、出産される」

という強烈な体験過程の記憶です。

それがLSDセッションでは、

回帰(再体験)して来ることになります。

 

これを、グロフ博士は、

これを、基本的分娩前後マトリックス

BPM Basic Perinatal Matrix)として、

体験のフェーズごとに、

BPMⅠ~ BPMⅣまで、

4つに分けて、詳説しています。

 

そして、それらが。

「原トラウマ」として、

その後の人生に大きな影響を与えていることと、

考えたのです。

それらは、

精神障害で現れるタイプ・傾向から、

日常生活での好み嗜好/強迫観念、

性的な好み嗜好まで、

その人を貫く大きな要素として、

存在しているという仮説です。

 

 

BPMⅠ 母親との原初の融合

 

最初のフェーズです。

これは、胎児が、母親の子宮の中に、

たゆたっている状態です。

子宮内が、良好な状態であれば、

これは、安逸の体験です。

子宮内が、胎児にとって、

不愉快な状態であれば、最悪の体験です。

胎児にとっては、子宮内が、

宇宙そのものであるからです。

 

 

BPMⅡ 母親との拮抗作用

 

やがて、出生の時期を迎えます。

胎児は、子宮口に吸い込まれていく体験に入ります。

胎児にとっては、危機的な状況です。

窒息や吸引など、様々な脅威が、

この体験過程の表象となっています。

 

 

BPMⅢ 母親との相助作用

 

産道・膣道を通って、出産される場面です。

胎児は、膣道の万力のような圧倒的な力に、

自己が、押し潰されそうになる脅威を感じます。

膨大なエネルギーが、発散・放出されます。

同時に、ぞっとするような性的でもある、

火山的エクスタシーを体験することもあります。

 

 

BPMⅣ 母親からの分離

 

実際に、出産されて、

母親の外に出る体験です。

恐ろしい苦難の後の、

突然の解放体験となります。

 

 

さて、以上のような4つのフェーズが、

原型的な体験となって、

私たちの心身の底に巣食い、

その後の人生に与えるというのが、

この仮説です。


※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著 『砂絵 現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい。


※関連記事

 映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識


メルマガ登録

【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト

コチラ


 

 
ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰ


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ

グロフ『脳を超えて』(春秋社)より
BPM1sBPMs2
BPMs3
BPMs4


 

ブリージング・セラピー(呼吸法)事例

ここでは、

「体験的心理療法」の典型として、

「ホロトロピック・ブレスワーク」と、

その事例を紹介したいと思います。

その治癒的な効果と、

変性意識状態の有り様が、

よく分かると思われます。

 

ブリージング(呼吸法)を使ったセラピーは

各種あります。

呼吸は、私たちの意識と無意識をつなぐ、

とても重要な媒体(要素)であり、

そのため、古今東西の瞑想技法でも、

重視されているものです。

 

たとえば、私たちは、日頃よく、

「呼吸」を止めることで、

「感情」を抑制しようとします。

思わず「息を止める」という行為です。

 

現代人にとって、これは、

子供の頃からの習い癖となっていて、

そのため、肉体自体(肺や横隔膜)が硬化して、

呼吸が深くできないという人がいます。

 

しかし、そのことによって、

その人は、

「生々しい感情」から、

守られていることにもなります。

その一方で、

生き生きとした生命力の不足に、

悩まされたりもします。

 

そのため、

呼吸をなめらかに滞りなく流すこと自体、

自分の感情を、なめらかに流していくことにつながります。

(各種のボディワーク・セラピーにおいては、

身体の硬化したブロックを、

直接的に、ほぐしていくことで、

このプロセスを促進していきます)

 

自分の感情を抑えたり、コントロールすること

習い癖にしている人は、

感情を深く体験することにはじめ恐怖を感じます。

また、呼吸の開放によって、

感情のコントロールを失うんじゃないかと

恐れを抱きます。

 

しかし、心配は不要です。

コントロールは、自然に働くものです。

また、そういう人は、

穏やかな呼吸法を使った瞑想法を、

まず実践してみるといいのです。

感情の開放と、呼吸のコントロールとの、

自然で統合的なつながり(流れ)を見出し、

自分自身の新たな在り方(可能性)に、

気づくことができるでしょう。

 

さて、ブリージング・セラピーでは、

このような呼吸の特質を使って、

心の深層の次元に、アクセスしていく、

強い方法論なのです。


 

◆ホロトロピック・ブレスワーク

 

「ホロトロピック・ブレスワーク」とは、

スタニスラフ・グロフ博士が、開発した、

ブリージング・セラピーです。

グロフ・ブリージング、ホロトロピック・ブリージングとも、

呼ばれたりします。

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof

博士は、当初、

合法だったLSDを使った心理療法を行なっていましたが、

LSDに法的規制が加わった後、

ブリージング・セラピーでも、

同様の内的プロセスを促進できることを発見し、

その方法論を体系化したものです。

詳しくは、

S・グロフ博士の『自己発見の冒険』

(吉福伸逸他訳 春秋社)などに、

詳しい記述がありますで、そちらをご覧下さい。

 

