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『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』(電子版/書籍版)

書籍新刊のご案内

ここでは、拙著の紹介をしたいと思います。

 

電子版/kindle版↓

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

※kindle無料アプリは、コチラ

 

書籍版↓

『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

※12/18予定。

 

 

 

本書の内容やテーマは、

サイトの記載と一部重なるものですが、

その狙いにおいて、実質的には、別物となっています。

 

当サイトでの記述は、

ゲシュタルト療法を活用した、

心理的な治癒や、問題解決、創造性開発など、

実生活でのアウトプット(成果)に、

フォーカスが当てられています。

(実際的に重要なものであるからです)

 

一方、本書においては、

人間の潜在能力の姿や、

意識拡張のあり様など、

心の多様な可能性の全貌に、

焦点が当てられています。

 

そのため、

各種の変性意識状態やその他

(人生回顧体験、クンダリニー体験、夢見等々)の、

検討を踏まえ、

心の潜在能力を拓く、さまざまな実践技法が、

テーマとなっています。
 

より深いレベルで、

変性意識状態や、人格変容の実質について、

知りたいと思われた方は、

本書によって、

心身のより拡充的な統合の可能性を、

展望いただくことができる内容となっています。

 

また、実際的な事柄(治癒、アウトプット)に対して、

成果を出すに際しても、

心の全体性や、その潜在的な可能性を知っておくことは、

実際的な意味(効果)を持つことでもあります。

 

以下は、本文からの抜粋です。

 

 

『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』 


はじめに

 本書は、心理療法や変性意識状態を素材として、私たちの心が持つ、多様な可能性について考察を行なったものである。副題の「現代的エクスタシィの技法」とは、エリアーデの著書『シャーマニズム』の副題『エクスタシィの古代的技法』より来ている。本書に、心理学的なアプローチによる、エクスタシィ(意識拡張)の技法を見出そうという目論見があるからである。そのため、本書においては、意識の変異した状態や、無意識の自律的な機能を中心に、私たちの心が持つさまざまな能力について検討が行なわれている。そして、自然的な創造性が、私たちを導いていく精神の諸領域についても、その展望を見ている。本書を貫く主題は、気づき、変性意識状態(ASC)、心身の拡充的な統合といったものである。

 第一部と第二部では、「気づきの技法」と題して、心理療法の一流派であるゲシュタルト療法を取り上げている。ゲシュタルト療法は、現在では人間性心理学に分類される、心理療法の流派であるが、その原理や効果の実態を見ると、治療目的の心理療法だけに限定されない多様な要素を持つものだからである。また、その実際のセッション体験は、私たちの心の持つ能力や可能性について、さまざまな事柄を教えてくれるものだからである。ゲシュタルト療法は、健康な人が、自己の心を探索し、創造力や才能を発掘する技法として、効果を望める面が強いのである。それゆえ、流派の創始者パールズは、ゲシュタルト療法の原理が持つ普遍性を強調するために、自身をゲシュタルト療法の創始者ではなく、再発見者にすぎないと表現したが、それも、あながち言い過ぎともいえない面があるのである。ゲシュタルト療法の実践が持つ原理は、禅をはじめ、世界の瞑想技法とも多くの共通点を持つものなのである。また特に、実践のなかで育って来る、気づきawarenessの能力は、重要な要素となっているものである。その能力は、精神を探求する諸流派の方法論と呼応しつつ、治癒効果にとどまらない、意識拡張の可能性について、さまざまな事柄を、私たちに教えてくれるのである。実際のところ、ゲシュタルト療法を、古今東西にある気づきの技法に、心理学的技法を加えた方法論として見るという、別の見方をすることも可能なのである。そのように見ると、さまざまな介入技法を持つ、ゲシュタルト療法の利点も見えやすくなって来るのである。そのため、本書のゲシュタルト療法についての記述は、必ずしも、教科書的な解説に準じない面や、心理療法としての注意点を省いている面もあるが、それは、そのような本書の狙いのためである。本書では、意識や心身の能力を拡大する、気づきの技法として、ゲシュタルト療法の可能性を検討しているのである。

 第三部では、変性意識状態Altered States of Consciousnessを取り上げて、その体験のさまざまな様相を見ている。変性意識状態とは、意識の変異した状態であるが、それは、普段の日常意識では、あまり知ることのできない、さまざまな体験領域について教えてくれるものである。ここでは、具体的な事例を交えつつ、そのような意識状態の諸相について見ている。

 第四部では、夢見の技法と題して、夢を取り扱う、さまざまな方法を取り上げている。夢は、無意識(潜在意識)の自律的な智慧であり、私たちの意識に、必要な情報をもたらす生体機能である。また、その夢に対して、相応しい表現を、生活の中で与えていくことは、私たちの心身に拡充をもたらす、重要な方法論となっているのである。

 第五部では、私たちの自然的な(野生的な)能力を回復するという観点から、さまざまな具体的技法を、取り上げている。それらは、潜在能力の開拓や、生きる力の獲得という面からも、有効な実践技法となっているのである。

 第六部では、以上のまとめとして、心理学的な人格変容を通した、私たちの意識拡張の内実について見ている。神話的なモデルなどを参照しつつ、私たちに、存在の拡充をもたらす実践のあり方を検討している。

 

 

目次


はじめに

第一部 気づきの技法Ⅰ ゲシュタルト療法 基礎編

第一章 ゲシュタルト療法とは 
第二章 気づきの3つの領域
第三章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル 
第四章 未完了の体験
第五章 複数の自我
第六章 葛藤
第七章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
・ライヒとボディワーク系心理療法

第二部 気づきの技法Ⅱ ゲシュタルト療法 実践編

第一章 セッションの原理・過程・効果 
第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
第三章 心身一元論的アプローチ
第四章 夢をあつかうワーク
第五章 心理的統合の姿

(補遺)

・セッションにおける通過儀礼とコミュニタス
(コラム)
・アウトプットとゲシュタルト療法
・存在力について

第三部 変性意識状態の諸相

第一章 変性意識状態とは
第二章 呼吸法を使った変性意識状態
第三章 人生回顧体験
第四章 蛇の火について
第五章 大地の共振
(コラム)
・残像としての世界 映画『マトリックス』の暗喩

第四部 夢見の技法

第五部 野生と自然

第一章 シャーマニズム的な姿勢
第二章 野生の気づき
第三章 狩猟的感覚
第四章 裸足の歩み
第五章 底うち体験と潜在力の発現
第六章 戦士の道と平和の道
第七章 伝統的シャーマニズムについて
第八章 道化の創造性
第九章 アウトサイダー・アートと永遠なる回帰

