フリー・ゲシュタルトな気づき

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過去に生きるのはやめにして、今、正しいことをしよう

以前、
日本のNLP(神経言語プログラミング)
をテーマにした際、
初期のNLPの文化的背景にあった、
カウンター・カルチャーのことについて、
少し言及しました。
「日本のNLP(神経言語プログラミング)は、なぜ退屈なのか」

今回は、そのような当時の、
カウンター・カルチャーの雰囲気を、
生き生きと伝える本を取り上げて、
その精神的な姿を、
少し見てみたいと思います。

その本は、
ポール・ウィリアムズが、
青年の頃、1970年に書いた、
『ダス・エナーギ』(MOKO訳、春秋社)
という本です。

著者のポール・ウィリアムズは、
すでに亡くなっていますが、
SF作家フィリップ・K・ディックの友人で、
ロック雑誌の発刊や、
主に音楽関係の執筆などをしていた人物です。

著者の回想によると、
この本は、22歳の時、
(当時多かった)コミューン生活の中で、
書かれたもののようです。
(著者曰く「突然、自らを書き始めた」と)
そして、
その内容を、
「私のなじみの仲間たちには周知のことであり、
また、深夜、ごく親しい友人や
面白い未知の来客と話しこんでいるうちに
いつのまにかゆきつく類のもの」(前掲書)と、
表現しています。

本の中では、
詩とも散文ともつかないような、
断章(フラグメント)で、
当時の彼(彼ら)が感じていた、
直観的な思想が、
霊感に充ちた速度感で、
書き留められています。

「ただひとつの罪、
それは自分を憎むこと。
それは否定的な行為。
その反対は信じること。
悪いものなんてない。
悪い、といってみるのは、
いりもしない松葉杖のようなもの、
思い切って捨ててしまうまで、
悪くない脚もなおりはしない。
なおる、とはより健康になること、
健康になる、とは溢れるエネルギーの流れを
エンジョイすることだ。
エネルギーの流れが、
僕たちをハイにする。」

「正しいとは、どんなことか?
正しいとは、正しいと感じること。
直観的な気づき。
いまこの瞬間、なにをするのが、
君にとって正しいのか、君は正確に知っている。
ほかの誰も知らず、他のなにものも関係ない。
なんなら自分を一個の装置になぞらえてみるといい。
君は人の体と人の心を
重ね合わせた存在。
君が結びつけられて
その一部になっている心の潜在意識を通じて、
君はすべての人間の意識とつながり
交流することができる。
君の潜在意識を通じて。
君は感受性豊かな計器。
肉体的、感情的、精神的な全人類の延長。
一個人である、独特な延長。」
「どんなときにも、何が正しいかがわかり、それを実行する。
それ(感じる)にはなんの努力もいらない。
そのように君は設計されている。
それが君。
ほかの誰とも同じ人間ではなく、いまこの瞬間は、
ほかのどこにも存在しない。
君は一個の装置。
テーブルが見えるか、それとも声が聞こえるか?
そしたら、なにが正しいかが感じられるはず。」

「自分の行動に責任をもち、
正しいことをする。
過去に生きるのはやめにして、
過去から学ぶことにしよう。
いま、正しいことをしよう。」(前掲書)

そして、
人生のさまざまな局面に、
フォーカスを当てて、
自由と解放を、
促していきます。

「なるがままにまかせておけば、
なにかが起こる。
恐れはいつも未知の先取り。
人のエネルギーの流れに問題が起こるのは、
たいていがリラックスできぬせい。
なるがままにすることへの恐れ。
なるがままにまかせておけば、なにかが起こる。
未知への恐れ。
理性はいう、『取り引きしたいな。
まず、なにが起こるのか教えてくれ。
そしたら、なるがままにまかせるよ』
    くそったれが!
先のことは、誰にもわからない。
絶対に。
未来―次の瞬間―は知ることができない―未知。
理性はそれを信じたがらない。
怖いから。」

「君は選ばなくてはならない。
なにも見ない(知覚しない)方がいいか、
それとも本当のあるがままの世界をみたいか?
あるがままの世界を見るのは簡単だ。
壁をとり払って、
自己防衛と先入観で身を護るのをやめ、
無力で傷つきやすく愚かな者になればいいのだ。
だが、これは難しいことでもある。
それつらく、あまりに生なましく、対応が要求され、
信じがたいほどの深い関わりあいが必要だから。
その道程の90パーセントは、
休むことのない狂気の苦しみだ。
その道を歩き通したとき、
正気の世界が待っている。」

「僕たちが全面的覚醒―自覚―に到達したとき、
この地球の生命の流れに
ふさわしい位置を発見することだろう。
地球の生命の流れの中に
自分たちの占めるべき位置を発見したとき、
僕たちは全面的に目覚めるに違いない。
もはや誰も、全生命との調和から逃れることはできない。
それは、息をしないでいることが不可能であるのと同じくらい
不可能なことだ。」(前掲書)

そして、

「みんな知りたがる、
なにをしたらいいんだ? 
われわれは地球を救おうと、ゴミを拾い集め、
人類同胞を解放し、戦争をやめさせて
至福千年をもたらそうとしている。
でも、まじめな話、いったい自分になにができるんだろう?

よろしい、まじめな話をしよう:
リアリティ(本当の実在)に到達すること。
   君自身の本当の実在に到達すること。
    君自身になれ。
途方もなくハイでリアルな存在になり、
君のヴァイブレーションですべての人々に影響を与えること。
   どんなにそれがむずかしくても、
    ほかのすべてを投げうって、
   君に考えられる最も夢のあるリアルなことを始めることだ。
君自身になれ。
君自身の本当の実在に到達せよ。

自分自身でいられる君の力を信じること。
  ほかのなにかになろうと思うな、それは実在しない。
ただ君自身でいるそのことが、世界を変える。
  なんとかしようと、あたりをうろつきまわるな。
大胆で率直で正直で精力的であればいい。
  君はなすべきことを知っている。
もし君が知らないと思うなら、まったくなにもしないでいること。
したくなるまで。
この方法に失敗はない。
純粋な受容は純粋な創造に向かう。
君自身がどんな存在かを想像し、
あとは一瞬もためらわないことだ。

君の中の強いものを取りだし、
  それを活動させる。
    解き放て。
 人がどう思おうと気にするな。
君の全筋肉を動員し、
  それを限界まで鍛えあげるんだ。
きっと驚くだろう、その心地よさに、
  そして、うまくやってのけた自分に。
純粋なエネルギーを外に放射するだけで、
―ハイにコンタクトする究極なコミュニケーション方法だ―
   君は素晴らしくなる。

     自分であれ
     自分であれ
     自分であれ! 」

              (前掲書)


…………………………………………………………………………

さて、以上、
ポール・ウィリアムズの言葉を見てみましたが、
当時のカウンター・カルチャーの雰囲気が、
よく伝わって来ると思われます。

少しナイーブすぎると、
感じられるかもしれませんが、
当時は、逆に、そのようなスタンスが、
戦略的に新しかった(有効だった)のでしょう。

これらの直観の内にある可能性を見極め、
より実効的なものとして、
精査・再構成していくことも、
現代的な課題であると思われるのです。

また、このような直観的な思想が、
60年代の後半に、
ゲシュタルト療法が普及する、
追い風にもなっていったのは、
事実であったわけです。

当時の、
クラウディオ・ナランホの言葉は、
このような思潮とも、
さまざまに響き合っていたわけです。
クラウディオ・ナランホによるゲシュタルトの基本姿勢

そしてまた、現在、
ゲシュタルト療法を、
心理療法だけの枠に閉じ込めないで、
その原初の精神の息吹を思い返すためにも、
参考となるものでもあるのです。

そしてまた、
時代の風景を広く見ていくと、
前段に触れた、
NLP(神経言語プログラミング)なども、
そのような新しい時代の方法論として、
自らを構成していこうとした様子が、
より見てとれるのです。

彼らが持っていた、
過去からの囚われを一気に乗り越え、
新しい未来の創造に、
身を投じていこうという姿勢も、
そのような精神の現れであったわけなのです。


※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論は、拙著をご覧下さい。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』




 



【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
未知の階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究や、アイソレーション・タンクの開発者である、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
過去2回、検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー
「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量

今回は、第3弾として、
そのような心(意識)の階層構造の仮説として、
博士の著作『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)の中の、
「意識の振動レベル」という、
階層図式について、
取り上げてみたいと思います。

ところで、
意識の「振動レベル」とは、
リリー博士が、
南米の秘教的スクールであるアリカ研究所で、
創設者のオスカー・イチャーソから、
教示されたものです。
それを、博士が、
自己の体験と照合して、
自著の中で、
解説しているものとなります。

イチャーソ自身は、
スーフィー系、グルジェフ系の教えをもとに、
さまざまな思想をミックスさせて、
自分独自の訓練システムを編み出し、
アリカ・システムとして、
60年代に展開しはじめました。