ここでは、ポイントだけを記してみいきます。

 

①セッションの方法

 

1セッションで、

1時間から数時間かけて行ないます。

 

セッションは、二人一組になり、

中心のクライアント(ブリーザー)と、

サポートする「シッター」と役割を決めて、

行ないます。

 

クライアント(ブリーザー)が、行なうことは、

セッションの間の数時間、

大音響で、音楽が流れる中、

ただ、「過呼吸」を行ない、

生起して来る内的プロセスに、気づきをもって、

身を委ねるだけです。

プロセスは、自然に生起してきます。

その中で、

起承転結が、自然に起こるのです。

 

 

②内的プロセス セッションの経過

 

グロフ博士は言います。

 

「たいていの場合、ホロトロピックな体験は、

オルガスム曲線を描き、感情のもの上がりとともに、

身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、

突如の解決に導くといった経路をたどる」(前掲書)

 

この内的・現象的・症状的な経過は、

とても自然な流れで起こり、

私たちの内部の〈自然〉の圧倒的な自律性(知恵)を

感じさせる類いのものです。

 

セッションの間は、

主観的には、この体験が、

どこに向かうのか、何が起こるのか、

まったく予測がつかない状態ですが

症状や体験過程が、ある程度、進行して来ると、

そのプロセスに無理がなく、

私たちの経験的な体感覚とマッチしていることもあり、

とりあえずは、その過程の行く末に、

任せてみようという気になってきます。

 

 

◆「出生外傷(バース・トラウマ)」

―「分娩前後マトリックス」

 

「出生外傷(バース・トラウマ)」は、

フロイトや弟子のオットー・ランクらが、

人間の深層にあるトラウマとして、指摘していたものです。

しかし、その指摘は、どこか暗喩的なニュアンスがありました。

 

グロフ博士は、

クライアントとの、数千回にわたる、

LSDセッションを行なう中で、人間の深層に、

文字通りの物理的・体験的記憶として、

「出生外傷(バース・トラウマ)」が、

実際に存在することを発見(判断)しました。

 

クライアントの、

「胎児として、子宮から、膣道を通って、出産される」

という物理的な体験の記憶です。

 

これを、グロフ博士は、

基本的分娩前後マトリックス

BPM Basic Perinatal Matrixとして、

BPMⅠ~ BPMⅣまで、

4つのフェーズに分けて、詳説しています。

 

実際の、「産道体験」である同時に、

その、それぞれのフェーズに、

特徴的な存在状態の解説となっており、

そして、どのフェーズで、

トラウマな固着をもった場合に、

人生で、どのような傾向の問題(妄想)を

引き起こすかを、体系化したのです。

 

 

◆体験例                    

 

ここでは、

筆者の体験を引用しておきましょう。

ブリージング自体は、

過去に何回も、行なっていますが、

ここでは、はじめて、

顕著な体験をした時のものを、

拙著の『砂絵Ⅰ』より引用しておきます。

 

この時点で、既に何回か、ブリージングは、

行なっていましたが、

これといって、

特別な体験は何も起こっていなかったので、

この時も、さしたる期待もなく、

セッションを始めたのでした。

 