第六部 行きて帰りし旅

第一章 心理学的に見た変容のプロセス
第二章 英雄の旅
第三章 野生的エクスタシィの技法

参考文献

 

 

変性意識と天国的身体


以前、

映画『マトリックス』について語る中で、
通常の私たちの意識が、
過ごしている世界が、
認知的な残像でしかないことについて
触れました。

→『映画マトリックスのメタファー 残像としての世界

そして、
体験的心理療法的な、
心身一元論的解放が、
私たちに別の世界を、
垣間見せてくれることについて、
記しました。

ここでは、
(去年16年ぶりの新譜を出した)
アヴァランチーズThe Avalanchesの、
昔のミュージック・ビデオ(PV)、
楽しくも、感動的な、
Since I Left You
を素材に、
私たちの中にある、
変性意識状態と、
天国的身体の獲得について、
記してみたいと思います。





この動画は、
ストーリー仕立てになっています。

冒頭のシーンは
生き埋めになった
炭鉱夫二人が、
途方に暮れている情景です。

すると、
どこからともなく音楽が
聴こえてきます。

音の方向を掘り崩すと、
そこに板があり、
それを開けると、
二人の女性が、
彼らを、迎えるように、
見つめているのです。

そこでは、
何やら、
ダンス・オーディションのようなことが、
行なわれているのです。

さきの女性のダンサーたちが、
踊るのを見ていた、
片方の鉱夫(相棒)は、
フラフラと
音楽に誘われるように、
ダンスに加わっていきます。

そして、
最初のうち、
動きも硬かった相棒は、
だんだんと、
こなれたステップを、
取りはじめるのです。

何かから、
解き放たれるかのように、
徐々に、
華麗なステップを、
取りはじめるのです。

そして、
最後には、
素晴らしい大回転(ジャンプ)を、
決めるのです。

拍手喝采となります。

そして、
ふと、彼の姿を見ると、
そこには、
光に包まれた、
彼の姿があったのです…

さて、
このビデオには、
最後に、
種明かしがあります。

老人になった、
踊らなかった男が、
回想して語ります。

救出されてからは、
彼(相棒)とは会っていない。
でも、彼がどこに行ったとしても、
彼は、素晴らしい時を過ごしていると思うよと。

つまり、
この動画の情景は、
いわば、
臨死体験の、
風景だったわけです。
語っている男は、
この世に戻り、
踊っていた相棒は、
光の国に行ったのです。

動画には、
最初の時点で、
すでに仕掛けがあります。

板の扉を開けた時点で、
Welcome to paradise, paradise, paradise
と声が聞こえているのです。

つまり、
このオーディションは、
そもそも、
彼ら自身の、
天国へのオーディション、
だったわけです。

だから、
女性たちは、
明るい不思議な眼差しで、
彼らを、迎えたのです。
そして、
相棒の彼は、
オーディションに受かって、
向こうの世界に、
行ってしまったわけです。

さて、
そのことが分かると
この映像は、
どのように見えて来るでしょうか。

フラフラと、
踊りに加わった相棒は、
この世に残った男より、
すでに、あの世に近いところにいた、
というわけですが、
これは、おそらく、
メタファーとして、
とらえられると思います。

フラフラと、
審査員の前に出た、
相棒の彼は、
まるで、
ふと何かに気づいたかのように、
踊りはじめます。

音楽のグルーヴに
身を任せつつ、
徐々に、
しなやかになっていきます。

最初はぎこちなかった、
身のこなしも、
だんだんとほぐれてきて、
しなやかな波動を、
放ちはじめます。

女性ダンサーたちや、
音楽と、
ひとつに、なっていきます。

おそらく、彼が、
それまでの人生の中では、
さまざまな重みから
とれなかったであろうような、
彼本来の、
軽やかなステップを、
取り戻していくのです。

踊る中で、
彼から、
さまざまな「この世」的なものが、
脱落していきます。

彼は、
自分の自由なステップ自身に
なっていくのです。

解き放たれていくのです。

そして、
「本来の彼」自身に、
なっていくのです。

また、
踊りに加われない炭鉱夫も、
とても重要です。

彼ら二人は、
どちらも、
私たちの内側にいる存在(自我)
だからです。

私たちの中には、
踊れないと思っている自分と、
本当は素晴らしく踊れる自分とが、
います。

通常、私たちは、
勝手に、
自分は踊れない、
と思っているだけです。

しかし、
そんな踊れない自分でさえ、
解放された相棒の、
素晴らしいステップを見ていると、
自分も思わず身体を揺らして、
タンバリンをたたいてしまうのです。
(最後のシーンに、
天国のダンスを忘れなかった証として、
彼のタンバリンが映っています)

そんな風に、
自分の中の、
踊れる自分を、
活かしていくことが、
大切なのです。

私たちは、
自分の天国的な音楽に、
本来の自分の音楽に、
身を任せきることができれば、
皆、踊れる存在なのです。
それが、
私たちの本来の姿なのですから。

相棒の男が、
しなやかに、
解放されていく姿は
私たちの心を打ちます。

それは、
私たちの皆が持っている、
本来の姿だからです。

反復される歌詞も、
別のことを語っていません。

Since I left you
I found the world so new
Everyday

あなたを後にしてから
毎日、毎日、
世界を、とても新しく感じていた

私たちは、
思い込みの、
残像としての世界を離れれば、
いくらでも、
解き放たれた、
新しい世界を、
見つけだすことができるのです。

それは、
今まで、
感じたこともなかったような、
カラフルで、
鮮やかな世界です。

映像では、
向こう側の世界が、
カラーで、
こちら側の世界が、
白黒になっていることにも、
それは暗示されています。
(だから、最後、
踊らなかった男は、
白黒に戻っていくのです)

心身を解き放っていく中で、
そのように、
色あざやかで、
光に包まれた存在の次元(天国的身体)を、
変性意識的に、
自分の内に、
持つことができるのです。

そのような、
二重の存在として
この世を生きることが、
可能なのです。

素晴らしい時は、
死後にあるわけではないのです。
それは、
今ここで得ることが
可能なのです

天国へのオーディションを、
軽やかに突破して、
自分の本来の天国を持つことが、
可能なのです。

それには、
相棒の彼のように、
事態に、
気づいて、
自分自身のステップを、
踏みはじめることです。

最初は、
上手くできなくても、
いいのです。

音楽の流れに身を任せて、
グルーヴのままに、
身体を動かしていくことです。

そのうち、
身体のかたさも、
とれてきて、
流れや波動に、
乗りはじめます。

身体の動きが、
天国の音楽と、
ひとつになっていきます。

自己の内側に、
変性意識的な、
天国的身体が、
生まれてきます。

まずは、
一歩、一歩、
生活の中で、
自分本来の、
ダンスのステップを
取りはじめることです。

まずは、
埋もれた壁の向こうから、
聴こえて来る音楽に、
耳を澄まし、
自分の本来のグルーヴを
感じ取ることから、
はじめることです。

そのことで、
私たちの人生に、
毎日、毎日、
新しい世界を、
見つけることができるのです。
 

 