ところで、
(ついでに記すと)
結果的に、
彼の思想の中で、
一番有名になり、
普及したものといえば、
今では、
性格タイプの分類体系として知られる、
「エニアグラム」でした。

これは、元々、
イチャーソのシステムの元では、
原分析(プロトアナリシス)と呼ばれており、
私たちの自我(エゴ)の偏向を正すために、
利用するツールでした、

「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有率でも、
触れたように、
アリカ研究所では、
自己(セルフ)の中における、
自我(エゴ)と、
本質(エッセンス)の占有率というものを、
重視したのでした。

そして、
自我(エゴ)の占有率が減れば減るほど、
その分、ノイズがなくなり、
私たちの内(外)なる、
本質(エッセンス)が輝き出る、
働くようになると考えていたようです。
これは、シャーマニズム的な見地からも、
ある意味、妥当だと思われます。

そのために、
サトリの妨げとなっている、
自我(エゴ)の歪みを正すことが、
本質(エッセンス)、つまり、
存在の肯定的状態をより得るために、
必要だったわけです。

そのために、
個人の自我(性格)の偏向を捉えるために、
原分析(プロトアナリシス)ということを、
行なっていたわけです。

この原分析(プロトアナリシス)が、
エニアグラムとして広まった理由は、
リリー博士の知り合いで、
同時期に、アリカ研究所で訓練を受けた、
(本書にも登場する)
精神科医クラウディオ・ナランホ博士が、
自分の元々の、
心理学的な性格分類研究と合わせて、
エニアグラムを、一部の人々に、
教授しはじめたことがきっかけでした。

ところで、性格分類は、
上記、訓練システムの一部のものなので、
教授した対象者にも、
決して口外しないようにと、
守秘義務の約定書などをとっていたようですが、
受講者が、勝手に流布し、
結果的に爆発的にひろまってしまったので、
ナランホ博士やイチャーソも、
状況を、追認せざるえなくなったのが、
実情のようです。

ところで、
チリ出身のナランホ博士は、
フリッツ・パールズ直弟子の、
ゲシュタルト療法家であり、
向精神性植物の研究や、
チベット密教、スーフィーの実践者としても、
知られている人物です。
ナランホによるゲシュタルトの基本姿勢

さて、
話をもとに戻しますと、
「意識の振動レベル」とは、
そのオスカー・イチャーソが、
グルジェフ系のものとして、
提示している、
意識の階層モデルです。

それぞれの、
高低の階層を、
振動レベルの違いと呼んで、
数字で区分けしています。

(意識の振動レベルなどというと、
何か仰々しい感じがしますが、
あまり気にせず、
変性意識状態(ASC)の質性の違い程度に、
とらえておいて、
問題ないと思われます)

そして、
各振動レベルによる、
各意識状態があり、
私たちの通常の意識状態から、
移行する形で、
それら高次、もしくは低次とされた、
意識状態に、移っていくというわけです。

高次のレベルへの移行が、
攻殻機動隊のセリフにいう、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
状態であるわけです。

また当然、同時に、
複数の振動レベルを持つことも可能であり、
リリー博士は、
日常生活(地上生活)における、
ひとつの統合状態として、
そのようなものを目指して、
努力していくこととなります。

リリー博士は、
それらの各意識状態を、
アリカに倣って、象徴的表現を交えつつ、
以下のように記しています。

「振動レベル48」が、
ニュートラルな状態で、
より肯定的なプラスの状態と、
より否定的なマイナスの状態に、
上下対称的に、
分かれています。

①振動レベル+3
 古典的なサトリ。救世主になる。宇宙的な心との融合。神との合一。

②振動レベル+6
 仏陀になる。意識、エネルギー、光、愛の点―源。
 透視の旅。透聴の旅。頭の心的センター。

③振動レベル+12
 至福状態。キリストになる。宇宙的愛。宇宙的エネルギー。
 高められた身体的自覚。身体的意識と地球意識の最高の働き。
 胸にある感情センター。

④振動レベル+24
 専門家的サトリあるいは基本的サトリのレベル。
 必要なプログラムのすべてが生命コンピュータの無意識内にあり、
 円滑に機能している状態。下腹部の運動センター。

⑤振動レベル48
 中立的な生命コンピュータの状態。新しい観念の吸収と伝達の状態。
 肯定的で否定的でもない中立的な状態で、
 教えることや学ぶことを最大限に促進すること。
 地上。

⑥振動レベル-24
 否定的状態。苦痛。罪の意識。恐怖。
 しなければならないことを、苦痛、罪の意識、恐怖の状態ですること。

⑦振動レベル-12
 極端に否定的な身体的状態。人はまだ身体内にいるが、
 意識は委縮し、禁じられ、自覚は苦痛を感じるためにのみ存在する。

⑧振動レベル-6
 極端に否定的であるということを除けば、+6に似ている。
 煉獄に似た状況で、人は意識やエネルギーの点―源にしかすぎなくなる。

⑨振動レベル-3
 宇宙らに遍在する他の実体に融合するという点では+3に似ているが、
 それらは最悪である。自己は悪で、意味をもたない。
 これは悪の典型であり、想像しうる最深部の地獄である。
 (リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)


さて、
リリー博士は、本の中で、
過去のさまざまな変性意識状態(LSD体験等)を、
これらの各振動レベルでの体験として、
割り付けていきます。

そして、
自己の探求の足取りを、
各意識の振動レベルの、
さまざまな体験として、
整理していくのです。

そして、
アリカでの、
実際のトレーニングの中で、
意識の各振動レベルを、
上昇していく様子が、
(上部構造にシフトする様子が)
具体的な風景描写として、
描かれていくこととなります。

また、
さまざまな意識の振動レベルが、
同時的に働いていく様子も、
実際的に、
細かく描かれていくこととなるのです。

その結果、
本書における、
これらの記述は、
実際に、
さまざまな変性意識状態(ASC)を体験し、
それらをどう位置づけたらよいか、
苦慮している人々にとって、
大変参考となるものに、
なっていったのです。

…………………

さて、以上、
リリー博士による、
「意識の振動レベル」について、
概観してみましたが、
博士の実体験として、
本の中で描いている、
各種の変性意識状態(拡張された意識状態)は、
他の精神的探求の伝統に見られる、
さまざまな体系と呼応して、
大変興味深い記録とも、
なっているのです。

そして、また、
これらが、
具体的な方法論の描写を伴う、
(科学者の)実験レポートのような体裁になっている点が、
本書を資料的にも、
より貴重なものにしているともいえます。

この手の体験領域を、
記述しているものの多くは、
前提として、
任意の価値観や思想を、
はじめから含んでいるものが多く、
結果として、
探求としての中立性(明晰性)に、
曇りや歪みが、
生じてしまっているからです。

そして、実際のところ、
本書での図式は、
世界中の、
各種の風変わりな、
変性意識状態(ASC)の事例や、
意識拡張的な事例を、
分析・検討していくに際しても、
さまざまに役立っていくものでも、
あるのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。


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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
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「聖霊」の階層その2 本質(エッセンス)の含有量

 

さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
私たちの心が持つ、
階層構造の可能性について
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

そして、映画の、
「さらなる上部構造にシフトする」という、
セリフ(素材)をもとに、
イルカ研究者、アイソレーション・タンクの開発者であり、
映画『アルタード・ステーツ』のモデルにもなった科学者、
ジョン・C・リリー博士の探求事例を、
検討してみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

今回は、その続編として、
博士の探求事例の中の、
興味深い点をもう少し、
細かく見てみたいと思います。

ところで、リリー博士は、
純然たる科学者であり、
そもそもは、神経生理学の研究から、
意識の研究をはじめました。

私たちの「脳」や「意識」というのは、
一切の知覚・感覚を遮断しても、
(外部情報の入力なしに)
自律的に、存在するものなのだろうか、
というような切り口から、
意識の研究をはじめたわけです。

博士の当初の考え(仮説)では、
脳のソフトウェアでしかない意識などは
外部情報の入力なしには、
独立存在しないだろう、
ということだったわけです。
その実験のために作ったのが、
アイソレーション・タンクだったわけです。
そこから、
イルカの研究にもつながっていくわけです。

ところが、
さまざまな実験を繰り返す中で、
感覚情報なしにも、
意識は存在することや、
加えて、
感覚遮断した意識状態に、
興味深い現象が現れることに、
気づいていくこととなったのです。

もともと、博士は、
精神分析の訓練などは、
受けていたわけですが、
さらに、当時発見され、
精神医学の領域で使われはじめていた、
LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)を用いて、
意識についての解明を、
試みることにしたわけです。

さて、
そのような博士の著作に、
『意識(サイクロン)の中心』(菅靖彦訳、平河出版社)という、
自伝的な体裁をとった本があります。

博士自身が、
結論部分で、最終的な解答を見出してないと、
言っているように、
探求の途中経過と、素材として仮説を、
年代記風に示した著作です。

ところで、その本(や前著)の中に、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」と、
名付けられた図式があります。