「……………………………
………………………
…………………

いつものように、
音楽に気を紛らわし、
過換気呼吸に、
集中していく…

過換気自体は、
不快なだけ、
苦しいだけ、
といってもいい…

探索するよう、
手さぐりするよう、
感覚と手がかりを求め…
呼吸を続けていく…

…………
………………
熱気が高まってきて…
顔や皮膚に、
ちりちりと、
蟻が這うよう、
痒さが走る…

茫漠とした不安に、
さきの見えない、
不快感が、
つのっていく…

呼吸に集中し…
気づきを凝らし…
内側から、
深層のプロセスが、
生起して来るのを、
見つめている…

光の斑点が、
眼の裏に、
交錯し、
輪舞する…

どのくらい、
経ったのか…
汗ばむ熱気の中、
苦しさは薄まり…
痺れとともに、
遠いところから、
満ちて来る、
生理の、
深いざわめきに、
気づく…

呼吸を続け、
その波を、
増幅し、
持続させることに、
集中する…

いつものよう、
手足のさきが、
痺れはじめ…
熱気の中、
斑らに現れる、
奇妙な汗ばみ…
冷たさの感覚… 

とりとめのない、
記憶や映像が、
夢の破片ように、
去来する…

どこへ向かっているのか、
予想もつかない…
しかし、
何かが、
満ちて来る気配…

内側の遥かな底に、
荒れ騒ぐよう、
何かが高まり、
生起する感覚…

呼吸を続け…
意識が、
途切れがちになる…
呼吸を保ち…
意識をただし…
気づきを凝らし…

………………………
………………
…………

どのくらい、
時間が経ったのか…
明滅する意識の向こうに、
ふと気づくと、
そこに、

「胎児である自分」

がいたのである…

それは、
記憶の想起ではなく、 
今現在、
今ここで、
「胎児である自分」
なのであった… 

感じとられる、
肉体の形姿が、
からだの輪郭が、
いつもの自分とは、
完全に違っている…

巨大な頭部に、
石化したよう、
屈曲した姿勢…
激しく硬直する、
腕や指たち…

手足のさきが、
堅く曲がり、
樹木のよう、
奇妙な形に、
ねじくれている…

からだ全体が、
胎児の形姿、
姿勢である…

そして、
気づくのは、
今ここに、
自分と重なって、
「その存在がいる」
という、
圧倒的な、
臨在の感覚である…
その存在の、
息吹である…

それは、
自分自身である、
と同時に、
かつて、
そうあったであろう、
「胎児である自分」
との二重感覚、
だったのである…

「いつもの自分」
の意識と、
「胎児である自分」
の感覚(意識)とが、
二重化され、
同時に、
今ここに、
在ったのである…

分身のよう、
多重化された、
肉体の、
感覚の、
意識の、
圧倒的に、
奇妙な現前が、
在ったのである…

そして、
ふと気づくと、
手足は、
異様なまでの、
硬直の激しさである…

その筋肉の凝縮は、
普段の人生の中では、
決して経験しない類いの、
岩のような硬直と、
巨大な圧力である…

自分の内部から、
このように、
途方もないエネルギーが、
発現している事態に、
驚いたのである…

肉体の深い層から、
生物学的で、
火山的なエネルギーが、
顕れていたのである…

………………
…………

何の感覚か…
まとわり、
ぬめるよう密閉感… 
粘膜のよう、
煩わしい、
冷たい汗ばみ…
奇妙な匂い…

内奥に、
深く凝集し、
細胞的に遅延する、
時間の感覚…
生理的な、
生物的な、
渇き…

胚のよう、
種子のよう、
濃密に凝縮する、
発熱の、
震え…

暗闇に、
ぼうと浮かぶ、
輝くような、
始源の感覚…
宇宙的な、
未明の、
けはい…

肉と骨の奥処に、
岩のよう、
苛烈な硬直の、
軋み…

烈火のよう、
力のエネルギーが、
尽きることない、
火力が、
終わることなく、
滾々と、
放出されていたのである…

………………………………
………………………

 

 

さて、このセッションは、

「胎児のとしての自分を見出し、体験する」

ということを体験の絶頂として、

身体の猛烈な硬直も、それ以上には進まず、

終息に向かっていきました。

 

主観的には、

この胎児との遭遇は、

大きな感情的なインパクトを持ちました。

生命の自律性に対する畏怖の感覚や、

その原初の輝きを、

目撃し、同一化する体験となったのです。

 

 

◆体験の後

 

さて、このセッションの目覚しい効果は、

その翌日に、すぐ現れました。

 

肉体の深層に埋め込まれていた、

硬化した緊張が無くなり、

膨大な量のエネルギーが、

解放されていたのでした。

そして、逆算的に、

昨日まで、そのような膨大なエネルギーの、

圧迫を抱えて生きていたことに、

その朝、気づいたのです。 

 

普段、そのようなことは、

意識もしていませんでしたが、

無くなってみてはじめて、

心身の深層に、

そのような苦しく重圧的なプログラムが、

埋め込まれていたのに、

あらためて気づいたわけでした。

 

そして、自分がすでに、

「解放された存在」になったことに、

あらためて感じ入ったわけでした。

 

 

※変性意識状態(ASC)へのより統合的なアプローチは、

 拙著『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』をご覧下さい。


※関連記事

 映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識


メルマガ登録

【FG通信】具現化のための、気づき・変性意識・ゲシュタルト

コチラ


 

 

ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅱ BPM

→変性意識の治癒効果
 

【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ

体験的心理療法とは はじめに

当スペースで、

「体験的心理療法」と呼んでいるものは、

主に、1960年代に、

米国西海岸を中心に広まった

心理療法のタイプの一群です。

 

当スペースの中心技法である、

ゲシュタルト療法エンカウンター・グループ

ボディワーク・セラピーや、ブリージング・セラピーなどが

代表的なものです。

また、当時の普及のメッカとしては、

エサレン研究所 Esalen Instituteなどが

知られています。

 