【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

メニュー/料金

著作紹介

お問い合わせ

 

フロー体験とフロー状態について

さて、
現代の心理学の領域で、
「フローflow」として知られる、
心理状態があります。
シカゴ大学のチクセントミハイ教授がまとめた、
心理状態の定義です。

スポーツ選手などが、
競技のプレー中、
最高のパフォーマンスを
展開している時などに、
しばしば入る心理状態などとして、
人口に膾炙されています。
そこでは、
意識が変性し、
「あたかも時間が止まっているかのように」

「ボールが止まっているかのように」
物事が鮮明に、
見られるとも、
言われたりします。

ZONE(ゾーン)などとも、
呼ばれたりしています。

私たちも、
普段の生活の中で、
最高にノッていて、
何か物事に、

集中・没頭している時に、
このような状態に入っています。

 

チクセントミハイ教授は、

語ります。


「…これらの条件が存在する時、
つまり目標が明確で、
迅速なフィートバックがあり、
そしてスキル〔技能〕と
チャレンジ〔挑戦〕のバランスが取れた
ぎりぎりのところで活動している時、
われわれの意識は変わり始める。
そこでは、
集中が焦点を結び、
散漫さは消滅し、
時の経過と自我の感覚を失う。
その代わり、
われわれは行動を
コントロールできているという感覚を得、
世界に全面的に一体化していると感じる。
われわれは、
この体験の特別な状態を
『フロー』と呼ぶことにした」
M.チクセントミハイ『フロー体験入門』大森弘監訳(世界思想社)

 

そして、


「目標が明確で、
フィートバックが適切で、
チャレンジとスキルのバランスがとれている時、
注意力は統制されていて、
十分に使われている。
心理的エネルギーに対する
全体的な要求によって、
フローにある人は完全に集中している。
意識には、
考えや不適切な感情をあちこちに散らす余裕はない。
自意識は消失するが、
いつもより自分が強くなったように感じる。
時間の感覚はゆがみ、
何時間もがたった一分に感じられる。
人の全存在が肉体と精神のすべての機能に伸ばし広げられる。
することはなんでも、
それ自体のためにする価値があるようになる。
生きていることはそれ自体を正当化するものになる。
肉体的、心理的エネルギーの調和した集中の中で、
人生はついに非の打ち所のないものになる。」
(前掲書)

と言います。

 

さて、
この心理状態には、
私たちが、
充実した生の感覚、
充実した瞬間、
ひいては、
充実した人生を生きるための、
実践的なヒントが、
含まれています。

ここでは、それらを、

少し見ていきたいと思います。


ところで、

フロー状態についての知見が、
興味深いのは、
この状態を、僥倖のように、
偶然に生ずるものとしてではなく、
諸条件によって、
意図的に創り出せるものとして、
研究がなされている、

ということです。

これらの知見は、
私たちが、
実際に物事に取り組む際に、
最高の内的状態と、
最高のパフォーマンス(アウトプット)を、
生み出すのに、
どのように要件をそろえ、
意図をフォーカスすればよいのかについて、
さまざまに、

教えてくれることになります。

チクセントミハイ教授は、
これらの内的状態の属性を、
以下のように、数え上げています。
(『フロー体験とグッドビジネス』大森弘監訳(世界思想社)より)

 

 

①目標が明確

この目標は、
長期的な最終目標のことでは、
ありません。
今、目の前で、
直接かかわっている
この事態、この過程の中で、
何に達すべきか、
何がベストなのか、
その目標を、知悉しているということです。
この今やるべき、
瞬間的過程の、目標です。
そこに、パーフェクトなコミットメントがあり、
ブレが無いということです。


②迅速なフィートバック

これは、
この瞬間の、
自分の行為に対する、
直接的なフィートバックのことです。

この瞬間の一手が、
正鵠を得ているのか、
そうでないのか、
その瞬時の返答が、
こちらの感覚を、
鋭敏に目覚ましてくれるのです。

そのような、
直接のフィードバックがあることで、
私たちは、
瞬時に行為と戦術を、
修正します。
そして、
すぐに再アタックできます。

この瞬時の繰り返しの中で、
私たちの、
俊敏な感覚的スキルが、
高まっていくのです。


③機会と能力のバランス

教授は、
「フローは、
スキル〔技能〕が
ちょうど処理できる程度のチャレンジ〔挑戦〕を
克服することに没頭している時に
起こる傾向がある」
また、
「フローは
チャレンジとスキルがともに高くて
互いに釣り合っているときに起こる」
といいます。

さらには、
「よいフロー活動とは、
ある程度のレベルの複雑さに
チャレンジしようとする活動である」
とも指摘します。

自己の錬磨したスキルを前提に、
それをさらに、
チャレンジ的に働かす時に、
フロー状態は、生じて来るわけです。

チャレンジ的な物事を、

電光石火のように、
高速的に処理する中で、
私たちは、
緩やかな登り坂を上がりつつ、
飛躍的霊感に満たされるのです。


④集中の深化

フロー状態に入ると、
集中は、
通常の意識状態より、
一次元深い状態となります。
これは、
フロー状態の、
変性意識状態(ASC)的側面です。

注意力は、澄みきり、
雑念は、入り込む余地なく背景に消え去り、
意識は、眼前の、その行為体験自体に、
深く没入した状態となるのです。


⑤重要なのは現在

その中で、
行為に関わる、
この瞬間(過程、時間)のみに、
完全に没入していきます。

雑事に対して、
「脇に立つ」

「外に在る」
という意味での、
エクスタシィ状態に入るのです。

過去も未来もなくなり、

ただ、この「現在」のみが、
在ることになります。


⑥コントロールには問題がない

そして、
この心理状態の中で、
自分が、その状況を、
「完全にコントロールしている」
という感覚を持ちます。

 

すみずみまでに、
パーフェクトな統御感が
現れて来るのです。


⑦時間感覚の変化

その中で、
時間の感覚自体が、

変わっていきます。

 