人間の生命システムが、
どういうプログラミングの、
階層構造になっているかを、
示したものです。

上位にあるものが、その下位にあるものを、
プログラミングし、
制御しているという構造です。

10―未知なるもの
9 ―本質のメタプログラミング
8 ―自己のメタプログラミング
7 ―自我のメタプログラミング
6 ―(制御システムとは関係のない)メタプログラミング全般
5 ―プログラミング
4 ―脳の諸活動
3 ―物質的構造としての脳
2 ―物質的構造としての身体
1 ―(身体と脳を含む)すべての側面をもった外的現実
(リリー『意識(サイクロン)の中心』菅靖彦訳、平河出版社より)

「自我(エゴ)のメタプログラミング」あたりが、
通常の私たちの日常意識のレベル、
つまり、諸々のつまらないことに囚われ、
翻弄されている、普段のレベルとなっています。

「自己(セルフ)のメタプログラミング」は、
高度な気づきAwarenessの状態や、
統合の水準であり、
下位のものが統制され(妨げられることなく)、
自己の全体が、
滑らかに作動している状態とされています。

「本質(エッセンス)のメタプログラミング」は、
さらなる上部構造システムの働きです。
「本質とは、人間、個人、身体、生命コンピュータに適用される、
宇宙的法則の最高の表現である」(前掲書)
仮説として、
抽象的に置かれた(措定された)ものといえますが、
博士自身によると、
LSD実験による、体験と検証の中で、
仮定されたものとなっています。
最上位の階層が、
「未知のなるもの」となっているのは、
そのような意味合いからでしょう。

ところで、
『意識(サイクロン)の中心』において、
多くの紙数を占める、
スーフィー的スクール(アリカ研究所)の訓練体験の中では、
このような階層構造を、
上がって(上昇して)いく様子が、
さまざまに描かれています。
化学的なグラフでも示されています。

そこにおいては、
「自己(セルフ)」の中における、
「自我(エゴ)」の含有量が減っていくと、
反対に「本質(エッセンス)」の含有量が増えていくと、
描写されています。

ノイズが減り、
純粋な自発性が、
輝くように現れて来るわけです。
それは、
素晴らしく肯定的な状態、
ハイな意識状態(エクスタシィ)として、
描かれています。

一方、
「自己(セルフ)」において、
「自我(エゴ)」の含有量が増えていくと、
ノイズや落ち込みが増え、
「本質(エッセンス)」の含有量が、
無くなってしまうものとして、
描かれています。

苦痛や葛藤の多い、
ローな状態に、
なってしまうわけです。

さて、
ところで、上に見た、
含有量の構造などは、
実は、
心理療法(ゲシュタルト療法)の世界においても、
同様に、普通に見られる現象だとも、
いえるのです。

ゲシュタルト療法においても、
セッションを数多くこなす中で、
自我の分裂や葛藤が減り、
自己が、より全体性として、
働く感覚が生まれて来ると、
自己の奥底にある、
より自由で、自発的な自己(オーセンティック・セルフ)が、
生きられるようになる、
という構造です。

そして、
私たちは、
より肯定的な意識状態に、
長く留まれるようになる、
という事態(構造)です。

そして、
それはまた、
シャーマニズムにおいて言われることと、
同様の事柄でもあるのです。

シャーマンが、
自我の詰り(ノイズ)を取り去り、
自己をパイプのように
空洞にすればするほど、
未知のメディスン・パワーがそこを流れ、
働きやすくなるという構造と、
似通ったものなのです。

それは、聖なる息吹に充ちた、
パワフルな状態であるというわけです。
そのために、
シャーマンにおいては、
戦士的な空無の状態であることを、
重視することとなっているわけです。

そして、
それはまた、
元ネタの、攻殻機動隊にならって、
新約聖書を引用するとするならば、
ガラテヤ書にある、
パウロの言葉、
「最早われ生くるにあらず、
キリスト我が内に在りて生くるなり」
(生きているのは、もはや、わたしではない。
キリストが、わたしのうちに生きておられるのである)
という体験領域なども、
聖霊に満たされた信徒たちと同様、
「本質」の含有量の、
極めつけに高まった状態だと、
類推することもできるわけなのです。


このように、
興味深いことに、
数々の事例から知られることは、
自己が「全体として」働けば働くほど、
やがて、そこから、
自己を超えた要素が、
「本質(エッセンス)」的な要素が、
フロー体験のように現れて来る、
ということでもあるのです。

リリー博士の、
「人間生命コンピュータの機構(シェーマ)」は、
そのように、
さまざまな視点とも響きあう、
普遍的な構造を持った図式として、
参考になるものでもあるのです。


※気づきや統合、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。





【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
なぜ、ゲシュタルトなのか
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カスタネダと「世界を止める」


さて、前回、
攻殻機動隊に出て来る、
「疑似体験の迷路」
という言葉を素材に、
私たちの日常的現実について、
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系

そして、
私たちの日常的現実や、
日常意識も、
疑似体験の迷路と、
そんなに違うものでもない、
ということについて、
考えてみました。

加えて、そのような、
日常意識の中身を、
見抜くのに、
変性意識状態(ASC)からの視線が、
有効であることについても、
見てみました。

さて、今回は、
そのような、
疑似体験の迷路としての、
日常意識に、介入するための、
より身近な視点について、
考えてみたいと思います。


◆カスタネダと「世界を止める」

カルロス・カスタネダといえば、
人類学者として出発し、
インディアンのシャーマンに、
弟子入りすることで、
そのサイケデリックな世界観を、
内側から報告する作家として、
有名になりました。

その後、
作品の語り口は、
さまざまに変貌し、
途中からは、
南米の古代的なシャーマニズムや、
その独特の世界観や方法論を、
伝える作家となりました。

カスタネダの師匠であった、
ドン・ファンの実在性そのものが、
創作であると疑われているように、
カスタネダの語っていることが、
本当に、伝統的なシャーマニズムの、
ものであるか否かは、分かりません。
(本人は、事実であると明言していますが)

ところで、
そのようなカスタネダの、
有名になった言葉のひとつに、
「世界を止める」
という言葉があります。

私たちの「世界」とは、
私たちの内的なおしゃべり、
内的な対話によって、
作り出されている、
という事柄に由来する、
言い回しです。

私たちは、いつもいつも、
「世界とは、こういうものだ」
「世界とは、かくかくしかじかのものだ」
と、自分自身に向かって、
言い聞かせることで、
この「世界」を維持していると、
カスタネダは指摘するわけです。

そして、
その内的対話を止め、
世界を止める、ということが、
真のリアリティへの道である、
というわけなのです。

この内的対話は、
信念体系(ビリーフ・システム)の、
働きとも、連動して、
私たちの知覚・認知する世界を、
保持しているのです。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

「その点に関する
ドン・ファンの説明はこうだった。
われわれは
みずからに語りかけることによって、
世界にたいする自分の知覚を強化し、
それをある一定レベルの効率と機能に
保っておけるのである。
『全人類が、
内的対話によって確固たるレベルの
機能と効率を保っているのだよ』
いつだったか彼が私にいったことがある。
『内的対話は、集合点を全人類が
共有する一点へ固定しておくための鍵なのだ。
その一点とは、肩甲骨の広さの、
腕をいっぱいに背後へ伸ばしたところにある。
内的対話とは正反対のもの、
すなわち″内的沈黙″を達成することによって、
実践者は集合点の固定した状態を
打破することができ、
知覚の驚くべき流動性を
獲得することができるのだ」
カスタネダ『呪術の実践』(結城山和夫訳、二見書房)

ここでは、
「集合点」という、
知覚を編集するエネルギー・ポイントが、
言及されていますが、
この興味深い内容については、
別の機会に譲りましょう。

この集合点云々の説明を、
抜きにしても、
また、暗喩として、とらえたとしても、
ここで、語られている事態の、
意味合いや妥当性は、
理解されるかと思われます。

私たちが、
内的対話を続けることで、
世界体験を、反復的に、
自己産出しつづけていることは、
明らかなことと、
思われるのです。

私たちの内面を、
冷静に振り返ってみても、
自分がいつもいつも、
自分の中で、おしゃべりを、
し続けている(止められない)ことに、
気づかれるかと思います。

私たちは、
このような、
おしゃべりを止められないのです。

このような、
おしゃべり自体が、
偏向的な性格によって、
自動的に反復されている、
「疑似体験の迷路」
ともいえるものなのです。

これらの内的対話を止めることで、
私たちは、
妨げられることなく、
より直接的に、
世界というものを、
体験していくことが、
出来ることにもなるのです。

その世界とは、
おしゃべりに曇らされることなく、
生き生きと、
陽光にみちた、
より色鮮やかな世界でも、
あるのです。


※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
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映画『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系