エサレン研究所の所長、

マイケル・マーフィーは、

その活動初期に、

エンカウンター・グループを体験し、

これは、「サイケデリック物質と同じくらい、

人を恍惚とさせるものだ」と感じたようです。

そして、これを、

「新しい、アメリカのヨガであり、

個人と宇宙とを結合する道だ」

と思ったようです。

(W・T・アンダーソン 『エスリンとアメリカの覚醒』 誠信書房)

 

そして、実際、

この地から、

心理療法の新しい潮流も、

ひろまっていったのでした。

 

「私は、以前より、開かれ自発的になりました。

自分自身をいっそう自由に表明します。

私は、より同情的、共感的で、忍耐強くなったようです。

自信が強くなりました。

私独自の方向で、宗教的になったと言えます。

私は、家族・友人・同僚と、より誠実な関係になり、

好き嫌いや真実の気持ちを、

よりあからさまに表明します。

自分の無知を認めやすくなりました。

私は以前よりずっと快活です。

また、他人を援助したいと強く思います」

(ロジャーズ『エンカウンター・グループ』畠瀬稔他訳/創元社)

 

エンカウンター・グループ体験者の言葉です。

このような、心のしなやかさや感度の獲得は、

どのような体験的心理療法を体験したとしても、

それが、充分に深められた場合には、

おおよそ、共通している要素です。

 

ゲシュタルト療法エンカウンター・グループは、

実際に表現してみることや、

人間相互のやりとりを通して、

知的な解釈ではない、

深い感覚(感情)的体験を、

直接経験していきます。

 

ボディワーク・セラピーや、

ブリージング(呼吸法)・セラピーは、

身体に直接働きかけ、

そこから出発することで、

知的に乖離しているクライアントの、

存在の深部から、

直接に作用をさせます。

その分、効き方も、

強いもの(強度の体験)になります。

そのことにより、

深部の心理プログラミングを、

書き換えていきます。

 

知的なフィルターのせいで、

袋小路に陥ってしまっている、

現代人の多くにとっては、

めざましい自然治癒を活性化させる、

有効な療法でもあるのです。

 

また、体験的心理療法は、

深部からの心身一元的な領域で、

開放を促すため、

意識の多様な領域を、

開示することにもなります。

 

変性意識状態へのアクセスにおいて、

特に、実践的で、

有効なアプローチとなっています。 

 

筆者自身、実際に、

さまざまなセッションを体験してみて、

そのめざましい効果や、

体験世界のひろがりに、

圧倒されたのでした。

また、自分が自発的に持っていた、

変性意識状態を理解する、

方法論であることを、知ったのでした。

 

 

現代の日本では、

体験的心理療法は、

あまり一般の認知がなく、

場合によっては、

自己啓発セミナーなどと混同されてしまうという、

残念な結果となっています。

 

当スペースでは、

ゲシュタルト療法の他に、

周辺領域にある、

さまざまな体験的心理療法の、

知見や技法も活かして、

心の悩みの解決や、

潜在的力の開発に、

役立てています。

 

(スタニスラフ・グロフ博士のインタビュー

http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof 

「ワーク」とはⅠ 目的と効果

ゲシュタルト療法では、

クライアントとファシリテーターが行なう

セッションのことを、

ワーク work と呼びます。

そこで、

なんらかの悩みや課題を

解決することを目指します。

 

米国由来の体験的心理療法では、

クライアントとして、

セッションをすることを、

大体、「ワークする」と呼びます。

 

ゲシュタルト療法は、

基本的には、

グループ・セラピーなので、

ワークを希望するクライアントが手を挙げて、

ファシリテーターと、

皆の前で、ワークをします。

 

個人セッションの場合は、

二人で行ないます。

1回のワークは、

大概30分~90分位かけて行ないます。

 

※実際のワークのイメージをつかむには、

セッション(ワーク)の実際」をご覧ください。

 ここでは、より原理的、構造的な解説となります。 

 

それでは、

ワークの目的と、その効果について、
見てみましょう。
 

◆ワークの目的① 「未完了の体験」の完了

最初のところで、

ゲシュタルト療法の基本概念として、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」

見ました

 

そして、人は、

その欲求充足の過程(サイクル)の中で、

強度の欲求不満を持つと、

「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」が、

心の中に、

残ってしまうということについて、

触れました。

 

そして、そのことが、

私たちの中に、

苦痛を生み出し、

人生を生きていく上での、

欲求や行動の制限、

生きづらさを、

つくり出しているというわけです。

 

さて、

(少し単純化していうと)

ゲシュタルト療法のワークの、

第一の目的は、

この「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」を、

ワークの中で、

「完了させる」ことにあります。

 

ワークを展開する中で発見した、

「やり残した仕事」

「未完了の体験」を、 

技法的な工夫により、

「その時やれなかったことをやる(行なう)」ことによって、

完了(充足)するのです。

 