時間は、歪み、
拡縮しています。

知覚力と意識が、
澄みきり、
何時間もが、
瞬く間に過ぎ去ったように、

感じられたり、
ほんの一瞬間が、
スローモーションのように、
ゆっくりと動いて見えたり、
止まって見えるように、

感じられます。

純化された、別種の時間を、
生きているように、感じられるのです。


⑧自我の喪失

その体験の中では、
私たちの日常の、ちっぽけな自我は、
背景に押しやられています。

体験の核にある、不思議な〈存在〉感の、
圧倒的な現前が、

その場のすべてを、占めているように、感じるのです。

自分ではないものとして、

その体験を体験しているように、感じるのです。

 

それは、ある種の、自己超越的な体験とも、
言えるかもしれません。


さて、以上が、
フロー(状態、体験)の、
諸属性の概略ですが、
このすべての要件が、

そろわなくとも、
私たちは、人生の中で、
このような、充実した状態を、

偶然のように、しばしば体験しています。

そして、

その充実の時を思い返してみると、

生活の中で、
このような意味深い体験の割合を、
意図的に増すようにすれば、
より深い創造的な人生が送れるだろうということは、
容易に想像がつくと思われます。

 

 

……………………………………………………………………………

 

ところで、

実際的な見地から、
しばしば、指摘される、

事柄があります。

 

上で見たように、
フロー状態を生み出すには、
スキル〔技能〕と、

チャレンジ〔挑戦〕のバランスを、
調整することが、

重要といわれます。

このことに、

関係した視点です。


通常、
私たちの日常生活は、
絶好調というよりかは、

多くの時間、

退屈(弛緩)しているか、

またはストレス(不安、圧迫)を、

感じているかです。


これは、

フロー状態を見る観点からすると、

取り組みの目標設定に、
問題があるのだということもいえます。

 
退屈(弛緩)している状態というのは、

自分のスキルに対して、
目標のチャレンジ度が低すぎる状態です。

 

一方、ストレス(不安、圧迫)を感じている時は、
目標や理想、対象が、
自分のスキル〔技能〕に対して高すぎるといえます。
だから、私たちの心は、圧迫を感じるのです。

私たちが、

ちょうどいい感じで、

充実して集中できるのは、
フローのゾーン、
「スキル〔技能〕が
ちょうど処理できる程度のチャレンジ〔挑戦〕を
克服することに没頭している時」
です。

そのため、
自分が、退屈していたり、
ストレスを感じている時は、
自分の手前の目標を調整して、
自分がよく機能するゾーン(状態)を、

適度なチャレンジを、

意図的に創り出し、

設定していくことが、
重要となります。

 
そのように、日々物事に、

適度なチャレンジをもって、

取り組むことで、

私たちの心は、

充実と、適度な緊張を持つとともに、

生きるスキル〔技能〕も、
確実に高まっていくのです。

 

そして、結果的には、
より「複雑で」「高度」な物事を、
処理できるようになり、
最終的には、

かなり満足度の高い、

フロー状態をも、

生み出しやすくなっていくのです。

 

当スペースでは、

このようなフロー状態とその体験を、

人格的統合を創り出す、

重要な要素として、

重視しているのです。

 

 

 第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

メニュー/料金

著作紹介

お問い合わせ

 

総合サイト案内 簡略サイトマップ

当スペースのサイトは、

4つのパートで、構成されています。

 (全体はこちら→サイトマップ)

 

主には、

「ゲシュタルト療法」を中心とした第一部と、

「気づきと変性意識状態」を中心とした第二部以降とに、

分かれます。

 

心理的変容の技法 見取り図

…前段で、当スペースの視点により、

 世間にある各種の方法論が位置づけられています。

 


第一部 ゲシュタルト療法とその関連

 

…当スペースの中心手法である、

 ゲシュタルト療法と、

 周辺の方法論を解説しています。

 

ゲシュタルト療法

体験的心理療法

NLP(神経言語プログラミング)

 

 

第二部 気づきと変性意識 基礎編

 

・当スペースでは、

 「気づき」と「変性意識状態(ASC)」というものを、

 根本的な原理として置いています。

 その観点から、

 ゲシュタルト療法自体も、

 再構成される形となります。

 

・気づきawarenessとは、

 意識や注意力よりも、

 高いレベルにある、

 心的機能です。

 

・変性意識状態(ASC)は、

 普段の日常意識とは違う、

 別種の意識状態のことです。

 

・この二つの原理を意図的に

 活用することにより、

 私たちの心は、

 より拡充的で、統合的なものと、

 なるのです。

 

 第二部は、

 それらの関連要素をまとめた、

 【基礎編】となります。

 ・変性意識状態(ASC)とは 基礎編
 ・英雄の旅
 ・禅と日本的霊性

 ・野生と自然
 

第三部 気づきと変性意識 応用編・雑編

・ここは、第二部で見た、
 総合的なアプローチの、

 応用事例として、

 日常的な各種テーマを切り口に、
 個々さまざまな事柄の検討を行なっています。

変性意識状態(ASC)とは 応用編
創造性開発関連
その他のエッセイ


第四部 フリー・ゲシュタルト・ワークスについて

・当スペースに関する事項をまとめています。

 当スペースのコンセプトと概要
 セッションで得られる成果
 メニューと料金

 著作紹介
 お問い合わせページ
 となります。

 

 

 

 

 【第一部 ゲシュタルト療法関連】

ゲシュタルト療法【基礎編】

ゲシュタルト療法【実践・技法編】

ゲシュタルト療法【応用編】

「セッション(ワーク)の実際」

体験的心理療法

NLP 普及・効果・課題

 

【第二部 気づきと変性意識】

変性意識状態(ASC)とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

 

【第四部 当スペース関係】

フリー・ゲシュタルトについて

セッションで得られる効果

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欲求(感情)とつながる言葉の使い方Ⅱ 「しない」と「したい」

前回、
ゲシュタルト療法における、
欲求(感情)とつながるための、
言葉遣いへの注目や、
その言い換え方法について、
説明しました。

今回も、
その続きとして、
私たちが、
日常、何気なく使っている
言葉遣いについて、
ゲシュタルト療法的視点での、
言い換えやその意味を、
解説してみたいと思います。


①「できない」から「しない」へ

私たちは、
通常、色々の事柄に対して、
「私は○○ができない」
と表現します。

何か思いつくものを、
声に出して、
言ってみてください。
例はなんでもいいです。
一見、
自分と関係ないことの中にも、
この原理は、
活きているからです。

「私は、ダイエットができない」
「私は、英語がしゃべれない」
「私は、ピアノが弾けない」
などです。

このような言い方は、
私たちを無力化します。
自分を、
無能力に感じさせます。

しかし、
これは、本当でしょうか?