さて、以前、
映画『攻殻機動隊』を素材に、
「ゴーストの変性意識状態(ASC)」と題して、
私たちの心の持つ、
階層構造やその可能性について、
考えてみました。
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

また、そのような、
心の階層構造の可能性についても、
別に、ジョン・C・リリー博士の事例などとともに、
考えてみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

そして、他にも、NLPの、
ニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)などを素材に、
私たちの持つ、
「信念体系(ビリーフ・システム)」の影響範囲について、
考えてみました。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

さて、今回は、
そのような事柄と関連して、
『攻殻機動隊』の続編、
映画『イノセンス』を素材に、
心や変性意識状態(ASC)が持つ、
さまざまな可能性や能力について、
考えてみたいと思います。


さて、
映画のストーリーは、
前作の後日談となっています。

人形使いのゴーストGhostと融合して、
「上部構造にシフト」してしまった、
草薙素子(少佐)は失踪扱い、
前作で、一番身近にいて、
素子の最後の義体まで用意した、
相棒のバトーが、
今作では、主人公となっています。

そのバトーが、
ネットに遍在するかのような、
(元)少佐のゴーストと、
交流する姿を描くのが、
本作となっています。

ところで、本作ですが、
事故や殺人事件を起こす、
ガイノイド(人形)の謎を、
捜査で追っていくのが、
メインの筋書きとなっています。

さて、
そのような捜査の中で、
バトーや、相棒のトグサは、
ガイノイド製造元のロクス・ソルス社より、
(雇われた傭兵のキムより)
ゴーストハックによる捜査妨害を、
受けます。

つまり、
心Ghostを、
ハッキングされ(侵入、乗っ取られ)、
疑似体験を、
させられてしまうのです。

そのせいにより、
バトーは、
コンビニで、銃を乱射したり、
ドグサは、
フィリップ・K・ディックの小説のような、
現実だか、幻覚だか分からないような、
テープ・ループのような反復体験に、
巻き込まれていくことになるのです。

映画の中で、
バトーは、トグサに、
その体験を説明するために、
「疑似体験の迷路」
という言葉を、使いました。


◆疑似体験の迷路

さて、ところで、
映画の中では、
キムの、ゴーストハックによる、
疑似体験の注入であったため、
それが「疑似」体験であると、
いえるわけですが、
では、
この私たちの現実体験とは、
どのように、
なっているのでしょうか?

映画の中では、
疑似体験と対比的に、
物理現実という言葉が、
使われています。

物理現実であれば、
疑似体験ではないということです。

ところで、以前、
映画『マトリックス』を素材に、
考えてみたところで、
私たちの、
この日常的現実が、
マトリックスの作り出す、
幻想世界と、
さほど違っているわけではないこと、
について記しました。
映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界

私たちは、
成育過程の中で得た、
さまざまな信念体系や、
知覚的拘束の中で、
この世界を見ている(見させられている)、
というわけです。

そのように考えると、
私たちが、
「物理的現実」と呼び、
唯一の実在性を、信じたい知覚世界も、
必ずしも疑似体験ではないと、
言い切れるわけではないのです。

というよりも、
この日常的現実も、
その構成成分の多くが、
疑似体験である、
と考えた方が、良いのです。


◆信念体系と疑似体験の迷路

さて、NLPの、
ニューロロジカルレベル(神経論理レベル)
について見たところで、
その信念体系(ビリーフ・システム)が、
非常に高い階層に属しており、
私たちの現実を創り出す、
大きな要因と、
なっていることを見ました。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

このモデルの妥当性は、
保留したとしても、
信念体系(ビリーフ・システム)が、
私たちの日常意識や、
日常的現実を生み出す、
決定的な要因であることは、
間違いないことです。

そのような、
信念体系のフレームの中で、
私たちは、
オートポイエーシス的に、
日常的現実を、
意識の内に、
自己産出し続けているのです。

場合によって、
人は、一生を、
疑似体験の迷路の中で、
過ごすと言ってもいいのです。

そして、
この疑似体験に気づくためには、
システム的に、
この疑似体験自体を、
相対化する要素が、
必要となって来るわけなのです。


◆守護天使(聖霊)の階層

さて、
映画の中では、
バトーが、
ゴーストハック攻撃を受けている時に、
(元)少佐、草薙素子が、
さまざまな合図を送ってくれます。

今している体験が、
疑似体験の罠であることを、
知らせてくれるのです。

コンビニにおけるシーンでは、
バトーは、
スルーしてしまったわけですが、
「キルゾーンに踏み込んでるわよ」
と、はっきりと、
メッセージをくれています。

つまり、
日常意識よりも、
高い階層にいる少佐は、
疑似体験に占拠されている日常意識を、
見抜き、透視することが、
できるわけなのです。

のちに、バトーは、
キムとの会話の中で、
「俺には、守護天使がついている」と、
発言しています。

キムは、
自分が組み上げた防壁の中に、
何者かが、
書き込みを入れているのを見て、
驚くわけです。
彼の考えでは、
そんな芸当ができる人間など、
想像できないわけです。

また、
ロクス・ソルス社艦内の、
戦闘シーンで、
ガイノイドに、ロードして、
バトーの救援に現れた、
少佐に対して、
バトーは、
「聖霊は現れ給えり」
と表現したわけです。

比喩としても、
バトーやキムよりも、
高い階層にいる(元)少佐の在り様が、
暗示されているわけです。

しかしながら、
このような上部階層の心(意識)は、
必ずしも、
守護天使や聖霊でなくとも、
私たちの心のシステム自体として、
存在していると、
考えてもよいのです。

本サイトや、拙著でも、
さまざまに記していますが、
世界中の変性意識状態(ASC)の報告は、
そのような可能性を、
示唆してもいるのです。
内容紹介 拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

それは、
何らかのきっかけをもって作動し、
私たちを、
疑似体験の迷路の外に、
連れ出してくれるのです。
その風景を、
見せてくれるのです。

そして、
私たちが、現代社会の、
閉塞したキルゾーンの中にいることを、
教えてくれるのです。

私たちは、
変性意識状態(ASC)への旅や、
その世界との往還を、
数多く繰り返し、
学習していくことで、
そのような意識の帯域(往還コース)を、
拡張していくことが、
できるのです。

そして、
これはまた、
多くのシャーマニズムの伝統が、
行なって来たことでも、
あるのです。



※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
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ホドロフスキー氏とサイコ・シャーマニズム


◆知らされた消息

昔は、
アレハンドロ・ホドロフスキー監督といえば、
ジョン・レノンが惚れ込んだ、
『エル・トポ』や、
その後の『ホーリー・マウンテン』などの、
カルト・ムービーの映画監督として、
有名でした。

その後は、
『サンタ・サングレ』など、
わずかな作品の紹介はありましたが、
長く、その消息を耳にすることもなく、
彼が、活動しているのか、していないのかさえ、
分からない状況でもありました。

(昨今では、
その多様な作品や活動が、
知られる状態となっており、
昔日の状況を思うと、
少し不思議な気持ちにさせられます)

さて、長く、
そのような状態であったため、
自伝として届けられた、
『リアリティのダンス』(青木 健史訳/文遊社)は、
ホドロフスキー氏の、
その間の消息を伝えてくれる、
貴重なドキュメントとなっていたわけです。

そして、その内容は、
『エル・トポ』以前も、以後も、
彼が、実に濃密で、
精力的な活動を、
生涯の探求として
推し進めていたことを、
知らせてくれるものでもあったのです。


◆サイコ・シャーマニズム

さて、
その自伝的な内容ですが、
シュルレアリスム(超現実主義)や、
パニック演劇との関係など、
アート系の活動は、
比較的、予想がつく範囲内での、
内容であったわけですが、
その延長・周辺で、
さまざまな精神的探求の活動も、
同時に推し進めていたというのは、
驚きでもあり、
納得的な事柄でもありました。
(『サンタ・サングレ』は、
心理療法的な物語でした)

そして、
(本物らしき?)カルロス・カスタネダや、
アリカ研究所のオスカー・イチャーソなど、
その関係での、
人々との交流や、その描写も、
とても興味深い内容となっていたのでした。

中でも、
多くの紙数を割いている、
サイコ・シャーマニズム、
サイコ・マジック関連の記述は、
その内容の具体性からも、
方法論的な見地からも、
大変貴重なドキュメントとなっているものです。

当スペースのように、
心理療法や、変性意識状態(ASC)、
シャーマニズムや、創造性開発を、
方法論的なテーマにしている者にとっては、
特に、そうであったわけです。

ところで、
彼のいうシャーマニズムとは、
いわば、
「本物のシャーマニズム」です。

通常、現代社会の中で、
シャーマニズムという言葉が、
方法論的な概念として使われる場合、
 (当スペースなどもそうですが)
多くは、その構造的なモデルを、
利用するために使われているものです。

変性意識状態(ASC)を含んだ、
意識の運動性や、
心理的変容を描くのに、
シャーマニズムのモデルが、
とても有効に働くという、
見地からです。
内容紹介 拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