そのことにより、

クライアントの方の中にあった、

強い感情の塊り(緊張し鬱積していたもの)が、

弛緩・解放され、

心理的なプログラミングが、

書き換えられるのです。

 

 

◆ワークの目的② 「葛藤状態」の解消

さて、別のところで、

私たちの内部にある「複数の自我」が、

葛藤・対立することによって生ずる、

「葛藤状態」についても見ました。

このことにより、

私たちの中に、

生きづらさの苦痛が、

生じているのです。

 

さて、ワークの第二の目的は、

この「葛藤状態」を解消することです。

 

エンプティチェア(空の椅子)の技法などを使い、

「複数の自我」を、

複数の椅子に分けて配置し、

自我同士の対話・交流を、

行なっていきます。

 

そうすることで、

分裂・対立していた自我の間に、

情報とエネルギーの交流が起こり、

「葛藤状態」が、解消されていくのです。

葛藤解決の技法

 

 

◆ワークの効果

「未完了のゲシュタルト」が完了すると、

心の底に閉じ込められていた、

膨大なエネルギーが解放されます。

(未完了のエネルギーを、

閉じ込めるのにも、

また膨大なエネルギーが必要だからです。

ここにも、実は葛藤が存在していたのです)

 

そのため、

これらの葛藤がなくなると、

主観的には、

大きな高揚感や、

エネルギーが増大した感覚を得ます。
 

実際、心の葛藤の解消は、

同時に、肉体エネルギーの解放性を高めるので、

実際、物理的にも、

体力(エネルギー)は高まっていくのです。

 

また、葛藤状態(という内的分裂)が減った分、

「統一した自分自身」という、

より強い、主体的な力の獲得の感覚を得ます。

その結果、

生きていくこと全般に対して、

能動的で、肯定的になっていくのです。

 

また、

未完了の体験(ゲシュタルト)の完了は、

それによって生じていた、

認知の回避や歪み、

制限的信念(リミティング・ビリーフ)を壊すので、

物事を洞察する際の、

不要な囚われ(心理的投影)がなくなり、

創造力や能力においても

明らかな拡張を得るのです。

 

過去に較べて、

頭抜けたパフォーマンスを、

出しやすくなるのです。

 

そして、これらが、

プログラムの改変として、

恒久的な効果として、

現れて来るのです。 

 

次の、エンカウンター・グループ経験者の言葉が、

このあたりの消息を、よく伝えています。

 

「私は、以前より、開かれ自発的になりました。

自分自身をいっそう自由に表明します。

私は、より同情的、共感的で、忍耐強くなったようです。

自信が強くなりました。

私独自の方向で、宗教的になったと言えます。

私は、家族・友人・同僚と、より誠実な関係になり、

好き嫌いや真実の気持ちを、

よりあからさまに表明します。

自分の無知を認めやすくなりました。

私は以前よりずっと快活です。

また、他人を援助したいと強く思います」

(ロジャーズ『エンカウンター・グループ』畠瀬稔他訳/創元社)

 

ゲシュタルト療法においても、

これらと同様の成果が、

見られていくのです。

 


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
メニュー/料金
著作紹介
メルマガ登録
お問い合わせ


 

心身一元論的なアプローチⅠ

①心身一元論 ―全体論

 

さて、思い起こしていただきたい。

 

私たちが、初めての人に会った時、

何をもって、

その人の人格や存在を感じとり、

「この人は、信用できる」とか、

「この人は、信用できない」とか、

評価したりしているのでしょうか?

 

私たちは、

その人の表情やしぐさ、声の調子、

全身から発散する雰囲気を感じとり、

その人を、評価しています。

 

さて、

人間の本質を見る時に重要なのは、

その人の「話している内容(コンテンツ)」では、

ありません。

 

その人の「話している状態(プロセス)」、 

その人の「話し方」と、

その調子・雰囲気に、

その人の本質が表れているのです。

 

このことを、

私たちは経験上、知っています。

 

 

◆自己一致と不一致

 

自己一致self-congruence

という言葉があります。

その人の、自己概念と実際の経験とが、

意識と無意識が、

一致している状態を示す言葉です。

 

よく自己一致している人は、

自然です。

私たちに、

心地良い波動を感じさせます。

自己一致とは、

自己の存在に、矛盾なく根ざすことによって、

可能となるものです。

 

一方、

私たちの多くは、

自己一致してところを色々持っていますが、

特に強く、自己一致していない人は、

その感じが態度に出ます。

 

その自己不一致、違和感、不協和音が、

からだの緊張、不自然さ、こわばりとして、

表に、雰囲気として、出ています。

どこか不調和な、

居心地の悪い波動を

感じさせます。

私たちが、

嘘をついている人を見破れるのは、

そのためです。

 

では、

この自己不一致は、

どこから来るのでしょう?