この「できない」を、
「しない」へと、
言い換えてみてくたさい。

「私は、ダイエットをしない」
「私は、英語をしゃべらない」
「私は、ピアノを弾かない」

言ってみて、
からだの中で、
この感情の響きを、
よく味わってみてください。

先の言い方との違いが、
感じられたでしょうか?

「しない」は、
主体的な行動です。
私たちの主体性と、
その選択力を、
取り戻します。

私たちは、
「しない」という、
行動を選択していたのです。

多くの事柄に対して、
私たちは、
「できない」のでなく、
その行動を、
選択していないだけなのです。

限られた人生の時間の中で、
すべてを選択することは、
無理だからです。

本当は、
「できない」のではなく、
選択して、
「していない」だけなのです。

選択して集中して行なえば、
それなりに、
できるのです。

「しない」は、
この主体性と選択の、
パワーを取り戻します。
欲求(感情)につながる表現です。

この「しない」ことの選択に、
気づきが持てれば、
私たちは、
「する」ことも、
できるように、
なっていくのです。
欲求を明確化することの秘密に、
気づきはじめるのです。


②「すべき」から、「したい」「してほしい」へ

私たちは、誰かに、
何かを要求する時に、
しばしば、
「普通、人は(世間では)、○○するものだ」

「人(あなた)は、○○すべきだ」

という言い方で、
相手に欲求(感情)を、
伝えようとします。

これは、
よく「一般化」として、
知られるものです。

「私」や「あなた」という主体を、
「世間一般」という、

抽象的な権威に変えて、
相手に何かを、
要求しようとするやり方です。

 

この内実は、
他者(や自分)の中にある、

権威的自我(精神分析の超自我、

ゲシュタルト療法のトップドッグ(勝ち犬))に、

訴える「操作的な」

言い方です。

      

このような言い方や、
他者操作は、
私たち自身の主体を、

超自我にスライドし、

私たち自身の、
欲求の中心を、

空洞化し、
無力化するものです。

 

また、

言われた相手も、
見えない権威(超自我)に訴える、
操作性や作為を、
メッセージに感じて、
反発心が出ます。

(相手のアンダードッグ(負け犬)が、

起き上がります)
素直に、
受け入れたくなくなります。

 

「あなたは、○○すべきだ」
ではなく、

むしろ、
「私は、あなたに○○して欲しいなぁ」
とストレートに、
自分の欲求(感情)として、
相手に伝えることは、
私たち話者に、

厚みある主体性の感覚を、
与えます。

また、
言われた相手も、
あなたという個人の願望なので、
(言われた通りにするかどうかは別にして)
それ自身として、
受け止めます。
それは、
欲求(感情)のやり取りとして、
ストレートで、
密度の濃いものになります。
ずっと、
「生きたもの」に、
なります。

それは、
私たち人間同士の、
関係性を、
生きた濃密なものに、
変えていくのです。


さて、今回も、
言い換えの技法について、
例を挙げてみてみました。

②のものなどは、
ワーク(セッション)の中でも、

義務への従属というパターンで、
しばしば現れて来る言い方であり、
クライアントの方に、
言い換えを、
体感してもらい、
気づきを深めてもらいます。

いずれにせよ、
これらの言い換えは、
私たちが、
自分の欲求(感情)とつながり、
主体として、
より生き生きと、
感じられるようにするための、
ひとつの方法なのです。



ゲシュタルト療法【基礎編】

変性意識状態(ASC)とは

体験的心理療法とは

創造性開発とは

「英雄の旅」とは

禅と日本的霊性

野生と自然

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欲求(感情)とつながる言葉の使い方Ⅰ 「そして」

ゲシュタルト療法では、
言葉の使い方に、
注意します。

言葉の使い方で、
自分の欲求(感情)を、
活かしも、
殺しも、
するからです。

私たちは、
日常で、
あまり意識しない、
言葉の使い方によって、
自分の欲求(感情)を、
ないがしろにしたり、
無力にしたり、
してしまっているのです。

そのため、
ゲシュタルト療法では、

ワーク(セッション)の中でも、
しばしば、
クライアントの方の、
言葉遣いについて、
指摘をします。

そして、   
表現(言葉)の言い換えを、
してもらったりします。

そのことによって、
クライアントの方の感じ方が、
グッと変わり、
自分の欲求(感情)に、
コンタクトしやすくなったり、
するからです。

言い換え法にも、
パターンがいくつもありますが、
今回は、
そんな言葉の言い換えで、
ワーク(セッション)中に、
しばしば、
生ずるものについて、
取り上げてみましょう。


◆「でも」ではなく、「そして」

さて、
私たちは、
普段の生活でも、
ある人物に対して、
相反する感情を持つことが、
よくあります。

ゲシュタルト療法の、
ワーク(セッション)でも、
エンプティ・チェアを使った、
ロールプレイ場面などでも、
そのような風景が展開します。

そのような時、
人は言います。

「私は、あなたのことは好きです。
でも、○○なところは嫌いです。」

「私は、あなたのことが好きです。
でも、○○なところに怒っています。」

というような具合です。

相反する二つの気持ちを、
「でも」「しかし」「だけど」と、
逆接の接続詞で、
結ぶのです。

怒りや嫌悪という、
自分の認めがたい、
ネガティブな(陰性)感情の言い訳に、
好きだという、
ポジティブな(陽性)感情を、
引きあいに出している面も、
あります。

しかし、
ゲシュタルト療法では、
逆接の接続詞は、
それぞれの欲求(感情)を殺す言葉だと、
考えます。

二つの欲求(感情)を、
葛藤させ、ぶつけて、
相殺してしまう言葉遣いだと、
考えるわけです。

そのため、
ゲシュタルト療法では、
この逆接の接続詞を、
「そして」という、
並列の接続詞に、
言い換えてもらいます。

「私は、あなたのことは好きです。
そして、○○なところは嫌いです。」

「私は、あなたのことが好きです。
そして、○○なところに怒っています。」

普通、
耳にしない日本語です。

さて、
実際に、身近にある、
このような事例を、
思い出して、
声に出して、
それぞれの言い方で、
言ってみて下さい。
言い換えてみて、
その違いを、
味わってみて下さい。

からだの中で、
その感情が、
どう響くか、
感じてみて下さい。

この違いが、
分かったでしょうか?