それは、必ずしも、
伝統社会のシャーマニズムのように、
信念体系(世界観)として、
使われているわけではないのです。

そのような意味では、
ホドロフスキー氏のシャーマニズムは、
本物のシャーマニズムにより近いもの、
もしくは、
本物のシャーマニズムとなっているわけです。

そこでは、精神が、
物質の情報を、
書き換える力を持つことを、

もしくはその区分が無いことを、

前提と(確信)しているものでも、
あるからです。

まさに、
マジック・リアリズム(魔術的現実主義)、
なわけです。

そして、もし、
ホドロフスキー氏の施術が、
事実であるとしたなら、
私たちは、
物質・精神・情報についての、
近代的な世界観を、
少し考え直さなければならない、
というわけなのです。

そのような意味においても、
本の中では、
施術のディテールを、
詳細に、記してくれているので、
その点でも、非常に参考となるものに、
なっているわけです。

そして、
その可否や評価については、
各人が、
さまざまな自分の経験を通して、
検証していくしかないものと、
なっているのです。


◆心と信念の影響範囲

さて、
この最後の点(世界観)についていえば、
前回、取り上げた、
NLPの神経論理レベルの中における、
信念(ビリーフ)などとも、
関係して来る事柄といえます。
NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

NLPの、
神経論理レベルにおいては、
「信念」という階層が、
実現可能性(できる)の上に、
位置しています。

このこと(世界観)は、
通常、人は、
信念の内あることのみを、
実現できる、
ということを、
意味しているわけです。

信念が、
人のリアリティの範囲を、
確定していくという、
世界観です。

ところで、
ホドロフスキー氏の、
サイコ・マジックを原案にし、
彼自身も出演した映画、
『Ritual(邦題ホドロフスキーのサイコマジック・ストーリー)』
では、
主人公が、
癒しのために受ける儀式(施術)に対して、
恋人の男が、しきりに、
「信じるな」と、
連呼します。

彼の世界観では、
魔女のような施術者が行なう、
儀式などは、迷信以外の、
何ものでもない、
というところなのでしょう。

そして、
映画の最後は、
主人公の儀式(施術)を妨害して、
台無しにした結果、
その恋人が、
主人公に殺されてしまうという、
結末となっています。
(本当は、この施術の結果として、
主人公の苦痛と妄念は、
取り除かれるはずたったのです)

つまり、
恋人の男は、
「信じない」ことによって、
自らの命を、
落としたともいえるでしょう。

では逆に、
彼が、信じていた世界とは、
果たして、どのような世界だったのでしょう。
主人公や、施術者が、信じる世界より、
彩り豊かな世界だったのでしょうか…


さて、
ホドロフスキー氏の作品や活動は、
この他にも、
非常に多岐に渡っていますが、
そのどれもが、
現代社会を覆う、
私たちの制限的な信念(リミティング・ビリーフ)を超えた、
生や現実の豊かさを、
教えてくれるものとなっているのです。

そのような意味において、
ホドロフスキー氏の世界は、
現代では数少ない、
本物のマジック・リアリズム、
となっているわけなのです。



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NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

スライド9

さて、当サイトでは、
グレゴリー・ベイトソンの、
学習理論における階層性を、
よく例に引いています。

この考え方のモデルが、
私たちの心の可能性を考えるに際して、
適切なバランスを、
有しているのであるからです。

それは、反復学習による、
学習内容(構造)の進化を意味しており、
主に、無意識的な階層性として、
心のなかに形成されていくものです。

後天的なものではありますが、
より根本的なレベルに近い領域での、
構造(階層)といえるものです。

ところで、
これほどまで、
無意識的・構造的なレベルではなくとも、
もう少し意識に近いレベルで、
表層的な自我の中においても、
さまざまな階層性や構造をもって、
私たちは、成り立っています。

そのような、
自我の浅いレベルの情報を
整えるだけで、
私たちは、生活に変化を、
創り出していけるのです。

今回は、
そのような方法論のひとつとして、
ロバート・ディルツ氏が考案し、
NLP(神経言語プログラミング)でよく使われる、
ニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)を、
取り上げ、焦点を当ててみたいと思います。

これも、
適切な介入を深めていけば、
より拡がりある使用が、
可能となっているのです。
効果的に作用するNLPのフレームとは
日本のNLP(神経言語プログラミング)は、なぜ退屈なのか

このモデルには、
思想的な意図と、
エクササイズの、
二つの側面(要素)があります。


①思想的な意図

神経論理レベルは、
5つの階層によって出来ている、
認知と情報の、
論理レベルです。

1.Identity アイデンティティ WHO誰 …私は何者か? ミッション
2.Belief 信念・価値観 WHYなぜ …私が信じているのは何か? 
3.Capability 能力 HOW いかに …私ができることは何か?
4.Behavior 行動 WHAT何を …私が行なっていることは何か?
5.Enviroment 環境 WHEN WHERE いつどこ …私は、どんな環境にあるか?

(後に、ディルツ氏は、6番目の階層として、
スピリチュアリティを加えましたが、
ここでは、初期の版を使っています)

この5つによって、
私たちは、
「私(WHO)は、
そこ(WHERE)に
行く(WHAT)ことが、
できる(HOW)とは
信じられない(WHY)」
などと、
認知したりしているというわけです。
(図表、参照)

ところで、このモデルは、
初期NLPのメンバーの、
思想的な後見人でもあった、
ベイトソンの思想に、
拠ったものとされています。

ベイトソンの、
システム的な思想においては、
万物が、精神も自然も、
一貫し、関係づけられた情報の体系であると、
見なされています。

その中では、
論理階梯 logical typing のように、
階層づけられた情報の流れを通して、
万物が作動しています。

さて、
神経論理レベルの考えでは、
この5つの層は、
私たちの中で、作動している、
認知的なシステムです。
私たちが、
何か行動を起こしている場合は、
無意識の内に、
このようなシステムを、
持っているという仮説です。

ここでのポイントは、
制御性と一貫性です。

より高い階層のものが、
下位の認知システムを、
制御しているわけです。

上位の階層の認知が、限定的であれば、
下位の階層の認知も、限定的です。

上位の階層の認知がひろがれば、
下位の階層の認知もひろがります。

5つのレベルに、整合的な一貫した、
情報とエネルギーの流れがあれば、
行動は的確に為されます。


②実践のエクササイズ

実践は、通常、
エクササイズ形式で、
スペース・ソーティングを使って、
行なわれます。
各スペースを、
実際に、移動していくわけです。

エンプティ・チェアの要領で、
各階層レベルと、
クッション(椅子)などをアンカリングして、
各クッション(椅子)の位置に来た時には、
各レベルの内的状態が、
引き出されるようにするのです。

さて、
この神経論理レベルでは、
さまざまな場面での、
自己の内的状態を、
検証することができます。

・現在の自分を構成している5つの階層
・悪い状態の自分を構成している5つの階層
・欲しい状態の自分を構成している5つの階層

などです。

例えば、
「欲しい状態の自分を構成している5つの階層」
を例にとって、
見ていきますと…

このエクササイズ全体を見守る、
「メタ・ポジション」を立てた上で、
最初の「環境」のクッションに入って、
欲しい状態の自分を作っている、
「環境」要素を確認していきます。

場所、日時、
見えるもの、聞こえるもの、
体感覚、感情、気分などを、
確認していきます。

同様に、
スペースを移動しながら、
より高い階層の各属性を、
チェックしていきます。

人は、ここで、
あることに、
気づいていきます。
階層の高い部分に行けば行くほど、
下位の階層の状態が、
上位階層の影響のうちにある、
ということです。

と同時に、
普段の私たちが、
単なる思い込みによって、
自分自身を、
制限(制御)していたことに、
気づきはじめるのです。
(上の図表のようなイメージです)

最後の、
「アイデンティティ」の位置においては、
さまざまな限定を、脱落させた、
未知の自分やミッションに、
触れるかもしれません。

今度は、そこから、
下層のレベルに向かって、
戻って(降りて)いきます。

新しく確認したアイデンティティから、
自分の信念や価値観、
能力や行動を、検証して、
環境世界を、
チェック・確認していきます。

おそらく、
さきほど、階層を上がった時よりも、
すっとひろがりと、
流動性をもった世界が、
確認されて、
自分が、限定的なものの見方に、
落ち込んでいたことが、
確認されると思います。

最後に、
5つの階層を一貫して流れる、
情報やエネルギーを確認して、
エクササイズを終えます。


さて、以上、
神経論理レベルを利用した、
エクササイズを見てみましたが、
この5つの階層を検証する、
エクササイズの含意は、
私たちが、普段の生活において、
身近な下位階層(環境、行動)の認知に、
縛られて(限定されて・引っ張られて)、
真の自己を、
見失っているという状態に、
気づくということです。