 

 

◆身体という表現の経路

 

この自己不一致は、

別に記した複数の自我(私)の、

葛藤状態から来ているのです。

 

内的葛藤は、

言葉(話している内容)と、

身体との不一致。

声の調子(言葉と音声の不一致)。

身体の雰囲気として表れるのです。

 

大概、人は、

自分が同一化している

自我を主体として、

その他の自我たちを抑圧しています。

 

しかし、抑圧された自我たちは、

身体という回路(チャンネル)を通して、

自己を表現して来るのです。

 

他人は

身体に現れた別の自我に、

分裂しているその人や作為に気づき、

違和感を感じるのです。

 

そのため、

自己不一致している、

その裂け目に、

その人の本質が、

見え隠れしているともいえます。

 

ところで、ゲシュタルト療法では、

このような心身一元的な人間理解を、

そのまま、具体的なセラピー技法としても、

活かしていきす。

 

クライアントの方が、

心身の統合進めていくための、

有効な介入の糸口として、

利用していくのです。

「ボディシグナルへの介入」

 






 

「ワーク」とは その効果と構造

複数の自我(私)

ゲシュタルト療法

ホーム 


複数の自我(私)について―心のグループ活動

 

さて、

ゲシュタルト療法のワーク、

実践経験を積んでいくと、

ある奇妙な事柄を

理解(実感)していきます。

 

ゲシュタルト療法の技法では、

有名な、

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法

というものがあります。

 

さまざまな使用場面がありますが、

代表的な使い方に、

セッション(ワーク)の中で、

クライアントの中から出てきた(見出した)

複数の感情や思考を、

それぞれ切り分け、取り出して、

それぞれの、エンプティ・チェア(空の椅子)に、

置いていくというものがあります。

 

そして、

クライアントに、

実際に、その各椅子に座ってもらい、

それぞれの感情そのものに

成りきってもらいもらい、

それを表現してもらうものです。

 

さて、

筆者も最初、

実際にそれらを経験をしてみるまでは、

はたで見ていて、

そんなことをやって、

本当に効果があるのかと疑問に思いましたが、

実際にやってみると、

驚いたことに、

それぞれの空の椅子に座るごとに

それぞれの、

「生きた感情・感覚・意欲・記憶の有機的なセット」、

つまりは、

「自我状態 ego stateそのものが、

自分の内側から忽然と、

出現してくるのでした。

 

そのような、実体験を、

数多く繰り返して、

理解(痛感)できたのは、

私たちの自我とは、

「複数の存在である」

という事実でした。

 

私たちの自我の単一性とは、

意識面での表象機能であり、

その内実をつくる、

「自我そのもの」は、

その下方で、

次々と、入れ替わっているということでした。

 

精神分析や交流分析(TA)などでも、

心の機能の分化や、

自我状態 ego stateといって、

私たちの内部にある自我状態を区別しますが、

これは、単なる機能ではなく、

本当に、そのような自我状態が、

「人格的として」存在し、生きられている、

ということなのでした。

 

そしてまた、実際のところ、

この複数の自我は、

三つ(三区分)に留まるものではなく、

さまざまな状況や経緯により、

数限りない自我を創り出している、

ということなのでした。

 

つまり、心は、

「グループ活動」

をしている存在であるのです

 

………

 

さて実は、

私たちは、日常生活でも、

普段からこの事態に遭遇しています。

 

ある時、何かを決断して、

「これからは、絶対○をやるぞ!

「もう、こんなは絶対にしない!

などと、あれほど強く決断したのに、

翌日には、ケロッと忘れてしまいます。

 

しかし、

それは、忘れたのではなく、

違う自我()だから、

自分の経験(決意)ではないのです。

記憶はあっても、

その自我にとっては、

自分の経験ではないため、

感情的な動機付けがないのです。

 

上に図にしましたが、

「自我A」があることを、強く決めても、

いざ実行するときは、

別の「自我C」になっており、

なんとも、気持ちが乗らないということに

なっているというのは、

よくあることです。

 

図にあるように、

「自我は複数」の存在です。

「意識」が、都度都度、

各自我に同一化することで、

「私」の、

見せかけの同一性や連続性が、

保たれているのです。

 

そして、「自我」とは、

一般のイメージと違って、

必ずしも「意識」ではなく、

大部分が、

「無意識」の領域にある、

ということです。 

「意識」に同一化されて、

各自我は、

はじめて「私」となりますが、

大部分を無意識の状態として、

棲息しているということです。

 

ゲシュタルト療法では、

技法的には、

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法などを使い、

無意識にある各自我を、

意識の下に取り出し、

自我間の対話や、

情報の交流を促していきます。

そのことにより、、

各自我間の葛藤や分裂を、

統合していくこととなります。

 

(※1)