並列の接続詞は、
それぞれの欲求(感情)を、
活かす言い方です。

ポジティブな(陽性)感情も、
ネガティブな(陰性)感情も、
どちらも、
自分の欲求(感情)として、
きちんと、
コンタクト(接触)することが、
できます。

その欲求(感情)に、
つながることが、
できるのです。

どちらの欲求(感情)も、
真っ直ぐに感じ、
パワーとして、
生きられるのです。

どちらの欲求(感情)も、
自分の欲求(感情)として、
責任をとって、
引き受けられるのです。

それ自身として、
受け入れられ、
肯定されるのです。

ゲシュタルト療法では、
自分の欲求(感情)は、
ポジティブな(陽性)感情であれ、
ネガティブな(陰性)感情であれ、
すべて、意味のあるものとして、
肯定します。
責任を取って、
受け入れて(受容して)いきます。

それが、
生体としての、
全体性を、
生きることに、
つながるからです。

そして、
それは、
このような言葉遣いの、
側面からも、
意図されているのです。
   

 

 


葛藤解決の方法(ポイント)

葛藤解決の方法 ネガティブな感情の扱い方

複数の自我(私)

未完了の体験

 

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葛藤解決の方法(ポイント)Ⅲ ネガティブな感情の扱い方

さて、別に、
ゲシュタルト療法における、
葛藤解決の方法について、
そのワーク中のコツについて、
解説してみました。

ここでは、
そのワーク中に現れる、
「主観的な気持ち」
に関する部分で、
重要なポイントを、
解説してみたいと思います。

さて、
ゲシュタルト療法のワーク(セッション)では、
自分の中で、
心理的葛藤があり、
苦痛が生じている時に、
分裂している自分の自我を、
それぞれの椅子に分けて、
置きます。

この時、大体、
次のような形で、
椅子に、
ロール(役割)が、
分かれるものです。

一方の椅子には、
もともと、
自分がそうであった、
(a)苦しめられている自分
が置かれ、
もう一方の椅子には、
自分を、
(b)苦しめている自分
が、置かれるものです。

ところで、
この時、
(a)苦しめられている自分
は、普段から自分にも、
なじみのある自分である場合が、
多いものです。

一方、
(b)苦しめている自分
に関しては、
普段から、
自分で、
「見たくない自分」
「認めたくない自分」
であることが、
多いのです。

それは、
自分の要素として、
在って欲しくない、
居てほしくない、
ネガティブな(陰性)な感情です。

それは、
「批判的な自分」
「意地悪な自分」
「憎悪している自分」
「激怒している自分」
「悪意をもった自分」
「冷酷な自分」
「無力な自分」
「怠惰な自分」
などなどの、
ネガティブな(陰性)感情です。

大概、人は、
そんな自分の要素を、
「それの本当の私ではない」
(一時の衝動ではあっても)
という気持ちで、
普段は、
「切り離してdisown」
自分の外に、
はじき出しています。
それを、
見ないようにしています。
それを、
認めないようにしています。

しかし、
葛藤解決のワークにおいては、
この「認めたくない自分」が、
もう一方の椅子に、
しばしば、
現れて来ることとなるのです。

実際にワークをしたことのない人は、
恐ろしい事柄と、
思うかもしれません。

しかし、
実は、この点こそが、
ゲシュタルト療法の、
決定的なパワーの秘密なのです。

ワークの中で、
このような、
ネガティブな(陰性)感情の自分が、
出て来た時は、
次の事柄に留意して、
ワークを行なうと、
グッと、
快癒(統合)が進んでいきます。
効果が出ます。

①素直に、それ自身になる。
②誇張して、表現してみる
の二点です。


①素直に、それ自身になる。

まずは、
椅子に分けられた、
ネガティブな(陰性)感情そのものに、
正直に、
「素直に」
なってみる、
ということです。
 
ワークのロールプレイは、
安全な空間での、
実験(遊び)です。
そのため、
恐れることは何もないのです。
嫌なら、
やめればいいだけですから。
 
少し抵抗はあるでしょうが、
まず、試しに、
「それ自身になって」
みるのです。
そして、
心を澄まして、
深い部分で、
その感情を、
真っ直ぐに、
正直に、味わってみるのです。
体験してみるのです。
表現してみるのです。

すると、
多くの人が、
「なーんだ。大したことなかった」
と思います。

ネガティブな(陰性)感情を、
拒否している時は、
その感情が、
非常に恐ろしい、
悪魔的な感情に思えており、
それに深く触れると、
自分が、コントロールを失うんじゃないか、
とか、
自分が、その感情に乗っ取られてしまうんじゃないか、
とか、
自分がなくなっちゃうんじゃないか、
とか考えます。

しかし、いざ、
そのネガティブな(陰性)感情に、
接触し、
それを味わってみると、
全然そのような、
恐ろしいことが起こらないのに、
気づくのです。

脅威でもないし、
害になるものでもないのです。

素直な気持ちで、
それを感じてみると、
むしろ、
その中にある、
核となる力強い要素(本性、能力)に、
気がつくのです。

その感情を拒否している間は、
単に、悪魔的な感情にしか、
思えなかったのに、
いざ、その中に入って見ると、
パワフルで、
能動的な(肯定的な)感情であったことに
気がつくのです。

ネガティブな(陰性)感情は、
外と内では、
見え方がまったく違うのです。

自分が拒絶していたために、
悪に見えていたに、
すぎないのです。

「クローゼットの中の骸骨」
という譬え話があります。
クローゼットの中に、
白骨死体があると思って、
怖くて、
クローゼットが、開けられないのです。
しかし、
実際にクローゼットを開けて、
中を見ると、
そこには何もないのです。
しかし、
実際に開けないことによって、
恐ろしい妄想は、
膨らむばかりです。
解決法は、
「実際に見ること」
なのです。

ネガティブな(陰性)感情も、
これと同じです。
実際に、それ自身になって、
内側から感じてみると、
大したことがない(普通の感情)と、
わかるのです。


②誇張して、表現してみる

さて、
そのネガティブな(陰性)感情を、
充分に味わえ出したら、
それを外部に、
表現することが、
とても大きな効果に、
つながります。

大概の人は、
自分から切り離していた、
自分のネガティブな(陰性)感情を、
とても、
「恥ずかしいもの」
「汚らしいもの」
「悪いもの」
と感じています。

外に表現できないと、
思っています。
隠さなければならないと、
思っています。
(そのことで、日々、疲れます)

全然、
そんなことはないのにです。
(ネガティブな(陰性)感情を持つことは、
生物として、いたって、正常なことです。
本能的なパワーです)

そのため、
実際に、
そのネガティブな(陰性)感情を、
外部に表現してみて、
それが、
風景として、
全然おかしなものではないと、
普通のことだと、
確認することも、
重要です。
グッと、
快癒を進めます。