欲求と情報が、
バラバラになっていて、
統合を失っている、
自己の状態に気づき、
それらを整列・統合させる、
ということなのです。

また、
上位の自分自身に、
情報的・エネルギー的につながることで、
自分のミッションや価値観、
信念を刷新し、
新しい行動への、
強い動機づけになるということです。

そのため、
各階層の情報の流動性を高めて、
それらを整列させて、
新しい自己の一貫性を戻そうというのが、
このエクササイズの含意となるのです。

エクササイズ自体は、
ゲシュタルト療法のセッションのように、
深いレベルで作用するのではありませんが、
合わせて使うことにより、
さまざまに多様な展開も、
可能なものとなっているのです。

また、日々、
少しだけ時間をとって、
自分で内的状態を整えるのに、
有効な技法となっているのです。

そして、
最後に付け加えると、
筆者が、
さまざまな人々と会った実感からいうと、
実に、多くの人々が、
「自分には、できない」
「自分には、才能がない」
という、勝手な思い込み(信念)を、
持っています。

しかし、人は、
信念の内にあることしか、
実現できません。

信念が、
そのように限定されている限り、
「できない」のは、
事実なのです。

しかし、一方、
「できない」と思っていたことが、
仕事で無理やりやらされて、
できてしまったということも、
多くの人が経験していることと思います。

物事は、
やりはじめてしまえば、
できてしまうものなのです。

「できる」という信念に、
変わった時から、
人生は、別の可能性に、
開かれはじめるのです。

神経論理レベルは、
そのような仕組みの背後にあるものを、
教えてくれるものでもあるのです。


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

【PART3 Advanced】
気づきと変性意識の技法 上級編
変性意識状態(ASC)の活用
願望と創造性の技法
その他のエッセイ

【PART4 当スペース関係】
フリー・ゲシュタルトについて
セッションで得られる効果
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クライストと天使的な速度

さて、当サイトでは、
たびたび、フロー体験については
取り上げています。

その体験が、
私たちが、
より拡張された心身状態へ、
移行するための、
分かりやすい類型となっているからです。

実際、そのシステム的な作動性を、
よく理解して、
意識的に、物事に取り組むこととは、
日常生活の中で、
高いパフォーマンス(アウトプット)を、
発揮するのに、
大いに、役立つものでもあるからです。

また、以前には、その関連で、
ベイトソンの学習理論を参照にしつつ、
私たちの日常意識より、
あたかも、上位階層にあるかのような、
心理(意識)システムが、
働く可能性についても、
各種の事例から考えてみました。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー
映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識

ある種のフロー的、かつ覚醒的な、
意識拡張の体験過程にあっては、
私たちは、
自己の内なる領域に、
高次の働き(メタ・プログラマー)を感じ取り、
その働きによって、
より拡大された現実を体験したり、
未知なる能力を発揮するかのようである、
ということなわけです。

さて、今回は、
ドイツの作家、
ハインリヒ・フォン・クライストを、
素材にして、
そのような意識拡張の可能性や、
意識進化の姿(物語、神話)について、
少し考えてみたいと思います。

ところで、
クライストの作品は、
とても不思議な作品です。

そこにおいては、
何か得体の知れないものが、
凄まじい速度で、
通過していきます。

過度に結晶したような、
硬質な文体の向こうに、
以前見た、ロートレアモンのように、
にわかに、それとはとらえがたい、
熱狂的な強度や速度、
変性意識的な何かが、
通過していくのです。

焼き尽くすように、
通過していくのです。

そして、私たちは、
それらを読み終わった後に、
その火傷を感じつつ、
「あれは何だったのだろう」
と、思いを巡らせるわけなのです。

ところで、
クライスト本人が、
どのような方法論のうちに、
そのような作品を書いていたのか、
筆者は知らないのですが、
それらが偶然そうなったわけではなく、
(明確な方法論ではないかもしれませんが)
ある種の気づきawarenessのうちにあったのだと、
教えてくれる、素晴らしい文章を、
彼は、残しているのです。

『マリオネット芝居について』
という、或る舞踏家と、
クライストらしき話者とが、
操り人形の舞踏について、
対話するという短編がそれです。

このテーマに関して、
この一編をものしたことから考えても、
クライストが、
そのテーマの重要性について、
明確に意識していたことが、
うかがえます。
これは、
意識の進化と存在を巡る、
とても核心的なテーマでもあるのです。

その物語は、
話者が、或る卓越した舞踏家を、
大衆的な芝居小屋で、
しばしば、見かけており、
そのことで以前から、
興味を持っていたわけなのですが、
機会あって、
彼本人から、
そのことについての、
興味深い智慧の話を聞かされる、
というストーリーになっています。

ところで、
話を聞く中でわかってきたことは、
舞踏家にとって、
人形の舞踏から学ぶことが、
多々あるからである、
というわけだったのです。

人間にはない、優美さが、
そこに宿っている、
ということだったのです。

「人形は絶対に気取らない、
という点が長所なのです。
―というのも気取りというのは、
ご存知のように、たましい(vis motrix)が
どこか運動の重心以外の点にきたときに、
生じるのですからね」(種村季弘訳、河出文庫)

そして、このような気取りや自意識が、
演技において、失策となることを語ります。

「『こうした失策は』とややあって彼はつけ加えた、
『私たちが認識という樹の木の実を
味わってしまったからには、
もう避けられません。
だって楽園の門は閉ざされ、
織天使は私たちの背後に
まわってしまったじゃありませんか。
私たちは世界をぐるりと経めぐる旅に出て、
裏側から、どこかしらにまた
楽園への入口が開いてはすまいかと、
この眼でさがすほかありません。』」(前掲書)

話者は、
舞踏家の意外な見解に対して、
さまざまな疑問をぶつけていくことで、
話は進みます。

「あなたがいかにたくみに
ご自分の逆説の問題を弁じられようと、
人体機構によりは
機械製の関節人形のほうに
はるかに優美が宿りやすいだなんて、
そんなことを私に信じさせようったって
そうはまいりませんよ。
答えて彼の言うには、
その点では人間は
関節人形にまるで及びもつきません。
この領分で物質と太刀打ちできるのは
神だけかもしれません。
ここには円環的世界の両端が
噛み合う点があるのです。
私はますます驚いたが、
この奇妙な主張に対してなんと言えばよいか、
言うべきことばを知らなかった。」(前掲書)

そして、舞踏家は、聖書における、
「あの人間形成の最初の時期をご存じないお方とは、
それから先の時代の、
ましてや人類最後の時代の話は
実際のところできかねますね。」(前掲書)
と、人類の未来の姿まで、匂わすのです。

そして、
話者が、直接、実感した、
過剰な自意識により優美さを失った少年の話や、
舞踏家自身の、
フェンシングで、熊にまったく勝てなかった挿話が、
振り返られた後で、
最後に語られるのです。

「『さて、すばらしき友よ』、C.氏は言った、
『これで私の申し上げることを理解するのに
必要なものはすべてお手許にそろいました。
これでおわかりですね、
有機的世界においては、
反省意識が冥く弱くなればそれだけ、
いよいよ優美がそこに燦然と
かつ圧倒的にあらわれるのです。
―けれどもそれは、
二本の直線が一点の片側で交差すると、
それが無限のなかを通過したあと
突然また反対側にあらわれる、とか、
あるいはまた凹面鏡に映った像が
無限の彼方まで遠ざかったあとで、
突然私たちのすぐ目の前にきている、
とかいうふうにしてなのです。
このように認識が
いわば無限のなかを通過してしまうと、
またしても優美が立ちあらわれて
きかねないのです。
ですから優美は、
意識がまるでないか、
それとも無限の意識があるか、
の人体の双方に、
ということは関節人形か、
神かに、
同時にもっとも純粋に
あらわれるのです。』
『とすると』
私はいささか茫然として言った、
『私たちは無垢の状態に立ち返るためには、
もう一度、認識の樹の木の実を
食べなければならないのですね?』
『さよう』と彼は答えた、
『それが、世界史の最終章なのです』」(前掲書)


…………………………………

さて、このような、
意識の様態(進化)についてのヴィジョンが、
決して神話的なものではなく、
フロー体験や、意識の階層構造への、
検討から見て、
あるレベルで、
実現可能であるということは、
本当のところなのです。

それは、
当スペースでも、
さまざまな実践的な方法論を通して、
テーマとして、
取り扱っているのなのです。
気づきと変性意識の技法 基礎編

そして、それが、
クライストの作品の持つ、
不思議に意識拡張的な速度を、
創り出している一因でも、
あるといえるのです。

そして、
さらにはまた、
そのことは、
クライストのいう、
「裏側に開いている楽園への入口」
という風に、
考えていくことも可能なのです。


※気づきや、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。

 
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聖なるパイプの喩え(メタファー) エネルギーの流通と集中