ちなみに、原理面を、

補足説明しますと、

上記のエンプティ・チェア(空の椅子)の技法で、

それぞれの椅子に座ることによって、

それぞれの自我状態が、出現してくるというのは、

各椅子と、各自我状態との間に、

催眠療法でいう、

「アンカリング」が施されていて、

ヒモづけられているためです。

(→「用語集」)

 

(※2)

「複数の自我」という用語は、

当スペースが便宜的に使っている言葉で、

ゲシュタルト療法の、

教科書的用語ではないので、

その点、ご留意ください。

 

 

やり残した仕事

ワークとは その効果と構造

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法

心理学的な人格統合

ゲシュタルト療法

ホーム

 

 


やり残した仕事 未完了のゲシュタルト

◆「やり残した仕事」 Unfinished Business

 

ゲシュタルト療法には、

「Unfinished Business やり残した仕事」

という概念があります。

同様の概念で、

「未完了の体験」

「未完了のゲシュタルト」

などがあります。

 

ゲシュタルト療法では、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」

のところで見たように、

生物の欲求行動としての、

ゲシュタルトの充足を、

とても重視します。

 

そのため、

「完了していないincomplete」

「充足していない」ということは、

とても重大な意味を持つと考えます。

 

ところで、

フリッツ・パールズは、

通俗的な「トラウマ(心的外傷)」の理解に、

疑問を持ちました。

もし過去に、ある強度な、

「苦痛の体験」があったとしても、

もし本人が、それを受け入れて、

本人が意図したゲシュタルトとして、

消化(充足)できているならば、

それは、トラウマ的にはならないと考えました。

 

「セラピーで大切なことは、

今までに何をしてきたかということではなく、

何をしてこなかったかということである。

何をしてきたかは完結してしまったことであり、

充足と統合を通じて

自己形成に取り入れられたものである。

きちんと完了していない未完結状況というのは

環境から自己への取り入れに失敗したものであり、

現在まで残っている過去の遺産とも

言えるものである。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)
 

トラウマ的になるというのは、

その体験が、 

ゲシュタルトを充足(完了)できなかった場合に、

強度の欲求不満が生まれ、

トラウマ的になると考えたのでした。

 

つまり、

未完了の体験、

未完了のゲシュタルトこそが、

トラウマ的になると考えました。

 

そして、

未完了の体験とは、

欲求不満の、

感情的な緊張を、今も、

その当時のままの強さで、

持ち続けているものなのです。

 

人生のその時点で、

「伝えられなかった言葉」

「表現できなかった感情」

「とれなかった行動」

が、 今も、ここに、

欲求不満の、

強い情動の塊として、

存在しているのです。

 

そして、

未完了の体験とは、

「喉につかえた魚の骨」のように、

心の中にありつづけ、

似たような人生の場面に際して、

私たちの感情を激しく刺激し、

苦しめ、

行動を妨げる、

大変煩わしいもので、

あり続けるのです。

 

そして、

私たちの能力を狭めて、

生きづらさを、

つくり出すものなのです。

 

「神経症の人は、

過去の未完結なことが邪魔をするので、

現在に十分に関わることができない人たちである。

問題は『今―ここ』にあるのに、

気持ちが他のところに行っているので、

目の前の問題に集中できないのである。

セラピーを通じて、

クライエントは現在に生きることを学ばねばならないわけで、

セラピーでは、

クライエントが今までやったことのないことの

練習をすることとなる。」
(パールズ、前掲書)

 

 

◆「未完了のゲシュタルトを完了させる」セッション

 

さて、

ゲシュタルト療法の、

セッション(ワーク)の中では、

この、私たちを苦しめる、

「やり残した仕事」

「未完了のゲシュタルト」

「未完了の体験」を

完了(充足)させるということを、

行なっていきます。

「セッション(ワーク)の実際」参照)

 

「ゲシュタルト療法は、

言葉や解釈のセラピーではなく、

経験的なセラピーである。

我々はクライアントに

過去の記憶の中にある問題や

トラウマを再体験するように勧める。

もしもクライアントが過去の問題のノートを

閉じたいのなら現時点において

閉じなければならない」
(パールズ、前掲書)
 

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法のような、

ロールプレイの技法を用いて、

その原因となった場面を、

再現したりなどして、

未完了の体験や未完了のゲシュタルトを、

完了していくのです。

 

もっとも、トラウマ的な体験の場合は、

場面の再現自体が、

逆効果の場合もあるので、

各種技法的な工夫を通して、

未完了のゲシュタルトを、

完了していきます。

 

このようなセッション(ワーク)を、

数々行なうことで、

私たちは、過去から来る、

心のとらわれを解消し、

自由を獲得していくのです。

 

 





 


 

 ←気づきの3つの領域

ワークとは その効果と構造

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

心理的統合の姿

ゲシュタルト療法

「英雄の旅」とは

ホーム

 