また、
その快癒を、
より推し進めるには、
少し誇張するくらいに、
そのネガティブな(陰性)感情を、
表現してみるのも、
良い方法です。
 
少し誇張するくらいに、
思う存分、
そのネガティブな(陰性)感情を、
表現してみるのです。
 
このように、
過度に表現してみても、
問題ないじゃないかと、
自分の中で、
確証が取れるからです。
また、
そのことを、
「意識的」に、
行なうため、
気づきと統合の、
統御感が加わるからです。
そのことは、
自分の中で、
手応えと、
自信と確信を深めます。

そして、
実際に、
ネガティブな(陰性)感情を、
表現していく中で、
必ず、
その感情の、
より創造的な要素に気づき、
より自分のパワーや才能として、
統合していくことが、
起こって来るのです。

批判的な気持ちは、
刺すような知性の現れだったり、
激怒は、
圧政に対する、
純粋な抵抗(反抗心)の現れだったりと、
わかるのです。

恐ろしい悪魔は、
知的なジョーカーに変わり、
激怒していた残忍な虎は、
健気なトラ猫だったと、
わかったりするのです。
……………………

さて、以上、
ワークにおける、
ネガティブな(陰性)感情の扱い方を、
みましたが、
実際、
ネガティブな(陰性)感情に
気づきと意識を持って、
コンタクト(接触)できる能力は、
私たちの統合を深め、
私たちを、パワフルにします。
 
キレて、
怒りに乗っ取られるのではなく、
意識的に、
怒れる能力は、
私たちを、
積極的にします。

一面的な見方で、
ネガティブな(陰性)感情を、
排除すると、
私たちは、
生命の半分を、
排除することになります。

いわゆる、
「いい人」に、
私たちは、どこか、
ウソ臭さを感じます。
 
それは、
ネガティブな(陰性)感情が、
排除されていて、
人格に、
どこか一面性や、
欺瞞を感じさせるからです。
怒りや憎しみも、

ゲシュタルト療法のワークは、
普段、私たちが、
なかなか、
上手にコンタクト(接触)や、
統御を行なえない、
このネガティブな(陰性)感情に関わり、
統合していく、
創造的な機会と、
なるのです。

そして、
この図式は、
人類の普遍性としては、
「英雄の旅」の神話が、
教えてくれている事柄でも、
あるのです。




 

葛藤解決の方法(ポイント)

 

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葛藤解決の方法(ポイント)Ⅱ

さて、前回は、
ゲシュタルト療法における、
葛藤解決の方法(ポイント)について、
そのエッセンスの部分について、
解説してみました。

今回は、
実際のゲシュタルトの、
ワーク(セッション)の中で、
葛藤を解決するにあたって、
また自己の内側を探索していくにあたって、
どのようなことに注意すればよいかについて、
書いてみたいと思います。

さて、
まず、葛藤状態が、
ワーク(セッション)の中で、
浮かび上がってくるのは、
自分の中にある、
ある欲求(感情)の表現を試みようとした時、
それを否定するような、
別の欲求(感情)の存在に、
気づいた時です。

そこには、
色々なパターンがあります。

「○○をしたい」に対して、
「○○したくない」というような、
ストレートな反対欲求(感情)が、まずあります。

他にも、
「○○をしたい」に対して、
「そんなの無駄なんじゃない(意味ないんじゃない)」という、
懐疑や否定、無価値化の欲求(感情)があります。

また、
「○○したい」に対して、
「そんなことより、もっと別の○○すべきだ」という、
強制や優先の欲求(感情)があったりします。

このような、
別の声の存在を、
とらえることが重要です。

そのような自己の内にある、
別の欲求(感情)の存在に気づいた時に、
自分から、
(または、ファシリテーターの提案で)
その別の欲求(感情)を、
エンプティ・チェア(空の椅子)に、
置いてみます。

自分の外に、
その存在を、一旦、
切り分けてみるのです。

自分の二つの欲求(感情)が、
二つのエンプティ・チェア(空の椅子)に、
空間的に配置されることとなります。

自分を妨げる欲求(感情)の存在を、
自分の外に出すと、
より自己一致して、
自分の欲求(感情)自身を、
深く感じ取れる(味わえる)ようになります。

実際、妨げるのがなくなると
私たちの欲求(感情)というものは、
ふっと身軽くなったかのように、
自由になって、
日常ではわからなかったような、
内奥の真意を、
告げて来るのです。
それを、
充分に感じ取り、
身体化(受肉化)していくことが、
重要となります。

奥底から飛び出してきた、
普段は隠れていた欲求(感情)
というものは、
孵化ばかりのヒナのように、
柔らかな存在なので、
それを充分に、
現実的な存在にするには、
身体的な表現なども交えて、
堅固に固めていく必要があるのです。

さて、
この切り離した欲求(感情)の、
内奥の探索に際して、
それを「十分なものにする」のに、
2つの側面(ベクトル)が、
ポイントとなります。
①「底の方から」の側面と、
②「相手に向かって」の側面です。

①の「底の方から」というのは、
葛藤しているものから解放されると、
欲求(感情)は、
その本来性に根差した、
深い真の欲求(感情)を、
告げて来ます。

まず、最初、
葛藤しているものから解放されると、
その欲求(自我)は、
先ほどまでの欲求(感情)を、
繰り返し表現します。
しかし、
その欲求(感情)を、
ひとしきり出し尽くすと、
表出し終わると、
自己の枯れた井戸の底に、
ふっと、シフト(転換)が生じて、
別の新たな欲求(感情)を、
表現しはじめるのです。

その欲求(感情)は、
葛藤状態では、
鬱屈し、歪められていた、
本来の欲求(感情)なのです。
そして、
その本来の欲求(感情)を、
充分に表現・表出してみるのです。

葛藤を分けた場合は、
この状態までは、
きちんとたどり着く必要が、
あります。
そうでないと、
その欲求(感情)は、
中途半端な、未完了感を、
どこかに残したものに、
留まってしまうのです。
これが、
①の「底の方から」で、
必要なポイントです。

②の「相手に向かって」とは、
切り離した欲求(感情)が、
誰に対して、
その欲求(感情)を持っていて、
成就する必要があるかという側面です。

それは、
第一には、
対峙的に葛藤していた、
欲求(感情)に対してである、
ということです。

そのために、
欲求(感情)の表出に際しても、
最終的には、
その相手に、きちっと、
欲求(感情)を伝えていくこと、
コンタクト(接触)していくことが、
重要となります。
その中で、
欲求(自我)間のエネルギーの交流が、
物理的に生ずるのです。