◆統御され、集中されたエネルギー

さて、
ネイティブ・アメリカンの、
メディスン・マン(シャーマン)は、
自分たちのことを、
しばしば、パイプに喩えます。

自分たちは、
通り道であり、
その中を通って、
異界の精霊的な力に働いてもらう、
という意味合いからです。

こちら側の世界と、
向こう側の世界とをつなぐ、
パイプ(役)というわけです。

そして、
メディスン(不思議の力)とは、
自分の力で、
何か行なうものではなく、
聖なる何ものかによって、
働いて来る力である、
ということなのです。

そして、  
その力に働いてもらうためには、
自己の心身が浄められ、
澄んでいて、
鞘のように堅固な空洞、
パイプのようでなければならない、
というわけなのです。

そのため、
彼らは、聖なるパイプを持ち、
そのことに絶えず、
思いを巡らせているわけなのです。

ところで、
このような知見は、
変性意識状態(ASC)と、
それに関係するエネルギーや、
精神集中を扱う際に、
大変、参考となる考え方なのです。


◆フォーカスとフロー体験

例えば、
特異な集中力状態である、
フロー体験においては、
私たちは、
その行為を為し、統御しているのが、
あたかも自分ではないかのような、
奇妙な感覚を持ちます。

自意識ではない、
エネルギーの流れの内に、
行動が統御されていくのです。
そして、
普段では、行なえないような、
高いレベルでのパフォーマンスが、
達成されるのです。

それは、ある意味では、
私たちの内にある、
高い階層のシステムが、
作動した結果であるとも、
いえるのかも知れません。
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー

「自意識は消失するが、
いつもより自分が強くなったように感じる。
時間の感覚はゆがみ、
何時間もがたった一分に感じられる。
人の全存在が
肉体と精神のすべての機能に伸ばし広げられる」
M.チクセントミハイ『フロー体験入門』大森弘監訳(世界思想社)

また、その瞬間においては、
ひとつのベクトルのように、
目的へのフォーカスによって、
エネルギーが集中されているわけですが、
その体験の内側において、
意識は澄みきり、
まるで拡大するかのように、
行為の全存在に、
透過しているのです。

まさに、
目的に向かう中において、
パイプのように、
澄み切った空洞があり、
その堅固な通り道の中を、
強度のエネルギーが、
貫いていくかのようです。

行為の主体として重要なことは、
自意識で、
あれこれ行動操作しようとすることではなく、
パイプのような空洞として、
ある種の無心の中で、
エネルギーと情報の自発的な流れが、
自由に活動展開できる場を、
貸し与えていく、
ということなのです。

そして、その際には、
安定した、
堅固な空洞であることが、
何よりも、必要なことなのです。
場の枠組みが、
フラフラしていては、
膨大かつ強力なエネルギーを、
流すことはできないからです。

堅固なベクトル的なパイプになり、
かつ、無心のままに、
目的にフォーカスしていることが、
必要なわけです。
それが、
シャーマンにおける、
戦士的なあり様の、
ひとつの重要な側面なのです。

そのような取り組みの枠組みによって、
フロー体験的な集中力や、
それによる、
創造性豊かなアウトプットというものを、
産み出していくことができるのです。


◆夢見の技法 儀式・フォーカス・変性意識

さて、
拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』においては、
「夢見の技法」と題して、
フロー体験のような精神集中や、
意識の均衡状態をつくり出すことで、
私たちの内側から、
豊かな創造性を引き出す技法について、
さまざまに検討しました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

その際に、
取り組みの中において、
堅固な儀式的な構造が、
必要な旨を見ました。

それは、
さきほどまで見て来たような、
「パイプ」的な意味合いから見て、
そうなのです。

堅牢な儀式的な構造が、
私たちを、堅固なパイプに変え、
変性意識的なエネルギーや情報を、
流れやすくするからなのです。

そして、
それはまた、
芸術的な創造(創作)などに関係づけていえば、
その「形式性」が、
その儀式的な役割や、
パイプ的な役割を果たしていく、
ということでもあるのです。

前回、
ロートレアモンについて、
さまざまに見てみましたが、
彼が、並外れた形で、
心の遠い宇宙を探索できた理由も、
作品形式という堅固な儀式的な構造と、
それに支えられた変性意識状態とが、
あったからなわけでした。
ロートレアモンと変性意識状態


◆聖なるパイプの喩えとともに

さて、以上、
これまで見てきたことは、
「聖なるパイプ」の喩えとは、
シャーマンだけの特殊な問題に、
限定されるものではなく、
普段の私たちにとっても、
利用可能な、
重要なスキル・方法論であることを、
意味している、
ということなのです。

日々、このような、
聖なるパイプに思いを巡らせ、
堅牢な形式性、
儀式的構造による精神集中を、
意識していくことで、
私たちの心のエネルギーの流れは、
より、的を得た力強さと、
情報空間の拡がりを、
持っていくことに、
なるものなのです。


※気づきやシャーマニズム、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。


tatanka


【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
「セッション(ワーク)の実際」

【PART2 Standard】
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変性意識状態(ASC)とは
「英雄の旅」とは
体験的心理療法
NLP 普及・効果・課題
禅と日本的霊性
野生と自然

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ロートレアモンと変性意識状態

さて、前回、
セックス・ピストルズを例にとって、
私たちにとって、可能な、
覚醒のあり様について、
考えてみました。
なぜ、セックス・ピストルズは、頭抜けて覚醒的なのか

また、以前には、
リルケが、
天使的な領域について語ることを素材に、
私たちの変性意識状態(ASC)や、
その意識拡張のあり様について、
見てみました。
リルケの怖るべき天使 〈美〉と変性意識状態

今回は、
それらに関係するテーマで、
ロートレアモン伯爵(本名イジドール・デュカス)を取り上げ、
変性意識状態(ASC)や、
私たちの意識拡張の様態、
自然発生的なシャーマニズム(夢見の技法)などについて、
考えてみたいと思います。

ところで、
ロートレアモンの作品は、
(『マルドロールの歌』『ポエジー』の二作品だけですが)
19世紀後半のフランスに、
忽然と現れ、
文学の歴史の中においても、
非常に、孤絶した、
他に類例を見ない作品となっています。

南米の領事館で働く父のもとに育った子どもが、
思春期を、フランスの寄宿舎で生活した後に、
孤独な夢想のうちに記した作品でもあるので、
社会的文脈を求めるのも、無理な話なのかもしれません。
その作品は、24歳という、彼の早い死の後、
数十年経ってから、
歴史的に発見されたものなのです。

『マルドロールの歌』は、
奇妙な作品です。
孤独と無限を感じさせる宇宙性、
奇怪で美的な暗喩(メタファー)、
夢と渇望、悪と逃走、変身と旅などを主題に、
普通の文学には見当たらない、
不思議な透過性と屈曲を持つとともに、
私たちの心の、
最も深い部分に触れて来る、
天才的な作品となっているのです。

しかし、それでいながら、
その作品が、
どこか非常に遠いところからやって来た印象、
通常の私たちの心の次元を超えた拡がりを、
感じさせるような、
神秘的な性格を有するものと、
なっているのです(※注)。

そして、そのような、
ロートレアモンの作品の謎に対して、
文芸批評的なアプローチでは、
およそ不満足な結果しか得られていない、
と感じるのは、おそらく、
筆者一人だけではないと思われるのです。

しかし、
文芸作品などをあまり読まない、
普通の感性豊かな人(特に若い人)が、
『マルドロールの歌』を読んだ場合でさえ、
強い衝撃を覚えるというのは、
文学的なゲームとは関係のないところで、
この作品が持っている、
ある特殊な性質に、
人が触れるからであると考えられるのです。

そこには、
当スペースが、
テーマとしているような、
変性意識状態(ASC)や、
意識拡張の様態などに関係する、
さまざまな興味深い秘密があると、
考えられるのです。

(※注)世の中には、そのような神秘性を、
読み取れない類いの人間もいて(たとえば、カミュなど)、
ジョルジュ・バタイユも、
その不感症について、意外なものとして、
言及したりしていますが、
字義通りにしかものを読めなかったり、
暗喩的な心理(意識)領域を理解できないということの、
構造的な理由も、
ここで取り上げるテーマと、
関係している事柄ではあるのです。


◆無意識の間近さ

彼の作品は、死後に、発見される形で、
歴史の中に姿を現しましたが、
最初期に、彼を見出した人々が、
その作品を、狂気の人の書であると感じたのは、
ある意味では、正しい直観でした。
フロイトが、登場する前の時代でした。

そして、彼の作品が、
一種、精神病圏の要素を感じさせるというのは、
アウトサイダー・アートとの共通要素からいっても、
妥当であるともいえるのです。

加工されていないような、
ナマな無意識との接触感、
高電圧的で、剥き出しの直接性の感覚は、
世のアウトサイダー・アートと、
大変近い性格を持っているのです。

ところで、
哲学者のガストン・バシュラールは、
彼の作品に見られる、動物的世界との親和性について、
特筆しました。
しかし、その本質的な間近さという点だけをいうなら、
実は、植物や鉱物の世界とも、
充分すぎるほど、近い世界を持っているのです。
以前、LSDセッションにおいて、
鉱物と同一化する人の事例を取り上げました。
『生物都市』と鉱物的な変性意識状態(ASC)