 

気づきの3つの領域 エクササイズ

◆気づき awarenessとは

 

ゲシュタルト療法では、

〈気づき〉 awareness

の持つ機能(力)を、

とても重視しています。

 

この点が、

ゲシュタルト療法を、

単なる心理療法を超えて、

禅や各種の瞑想流派に

近づける要素でもあります。

 

これは、

〈気づき〉という機能が、

通常の注意力や意識に対して、

メタ(上位)的な働きを含め持ち、

それらを統合していく力を、

持っているからです。

 

「『気づく』ことは、

クライエントに自分は感じることができるのだ、

動くことができるのだ、

考えることができるのだということを

自覚させることになる。

『気づく』ということは、

知的で意識的なことではない。

言葉や記憶による『~であった』という状態から、

まさに今しつつある経験へのシフトである。

『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

 

気づきの力は、

自分が意識している体験自体に、

気づくことができるのです。

 

ゲシュタルト療法では、

この気づく能力を高めることで、

統合的なプロセスを進め、

治癒過程を深めていくのです。

 

「『気づき』は常に、現在に起こるものであり、

行動への可能性をひらくものである。

決まりきったことや習慣は学習された機能であり、

それを変えるには

常に新しい気づきが与えられることが必要である。

何かを変えるには別の方法や考え、

ふるまいの可能性がなければ変えようということすら考えられない。

『気づき』がなければ新しい選択の可能性すら思い付かない。

『気づき』と『コンタクト』と『現在』は、

一つのことの違った側面であり、

自己を現実視するプロセスの違った側面である。」
(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

 

パールズは、

「自覚の連続体 awareness continuum」

とも呼びましたが、

意図的な気づきの力は、

それだけでも、

心の治癒を促進する、

大きな効力を持つものです。


 

気づきの3つの領域

 

さて、

ゲシュタルト療法では、

気づきがとらえる3つの領域を、

区分しています。

 

通常、人は、

無自覚(無意識)のうちに

注意力を、

これらの各領域に、

さまよわせています。

 

ゲシュタルト療法では、

自分の注意力が、

どの領域にあるのかに、

瞬間瞬間、

気づくことによって、

また、

各領域にバランスよく注意を向け、

気づけるようになることを通して、

統合のプロセスを、

促進していきます。

 

3つの領域とは、

上に図にしたように、

外部領域、内部領域、中間領域と呼ばれます。

それぞれは、以下を意味しています。

 

外部領域

 →目の前や周りの環境、自分の皮膚の外の世界です。

  自分が、外部として、対象化する世界です。

 

内部領域

 →自分の皮膚の内側の領域です。

心臓の鼓動、動悸、胃の痛み、血流、体温、興奮等々、

内的な感覚です。

 

中間領域

 →思考と空想の領域です。

  外部でも内部でもない世界です。

諸々の想念(心配、不安、希望、意欲、妄想)の

るつぼです。

 

ゲシュタルト療法では、

「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」で見たように、

環境に生きる生き物として、

内部への「引きこもり」から、

外部への「接触(コンタクト)」までの、

欲求行動を、

速やかに、とらわれなく、

自由に実行できることを、

健全な能力と見ます。

 

しかし、人は、

さまざまな要因(トラウマや癖)により、

偏った領域に、

「注意力」を、

集めがちです。

 

たとえば、外部領域で、

傷つきやトラウマの体験を持った人が、

中間領域(空想や思考の領域)に、

引きこもりがちになってしまうというのは、

常識的な感覚からいっても、

納得されることでしょう。

 

そして、

自分が、無自覚に、

どの領域に、

「意識」や「注意力」を、

向けているかに、

〈気づき〉を持てるだけでも、

その偏差に対する、

統合(修正)効果となるのです。

 

 

気づきのエクササイズ Exercise

 

さて、そのため、

ゲシュタルト療法では、

以下のような、

「気づきのエクササイズ」を、

行なっていきます。

 

このことを通して、

自分の「意識」や「注意力」の、

偏りの持ち方に

気づいていくのです。

 

ABの二人が、

一組になって行なう、

エクササイズです。

 

1人が、

相手の人に、

問いかけを続けます。

(数分間つづけます)

問いかける側が、

応える人の答えを、

メモしていきます。 

 

A: 「あなたは、今、何に、気づいていますか?

B: 「私は、今、○○に気づいています」

 

Bの答えの例としては、

 

「私は今、

 あなたの声のかすれに、気づいています」 

 →外部領域

私は今、

 首の痛みに気づいています」 

 →内部領域

私は今、

 明日の会社の仕事を考えているのに気づいています」 

 →中間領域

等々がありえます。

 

これを、

数分続けます。

 

エクササイズ終了後、

振り返りの中で、