そのことが、
欲求(感情)を、
「現実化」と「統合」に向かわせるにも、
きわめて重要なポイントなのです。
身体化(受肉化)していくにも、
大いに役に立つのです。

ここで、2つの欲求(自我)を、
きちんと接続できないと、
現実感と統合に、
不足が生じてしまうのです。

これが、
②の「相手に向かって」という、
重要なポイントです。

この①と②が、
充分に深められて、
練られて、
ワークが行われていくと、
葛藤解決は、
つよい強度をもった、
自己の統合として、
着地することができるのです。





ゲシュタルト療法

複数の自我(私)

未完了の体験


葛藤解決の方法(ポイント)Ⅰ

さて、
今回は、
葛藤解決の方法(ポイント)について、
解説してみましょう。

以前の、

別のページでは、

ファシリテーター側の視点から、
葛藤解決の方法を、
解説していました。
(エンプティ・チェアの技法など)

今回、
ここでは、
逆に、クライアントの側として、
私たちが、
自分の葛藤解決をする場合、
どのような体験過程に、
注意して、気づきを深めると、
葛藤が解決していくのか、
そのポイントを、
解説してみたいと思います。

さて、一般に、
葛藤とは、
私たちの心の中で、
複数の欲求や感情が、
からまり、相反し、
苦痛を生んだり、
身動きが取れなくなる状態をいいます。

私たちの中に、
複数の欲求が、
併存していることは、
分かっているわけです。

ところで、
一般には、
この複数の欲求というものが
その背後に、
「複数の自我(私)」として、
存在していることは、
あまり知られていません。

そのため、
自分が何かやりたいことをしようとしている時に、
それを邪魔する感情や欲求が、
湧いて来ると、
何か妨害されたような気分になり、
苦痛を感じたり、
落ち込んだりします。

そして、自分や、
自分の欲求は、
「善」として考え、
自分を苦しめたり、
妨害して来る欲求や感情は、
「悪」なる存在であると、
考えるわけです。

それら、
「悪」なる欲求や感情に、
どこかに去ってもらいたい、
消えてもらいたいと考えているわけです。

そして、
多くの人が、
それらの邪魔して来るような感情や、
身体感覚は、
子供の頃や若い頃から、
「自分のパターン」として、
認識しているもので、
「また、いつもの奴が出て来た」と、
感じるものです。

さて、
そのような感情や身体感覚とは、
ゲシュタルト療法の考え方では、
「自己妨害」の章で記したように、
私たちの無意識にある、
別の自我が、
なんらかの意図をもって、
働いている結果なのです。

もしくは、
私たちが普段同一化している自我と、
別の自我の意図とが、
「摩擦を起こして」
起こしている症状です。

そのため、
この感情や身体感覚が、
「別の自我」という、
理由ある存在との葛藤によって、
起こっていると知ることが、
葛藤解決の第一歩です。

現れて来る感情や、
身体症状は、
単なる、
偶然やノイズではないのです。

次の第二歩は、
その自我の正体を、
その自我の意図を、
知っていくことです。

その自我の正体(意図)を、
知る際に、重要なのは、
その自我自身の、
内奥の感情を、
「体験的に」、
知っていくことです。
自分の深いところに下降して、
その感情のエッセンスに、
その自我が何者であるかの、
秘密が潜んでいるのです。

そして、
一見、ネガティブで、
悪であると見えた感情の、
奥底には、
逆に、
能動的な、
渇望と欲求があることを、

知っていくことです。

その自我の、

「どうしたい」
「何が欲しい」
という根源的な欲求が、
そこには、あるのです。

それらは大概、
生きるために必要な、
原初的で、能動的な、
また、アグレッシブな、
愛情や愛着にまつわる、
大切な欲求・渇望です。

葛藤のもつれを、
ほどいていくには、
そのような、
奥底にある、
渇望や欲求を、
「今ここで」、
充分に、
体験してみる必要があります。
気づいていく必要があります。

そして、
その渇望や欲求が、
人生の中で、
充分に生きられなかったため、
(なんらかの理由で凍結したため)
心の中の未完了の体験として、
存在していたと、

知ることなのです。

同時に、
その欲求と渇望の力は、
死ぬことなく生き続けて、
自分を駆り立てていた、
根源的なエネルギーだと、
知っていくことなのです。

そのためには、
まずは、
その心の渇望や、

欲求のあり様を、
よく認め、
充分に受け入れていくことが、

必要です。

その渇望は、
私たちがこれまで生きて来るに際して、
とても重要な役割を担っていたのです。

しかし、
人生や生活の中で、
また、日々の処世術の中で、
その渇望や欲求、
深い感情は、
抑圧され、

排除され、
無いものにされていたのです。

そのため、
それらは、
何か関連する特有の機会に、
身体感覚や、

刺激的な感情(苦痛)となって、
現れるようになったのです。

そのため、
まずは、
それらが、
いつも自分とともに、
存在していることを知り、
真の姿は、善きものであると、
肯定的なエネルギーであると、
認めることが、

第一歩となるのです。

ちなみに、
付け加えると、
このような深い渇望をもった自我が、
どのような過去の出来事に由来したか、
ということは、
あまり重要ではありません。
過去の出来事自体が、

無かったこともあるのです。
重要なのは、
今現在、

実際に存在している、

その渇望の真意なのです。
そのため、
その渇望が今、
何を欲しているかを、

知っていくことが、

重要なのです。

さて、ところで、
普通の現代生活の中では、
このような、人生で周縁化された、
感情や渇望、欲求をつかまえて、
その真の姿を知り、
葛藤を無くしていくような機会は、
基本的には、訪れません。
その分裂と葛藤を抱えたまま、
生きていくのです。
それはある意味、
心の一部分に、

フタをして、
生きていない状態でもあります。
そのため、
その心の一部分は、
執拗に現れて来ては、
私たちを苦しめるのです。

それが、

未完了のゲシュタルト

ということです。

 

さて、
ところで、
ゲシュタルト療法においては、
基本的な手続きと、
技法的な仕組みを使うことで、
このような人生で、
ないがしろにされていた、
重要な渇望や欲求を、
それと認め、
それらの存在を受け入れ、
心理的に、
自分のものとして統合していく、
ということを、
セッションで行なっていきます。

その結果、
「より十全に自分である」
という感覚を持って、
生きていくことが、
できるようになるのです。

 

 

ゲシュタルト療法

複数の自我(私)

未完了の体験

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邪魔をしなければ、 音楽は自然に出てくる。



演奏についていえば、
音楽は、
はじめからそこにある。

邪魔をしなければ、
音楽は自然に出てくる。

重要なことは、
邪魔をしないこと。


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