実際、
そのようなLSDセッションにおいては、
鉱物にかぎらず、
さまざまな動物や植物と同一化し、
その圧倒的で緻密な生態を、
通常ではありえない形で、体験する事例が、
数多く存在しています。
そして、それらの報告の多くは、
『マルドロールの歌』における、
アウトサイダー・アート的な手触りと、
類似した性格を、
どこかに感じさせるものでもあるです。

また、ル・クレジオは、
ロートレアモンの言葉に、
未開部族の言語との類縁性を感じ取りました。
その言葉の持つ、原初的な性格を、
指摘したわけです。

これら、アウトサイダー・アートとの近似性や、
動物植物世界との水平的な間近さ、
原初的な世界との類縁性という特性は、
そのまま、当スペースで考える、
シャーマニズム的な要素として、とらえることも、
可能な要素なのであります。

そして、
そのように考えてみると、
ロートレアモンが活動する領域を、
それとなく、囲っていくことも、
できてくるわけなのです。

そうなってくると、
そもそも、私たちが、
ロートレアモンを読む時に真っ先に感じる、
奇妙な眩暈の感覚や、
意識の変容状態が、
何に由来するのかということも、
少し見えて来るわけなのです。

彼が、シャーマニズムと、
変性意識状態(ASC)の土地である、
南米で育ったというのも、
意味深い偶然となって来るわけです。


◆変異した時空の意識

さて、以前、
私たちが、
高度に集中した際に起こる、
特異な意識状態である、
フロー体験について、
取り上げました。
フロー体験とフロー状態について

「…これらの条件が存在する時、
つまり目標が明確で、
迅速なフィートバックがあり、
そしてスキル〔技能〕と
チャレンジ〔挑戦〕のバランスが取れた
ぎりぎりのところで活動している時、
われわれの意識は変わり始める。
そこでは、
集中が焦点を結び、
散漫さは消滅し、
時の経過と自我の感覚を失う。
その代わり、
われわれは行動を
コントロールできているという感覚を得、
世界に全面的に一体化していると感じる。
われわれは、
この体験の特別な状態を
『フロー』と呼ぶことにした」

「目標が明確で、
フィートバックが適切で、
チャレンジとスキルのバランスがとれている時、
注意力は統制されていて、
十分に使われている。
心理的エネルギーに対する
全体的な要求によって、
フローにある人は完全に集中している。
意識には、
考えや不適切な感情をあちこちに散らす余裕はない。
自意識は消失するが、
いつもより自分が強くなったように感じる。
時間の感覚はゆがみ、
何時間もがたった一分に感じられる。
人の全存在が肉体と精神のすべての機能に伸ばし広げられる。
することはなんでも、
それ自体のためにする価値があるようになる。
生きていることはそれ自体を正当化するものになる。
肉体的、心理的エネルギーの調和した集中の中で、
人生はついに非の打ち所のないものになる。」
M.チクセントミハイ『フロー体験入門』大森弘監訳(世界思想社)

この状態においては、
私たちの意識は、
一種の、拡張された状態に、
入っていきます。
そこにおいては、
時空の感覚に変化が起こって来ます。

時空の感覚は流動化し、
時間は速くなったり、遅くなったり、
空間は伸びたり、縮んだりします。
知覚は澄みきり、
ミクロ的な、微小な対象にさえ、
完璧で透徹した注意力が、
行き届くように感じられます。

たとえば、
山で遭難事故に陥った、或る作家は、
その危機の中で、
フロー的な意識に移行した時の状態を、
「そのときの僕なら
三〇歩離れたところから、
松の葉で蚊の目を射抜くことさえ
絶対できたはずであると、
今も確信している」
(シュルタイス『極限への旅』近藤純夫訳、日本教文社)
と表現しています。

ところで、
モーリス・ブランショは、
ロートレアモンの作品の持つ、
その明晰さについて、
言及しました。

しかしながら、
ロートレアモンの明晰さというのは、
単なる論理的な明晰性だけではなく、
その背後に、
過度に透徹した意識状態、
フロー的な変性意識状態(ASC)が、
存在していると考えてよいのです。

それが、私たちが、
ロートレアモンを読むときに引き込まれていく、
夢に似た、奇妙に歪んだ時空感覚、
透視力的な性質の由来に、
なっていると思われるのです。

実際のところ、
フロー体験の研究においては、
創作的活動の中で、
芸術家が没入していく、
さまざまなフロー体験、
意識状態についての事例が、
各種、集められています。

たとえば、カフカなども、
創作している最中に、
シュタイナーのいう、
透視力的な状態に入るように思われると、
彼本人に話したと、
日記に、記しています。

そのように、
創作における、
フロー体験自体は、
多くの人に見られる事例であり、
決して稀なことではないのです。

ただ、それが、
『マルドロールの歌』におけるように、
作品の特別な性格として、
刻印されるということは、
稀有な事例であるのです。


◆天使的狂熱、または拡張された意識

さて、
このようにして見ると、
ロートレアモンが、
偶然的な資質であれ、
多様な意識の可動域を持ち、
さまざまな変性意識状態の諸相を、
流動的に渡っていった痕跡が、
見えて来るのです。

原初的な動植物世界から、
人間世界までの諸領域を、
また、無意識的な深層から、
日常意識までの諸領域を、
流動化した意識の可動域として、
シャーマン的に、旅している構造が、
見えて来るのです。

それが、彼の異様なまでの自由さ、
融通無碍の要因のひとつであると、
考えることもできるのです。

シャーマニズムの基本的な構造とは、
シャーマンが、脱魂(エクスタシィ)して、
魂を異界に飛ばして、
そこから、何か(情報、力)を得て、
こちらに戻って来るという、
往還の形式にあるからです。

ロートレアモンも、
偶然的・変形的なタイプであれ、
アーバン・シャーマニズムとして、
その想像力的な体験領域を通して、
変性意識の諸相を渡り、
その旅程を、作品に、
刻み込んだのだといえるでしょう。
それが、
不思議な奥行きを持つ、
文学では見たこともない、
宇宙的な空間、天使的な空間を、
生んだともいえるのです。

また、一方で、
ロートレアモン本人が、
自分の作品の持つ、天才的な性質を
理解していなかったという点も、
重要な事柄です。

彼の旅程は、
意図的に行なわれたわけではなく、
想像力的な空間を経由することで、
図らずも、変性意識状態の中に入りこみ、
前人未踏の世界(空間・状態)に行き、
その痕跡を閉じ込めることになった、
という次第なのです。

その後、彼が、
『マルドロールの歌』への否定や反動として、
『ポエジー』を書いたことは、
重要な事柄です。

これは、彼が、
後の手紙で述べているような、
善悪の扱い方だけの問題ではなく、
強度な変性意識による異界的体験への、
反動(怖れ)と考える方が、
自然なことでもあるのです。

このような振る舞いは、
精神のバランスをとるためにも、
ある面、必要なことでもあり、
事例(行動、症状)としては、
とてもありがちな事柄なのです。


◆夢見の技法

さて、以上、
話を分かりやすくするために、
いささか細部を誇張(増幅)しましたが、
ロートレアモンの作品を素材に、
創作における、
意識拡張の可能性や様態について、
考えてみました。

ここから、
私たちが学び取れることは、
何でしょうか。

拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』では、
「夢見の技法」と題して、
私たちが、ある種の変性意識的な、
意識の均衡状態を利用して、
創造的なアウトプットや、
意識拡張を行なう方法論について、
検討を行ないました。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

当スペースでは、
ロートレアモンの作品は、
確かに特別なものではありますが、
そこに見られる、
体験領域や、探求方法は、
私たちにって、
閉ざされたものではないと、
考えているわけです。

私たちは、皆、
彼のように、
未知なる夢見の探求を行なうことが、
できると考えているわけなのです。

そのような意味合いにおいて、
彼から霊感を受け、
自分たちの守護神の一人と見なした、
超現実主義者(シュルレアリスト)たちの、
万人に開かれた創造(創作)、
という考え方は、
(その具体的な方法論には、
いささか疑問があるにせよ)
正しい直観であったと、
思われるのです。

ロートレアモンの作品には、
そのようなことを、
人に促す(信じさせる)ような、
創造性の嵐があるのです。


※夢見や創造性(創作)、変性意識状態(ASC)についての、
より総合的な方法論については、拙著↓
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法』
をご覧下さい。

 
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【PART1 Basic】ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法【基礎編】
ゲシュタルト療法【実践・技法編】
ゲシュタルト療法【応用編】
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【PART2 Standard】
気づきと変性意識の技法 基礎編
変性意識状態(ASC)とは
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